新訳 機動戦士Oガンダム   作:なかのあずま

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第6話 胎動~Fetal movement~

 アリエス―――――――火星圏内に位置するこの小惑星で、ジオンの亡霊たちが密かに再興の種を蒔いている。

 その総統室の椅子に、似合わない大型の男がずっしりと腰を掛けていた。

 アリエス分屯地の現司令官ヨドルフ・ヒトーリン。『現』司令官とここでわざわざ表記するのは後にこの役職がシャアへ移ることが決まっているからである。

 「ヒトーリン司令。」

 現司令官の現秘書レヴァハン・M・ヴィルヘルム、青い髪に四角いフレームの眼鏡をかけている。

 「まもなくカピラバストゥから一番隊が到着いたします。なお総帥を乗せた艦はもうしばらくかかるとのことです。」

 「うむ、報告ご苦労。時にレバハン」ヒトーリンは葉巻を燻らせながら聞いた。

 「はい。」

 「あの・・・何と言ったかな?シャアの隣にいた・・・」

 「カーン・Jr.・・・彼がどうかいたしましたか?」

 「そうそうあの男・・・ん?男だったのか?」

 「ええ。」

ヒトーリンは燻らせていた葉巻に咽つつも続ける。

 「・・・・・まぁいい、その男は木星には同行しないようだが?」

 「えぇ・・・彼は非常に重要な人材ですので。」

 「そうか。それと・・・・対未確認用兵器の具合はどうだ?」

 「とても順調に進んでおります。」

レヴァハンの四角いフレームがゆらりと光った。

 

                    ≠

 

「随分と分厚い小説だな、フィクションか?」

 アリエスに向かう補給艦の中で、シャアは一冊の分厚い本をカーン・Jr.から受け取り、ぱらぱらとページを捲っていた。その背表紙には著者名が書かれていた。

「この名前は・・・たしか歴史小説家だったか?」

「基本的にはな、SFやファンタジーも書いているが」

 タイトルを見れば歴史小説とは少し違うものであり、強いて言えば伝記の様ではあるのだが・・・

「で、これが木星とどう関係している?」

 中身をざっと見る限りでは異星人同士の争いが書かれており、どう考えても歴史小説ではなかった。

 「この本に最初の木星帰りが視たすべてが書かれていると言ったらどうだ?」

 「最初の、か・・・・・」

 最初の木星帰りが何を意味するのか、シャアはそこに或る可能性を見出しつつあった。

 「木星帰りは必ずと言っていいほど『何か』を視る・・・・ただのファンタジー小説ではないということか」

 「いつどのようにして木星へ行ったのかは明らかになっていない。しかし彼が歴史小説を書きはじめたのはこの本を書いた時期と近い。アリエスに到着するまでの間、『史実』として読んでくれ」

 「ジオン再興の鍵が御伽話とはな」

 シャアはふっと自嘲気味に笑った。

 「感想は読んでから聞く、詳しい話はそれからだ。私はすこし休む」カーン・Jr.は自室に戻っていき、メインブリッジには本を読むシャアの姿があった。

 

                    ≠

 

