東方ギャザリング   作:roisin

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13 大和の日々《後編》

 

 

 

 

 

 

「九十九、ちょっと北の村まで行って来てよ」

 

 話も一段落つき、酒のつまみにと、ホッケやらきゅうり味噌やら摘みながら齧っていたら、諏訪子さんが唐突に、そう切り出した。

 

「……良いですけど。確かそっちって海側に面したところですよね? めっちゃ遠いじゃないですか。ってかその台詞、前にも聞いt」

「いやぁ良かった。私も神奈子も何かと忙しいからね。そう言ってもらえて助かるよ」

 

 うわひでぇ。強引に押し込まれた。

 

「お前が治した者達が、感謝をしたいと宴を開くそうでな」

「神奈子と私が中央の行政を取りまとめるから、気にせず行って来ていいよ」

 

 ……まぁいいか。もう諏訪関係での血みどろフラグは点在していない筈なのだ。今は何も考えずに行動したって、問題はないだろう。

 

「はぁ。相変わらず唐突というか何というか……。でも、俺の為にって言ってくれるのなら、それに応えないわけにはいかないですね」

 

 とか何とか軽いツンデレを披露しながらも、内心は久々の遠出に胸が高鳴っていた。

 海かぁ。時期的に海水浴が出来ないのが残念だが、久しぶりに、あの独特の磯の香りを嗅ぎたくなる。

 

「そんな訳で、ね。九十九」

 

 諏訪子さんが俺を呼ぶ。

 ん? と首をかしげ、二人の顔を見る。

 うわ、目が輝いていますよお二方。

 

「お前が帰ってくるまでの間、私達は二人だけで晩酌をしなきゃいけない。民達と宴会するのもいいけど、それでも頻繁には出来ないからね。だから―――」

 

 OKよく分かった。

 

「明日中におつまみやお酒類を出しておきます」

 

 やったー、とハイタッチする二人。

 古代日本に現存する神々のハイタッチ。レアなもの見れたな。

 神奈子さんも、ゆっくりではあるが、表情が柔らかくなってきている。

 段々と神奈子さんの態度というか行動が軟化しているようで、後数ヶ月もすれば、原作基準のフランクな姉御口調になってくれそうだ。

 その時になったら修行にでも付き合ってもらおう。うん。

 

「私は辛口の酒がいい。海産のものと良くあうからな」

「こっちは和菓子を多めに残しておいてほしいな。いちご大福、だっけ? あれが特に美味しかった」

 

 酒に大福か。太るぞ。

 なんて前に言ってみたが、『神様は太らないもんね~』って言われた。悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物なし、衣類よし、勇丸よし。

 その他諸々異常なし。

 空は快晴。絶好の旅行日和。

 

「それじゃあ行きますかねっと」

 

 神奈子さんも諏訪子さんも、既にそれぞれの役職をこなしている。

 妖怪討伐ではないので村人の見送りもなく、この秘湯『諏訪』(勝手に命名)付近には人っ子一人居ない。元が諏訪子さん用の聖地だからってのもあるが。

 

「んじゃ勇丸。ちょっと供給絶つね」

 

 頷く忠犬を脳内カードに還しながら、目的地までの移動用のカードを考える。

 流石に地上を行くには馬であっても幾日も掛かりそうなので、空を飛ぶことにしたのだ。

 選ぶカードは三種類。どれも飛行という目的は達成出来るが、そのプロセスがいずれも異なっていた。

 

 

 

 一つ目のカード『羽ばたき飛行機械』

 コストがゼロという、【アーティファクト】クリーチャーの部類に当てはまるカード。攻撃能力0のタフネスが2である、0/2の【飛行】能力を有するもの。0マナクリーチャーカードの代表格。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『飛行』

 数ある【回避能力】の中でも、最も一般的なもの。そのままの意味だと考えてもらっていい。【飛行】を持たないクリーチャーは、飛行を持つクリーチャーの進行を防ぐ事は出来ない。一部例外がある。

 

