東方ギャザリング   作:roisin

49 / 61
47 悪乗り

 

 

 

 

 

 

「ツクモ……」

 

 上がる声には、疑問と、恐怖と、懸念の片鱗が。

 

「……言いたい事は分かっております」

 

 見上げた空は青く、降り注ぐ日差しは強く。

 雲一つ無い、とはこの事。好き嫌いはさて置くとしても、初対面同士で行う事が一つあったなと、ふと思った。

 然して特別なもんじゃない。ただの……自己紹介である。

 

「……え~、こいつはリン。見て分かると思うが、ネズミの妖怪。最近成ったばっかりの、若輩中の若輩」

 

 だよな? との確認の視線にも、肯定も否定もない……というより、俺を全くと言っていいほどに視界に入れていない少女が一人。

 無視かいな。まぁ、その反応も充分理解出来ますので。スルーされた心の痛みは、いずれ消化されるまで、胸に深くしまっておくとしよう。

 

「で、こっ……ちらが……」

 

 チラと見る。

 相も変わらず楽しげに口元を吊り上げているこのお方が。

 

「初めまして、小さき妖怪。―――名乗りは必要ですか?」

 

 うわっ、リンの顔から血の気が引いている。元々白かった肌が、見る見るうちに、青へと様変わりです。

『百年は姿を見ていない』とか言ってたくらいだから、初対面なのは確実なんだろうが、滲み出るボスオーラと今までの過程を結びつけた結果、目の前の者の格を直感で理解しちゃったんだろう。

 

「止めて下さいってホントにもう……」

 

 無駄だと分かってはいるが、一応、抑止の声を掛ける。疲労が残った顔をそのままに、再度、リンへと向けた。

 

「その様子で察しているとは思うが、一応な。……この度、俺達の案に協力してくれる事になりました、妖怪勢力の纏め役。平天大聖です」

 

 はい握手。とか言ってみたいが、それをしたら、平天大聖は兎も角、リンの心臓がショック死しそうなので自重する。かくいう俺だって、第三者だというのに心臓苦しいです。後、頭痛。

 まだ余裕はあるが、こんな事態が続けば、こめかみに筋が浮かび上がったり、頬なんかがピクピクするかもしれん。

 

 白い王様は変わらず笑みを湛え、逆に、リンは更なる恐怖で顔の青さを増していた。このまま行けば、ウォルトさんが製作を手掛けた作品に登場する、三つの願いを叶えるという某ランプの精並に真っ青になれるんじゃないだろうか。

 

「平天大聖。ちょっと……」

 

 これだけで、俺が何を言わんとしているのか理解してくれたようだ。分かりました。と俺達の脇を通り過ぎ、黒い草原の方へと歩き出す。多分、素直に従ったのは、インターバルを用意した方が、反応が良くなるからだろう。新鮮な恐怖心、という奴かもしれん。……お前は何処のフェイトな青髭ですか。

 

「……リン、大丈夫か?」

 

 流石にこれ以上フォローしないのは拙い。パっと見の範囲でも、もはや限度を超えている。遠くへ……少しでも離れていてくれた方が良い。面と向かって対峙されるよりは、雲泥の差であっただろう。

 

「……正直、今にもへたり込んでしまいそうだよ」

「悪かった。次からは気をつけてもらうように言っておく。……聞き入れて貰えるかどうは別だけど」

 

 聞き届けて貰えるよう願っておくさ、と。

 諦めの言葉に乗せて、リンは希望を口にする。

 

「それで……」

「あー、うん。その辺は色々あった訳なんだが……。見ての通り、平天大聖がいらっしゃいました」

「……はぁ」

 

 何ですかそのあからさまな溜め息は。こっちだってハァしたいってんですよ?

 

「条件としては破格だったんだぞ? 俺達のやる事を見学させろ、ってだけなんだから。……今のところは」

「反故にされるか、後から何を吹っ掛けられるか。もう、今から頭が痛いよ」

「その辺りは【プロテクション】である程度は賄えると思うんだが、それには俺も同意させてもらいます。……頭痛がする、ってところにも」

 

 どちらからともなく漏れる、再びの諦めの吐息。その原因たる妖怪の王は、無数の命が蠢く何かの一帯の手前にて、それを興味深そうに静観している。

 王が向ける視線の地点が、まるで空爆でも受けたかのように四方へと散っていくのは……とっても可哀想。俺も直で対面したから分かる。怖いもんなぁ、あの全身這うようなサド目。

 

「それで、だ」

 

 脈絡を断ち切る風に、そう切り出す。

 

「あれが、リンの成果……か」

 

 平天大聖が目を向けるそれ。黒とも、灰色とも、茶色とも。少数ではあるが白も混じり、暗めの色しか思い浮かべていなかったので、若干意外な印象を受ける。空以外の色が一面それらの命で埋め尽くされている光景に、これからの事を考えると、戦慄を覚えずには居られなかった。

 

「あぁ。元々、僕らは人間達に対して良い印象を持っていなかったからね。それに、自分でも言うのも恥ずかしい話ではあるけれど、こう見えても僕は、同族の中では中々に顔の効く立場なんだ」

「……まさか、ネズミの中でもお姫様だったとか?」

「違うさ。ただ単に、僕が妖怪であるから、というだけだよ。でもね、幾万の同胞の中でも、妖怪になれる者は、それこそほんの一握り。羨望の対象、と。言葉にすれば、そんなところかな。……それに今回は、君の存在も利用させてもらっているしね。でなければ、これの半分以下も集らなかったと思うよ」

「……俺?」

 

 何かやったか。と思うが、空飛んだり食べ物出したりドラゴン呼んだり色々やっていたので、理由の特定は断念する。心当たり多過ぎです。お前は今までに食べたパンの数を……なんて幻聴とか聞こえてきそう。

 

「ああ。―――的確にそれ、とは言えないけれど、君は東の地に住まう、名のある神なんだろう? 畜生と貶められている僕達に助力してくれる神は、今の今まで一神として現れた事など無かった。本当はあの赤竜を皆に見せて、より強固な信仰を得たかったんだが、それでも、今こうして集っている同胞達は、自らに救いの手を差し伸べる存在に、少しでも力になれれば。と応じてくれた戦士達だ」

 

 優しげな表情を引き締めて、真剣なものへと塗り替えて。

 片足を下げ、片手を胸に当て。膝をつく―――傅く姿勢を取ったリンは、頭を垂れ、瞼を閉じたまま。

 

「―――我ら、ダン・ダン塚の悪食ネズミ。馳せ参じた五十万、飛んで三十三の戦士の命。君に―――あなたに、預けます」

 

 姿勢は崩さず、すっと顔を上げ。

 

「……出来る限りで構わない。彼らの想いに応えてあげて欲しい」

 

 精一杯の誠意を。頼りなさ気であった体からは、覚悟の文字が浮かび上がっている。

 知らぬ間に何かのハードルが上がっているんですが。重さドンッ! 更に倍! 的な。記憶にあるネズミご御一行様の居住圏内―――コロニーは、精々が百前後のものだった筈。

 五十万ちょいのネズミとか、千葉市か熊本市丸々一つ。大企業の人数と比較するのなら、ホンダの倍以上。アップル・コンピュータ(旧名)の約七倍。どんだけ掻き集めてきたんだと、驚きの声を噛み殺す。期待に応えてあげたい気持ちは充分にあるが、それにしたって、限度があります。

 困った。何故だか、またも神様扱いされてしまっている。大和の国で散々言われてきた事とはいえ、やはり人外の力の行き着く先は、その手の存在なんだろうか。異能を持つだけの人間だと、道中、リンにそれとなく言っておいたのは効果無かったようである。こういうのは否定だけの回答で暈すよりも、ビシッとそれ。的な断言の方が有効そう。

 

(こりゃ、マジで何か説得力のある役職か種族か決めておかねぇと駄目なんかな……)

 

 今もそうだが、この分ではどんどん過大評価され兼ねない。勝手にハードル上げるのを止めさせなければ。噤む口から零れる唸り声。濁点付きの、むむむ、なんて擬音が適切か。この一件が終わったら、その辺りを真剣に考えてみようと思う。諏訪子さんへの報告の次くらいの順位で。

 ……お膳立ては整った。やる事やるかと、大きく深呼吸。吐き出した空気の代わりに、やる気という気体を胸に吸い込んだ。

 

