新訳 機動戦士Oガンダム   作:なかのあずま

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第1話 O‐アウター‐~First order~

 「そろそろ圏内に入る、気を抜くなよ!オスカ、マーカー!」

 一つの小型艦艇が、カピラバストゥコロニー近づいていた。

「無論です!」

「しかし艦長、いくら僻地だからってこれだけで大丈夫ですかね?」

 オスカと呼ばれたオペレーターは、小型艇マイクロ・アーガマ単体で向かうことに不安を感じていた。

 「今回はあくまで偵察だから大丈夫!こっちにはいざって時のZガンダムMk-IIもあるんだから!」

マイクロ・アーガマの艦長は些か楽観的である。

 金髪の天然パーマが特徴的な彼は一年戦争時代、かつて地球連邦軍を勝利に導いたホワイトベース隊の一人であり、オペレーターのオスカ、マーカーと共に一年戦争を生き抜いた過去を持つ。彼の名はジョブ・ジョンといった。

「ブライトさんの頼みを断れないだろ?」

 ブライト・ノア、ホワイトベースの艦長を務めた男であり、今はエゥーゴの一員としてアーガマ隊を率いている。彼らにとっては恩師ともいうべき人物である。

 そんな彼が、火星圏の方で不穏な動きがあるとの知らせを受け、戦友のオスカ、マーカー、そしてジョブ・ジョンに自身の代わりとして依頼したのであった。

 コロニーの入り口である港が確認できると

 「ジム・セークヴァ、2機発進してくれ!」

「了解!」「行きまーす」

2機のジム・セークヴァが先行してコロニーへ入港した。

 

                    ≠

 

 ロストシティ、カピラバストゥコロニー第13地区にある中心街

 宇宙塵を加工し、つぎはぎ状態でなんとかもたせているコロニーでまともなインフラ設備なぞ整うはずもなく、中心街と銘打ってはいるものの実体は殆ど廃墟の街と化している。最も栄えている中心街ですら土埃の舞う中を人々が行き交う有様だ。

 食料などの生活必需品といえばコロニー完成当初に備蓄されていた莫大な非常食と、どこからか定期的に来る補給艦の配給が頼りだった。

 とはいえ、コロニーと言う閉鎖空間で暮らすからにはそれなりの集落が築かれているわけで、利益を賄う方法が無いわけではない。

 配給品を金で多めに受け取り転売したり、配給品の娯楽映像作品で人を呼んで上映したりする。中には漂流時の船外活動用のノーマルスーツやポッドを所有している者もおり、流れついたデブリを食料と等価交換、または補給艦に渡して金にしている。こうして最低限の均衡は保たれている。しかし、そうでない住民もいるわけで、盗みやそれ以上の行為も人目が届こうと届くまいと行われている。

 

 そんな街で暮らす少年がひとり

タロ・アサティ

 「少し出てくるけどなんかいる?」

 彼は妹のファナと二人で長いことこの街に住んでいる。

 赤いトレーナーの上に青いジャケットを羽織り、身支度をしているとお世辞にもきれいとは言えないリビングルームのソファーベッドからファナがひょこっと顔を出した。

 「ううん!大丈夫」

 「帰るまで開けちゃだめだぞ!」と言い残し、鍵をかけてタロは中心街へと出かけて行った。

 「わかってるって」

 兄の耳には届いていないだろう返事をしてリビングの窓から空を眺める。

空には街があるが、その青い眼は遥か向こうの虚空を視ていた。

                    ≠

 ロストシティの舗装されることのないメインストリートでは裂けて隆起しているアスファルトの上で蚤の市が行われていた。

 とは言っても、辛うじて生きているコロニーの大気循環システムが急に雨を降らさない限りはいつでも誰かしらが勝手に店を出している。

 「おっちゃん、これいくら?」

 「・・・・・・・・・・」

 このコロニーの住人の殆どが覇気が無く抜け殻になっているか、その逆に神経が研ぎ澄まされて過敏になっているかのどちらかであり、タロの様な精神が安定している者は稀有な存在だった。タロはそんな市に赴いて食料などの日用品を盗んで生活していた。