『回避能力』

 クリーチャーが攻撃する際に、相手のクリーチャーによって防がれてしまう事に対して何らかの制約を設けて回避する能力のこと。MTGに限らず、トレーディングカードゲームでは相手にHP,またはライフが設定されており、それをゼロにすることが勝利条件の1つとなっている。よって、相手のクリーチャーを突破する能力があるクリーチャーは、それなりに重宝される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つ目のカード『飛行』

 コスト1の能力である飛行を後天的に永続効果としてクリーチャーへと付与する、青のエンチャント呪文。

 

 三つ目のカード『ジャンプ』

 同じくコスト1の飛行能力を一時的に付与する、青の【インスタント】呪文。【コンバット・トリック】目的で使用する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この三つの中で、一番目は飛行能力のあるクリーチャーに目的地まで運んでもらうもの。これはこれで楽しそうなのだが、自分の力で飛んでみたいなと思ったので、一瞬にして却下。

 二つ目は、自分に飛行能力を付与するもの。これが最も軽く、【エンチャント】による永続性も期待出来るので、恐らく、飛行能力万歳な東方世界では主力になるのではないかと思う。

 

 だが、だ。

 三つ目のカードである【ジャンプ】。これもジャンプと名がついてはいるが、効果は飛行能力を与えるもの。

 どちらも受ける恩恵は一緒だが、さて。

 

「とりあえず、一番不確定な奴を試して……あれ、諏訪子さん?」

 

 視界に入る、金髪の小柄な神様が一人。

 

「良かった。まだ行ってなかった」

 

 息を弾ませながら、俺へと近づいてきた。

 

「何かありましたか?」

「いいや、ただの見送り。今回は距離があるからね。しばらく会えなくなるし、こっちの時間が少し空いたから、丁度良いかなって来てみたよ」

「ははは、それは嬉しいですね。実を言うと、ちょっと寂しかったところです」

 

 今更隠し事やカッコつけをする仲でもないので、思ったままに心中を吐露する。

 いや、カッコつけたい場面では真似事くらいはやりますけどね?

 

 

 

 

 

 そのまま、他愛のない会話をした。

 思えば出会ってこの方、二人だけでの会話なんて数えるほどしかなかった。大体は勇丸か、それ以外では村の人々が側に居たし。

 生い茂る木々には未だに黄色の葉がついていて、落ちる木の葉は諏訪子さんの姿と相まって、まるで1枚の絵のようだ。

 

(―――いかん、二人だけってのを意識したせいで、変に意識してしまう)

 

 悲しいかな、こと女性に対する接し方は経験値ゼロ。

 何せ俺は生まれてこの方、この手の出来事からは完全に疎遠であったから、どうもうまく意識をまとめる事が出来ない。

 今までそういった目線で見たことは無かったけれど、容姿はあれだが、間違いなく全国で5本の指に入るであろう美人なのだ。幼と付くが。

 ―――そういや東方キャラってそんな奴らばっかりだな。美人枠の入る指の数を増やしておこう。うん。

 

「どうしたの? 九十九。目が泳いでるよ」

 

 わぁお態度にまで表れてましたか。

 やめてー、そんな綺麗な瞳でみつめないでー。俺のライフは……まだあるな。

 

 ではなく。

 

 これ立場逆じゃね? 普通、こういう目線を逸らす的な行為は女の子側がするもんじゃね?

 そうやって、内心でおちゃらけてみるものの事態は進展せず、むしろ見つめられる諏訪子さんの目線でゴリゴリとライフポイントが削られていく。

 ちょっともう耐えられそうにないと思い、強引に、もう旅立とうとすると。

 

「―――あれから、もう二年くらいかな」

 

 なんて、諏訪子さんが言い始めた。

 良かった。いや助かった。相手から話題を提供してくれるのなら、今はそれに飛びつくしかない。

 切羽詰まった思考とは別に、急にしっとりとした会話になったことに若干戸惑うけれど。

 秋風がやや肌寒く感じる。もうすぐ冬がやってくるであろうことが分かる。

 

 だから……。だから、こんな会話もしょうがないのかもしれない。

 

「……そう、ですね。長かったような短かったような。ちょっと色々あり過ぎて、正直もうお腹いっぱいですよ」

 