 

 

 ―――意図せず舞い込んできた使命感を軸にして。けれど、それを偽る気は無いと。

 面食らって、内心でふざけた反応をしてしまったけれど。少し時間が経てば、それが例えネズミのものであれ、誰かの命を預かるという責任が、重く、全身に圧し掛かる。

 けれど、こんなもので折れて堪るか。

 この小さな少女の泣き顔を止めたくて始めたのだ。それに応えずしては、男が廃る。性根が腐る。ミシャクジの統括者に貰った名前、九十九としての仁義が悖る。ならば、とことんやってやる。ここで逃げ出してしまっては……一度逃げ出せば、後はずっと、逃げ続けるだけの人生が待ち受けているだろうから。

 なれば、後は一つ。心の底から応える気概で、返答を口にする。

 

「分かった。―――任せとけ」

 

 これで、二度目か。責任回避がデフォルトの自分からは想像も付かない台詞だと。ふと、そう思った。

 

「……さ、て。こうして使える手札が出揃った訳ですし、いっちょ始めますか」

「あぁ、彼を……招く? ……んだったかな? 話を聞く限りでは信じられないことだけど、あの覇王を支えた者を見た後では、ただただ驚くばかりだよ」

「ついこの間、制限が開放されたばっかりだから、俺自身も色々驚いてる。それに、今度は智謀だけじゃないぞ? 当人には全く検討も付かないだろうけど、俺が呼び出すとパッシブスキル一個付くから。今回に限ってはそれが効果大だと思われますアルヨー」

 

 堅苦しいのは苦手だ。

 先の空気を吹き飛ばすように、テンション上げつつ、おちゃらけた語尾を付け足してみる。

 

「はいはい、じゃあ早速やってくれたまえよ」

「リンが冷たい……。りょーかいりょーかい、お姫様の仰せの通りに致しましょうかね」

 

 まだ反応してくれるだけ有り難いか。これが無言とかにならないだけ、幾分かマシだと思います。

 

「……って、待つんだ! 今ここでそれをやれば―――!」

「ん?」

 

 その言葉、今一歩及ばず。凝縮した光子が人型を成して、取り払われた後に、一人の人間が佇んでいた。

 白の仕官服に赤銅の光沢を放つ内服。青年から抜け出し、壮年へと差し掛かる、やや手前の風貌。手に持つ扇は清純の白。何かの羽で造られた、羽毛扇。被る仕官帽子は清楚ながらも精巧に織られた品であり、持ち主の高貴さに直結するかのような出で立ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『伏龍、孔明』

 4マナで、白の【伝説】【人間】【アドバイザー】2/2

 これが場に居る限り、このカードを除く、自軍全てのクリーチャーに+1/+1の修正を与える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(えぇと……字は……孔明、だったかな……)

 

 文若が言うには、自分よりも西方の地に詳しく、自身に勝るとも劣らない智謀を巡らす彼ならば、今回の策をより確実なものとしてくれるだろう。との推挙からの召喚である。それは俺としても賛同するものであり、知略は勿論の事、彼がカードとして製作された際に付与された能力には、今回の作戦の成功を、より後押しするものだろうと想像出来たからだ。

 ……あれ、史実の孔明って、軍の議決権握ったの、君主……劉備が死んだ後……相当後半からじゃなかったか……そもそも史実の孔明って凄くパっとしなゲフンゲフン……。となると、演戯基準の孔明さんなんだろうか。

 

 と、こうしてしっかり御出でになって頂いた訳なのだが、確かに驚く現象だとは思うけれど、何故静止の声が掛けられたのかが分からなかった。出た瞬間に爆発が起こるとか、雷や毒を撒き散らすとかの【CIP(Come into playの略称・場に出た時に誘発する能力)】を持ってる訳では無いので、手遅れだとばかりに目を片手で覆い隠すリンの仕草に、なんで? と首を傾げる。

 

「やっぱ疲れんなぁこれ……。……で、手遅れっぽいのは理解したけど、何でストップ掛けられたのかが不明なんですが」

「あぁ、もう……。君は自分の力の異常性……はそこそこ理解しているから……その異常性を見た時の周りの反応を、もう少し予測してから使ってくれないか」

「……んん?」

 

 その台詞は【稲妻のドラゴン】を呼び出した時に出てくるのが適切なタイミングだと思うのだが、あの時は驚きのあまりに言い出す機会を逃していた故の、今この時の忠告なのだろうか。

 答えの出ぬまましばらく悩んでいると、一向に言葉を発しない俺の態度に、リンは業を煮やしたようで。このままでは、幾ら待ってもこちらの考えが答えに達しないと踏んだのだろう。呆れながらも正解を教えてくれた。

 

「君はね、故人を蘇らせ、現界させていたんだよ? それがどれだけ異常な……有り得ない異能なのか、考えた事はあるのかい?」

「蘇らせたって……」

 

 言われ、これまでの行いが点として思い浮かび、しばらくの後に線へと繋がった。

 

(あぁ~、今大体西暦……五百年前後だったか? その頃の文若さんって、もう故人だもんなぁ。アレキサンダー大王知ってるリンなら、その手の歴史を知ってても不思議じゃない、か)

 

 呼び出したという認識はあっても、生き返らせたという考えは無かった。俺としての蘇りは、墓地に送られたクリーチャー等を再び場に戻す行為であり、伝記で記される様な御仁達を召喚する行為は、それに該当するものでは無く。

 

(……ん~……【ポータル三国志】を使えば、ほぼ全て、死者蘇生に当てはまる……のか)

 

 イメージ的に、地霊殿の主の想起系スペルや、亡霊姫の再迷・幻想郷の黄泉還りが思い起こされる。

 ただ、その辺は色々と思うところがあった。文若と言い、孔明と言い、こちらの世界の故人を招いているのか、架空の彼らを呼び出しているのか、それとも生前の世界からなのか、などといった差だ。

 

(こればっかりは、当人に聞いても難しいところだろうし)

 

 最大のポイントは、魑魅魍魎、超能力や魔法の類、○○な程度の能力を筆頭とした、物理法則ガン無視なあれやこれやを【ポータル三国志】の方々が知っているかどうか。それが判明すれば、消去法によって、俺の知る世界から呼び出した。という線は潰える事になる……のだが……。

 

(あぁ、でも……)

 

 けれど、それは俺が知らないだけで、実は生前に暮らしていた世界に、その手の類がある可能性だってある。少なくとも、絶対に無い……とは言い切れないので、真偽の追求は困難であろう。

 

(……無理。これ絶対分かんない。パスパス)

 

 こほんと一息。

 

「まぁ、それは置いといて」

 

 諦め成分を多量に含む閑話休題を切り出した事で、リンが訝しげな顔を造る。

 

「周りに誰か居る訳じゃなし、リンはもう、一度見てるだろ? ……同胞に見られちゃ拙かったとか、か?」

 

 ぬ、渋い顔がますます濃くなっていく。もう言葉にする気も無いようだ。くいと顎を上げ、俺の後方を見るよう指示された。

 

「……あ」

 

 戻れるもんなら戻りたい。

 そう思わずには居られない光景が、そこに。

 

「―――くっくっくっくっ……」

 

 白銀の長い前髪に隠れて目元が見えないが、眼から発光しそうな程に怪しげな雰囲気を漂わせている平天大聖のお姿が在らせられました。

 

(うわー……しまったー……)

 

 色々と驚く事はあるんだろうが、どう見てもこの状況の真価が分かっているっぽいご様子。あの孔明を見て反応しているというのは、なんの捻りも無く考えるのなら、あの平天大聖は三国志の時代を生き抜き、数々の智将、猛将、為政者等を、その目で直に見ている節がある。という事。

 他の誰かであれば、似顔絵文化など無いこの地において、数百年前の故人の顔を知っている人物など、存命している筈は無いのだが……まさに相手が悪かった。きちんと把握している訳ではないけれど、リンの話を聞く限りでは、百年、二百年以上の時を生き抜いてきた大妖怪である。下手すれば三国志どころか、それ以前の時代―――始皇帝が存命していた頃。もしくは、更に以前から健在であった可能性だって……。

 

(話し掛けたくねぇ~……)

 