 「すみません」

 いつものように街を物色していると、ある男に呼び止められた。

 「この第9地区へはどう向かえばいいでしょうか」

 こんな事は殆ど初めてである。無視しようとするが、タロの目は不思議とその男へ向かってしまった。

 一枚布を身に纏い顔はよく見えず、そのくせ鋭い視線を感じさせる異様な雰囲気に圧され

 「えっと…あっちだけど」と第9地区の方を指差した。

「ありがとう」男は抑揚のない声で言うと、続けて「年は?」と聞いた。

 「・・・・・16」

 そう答えると男はさらに手を差し伸べてきた。

 タロは戸惑ったが「ただの礼だよ」と言ったのでその手を取ると

「!?」

タロの体に一瞬鉛のような感覚が流れこみ、心臓がドクンッと強く脈打った。

 「それでは」と言うと男は第9地区へ歩いて行った。タロはしばらくその男から目を離せずにいた。

[飯が来たぞぉー!]

 街のどこからか声が上がり、市場にいる人々が餌を用意されたペットの様に一斉に港へ向かった。

「やべっ、出遅れた!あんのやろぉ・・・!」

 あの男の後を追いたい気を押し殺し、タロも港へ向かった。

                    ≠

 ジム・セークヴァのゴーグルの奥からモノアイレンズで捉えたコロニー内の映像に、パイロットであるニロン・アラダール少尉は大きく息を吐いた。

 「なんちゅうとこだよ・・・」

 “見捨てられたコロニー”との呼び名である程度の覚悟はしていたものの、砂塵の舞う廃墟街と港の群衆を見れば、どれほど甘く見ていたかを思い知らされる。

 「こりゃ2、3日いたら肺が腐るぜ」

 ≪どうだ?何かあったか?≫艦長のジョブ・ジョンから通信が入った。

 「なんというか、廃墟と乞食しか見当たりません」≪オッケー、なんか見つけたら連絡よろしく≫

 艦長からの通信が切れると、ニロンはもう一機のジム・セークヴァのパイロット、グラン・マックイーン少尉に対し「なぁ、うちの艦長軽すぎねぇ?」とぼやいた。

                    ≠

 メインストリートを抜けて港に着いたタロの目には、2体の巨大な人影が映っていた。それは18メートルにも及ぶ人型有人機動兵器であり、9年前に彼らの親を奪った存在でもあった。

 「また、なのか・・・」

 決して安住の地とは言えないこのコロニーだが、それでも戦争に巻き込まれないという希望があった。それが今、タロの中で音を立てて崩れていく。

「ここでも・・・・・・うっ!」

 急激に前頭葉が疼き、大通りで会った布を纏った男の姿が脳裏にフラッシュバックした。『この人に会わなければ』タロの第六感がそう囁いた。

 それが、彼の運命を大きく変えてしまうことまでは、知らせてはくれなかった。

 

                    ≠

 

 布を纏った男はタロという少年に声をかけた後、第9地区までたどり着いていた。その一画にある廃墟の中で、彼を出迎える男がいた。

 「全くひどいものだな…よく人が生きていられる」

それが迎え入れられた男の第一声だった。

 「流れ者のコロニーだからな。流石に予想以上か?」

男にしては少し高めな声色が、若干の高圧的なトーンで薄暗い廃墟に響く。

 「それよりも貴公の姿に驚かされた…瓜二つだ」

 「姉に似ていることがそんなに不思議か・・・シャア・アズナブル」

 それが布を纏った、タロに声をかけた男の名だった。彼は被っていたフードをとり素顔を露わにすると、目の前の男を睨みつけた。

 その男は、自らをアクシズ、そしてネオ・ジオンの実質的指導者であるハマーン・カーンの弟、カーン・Jr.と謳い、わずかな光に浮かび上がる後頭部に向け広がったボブの髪型とその姿は“姉”と瓜二つだった。違うところと言えば“姉”がピンク色の髪に対し、彼のは紫がかったピンクであるくらいだろう。

