新訳 機動戦士Oガンダム   作:なかのあずま

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第7話 リボー・コロニーにて・・・ ~chasing Rainbows~

 マイクロ・アーガマが火星圏への航路に出てから早4ヶ月ほどが経過していた。

 エゥーゴ、ティターンズ、アクシズの三つ巴の動乱は終結し、ハマーン率いるアクシズはネオ・ジオンへと改称。地球圏は次のステージへ移っていた。

 「もうこんな経ってたのかぁ…許可はとれたか?」

 ジョブ・ジョンの手元のパネルにはJulyの文字があり、表示された航路図の行き先はサイド5、旧サイド6のリボー・コロニーを示していた。

 「えぇ、ですが…ネオ・ジオンの動きが活発になって来ているので長期の滞在は難しいとのことです」マーカーだ。

 「まぁ仕方ないな。OK!じゃあ予定通りに」

 宇宙世紀0079一月、一年戦争開戦直後にサイド6は中立宣言をし、現在まで変わることなくその立場を貫いている。変わったことと言えば、コロニー再生計画によるサイド6からサイド5への改称くらいだ。

 その中にあるリボー・コロニーは一年戦争時から連邦軍が施設を設けていた。安全面と物資の補給という点で最適の場所であり、彼らはそこで一時的な休息をとることになった。

 

                    ≠

 

 若い陽の光がコロニーの『河』から街を染めてゆくころ、時計の針は6時を指していた。

目覚ましのベルが鳴る。

 窓から差し込む日の光に瞼をこすりベルを止め、ベッドを抜け出して朝のニュースをBGMに朝食をとる。

 「ごちそうさま」

歯を磨き、身支度を整えて家のドアを開けて

 「行ってきます!」

朝靄に包まれながら深呼吸をして、彼の一日が今日も始まった。

 

                    ≠

 

「ふんふんふんふ~んふふふ ふふふふ~ふふん♪んっ?」

 クシナが鼻歌を歌いながら下船の支度を整えていると部屋のチャイムが鳴った。ドアの向こうにはタロがいた。

 「どしたの??」

 「なにしたらいいかわからなくてさ・・・オリガさんもここ最近ピリピリしてるし」

 タロはコロニーに降りる際の事を聞けずにいた。

 約4ヶ月間の殆どをマイクロ・アーガマという閉鎖空間で過ごしたクルー達の醸すその空気は、多感な年頃であればニュータイプでなくとも感じ取れてしまう。

 しかしクシナだけは別だった。

 クルーの中で安心できるのは、それを醸し出していないのは、戦闘時以外なら温厚で明るい彼女だけだ。

 というよりも彼女自身、それが近づくにつれ次第にテンションがあがっていた。

「ふ~ん、じゃあちょっとコレ手伝ってよ!」

そう言ってクシナが指さした先には纏めきっていない荷物があった。

 

                    ≠

 

 リボー・コロニーのベイエリア、円筒の軸の端にある民間用でない専用の港へ、マイクロ・アーガマが誘導灯を頼りに入港していた。

「以上が規約になりますのでここにサインしてください」

 ジョブ・ジョンは被民間用ドックの役員の指示通りに滞在許可、入国許可などの誓約書にサインをして、

「あの~、修理もなんですが補給の方を・・・」思わず小声で尋ねた。

 中立のコロニーである建前、いくら地球連邦配下と言えどネオ・ジオンが目を光らせている今、そのようなことには細心の注意をしなければならないのだ。

「あぁその件ですね。承っております」

 「よろしくお願いします。あ、それと」ヨーゼフ・クビツェクの軍への身柄引き渡しの件についてである。

 「そーですかぁ・・・・ちょっとこちらで確認してまいりますのでお待ちください」といって、このドックの主任はこの場を離れていった。

 

「我々はここで物資の補給などを行う。中立のコロニーだから敵の奇襲は無いと思われる。24時間後に出発予定だ、それまで一時解散とする!」

 マイクロ・アーガマクルーはブリッジを後にしていった。

「さて、俺たちはもう少し仕事をやらなくっちゃあな」

 

 クルーが下船していく中、タロは一人自室に籠っていた。

 「いた、行かないの?」

ドアが開き、クシナが立っていた。

 「気が向かなくってさ」

 タロにとってこのような場所を出歩いたのは十年近くも昔のことだ。あまり気乗りはしない。

 「じゃあ一緒に行こ!はいこれ入国許可証」彼女は白い歯を褐色の顔に浮かべていた。「リラックスした方がいいって!」

 

