BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.87

 

 

 

 

「それにしても、割に合わない仕事でしたねぇ」

 

 

白で統一された巨大で長い廊下、照明は点々とし、僅かに暗いその廊下の真ん中をダラダラと歩きながら、サラマは一人そう零した。

彼が割に合わない、と口にした仕事は言うまでもなく先の現世侵攻の件、本来彼に与えられるはずもなかった任務を偶々その場に居たが為に押し付けられ、出向いた先では戦いたいなどと露ほども願ったわけでもないのに、何故かどこかの誰かのような戦闘狂の相手をさせられる始末、彼の口から割に合わないという台詞が零れるのも致し方ない、といったところかもしれない。

 

藍染により彼やウルキオラをはじめとした十刃の前で、人間“井上織姫”の能力が明かされて一日が過ぎた。

その間、サラマには現世侵攻の際に負った傷の治療と回復が行われ、それが完了したため現在、彼は本来居るべき虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外縁部、通称三ケタの巣(トレス・シフラス)への帰路についている。

傷の治療、といっても四肢の欠損や重要臓器の損失といった重大な傷があるわけでもなく、治療自体が一日で済んだ事からもそう大事ではない事が伺えるがしかし、それでも一日の間治療に専念する必要があるほどの傷を負ったことに関しては、何とも格好がつかないものだろう。

治療を終えて後、三ケタの巣に戻った後で「あの人に絶対に何か言われるな」と内心で思いながら、それでも戻らざるを得ないサラマの足取りは重い。

 

そしてその道中、あの場で件の少女に回復してもらえば誤魔化せたのでは?と気付いたが為に、彼の足取りが更に重くなったのはまた別の話である。

 

 

そんな風に思いながらも進めば必ず目的地には着く。

広い廊下を進み続け僅かに暗いその先からは光が差し込み、開けた空間の気配があった。

 

 

「どうも~自分が行きたくないからって偶々そこに居合わせた良い子分に無理矢理任務を押し付ける親分に対してなぁ~んにも文句を言わず嫌々ながら律儀に押し付けられた任務をこなしに現世くんだりまで行かされてその上戦いたくも無いのにどっかの誰かみたいに戦いに死ぬとか訳の判らない考えした人の相手までさせられた子分が戻ってきましたよぉ~って…… 居ねぇし…… 」

 

 

開けた空間に足を踏み入れるなり、ベェと舌を出したままそこに居るであろう主に対して息継ぎもなくあからさまな嫌味を吐くサラマ。

彼からしてみれば今回のいつも通り諸々割に合わない任務の事を考えれば、これくらいの嫌味の一つや二つ許されて然るべきといったところなのだが、本来ならそこで吐き出された嫌味を受け止めるはずのサラマの主、フェルナンド・アルディエンデの姿はそこには無く結果としてサラマの嫌味は空しく消える。

 

 

「……まぁ、元々霊圧は感じなかったし、あの人が居やしないのは別段、珍しい事でもないんですが…… ねぇ 」

 

 

サラマとて馬鹿では無い、道中向かう先にフェルナンドの霊圧がないことなど、探査神経(ペスキス)によって判ってはいたのだ。

故に先程のサラマの嫌味は様式美といったところ、居ないと判っていても言っておきたい事はある、口にした事で彼の中で一応の一区切りとするための通過儀礼に過ぎないのだ。

そもそもフェルナンドはふらりと居なくなることが多い人物だった。

当然フェルナンドがサラマに行き先を告げた事などただの一度たりとも無く、かといってそれに悪びれた様子もそれを咎める様子も見せない二人の距離感は、ある意味絶妙なのかもしれない。

 

ただ今回は少しばかりいつもと雰囲気が違っていた。

 

 

(俺の探査神経にニイサンの霊圧がかからない……か。まぁ虚夜宮も馬鹿みたいに広いですからねぇ…… 俺の探査神経の範囲外に居る、ってぇ可能性も無きにしも非ずですが…… なんでしょう? なんでだかキナ臭い感じがしますねぇ…… )