≪おりゃあっ!≫

 火星圏から地球圏へと航路を辿るマイクロ・アーガマの周りで、四機のモビルスーツが乱舞していた。

 アウター・ガンダムのコックピット内でロックオンを知らせる警告が鳴り、その方を見ればZ Mk-Ⅱがこちらに照準を合わせていた。

 別の方向からはジム・セークヴァが、また別からはガザDがアウターに狙いを定めていた。

 1対3、アウターにとって、ましてや戦闘経験の殆どないタロにとって不利極まりのない状況が形成されていた。

≪よし囲んだな・・・一斉射撃、撃てェッ!≫

 アウターに3方向から何百発の弾が迫り、スラスターを最大稼働させ縦横無尽に弾を避ける。

 「ぐうっ!」

全天周モニターを包む閃光、タロの視界が弾け飛ぶ。

 ≪こんのやろおおおお!!!!≫

 ≪クシナッ!サーベルの出力弱くッ!≫

 『クシナが来る!』Z Mk-Ⅱが閃光の中をサーベルを突き立てながら迫ってくる。それを感知した瞬間『まただ・・・この感覚・・・』

 タロの身体は、アウターという肉の鎧によって自分の意識が及ばぬうちに、Z Mk-Ⅱの斬撃を回避していた。

『次は・・・後ろだ』

 たった今躱した態勢の背後から、ガザDがモビルアーマー形態になりメガ粒子砲を連射してアウターに迫ってきていた。

 「このっ・・・!」

 ≪かかったなぁっ!!!≫

 メガ粒子砲を躱したその先で、頭上のグランが駆るジム・セークヴァのビームサーベルが振り下ろされる。

 「しまっ・・・!!」

 タロの恐怖心を読み取ったかのように右腕前腕部が開いて、粒子の刃が型を成し、ジム・セークヴァのサーベルを受け止めた。

 ≪ハイそこまでーーー!!!!!≫アウターとアウターを取り巻く全機体にマイクロ・アーガマ艦長の声が炸裂した。

 ≪模擬戦終了、戻ってきな≫オリガの艶めかしくも芯のある声が戦闘終了の合図となった。

 

「何かわかりました?」

テストを終えたタロがコックピットから降りてきた。

 「さっき見たアウターのファイバーがあるだろ?あれに電極を付けてテストしてみたけど、それがたまに強い反応をみせたんだ。これ、見てごらん」

 ジョブ・ジョンはタロだけでなく、今テストを終えたばかりのグランとニロン、クシナ、そして彼らを取り巻くメカニック班も巻き込み、モニターに映る心電図のようなグラフを再生した。

 「最初のうちは反応は見られなかったけど・・・ほらここ!」

 それまで平坦だったグラフの線がいきなり刃物を突き立てたかのように鋭角に盛り上がっているのを指した。

 「ここから強い反応が連続している・・・そして最後、ここが一番反応が強いんだ、最高潮とも言える!ここで俺が終了の合図を出したんだけど・・・」

 そこは、アウターが振り下ろされるビームサーベルを、自身のそれで防御したところだった。

 「その時は・・・やられると思って・・・・」

 「とっさの判断にしてはよく動けた、と思わないか?」

タロは首を横に振り

「違うんです、なんていうか・・・勝手に動いたっていうか・・・」

 「さっき言ってたよね、自分に馴染んでいくって」オリガだ。

「…はい」

 「MSN-0xって機体番号を見る限りじゃジオンのニュータイプ専用機だろうね」彼女は視線をタロからアウターに移してなおも続けた。

 「一年戦争でニュータイプ、先の抗争じゃ人工ニュータイプまで出てきた。これもその一つかもしれないね・・・ジオンは何をやっていてもおかしくない」

 オリガは自分でも気づかないうちに拳を握り、僅かに声を震わせていた。

 「そうそうそんでもう一つ」

わずかに空気が重くなった中、ジョブ・ジョンがオリガの後を続けた。

 「これは試作タイプなんじゃないかと俺は思うんだ」

 「試作タイプ?」

 「見てわかる様に、こんな風にファイバーを機械に絡ませたらどう故障したっておかしくないだろ?てことはこれは実戦用につくられたわけじゃない」

 「はぁ・・・」

 どう故障してもおかしくないという事はいつ機体が自爆してもおかしくないとも取れるのだが・・・彼の言い方も相まってそれほど深刻なものではないように感じる。

 「さすがに自爆はしないとは思うけどな、いずれにしてもこれに乗る時は気を付けた方がいい」

 彼はそう言いながらも、タロが見た中では一番真剣な面持ちをしている。しかしそれもすぐに消えた。

 「幸いここはまだ火星圏内だ!あいつらもそうポンポン攻めてはこないだろ、それまではゆっくりしようじゃないか。解散!」これで締めだとでも言わんばかりに手をぱんっと叩いた。

