小惑星アリエス第0ドックベイ――――――
基地内でも限られた人間しか知らない裏門ともいえる港にまた一つ、船が到着していた。その中にはサイド0、カピラバストゥコロニーからの住人達が連れてこられていた。
「ワインスタイン卿、到着いたしました」
「ここでは私のことはワインスタインではなくヴィルヘルムと呼んでください。では早速身体と脳波の検査を、あぁそれと・・・」
青い髪をした端正な顔立ちの男は、表情を1ミリも動かさずにゆらりと眼鏡をかけ直した。
「第一補給艦乗組員全員の身体検査のデータをお願いします。」
「総帥もですか?」
「あのコロニーから来られたのですから当然です。」
そう言いながらヴィルヘルムの見ているモニターには、先の抗争の戦闘宙域の映像が流れていた。
「これがバイオセンサーの光・・・。」
宇宙の闇にそぐわない怪光をズームすると、ガンダムタイプのモビルスーツの姿があった。
「この機体とパイロットの情報が欲しいのですが頼めますか?」
「伝手はありますので当たってみます」
「よろしくお願いします。それと、ラプラスの情報は?」
「餌は蒔いておきましたが、まだ何も」
「わかりました。なるべく早く鍵を完成させましょう。」
彼らが後にした研究室では、“リユース・サイコ・デバイス”の資料データが鈍い光を放っていた。
≠
エスタンジアの所有するエンドラ級巡洋艦バレンドラ、そのメインブリッジでは囚われの身となっているマイクロ・アーガマ隊を前に、アドルフが指令を下していた。
「ネオ・ジオンのハマーン・カーンがミネバ・ザビを連れ地球へ降下する。そこで、ダカールへ降下し現地徴用兵として紛れ込む。幸いにもネオ・ジオン軍の地盤は緩いからね」
「なんでそんなことすんのさ」オリガだ。
「僕らは反地球連邦であり反ネオ・ジオン、受け入れられるためには双方の権威をここで落としておきたいんだ」
ダカールには地球連邦の首都が置かれていたが、8月29日をもってネオ・ジオンの占領下にあった。
「それにうまくいけば戦力も手に入る。僕たちならではの狩場でもあるんだ」アドルフはタロの顔写真の付いた偽造軍人証を差し出した。
「私はそんな作戦やらないからね・・・!あんな…ひどいこと・・・」クシナは焼けていくコロニーの街を思い出していた。
「それなら心配ないよ」
アドルフはスクリーンに映る碧い水の星へ
「タロ・アサティ以外はここに人質として残ってもらうからね」
愛をこめた。
≠
手術室、サイコガンダムの建造ドックを挟んだ機械まみれの研究室の向かい側にそれはあり、その手術室の隣のコンピューター室にヴィルヘルムはいた。
「基準値を超えていたのは10名弱・・・では彼らを金属繊維にサイコ・ファイバーを使用した脳と脊髄のR・P・D実験、他を通常のR・P・Dの実験にまわします。」
それから間もなく、空に血の臭いが広がった。
≠
ゼーレーヴェ艦、火星圏小惑星基地アリエスまで残り二日―――――
東條は自室に籠りアリエス司令部からの指令書に返信をしていた。
『被検体の回収完了及びニュータイプを一名確保。ラプラスの手掛りは依然ナシ』
「煙草くれる?切らしちゃって・・・」
キューベルの声でタイプの手を止め、煙草を一本指に挟み、彼女が咥えると火をつけた。「で、どう?」
「アウター・ガンダムのデータ、それとラプラスの尻尾を掴め、と」
「・・・・・なにそれ?ラプラス?」耳馴染みのない語感に顔をしかめる。