 クシナに引っ張られ特別管理区域の無重力ブロックの先にある埠頭まで来ると、眼下にはリボー・コロニーの大通りが広がっていた。

タロはそのあまりにも“ふつう”な街に、どこか懐かしさを感じていた。

 

 電気自動車と人々が行き交う普通の街

 

 やわらかな風の吹く、おだやかな街

 

 埠頭を出ると、街には夏の風が吹いていた。

「そっか、7月って夏だったっけ」

夏の陽光が降り注ぎ、行きかう人々は半袖の服を着て涼しげな恰好で歩いている。

「あたしの生まれたとこって今冬なんだよね」

 約4か月ぶりに思いっきり羽を伸ばせる事になり、そのような“些細なこと”はクシナの頭からすっ飛んでいた。

「いや~まいったな~…」タロはボロのジーンズ、クシナはレザーのジャケットという季節にそぐわない恰好で街に降り立っていた。

「ん~~~・・・」

 クシナはタロの頭からつま先までをなめるように視ると、「よし!」と言ってタロをメインストリートの中へ引っ張っていった。

 

 「どお?」

 「うん。涼しそう」

2人は最初に目についた服屋に入り、クシナは試着室であれやこれやと選別していた。

 「似合うかどうか聞いてんのっ!」

 「あぁ、うん。似合ってるんじゃないかな?お店の人もそういってるし」

 「もういいっ!自分で決めるっ」

クシナは試着室のカーテンを勢いよく閉めた。

 三十分後、タロが窓ガラスからにぎやかな通りを見下ろしていると後ろから「どう?」とクシナの声がした。ふり返るとレモン色のワンピースを着た彼女がいた。

 褐色の肌と透き通る黄色のコントラストに、タロは目を奪われた。

 「…ねぇ、感想まってるんだけど」

口が半開きのまま惚けて何も言わない彼を少しじれったく感じる。

 「・・・・・・いいと、思う」

 「ほんとにぃ~?まぁいいけど・・・って着替えてないじゃん!」タロは相も変わらずボロの出で立ちだった。

 「どうやったら盗れるか思いつかなくてさ」

 「・・・・・・・」

 タロが「今朝何も食べてなくてさ」というようなテンションでとんでもないことを言うのでクシナは愕然と溜息をついた。

 彼女は新たに服を買ってそれをタロに渡した。「はい、これに着替えて!」

数分後、においの染みついたボロボロの古衣からまっさらなシャツとジーンズ姿になると

「うん!いいじゃん!あ、これ捨てといてください」とタロのお古を店員に渡した。

 「え?!あっ、ちょっと!」

「どーせボロなんだからいいでしょ?」

 「いや、長いこと着てたし」

「そーいうのは捨てるものなの!いい?」

 「・・・・まぁいいか」と言いつつも中々腑に落ちない。

「断捨離よだんしゃり!ほら、時間ないんだからつぎ行かなきゃ!」

 

 いくらコロニーといえども季節は夏、大地と対角線上の空にある『河』と呼ばれる透過部分から差し込む太陽光がジリジリと大通りを照り付けていた。

 二人は暑さをしのぐためとある店の前にいた。

 「コロニーなんだからもうちょっと涼しくてもいいのに、バカになってるのかしら?」と愚痴を漏らしながらクシナはシャーベットを選んでいる。

 「ご注文は?」妙齢な店員が顔を出した。

 「ブルーハワイ一つ!あとは~…どれ?」

 「どれでもいいや」

 「じゃあ二つ!カードで!」

 「カード?」

 「いちいち両替面倒だもん」新サイド5は今でも独自の通貨を流通させているのだ。

 「はい、どうぞ」

 「ありがとっ!はい!」

 タロは差し出されたブルーハワイシャーベットに目を疑った。スラム街でもこのような真っ青な食べ物はなかった。

 「毒じゃないよな?」

 「あたりまえでしょ、んーおいしっ!」

 クシナがシャーベットをひとすくい食べたのを見て、タロも舌の上に転がした。シャーベットが舌を冷やし、通りに吹くコロニーの風と共にタロの火照った体を冷ましてゆく。

 そうして清涼感を味わいながら歩いていると、タロの興味は別の建物へ移った。

 「何だここ?」

 「なに?ゲームセンター行きたいの?」

 