 「そういえば今はどこに向かってんです?」ニロンだ。

「予定じゃ旧サイド6だ。補給も兼ねて一番安全なとこと言えば、な?」

                    ≠

 「パトリシア・・・・まさかとは思うけど・・・・」

 模擬戦実験を終え、モビルスーツデッキを出たオリガはひとり独房室へ向かっていた。あの男がしきりに叫んでいた名前が彼女の心の奥底に引っかかっていた。

「誰かぁーっ!いないんですかぁーっ!?」

 独房室の方から例の男の声がした。先ほど放り込んだあの男の声だとすれば幾分か落ち着きを取り戻しているようだ。オリガはその前まで行き扉を開けた。

 「おおっ開いた!ぼ、僕はヨーゼフ・クビツェク、気が付いたらここに入れられててそれで思い返してみると、っそうだ!僕はもともとゼーレーヴェ艦に乗っていてなんで乗っていたかというと」

 「おい、パトリシアってのはリモーネの事か?」

 

                    ≠

 

 マイクロ・アーガマ隊がカピラバストゥコロニーを後にして数時間後、港には再び人だかりが出来ていた。その群衆の視線の先には、艦から降りたばかりの迫水とエヴァがいた。

 「なぁ、どーしたらいいんだ?これ」

 「ん~・・・」

 “飯はまだかぁ”とゾンビの様に迫水とエヴァにコロニーの住人の手が迫り、二人は完全に足止めを食らっていた。

 「あのねぇ!俺たち人捜してんの!この子知らない!?ねぇ!!」迫水がどんなに声を大にして叫ぼうと半死人共の耳には届かない。

 「なぁ~、どーするよこれ」

 「あ~っ!いま触られたぁ!」

 この状況と、この状況においてもどこか呑気なエヴァに迫水はため息をつかずにいられなかった。「一旦戻るか・・・」

 「うぉーい!ちょっとちょっとぉ!」

 殆ど諦め状態に入っていた迫水の耳に、群衆の叫びに紛れながらも活発な声が届いた。

 しかしその方を見ても、声は聞こえていても、姿は群衆に埋もれて見えない。

 「こっちだよこっち!」

 「お!」

 自分たちに大量の手が迫る中、奥の方で上方向にぴょんぴょんと小さな手が撥ねた。何とか視線をそのまま降ろすと、痩せた子供が飛び跳ねていた。

 「よし!行くぞエヴァ!」

 「そ~ですねぇ~もどりましょ~」

 「違ぇよ、アレだよアレ!」

 「あ~」

 エヴァもやっと気づいたようで、迫水は彼女を引っ張ってなんとか群衆を掻き分けていく。「こっちこっち!」

 子供は細い路地に入り廃墟のような、といってもあらかたそうなのだが、建物の小さな裏口へ二人を案内した。

 「ここなら追いかけてこねえだろ!で、あんたら誰探してんの?」痩せ細った小さな体よりも何倍も活気のある声だ。

 裏口から入ると冷たく固い床、生地が破れ中のボロボロの木が見えたソファがあり、寝泊まりはできそうにない部屋だった。

 「あぁいや、ありがとうね。この女の子、女の人なんだけど・・・」迫水は、長居は無用と早速、タブレット端末に表示されたパトリシアの画像を見せた。

 「ん~~~………ん?」

 わざとらしいまでのしかめっ面で睨んでいたがそれはすぐに嘘のように消え「タロ兄ちゃんのねえちゃんと歩いてたかも!」

 「タロニーちゃん?」

 聞きなれない人物名に随分とおかしなイントネーションで聞き返してしまった。

 「いつも食い物かっぱらって来てくれんだ!おとといくらいから来てないけど!」

ニカッと笑う少年を横目に『物騒なのがいるんだなぁ』と迫水は思った。

 「へぇ~そうなんだぁ~」

「うん!」少年は勢いよく頷いた。

 「タロニーちゃんの家知ってるかい?」ただの談笑で終わってしまうのをおかしなイントネーションのまま救い上げた。危ういところだった。

 「あっちの方!」少年はタロニーちゃんがいつも歩いてくる方向を指さす。

「あっちか!サンキュー!少年!」