 「・・・まぁいい、まずこれを見て欲しい」

 カーン・Jr.が透明なアクリル状のタブレットを持ち出すと、そこには一年戦争を始めとした勢力図の変遷が映し出されていた。

 「ジオンが敗戦してからの残党軍の全体的な動きだ。ザビ家を狂信するテロリストが宣戦布告するも結果はこの通り、全く前時代的な奴らだ・・・

 私の姉はザビ家を建前としてやっている分、こいつらよりかは遥かに冷静だ。それでも、それでもだ!ニュータイプの父でありあなたの父上、ジオン・ズム・ダイクンは影も形もない!ジオン・ズム・ダイクンこそが人類を正しい方向に導く・・・そこでだ」

 「私が継げば・・・・・プロパガンダになる」カーン・Jr.が熱を帯び演説染みた所で回答するも、それは気持ちのいい物ではなかった。

 「その通りだ。ザビ家ではなくジオンの名が、ジオンの血が宇宙移民者(スペースノイド)を再び蜂起させるのだ。

 かつて『希望』と言われたこのコロニーも今となっては人々の記憶からも忘れ去られ手付かずのまま葬られ時が経てばただの廃棄物・・・

 戦いの中で流された者、コロニーを追い出され宇宙漂流者になった者、彼らの存在はアースノイドに知られてすらいない…知ったところで何もしないだろう!

 そんな奴らが今も重力下でのうのうと生きている!そいつらを粛清するにはニュータイプの力が、ジオンの遺伝子を受け継いだシャア、いや、キャスバル・レム・ダイクンが必要なんだ!!」

カーン・Jr.は「ふぅ」と一息つき、さらに続けた。

 「ここは辺境のコロニー、ほとんど火星圏内だ。中で何が起ころうとアースノイド共は何も気づかない」それまでの高圧的なトーンとはうって変わり、猫撫で声で言った。

 「・・・・・協力しよう」

 「嘘でも嬉しいよ・・・シャア」

 「・・・・・・・・・なんだか騒がしいな」

 シャアは白々しいまでの話のそらし方をしたが、次第に港の喧騒が遠くから聞こえてくる。

 「失礼します。連邦の物とみられるモビルスーツが港に現れました」

乞食の格好でカムフラージュしたカーン・Jr.の配下のウィノナが現れ報告するも、

 「ただの偵察だろう、放っておけ。余計な手出しはするな」カーンJr.は至極冷静に制した。

 「こういうことは多いのか?」シャアが訪ねる。

 「さぁな・・・来てもこの有様だ、すぐに引き上げていくだろう」

「さぁ・・・?」カーン・Jr.の言い方に違和感を覚えたが

 「ところで…聞けばあなたはしばらくエゥーゴに加担していた。そして私の姉、ハマーンと対立して今に至る。そうだな?」と話を逸らされ「あぁ」と答えた。

「なぜアクシズではなくエゥーゴに?」

シャアは「フッ」っと、それが答えだと言わんばかりに自嘲気味に笑った。

「・・・・・シャア、ついてきてくれ」

 カーン・Jr.が薄暗い廃墟の中を進んだ先にはリフトがあった。シャアとカーン・Jr.を乗せるとゆっくりと降下していき、二つの階層を過ぎると、薄暗いながらも格納庫が見えてきた。