 

 

そう、三ケタの巣に戻る間からこの場所に至る間サラマはフェルナンドの霊圧を一切感知出来なかったのだ。

サラマの言う通り虚夜宮はその広大な広さから普通の破面の探査神経で全域を感知する事など出来ない、そんな事が出来るのはおそらく現十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)のアベル・ライネス位なもので、当然彼女ほどの探査神経を有していないサラマにそれは出来ない。

故にフェルナンドがサラマの探査神経にかからなかった虚夜宮のどこかに居るか、或いは虚夜宮の外である虚圏(ウェコムンド)の砂漠に降りていると考えるのが自然なのだが、どうにもサラマにはそれだけではないと思えてならなかった。

 

根拠も確証も無い、ただどうにも胡散臭い。

それはきっとサラマだからこそ感じる感覚、おそらくハリベルについで長くフェルナンドの傍にいるからこそ、そして他の破面は歩んだ道も毛色も違う彼だからこそ感じる根拠なき確信。

 

“何かある”

 

そう感じる彼の感覚はやはり間違ってはいなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たね、フェルンンド…… 」

 

 

何処までも白い砂だけが続く砂漠、うねる様に続く砂丘と、枯れ果てた様な石英で出来た木が点々とするだけのその場所に、男は立っていた。

藍染 惣右介、何処までも圧倒的な力に裏打ちされた余裕を見せるその立ち姿は、まさしく王者のそれであり、そして砂丘の上に立ち月光に照らされた彼が振り返ると、そこにもまた一人の男が立っていた。

金色の髪に鋭く紅い瞳、放つ気配は独特で掴み所の無い雲のように見えながらも、その奥に決して餓えることのない激しい衝動が渦巻いているような、まるでその危うさに引き寄せられるような雰囲気を纏う男、フェルナンド・アルディエンデ。

フェルナンドの鋭い眼光を正面から受けて尚藍染はその薄い笑みを崩さず、そんな藍染の態度にフェルナンドも皮肉気に口元を歪ませる。

 

 

「キミが此処に来た、という事は少なからず私の言葉はキミの興味を惹いた…… と思っていいのかな? 」

 

「だろうな。 あんな台詞(・・・・・)を吐かれて、俺が大人しくしていられる筈がないなんてのは、テメェもよく判ってるだろうさ」

 

 

満足げな笑みでフェルナンドを見据える藍染。

言うまでも無く此処にフェルナンドを呼び出したのは藍染自身、此処といっても然したる目印も無いその場所は、虚夜宮から遠くはなれた虚圏の砂漠、破面の移動術である響転(ソニード)をもってしてもゆうに一日はかかるその場所は、虚圏の砂漠でも一等何も無い様な場所だった。

藍染は自分の思惑通り、フェルナンドがこの場に現われた事を喜んでいるような口調で彼に話しかける。

ただ、その言葉はあくまでフェルナンドが自分の呼び出しに応じたのではなく、彼自身が選択した(・・・・・・・・)という雰囲気を残すもの。

全てはフェルナンドの意思に委ねられていたのだ、と強調するような物言いは実に藍染らしい。

 

そんな藍染の思惑の篭った言葉にフェルナンドはニィと口元の笑みを深めると、そんなお前の思惑など判っていると言いたげに言葉を返した。

藍染もフェルナンドもどちらもが判っているのだ、これは単なる形式上のことだという事は。

己が思惑がフェルナンドに看破される事が判っていてあえて藍染はそれを口にし、フェルナンドもまた藍染の思惑が判っているにも拘らずそれを無視せずあえてその思惑に足を踏み入れる。