 店に入り外の熱さから逃れると、ガチャガチャとあらゆるサウンドが鼓膜を叩きつけた。そんな中、クシナの心は一瞬で妙な形のぬいぐるみに釘付けになっていた。

 「わーかわいい!これほしい!」

 「・・・なにこれ」

 UFOキャッチャーの中にあるそのぬいぐるみは変わった形をしており、2頭身の身体に、宇宙服のメットのようなデカい頭部から髪の毛のように6本の白い束が生えていた。

「で、これをどうすんの?」

と言ってる間にクシナはマネーカードをタッチして操縦桿を握りUFOを動かしていた。

 獲物の頭上ぴったりにUFOを止め、アームを開いて降下させる。

「よし、そのままそのまま…」

4本のアームががっしりと獲物をつかむ。

「いけいけいけいけいけ!」

 

 引き上げる

 

4本のアームは嘘のように力を失ってぬいぐるみを落としてしまった。

 「あ~もうっアーム弱すぎ!!もう一回!!!」

 UFOはまたしても標的を捉え、パラシュート部隊の様に降下していく。しかしやはり引き上げる際にアームの力が抜けてしまい、ぬいぐるみはうつ伏せになった。

 「なんでそこでぇ・・・っ!もう一回!!」なんとしても取らないと収まらない怒りと共にカードを叩きつけると

 「ちょっとやってみていい?」タロがさらっと操縦桿を握った。「こうすれば取れるんじゃないかって思ってさ」

 ところがUFOは先ほどの標的からは的外れなところで止まり「ちょっと」

そのまま降下していった。

 「・・・・・なにしてんの下手くそ」

 「いや、これでいけると思う」

 呆れるクシナをよそにUFOはアームを全開にして降下していった。案の定、アームは標的の本体を捉える事はなく着地した。「・・・・・・・・・」

 「ここ」タロがアームの一本を指差すとタグが引っかかっていた。「ここ引っかけたら行けるんじゃないかって思ってさ」

 UFOの浮上が始まるとぬいぐるみはタグにつられ徐々に逆立ちの態勢に、やがて宙吊りとなり振り子のように振られながらダクト上へ迫ると、反動によってタグと共に一気にアームを滑り降りた。

「あぁっ!!」

 またしても失敗に終わったかと思ったその時、開いてゆくアームがタグを誘導し、コロニーの僅かな慣性も相まって軌道を描き、ぬいぐるみはダクトの中へと吸い込まれて景品取り出し口へ転がった。

「な?引っ掛けりゃ大体盗れるんだ」

 タロは人型ということ以外なんの形かよくわからないぬいぐるみを360°隅々回し見ると、タグに『抱きしめキンゲくん』と書かれていた。

 「はい」

 「えっ?!」

 「欲しいって言ってたし」

 「あ…う、うん・・・・ありがと」

 クシナはキンゲくんをうけとると、頬を少し赤らめながら文字通り抱きしめた。しかしこの御代は彼女自身が出しているのを忘れていた。

 二人はその後もシューティングゲームや昆虫人型メカの対戦ゲームなどを遊びつくしてゲームセンターを出た。

 「あれ?」

 「どしたの?」

 「あれ」

 タロが指を指した大通りの向こう、行きかうエレカの間から、細い路地に入ってゆくオリガとグランの姿を捉えた。

 「どこ行くんだろ?」

 「さぁね」クシナにはそれがどういうことかの察しはついていたのでその話をスルーした。

 「俺達もいくか」

 「ばっ・・・いくわけないでしょ!あーいうのはほっとくものなの!あぁいうのはほら、そういう関係の二人が・・・あ~、ほら!あっちに行こ!」

 クシナはタロの注意を通りの先の映画館へと逸らした。

 

「ん~・・・」

勢いで映画館に来たはいいものの、どれを見るか中々決まらずにいた。

 「あお、き、ウル・・・おうりつ、うちゅう・・・」クシナが悩んでいるその横で、タロは上映中のタイトルをただ読んでいた。

 「決めた!これ2名ください!」

 クシナが選んだのは『シャークレシア』というタイトルだった。内容はサメの細胞とラフレシアの細胞を合成して生み出された不明生物が密林で暴れまわるというものだった。

 

                    ≠

 

