「んっ・・・んううう・・・うああああああああああああああああ!!!!!」
火星圏へと向かう補給艦の中で、カーン・Jr.は身体中をミミズが這うような悪夢にうなされていた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」悪夢から逃れた彼の身体は汗にまみれ、床をしっとりと濡らしていた。「まただ…またあの夢が・・・!」
火星圏へと近づくにつれ悪夢は頻度を増し、いつも男が現れた。その姿はシルエットとなり、顔はわからない。
部屋のモニターから呼び出し音が鳴り、画面にウィノナが現れた。
≪およそ24時間後にアリエスへ到着いたします。どうされました?≫
「いや…なんでもない」
≪そうですか≫
「報告ありがとう」
モニターの通信が切れると、彼はベッドに体を沈め、ただぼんやりと宙を眺めた。
≠
『白いモビルスーツが勝つわ』
宇宙世紀0079、12月――――――
戦争も終局に差し掛かっていたころ、サイド6ではそのごくわずかな一端がテレビによって映し出されていた。
彼らの目が見つめるカメラの向こうでは、一機の白いモビルスーツが鬼神のごとく敵を墜としていた。
後に救世主、または悪魔とも呼ばれる“ガンダム”の姿だった。
あるものはそれを遠い国の事のように、またあるものはそれをどこか絵空事のように感じていたのかもしれない。
その白いモビルスーツの中で、少年は第六感を極限まで研ぎ澄ませ、ニュータイプとしての更なる覚醒を始めていた。
そして、宇宙世紀0088、7月
「ううおおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
タロ・アサティは白亜の鎧を身に纏い、この空域でほんの少しだけ、ずれた道を辿っていた。
日常に染み付いた無意識の行動を取る様に、ただ淡々と、襲い掛かるモビルスーツを祓っていた。
彼の意識は脊髄反射のその先まで高まり、やがて全身麻酔のようにスゥッと底の闇へと落ちていった。
≠
「ッ・・・・・!?」
ゼーレーヴェ艦内の栽培室―――――
ファナの顔は青ざめ、ユニットから摘んだ野菜をゆっくりと床へ落とした。
「どうしたの?!」
「あ…ううん、だ…だいじょうぶ・・・」
パトリシアが心配そうに見る中≪ただいま火星圏内に入りました!≫というアルマの弾けるような声が艦内スピーカーから響く。
「・・・・そろそろ食堂行こうか」
「う、うん」
えもいわれぬ不安がファナの心を締め付けた。
食堂の厨房では料理長のヒムラがファナとパトリシアをにこやかに出迎えた。
「おぉありがとう!いつもすまないねぇ」
「いえ!少しでもできることがあったら手伝いたくって!」それが、心を紛らわせるファナなりの方法でもあった。
しばらくして、東條を除くゼーレーヴェ隊一同と艦長が食堂へやってきた。
「おおおおぉぉ飯だああぁ!!でも肉はないんだよなぁ~…合成肉でもいいからさぁ」
「ないものはないんだから文句言わない」
ギュンターのはしゃぎっぷりにキューベルは釘を刺した。
ここしばらくを宇宙食で食いつないでいた彼らにとって、ファナとパトリシアが並べていく夕食は豪勢なものだ。
「今夜は火星圏に入ったこともあって少しだけ豪勢にしてみました」という料理長のにこやかなごあいさつが、いただきますの合図となった。
皆が黙々と食べている時、ギュンターが口を開いた。
「へはは、へう」
「口に物入れて喋らないで」
「んぐっ・・・・てかさ、ベる…キューベル艦長」
「なに」
「あの二人、向こう着いたらどうすんの?」パトリシアとファナのことだ。
「さぁ、そっから先は私たちの仕事じゃないし…そもそも何であの娘を届けるのかだって」
「プルちゃんはともかくとして、ファナちゃんは?」
「それは・・・・・」
ファナはパトリシアがゼーレーヴェへ収監されるときについてきてしまったのもあり、イレギュラーな存在であった。
「確かあの子って兄貴がいるんだろ?そいつはどうしたんだよ?」
「なんであんたはそう土足でズカズカと」
何を目的として乗り込んだかもはっきりとわかっていないので艦長であるキューベルは一先ず保留としていた。
「俺たちが見つけたときはたしか、ニュータイプとか言ってたな」