見え透いた罠、しかしそれが罠だとわかっていても進むのがフェルナンド・アルディエンデという破面であり、罠を張ろうとも相手はそれを意に介さず踏みしめ進んでくると判っていながら、それでも罠を仕掛けそれに嵌める藍染、両者の性はある意味で噛み合いしかし、決して交わる事は無いのだろう。

 

フェルナンドが此処に来た理由、それは藍染からの突然の連絡だった。

突如として彼の頭に響いた藍染の声、天廷空羅(てんていくうら)と呼ばれる死神の術、霊圧を補足した相手との通信を可能とするその術によってフェルナンドに接触を謀った藍染は、フェルナンドの反応を無視して伝えることだけを伝え通信を断った。

曰く、指定した場所に一人で来て欲しい、どうしてもキミに戦ってもらいたい相手が居る、ただこの依頼は断ってもらっても構わないしそれに対して私がキミを咎める事は無い…… と。

あまりにも唐突なその言葉、本来フェルナンドの性格を考えればこうした呼び出しなどはお構い無しで無視してしまう、というのが常なのだが、藍染が放ったただ一言によってそれは無視できないものへと変化したのだ。

 

 

 

君が来ずともそれを咎める事は無い。 何故なら彼と戦えば…… キミは確実に敗北する(・・・・・・・)だろう。

 

 

 

通信の途絶え際に藍染が放ったその言葉、“確実な敗北”というそれがフェルナンドの琴線に触れた。

戦う前から勝敗は決しているという藍染の言葉、それはフェルナンドのみならず戦いに生きる者ならば、そう易々と受け入れられるものでは無いだろう。

特に戦いというものに己の生きているという実感を求め、戦いに己の存在意義を問うかのようにその身を投じるフェルナンドからすれば、“確実な敗北”という言葉はそう受け入れられるものではない。

彼とて敗れた事はある、ただの一度も敗北を知らずに今に至った訳では無い。

ただその敗北たちは全て己の全霊を賭けた末の敗北、戦う前から敗北すると決まっていると、そう思った戦いなど彼の中で一度たりとて無いのだ。

 

故にフェルナンドはこの場に来た。

負けると言われたならばそれを悉く覆し勝つのがフェルナンドの歩んできた道、己の歩む道を貫き通すのがフェルナンド・アルディエンデであるという証明の為に

藍染の言う確実な敗北を自らの拳で打ち砕く為に。

そしてその確実な敗北を打ち砕いた先に、或いは生の実感を求めるが故に。

 

 

「キミはどこまでも私の期待を裏切らない。その愚直なまでの戦いへの餓えは実にキミらしく、そして評価に値するよ…… 」

 

「ハッ! 思ってもいねぇ世辞は止めろ 」

 

「いいや、本心さ。 キミという存在は私にとって非常に価値ある存在だったよ…… 本当に……ね 」

 

 

常通りの笑みのまま語る藍染、貼り付けた薄笑いは一見柔和な笑みであるというのに見るものを怯え竦ませる、何故ならそうして笑みを浮かべる藍染の瞳は何処までも暗いのだ、負の生物である虚や破面達をして尚、その暗さに根源で恐れを覚えてしまうほどに。

言うなれば黒い渦であり闇の深淵、破面や死神とはそもそも存在の次元が違うからこそ覚える根源的恐怖がそこにはあり、しかしそれに真っ向から向き合うフェルナンド。

それは決して彼が藍染と同じ次元に立っているから、という訳では無い。

彼は狂っているのだ、敵を前にし、藍染のような存在を前にし、それでも彼は恐怖よりも歓喜を覚えてしまうから。

戦いとその先にある生の実感、恐怖とそれらを比べたとき彼にとって恐れとはあまりにも小さいもの、無くした訳でも忘れた訳でもないが彼にとって、戦いを前にした時他の全ては霞むしかない。

 

そして震えるのだ、戦いへの歓喜に彼の中の修羅が。

 

 

「では本題に入ろうか。 キミを此処へ呼んだ理由、私にとってある意味今もっとも価値ある存在であり、キミに確実な敗北を与える存在を紹介しよう…… 」

 