 「おう!じゃあ食いもんくれよ!」

「・・・・・は??」

 無邪気な少年は最初から等価交換の話をしていたのだ。思わぬ落とし穴である。この街で生きていく事はそういうことなのかもしれない。

 「食いもんだよォ、教えてあげたじゃん!」少年に悪気はない、今までそうしてきたことをただやってるに過ぎない。

「あー・・・参ったなぁ」

 2人はノーマルスーツに着替えてしまい、必要最低限の物しか持ち合わせていなかった。当然、誰かにあげるようなものなど持っていない。

 「いやぁ…俺ら食い物持ってないんだよ」

「えーっ!?なんもくれないのかよォ?」そう不満たっぷりに言うと少年は表の窓から「おーい!どろぼうだァー!誰かァーっ!」と外へ向かって叫んだ。

「わかったわかった!!悪かった!なんかやるよ!!」

「なにくれんの?」「・・・食い物じゃなくていいか?」

迫水はおそるおそる聞いた。

「ほんっとに持ってないのかよぉ」

少年は思いっきりへそを曲げていた。ここまでされてはこちらの落ち度を感じてしまう。

「エヴァ、なんかないのか?」

「う~ん、これはどうかなぁ?」

 エヴァはヘルメットを脱ぎヘアピンを手に取った。束ねていた長いブロンドの髪が靡き、柚子の香りが広がった。ピンの先には青い蝶がついていた。

「んー・・・」

少年がそれをかざすと、くすんだ明かりが蝶に青いベールを纏わせた。

「うん!いいよこれで!」

ほっと迫水は胸をなでおろし、心の中でエヴァに礼を言った。

「じゃあ行くかぁ」

「はぁい」

二人が外へ出ようとしたとき

「ねえちゃん!」

少年は

「ありがと!」

笑った。

                    ≠

 「久しぶりだなーこういうの!」

ファナとリモーネはコロニーの人通りのない街を歩いていた。

 「久しぶりって・・・」

 「10年ぶりくらいかな!」

 「・・・・・あの」

 「あれ?」

 ファナが聞けなかったことを聞こうとした時、彼女は何かに気が付いた。「・・・あそこって港だよね?」

 リモーネの視線の先には人だかりがあり、その向こうにネオ・ジオンの戦艦が入港しているのが見えた。

 「・・・ねぇ、ちょっとこっちに行ってみていい?」リモーネは人通りのない薄暗い路地裏を指差した。

 「え?そっちには何も」

 「いいじゃん!行こ行こ!」

 どこから、なぜ逃げてきたのか、またしても彼女から話を聞き出すタイミングを失ってしまった。

                    ≠

 どれくらいの時間が経過しただろうか・・・迫水とエヴァは途方に暮れかけていた。少年からは『あっちの方』としか教えてもらっていない。

 街道に道行く人の陰もなく、二人はうつろな目でふらふらと歩き、ここの住民と化していた。

 「あ、いた!お、おいアンタ!この女を」

「ひぃっ」

 やっと見つけたかと思えばこのように逃げられしまい、なかなか尋ねられずにいた。砂塵が、砂の粒が肌にぴったりついたノーマルスーツに当たる。

 「くっそぉ・・・もっと聞き出せばよかった」

 「もうあげるものないですよぉ?」

迫水がはぁ、とため息を吐いていると

 「お~いそこの!あんたらなにしてんだ」みすぼらしい恰好をした中年の男が声を掛けてきた。「おぉ・・・!」

 声を掛ければ必ずと言っていいほど避けられる中、わざわざ自ら赴くみすぼらしいただの男が、迫水の目には砂漠の中のオアシスにすら見えた。

 「俺たちこういう人を探してるんですよ・・・見てないですか?」

男は端末に表示された女の画像をしばらく眺めると口を歪めた。「あぁ見たよ」

 「本当か!!」

 「あぁ」

 「いやぁ~助かったぁ~!ここの奴らえらく不親切でねぇ、人の話を聞かないどころか逃げだす始末で」迫水は水を得た魚の如く謝意を最大限に表したついでに、余談という名の鬱憤を彼にぶつけた。