 マイクロ・アーガマの停泊している港のドックで、連邦軍基地から派遣された整備士が修理や物資の補給などを行っていた。

 「しかし、こんだけしかいないとはなぁ・・・」

艦長とオペレーターの3人は、艦の外からその様子を見下ろしていた。

 派遣されてきた整備士は5人しかおらず、いくら小型艦と言えどこれで整備できるのかジョブ・ジョンは疑問だった。

 「仕方ないんじゃないですか?今はネオ・ジオンが見ているかもしれないし」

 「それに中立ですからねぇ」マーカーの後にオスカーが続いた。係員の一人が彼らのもとに上って来た。

 「すいません、整備士がモビルスーツデッキに行きたいとのことですが、よろしいですか?」

 「あぁどうぞ、こちらのメカニックも数人いますのでよろしくお願いします」

すると、ジョブ・ジョンは何かを忘れていたことに気が付いた。

 「あの、身柄引き渡しの件なんですけど・・・あれ?」

 「はい?」

 「いや・・・主任の方はどちらに?」

 「あぁ、主任は今別の方をあたっておりまして」

 「そうですか・・・ご苦労様です」

 ジョブ・ジョンの第六感がうっすらと違和感を告げていた。もっとも彼はニュータイプではないが。

「今のやつ・・・いつからいたんだ?」

 

                    ≠

 

 夕刻、コロニーに入る光量も少なくなり、街には『新世界より』第2楽章が流れていた。

 「せんせーさよーならー!」

 「気をつけて帰れよー!」

 夕日を背に浴びて帰ってゆく子供たちを見送りながら一日の終わりを感じる、それが学校の先生である彼の日課でもあった。

『俺がこれくらいの頃はもっとやんちゃだったけどなぁ』などと物思いに耽っていると

 「あのぉ~、すみません」若い、そんなに年の変わらない褐色の女性が目の前にいた。「大通りに出たいんですけど、迷っちゃって・・・」

 「それならこの道の3ブロック先を右に曲がっていけば出られますよ」

 「ありがとうございます!」

 彼が案内をすると、彼女は少し離れた距離にいる青年とまでは言い切れない少年のもとへ走っていった。あの二人は恋人同士なのだろう。

 「グランさんとオリガさんが入っていった店に行ってもよかったんじゃ」

「…バカじゃないの」

などと他愛のない話をしながら歩いていく2人を挟むように子供たちが駆け抜けていった。

 

                    ≠

 

 日没、マイクロ・アーガマの停泊するドックに、ニロンは戻って来ていた。

 「やっぱこっちが落ち着くんだよなぁ俺は。えーっと確かここを・・・・ん?」

 特別に立ち入りが許可された無重力ブロックの通路を進んでいると左の頬に生暖かい感触がピトリとついた。そこを手で掬い取ると、指先が黒く染まっていた。

 横を見ると、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉から、赤黒い液状の球体が滲み出てきている。

「なんだよこれ・・・・・・・」

 扉を開けた先に、裸の男達が体に黒い穴をあけ、血をあたりに漂わせながら力なく浮かんでいた。

                    ≠

 「すいませーん、この機体を点検したいのですがよろしいですか?少し問題があるようなので」

 マイクロ・アーガマのデッキ内で、整備士がアウターを指しながら、艦内に残って作業をしているメカニック班に尋ねていた。

 「えぇっ?点検ですか?」メカニック班の中でもひと際小さなフィアが目を丸くしていた。

 「はい、少し動作のチェックを」

 アウターはまだ自分たちにすらわかっていないことが多く、彼らの手に負えるようなものではない。

 「こ、この機体はややこしくて、私たちにもよくわかんなくて・・・って、あのっ!」

 整備士は半ば強引にアウター・ガンダムのコックピットへ向かった。

それとほぼ同時に、ニロンがデッキへやってきた。

 「おい!あっちに死体が!」

 「チィッ」

 アウターへ近づく整備士が懐から銃を取り出していたのをニロンは見逃さなかった。

「そいつをアウターに近づけさせるな!」

その時、整備士だけではなく作業をしていた係員までもが次々と銃を取り出した。

 「動くな!」

 膠着状態へ入る前にニロンは一番近くの機体、ジム・セークヴァへと向かいながらアウターに向かう係員へ引き金を引いた。

 乾いた排莢音の後に呻き声をあげ、作業服に朱が滲んでいく。

 それでも尚アウターへの進行を止めない相手に再度引き金を引いた時、鉛の弾がニロンの左ももに食い込んだ。

 「ぅぐうッ・・・!」

 ニロンはなんとかコックピットにたどり着き、鋼鉄の防壁で身の安全を確保すると、ジョブ・ジョンへ緊急回線を開いた。

 「艦長、緊急事態だ!アウターが乗っ取られた!ここは敵に囲まれている!」

≪なんだと!?くそっ・・・・!≫

 間もなく、ジョブ・ジョンからマイクロ・アーガマ乗組員達に第一戦闘配置の知らせが届いた。「ここにいるものは直ちに配置について白兵戦に備えろ!!」

 