「俺も見当がつかん…“ラプラスの箱が空けば連邦政府が崩壊する”らしい」尻尾と言うのは手掛かりのことを言っているようだ。
「・・・はぁ?都市伝説か何か?」キューベルはあまりにも眉唾な話にため息をついた。「それ、わたし達じゃなくてもいいんじゃないの?」
「文面を見る限り他にも送っているな。ラプラスの件だけ違和感がある」
「私たちの他に別動隊がいるってことね・・・」
部屋には沈黙が流れ、やがて煙草の火も消えた。
「もう一本吸うか?」
「いいわ、悪いもの」
キューベルが部屋を出ていき、残香が漂った。
≠
旧世紀、科学者であり宇宙旅行の父ツィオルコフスキーの残した言葉に、『地球は人類のゆりかごである』とある。
またその後には『ゆりかごで一生を過ごす者はいない』と続くが、宇宙世紀という新世紀を迎えても、人類は未だゆりかごから少し出る程度であった。
しかし同時に、そのゆりかごから少し出た所で一生を過ごす者も現れている。
スペース・ノイド―――――宇宙へ進出した人類がスペースコロニーという人工の島を作り、そこで子を産み、育て、死んでいく、新たな生活形態を獲得した人間が生まれていた。
半世紀以上が経過すると、島からゆりかごへ逆行するものもいる。そして彼らは殆どと言っていいほど試練にさらされるのだ。
季節によって差はあるものの、人の造りしモノらしくスペースコロニーは快適な気温に設定されており、創造主に過酷な試練を与えることはない。
しかし、ゆりかごはそうはいかない。
人類が文明を獲得してから造りかえられてはいるが、人の手の届いていない場所では彼らに容赦なく試練を与え、時には命を土に還すことすらあるのだ。
地球上の砂漠と呼ばれる地帯では、昼夜の気温差が激しく見渡す限り砂しかない。そこに今、二人分の足跡が次々と刻まれていた。
「悪ぃなぁこんな味気ないことしちまって」ニロンの口からはつらつらと心のない言葉が湯水のように流れ出ていた。「クシナとがよかったよなあ」
「え・・・?あぁ、まぁ・・・はい」
天を仰げば街の光ではない、幾百、幾万、幾億の星が瞬いている。街の光ではない本物の瞬きを目に、クシナとコロニーでの会話を思い出していた。
タロの意識は今にも一千万年の銀河の中へ吸い込まれていきそうだった。
二人はエスタンジア軍としてダカール降下作戦を始めていた。マイクロ・アーガマ隊の参加者はタロのみの予定だったが、口の上手いニロンがアドルフを言いくるめて作戦に同行していたのだ。
目的地の迎賓館のある市街地までは20kmほどあるが、怪しまれない程度の距離にコムサイで地球へ降下していた。
「どうした?」
「いや…体が重くて」
「そりゃ地球だからな」
本物の重力が身体にのしかかり、二人の口からはただ息が漏れていた。
「すげぇなぁ・・・俺達は今まであの中にいたんだぜ?」ニロンは恋人にもはかないような台詞をはく。「なんつーかさぁ、今まで地球ってのは閉鎖されたもんだと思ってたんだよ。わかるか?」
もはや独白と化した言葉は、強いて言えばこのゆりかごに向けていた。
「でもいざ降りてみるとすごい解放された気分だ」
「・・・・・・」
「宇宙って案外閉鎖されてんだよなぁ、コロニーの中にいるか、コックピットの中にいるか、あるいは宇宙服に閉じ込められているか」
タロはこの時間がとても奇妙に感じていた。これも、ゆりかごで生身を晒して解放されたからだろうか。
「裸で宇宙に出たらどうなるか知ってるか?」
「・・・・・」
「-274℃の真空と放射線にさらされて沸騰すんだとさ。怖いよなぁ」