 

言葉による戦いは必要なかった。

藍染もフェルナンドも今はそれを求めておらず、求められているのは“確実な敗北”という言葉の真意のみ。

本題へと移った藍染は芝居がかった口調でそれを呼んだ。

視線を背後へ、そして軽く片手を何かを招くように広げた藍染の立つ砂丘を登り、ゆっくりとその姿を晒したのは小柄な少年だった。

肩口でそろえ所々跳ねた金色の髪、身体の線は細く撫で肩で服の上からでも判るほど肉は少なく、眼の下には深い隈があり紫色の瞳はどこか焦点が合わず理性の光も見えない。

背には西洋風の大剣のような斬魄刀を背負ったその破面は、口を開けばまるで赤子のように言葉にならぬ声を漏らし、キョロキョロと辺りを見回す仕草を見せる。

その破面は身体の小ささも相まってまさしく“子供”、と形容するのが的確だった。

まるで無垢な子供、それこそが藍染がフェルナンドに“確実な敗北”を齎すとした者の姿だったのだ。

 

 

「彼の名はワンダーワイス。 ワンダーワイス・マルジェラ、最も新しい破面であり、サラマと同じく私自ら調整を施した改造破面さ」

 

 

ワンダーワイス・マルジェラ、藍染の言う最も新しい破面でありフェルナンドに現在最も近しい破面であるサラマ・R・アルゴスと同じ改造破面。

現世へと侵攻を繰り返し近いうちに死神と破面両陣営が衝突するであろうこの時期に生み出した破面、おそらくは“完成形”と呼べるであろうその破面の姿はとても“戦う者”のそれには見えず、しかし藍染惣右介に失敗というものが存在しない以上、ワンダーワイスは彼の言う通り価値ある存在(・・・・・・)なのだろう。

 

 

「そのガキが俺に“確実な敗北”とやらを……ねぇ…… 」

 

「以外だね。 キミ程の者が相手を外見で量るのかい?」

 

「いいや…… アレと同じってぇ事はそれなり(・・・・)だってのは保証済みだろうさ…… だがな藍染、俺は今少々昂ぶってる(・・・・・・・)…… そのガキ、五体満足で連れ帰れるとは思わねぇ事だ…… 」

 

 

フェルナンドの言葉が終わるのと、彼の霊圧が吹き上がるのは同時だった。

加減も様子見も無い全開と言ってもいい霊圧の暴風、それはフェルナンドが意識してそうしているのではなく、彼の内にあるどうしようもない昂ぶりによるもの。

ティア・ハリベルという彼の中で最も特別な存在との誓い、再び相見えようという再戦の誓いは、フェルナンドの中に抑えきれぬ滾りと昂ぶりを燃え上がらせていた。

故にフェルナンドは言うのだ、見た目など始めから考慮に入ってはいないと、必要なのは強さ、今自分の内に滾る昂ぶりを受けられるだけの強さがその破面にあるか無いか、というそれだけだと。

 

 

「無論それで構わない。 だが私は断言しよう、それでも彼が…… ワンダーワイスがキミに勝利する……と 」

 

 

「おあぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!

 

 

フェルナンドの言葉を受けて尚、藍染はその余裕を崩さない。

そうして口元の笑みを深くした彼にはまるで、既に結末が見えているかの様。

全てをはじめから知っているかのように振舞う藍染の余裕は、傲慢や怠慢ではなく、寧ろそれが必然である(・・・・・)という藍染自身の確信から生まれるものなのだろう。

そして、その確信が今まで一度たりとて覆ったことが無い以上、藍染の確信とはこの世の理にすら近い。

その確信を持って藍染は宣言するのだ、それでもワンダーワイスが勝つ、と。

 