「難しいおはなししてたぁ」
ファナとパトリシアは少し離れた席で食器を鳴らして、自分たちで作ったシチューを食べていた。
「うん!おいしい!・・・・・・ねぇ、だいじょうぶ?」
「えっ?」
スプーンを口に運ぶたびに、ファナの目は潤んでいた。「やっぱり、さっきの野菜室でなにか」
「あ、そうじゃないの!なんていうか・・・・懐かしくって」
「ねぇ!ちょっと聞きたいんだけどさ」
ギュンターが彼女たちの間に割って入った。キューベルは額に手を当てため息をついた。
「プルちゃんは何で火星に行くのか知ってるのかい?」と聞かれ、パトリシアは少しむっとした表情を返した。
「だ、だってほら!そもそもの始まりはプルちゃんがさ」
「あ、あの」キューベル以外の視線がパトリシアに集まる。「リモーネとか、パトリシアでいい・・・“プルちゃん”って変な感じがするし」
「呼びやすいのになぁ・・・ってのはおいといて、ねぇなんで?」
「わたしも詳しくは知らない。でも」
「でも?」
「メモリークローン…みたいなことをあいつが言ってた」
今はマイクロ・アーガマにいるヨーゼフ・クビツェクの事だが、まぁ誰も覚えていないだろう。
「メモリー・・・クローン・・・・?」
「ニュータイプ研究の一つだと思う、たぶん。
迫水さんとエヴァちゃんは知ってると思うけど、私は研究所でクローン実験の被検体だったの。それで」
「メモリークローンはその流れの一つだということね」キューベルだ。
「その、クローン実験ってのは成功したの?」ギュンターがずいっと身を乗り出してきた。
「えぇ、もうすぐ私のクローンが戦闘配備されるはず。いや、もうしてるかも」
「・・・・け、けど、メモリーって記憶だろ?それでクローンって…わっかんねぇなぁ」
聞いてはいけない事を聞いてしまったような、そんな空気を一掃するため颯爽と次の質問に移った。キューベルは小さく「馬鹿」と彼を小突いた。
「よくはわからない。でもきっと、記憶を他の人に植え付けて何かをするのかも・・・それで私がよばれたんだと思う。どうしたんですか?」
「ま、まぁ今はそれは置いといて!こっちきて食べようぜ!」
パトリシアがさらりととんでもないことを言ったのでギュンターが慌てて取り繕った。
ファナとパトリシアは、彼らの食卓に加わった。
≠
タロが再び意識を取り戻すと、知らない天井が広がっていた。
「目を開けたぞ!運べ!」
タロは手術台の上に乗せられていた。
『ここは・・・・・?』
部屋の中を視界の許す限り見渡していると、周りには見張りと思われる男がひとり。
『どこかのコロニーかな?』などと考えながら、タロは手術台に乗せられたままどこかへ運ばれた。
いかに自分の認識が甘かったか、やがてそこはジオンの戦艦の中ということがわかった。
「少佐、あいつらの処分はどういたしますか?」
「う~んそうだなぁ・・・しばらくは人質として役立ってもらうよ」まだ遠くに感じつつも、とても歪な少年の声でタロは意識を完全に取り戻した。
「やめろぉっ!!!ここはどこだ!あんたら誰だ!!」
手術台を飛び起き、少佐と呼ばれる自分よりも明らかに年下の少年に掴みかかったその瞬間、見張りの男がタロに銃を突き付けた。
「やぁ、タロ・アサティ、だったっけ?まずここは交渉といこうじゃない。とりあえずこれ見て」
メインブリッジが暗転すると
≪タロ!?タロぉっ!!≫スクリーンからやっと聞き覚えのある声が飛んできた。
「なっ・・・・!?」
そこには、この2ヶ月あまりを共に過ごしたマイクロ・アーガマのクルーが両手首を後ろで縛られた状態で、銃を突きつけられている映像だった。
「これはリアルタイムだよ、わるいけど乗り込ませてもらったんだ」
≪まっ!待ってくれっ!私は彼らとは関係ないんだっ!≫
クビツェクがこの期に及んでまたしても気をおかしくしたような声をあげている。≪わわわたしはっ!ネオ・ジオンのニュータイプ研究所の者でこいつらとは何の関係も≫
喚く面の皮を銃弾がかすめ、彼は反射的に口を閉じた。
少佐がパンッと手を叩いて合図を送ると、スクリーンの映像が真っ暗な宇宙へと切り替わった。
画面両脇から二隻ずつの戦艦が前進していく。
≪高熱源体を確認!機体番号…MSN-0xと判明!≫
