モモンガは狂気に嗤う   作:シベリアン

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ユグドラシル最終日

誰もギルドメンバーが来ないという事実に絶望したモモンガは……


1話 終わりの始まり

VRMMOユグドラシルのサービス最終日。

そのプレイヤーの一人モモンガ。

在りし日々の栄光は既に無く。

誇るべき仲間は彼を置いて去っていった。

 

それ故に彼は。

 

 

壊れてしまった。

 

 

 

 

 

「誰も来なかったか」

 

広大な一室。

円卓の間と名付けられたその部屋の一席でモモンガは静かに呟く。

 

ユグドラシルの最後である今日。

その最後の時を、僅かひと時であろうとかつての仲間達と過ごしたい。

そう願った彼は皆に連絡を送った。

 

何も最後の瞬間まで居て欲しいとは言わない。

ただ、皆で作り上げたこのナザリックで、せめて別れの一言だけであっても告げたかったのだ。

 

しかしそれは叶わなかった。

 

かつてのギルドメンバー、自分を除いた40人全員に送ったメール。

それに対して返信は数える程でしかなかった。

 

その返信も全て断わりのものでしか無く、謝罪も込められた物となればほんの僅か。

 

つまり、このナザリックは。

皆と共に力を合わせ築き上げたこの居城は。

自分の全てといっても過言では無い、このギルド「アインズ・ウール・ゴウン」は。

 

彼らにとってはその程度のものでしか無かったのだ。

 

今まで必死に考えないようにしていた事実。

それを、必死にそうではないと抑え込んでいた。

 

───たまたま忙しいから

 

───時間さえ取れればきっと以前のように皆と遊べる日が来る

 

そう信じる事で今日までやってきたのだ。

 

しかしその夢も醒めた。

醒めさせられてしまった。

 

結局誰も来なかった。

 

そのたった一つの残酷な事実だけがここにある。

 

或いは、このユグドラシルというゲームに飽きたのかもしれない。

幾ら作り込まれた素晴らしいゲームと言えど、流石に12年も続けていれば飽きが来たといっても仕方ないだろう。

だから他のゲームに移っていった者もいるのかもしれない。

その程度は理解できる。

 

ならば何故。

 

「もしそうなら、何故、俺も連れて行ってくれなかったんだ」

 

仮にどんな物だろうと、あの素晴らしい仲間達となら、ユグドラシルと同じようにきっと自分は楽しめる自信がある。

誘われれば、若干の躊躇いとここを捨てる寂しさはあっただろうが、間違いなくついて行っただろう。

 

しかし、そうはならなかった。

彼らはモモンガを残し、皆去って行った。

 

そして、一番考えたくなかった、想像する事すら禁忌としてきた一つの想像に思い至ってしまう。

 

「もしかして、俺は嫌われていたのかもな」

 

モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務めていた。

自分にそれだけの力が到底あるとは思えなかったが、仲間達の為に懸命にこなしたつもりだ。

 

しかしギルド長と言えば響きは良いが、その実態は皆のスケジュール管理や調整等の雑務。

要するに押し付けられたのかもしれない。

こんな面倒事はあいつに押し付ければいいと。

 

一度考え始めてしまうと負の想像が再現無く広がっていく。

 

そうか、だからあの時彼はあんな態度だったのか。

そうか、だからあの時彼女はあんな事を言ったのか。

 

最早被害妄想に等しいそれは、過去の思い出と結びつき、汚していく。

事実がどうであるかは関係無く、それらは自分が嫌われていた事の証左だったのだと塗り替えられていく。

 

自分は道化ですらない。

彼を笑う者すらここにはいない。

 

それに気づいてしまったから。

 

もうモモンガは自分で自分を笑うしかなかった。

 

「はは……」

 

自分の醜態を。

 

「ははははは……」

 

そんな事に今まで気づけなかった事を。

 

「ははははははははは……」

 

そして

 

「はははははははははははは!」

 

友と信じていたのは自分だけであり、既にとっくの昔に自分は捨てられていたのだという事を。

 

「ハハハハッハッアハッハッハッハッハッハ!」

 

涙は出ない。

 

ただ黒く凝り固まった心の中を乾いた風が吹きすさぶ。

 

 

 

 

 

モモンガは歩いていた。

 

ここは第6階層の闘技場である。

古代のコロッセウムを模して作られたそこには階層守護者であるアウラとマーレが配置されている。

 

「付き従え」

 

アウラ達NPCを操作するコマンドを口に出す。

すると彼女たちは一礼と共にモモンガの後を着いていく。

 

見ればアウラ達だけではない。

第1から第3階層守護者シャルティア。

第5階層守護者コキュートス。

他にもギルドメンバーによって作成されたNPCや金貨消費で作成された傭兵MOB達。

つまりナザリックに存在し命令を下す事が出来る全ての者が付き従っていた。

 

そのまま7階層のデミウルゴス、8階層のヴィクティムらを加え、モモンガは更に歩を進める。

途中宝物殿に寄りパンドラズ・アクターを連れ、道中のセバスやプレアデス、一般メイド達すら従えて、到達したのは玉座の間だ。

 