 諏訪大戦が脳裏に浮かぶ。

 大切なものが傷つき、時に失う場など御免こうむるというものだ。

 

「私だってごめんだよ。ただ、そこに人の本質が若干はあるからね。完全に無縁には、人である限りならないだろうさ」

 

 ……たはー。まさにその通り。頬をポリポリと掻きながら苦笑いする。

 千五百年以上先から来た俺の時代ですら、それは変わっていない。

 何だか『餓鬼は餓鬼のままさ』って感じで皮肉られた印象を受けるが、事実その通りだから苦笑するしかなかった。 

 

「―――人の生涯は短い。私達神からすれば、それこそ、瞬く間に、人も世も移り変わる。いつも私だけがそこに立っていて、皆、私を抜いて去っていく」

 

 諏訪子さんが、ぽつりと、そう呟いた。

 

「耐えられないってことはないんだけどね。時折、心に穴が開くんだ」

 

 分かり切った―――けれど避けられない思いを胸に、この神様は皆の為にと過ごしてきた。

 それでも人間と共に歩むことを止めず、みんなが幸せなら、とがんばり続ける彼女に、俺は何がしてやれただろう。

 妖怪退治? 技術提供?

 違う違う。それはどれも民に対しての尽力であって、彼女本人を手助けするものではない。

 愚痴は今まで色々と聞いてきた。

 ただ、今回の話は愚痴というより、自身の行いに対して、揺らいでいる心を静めようとしているかのようで。

 

 急に小さく見えるようになった姿に、胸を締め付けられる。

 表面上は、いつもの諏訪子さんだ。

 少し湿った会話ではあるものの、陰を司る者でありながら、ニコニコと笑顔を絶やさない土着神。

 しかし、俺には、今にも泣き崩れてしまうのではないかと思えてくる印象を受けた。

 

 足が前に出る。

 何も言わず、諏訪子さんの方へ。

 思い違いであったのなら良い。その時は、俺が馬鹿をやっただけの笑い話になる。

 

「……ぁ」

 

 ふわり、と。

 まるで羽のような、小さな神様を抱きしめた。

 この時を失ったら、恐らく俺は、一生諏訪子さんの心には踏み込めない気がしたから。

 寒さからか、それとも他の要因からか。彼女の体は、か細く震えている。

 身長差から俺の腹部へと諏訪子さんの顔が当たり、表情が分からなくなったが、否定の意思は感じ取れない。

 成すがままにされて、一方的な抱擁が続く。

 互いに何も語らず、動かず。

 彼女の熱が体で感じられるようになって、俺は切り出した。

 

「……どうにか、したいですか?」

「……え?」

 

 疑問の声が上がる。

 体を少し離し、諏訪子さんは顔を上へと向けた。

 

「心に穴が開くのは、どうしようもありません。その穴―――スキマを埋める事は、失ったスキマの欠片にしか出来ない。他のものでは、埋まったように見えるだけで、実際は空いたままだと思います」

 

 小さい頃、犬を飼っていた。

 一緒に遊んで、一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に過ごして来た家族。

 そんな犬も、俺が小学校に上がる頃には年老いて動く事も間々ならず、その年の暮れ。そいつは旅立っていった。

 悲しかった。

 何が悲しかったのかも分からないくらい悲しかった。

 心にぽっかりと空いた、穴。

 埋まらず、無視できず、漠然とそこにあるその穴は、俺の心の中に影を落としていく。

 

 けれど、それも時間と共に解決していった。

 何かが切欠になった訳じゃない。

 ただ、両親が夜寝る俺をずっと抱き続け、友人達がいつもと変わらず俺と遊ぼうと言い続けてくれた。

 それだけで俺の顔からは、段々と笑顔がこぼれるようになっていった。

 忘れた、という事ではない。

 少し大げさに言うのなら、世界が広がったのだ。

 見続けていた闇は視野が広がる度に段々と小さくなり、視界に入ってもただの点に見える程に気にならなくなって。あれほど冷たかった心は他の幸せで温かくなり、凍てついて動けなった体を動かすまでには回復させる。