≪全艦モビルスーツ射出、身を捧げてでも任務を遂行しろ≫
絶対零度の少佐の声で数十機ものモビルスーツが艦から出撃すると
『オオオオオォォォ・・・』という大気の振動にも似た音が轟き、キラリと星が流れた瞬間、光が満ちた。
先陣を切った機体の爆光だった。
それを皮切りに、タロの駆るアウターが姿を現し
粒子の塊が、刃が、
鉄と共に肉まで貫き、切り裂き
白い悪魔の呼び名にふさわしく、次々と命を吸っていった
「なんだ・・・これ・・・・」
それが、映像に映る“自分”を視たタロの口から出た言葉だった。何故なら彼は、それを覚えていないのだから
覚えていないほどまでに彼は一心不乱だったのだから。
「ち…ちがう・・・おれはこんな・・・・おれが・・・・」
脳裏に忘れていた、思い出さないようにしていた記憶がフラッシュバックし、腸の底から来る吐き気がタロを満たしていった。「うっ…!!」
パイロットを焼いた死の感触がタロを襲い、胃液が勢いよくブリッジへと吐き出された。
「あーあしょうがないなぁ、ったく・・・・じゃあ24時間あげるよ。
ぼくたちはジオンと連邦の…というより
反ネオ・ジオン反地球連邦連合義勇軍エスタンジア
コロニーでは仲間が世話になった。さて」
再び映像がマイクロ・アーガマに切り替わり、映像の中の男たちは銃を突き付けていた。
「ぼくらにMSN-0x…アウター・ガンダムを渡してもらえば解放しよう
といいたいところだけど、僕らの存在を知ってしまったからには帰すわけにはいかない。
ここに残るか、身体だけここに置いて行くか・・・アウター・ガンダムを使うキミが決めろ」
決断の時はいつも突然訪れる。例え赤子だろうと老人だろうと、どんな時だろうと容赦なく。
『俺が決める・・・?なんで・・・・』
「エスタンジアの存在はまだ誰にも知られてはいけない。まだ正義じゃないんだ、ぼく達は・・・
もちろん君たちが記憶をきれいさっぱり消してくれるならなにも問題はないさ、けどそうもいかないだろ?
・・・・・僕はアドルフ・ドゥカヴニー、いい返事を期待しているよ」
≠
小惑星アリエス、それが彼らゼーレーヴェ隊が向かう拠点である。
ヴェスヴィオ火山を上下に合わせたような外観を一望すれば、その向こうに一つ、ぽっかりと赤い星が浮かんでいる。
そこの数あるベイの一つに、シャアとカーン・Jrらを乗せた補給艦が入港していた。
「クワトロ大尉、後続隊の到着は我々の24時間後になるようです」
「そうか、よく無事に送り届けてくれた。礼を言う」
「まだ任務は達成していませんがね」
「着艦だ」カーン・Jr.がジェノヴァを遮りシャアの前に躍り出た。「さぁ行こう・・・シャア」
補給艦のタラップを降りると、例によってあの醜悪な面構えと体型の男が出迎えた。
「遠路遥々お出頂きありがとうございます。シャア・アズナブル総帥、そしてカーン・ジュニア様、長旅お疲れ様です」
「はは、来て早々総帥は勘弁願いたいな」
「これはこれは失礼いたしました。それではシャア大佐、立ち話も何ですから早速ご案内したいと思います」
醜悪な顔から発せられる丁寧な言葉に違和感を覚えつつも、彼に誘導され第一ハッチをくぐると、通路の両脇に兵士たちが整列していた。
『おぉ・・・』『あれが・・・』『赤い彗星・・・!』
声こそ聞こえなかったが、そのような感嘆の息が伝わってくる。
『やはりここもか・・・』一年戦争で時が止まった亡霊たちがそこにいる光景はアクシズを思い出させた。
「どうされました?!」
カーン・Jr.の部下であるウィノナが珍しくも頓狂な声をあげた。
その方へ振り返ると、カーン・Jr.が顔を青ざめて全身をカタカタと震わせていた。
「・・・・私だけでも構わないか?」
「え、えぇ…カーン・ジュニア様にはお部屋でお休みになられて頂きましょう。では、案内には彼も同行させます」
少し戸惑いを見せながら、太くて短い指を似合わずもパチンと鳴らした。
ジオンの亡霊たちの中から場違いともいえるような、ヒトーリンとは真逆の、青い髪をした端正な顔立ちの長身の男がスウッとあらわれた。
「レヴァハン・M・ヴィルヘルムです。ここで彼の補佐、並び技術研究員をしています。」
「では参りましょう」
≠