「・・・・・はぁ」
「ここも日が当たるとバカみたいに熱くなるんだぜ?50℃だったかなぁ
コロニーの方がはるかにましだ」
タロは会話として成り立たせる努力もやめ、最早返事をしなかった。勝手に喋ってくれれば余計な労力を使うことなく退屈しのぎになってくれる。
またしばらく、靴の音だけが鳴った。
「なぁ、猿食ったことあるか?」
今までの話からの脈絡がなく、タロは戸惑った。
「さ、さぁ…缶詰でなら・・・たぶん」
「そうか」
それからまたしばらくニロンは口を閉ざした。日ごろからマイペースというのか、独特の間があったが、地球と言う特殊な環境下が彼の脳のセーフティロックを幾分か解除していたようだ。
砂丘を一つ越えたころ、再びニロンの口から言葉が流れた。
「昔、俺はジオンにいてなぁ・・・降下作戦でジャブローってとこに降りることになったんだ」
「・・・・・・」
「さぁ降りるか!って時俺は叫んだね、降りられるのかよって
まぁ、無事にはおりられなかったんだけどな」
瞬く星空の下で、ニロンの話は次第に生々しさを帯びていった。
「ザクに弾が当たって、爆発する前に何とか脱出して、生きてるやつを探した。
けどな、残骸しか見つかんないんだよ、何度探してもな。俺は地獄にでも来たのかと思った」
タロはただ聞いていた。なにも口にせず、ただ聞いていた。
「そうして歩いているうちにいつの間にか気を失ってな、気が付いたら同じ隊の奴が肉をくれたんだ。腹減ってる事すら忘れてたから必死に食いついた」
「それが…猿の肉・・・」
「・・・・・・・・・・・・・まぁな、美味かったよ」
「その肉って…もしかして」タロには言葉の奥にある意味がわかってしまった。「なんで軍人やってんですか…なんで連邦で・・・」
「運よくモビルスーツから脱出したやつの肉片がぼとぼと落ちてくるんだよ。ジャブローはそんなところだった。
中にはそういうのがトラウマになって眠れなくなったり発狂したりする奴もいるんだよなぁ」
「・・・・・・なんでそんなことを話せるんですか」
「なんでだろうなぁ・・・あんなもんずっと見てたらおかしくなるのが普通だからな。たぶん壊れちまってるんだ、俺は」
タロは力の行き場を失い、いうことを聞かない体はただ硬直していた。
「なぁ、俺たちが銃を突きつけられている間、お前はあいつらにこう言ってたよな?
今よりもいい時代にする、って」
「いい時代ってなんだ?」
ニロンのヤマアラシの様に急に尖った意識がタロの心臓に突き付けられた。
いつも一歩引いて何処か虚ろだった彼の眼は今、はっきりとタロに向けられ、普段の昼行燈は張り付いていなかった。
「戦争を・・・無くして」
「戦争が無けりゃ平和なのか?」
彼のその問いかけは、簡単なようで、タロの中にあるものではなかった。
≠
R・P・Dの試験を一先ず終え、ヴィルヘルムは実験データを眺めていた。
「やはりこの二つの成功率は低いですね。」
「えぇ、脊髄はゼロではないですが脳は不可能です。特に脳への信号は一番ダイレクトなため負担が大きすぎます」
「では今まで通り脳はメモリー移植をメインにしましょう。」
「はい。それと、例のパイロットのデータを入手いたしました」
デバイスにチップが差し込まれ、顔写真と共にパイロットのプロフィールがモニターに現れた。
「・・・・・カミーユ・ビダン、ですか。彼は今どちらに?」
「消息不明です」
「そうですか。それは残念。」