 「逃げだすねぇ・・・」

 「なんというか、凶悪犯を見たようにねぇ?こちとら何もしてないってーのに」

 「そりゃきっとあんたらの格好だろうなぁ」男はにひひと不気味に笑う。

 「はぁ?」ジオン軍のノーマルスーツに何の文句があるんだと言わんばかりに、迫水は不服の態度で「こんな僻地でなにをいまさら」

 「ここには定期的に今のあんたらの格好したやつらが食料とかの物資を届けに来るんだ」

 「あー、ここ降りた時に囲まれましたよ」

 そういうことかと半ば呆れつつ、さらに話を聞くと、なんとも気味の悪い話を男が始めた。

 「そんでな、それと同時にこのコロニーから何人かが消えるのさ」

「消える・・・・・?」

 「あぁ、人さらいだよ。配給が来る度に何人かいなくなるのさ。等価交換ってやつかもなぁ」

「つ、つまりそれは・・・ジオンがここでナニカをやってるっていうことか・・・?」

 「さぁなぁ、俺も詳しかしらねぇよ。けどなぁ、さらわれた奴は二度と帰ってこねぇ。不思議だなぁ」

「そ・・・そうか」

 急転直下、後味の悪さと薄気味悪さに、迫水は口が乾いていくのを感じずにはいられなかった。

                    ≠

 リモーネとファナの二人は相も変わらず景色の殆ど変わらないヒビだらけの路地裏を躓きながら歩き続けていた。

 「ふう・・・ちょっと疲れちゃったね」

 「はい・・・」

 「アイス食べたいなぁ・・・」

「あれっ?!タロ兄ちゃんのねえちゃんじゃん!」

2人がコロニーの天を見あげていると活発な声がした。その方を見ると痩せた少年がいた。

 「あ!えーっと・・・」

 「ケンだよ!タロ兄ちゃんいないの?」

 「あ・・・うん」

 「なんだぁー?昨日も来てないんだぜ?」

 兄のタロ・アサティは家どころかこのコロニーの何処にもいない。すでに手の届かない所へ行ってしまった。その思いが「・・・・・ごめんね」という言葉と共に目からおちる。

 「あっ!」と少年は声をあげると、リモーネを指さした。「さっきこのねーちゃんのことさがしてる人がいたぜ!」

 

 リモーネはドクンッと胸が脈打ち、胃液を吐き出しそうになった。なんとか吐き気をこらえて

「じゃあそれまでキミの家で休んでいいかな?」

 とケンに言ったとき

 「よぉ~少年!」時間切れの鐘が鳴った。「さっきおっさんに聞いたらこっち行ったっつわれてさーって・・・・・」

 「おぉ~、解決ですね~」

そこには先ほどまで群衆に囲まれていた依頼主、ゼーレーヴェ隊の迫水とエヴァがいた。

 「あっ!あの人だぜ探してたの!」ケンはさらに「いたぞー!」と二人の依頼主にパトリシアを指差しながら言った。

 「・・・キミ、先に家まで行っててくれる?」

 「え?なんで?」

 「ちょっとこの人たちとお話しするから」

 柔らかに微笑みながら言うパトリシアの表情は『ズレ』ていた。「う、うん、わかった」

 ケンがこの場から逃げると彼女は、二人を見据えた。「私を連れ戻しに来たのでしょう?早く連れていきなさい」

 言葉とは裏腹にどこか殺気を孕むパトリシアに2人は身構え、金縛りの如く固まっていた。

 「あぁ、えぇっとじゃあ…ほら、連絡いれて」

「あ、は~い」

 