 今、あれと会話を始めたら、すぐさま根掘り葉掘りされちまいそうです。

 俺でも分かる程に怪しさ抜群な態度ではあるが、表面上では愉しげにされていらっしゃる。こちらの身の安全という面でも、何をするにしてもマナが勿体無いという意味でも、今は放置プレイを仕掛けてみよう。触らぬ大聖に祟り無し。も少し付け加えるのならば、カードを使ったところで、それが十全に効果を発揮してくれるかは難しいところだろうし。

 

「ところで」

 

 不意に、リンがこちらに声を掛けてきた。

 

「何だ?」

「彼……違うかな……アレ……? は、何?」

「あ、あぁ……」

 

 平天大聖の背後に佇む、無機物の象徴。炎天下で爛々と陽光を跳ね返す表皮は、白銀。白き王と相まって、何とも様になる絵図である。

 

「あれは、今朝から始まったのでした……」

「……何で語り調なんだい?」

「……突っ込みは優しさだけど、スルーしてくれるのも優しさだと思うんだ……」

「……難しい、ね」

「そうだな……」

 

 再び、互いに溜め息。思い返すだけでも心臓に悪い。いつか良い経験だと思い返す日が来る事を願いつつ、俺は、リンへと事のあらましを説明し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 目覚めの朝は、とても爽やかなもので。眩しい日差しと胸に吸い込まれる新緑の空気は、大和の地の、諏訪と八坂の神が住まう神社とはまた異なった活力に満ち満ちていた。

 大きな欠伸と、両手を上に挙げて、軽く背伸び。

 さて。と気を取り直して辺りを見れば、小さな口をポカンを開けて、白目を剥いていらっしゃる、完全に魂が抜け切っているご様子のチャイナドレス妖怪と。

 

(おぅ、やっぱでっけぇッスなぁ)

 

 室内で見ているせいもあるんだろう。召喚した時から微動だにしていないっぽい状態で、こちらのベッドに覆い被さる様に、その四肢を壁、床に接触させ、大きな体を無理矢理この部屋に押し込んだ【アーティファクト】クリーチャーの存在があったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メムナイト』

 0マナの【アーティファクト】【構築物】クリーチャー 1/1

 0マナのクリーチャー、という時点で様々な【シナジー】が考えられ、尚且つそれが【アーティファクト】でもある。ともなれば、その活用法は更に増える。【コンボ】に良し、【シナジー】に良し、【アーティファクト】系【ビートダウン】に良しと、それを好むデッキには重宝する存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無機質ながらも何処か愛嬌を感じるお顔……顔? ……まぁ、体の真ん中辺にある紋様がそれ系だと思っておこう。

 

(どうもありがとう)

 

 顔を構成する部位の何処にも類似点が見られない……分からなかったクリーチャー様であるが、爆睡寸前での曖昧な指示の下、『守って下さい』と言った後にさっさと意識を手放した身としては、そんな漠然とした指示にであっても、文句一つ言わずに一晩中警護に当たってくれたのだから、お礼の一つも言いたくなるというものだ。

 言葉に対して返って来る意思すら無かったのは、【メムナイト】が純粋な【アーティファクト】クリーチャー……ロボットであるからだろうか。やや物足りない冷たさを覚えるが、感謝自体は無駄ではない筈だ。今後とも、機会があればお礼は欠かさない様にしましょう。と、小さく決意。メタルな外見と巨大な鋼鉄……何かの金属な体に『2/2以上だろこれ』と、疑念を覚えるが、伏魔殿の内部で五体満足のまま、一晩無事に一泊出来たようなので、些細な事かと思いつつ、安堵の息を零した。

 

 その後は、起こすのも忍びないかと気絶した白蛇妖怪(人型)さんをベッドへと運ぶ。

 よっぽど疲れていたんだろう。こちらが触っても微塵も反応する素振りすら無かったので、胸元&足元の裾から艶かしく覗く女体に、込み上がるムラムラを目と意識を反らす事で抑えながら、布団を掛ける。昨日の流れから考えるに、どう見ても篭絡する気概満々だったとは思うのだが、昨晩のガクブルした姿に同情し、せめてゆっくり寝てくれ、と配慮してみました。

 プチ紳士振りを発揮しつつ、据え膳残した的に後ろ髪を引かれながらも、悠々と二人同時に行き来可能な二枚扉の片側を押して、トイレ探索の旅への第一歩を踏み出してみれば。

 

「ッ!」

 

 結構心臓に悪かった。三メートルを超えていそうな身長。ジャイアントBABAやハルクHOGANも真っ青な図体のムキムキさん。何処ぞの市長も真っ青な、ダブルラリアットとか似合いそうな体格は、深緑を基調とした筒袖鎧に包まれながら、山の如く静観を決め込む燻し銀。そんな第一印象の、首から下が人型の、牛の頭の妖怪と、馬の頭の妖怪の計二名が、それぞれ門番の如く左右に直立していらっしゃいましたので。

 こちらを警護……というよりは、退室したり逃亡したりした場合には、報告なり一発ぶちかますなりする算段だったのだろう。何せ、扉の左右に立ってはいるものの、それはこちらを背にして、ではなく、扉に目を向けつつ佇んでいたのだから。……あれだ、彼らは門番です。但し牢獄の。みたいな。

 今、こうして扉を開くまでに何か下手な事でもしていれば、一瞬で突貫して来たんじゃないかと思えてならないのだが……もし、昨晩、白蛇さんと事に及んでいたらと思うと、初行為がある意味で羞恥プレイという、難易度の高いものになっていたであろう。

 牛&馬頭妖怪は二人共々、腰の両側に、柄の短く、先端に向かうに連れて幅広になるのが特徴な、中国刀……と鉈を合わせたような刀が据えられていた。燃えよド○ゴンで見たな。とか思いつつ、威圧感に気圧されて、思わず眼を見開いた。多分、顔も強張っていたんじゃないかと思う。

 寝起きドッキリ的な展開だったので、心の準備も何もあったもんじゃねぇ。妖怪の塒に乗り込んで来た俺が油断し過ぎなだけな気はしますが、相手に不満をぶつけたい気分になった。

 

(……って、いつの間に)

 

 視界の左右。俺の体を包む様に、白銀の腕と足が、何かあればすぐさま防御体勢へと移行出来るよう、某漫画のスタンド宛らにスタンバっていた。

 これには、無双出来そうな体格の牛馬達も面を食らったようだ。お前は誰だと、その顔にありありと書いてある。

 妖怪……馬や牛の表情なぞ未経験もいいところであったけれど、彼らがとても驚いているのだけは理解出来た。

 この事態をどういう風に捉えて良いのか判断付きかねる、といった困惑の表情を浮かべ、武器を向けた方が良いのか悪いのか、微妙な姿勢で固まっている。

 ただ悲しいかな、俺の後方の存在は1/1。見た目が金属で超硬そうではあるけれど、何かあれば簡単に破壊されてしまう可能性が高いのだ。……これが勇丸以下とか、俄かに信じられんです。

 相手が戸惑っている内に、白蛇チャイナドレス妖怪を電撃で吹っ飛ばした時の様に、不敵に、悠然と。少なくとも表面上はそう見えるように、態度と気分を入れ替えた。

 

『お早う。職に励んでくれている様で何よりだ。厠は何処かな』

 

 咄嗟にやった割には、様になってたんじゃないかと思う。声こそ聞こえなかったが、唖然としつつ指先を通路の奥へと向けられ、【メムナイト】に待機を指示。それなりの重機一台くらいなら通過出来そうな、幅も高さもある広い通路を、何に気負う風も見せず進み、そそくさと目的を達成した。

 良かった、トイレがちゃんとあって。そう安堵しながら、異国の雰囲気を五感全てで味わいつつ、足早に安全地帯である【アーティファクト】クリーチャーの元へと帰還を目指していたのだが。

 

『朝餉は如何でしょうか』

 

 ゴール目前。牛馬妖怪を左右後方に控えさせた状態で、王座の間での初対面の時と同様の格好をした平天大聖が、同じく、出会った時と同様の笑みを湛えたままに、朝食の誘いを申し出てくれた。……どうやら、こっちの用事を済ませている間に報告されていたようである。