 本来は別の施設だったのだろう、間に合わせの格納庫であろう事は一目見ればよくわかり、冷たい空気が漂っている。

「よくここまで集めたな・・・しかし、なんだあれは?」

 格納庫にあるモビルスーツはどれも手や脚、頭部が別々の機体のパーツからツギハギで出来上がっていた。

「流れ着いたモビルスーツを回収し動かせるようにした。お前の百式もこうすれば」

「そんなことより、これでやるつもりか?」

「・・・これは飾りだ。この下に我々が独自に開発した物がある」

リフトが最階層に着いた。

 そこには人類が初めて開発し実践に投入されたモビルスーツ、ザクの系譜を受け継いだ巨人が並んでいた。

「G(グランド)・ザック、ハイザックの発展型だ」

 一度連邦の手に渡って開発されたザクの発展型に、さらにジオンの手が加えられた機体であり、頭部のパイプは健在であった。

「そして」

 カーン・Jr.が最深フロアの最奧まで進んだ先には、一回り大きな、一際目立つシルエットのモビルスーツがあった。

 それは、ジオンの特徴を含んだ丸みを帯びた流線型のボディでありながら、連邦の象徴である白いモビルスーツの形をしていた。

 「連邦とジオンの技術の結晶、O(アウター)ガンダムだ」

 「アウター・・・ガンダム・・・」

 薄暗い中で見るその姿は寺院に鎮座する大仏のようだが、シャアの目にはどう映っていただろうか。

 「サイコミュを搭載しているがオールドタイプでもある程度使える。だが、ニュータイプが乗ればそれをフィードバックし、アウターの性能そのものを上げる事ができる・・・これをあなたに預けたい」

 その言葉を受け取ったのかいないのか、シャアの口から出たのは不意を突く返事だった。

「・・・ここへ来る時、一人の少年と会った」

「・・・・・は?」

 カーン・Jr.が呆気にとられると、タイミングを見計らったかのように奥のほうから物音がした。

「なんだ!?」

 それはリフトが上へ遠ざかる音であり、ウィノナから彼の持つ端末に通信が入った。

≪もうしわけありません。男の子がそちらへ入っていってしまいました≫

 しばらくするとリフトが下りる音に変わり、カーン・Jr.は反射的に銃を構えた。

 「誰だ!」という声が仄暗い格納庫に響くと「彼がその少年だ」とシャアが言った。

「あんたがさっきの・・・」

 タロ・アサティが物陰から姿を現し、シャアを見てそのままカーン・Jr.へ目を移すと青い虹彩に囲まれた瞳孔が開いた。

『なんだ・・・この人・・・』

 それがカーン・Jr.を見た彼の印象だった。性別がどっちつかずな彼の容姿を一目見ればタロでなくともそのように思うだろう。しかし彼は容姿ではなく、そのもっと奥の、内から出る人のにおいを感じ取っていた。

 「なんだ少年・・・私の何がおかしい!」

タロの浮かべた訝し気な表情が、引き金にかかる指に力を入れる。

 「銃を降ろしてやれ、この少年は鋭い」

 撃つ気がないのを見透かされている事を婉曲に言い、カーン・Jr.が銃を下すとシャアはタロに向き直った。

 「先ほどはありがとう、礼を言う。私は・・・・・シャア・アズナブル」

「シャア・・・」どこかで聞いた名だとタロは思った。それはコロニーで元軍人が口にしていた名だった。

 「そして彼は」とカーン・Jr.の方に手をやり「カーン・Jr.と言ってジオンの残党を率いるハマーン・カーンの“弟”だ」と紹介した。

「・・・・ハマーン?」

 聞いたことのない名前にタロが顔をしかめつつ手を差し伸べると、カーン・Jr.は警戒した眼差しでシャアを見た。

「握手くらいしてやればいいだろう」

 まるで子供の様に言われ少し癪に障るも、カーン・Jr.はおそるおそるタロの手を握った。その時、互に電流のような衝撃が走り、互に手を突き放した。

『この人、違う・・・!』『覗かれた!?』

 タロは彼の奥にある異質な存在を垣間見てしまった。自身の不可侵領域に踏み込まれたカーン・Jr.の荒い息遣いが聞こえてきた。

 やがて時が止まったような静けさがもどると、

 「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったな」シャアが言った。

「あ・・・えっと、タロ・アサティ」

 「タロ君・・・・私は…君がここに来るか、賭けをしていた」

急に何を言い出すのだろうとカーン・Jr.はきょとんとして彼を見る。

 「そして結果はこの通りだ。タロ・アサティ君」背後を一瞥し、彼の口元がかすかに緩むと

 まだ年端も行かぬその青い瞳を真っ直ぐ捉え

「このアウター・ガンダムには君が乗るといい」

彼の背にあるものを託した。

 