 「ファナちゃん、ニュータイプって聞いたことある?」

 着々と連行の手筈が進む中で、彼女は遺言を残すかのように昔話を始めた。

 ニュータイプという言葉に、ファナの脳裏に兄との別れがフラッシュバックする。

「エスパーのように人よりも勘が鋭い人のことをいうの。

一年戦争の時からジオンはその研究に力を入れてて、ニュータイプと呼ばれる人たちを実験台にして兵器を開発していった。戦争に負けてからもその研究は続けられていて・・・私はその研究所に入れられた。

 最初はニュータイプの脳波検査とか新しい兵器のテストパイロットとかだった。でもジオンの研究は、ニュータイプを造りだすようにまでなっていったの・・・ニュータイプの、クローンを

 私はその実験台の一人になった。何人もの私が造られ、失敗してはゴミの様に捨てられた。やっと人のかたちになっても実験は続けられて・・・・・・

 10歳の私たちが戦場へ出ていくことが決まったの。もう何も考えられなかった。そんな時に新しい実験で別の場所へ行くことになって、その途中で逃げ出してきたの」

 

 ファナは言葉を紡げずにいた。彼女の明るいあのふるまいからはとても想像できることではない。

 彼女だけでなく迫水とエヴァも同様だった。“ただ彼女を目的地まで運ぶ”程度の名目しかない迫水に受け止められるものではない。

 「リモーネさん・・・」

 「ごめんね。これが私の在り方だから」

 

 「えっと・・・じゃあこれで」

 命令に背いて予定外の行動をとるわけにもいかず、パトリシアを拘束し港に停泊している艦へ向かおうとした時、

「あの・・・」ファナが静かに口を開いた。

 

 「その人を連れて行くなら、わたしも連れて行ってください」

 

 彼らだけでなくパトリシアまで振り返った。ファナが何を言ったのか、誰も呑みこめていない。「いま・・・なんて・・・・・」

 「わたし、なにもできないから、今までお兄ちゃんに頼りっきり…だったから」

 「だめ・・・ダメだよ・・・・それ以上いっちゃだめ!」ファナを行かせてはいけない、その先に、その向こう側にあるものは・・・

 「いいんです」

いつから心に決めていたのか、ファナの目は揺るぎない意志を宿していた。

「良くない!私と来ることがどういうことかわかっているの!?あなたにはまだ」

 「ここでなにができるっていうの!!!」

    激昂

もはや誰も、ファナ・コ・アサティを止められなかった。

 「あなたたちはニュータイプが欲しいんでしょ?リモーネさんはニュータイプだから、だから捕まえに来たんでしょ?」

 

 「わたしもニュータイプです。これでいいですか?」

 

この時、パトリシアは、ファナの辿る運命を感じとっていた。

 

 

 「ねーちゃんたち来ないなぁ」ケンはひとり、冷たい部屋で、もう来ることのない客人を待っていた。

 

                    ≠

 

 ラグランジュ・ポイント、宇宙空間において、二つの天体の引力により軌道の安定する場所である。

 これにより太陽と火星、太陽と木星のそれぞれのラグランジュ・ポイントでは小惑星帯が形成されていたりする。

 また、太陽と地球のラグランジュ・ポイントは5つあり、スペースコロニーを建設するにあたって最も重要な場所となっている。

 ラグランジュ・ポイント4、太陽と地球とをそれぞれ線で結ぶと正三角形ができる位置にあり、軌道が安定しているおかげでサイド2とサイド6が形成されている。

 その2つのコロニー群の間に6隻のエンドラ級軽巡洋艦を従えた重巡洋艦が鎮座していた。

 「少佐、こちらが五番隊の受け取ったものです」

 スクリーンにはO‐アウター‐ガンダムの回収指令が記されていた。

「MSN-0x、これがエンジンになるのか・・・」

少佐と呼ばれた少年が、操舵室の奥で凍てつく笑みを浮かべた。

 




やっとこさ軌道修正が終了いたしました!次回よりやっと話が進みます!

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