                    ≠

 

 反射鏡が太陽光を遮り、コロニーの陽は完全に落ちていた。タロとクシナは、夏の夜風が肌にあたる丘から街を眺めていた。

 「きれい・・・」

 夜空にはまた別の街の明かりが星のように瞬いていた。タロの中には、コロニーに置いてきた妹の姿があった。ファナも連れてきたほうが良かったのだろうか?そしたら今頃は、この景色を・・・

 「地球ってさ、空に見える光は全部星なんだって」

 クシナがポツリいう。

 「コロニー生まれだからさ、行ったことないんだ」

 「そうか、行ってみたいな」

 「うん」

 2人は思いっきり空気を吸うと、人工の大地にあおむけに倒れ込んだ。

 「腹減ったな」

 「泊まるとこも探さないとね」

 「ここでいいや」

 この背中の向こうには宇宙が広がっている。造られたゆりかごに包まれながら、悠久の海にとけてしまいそうだった。しばらくこの安らぎの中に身をゆだねていたい。

 「あっ!流れ星!」

 コロニーのそら、街の隣にある『河』の向こうには星が瞬いていた。そこにきらりと一筋の光が流れた。

 「天の光はすべて星、か・・・」

 「え?」

 「そんな本があるんだ」

 「いい題名だな」

 

気が付けば、タロはクシナの、クシナはタロの目を見つめていた。

 鼓動が次第に高鳴ってゆく

  互いの息をまさぐり、ぬくもりを感じあい・・・このまま・・・・

 

バリイイィィィン

 

 爆音がし、上空でグラスが砕け散った。スペースコロニーの中心軸である無重力帯が割れ、中から3機のモビルスーツが姿を現した。

 「なに・・・あれ・・・・」

 ジム・セークヴァとアウター・ガンダムが中空で閃光を描きながら激突していた。

 ≪タロ!クシナ!今どこにいる!?≫二人の持っていた通信機が鳴り、ジョブ・ジョンの声が響いた。

 「なにがあったんですか!?」通信機にクシナの唾えきがかかる。

≪アウターが奪われた!今はニロンが交戦しているが・・・・≫

 通信機から聞こえる声を聞いても、上空で繰り広げられている光景を見ても状況を呑みこめない。

≪すまない!こちらの不注意でこんなことに・・・!≫

「・・・・今から向かいます!」

≪来るな!そこで待機していろ!!≫違う声が答えた。

「グランさん!?なぜです!!」

≪こっちは銃撃戦だ!≫

「えっ・・・・・」

 通信機の向こうから届く生々しい銃声が、クシナをじわじわと締め付けていった。≪お前はアウターを取り返せ!!≫

その時、鈍い轟音が街の方から聞こえ、街には赤黒い炎が上がった。不協和音を奏でるサイレンと共に声明が響き渡った。

 

『ただいま、緊急避難警報が発令されました。直ちにお近くのシェルターへ避難してください』

 

 タロはクシナの腕を引っ張って戦場へ向かっていた。シェルターへ避難する人々の波を掻き分け、逆らいながら

 かつて見た戦火の灯火がそこに上がっていた。今日を過ごした街が、戦渦にのまれた『あの日』と化していた。一つ目の巨人が街を焼いた、あの日へと

 『この日だ・・・俺はこの日から・・・・!』

「おい!!どこへ行くんだ!!!」

 タロの耳に届いた声は、あの学校にいた先生の声だった。

 「あんた・・・・さっきの」

「君たちは・・・!とにかくこっちへ!!」

 