 「なっ・・・シャア!貴様一体どういうつもりだ!!」

 シャアの思いもよらぬ発言にカーン・Jr.は全身の血が煮え滾りそうになった。「何が気に入らない!私がそんなに嫌か!!」と彼の胸ぐらをつかんで感情を露わにした。

「あ、あの・・・」

「なんだうるさい!!」

あまりの憤りに、割って入ったタロにまでその矛先を向ける。

 「えっと・・・これはなんなんです?」しかし当の本人はお構いなしで、何事もなかったかのように質問をぶつけた。「それに、なんで俺なんですか?」

 「ふむ・・・」とシャアは顎に手を当て、やがて言葉を選び終えると「君がニュータイプかもしれんからな」と言った。

 「ニュー・・・タイプ・・・?」

 「例えば、相手が何を考え、思っているか・・・君は相手の手を取ることで感じ取るんじゃないか?」

 「え?そうですけど・・・」さも当然のように答えるタロにシャアはフッと笑う。

「あの時、何を感じた?」

 そう聞かれたタロは少し戸惑いつつ「は、はぁ…なんか、重いものが流れてきたっていうか」と答えるとシャアの眼光が僅かに鋭くなり再び手を差し出した。

 タロがそれに応じるまで少しの間があった。手を取れば視えるとまではいかずとも感じ取ってしまう、それがモノによっては精神に負担が及ぼす場合もあるのだ。それは意識的にオン、オフと切り替えられるのだが、先ほど少し触れただけでもかなりのものが流れ込んできたこの男を再び相手にすれば、自殺行為のようなものだった。

「・・・・・わかりました」

覚悟を決めると、彼の手を取った。

「・・・・・・・・・・・・!」

 タロの握る手の力が強くなっていき、表情が引き締まった。

 「なんとなくは、わかったよ・・・あんたの事も、その、ガンダムっていう物の事も・・・でもそれは・・・・・戦争をやれってことでしょ?」脳裏に戦火の記憶が蘇る。「いらねーよ、そんなもの」

 タロの青い目はシャアの青い瞳をまっすぐに捉えていた。

 「君は、なぜここにいると思う」

 「・・・・あんたらが戦争をやったからでしょ」タロの眉間に皺が寄り、眼光が鋭気を増す。

 「人はすれ違う生き物だ、戦争はその結果であり手段でしかない」シャアは淡々と答えるも、その声には静かな怒りが籠っていた。

「そんな理由で・・・そんなことで父さんと…母さんは・・・!」タロの拳に力が入っていった。

 「ニュータイプは…」と今にも殴りかかってきそうなタロを制し「ニュータイプというのは…そうした手段をとらなくて済む人間だ。君にはその素質がある」と告げた。

「俺に・・・・・・」

 そのようなことが当たり前であるタロはいまいち意味を捉えられず、シャアから目を逸らした。

 「手を取って相手を感じるのもそういった力の一つだろう。おそらく“普通”にできる事じゃない。君にはニュータイプの“魁”になって欲しい」

 タロの青い刃が、その返答の代わりとして再び彼に突き付けられた。シャアはゆっくりと息を吐き、我を落ち着かせた。

 「・・・・こうしないとわからない人間が多すぎるからな」

この時、タロは初めてシャアの声に血を感じ、彼なりに姿勢を正した。

 「一度、地球へ行ってみるといい」

 「地球・・・・?」

 一年戦争による宇宙漂流後、火星圏で暮らすタロにとって、地球は記憶の彼方である。故に『母なる大地』と言葉で聞いても、もはや別の世界のように感じていた。

「君なら重力に魂を引かれている人間を視る事ができるはずだ」

 重力に魂を引かれるとはなんだろう?