「おそらく彼のニュータイプとしての能力は非常に高く、バイオセンサーの光もそれゆえのものと思われます。もし彼の所在がつかめれば私たちの実験に協力してもらうのですが・・・」
「我々は無差別に生体実験をしているのではありません、そこをお忘れなく。あぁそれと・・・」
第0ドックベイのエアロックが開き、人だった物が放出された。
≠
広大な砂の地平線が光を帯び、じりじりと大地が熱せられてゆくころ、タロとニロンは迎賓館へたどり着き別行動を取っていた。
他にもエスタンジアからの潜入者がいるのだが艦の違う別動隊であり、顔も声も認識していない。
「おい、ここで何してる!」タロがうろうろしていると、まだ若そうな男の声に呼び止められた。
「あ、あぁ、えっと・・・」
「俺はラド・カディハだ!わからないことがあれば何でも聞いてくれ!」
偽造した身分証をかざすと、若い男は手を差し伸べてきた。
「あ、あの…俺はどうすれば?」
「そろそろミネバ様のパレードが始まる。通りの警備に就け!」
ラド・カディハはまだ若く、護衛任務に張り切っていた。そのおかげで、タロの無礼な態度も咎めることはなかった。
陽が真上に登る頃には迎賓館へ続く大通りを人が埋め、間もなくして華やかなパレードが行われていた。
タロがジオンの軍服を身に纏い、人込みを掻き分け警備位置に着くと、紙吹雪の舞う中をバイクを先導に、3台の黒いオープンリムジンが民衆に応えるようにゆっくりと走り抜けていった。
タロはその先頭車両から手を振る年端も行かぬ少女、ネオ・ジオン総帥ミネバ・ラオ・ザビには目もくれず、2両目の中央座席に座るミネバの摂政でありネオ・ジオンの実質指導者に集中していた。
『あれがハマーンって人か・・・顔は似てる、っていうか同じだけど・・・』
カーン・Jr.の手を取った瞬間に垣間見たモノに、彼女の姿はない。
クリアな景色、表面的な薄い景色、濁った景色、混濁した意識、その奥には或る男の顔と声、そこに触れようとした途端、拒絶されたのだ。
『この人、違う・・・!』
それがタロの感じた事だった。
そして今、彼女を観て一つ分かったことがあった。
『同じだ…黒い部分が、けど・・・この人はそれがもっと深いところにある・・・
あいつは・・・もっと表面にあった、ような…ん・・・・?』
背後からやや強めの視線を感じたが、すぐにいずこへ消えた。
「気のせいか・・・」
その視線の正体はこの後騒ぎを起こすアーガマの少年達だが、タロと直に接触することはなかった。
真上にあった陽は再び地平線に沈み、ダカールの地は再び夜に包まれていった。
昼間の業務をそつなくこなしたタロ・アサティは、迎賓館の警護用に配置されたモビルスーツの一つ、ドワッジに乗り込みながらエスタンジアからの合図を待っていた。
連邦軍へ潜入した別動隊が迎賓館へ攻撃を仕掛け、こちらが迎え撃つ体でわざと撃破され、ネオ・ジオンの権威を落とすというなんとも回りくどく命知らずな作戦である。
しかし、現状ではただの賊でしかないエスタンジアがとれる数少ない手段でもあった。
ネオ・ジオン総帥、ミネバ・ザビ妃殿下である。妃殿下は、地球圏より遠く離れたアクシズの地より、アースノイドと、スペースノイドの融和、そして繁栄を日夜祈っておられた。今日この良き日に、ダカールの地に、ネオ・ジオンの足跡を記すことを妃殿下はこの上なくお喜びである。
かくも盛大にお集まりいただき、妃殿下の後見人たるこのハマーン、妃殿下に代わり、地球連邦政府の関係各位に、心よりお礼を申し上げる!