だが藍染のその言葉は、耳を劈くような叫びによって掻き消された。

言葉では無いその叫びは喉を震わせて音を発したと言った方が近く、そして叫びを上げたのは藍染の隣で天を仰ぐように身体を反らせ、眼を見開いたワンダーワイスだった。

フェルナンドが噴き上げた霊圧、それに反応したかのように叫ぶ彼。

それがどのような感情から来るのか、意思の読めない声からは判別する事は出来い。

ただそうして叫ぶワンダーワイスの姿は、まるで新しい玩具を見つけてはしゃぐ子供のようにも見えた。

 

 

そして次の瞬間、藍染の隣にいたワンダーワイスの姿が消えたかと思うと、彼は既にフェルナンドの目の前に移動し、振りかぶったその腕をフェルナンドへと突き出していた。

 

 

予備動作、静から動へ移る気配、霊圧の変化や殺気の起り、そういったものが全て抜け落ちた様にまるで瞬間移動でもしたかのようなワンダーワイスの動き。

知識や経験というものからくる戦いの定石、そうと思わずとも無意識に行われる癖や習慣といったものが、まるで見られないその攻撃。

無垢な子供が自分で作った砂の城を、何の前触れも無く自ら破壊するような唐突さがその一撃には現われ、故に虚を突く一撃となったそれがフェルナンドへと迫り。

 

 

「甘ぇよ、ガキ…… 」

 

 

しかしそれはフェルナンドにはとどかなかった。

或いは“普段の”彼にならば、そのワンダーワイスの一撃はとどき、傷の一つも負わせられたのかもしれない。

だが今の彼は“普段の”と呼ぶには些か無理がありすぎた。

ハリベルとの誓い、それによって燃え滾る内なる昂ぶりと猛り、感覚は研ぎ澄まされ常に最高の状態を維持し、僅かな変化にも敏感に反応する。

そんな常時極限の戦闘状態と同じであるフェルナンドには、ワンダーワイスの攻撃は如何に虚を突いていたとしても些か素直すぎた(・・・・・)、と言うより他無いだろう。

打ち出されたワンダーワイスの突きはフェルナンドにとどく前に彼の蹴りで上方に跳ね上げられ、突きを蹴り上げた脚はそのまま軌道を変えてワンダーワイスの脇腹を真横から蹴り抜いた。

いとも簡単に吹き飛ぶワンダーワイスの身体、錐揉み状態で砂漠を跳ね、着弾点は衝撃で爆ぜた砂が柱のように跳び散る。

 

あまりにも圧倒的な光景、敵は無垢であるが故に残酷で怖ろしい一撃を放ちフェルナンドを仕留めようとしたが、フェルナンドはそれを容易く防ぎそのまま敵を沈めてしまった。

やはりではあるが、この男に見た目が子供だから等といった加減は存在しなかった、敵として自分の前に立ったのならば、自らの意思で攻撃を仕掛けてくるのならばそれに応じる、その外見が子供でも老人でも関係ない、それは外見の別を量る前に須らく“敵”であり“戦闘者”なのだからと。

 

蹴りを打った脚を戻し、ワンダーワイスを弾いた方向に向き直るフェルナンド。

普通に考えればワンダーワイスの身体つきや骨格では、とてもではないが今の一撃に耐えられるものではない。

故にあの一撃で決着は着いた、と考えるのが妥当なのだが、フェルナンドの霊圧は欠片も収まる事は無い。

それが示すのは一つ、それは戦いがまだ終わっていない、という驚愕とも思える事実だった。

 

 

(手応えはあった…… が、成程藍染が寄越すだけの事はある…… かよ )

 

 

加減は無かった一撃、それを生き延びたであろうワンダーワイス、その見た目にそぐわぬ頑強さと読めない動きをしてフェルナンドは、藍染が自分に当てて寄越すだけの事はある、と内心で呟く。