 コロニーの疑似重力しか馴染みのない彼にしてみれば、重力というものは弾き出されている感覚に近い。

 本物の重力を覚えていなければ『魂を引かれる』という表現は微塵も理解できるものではなかった。

「このコロニーに連邦の舟が来ている・・・・・行け!」

 自分を導いた男の気迫に押され、弾かれるように廃墟を後にした。

 場が静かになりシャアの肩が下がると、空間から疎外されていたカーン・Jr.がしばらくぶりに口を聞いた。

 「随分とおしゃべりだったなシャア・・・・・」さらに「口では何とでも言えるからな」と投げつけた。

 「・・・・・・他に拠点は?」

「なに?」

 「さすがにここが本拠地ということはないだろう?」

 このコロニーを一通り見れば、シャアでなくともその推測は一目瞭然である。

 「あぁ・・・・・

 まずはアクシズ…そしてここと火星の中間にある小惑星アリエスだ」

そう答える彼は、シャアを睨みつけていた。

 「救援物資はアクシズからだな」

「・・・・・シャア」カーン・Jr.の表情が一層険しくなる。「なぜだ・・・?」

 「あの少年は」

 「シャア!!なぜあんな事をした!!」ここで譲るわけには行かない。彼は留めていた怒りを剥き出しにした。

「どうして私の言ったことを受け入れてくれない・・・!そんなに私が」

その刹那、華奢な肩をがっしりとシャアに掴まれ、彼の怒りは消えた。

 「お前はハマーンじゃない!あまりのみこまれるな!!」

 

 「それに私は・・・もうパイロットをやっていればいいというわけにもいかなくなった」

カーン・Jr.の目はうっすらと濡れていたが、シャアは気づかないふりをした「アリエスには行けるか」

 「あぁ・・・案内…する」カーン・Jr.はウィノナを呼び出した。

 

                    ≠

 