神話もかく在らんという白亜の宮殿の如きそれまでの光景を上回る、絶対然とした空間が広がる。

圧倒的な広さと見上げんばかりの天井。

神々しさから息すら忘れてしまう程の荘厳な部屋であった。

 

此処こそがギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が誇るナザリックの最深部。

王の力を来訪者に刻まんと作り上げられた玉座の間。

その威を示さんと天井のシャンデリアは七色の光で室内を彩り、壁には41枚の旗が垂れ下がっている。

 

そして中央の奥、主を待つ玉座と、そこに侍る純白の美女アルベド。

訪れた主を迎え入れるかのようだ。

 

そんな中、モモンガは威厳すら感じさせるゆっくりとし歩みで玉座へ腰かける。

頭を軽く玉座に預け、ため息をついた後、静かに、集まった者達へ視線を向ける。

 

無数のNPC達。

その全てがモモンガにとって輝かしい栄光であると同時に、憎悪を滾らせる篝火となる。

 

今でも全て思い出せる。

NPCを作るにあたっての話し合い、配置する傭兵MOBは階層の特色を出すべく厳選した。

 

そう、彼ら全てがギルドメンバーとの思い出に他ならないのだ。

限りなく愛しく、そして同じほどに憎しみが燃え上がる。

 

狂おしい……。

 

様々な思いがモモンガの身の内を駆け巡る。

 

そして最後に生まれた感情。

それは自分と同じく捨てられた者達に対する憐憫と同情だった。

負け犬の傷の舐めあいと言ってもいいだろう。

 

故にモモンガは一人ごちる。

 

「俺も……お前たちも……皆、捨てられたのさ」

 

そして言葉という形にする事で、思いがまた爆発していく。

 

「あれ程!あれ程皆で力を合わせてこのナザリックを作り上げたのに!彼らはここを捨てた!」

 

「あの時の喜びも!あの時の言葉も!作り上げた絆も全て容易く捨てられてしまう程度の物だったんだ!」

 

「ははははは!笑えるだろう?そんな物を信じて今日まで俺はここに、ナザリックに残ってきた!」

 

「誰か一人でも帰って来てくれると信じてな……だが、彼らはもう二度と、永遠にここに戻ってくる事は無い!」

 

一通り叫び多少は気が紛れたのか、完全に頭を玉座に預け、天井を見上げる。

暫くそうした後、モモンガはコンソールを開いた。

 

───マス・コンフィグ

 

ギルド長のみが使える広範囲設定変更である。

本来は一定範囲内のNPCの挙動の変更などに使うものだ。

例えば、防衛戦略の変更に伴い、攻撃を優先していたNPCに防御重視のルーチンを与える事でギルメン到着までの時間稼ぎに使う、等。

 

ユグドラシルは長きに渡って続いていただけあり、途中の仕様変更で既存戦術が通用しなくなるのは日常茶飯事だった。

その際、一人一人のNPCの設定を改変するのでは非常に時間がかかる。

その為、範囲内にいるNPC全員の設定を変更できるこのマス・コンフィグはとても便利だった。

 

だが、今モモンガがしようとしているのはそういう事では無い。

 

もっと呆れるような、何の益体も無く、意味の無い、そして切実な悲鳴を伴うような事の為にコンソールを操作していた。

 

手慣れた操作でコンソールに文字を入力していく。

 

『モモンガを裏切らず、何よりもモモンガを愛し、モモンガの為に在れ』

 

モモンガは心底疲れ果てていた。

そして弱っていた。

 

ギルドメンバーにさえ捨てられた自分だ。

もしかするとNPC達ですら自分にあきれ果て、自分を捨てるのではないか。

 

無論彼らNPC達はただのデータであり、そこに意思等ない。

決められたAIルーチンに従って動いているに過ぎない。

 

しかし強迫観念じみた妄想に憑りつかれたモモンガはそれすら、こうして形にしなければ安心できなかったのだ。

 

そうして、その悲哀に満ちた一文を入力し終え、その場に集っていた全てのNPC達の設定の最後に『ソレ』は設定された。

 

そこまでして、ようやく僅かばかりモモンガは安心する。

これでNPCは自分を裏切らない、ただ自分の為だけに存在するのだ。

 

勿論、これで何が変わる訳でもない。

ただ、残り僅かとなったユグドラシルの最後に、少しだけ我が儘をしたかったのだ。

 

「ひれ伏せ」

 

その一言で全てのNPC達が平服する。

先ほどの設定のせいか、心なしかひれ伏す姿に自分への敬意があるかのように感じられた。

 

これで、いい。

自分は捨てられた存在だが、自分達が作り上げたNPC達だけは自分を捨てずに付き従うのだ。

サービス終了の時間が来てログアウトした時にどれ程の自己嫌悪に陥るかは分からないが、今だけは安心できる。

 

残り時間はあと少し。

せめて、それまで自分が作り上げ、そして維持してきたナザリックを、そしてNPC達をその目に焼き付けよう。

 

 

 

そうしてユグドラシルはそのサービス終了時刻を迎えた。




次回から現地の人たちがちょっとヘヴィーな事になります。

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