 タロとクシナが “先生”に誘導されシェルターへたどりつくと、日常を燃やした火から逃げ延びた人たちが、薄暗い蛍光灯の中で寄り添って身を震わせていた。

「いったい何考えてるんですか!街へ向かっていくなんて」

 “先生”がタロとクシナを叱っていると、彼の教え子と思われる子供たちが駆け寄ってきた。

 「せんせぇ・・・ぼくたちかえれないの・・・?しんじゃうの?」

 「だいじょうぶ!きっとすぐに終わる・・・!」

 教え子たちをなだめる彼の姿に、タロは過去を少しずつ感じ取っていた。

 「それで?なんで街へ向かってたんです」

 再び2人に子供を叱る時の目を向けるが「・・・・ガンダムが奪われたんです」というタロの言葉に、彼の瞳孔が開いていった。

 「なんだって・・・・?」

「わたし達は連邦軍の軍人で一時的にここに寄っていたんです。

でも、その間に私たちの艦がジオンに襲われて、ガンダムが、私たちの機体が敵に奪われてしまったんです。

 だからあの機体は…ガンダムはタロが乗っているものなんです。私たちはそれを取り戻そうとして・・・」

 「・・・・・そうだったのか」彼は歯を食いしばり沈鬱な表情を浮かべると、彼の教え子の一人がタロの元へ寄ってきた。

 「なぁっ、さっきモビルスーツが落ちてくの見たぜ、オレ!」教え子のその言葉に、えもいわれぬ不安が押し寄せてくる。

 「ねぇっ、それどこ?」クシナは前屈みになって少年と目線を合わせた。

 「あ、あっちの森」

 「あっちか・・・・・ありがと!」

 クシナはタロの手を掴んでシェルターの外へ走り出した。「お、おい!なんだよ?!」

 「決まってるでしょ!」タロが見たクシナの眼は初めて見るものだった。「そいつに乗って取り返しにいくの!」

 

 戦場へ向かう二人の背中を、哀と苦に満ち満ちながら彼は視ていた。

  『行かなきゃ』

 いつの間にか彼は、教え子たちの声も聞こえずに若い命を追っていた。理由はなかった。シェルターの外へ出ると、夏の風ではない熱風が吹いている。

 街には戦火があり、河の向こうには巨大な一つの影があった。

 その光景が一枚絵となり、彼の忘れたくても忘れたくない戦争を蘇らせ、河を渡って木立を抜けた向こうへと走り出していた。

 

 

 反射鏡によって太陽光が差し込む透明な地面、『河』を渡って木立を抜けると、巨大な鋼の黒い影があった。

「こいつは・・・」

 木々をなぎ倒してそこに横たわる巨人に、彼は見覚えがあった。記憶の中と形は違うものの、その発展型であることは、頭部を見れば明らかだった。

 「・・・・・・ザク」

 

 

 コックピットの上で、クシナがジオンのノーマルスーツをなんとか引きずり出していた。

パイロットは気を失っており、全体重が彼女にかかっていた。

 「はぁ…はぁ…はぁ、ねぇちょっとは手伝ってよ!」

 「ねぇクシナ」

 「なに?」

 「なんでそんな楽観的でいられるの?」

 「・・・・え?」

 「アウターの性能は俺が一番わかってる」

 「・・・・・・なに言ってんの?」

 「アウターガンダムを相手にすることがどういうことかわかるだろ?」

 「なにそれ・・・ガンダムが奪われてもいいってこと?」

 「そうじゃない」

 「じゃあここの街が燃えるのを黙って見てるの?」

クシナの中で感情が膨らんでいく。

「何もしないでこのまま大人しく見てるの!?あたし達のせいでこうなったかもしれないんだよ?!それなのに黙って見てられるの!?」

 「違う!!」

 「じゃあなによ!!?」

「アウターとやるなんて死にに行くようなもんだろ!!こいつに乗ったところで・・・・」タロは目の前に横たわる巨人に指を差して叫んだ。

 

「ただのザクでなにができるっていうんだよ!!!」

 

 「ふざけるなぁっ!!!」

 

それまで黙って見ていた“先生”の声が黒い木立に響き、静寂がおとずれた。

「ガンダムだからなんだってんだよ・・・・」

彼は自分でも気づかぬ程に全身を震わせ、手のひらを握りしめていた。

「その程度で投げ出すのかよ・・・」

そこには彼の戦争が、彼の中の戦争があった。

「ザクしかなくったってなぁっ・・・・!」

ひとりの少年と、ひとりの青年の姿があった。

「死ぬかもしれなくったってなぁっ・・・・!!」

 

 

それでもバーニィは戦ったんだ

 

 

かつて少年だった“先生”は大粒の涙をボロボロと流していた。嗚咽にまみれ、ただとまらない涙を拭いながら

 

 「いこう」クシナはタロの手をきゅっと掴んだ。「あたしも乗るからさ」

 