 ファナは部屋で一人、いつもよりくすんだ空を眺めていた。彼女の内にも、その景色みたく砂塵の舞うザラついた感覚があった。

 突然、何の前触れもなく、玄関の扉の向こうから≪すみませーん≫と男の声がした。

 『誰・・・?』

 タロが部屋にいない今、玄関を開けるのは危険を孕んでいる。

 ≪ごめんくださーい≫

 ≪港の方がいいんじゃねぇか?≫

 ≪あんなとこいたら肺が腐っちまうよ≫

 2人の男同士の会話が聞こえた。なおさら開けてはいけないと思い、男たちがこのまま去るのを静かに待つことにした。

 ≪窓に人が見えたんだけどなぁ≫

 ≪幽霊でも見たんだろ≫

≪おい、なんだあんた達≫

 兄の声だ。

 ファナは音をたてないように玄関まで行き、扉の向こうの、喧嘩腰の声に聞き耳を立てた。

 ≪きみ、ここの?≫

≪そうだけどなんだよ?・・・・・何の用?≫

 タロの声が尖ってゆく。男たちは咳払いをしてそのまま話を続けた。

 ≪あー…申し訳ない。俺たちは連邦軍の者で…ここいらで不穏な動きがあるとの情報で今調査しているんだけど・・・何か知らない?≫

 連邦“軍”という言葉にファナは息を呑んだ。私たちの家族を、生活を奪っていった人たち・・・そんな思いも相まって漠然とした不安が胸の奥で膨らんでいった。

 ≪不穏?≫

 ≪例えばその・・・ジオン軍人を見たとか≫

 宇宙漂流者の流れ着くコロニーではその殆どが該当者になろう。

≪ここはそんな人ばっかだよ、元ジオン軍人とか元連邦とかさ・・・もういい?≫

 タロの呆れ声がすると鍵が開く音がした。扉が開き、タロと目が合った。

 その後ろで二人の男がこちらを見ていたが、ヘルメットのバイザーに遮られた顔は良く見えない。

「あ、ほら、やっぱりいた」

「中はそこまで汚くない・・・少し邪魔するぞ」

 宇宙服-ノーマルスーツ-を着た男の一人がテリトリー内に足を踏み入れようとして、タロの目つきが一層険しくなった。

 「まてよ・・・軍が今更何しに来たんだよ」

 ヘルメットのバイザーが開き、中から雄々しい顔が覗いた。「言ったろ?不穏な動きがあったからこうして」

 「戦争しに来たんだろ・・・」

 「あ?」

「ここに戦争しに来たんだろ!」

 「うるせぇな!耳元で叫ぶんじゃねぇや」男はチッと舌打ちし「そうなる前に処理しに来たんだよ!ったく」と言いながら再び足を踏み入れようとする男の胸ぐらをタロは掴んだ。

 「だったらあの港のはなんなんだよ!ジオンを見つけたらあれで攻撃するんだろ!?破壊するんだろ!街が焼かれるんだろ!もう嫌なんだよそういうのは!」

 掴んでいた胸ぐらを思い切り突き離し、勢いよく扉を閉めた。

 そして、ファナの目には彼の穏やかになった、いや、穏やかになろうとしている顔が映った。

 「なにがあったの?」

 内から鍵を閉め、リビングに向かうタロにとファナが聞いた。「何もないよ」

 「うそ」

ファナの声が強くなった。

 タロは人差し指を口に当て『意識が向いている』と目線を玄関へ向け、それから3分ほど経って気配が消えた。

 彼らが引き上げていったのだろう。タロは止めていた息をふうっと吐いて先の事を話そうとしたが

 「シャアって人に会って、モビルスーツに乗せられそうになって・・・いや、違うな」

うまく言葉に表すことができないのでファナに手を差し出した。

 生身のお肌の触れ合い回線とでも言おうか、タロの相手を感じる力は相手に伝える力もあった。

 それを受け取ったファナの顔が次第に青ざめていく。「・・・そんな顔するな、俺は戦争になんか絶――――」

 ≪すいませーん≫

 再び玄関からノック音と共に、先ほどの連邦軍人の声がした。

 ≪ちょっと落し物しちゃってね、開けてくれると助かるんだ。回収したらすぐ引き上げるから≫

 「あぁ、そうっすか」

 タロの油断が玄関の鍵を開け、その瞬間、ファナは敵意を感じた。

「開けちゃダメ!!」「ッ!?」

 遅かった。

蹴り開けられたドアの前で、タロは二人の軍人相手に適う筈もなく捕えられた。

「うぐっ・・・!!!」

 「ごめんごめん、忘れ物あったよ。これこれ」

 バイザーを開けずにメットを取ると、中から長い銀髪が靡き、先ほどとは違う若い男の顔が露わになった。彼が腰を下ろし手に取って見せたのは、いつの間にやら仕掛けられていた小さな盗聴器だった。

 「わるいねー、さっき開けた時にちょっとね」

「さて坊主・・・・・シャアのところへ案内してもらおうか」

 「ごめんねー、ちょっとお兄ちゃん借りるからねー」

 タロを捉えている雄々しい茶髪の軍人の声が研がれている横で、長銀髪がファナににこやかに言った。

 

 2人の兄妹はやがて濁流になってゆくこの流れに逆らう事が出来なかった。

                    ≠

 タロは二人の軍人、ニロン・アラダールとグラン・マックイーンに挟まれながら、砂塵の舞う中をシャアのもとへ向かっていた。

 「あれ・・・?」

「どうした」

 「いや・・・」

 導かれるままに来た廃墟、もとい格納庫の漂う空気が先ほどと違っていた。

 鈍痛のような重苦しい圧があった一時間前とは違い、まるで泥水が濾過されたように透明度が増していた。

 タロはしっくりと来ないまま二人の軍人と共にリフトで地下に降りてゆくが

 「逃げられたか」

人どころかモビルスーツまで消え、既にもぬけの殻であった。

 ただ一つの機体を除いて――――――――――

 「・・・この機体」

 「ガンダム・・・か・・・?」

 ニロンとグランが静かに佇むその姿に息を呑むと

 