ハマーン・カーンの開式の辞と共に、一見和やかなパーティが始まった。場内の音声は警護隊に渡された無線により“合法的に盗聴”できるようになっていた。
≪おい、そこで何してる≫
いつの間にやらもう一機のドワッジの手が自機の肩を掴み、お肌のふれあい回線が開通していた。
「あぁ、ニロンさん。今までどこいたんです」
≪・・・・・なんだよノリ悪いなぁ≫
「ニュータイプなんで」
≪ニュータイプを言い訳に使うんじゃないよ。それにニュータイプなら俺の考えくらい読み取れるだろ?≫
「その上で、ですよ」
≪なんつーかお前はもっと可愛げってもんを身につけた方がいいぞ?≫
「嫌ですよめんどくさい」
≪人間味ってのがどっか欠落してんだよお前は≫
「あんたもでしょ」
≪・・・・・おめでたい性格してんな≫
「お互い様です。で、どこにいたんです?」
≪昼は館内今こっち≫
『地球連邦って…ザビ家を倒そうとした大人の人たちだったんじゃないの?』
「え?」
≪どうした?≫
「今何か聞こえませんでした?」
≪いや≫
『なんなの、これ…!みんな…嘘をついてる!心から笑ってる人なんて、ここには誰もいない!』
それはタロだけに聞こえていた、タロだけが感じ取っていた少女の困惑と嫌悪から出る心の叫びだった。
『この卑屈さはなに?これが大人なの?!この人たちは一体なんなの!?』
その少女のいる迎賓館へと意識を向けると、国を捨て己の保身に走り、大義を捨てネオ・ジオンに媚びへつらう地球連邦の大人達の俗念が渦巻いていた。
「そうか…これが、こいつらが魂を引かれた奴らか・・・・!腐ってる・・・!」
ドウンッ
大きな粒子の塊が迎賓館付近に着弾した。
≪よし、合図だ≫
「違う!」
タロはなぜかそう感じた。この光弾が合図ではないと、これは予定にないことだと。
数分と待たないうちに見たことのないモビルスーツたちが迎賓館前に上陸し、対峙する形となった。
金色の機体もいたが、その他の機体はカラーリングを見れば、さすがのタロにもわかった。
≪よぉーし作戦開始だ!≫
「待ってください!こいつらは違います!」
≪どういうことだ≫
その時、前方の重火器モビルスーツ、ズサが撃破された。
≪みたいだな・・・・ここは引くか!≫
みなさん!落ち着いていただきたい!これもセレモニーであります!
≪だとよ!肝が据わってんなぁこの姉ちゃん≫
無線からは相も変わらずハマーンの声が聞こえてくる。
「えぇ、下手には動けないですね、どうします!」
≪どっかの陰で脱出するしかねぇだろ≫
無線からクラシックな音楽が流れ出すと共に、ドワッジ両機に警報が鳴り、ガンダムMk-Ⅱと金のモビルスーツ、百式が光弾を放ちながら接近してきた。
≪ちっ!ロックオンかよ≫
「やるしか・・・・ないか」
全天周モニターの正面で“ガンダム”がビームサーベルを取出ながら迫る間に、ジャイアント・バズを腰につけ、背後からヒートサーベルを構えた。
「・・・・またガンダムが敵かよ!」
二種類のサーベルが衝突し、鍔迫り合いの火花を散らした。
≠
「アドルフ様」「どうした?」
大気圏を遥か地にし、重力に掴まれないくらいの宙域にバレンドラは待機していた。
「カラバに潜伏した分隊からの報告によると、既にダカールで戦闘が始まっている模様です」
「そう」
「・・・てめえ、タロをどうする気だ」
傷がある程度塞がり、なんとか歩けるくらいまで回復したグランがアドルフに迫っていた。
「別に?どうもしない」
「なんだと?」
「もしこの作戦で死んだらそれまでだよ、生きて帰ってくる方がいいけどね」
「――――――――――ッ!!」
薄ら笑いを顔ではなく声に浮かべた少年の胸ぐらを掴みにかかるも、塞がりきってない傷口がそれを止めた。「ぐぅあッ――――!」
「あーもう無理しちゃだめだよおっさん。タロにはもう一役二役かってもらいたいんだ」