 2人はザクのコックピットに乗り込んだ。左側にタロ、右側にクシナが一つの操縦席についた。グォンと暗闇にモノアイが光り、シュウッとダクトから放熱すると、鋼鉄の巨人は重い腰を上げた。

 モノアイを“先生”から黒煙の上がる街に移すとバーニアを噴かせ、ザクは再び戦場に舞い戻っていった。

 「おかしいな・・・止めようと思ったのに・・・・」

彼はそれを目に焼き付けながら、無言の敬礼を送った。

 

 「基本操作は変わらない・・・機体名称は・・・ザクⅢ試験型か」

 彼らが今日を過ごした大通りは見る影もなく瓦礫の山になっていた。クシナは胸が張り裂けそうだった。

「この野郎・・・・・・!」

 眼下ではアウター・ガンダムとジム・セークヴァが膠着状態にあった。この二機の間にザクで割り込むのは聊か妙な感じがする。

「そうだ」

 ザクはアウター・ガンダムの前に着地させた。ジム・セークヴァが警戒の色をこちらに向ける。ザクの右腕に握られたヒートホークが赤く染まっていく。

 ≪無事だったか…こいつをやって引き上げるぞ…ここまで大事になってはわが軍の…うぐっ…≫

 アウターを奪ったパイロットの息も絶え絶えな声がスピーカーから流れた。

「あぁ、そうだ・・・・なッ!」

 ザクはアウターへ振り返りながらヒートホークを垂直に振り下ろした。

≪なにっ!?≫

 反撃の手を出されない内にすかさず体当たりをすると、アウターは大通りになぞるように弧を描いた。「軽いだろ?ガンダムって」

 アウターはバーニアを噴かせ、そのまま空へ舞いあがる。そこを逃すまいとジム・セークヴァがアウターに突貫。機体を密着させ、バーニアの噴射を緩める事なくそのまま大通りを抜け、先ほどまでザクのいた木立へとアウターを押し倒した。

 ザクも引き返すように後に続くと、きっと中空で逆転したのだろう。アウターはジム・セークヴァにまたがり、今にもコックピットをビームサーベルで焼こうとしていた。

「このやろおおおおおおお!!!!!」

 ザクはアウターを狙ってヒートホークを振り下ろした。

それは空を斬り、危うくジム・セークヴァのコックピットを熱で断絶しかけた。

≪危ねぇじゃねぇかおい!≫

「ニロンさん!」

≪お前、タロか!?どうしたんだ?≫

「盗んだの!」

≪クシナもいるのか・・・ぐぅぁっ≫ニロンも息を荒げ、呻いていた。

「大丈夫ですか!?」

 ≪さっき食らっちまってな・・・ただ、そいつもやられている、アウターに乗る前に俺が肩にブチ込んでやった≫

 相手は肉体的に限界を迎えている。ザクはアウターに向き直った。

 「タロ・・・このまま行って」

 ザクはヒートホークを、アウターはビームサーベルを構えて対峙した。

次の一手で勝負が決する。

 

 

 

「「・・・ぅぅぅうううおおおあああああああ!!!!!!!」」

 

 

 

 ヒートホークを振り上げ、懐が開いたザクのコックピットにガンダムのビームサーベルが迫る

 

そして

 

 ザクはヒートホークを振り下ろすことなく止まっていた

 

ガンダムのビームサーベルは、ザクの左腕を落としていた

 

 ザクのボディには、ビームサーベルの轍が出来ていた。

 アウターのサーベルがコックピットへ到達する直前、クシナが操縦桿を握りザクの重心を右へずらしていたのだ。

 殆ど気力のみで戦っていたのだろう、アウターのコックピットの中で、男は決着がついたと安堵し、気を失っていた。

 

                    ≠

 

 避難命令が解除され、シェルターに籠っていた住民は次々と帰路についていた。家が残っていない人もいる。身内を、隣人を亡くした人もいる。リボー・コロニーは再び戦禍にのまれてしまったのだから。

 

 

 鏡が次第に光の矢を反射し、コロニーの中を染めていった。先生は二人の若い軍人との名残を惜しんでいた。

 「もう行くのか?」

 「ああ」

 「そうか、残念だ…」

 「大丈夫だよ。あんたが叫んだ時、なんとなくわかった」

 「え?」

 「オレ、ニュータイプってやつだからさ」

タロがそういうと、彼は安堵とも憂いともつかない顔をしていた。

 「・・・・なぁ、またこのコロニーに来てくれよ」

 「えっ・・・?」

 「次はオレが案内してやるからさ」

 「・・・・・あぁ、いつか来るよ!」この戦いが終わるまでこの身がどうなるかもわからない。それでもタロは

「必ずさ」思いを押し殺して彼に約束した。

 