カーンJr.と部下のウィノナは総統室と書かれたパネルのある両扉を開け、その中の左側にある戸の向こうへと案内されていた。
「それではごゆっくりお休みください」案内係が出ていくと、カーン・Jr.はベッドの上へ落ちるように腰を下ろした。
「ではカーン・Jr.様の代わりにアリエス内を見てまいります」
「まって・・・・・シャアに言わなくちゃ…あいつには気を付けろって」
傍を離れようとするウィノナを呼び止めると子犬の様に身を震わせ、両腕で自分を抱くようにうずくまった。「でもダメなんだ・・・体が言うことを聞いてくれない・・・」
「カーン・Jr.様・・・」
「頭の中を蛇がぁっ・・・!ああっ・・・ウィノナ…おねがい・・・ああぁぁぁっ!」
「んっ」ウィノナはカーン・Jr.の口を唇で塞ぎ「こんなに震えて・・・かわいそうに・・・」華奢な肢体を、ベッドの上に押し倒した。
≠
「こちらが居住施設です」
「アクシズとはだいぶ違うな」
一年戦争終結直後、シャアのいたアクシズのモウサと呼ばれる居住区にはファースト・フードや衣料品などの店が立ち並んでいた。
そこと比べるとアリエスの居住区はなんとも味気のないものだ。
「ここは軍事施設が主なのであのような場所を作る必要はありません。それにこのような僻地です。商業施設を設けたところで大して役には立たんでしょう」
「精神的な安らぎはあった方がいい」
「ご安心ください。そのような場所は設けてあります」
モビルスーツドックに向かうまで、一般兵がすれ違いざま彼に敬礼をしていた。
「こちらがわが軍のモビルスーツ並び、モビルアーマーです。」
地球圏と火星圏のはずれのコロニーで見たグランド・ザック、その隣に一風変わった形のモビルスーツが並んでいた。
そのモビルスーツには頭部と下腹部から長い角のようなものが生えていた。「これは・・・水陸両用というわけではなさそうだが?」
「キタラと言いまして…あの先からビーム状の刃を形成して前から来る機体へ、ガーン!と」
「なかなか使い手を選びそうだな」
「そしてこちらはヌバフォック、我が軍の次期主力モビルスーツです。この機体はデュアルアイを搭載しております」
キタラの向かい側にはそれこそ水陸両用のようなずんぐりとした肩のモビルスーツが並んでいるが、シャアはモビルスーツが立ち並ぶ奥の方に二本の脚で立つ特徴的な巨大な影を見ていた。
「ビグザムです、改良型です。この他にもぺズン・ドワッジ、リック・ギガン、ドガッシャなどがありますが、ただ今出払っております」
「そろそろ教えていただきたい・・・・木星には何があるのかな?」
「は、はい?」
「このモビルスーツやモビルアーマーの数・・・軍隊を組織しているようなものだ」
「あ、は、はい・・・すでに現地へ向かっている先遣隊からこのような画像が送られてきまして」
額から脂汗を流すヒトーリンの言葉に合わせるように、レヴァハンは手に持っていたタブレット状端末の画面をシャアに見せた。
そこには岩盤に人の形をした何かが張り付いている画像が映し出されていた。「これは・・・・・?」
「そしてもう一枚」
拡大画像には機械の繊維が人型に張り付いており、その横には小さく人形のようなものが取りついていた。そこを拡大すると
「・・・・ザクがこのサイズとなればかなりの大きさだ」
「我々はこれがニュータイプの鍵を握るものと見ています。この物体の謎がわかればニュータイプの謎も」
「それがわかったところでどうするつもりだ?」シャアの青く鋭い眼光がヒトーリンに突き刺さった。
「そっ、それは、その…」
「では・・・私の研究施設へ向かいましょうか」
冷や汗をかくヒトーリンに代わり、レヴァハン・メンゲレ・ヴィルヘルムの感情のない声が木霊し、静寂がおとずれた。
『No Trespassing』と書かれた扉をくぐると、薄暗い蛍光灯に照らされた機械の密集した空間があった。
その中に、無数の管がついた人ひとりが入れるカプセルが一つ。レヴァハンはそれを一瞥してシャアの方へくるりと向いた。
「少しテストをして頂いてもかまいませんか?」
≠
「はぁっ・・・はぁっ・・・!うぇっ…!!」
総統室横の部屋のバスルーム、カーンJr.は一糸纏わぬ汗にまみれた姿のまま嗚咽と共に液を垂れ流していた。彼もまた、封じられていた記憶を呼び覚ましていた。