 安全地帯一歩手前の強敵とか狙い過ぎでしょう。と、見ず知らずの運命に悪態を吐きつつ、『ええ、喜んで』と瞬時に返せたのは、それなりに進歩を実感出来たエピソードでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ。白蛇チャイナ妖怪(暫定)の格好やら宮殿の造りとか見るに、あそこはちゅうご……ウィリク様が居た辺りとは文化が違うんだろうな。持て成された朝食がな? お粥っぽいんだが、トッピングにザーサイとか青葱とか、あ、蒸した鶏肉っぽいのもあったな。そんなのを好みで色々入れると、味の幅が広がる広がる。元が薄味だっただけに、色々入れていく内に、朝食が楽しくなって来て。お陰で胃もたれしそうなくらいに食べちまったよ。お粥じゃなかったら、今頃腹痛だったな。はははは」

「……」

 

 何度目かのジト目がとってもキュート。将来的には、紅白の巫女様辺りにも睨まれてみたい。

 ……うん、そうだね。聞きたいのはそこじゃないよね。

 

「……食事が済んだ段階で、事前に取り決めてたこの場所に来る為に、また【ジャンプ】使って来ようかと思ってたんだけど、平天大聖に突っ込まれたのよ。【稲妻のドラゴン】に乗るんじゃないのか、って。どうも便乗したかったっぽいんだわ。一応、【稲妻のドラゴン】は雲の水面に待機中。的な演出しておいたから、還した、ってのは知られちゃ拙いんで、『あなた嫌われてますんで~』とかテキトーに誤魔化し入れつつ……」

 

 目線を、平天大聖の傍で控えている【メムナイト】へと向けて。

 

「仕方ないから代案で、還そうと思ってた【メムナイト】に、俺の代わりに【ジャンプ】付与して、ここまで来ました。……これで一通りの説明は終わったんだけど、何か質問ある?」

「【ジャンプ】を付与した、という意味は?」

 

 あれ、予想外の方向から言葉が……。

 

(って、ヤバイかこれ)

 

 まだ、その手の情報は伝えてない&伝える気はないんだった。というか、大和での暮らしの時と同様、今のところは誰にも切り札……命綱である、集められた魔法を使う程度の能力、を話す意思は無い。【ジャンプ】を文字通りの、飛び跳ねる意味で受け取ってくれたようで、これくらいならば、何とか誤魔化せる範囲だと思いたい。

 

「……今の無しで。【メムナイト】の脚力を強化して、こっちまで来ました」

「別に言いたくないなら良いんだ。僕も深く追求する気はないから。ちょっと気になった程度のものだしね。……ただ、君の言動にはそういう注意力が散漫だから、気をつけた方が良いと思うよ。今までも何度か、そういう疑問点はあったから」

「……うぃ、ありがと」

 

 はは……大分前に、神奈子さんに言われた事が実践出来てねぇ……。

 どうにも、話術や喋り方といった、知識量と、巡りの早さに比重が置かれる分野は苦手である。多分、何か痛い目みないと、完全に決意するには至らないんだろう。

 

(身から出た錆。を経験しなきゃ本腰にならないとか……)

 

 心の余裕が成せる業……とかポジティブに考えてみても、結果は好転しない。まぁ、一番の理由は、これがバレたとして具体的にどう影響が出るのか不明である。という点が強い。

 バレたらすぐ死にます。大切なあの人が亡くなります。とか安直で分かり易いと意識や認識も違ってくるけれど、大変な事になるかも。的な意味合いの強いあやふやな段階では、今一つ、こう……。

 転生時に頂いた初期スキル、怠惰の抑制。あれがその手の勤勉さに磨きを掛けてくれるかと思った時期もあったが、あれはあくまで飽きるのを抑止するだけであって、嫌悪、忌避の制御とは、また違うもの。どうやら自分の勉強嫌いは、飽き、から派生しているものではなく、嫌い、と同類らしい。

 この辺の基本性能も何かの弾みで変化するんだろうか。だとしたら、晴耕雨読な日々とか送ってみたい。無論、雨読の部分が勉学的な意味で。

 

(……そうだ)

 

 折角、三国志のお歴々を呼び出せると判明したのだ。これが終わったら、大和への帰り道がてら、それら大先生に色々と教えを……教え……勉強……。

 簿記三級取るのも一苦労だった俺が、言動改革の為の勉強……。

 

(先、長そうだな……)

 

 ……それらも感情も含めて、矯正をしていこうかと思います。

 

「……大丈夫かい?」

 

 心配を形にしたような顔で、リンの小さな手が俺の服の裾を掴む。余程情けない表情であったようだ。

 ポンと頭に手を置いて、ぐりぐりと。撫で心地の良さに勇丸とはまた別の感触に満足しつつ、馬鹿な悩みで心配掛けた事に心苦しさを覚える。

 うーん、良い娘ねー、この子。まぁこっちから窃盗働いたって気負いや、自分の目的の為に手伝ってくれているから、という気概もあるんだろうが。

 

(良く気がつく。フォローも上手。おまけ……じゃねぇな……更には、まだまだちっこいが、美人さんと来たもんだ。将来は引く手数多だろうな~」

 

 せめて肉体年齢プラス十歳くらい重ねてからだろうけど。……いや、それでも俺の感覚からすれば充分に犯罪だ。つい最近、自らそれをブレイクした気はしますが。

 って、おろ。リンの顔が完熟トマト。

 

「何を言い出すんだ君は!」

「何って……?」

 

 ……まさか口に出してた!? 心の声駄々漏れ!?

 心中吐露とか、満員電車の密着状態で密接したオバさんの香水キツ過ぎて、『臭っ!』と咄嗟に言った時くらいしか無いぞ!

 

「何驚いているのさ! 思いっきり口に出していたじゃないか! からかうにしても、もっと時と場所を考えてくれ!」

「何だと!? 俺は嘘言った覚えはねぇぞ二重の意味で! からかってなど、断じて無い!」

「否定する場所はそこなのかい!?」

「分かっちゃいるが、恥ずかしさで穴でも掘って隠れたい気分なので! 喜べ、リン! これが俺の逆ギレだ!」

「それの一体何を喜んだら良いのさ!」

「……さぁ?」

「―――ッ!!」

 

 ―――真夏の太陽が頭部を焼く中、その気温に負けないくらいの音量が辺りに響く。こんな掛け合いを少し前に行ったような気もするが、多分、猛暑にでも当てられたのだろう。

 一頻り声を荒げ終えた頃。ようやく俺は、周りへと突っ込みを入れた。

 

「……結局、喉が枯れそうになるまで声出してたけど、あなた方は止める気ないのかね」

 

 止めるタイミングが突っ込み待ちな部分はありましたが、よもや完全スルーとは……。

 荒く肩を上下させるリンと俺を眺める形で、平天大聖はニヤニヤとした……もう出会ってからほぼずっとしている表情を浮かべていた。ここまで来るとあの表情がデフォなんじゃないかと思えてならないけれど、白蛇妖怪さん吹っ飛ばした時に見せた獰猛な笑みを思い返すに、やっぱり、今のこの状況がそうさせているだけなんだろう。

 

「若いとは、何と粗野で、瑞々しいものか。久方ぶりに、故郷の香りを嗅ぎたくなりましたよ」

 

 ……まぁこっちは概ね予想通りなんですけどね。

 

(孔明さんが、さっきから無言&無反応なんだよなぁ)

 

 馬鹿馬鹿し過ぎて、呆れられてしまったのだろうか。文若の時には切羽詰った対応であったので必死さを読み取ってもらえたんだろうが、今のこの状況は、馬鹿騒ぎ以外の何だというのだろう。召喚者とはいえ若輩者が目の前で悪ふざけ継続中なのだから、良い印象ではない筈。今の今まで、俺が呼び出した方々とは良好な関係を築けていたので、今回も。と、思い込んでいたのだが、とうとうそれを改める機会が巡って来た―――

 

「……え? ネズミ?」

 

 ―――ネズミの大海原に面食らって、恐縮してしまっていただけのようである。

 何? 害獣対策? 兵糧攻め? ……過去に色々とあったんですね……深くは聞かないでおこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このネズミ達は味方である。その一言を切欠に、俺とリン、そして孔明の作戦会議は幕を開けるのだが。

 

「……死ぬな、これ」

 