フェルナンドという男を考えればこの評価はある意味で高いと言っていいのかもしれない、ただそれでも自分が勝つという部分は揺らいではいないのだろう。

いつも通りの口元はニィと歯を剥いた笑みをつくり眼は鋭さを増していく、内なる昂ぶりとあいまってフェルナンドの気は満ち満ちていた。

その顔に浮かぶのは“餓え”、早く立て、早く掛かって来いと、来ないのならばこちらから行くぞと語るようなその顔は、彼の性を如実に語るようだった。

 

 

「 あ~うぁ?」

 

 

砂煙が晴れていき、そこにはやはりワンダーワイスが立っていた。

死覇装に汚れはあるが、反応を見た限りダメージは見受けられず、言葉にならない声を零しながら脇のあたりを触るワンダーワイス。

 

 

「おぉ~う」

 

 

感嘆にも聞こえる声を零した彼は、顔を上げると眼を爛々と輝かせ、再び一直線にフェルナンドに向かって正面から飛び掛かる。

その細腕からは想像も出来ない威力が乗った連打、フェイントなど一切無しでフェルナンドへと押し寄せ、しかし先程同様あまりにも素直すぎる攻撃の軌道を辿るそれは、当然フェルナンドに通用するはずも無くその全てはフェルナンドの拳脚に阻まれるのみ。

 

だがここで違和感を覚えるのはあまりにも素直な攻撃の軌道とは裏腹に、その軌道の先は確実にフェルナンドの急所を捉えている(・・・・・・・・)という事だ。

 

それは眼であり心臓であり霊的重要臓器、相手を惑わす攻撃は無くしかし、攻撃の全ては相手に確実な致命傷を与える軌道を取る。

不釣合いな行動、狙いは的確でありながらそれを活かす術を知らないかのようなワンダーワイスの行動は、彼を相手取る者からすれば違和感以外のなにものでもないだろう。

腕をまるで槍としたような突きの乱撃、子供のような素直さでフェルナンドを殺さんとするワンダーワイス。

 

だがしかし、その違和感と無垢な殺意、はこの二人の如何ともしがたい部分を覆すだけの力は持たない。

 

幾らワンダーワイスの攻撃が怖ろしく的確に急所を狙おうとも意味は無い、そこに至るまでの道筋が素直でありすぎる現状フェルナンドがそれを許すはずも無いのだ。

こと近接格闘に措いてフェルナンドにワンダーワイスは遠く及ばない、まるで死を嗅ぎつけるように相手の急所を狙い続けようと、そこに至る道筋を立てられない彼に勝機は無い。

彼等の間にある戦うという事への経験と研鑽(・・・・・)は、その程度では覆りはしないのだ。

 

 

結果としてワンダーワイスの攻撃はその全てを防がれ、防御を度外視した特攻はフェルナンドの拳によって打ち崩される。

ワンダーワイスを打ちぬくフェルナンドの拳、またしてもその衝撃で吹き飛ばされるワンダーワイスだが、まだ終わりではない。

恐るべきはその頑強さか、ワンダーワイスはまた何事も無かったように(・・・・・・・・・・)立ち上がるのだ。

フェルナンドの打撃を真正面から無防備とも取れる状態で受けて尚立ち上がる、鼻から血を垂らし打ち据えられた部分が腫れ上がろうとも一切怯む様子を見せないワンダーワイス、その常軌を逸しているとさえ思える頑強さは、薄気味悪さすら感じさせるものだろう。

 

 

「気になるかい? フェルナンド。ワンダーワイスの異常とも思える強靭さが 」

 

 

一連の攻防を静観していた藍染が意味深な言葉を発する。

ワンダーワイスという破面が見せる違和感と頑強さ、この場に措いてその理由を知る唯一の人物である藍染、薄ら寒い笑みを浮かべる彼は、フェルナンドの内にあるであろう違和感の正体を事も無げに明かした。

 

 