「あいつに連邦もジオンもぶっ潰してもらおうってか?あいつはそんなこと」
「先に面倒な奴を消す、タロにはそれを手伝ってもらうんだ」アドルフの眼はいつの間にかスクリーンに映った蒼い星を見ていた。「ニュータイプを食い物にするあいつを・・・」
≠
ダカール市街地と言うこともあり、モビルスーツの白兵戦は銃撃戦へ突入していた。
ライフルのビームが機体を掠める。
≪動きが悪いな、どうした?機体があわないか≫
「違いますよ!けど・・・・」
≪けどなんだ?≫
タロは、リボーコロニーを、そして戦争孤児になったあの日のことを思い出していた。
『もう・・・燃やすものか!』
『失望したぞジュドー・アーシタ!お前がそれほど子どもだとは思わなかった』
『残念だったな、せっかくのパーティーがめちゃめちゃになって!』
『なんだ!?』
タロは再び、無線を傍受するように、声を捉えた。
迎賓館内ではネオ・ジオンの女傑、ハマーン・カーンが銃口を向けていた。その先には、ガンダムの襲撃と共に館内に紛れ込んだもう一人のニュータイプの少年、ジュドー・アーシタがいた。
2人のニュータイプの邂逅は、タロ・アサティの干渉を許した。
『動くな!お前にはわからないのか…このパーティーに駆けつける、我らネオ・ジオンに尻尾を振る大人どもこそ、この地球を腐らせる根源なのだと』
『だからって、あなたに正義があるとは思えないな!』
『私はアステロイド・ベルトで…ぞっとするほど暗く冷たい宇宙を見つめながら、何年も生きてきた・・・
その間に、地球の愚かな人間たちは何をした…地球再建に奔走するあまり、地球の汚染を顧みず!あろうことか汚染を拡大させてきた!それを許すわけには行かない…!』
漆黒のイメージがタロに流れ込んできた。『これが・・・この人の闇・・・?』
『フフフ…私はお前といると、すらすらと本心をしゃべってしまう・・・不思議なものだ』
本心・・・・これが?
『そんなこと言っても、俺はあんたの物にはならない!』
『わかっている、お前には確かにニュータイプの要素を感じるが…お前は流れに乗るということを知らなさ過ぎる。直感だけに頼っていれば、いずれ破滅するぞ』
『ニュータイプなんて知らないね!俺はリィナを助けるだけだ!』
『この期に及んで、わたくしの感情で動くとは…初めは私に期待を抱かせ、最後の最後に私を裏切る・・・ジュドー・アーシタ、お前もだ!』
銃声、その刹那、彼の体の痛みと彼女の心の痛みがタロに奔った。
『お兄ちゃん!』
『リィナ!』
『おにいちゃん・・・』
リィナと呼ばれたその声は、タロが先に聞いたあの少女のものだった。奇しくも自分と同じニュータイプの兄妹が“ここ”にもいた。
『どけリィナ!』『いや!今度はあたしがお兄ちゃんを助ける番よ!』
『嫌いだね!そういうベタベタしたのは・・・続きは天国とかでやるんだな!!』
どす黒い血のような“波”がタロに押し寄せた。「いけない!!そんな黒い感情を出したら・・・!!」
ジュドーに向けられた銃口から射出された一発の弾丸が、リィナに命中した。
妹が身を挺して、兄を守ったのだ。
ハマーンの黒い感情がリィナの鮮血により哀しみに染まる。しかし、それはすぐに怖れへと変わることになる。
リィナを撃たれた兄の、ジュドーの怒りの業火はハマーンを、そしてタロをも飲み込んでいった。
「あ・・・・ああああああああああああああ!!!!!」
タロはドワッジの持つジャイアント・バズの砲口をジュドーのいる迎賓館へ向けていた。
「おいバカ!なにやってんだ!」
弾はニロンが自機のアームで即座に砲身を掴んでずらしたおかげで起道が逸れ、迎賓館に着弾せずに済んだ。
「おまえ・・・・・」
≪ニロンさん、降ります≫
「あ?なんだって?」