 愚直に言ってしまうのなら、他の幸せで誤魔化したのだろう。

 けれど、決して悪いことではないはずだ。

 これが悪なのだとしたら、正義というものは、なんて胸糞悪くなるものなのだろうか。

 失ったものに嘆き続け、それでも取り戻せないスキマに心を締め付けられながら、時にそれに耐え切れなくなり、一生を終える人生など、少なくとも俺は御免である。

 だから。

 

「俺が、居ますから」

 

 返ってくる言葉はない。

 

「誰も彼もが居なくなっても、例え地上の生物全てが死に絶えたとしても。―――俺だけは、諏訪子さんの側に居ますから」

 

 俺の服の裾。そこに、彼女の手が控えめにそれを摘む。

 

「それに、最近じゃあ神奈子さんも居るじゃないですか。勇丸も居ますし、決して一人だけじゃありません。後、寿命がめちゃくちゃ長い生き物なんて結構居るんですよ?」

 

 蓬莱人とか、月の民とか、天人とか。

 言ってて段々と恥ずかしくなってきたので、誤魔化すように、他にもこの思いを共有してくれそうな者達の存在を思い浮かべる。

“ははは”と笑いを振りまいてみるも諏訪子さんからの反応はなく、ちょっとくさ過ぎる台詞を思い返しては『あれはねぇだろ』『そこは違うでしょ』の単語が脳内でフォークダンスを踊っていらっしゃる。死にたい。

 

「……じゃあ、さ」

 

 不意に、声が掛かる。

 別に涙声という訳でもなさそうで、少なくとも悲しい気持ちにはなっていないようだ。

 

「九十九、ちょっとこっち見て」

 

 顔を向けると、こちらを真っ直ぐ見つめる二つの眼。

 

「もっと腰落として」

 

 言われたとおりに姿勢を下げる。

 

 ……はっ! ま、まさかこれは!?

 

「そのまま動かないでね」

 

 

 来るのか? 来るのか!?

 思わず目を瞑り、唇を突き出す。

 もはや言わずもがな。この手の展開の後は―――

 

 

 

 こつん。そんな柔らかい音が、俺の額から聞こえる。

 ―――ん? こつん? ちゅっ、じゃなくて?

 

「……何してるんですか? 諏訪子さん」

「いいから少し動かないで」

 

 柔らかい口調であったけれど、思ったより真剣な物言いに、何も言えずに沈黙する。

 諏訪子さんが、額を俺の額に当てている。

 おかしい―――この行為は風邪を拗らせた時にするお約束イベントだったのではないか。

 いやいや、そもそも今の流れは、もっと別の行為をするための伏線であった筈だが……。

 今の俺は体調も頗(すこぶ)る良好。むしろ痛いくらいの心臓音に頭がどうにかなりそうなくらいだ。

 

 ―――目を閉じるタイミングを失ったせいで、俺の視界は諏訪子さんで埋まっている。

 光のような白い肌に、綺麗に整った眉毛。

 閉じられた目と唇が妙に艶っぽく見えて仕方ない。

 一瞬ロリコンではないかと思ってしまうが、それでも良いのではないかと思えてきた。

 小さな子が好きなのではない。たまたま好きになった子が小さかっただけのこと。

 

(うぅ、東方キャラって美人揃いだから、そういった目線で見たら惚れるの分かってたのになぁ)

 

 村の皆は十人十色な顔だったのだが、やはりメインなお方は出来が違うと申しますか……。これ以上は村人達に失礼なので自重。

 

(あー……美人だなぁ。可愛いなぁ。このまま言ってしまいたいなぁ、付き合ってくださいって)

 

 デートして下さいってコクってみるか? 俺、この任務が終わったら……。

 無理だ。

 フラグ云々の前に、心臓が先に過労で死ぬ。

 

「ん、もういいよ。ありがと」

 

 ふと、諏訪子さんが俺から離れる。

 何だかよく分からないが、用件は済んだらしい。

 ハグとかだったら『心の充填』とかの理由で分かるのだが、デコ同士くっ付けあっていただけってのはなぁ……。それはそれで気持ちよかったが。

 だって諏訪子さんめっちゃ良い匂いやもん!