「彼の鋼皮(イエロ)は頑強ではあるが全破面最硬たるノイトラには遠く及ばない。十刃(エスパーダ)と比してもキミが屠ったゾマリ程度が関の山だろう。しかし、彼には一つ存在しないものがある…… それが何か、キミに判るかい? 」

 

 

藍染が朗々と語る間も、ワンダーワイスはそれとは関係無しにフェルナンドへと襲い掛かり続ける。

言葉にならない声をあげ特攻を仕掛け続け、フェルナンドはそんなワンダーワイスの攻撃を今度は拳で打ち返す事無く、無言で避わし続けるが、藍染の問いにも答える様子も無い。

しかし藍染もそんな二人の状況に構う様子はなく言葉を続けた。

 

 

「ある者はそれに怯え、またある者はそれを恐る。刻み込まれたそれは身体を竦ませ判断を鈍らせ、恐れ遠ざけようとするあまり戦いの最中に逃げの思考(・・・・・)を挟ませる。生命の危機、危険への警鐘たるそれの名は“痛み”。ワンダーワイスにはそれが…… 痛みが存在しない(・・・・・・・・)。故に怯まず故に臆さず、命尽きるその瞬間までそうとは知らず戦い続けるのだよ」

 

 

痛み。

誰もがそれを嫌い、嫌うからこそ我々は危機から逃れる術を身につけた。

戦いの内にあってもそれは同じ事、受ける、避ける、捌き外すといった行動は全て、それをしなかったが為に受ける痛みを減らすための行動。

戦いに生きる者のみならず命ある者にとって必然ともいえる防御という考えは、痛みという生命の警鐘を感じることで、自らの命を護る当然の行為だろう。

 

だがワンダーワイスには痛みが存在しない。

 

どれだけ殴られようと、どれだけ蹴られようと斬られようと、彼はそこに痛みという感覚を見出さない。

傷口から血が噴き出そうとも彼は止まらず、全身の筋肉がこれ以上動けないと悲鳴を上げようと止まらない。

 

何故なら彼にその身体が上げる悲鳴が聞こえないのだ。

 

早鐘を打つ心臓がついに耐え切れずその胸の中で破裂したとしても彼にはそれが判らない、彼がその事実を知るときは訪れないのだ、訪れる事無く死んでいくのだ。

それが今までワンダーワイスが度重なるフェルナンドの攻撃を受け、平然と立ち上がった理由。

痛みの一切を感じないという本来ならばありえない状況がしかし彼には起り、それをもってワンダーワイスは今またフェルナンドの前に立っている。

強烈極まる攻撃を受けて尚無痛、それ故にワンダーワイスは怯まず臆さず、ただ彼が標的と定めた者をその命が続く限り襲い続けるのだ。

 

 

「キミの拳は確かに強力だろう、それはゾマリを沈めた事で証明されている。だがその拳も相手が意に介さなければ意味は無いとは思わないか?そしてワンダーワイスの攻撃は、確かにキミからすれば単調なものだろう…… しかし、常に急所を狙い続ける攻撃を避わし続けるというのは存外精神をすり減らす…… それを判らないキミではないだろう? 」

 

 

浮かべた笑みは何を思うそれか、嘲りか愉悦か、はたまた別の感情か。

キミには他に道は無いとでも言いたげな藍染の言葉、このままじりじりと押し込まれそしていつしか解れた緊張の隙を貫かれるより他無いと、それをキミ自身理解しているのだろうという彼の言葉はある意味で真実ではあった。

 

 

 

「言いたい事はそれだけか……? 」

 

 

 

そう、それは真実ではあった。

しかしそれは真実の一面でしかない(・・・・・・・)のだ。

 

ワンダーワイスの突きが再びフェルナンドに迫る、あまりに素直なその突きは、迷いを見せずにフェルナンドの心臓を目掛けて奔る。

フェルナンドはその突きをやはり先程までと同じように事も無げに避わすが、そこからは先は先程までとは違っていた。

最小の動きで避わされたワンダーワイスの突き、それは手首の辺りを彼が腕を戻すより速くフェルナンドの脇にガッチリと挟まれて止められる。

 