 ―――だが、それは一分も経たぬ内に中断させた。ここへと移動する際には、風を切って進む方法であったので、それなりに涼しかったけれど、こうして足を止めてしまうと、途端に体中から全ての水分が蒸発してゆきそう。諏訪の外套や月の衣服のお陰で熱射病に掛かるまでの域には達しそうに無いが……何せここは、泣く子も黙る(絶命的な意味で)、天下の猛暑地帯、砂漠。仮に俺達だけならば【メムナイト】の日陰にでも入れば、まだ耐えられる暑さではあるけれど、この一面にひしめき合う小さな戦士達を野晒しにするのは、まさに見殺しもいいところである。

 付け加えるのなら、これが俺達の目的の為だけに集ってくれたとなっては、リンの気持ちに応える云々の前に、俺の気持ちが落ち着かない。横に居るリンはそうでもないが、正面に居る孔明は額に玉の汗を浮かべ、後少しで滴りそうなほどになっていた。

 平天大聖は……何か蜃気楼に浮かび上がる不気味な笑みっぽくて、ますます気味が悪い。暑さには強そうです。

 

(出来ればもう手の内見せたくないんだが……背に腹は変えられませんよ、っと)

 

 辺りを見回し、特に問題は無さそうだと判断。

 

「リン、あそこに居るネズミさん達、移動させてもらえるか。えーと……あっちの、なだらかな砂丘の方まで」

「どうかしたのかい?」

「いんや、どうかするのさ」

 

 思わせぶりな台詞に首を捻りつつも、サッと手を上げ、移動して欲しい箇所へと指を差す。

 数秒後、黒い絨毯は大移動を開始。日本の左側にあった北国家のマスゲームなぞ目じゃない規模の光景に軽めに慄きながら、これで大丈夫だろうと思われる場所にまで全員が動いたのを確認し。

 

「何かする前に暑さで参っちゃ笑い話にもならないしな。涼みながら会議しよう。拠点の一つでもあった方が、今後も楽だろうし」

「?」

 

 ただ砂が広がるだけの光景を見据え、深呼吸。

 軽く息を吐いて―――

 

 ―――召喚【頂雲の湖】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頂雲(ちょううん)の湖』

【特殊地形】の一種。

【タップ】で無色のマナを一つ生み出すか、【タップ】で白か青のマナのどちらかを一つ生み出す。後者の能力を使用すると、次のターンは【アンタップ】出来なくなる。その為、大きくテンポを削ぐので、避けられる傾向の強いカード。

 極一部の特殊なデッキか、使用したそのターン中に勝負を決められる【コンボ】デッキに間々用いられる場合がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠という自然地帯は消え去った。変わり、今目の前にあるのは、生命の源を並々と湛えた別世界。全長五百メートルはありそうな水源は四方を小山に囲まれて、太陽の光が水面を通り、周囲を青へと染め上げる。

 山陰あり、水源あり、と。カードゲームとしての能力は特筆すべき点の少ないものではあるが、たった一枚で砂漠での二大死亡フラグを、まずまずのレベルで回避出来る性能を持っていたので、今この環境下においては、何にも増して価値のあるカードであろう。

 吹き抜ける風は、草原の清らかさ。この地固有の、砂の混じった、ざらつく空気などではない、新鮮な空気が辺りを駆け巡っていた。砂漠の大地は不潔ではない。寧ろ逆で、清潔とさえ言えるほどのものであるが、それを胸いっぱいに吸い込みたいかと問われれば、はい、と答える者はまず居ないだろう。

【メムナイト】は言わずもがな。【伏龍、孔明】は扇を口元に当て、瞑目。何かを考えているようだ。

 予想通りの反応は、リン。可愛らしい口をあんぐりと開けて、何か言おうと動かすも、息を吸って、吐くだけしか行わず。とても驚いてくれているようで、この反応が見れるのならば、何度でもこんな事をしたくなるというものだ。

 

(やっぱり、誰かを驚かせるってのは気分が良いなぁ)

 

 リンが驚いてくれたのは、想定の範囲内であったとしても、こちらの気分を良くしてくれる反応であり……。

 

「―――はーっはっはっはっはっ!!」

 

 爆笑だったらどんなに良かったか。

 いや、声だけならば、まさに望むべくの反応であるのだが、然もありなん。何故って、あれの眼は全くと言っていい程に笑っていない。

 あれはそう、体を動かすという名目で兵器実験場へと連れ出され、そこで対峙した蓬莱山輝夜か、各種実験で色々なカードを使用していた時に見せる八意永琳の顔、瓜二つであった。

 

(今日は完全に無視決定!)

 

 平天大聖の笑い声は、クリティカルにこちらの喜びを削っていく。月で【森】と【宝石鉱山】を召喚した時は、永琳さんから、皆、とても喜んでいるとの話は聞いた。

 まだ【土地】の有効性を見出していなかった頃―――諏訪の時には細かなクリーチャーを使って開墾や農作業などの手伝いをしていたけれど、【土地】系を使えば一瞬で解決する出来事も間々あったなと。

 数十から数百人が、一月以上の期間を設けて行う国政レベルのお仕事を、瞬く間に達成してしまうのだから、小規模ならば兎も角、大規模な―――それこそ、今こうして出現させている【頂雲の湖】レベルのものは自重しておこうと思っていたのだが……。後ろで高らかに笑う平天大聖の笑い声に比例するように、ますますその意思を硬くする。

 白き王と目が合いそうになったので、さっさと顔を前へと向け直す。留まっていては何言われるか分かったもんじゃないと思い、思案する孔明と、驚きに固まるリンを促して、話し合うに適切だと思える場所に足を向けるのだった。

 

 

 

 適度な規模の岩陰を見つけ、その日よけの下で、俺陣営の面子は腰を下ろし、一息。青々とした見た目通りの、キンキンに冷えていた湖へと足を投げ入れた。良い感じで山陰と水辺が合わさった場所へと、それぞれの足水を行いながら、何ともフリーダムな会議……話し合いとなった。スカートを恥ずかしそうにたくし上げ、おっかなビックリ水面に足を浸し、冷たさに耳と尻尾の毛を逆立たせるが、ゆるゆると、それも元に戻る。

 

「んっ。……冷たい」

 

 喉の奥から零れるような。気持ち良さ気に吐息を漏らすリンに、何度目かの撫で繰り回したい衝動を抑えながら、ネズミ少女と同様に、裾を持ち上げ、足を入れる孔明さんを横目に見た。

 まさか過去の偉人とこんな体験する事になるとは夢にも思わなかった。水辺に足を浸し、何処か遠くを見つめる孔明に、こうしているだけならば、ここは異世界などではなく、何処ぞのスーパー銭湯か、静岡、沖縄といった辺りのリゾートビーチの一コマに、見えない事も無いだろう。

 対して俺は、完全に横に寝そべっていた。片手&片足だけを冷却水へと突っ込んで、じりじり奪われていく体力にダルさを覚えながらも、何とか会話を持続。合計5マナの維持は、こちらの回復量を若干上回る量であったようで、こうして体を休めていても、ゆっくりと疲労の蓄積を実感するものであった。

 これでも過去に比べれば大分改善されているなと。そう思える。あの頃は3マナであっても息を切らす程であり、今、同様に3マナ分の何かを維持しても、やや苦しいか。くらいの範囲に収まるものだ。

 このままいけば、体力……スタミナ面だけならば、フルマラソンで上位に食い込めるのではないだろうかと思えます。予想はでっかく、五色の輪がトレードマークの大会辺りとか。

 誇張だとは思うが、思うだけならタダである。メンタルの維持は、そこそこに優先順位の高い優先事項ですので。

 

「大自然の驚異、って奴だなぁ」

 

 ……まぁ、もうそろそろ現実逃避は止めようか。

 静かな湖畔は、今や、真夏の海水浴場。少し眉間に皺の寄るカビっぽい臭いが辺りに広がっているのだが、幸いにも風向きのお陰で、こちらへの直撃コースは避けられている。リンの部下達は全くそんな事など無かったけれど、あれは、彼女が指示して身を清潔に保たせているのだろうか。女の子だもんな。その辺は結構気になるんだろう。某邪仙の傀儡娘もそうだったし。

 地鳴りすら幻聴しそうな程に大地を埋め尽くし、激しく脈動を繰り返す、無数の小さな戦士達は、突如出現した水源に、それを飲み干さんとばかりに突貫。それでも滾々と水を湛えている【頂雲の湖】の魅力を味わい尽くす勢いで、水浴びや飲料水や遊泳に興じていらっしゃる。