≪彼に会わなくちゃいけない!≫
ドワッジのコックピットハッチが開き、タロが生身で市街地に降りて行った。「なに考えてんだあいつは・・・ま、このままどっか行っちまうのもありだな」
二機のドワッジは抜け殻のまま市街地に立っていた。
二人が迎賓館前までたどり着くと、正門で二人の男が揉めていた。金髪の若い男がもう一人の兵士の胸ぐらを掴んでいた。
『あの顔・・・そうだ、パレードの車に乗っていたやつだ』
「本当にリィナは、少年と一緒に出て行ったんだな?!」
「は、はいッ!グレミー様のご命令と言って」
「誰が命令するものかっ!!!」
グレミーと呼ばれた金髪の男は掴んでいた手をほどき、どこかへ走り去った。もう一人の兵士も、地面に何かを見つけるとグレミーの後を追っていった。
「よし、今だ!」
「ちょっと待て、なにすんのか聞いてねぇぞ?」
「車で後をつけます。まだそう遠くへ行っていないはずだ・・・!」
「だから誰が!主語を言え主語を!」
「俺と同じニュータイプがいるんですよ!!」「誰だ!そこにいるのは?!」
タロの怒声がもう一人の護衛兵を呼び寄せてしまった。
しかしある意味では運がよかった。その護衛兵はタロと既に顔見知りだった。
「ラド!ラド・カディハ!」
「お前は今朝の!えーっと・・・」
「俺ですよ、オレ!」タロは再び彼に軍人証を突きつけた。
「あぁ、タロ・アサティ!状況はどうだ?」
「あ、は、はいっ!えぇと・・・」
「やぁどうも、俺たちは市街地でやってたんだが至急増援が必要になった。一刻も早くグレミー様にご報告するために車が欲しい」
「だ、誰だ!?」
「上官」
ニロンが軍人証を見せラドを説き伏せた。
「し、失礼しました!こちらです、どうぞ!」
「すまないが運転も頼みたい」
ジオン軍人証を当たり前の様に振りかざすニロンをまだ若いラドは寸分も疑わず、彼の言いなりになっていた。
「連れてくんですか?」
「連れて行って口封じしとかなきゃ後々面倒だろ」
ニロンは小さな声でやり取りすると「彼の言うとおりに車を進めてくれ」とラドと車を動かした。
車は市街地を抜け、木立のある砂浜へと走っていった。
≠
力が・・・入らない・・・・だめ…こんなとこでおわっちゃ・・・おにいちゃんと・・・プルと・・・一緒に・・・・・
「ほんとにこんなとこにいんのか?」
「俺の勘が間違いなければ」
・・・・・おにいちゃん・・・?
「一応銃構えとけ、こういうとこはうってつけだからな」
ちがう・・・似てるけどおにいちゃんじゃない・・・!だれなの・・・?
『わ、わかったよ、ルー!』「ルーさん!だめ!グレミーを信じちゃ!!」
リィナが目を開けると、二人の男の顔があった。
「ルーさん?」
「戦闘が激しくなってきている、早く車に乗せるぞ」
「だ、だれ?!」リィナの声もよそに、二人の内のまだ若い方がリィナの身体を抱えた。「いたっ・・・」
「ニロンさん!この子ケガして」
「早くしろ!いつ流れ弾が来るかわかんねぇぞ」
「・・・ゴメンな。ちょっと痛いけど…がまんしてな」
「まって!まだ、プル・・・が・・・・」リィナは再び気を失った。
タロとニロンは木々の小屋の中で寝かされていたニュータイプの少女、リィナを車に乗せてその場を離れた。遥か遠くになった小屋はモビルスーツという流れ弾によって焼失していた。
「間一髪だったな」
「はい・・・」
ニロンは助手席に乗り、後部座席でタロがリィナのできる限りの看護をしていた。
「どうだ?血は止まったか?」タロは彼女の出血している個所をノーマルスーツ用の応急テープを地肌に貼り、できる限りの力で強く抑えていた。
「た、たぶん」
「ラド、この近くに医療施設はないのか?」
「い、医療団のホットラインにかけたので、ここら辺で待っていれば」