 

 タロとクシナはアウターに乗りこみ、互いが見えなくなるまで手を振っていた。

ハッチが完全に閉まると、教え子に囲まれた先生が全天周モニターに映し出された。

 彼は目から一筋の涙を流して何かを言った。

言葉は聞き取れなかったが、タロにはわかっていた。「・・・・さすが先生だな」

 

 朝、若い陽の光がコロニーの『河』から街を染めてゆくころ、時計の針は6時を指していた。

 陽の登る中を、白いモビルスーツが翔び立っていった。

黄金の靄に包まれながら深呼吸をすると、彼の長い一日が終わりを告げた。

 

 

 

  おはよう、バーニィ

 

 

 

 

 

 

 

 

 港の襲撃も鎮圧し、艦内には白兵戦で飛び散った生暖かい血がこびりついていた。ネオ・ジオンによる係員と連邦軍整備士を偽っての奇襲により、クルーたちは肉体的にも精神的にも大きな傷を負っていた。

 「艦長である私の不注意でこんなことになってしまった。すまない」

もっとしっかりしていれば、と責めるものはジョブ・ジョン自身だった。

 「残念ながら、物資は僅かしかなく補給もままなっていない。我々はまず地球へ進路を取り、近くの連邦艦隊と落ち合う。」

ニロンが手をあげた。

 「それよりも連邦側のコロニーに行った方がいいんじゃないのか?ここから地球にたどり着く間にいつネオ・ジオンの襲撃にあうか」

 「正直言うと俺もそうしたい。ただ・・・今回の事を考えれば、連邦側だろうが何だろうが奴らは侵入できてしまうということだ」

 「そりゃあここが中立だからだろ?」

 「いや、あいつらは“連邦軍基地”から来た、ということは軍自体にも侵入できるってことだ」

 「そりゃ考えすぎだぜ・・・・」

 「それに、先の抗争で連邦そのものの地盤が緩くなっている。ジオンの手がどこまで伸びてるか把握できない現段階ではこうするしかない」

 「じゃあ地球へ行っても無駄かもな」

 疑心暗鬼、誰もが事を冷静に考えられず、安全圏を見出せないでいた。

マイクロ・アーガマがリボー・コロニーを出ると、そこから昨夜の傷跡が見えた。

 「わたし達のせいで・・・こんなことに・・・」

 「そういう考えはやめろ、身がもたねぇぞ」クシナにニロンが棘をつけて返した。

言葉を喉に詰まらせたまま、彼らは一分間の黙祷を捧げた。

 

 「まもなく戦闘禁止区域を抜けます」

 「コロニーでやってきちまったけどな」

 「艦長・・・・これ・・・・」と言ったオスカーの声色は震えていた。

 「なんだと・・・・・・」それは、まだ事件が終わらないことを告げた。

 レーダーには、五つの敵戦艦と数十機ものモビルスーツの機影があった。

「くそぉっ・・・・くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 敵は、万が一アウターを奪取できなかった際の事を見越し、歩兵とモビルスーツの二重包囲網を形成していた。

 「総員第一種戦闘配置につけ!」

 「いや待て!」

突如マーカーが下した命令をジョブ・ジョンはすかさず止めた。

 「持久戦はできない・・・・白旗をあげて降伏をするしか…って、おいタロ!何する気だ!?」

 彼が回避方法を模索していると、それをかき回すようにタロ・アサティは走り出していた。

 「俺がアウターであいつらを殲滅してきます」

 「馬鹿野郎!何考えてんだ!おい待てぇっ!!」

 タロは艦長の制止も聞かずにモビルスーツデッキへ向かい、アウター・ガンダムに乗り込んだ。操縦室のシートには、まだ血がべっとりとついていた。

 「ハッチ開けてください。壊してでも行きますよ」

「艦長・・・」オスカー、マーカーの二人がジョブ・ジョンの指示を仰いだ。

 「開けてやれ・・・・壊されるよりマシだ」

 

 カタパルトハッチが開いていきアウターが解き放たれ、タロの意思に応えるように敵陣の中へと進撃した。

「ううおおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

血管が千切れるほどの叫びが、真空で雷鳴の如く木霊した。

 

 


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