 ただ、流石に数十万のネズミに、この水場は小さ過ぎた。湖自体の大きさはまだ余裕があるのだが、陸と水面の接する面が不足していたのだった。

 墨汁が真水に溶け込む様な。一点の黒い染みが、瞬く間に、オーシャンなクリスタルブルーを、刻々ともずくスープ……一番風呂を親父に譲ったばかりに、使用後、浴槽には形容し難い浮遊物&沈殿物が漂っているのを、更に酷くさせたような環境に変化させている。

 八、九十年代頃に掛けて日本の夏場で多々見られた芋洗いプール&浜辺を連想させる光景が再現され、先に進水を果たしたネズミ達は、岸辺に戻るどころか、次から次へと押寄せる同胞の波に攫われて、ますます【頂雲の湖】の中心部へと追い遣られていく。元々このような土地だ。多少は彼らも泳げるだろうが、それが得意である。とは結びつかない。時間が経つにつれて、事態が悪化していく未来が予想出来た。

 このままでは、と。あわや圧死&溺死による死者まで出そうな勢いであった為に、リンが一喝。この時のリンの雄姿は俺でも少し驚きました。あの平天大聖も、【頂雲の湖】召喚した時よりかなり弱めではあったが、驚きの表情を浮かべていた。

 まぁそれでも、姿はちっちゃいし声は可愛いしで、驚きから別の何かに派生する事は無かったんだけども。

 今では時間制限&人数制限を設けた会員制プールモドキが設立され、水場を取り巻くように黒い渦が、今か今かと自分の番を守っている状態。

 泳ぎ終えた者達は、亀の甲羅の天日干し宛らに、岩陰や、山陰で涼んで昼寝中。中には日向に寝そべり、日光浴を行うものも極少数居るが、彼らはすぐにでも水場に逆戻りする流れになるだろう。砂漠の日光は、焼き殺す満々なレーザー光線ですので。

 

 後からリンに聞いた話では、塒の水源は飲み水の確保で精一杯。でもって、ここは砂漠地帯。こんな機会はそうそう訪れるものではなく、雨期に、幻の如く現れる川か水溜りくらいしか経験が無いそうで、彼らの好奇心を刺激するには、充分であったようだ。この結果は成るべくして成ったようである。

 ……時折水面を漂ってくる、彼らから剥がれたであろう諸々な不純物には、目を瞑る方針で。はい。

 

『こんな時でもなければ、僕もあれに混ざりたいくらいだよ』

 

 水と土の境界線が、ほぼ全て黒で埋め尽くされている内の、唯一、例外の場所。リン、孔明、俺が居座るここだけは、まるでプライベートビーチさながらに、ネズミ達は足を踏み入れる事は無かった。彼らなりの、小さな気遣いだろう。

 

 少女はそう言って、足を漬した冷水を高く蹴り上げた。口を尖らせ、やや拗ね気味に不貞腐れるリンに、一通り事が終わったら、いっそ海にでも連れて行ってみたいと思う。遊泳を楽しむ風習って昔は無かったんじゃないかと思うのだが、そんな些細はとっとと忘れる事にした。この程度の疑問無視出来ずして、ここでの生活など誰が送れようか。

 平天大聖は、同席をする気は無いようだが、全く無関心で居る気もないようで。先程からやや離れた岩場の影で、こちらの話し合いを興味深げに眺め続けている。会話の内容も聞こえているんだろう。話し難い事この上ないが、言動に注意すると意識したばかりなのだ。これくらいの試練は乗り越えなくてはならない。良い練習だ。と思う事にした。

【魏の参謀 旬彧】と同じく、孔明さんにも知り得る限りの情報を提示。それでも補えなかった箇所を質問という方法で埋めながら、日進月歩とも思える話し合いは続く中、リンが、前々から疑問に思っていた点を挙げて来た。

 曰く、文若の時に挙げていた、交渉対策を用いたからこその、現状―――この地の妖怪を統べる王が条件を呑んだのか。というものだ。

 

 ……けれど、それには首を横に振らざるを得なかった。その場は『そういう訳じゃないんだけどな』と話を逸らしてやり過ごしたのだが。

 

(まさか【テレパシー】でも読み切れんとは考えてなかったもんよ)

 

 文若の言葉に従っておいて良かった。彼も、これを意図していた訳ではないだろうが、結果は……今のところ上々。

 もし、この読心術を頼りに交渉を仕掛けていたのなら、通用しない力に動転し、現状よりも、より宜しくない方向へと転がり落ちていた事だろう。

 

 ……朝食に誘われた席で、俺は、すぐさま昨晩からの案である【テレパシー】を用いて、相手の内心を探ろうとした。例の、何考えてんだか隠そうともしない怪しさを暴こうとして、である。

 けれど、それは十全に効果が現れる事は無く。そういう能力なのか、そういうルールなのか。頭痛はあったものの、一般人相手には問題なく効力を発揮していたので、後者の意味合いが強いとは思うけれど、平天大聖相手には、今一つ信憑性の乏しい情報しかリーディング出来なかったのだった。

 尤も、かなり大雑把にではあったが、大体の道筋程度ならば、読み取れた。

 

 ―――如何に自分の欲望を叶えるか。

 

 朝食の間、こちらの言葉を吟味し、数秒の間に幾つもの思惑を巡らせ、選択し、決定していく様は、【テレパシー】の副作用によって鈍く警鐘を鳴らす頭痛の元になっていても、尚、感動を呼び起こす。

 それに比べれば、今の自分は何と卑小な存在なのだと。何年掛かっても、その領域には到底……。と、痛烈に感じ取りながら、それでも平常を装って言葉を取り繕い続け。相手の思考を読み、一切の企みを曝け出す、1マナの青の【エンチャント】である【テレパシー】。

 けれどそれは、やはり相手の格が上である為なのか、『ありがとう』が『あ○が○う』、『ごめんなさい』が『○め○○さい』といった具合に、急に音量を絞られたステレオか、本を読んでいたら唐突に疲れ目になってしまったような。思考の半分以上がぼやけてしまっていた。

 神奈子さんに使用した【お粗末】などの効力を思い返し、これはカード能力の制限、というよりは、元々の力量差から来る結果なのかなと判断する。いやはや、この力を完全に発揮するには、こちらの地力がまだまだ不足のようである。これがきちんと効果を発揮してくれる頃には、きっと神奈子さんに一泡吹かせられるに違いない。

 

「―――ほら、ぼーっとしていないで。疲れているのは分かるけど、君が僕達の間を取り持ってくれないと、話が進展しないんだからね」

 

 おっと、意識が彼方でしたか。まだまだ余裕はあるが、暑さと水の冷たさと疲労感で、寝ようと思えば、五分掛からずに実行可能な状態である。

 

「こりゃ失礼。えーと、軍隊の進行ルートの割り出し……だったかな」

「そうだよ。彼の話を統合すると、この砂漠地帯を一気に進行してくる可能性が高い。迂回するにしても、それらの道筋は直線コースの五倍以上。前々から備蓄していた物資を考慮したら、まず間違いなくそこを通過する筈、らしい」

 

 地形が変わっていなければ。最初にそう断りを入れて、嘗て培った記憶を辿りつつ、孔明が地面に画いた砂図は、一片が二メートル程度の正方形。簡略化に簡略化を重ねた絵図であるというのに、実に的確に、諸々の要点を抑えた表記が成されたものであった。砂漠横断とか、ただの人間からすれば自殺行為にも等しいと思うんだが、砂漠の民だとか水や食料をストックしておいたから、といった方法で回避するんだろう。そうなると、文若が言っていた兵糧攻めという手段は、実に理に適っている。

 だが。

 

「……何?」

 