「そうか・・・私は…いや・・・!」
「カーン・Jr.様・・・?」
ウィノナの濡れた胸が、彼の背に密着した。
「いや…いい・・・だいじょうぶ」カーン・Jr.は小刻みに体を震わせ、掴んでいる自分の腕に爪を立てた。
「すべて思い出した・・・あの男の事も・・・生かしておけない奴だってのも」
≠
機械まみれの部屋の中で、テストを終えたシャアが静かに座っていた。
「おつかれさまでした。おかげで素晴らしいデータが取れました。」
「それはよかった」
受けたテストはモビルスーツの戦闘シミュレーションという一見シンプルなものだった。
「こちらは今後の技術開発に役立たせていただきます。」
「一つ聞きたいのだが」
「はい。」
シャアはこの空間の壁に遮られたさらに向こうを見つめた。「・・・・・いや、この向こうを見せてもらいたい」
「わかりました。」
レヴァハンが懐からリモコンを取出して壁の方へ向けると、鈍い光が部屋を満たしていった。
「これは・・・・!」
さらなる空間が広がっていた。18メートルのモビルスーツが何機も横たわる事が出来るくらいの空間があった。
しかしそこには100メートルはあろうかという巨大なモビルスーツが、機械を剥き出しにして横たわっていた。そのシルエットには、倍以上の大きさがあるものの、見覚えがあった。
「サイコガンダムか・・・?」
「えぇ。今はまだ開発中ですがサイコガンダムとは別物と言ってもいいかもしれません。これはアウター・ガンダムの発展機でもあります。総帥の手元に一度わたったと思いますが。
先ほどのテストはサイコガンダムMk-IV、つまりこの機体に総帥の戦闘データを搭載するのが目的でもあるのです。」
「・・・・・あまり私を甘く見ないで頂きたいな」まるでプログラムで返しているかのようなレヴァハンの口調に、シャアは声を尖らせた。
「申し訳ありません、今はこう説明するしかないのです。まだ実験段階なものですから。」
≠
マイクロ・アーガマで一夜が明け、ジョブ・ジョン達クルーはその間殆ど口を聞かなかった。
彼らの前に置かれたモニターが24時間ぶりに点灯し、タロとアドルフ少佐が再び画面に現れた。
≪じゃ、タロ・アサティ、答えを聞かせて≫
少佐が画面越しに右手で合図を送ると、マイクロ・アーガマクルーに再び機関銃が突き付けられた。この右手が振り下ろされた時、彼らは・・・
≪・・・・・・・・・・≫
≪何も言わないの?≫
「タロぉ!なんか言えぇっ!」
少佐の小さな右手がゆっくりと振り下ろされていき、突き付けられる銃の引き金に力が加わっていく重圧に耐えきれなくなったクシナが叫ぶ。
≪そっか・・・哀しいけどこれでお別れだね、さような≫
≪約束したんだ≫
≪ん?≫
≪今よりもいい世の中にするってさ。俺が・・・ニュータイプの魁になってさ≫
アドルフは眉間にしわを寄せ、タロを見ていた。
≪エスタンジアならさ、できるんだろ?≫
タロが右手をスッと差し出し、アドルフはそれに応じた。すると、タロの意識が彼の中に流れ込み、アドルフの口角が上がった。≪・・・・・そのための義勇軍だよ≫
「・・・・・交渉成立、か」
手を取り合う二人の姿にジョブ・ジョンは、安堵と一抹の不安を感じていた。
「じゃあ見に行こうか、地球に魂を引かれている奴らを。ケツァルコアトルのエンジンがこちらにある今、急ぐことはない」
≠
火星圏小惑星アリエス基地の総統室の客間で、シャアは部下のキグナンと通信でやり取りをしていた。
「今回はとても助かった」
≪いえ、私は今回はただの仲介ですから大したことは≫
「彼を紹介してくれただけでもありがたい。ただ、ここにも長くはいさせられまい・・・私が地球圏へ連れて戻ったその時には、改めて協力してくれ」
≪了解いたしました、大佐≫
「それと・・・こういうのも何だが、今回協力したあの男・・・」
≪彼がなにか?≫
その時、総統室のドアがノックされた。「いや・・・どうやら無事に到着したみたいだ。感謝する」
シャアは通信を切り、扉の向こうの者たちに入るよう促した。
ドアがカチャリと開くと、二人の女に連れられた年端も行かぬ少女が姿を現した。
「お待ちしておりました、ミネバ様」
シャアはどこかいたずらっぽく、少女を迎え入れた。