   ズウウウウウゥゥゥゥゥンンン

 

地鳴りがした。

 「何だ!?」

二ロンは銀の長髪をたなびかせながらリフトへと走り、グランも後に続いた。

                    ≠

 地上では3機のG(グランド)・ザックがどこからか姿を現していた。

「こちらニロン、コロニー内部にて3機の所属不明機に遭遇しました。形体から見てジオンの物とみられます」

 港のジム・セークヴァに乗り込んで、マイクロ・アーガマに通信を入れるとニロン・アラダールは銀の長髪を束ねた。

 「3対2じゃちときついかもな!」

 グランも自機に搭乗すると、頭にバンダナを巻いて戦闘態勢に入り、ジム・スナイパーⅡを受け継いだかのような鋭角なバイザーの奥にあるモノアイが点灯した。

 「行くぞ」

 港からG・ザックの位置までには直線距離にして100メートル、しかし廃墟を避けて行けばその3倍はかかる。

 ジム・セークヴァ二機がスラスターを噴かして迎撃に向かうも、その足取りは酷くおぼつかない。

 「そうか、しまった・・・!」

 もちろんスラスターを噴かせて飛行すればその距離はあっという間に縮まる。しかし球体型のコロニー故に、通常のシリンダー型の疑似重力とはまたわけが違ってくるのだ。

 こればかりはいくら熟練のパイロットと言えども操縦の勝手が違ってくるので、慣性にうまく乗れなければ、その腕前はガクッと落ちてしまう。

 「仕方ない、正面から行こう!」

 ジム・セークヴァは脚を一歩一歩コロニーの内壁を踏みしめながら、G・ザックへと向かうことにした。

 ヴンッ

 三機のG・ザックのモノアイがジム・セークヴァを捉えると慣性に乗ってスラスターを噴かせ、一気に距離を縮めてきた。

 先頭のG・ザックが大型のビーム・ホークを振り上げながら飛びかかる。

 「!!!」

 「こいつら・・・・!」

 ニロン機は即座にビームサーベルを抜き、振り下ろされるヒート・ホークを受け止めた。

「このォッ!!!」

 何とか薙ぎ払って、G・ザックに構えたビームライフルの引き金にマニピュレーターをかける。

 「待て!ニロン!」

「え!?」

 「ビームライフルは使うな!」

グランがその引き金を引かせまいと止めに入った。

 普通のコロニーならともかく、ここは人の手入れが頻繁に入るところではない。発射された粒子がいつ内壁に穴をあけないとも限らない。むしろその方がここにおいては可能性が大きいのだ。

 それにモビルスーツには核融合炉がエンジンとして使われており、下手に触れば大爆発を起こす代物でもある。

 「だとしたらこいつらをやる方法は・・・」ただ一つ、コックピットを焼き機能を停止させる事以外に方法はなかった。

                    ≠

 そんな地上の動きをよそに、タロは悠然と佇むガンダムを見あげていた。

寺院に鎮座する仏のようなその佇まいに、タロはいざなわれるようにのみ込まれていった。

                    ≠

 市街地と言う場の使い方もG・ザックのパイロット達が長けていることもあり、ジム・セークヴァ2機がおされていた。

 「艦長!まだか!」「うまく立ち回れりゃ・・・あっ!」

 グラン機の右腕が切り落とされ、さらにG・ザックの投げたビーム・ホークがニロン機の両脚を切断した。

 二機は囲まれ、ニロン機のコックピットにはマシンガンの銃口が突き付けられた。

「・・・・・・・ここまでか」 

 

  爆音

 なにが起こったのか。二人は息をしており、少なくとも生きていることだけは確かだった。

 モニターを見ると、3機のG・ザックが後方へと振り返っていた。

 

その先に

 

  戦場に咲く白い悪魔、ガンダムの姿があった

 

 

 




最終話に向け改めて改訂いたしました。

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