 孔明が語り掛けてくる。その方法では、遺恨が残るのではないか、と。

 こちらの提示した条件は、軍を退け、女王と、民の命を守るという点のみ。ここは文若と同様の流れ。

 しかし今回は、彼の時の何倍も、話を突き詰める時間があった。

 何故それをしたいのか。どういう手段で達成したいのか。

 深く追求の及ばなかった箇所へ焦点が当てられた会話を続け、約一時間。こうして孔明が『待った』を申し出た時になって、漸く俺は、この作戦の最大の欠点―――リンの置かれている立場の危うさに気づけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肌寒い……を通り越し、衣服を脱げば、鳥肌必須の気温へと変貌した大自然であったが、ここ【頂雲の湖】は例外である。昼の内に熱を溜め込んだ湖が、夜では天然の暖房へと役割を変えていた。時折吹く風は温かく、この分では、明日の朝まで快適な気候を約束してくれるだろう。

 

 ―――見渡した景色は黒。けれどその闇には、無数の赤が色付いている。

 耳を澄ませば、キイキイと。自らの力を試そうと勇む、無数の生命達。赤い星の海を一望する高台へと登り、一瞥。月で軍隊に囲まれた時とは別種の鳥肌が、背筋を駆け巡った。

 やや後方には、蜀の参謀【伏龍、孔明】。更に続く後ろ。平天大聖が腕を組み、こちらに視線を固定している。

 目の前には、ネズミの群れを率いる形で、リンが直立不動を成していて。けれどその表情には、うっすらと愉悦が混ざっている。

 どうやら、俺の一世一代の演説を、少しでもミスしようものなら笑ってやろうという魂胆が見え隠れ。

 おいこら、お前の為にやってやってんだから、そんな、弱い者苛めみたいな事しちゃいけません。そういうの悪ノリって言うんだぞ! 俺がやる分には好きだけど!

 

 ……と。

 こんな流れの前にそれなりに抗議をしておいたのだが、一応こういうのはメリハリが大事だというので、遊び半分というか、気持ちのケジメというか、やる気の無い学校や会社で、幾年も繰り返される年の恒例行事並のいい加減さを連想させる空気が漂っていた。

 多分、孔明が俺の経験値上げる為に画策した面もあるんだろう。失敗から学べ、という気概が伝わって来ますです。はい。

 

(むぅ、端っから失敗すると思いやがってからに……。どっかのお笑いの人が言ってたと思うが、笑わせるのは良いけど、笑われるのはイマイチ釈然としないものがあるなぁ)

 

 まさか、一説ぶってみる機会が訪れる事も、相手が無数のネズミだという事も、一体誰が予想出来ようか。

 もし成功すれば、これによって士気の高揚を狙えるのだと―――失敗しても、既にネズミ達には【頂雲の湖】を出す力は見せているので、最低限の気力は確保されているらしい。彼の軍師様は何食わぬ顔で仰ってくれましたが、戦士達に送る言葉なんて、『諸君、私は戦争が(ry』とかくらいしか……。あ、実の父にヒトラーの尻尾と罵られたロボット宇宙世紀なお話とかもあったか。

 どちらにしろ、あれは両者共々、天にお召になされていた。死亡フラグだ、避けておこう。

 あれはあれで大好きな演説なのだが、あれを使う事も、あれを使う機会がある事も、何にしても色々とダメな気がします。

 

 ……あれだ。今必要なのは、雰囲気だけで良いのだ。

 彼らの纏う尊大な威厳を。この者にならばと思わせる尊厳を。上が音頭を取る事で、結束が固くなる場合もあるだろう。

 今俺に求められているものは、さぁこれからがんばりましょう。という、要約すれば、それだけの事。それが予行練習出来るというのだから、望外の展開ではないだろうか。

 フォローしてくれる軍師先生も居る。張り合いのある女性―――女の子だが―――も居る。白い人は、思考の隅に置いておくとしよう。

 人間と鬼との会合の場を設けた時を思い出し、あの時に比べれば、まだ幾分かマシだろうと、気分が楽になった。

 それっぽい台詞を。それっぽい態度を。それっぽい間で。多少の間違い、失敗など、その場の空気で押し切ってしまえ。

 

 イメージは指導者。

 唯一無二のカリスマを持ち、夢の先端に立つ、求心力。

 彼らの思いの先に、僅かな光でも見せられるのであれば―――

 

「―――立ち向かうは我らが怨敵。名立たる生命をその元に下し、神聖の加護を得て、虫も、獣も、妖怪も、そして同胞すらも。この三千世界を須らく蹂躙する、卑しく愚かな―――しかし、強大な力を持つ存在。―――名を、人間」

 

 一歩、前に。

 彼らに、俺の姿が良く見えるよう、進み出る。

 

「弱き者はただ貪られ、弄ばれ、貶され、奪われ。家畜以下、畜生にも劣ると罵られた日々。それは今この時も、この世の何処かで続き、以後も永劫と連鎖する、憎悪の坩堝に他ならない」

 

 左腕を開く。

 大きく広げ、彼らの視線を集めるように。

 

「―――今、それを断ち切らん! 我ら小さき存在。幾万もの種から蔑みの目を向けられて、尚、地を這い、泥を啜り、けれど生を捨てる愚かをせず、影に潜み、闇に紛れて、深淵の縁から世界を見続けてきた、忍ぶ者である!」

 

 右腕を開く。

 空を抱くよう、左右に開けて。

 

「その心の奥底で、磨き続けた刃を解き放て! 例えそれが毛程の傷も与えられぬ牙であろうとも、汝らは一にあらず! 単にあらず! 個にあらず! で、あるのなら! 我らが孤でなどある筈が無い! 一が駄目ならば二を。二が無駄ならば三を。三が無意味であれば、十を、百を、千を加え、積み重ね続けよう!」

 

 手の平を握り込み、拳を作る。

 硬く、硬く。そこに、皆の意思が宿るよう。

 

「足元を見よ! その砂粒は小さなもの。それこそ、諸君らにとっても、まだ矮小だと言えるものだ。けれど、見よ! 周りを見よ! それは山を覆い、地を隠し、湖の底、遥か彼方の海をも越えて、遍く世界を埋め尽くす、最も偉大な最小である! 小さき事は、それ以外で補えば良いだけの事だと。そう教示している先駆者に他ならない!」

 

 目線を、目前のリンへと注ぐ。

 ネズミの大群を率いる形で、彼ら集団の最前線に立っている彼女へと。

 

「示すは無数。現すは力―――」

 

 大きく息を吸い込み、眼を見開き、大口を開け。

 

「―――その眇々たる牙を以て! 我らが敵の喉元に! その怨恨を! その憤怒を! 余す事無く刻み込もうではないか!!」

 

 夜の帳のその奥。人間の軍が来るであろう方角へと、指を差す。

 

「―――さぁ往け! 戦士達! 怒りの炎をその胸に灯し、その身を焦がす熱が潰えるその時まで! 煌々と輝く、暗き復讐の刃を振るい続けようぞ!!」

 

 世界が動く。

 湖を囲む小山の一角を、瞬く間に削り切る勢いの、黒い津波。

 この世の終わり。

 そう感じられる光景は、闇夜であっても尚赤黒く蠢く大地によって、刻々と移り変わり。

 

 

 

 ―――滑り込む様に首筋へと差し込まれた羽毛扇。

 肌触りは柔らかであったというのに、俺にとってはどんな刃物よりも切れ味の鋭い、死神の鎌にも見えて。

 

「―――この、馬鹿っ!!」

 

 焦りを多分に含んだ怒気は、小柄な少女から発せられたもの。

 去り行く戦士達を指差しながら、どうするんだと涙目で訴えるリンとは正反対に、後方で眺めていたであろう、この地の妖怪の纏め役は、声高らかに……それこそ、純粋に楽しさか感じ取れない笑い声―――爆笑を夜空へと木霊させている。

 唖然とするこちらを他所に、唯一冷静……あ、溜め息聞こえた……を漏らす、孔明さん。首に当てていた扇を降し、何やら思案をし始めた。

 

(……あれ、おかしいな)

 

 ネズミの皆さん、軍隊どころか、このままウィリクさんの国すら滅ぼしそうな勢いなんですが。というか、目的地とか作戦内容とかその他諸々、まだ何にも伝えてない。演説終わった後に伝えようと思っていたものだし。

 そもそもが、直接戦闘を仕掛ける、という方針は、今回不採用になったんだけども。

 豚も煽てりゃ木に登る。

 けれど俺の場合は、気分が有頂天になると、宜しくない方面に昇ってしまうようで。

 ……そろそろ本気で泣き出しそうなリンに、ゾクリと、ヤバ気な感情(苛めっ子気質)が起き上がるのを捻じ伏せる。

 とりあえず事態の沈静化をしなければと。こりゃカード使わなきゃ止められないなと考えているところに、孔明の案で使う予定であったものを、実験がてら、使用する事にした。

 