ラドは手際よくいつのまにやら自身のTシャツを目印代わりに車にくくりつけていた。辺りが暗くなっているのでどれほどの意味があるかはわからないが。
「お、おい!前!前!」
「え?うわぁっっっ・・・!」
ラドが急ブレーキを踏んだ先には、ヘッドライトに照らされ浮かび上がった一台の白いキャンピングカーが止まっていた。
中から白い服に身を包んだ金髪の女性が姿を現し、車に乗った3人の“ジオン軍人”を一瞥した。
「治療の必要な方は?」
「ここです!この子…撃たれて」
「止血は?」
「応急テープと…圧迫で…なんとか」
「血液型は?」
「わ・・・わかりません」タロは何もできない自分に落胆しながらも、リィナを触診する彼女の姿が気になってしまっていた。
「・・・・・あの人に似てる」
「はい?」
「あ、いえ・・・」
リィナの目にペンライトの光を当てる彼女の顔が、事の重大さを物語っていた。
「・・・・非常に危険な状態です。どなたか同伴をお願いしたいのですが」
「じゃあ俺が「ラド、お前が行け」
ニロンはタロの言葉を遮ってまでラドに命じた。
「え!?」
「上官命令だ。俺はこのことを上部に伝えておく」それは、ニロンの礼の言葉であった。
「は、はいっ!了解です!」
「では、お願いします」
車の横で医療団の隊員がリィナを担架に乗せている間、彼女はタロを見ていた。
「あ・・・すいません、ほんとは俺がついてってやらないとなんですけど」
「えっ?え、えぇ…大丈夫よ。後は私たちにまかせて」
リィナが医療車に乗せられたのを確認すると彼女は一礼し
「では、一段落したらこちらから連絡を差し上げます」
「あの…あの子にはお兄さんがいるみたいなので・・・目が覚めたら彼女に聞いてください」
「えっ?」
「ジュドー・アーシタ・・・だったと思います…確か」
彼女は何も言わずタロの目を、自分を同じ青い瞳を見つめていた。
「・・・・わかりました。では後は私たちが」
「あ、あのっ!」タロは思わず声を張り上げていた。「・・・・よろしくお願いします!!」
その姿に、それまで厳たる表情だった彼女が僅かに微笑んだ。
「・・・・えぇ大丈夫よ、だから泣くんじゃありません」
リィナを何とか送り届け帰路に就いた二人はダカールへ向かわず、降り立ったコムサイまで車を走らせていた。
「なんつーか…人助けに地球に降りたって感じだな。どうすんだ?命令違反で軍法会議もんだぞ?賊に軍法会議なんてねーだろーけど」
「目的は達成してますよ。僕は地球人を見に行くだけでよかったんですから」
「ニュータイプの考えてる事はわからねぇや」ニロンはフッと夜空に投げかけた。「けど、やっと16歳に見えたよ、おまえ」
砂埃の混じる夜風が、二人に吹いた。
≠
「止血完了、何とか呼吸も安定しました」
医療者の中でリィナの体から銃弾が取り除かれ、一先ずの救命処置が終わった。幸いにも傷は銃創としては深くはなかった。「後は血液型しだいね」
彼女が「ふぅ」と一息つくと、ラドが目を潤ませて「ありがとうございました」と深々と頭を下げていた。
「まだ安心しきるのは早いわ・・・けど、あなたの応急処置がこの子を救ったのよ」
「い、いえ…私はほとんど何もしていません。あの二人が…あの少年が必死になってやっていましたから」
「あの少年・・・」
「えぇ、タロ・アサティという・・・」途端、彼女の顔が曇りラドは言葉を止めた。「どうしたんですか?」
「いえ、たいしたことじゃないわ。ただ」彼女は、遠い昔を見ていた。「あの子の目が、とても兄に似ていて・・・」
「あれ?」医療団の一人から声が飛んできた。「ご兄弟いらっしゃったんですか?」
彼女はそれには答えず、通話機を手に取りどこかへ掛けていた。
「お久しぶりね、カイ。調べてほしい人がいるのだけど・・・」
リィナの血を何度も見ながらこの話を書きました。アマゾンさんにかなり助けられました。