 なにこれ? どうやったらそんな匂いになるの? 結構な割合でこの神様の側に居たが、香料とか何も付けてないよね確か。

 

「一体何だったんですか?」

「ん~。帰って来てからの秘密。今言ったんじゃ面白くないしね」

 

 少しばかりテンションが高い。

 話す言葉の節々には明るい笑みがこぼれており、こちらまで楽しくなりそうな雰囲気になる。

 何だろう。何かの加護でもしてくれたんだろうか。

 体にこれといった変化は見られないが、いざとなったら発動するタイプなんだろうか。

 しかし、なんにしても、今一歩のところで押しに行けない自分が恨めしい。

 人生初のそれらしい場面だったってのに。勘違いかもしれないが。

 

 ……でも、まぁ。諏訪子さんの気分が晴れたようで良かった。

 旅立つ時には、やっぱり笑顔で送り、送られてほしいと思うから。

 

「そう言われちゃ仕方ないですねぇ。ん、っと。それじゃあ行ってきますわ」

「はいはい。お土産は何でも良いからね」

 

 はいはい、お土産希望っと。

 

「持てるだけ持ってきますよ」

「俺が疲れない程度で?」

「そういうことです」

 

 ははは。よく分かっていらっしゃる。

 

 ―――よし。ではきりが良くなったところで、早速ぶっ飛ぶとしますかね。

 選んだカードは【ジャンプ】

 カードを使用した時点で飛ぶのか、俺の意思で飛ぶのかは不明だが、ジャンプなんて名なのだから、きっとぴょんぴょんホップする呪文なのではないかと予測して、唱えたと同時。

 

 

 

 ―――不意に。

 

 頬に暖かく、柔らかなものが触れた。

 

 

 

(……は?)

 

 一瞬見えた、金色の髪。

 とととっと俺から離れていく小さな女の子。

 その顔はとても楽しそうに、嬉しそうに。この世にある幸福全てを噛み締めているかのような。

 

「九十九がずっと居てくれるんでしょ? だったら少しくらいは発言に責任を取ってもらわないと」

 

 ね? と可愛らしく言い放つ神様に、俺の頭は真っ白になった。

 頬が温かい? 柔らかい?

 え? なに? あ、あぁ……これは……あぁ~……あれか。

 

 

 

 ―――俺、転生して良かった。

 

 

 

 父さん、母さん。親不孝な俺をお許し下さい。

 俺は今―――青春してます。

 

「―――責任! 取らせていただきます!!」

 

 懇親の思いを込めて。

 諏訪子さんに近づく為、一歩踏み出し、

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 飛んだ。

 視界に広がるのは、自然が支配する、日のいずる国。

 臓腑が無重力の制約を受けて、何とも形容詞し難い感覚を脳に伝えてくる。

 

(……あ~、【ジャンプ】の効果っスか)

 

 風圧によって、俺の顔が可笑しなことになりながら、その結論に辿り着く。

 どうやら、カードの効果の発動タイミングは自分で決められるタイプのものらしい。

 流れる視界は、もはやどこぞの名も知れない山の中腹まで差し掛かっている事を伝えてくる。このままでは、山を越えた辺りまで落下しそうだ。

 

(なんかもう……なんだかもうよぉ~……)

 

 今更、もう戻れない。

 仮に戻ったとしても、どんな面下げて会えばいいというのだ。

 知り合いだと思って手を振ったら全く違う人で、すかさず他の人に向かって手を振って、『あぁ、初めからあっちの人に挨拶してたんだよ』的な演出をするような………そんな心境だと思う。

 人生初の飛行体験で嬉しいだとか、ビルの何階相当にあたる場所を飛んでるんだ超怖いだとか、その他諸々の疑問を一切置き去りにして。

 

「やってられないんだぜぇえええ――――――………………!!」

 

 某ソードマスター風な口調のドップラー効果を響かせながら、見ず知らずの方角へと、かっ飛んでいった。

 もうこのまま消えたい……ぐすん。

 

 

 


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