「……ほんとに、彼で大丈夫なのかな……」

 

 背後。リンの消え入りそうな呟きに、見えない鏃が突き刺さる。

 いやこれ、僅かながら、君にも原因の一端があると思うんですが。人をからかおうとした罰です。なんて直で言えたらそれはそれで楽そうだけど。それはそれで子供相手にムキになる大人みたいで情けない。……間違いなく原因は俺にあるのだから。

 匙加減の難しさをしみじみと感じながら―――方向性を間違えただけですが―――、ピタリ……とまでは行かなかったが、しっかりと停滞してくれている……と思われるネズミ達を見る。

 しっかりと効果を発揮してくれたカードの力に満足しつつ、煽り過ぎた事への謝罪と、孔明先生の作戦を通達。

 全員に指示が行き届くまでには時間を要したが、何とか伝え終えたようで、こちらの『開始!』の合図と同時、寸足らずの戦士達は、興奮冷めやらぬ様子のままテキパキとした動きで、孔明と文若の共同作戦を実行し始めたのだった。

 

 ……能力使用時。

 例の如く、平天大聖の笑みが濃くなったのは、もはや詳細に語るまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂に突き立つ音は、後方に点々と、その痕跡を残し続けている。馬車やソリといったものは使用出来ず、必然、これら環境に強い四足動物、中央アジアにて多く分布する、通称フタコブラクダに重点が置かれ、その保有数は財へと直結し、場合によってはそれ一頭で、大人が一月は暮らせるだけの資金にもなるもの。

 気の遠くなる様な先の話。野生で暮らすものの内、その生存数が千を切り、数階あるカテゴリ―――希少、危急、などの言葉が続く内の絶滅一歩手前……絶滅危惧種に部類分けされる生物。

 それが、実に八千。時期を見計らい、全て売り払えば、小国程度ならば容易く手中に収められるだけの財産が、広大な砂丘をゆうゆうと突き進んでいた。

 それに従うは、人間。浅黒い、あるいは黒と言い切れる肌を持つその者達は、全身をしっかりと薄手の外套で包み込み、地面を焼く熱線から、その身を防護している。その手には、各々一本の棒―――身の丈の倍以上もある武器、槍を持ち、引き摺る形で砂のキャンパスに足跡と線を画きながら、黙々と歩き続けていた。

 総数、四万に届く、大軍隊。白黄の平面を邁進する人間の軍隊は、恐らく、どの同種よりも優れた戦闘能力を有している。

 

「―――■○×▲!!」

 

 その集団の先頭に立つ影は、歴戦の風貌。真紅の袈裟をタスキ状に身に付けて、同色の帽子を被り、腰に下げた曲剣は、適度な、それでいて華やかな装飾が施された一品。跨ったラクダも同様に着飾られており、細部に渡って手が込んだ匠が見て取れた。一般の兵とは明らかに異なるその者は、後方に連なる人々に、怒号に近い口調で指示を飛ばす。

 キビキビと。何かに攻め立てられるように、三分にも満たぬ間に、前後二列の二本線を引く形で整列―――陣形を形成。

 彼らの手には、一抱え程はある、白い布に包まれた棒が握られていた。

 その片側。棒の先端を、赤帽の者の指示通り、列の右側へと向けた。太陽が砂を焼く音すら聞こえそうな中、その熱砂が蠢く音を、徐々に人々は耳にする。

 固唾を呑み、額の汗すら拭わずに。異音―――砂を掻き分ける振動は、とうとう形となって、彼らの前に姿を現した。

 陽光を反射する甲殻は、茶。攻城兵器すら防ぐ堅牢さを、刺々しい表面に刻む鎧。

 なればその手は、剣か槍か。二対の刃物が合わさった構造の腕―――鋏は、小さな民家ならば、一度で真っ二つにし得る程に、巨大。

 必然、それを支える体も、その雄々しい蟹鋏に見合うだけの体躯であった。

 けれど、それは蟹ではない。

 一本の尾。そこの先端には、刺されば、死ぬ事は無くとも、激しい頭痛と全身の痺れは免れぬであろう猛毒を備えた針を持つ、巨大な砂蠍。

 嘗て。

 釈迦如来に弟子入りするも、素行が祟り、遂には窘めようとした釈迦の手を、猛毒の尾を以って一突きしてしまうという逸話を持つ荒くれ者。

 琵琶精とも称される、大妖怪に届かんとする力量を持つ者。の、同族。砂漠地帯で出会ったのであれば、まず助からないであろう熱砂の狩人は―――。

 

 

 

 ―――けたたましいまでに空気を震わす、燃え上がる煙硝の産声。続いて聞こえる、硬質物の破砕音。それは幾つも鳴り響き、たちどころに砂蠍の体を蜂の巣へと作り変える。鈍器を弾き、大剣にも一歩も引かず、千の矢の雨を容易く凌ぐ甲殻は、何かの音と共に、その役割を果たす事無く、粉微塵に砕かれていく。

 その者が、疑問に思う間すら無い。ご馳走が転がり込んで来たと思い、嬉々として襲い掛かった砂漠の山立は、哀れ。その美味そうな獲物が発した音によって、容易く食い千切られ、打ち捨てられてしまった。

 その音が三十に届く頃になり、穴だらけとなった妖怪の骸を見下ろして、指示を下した赤帽の人間は、勝ち鬨を上げる。

 連なって響く、歓声。これを仕留めるには千単位の人間が結束しなければ討伐不可能であったというのに、これである。

 歓声を上げながら骸へと近寄って、ある者は笑みを、ある者はしげしげと眺め、残りの全てが朽ち果てた死体を、まだ足りぬと、何度も何度も足の裏で踏みつけていた。これに襲われた者、数知れず。喰われた家族、身内も、計り知れない。

 積年の恨みを晴らした達成感に突き動かされて喜びを表現する者達は。

 

 

 

 一方から見れば、英雄達の勝ち鬨であり。

 一方から見れば、死体に群がる、蝿か蛆のようでもあった。

 

 

 

 一頻りの宴は終わり、赤帽の号令によって、彼らは再び行軍を開始する。

 彼らの表情は明るい。これならば。という気持ちが込み上がって来ているのだろう。

 強国と呼ばれる者達の悉くを打ち払い、追い遣った相手に戦を仕掛けようとしていたのだ。その懸念と、それが払拭されたこの反応は、当然のものだと言える。

 手にした白い棒―――持ち易い様にと巻かれた手拭いの中心は、筒。三人一組で運用する、彼らの間では火筒と呼ばれるそれは、燃える土によって一定上の重量の何かを撃ち出し、対象へと飛ばす、鉄砲の先駆け―――飛発の類。

 だが、それだけならば、あの砂蠍を討伐するには至らない。あれの強固な表皮は、後の時代。対物、あるいは対戦車ライフルと呼ばれる銃器が発揮する力に並ぶ域に到達しなければ、貫くに値せず。

 他の誰かが同様の物を用意し、同様の行動を取ったのであれば、甲高い音と共に撃ち出した物は弾かれ、無残な結果を残すだろう。

 ならば何故、あれは、その甲殻を撃ち貫かれたのか。

 

 ―――答えは、撃ち出したものにある。

 

 松の実程度の大きさの金属―――ただの鉄の弾には、僅かに細工が施されていた。何処かの国の言葉で書かれたそれは短く、しかし、その意味がしっかりと理解出来るもの。

 

『魔を滅せよ』

 

 とある神が直々に祝福儀礼を施した銃弾は、狼男や吸血鬼に用いる銀の武器よりも尚強い効果をもたらす、妖怪、あるいは悪魔といった邪な者達にとっての、必滅の刃。どうすれば、それを用意出来るのか。どうやれば、それが万にも及ぶ数を確保可能なのか。

 それを疑問に思う者は居らず、誰も答えを知ろうとしない。

 それを成した一人の商人は、何処とも知れない場所。誰も知り得ぬ地にて、一人。万人に向けていた温和な笑みを……まるで、悲劇も喜劇だと言わんばかりの有様で、一変たりとも違える事なく、いつまでも柔和に綻ばせていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。