そしてワンダーワイスがそれを何事かと訝しむよりも早く全ては終わっていた。

 

ワンダーワイスの腕を脇に挟みこんだフェルナンドは素早くその腕に自分の腕を絡ませる様に巻きつけ、ワンダーワイスの肘を間接とは逆方向に押し曲げる事で関節を極める。

次いでもう片方の腕をワンダーワイスの絡めとった腕の上を通しその手で彼の奥襟を掴み、絡めとった腕を関節を極めた状態で肩から完全に固定すると、受身の取れない体勢にした後、そのままワンダーワイスの突きの勢いを利用して腕の関節を極めたまま後方へ投げ、砂漠へと叩きつけたのだ。

 

瞬間、音が轟く。

それはワンダーワイスが砂漠に叩きつけられた音と後一つ。

形容詞しがたいその音は聞けば多くの人が思わず眉をしかめ、おぞましいと感じる類の音。

その音が響くと同時にフェルナンドは投げをうった状態から瞬時に起き上がり、訳も判らずただ無防備に立ち上がったワンダーワイスを前蹴りで強かに蹴り飛ばした。

 

 

「アハァアァァ…… おるぁ? 」

 

 

無防備な身体を強かに蹴られ、しかしまたしても立ち上がるワンダーワイス、痛みが存在しない彼にはフェルナンドの蹴りもまるで無かった事かのよう。

だが再び間髪いれずフェルナンドへと襲いかかろうとした彼に、今までとは違う違和感が襲った。

それは彼の意思に反して上がらない腕、正確には動かそうという意思に反応するも芯を失ったように動かない(・・・・)腕。

片方の手でその動かない腕を掴んで無理矢理に持ち上げてみても、掴んだほうの手を離せばやはり上腕の辺りからダラリとぶら下がるのみで、自らの意思で動かせないその腕は、先程フェルナンドに絡めとられた方の腕。

それが意味するところは先程の攻防によってワンダーワイスの腕はフェルナンドに破壊された、という事だろう。

 

 

「痛みの有無以前に身体構造上、動かせないように破壊(・・・・・・・・・・)してしまえば、そんなものに意味など無い……という事かな?」

 

 

まるで物珍しいものでも見るように自らの腕を観察するワンダーワイス、その姿に藍染はフェルナンドの考えを代弁した。

如何に痛みを感じない身体であろうと、如何にその身を打ち据える攻撃を意に介さない敵であろうと関係は無い。

現実として肉体がある以上、攻撃を受ければそこには確実に傷は存在する(・・・・・・・・・)

それは即ち痛みが無くとも身体が無傷ではない(・・・・・・)という事であり、そして藍染が言う通り如何に痛みを感じない身体であったとしても、腱や神経、そして骨といった肉体を支え動かす上で欠かせない部分を破壊されてしまえば、痛みの有無は関係ないのだ。

 

痛みが無い事とダメージが存在しない事、それは決して同義ではない。

 

フェルナンドはそれをワンダーワイスの腕を折り、破壊する事で証明して見せたのだ。

 

 

「ゾマリとの戦いで見せた肉体の内部的破壊…… 打撃と絡めるだけではなく投げ技でも可能、か。死神の…… いや、隠密機動や四楓院の白打に通じる部分もある。そんなキミだからこそ出来た芸当、という事なのだろうね」

 

「ハッ! 止めろ藍染。 テメェがこんなガキでも判る理屈に気が付かねぇ筈がない。何を考えてるか知らねぇが本気を出させろよ…… この程度じゃ無ぇんだろう? コイツの力は…… 」

 

 

フェルナンドの攻撃を賞賛するかのような藍染、しかしフェルナンドはその言葉を一笑に伏す。

藍染惣右介は全てを見透かす、それは人の内面であれ物事の本質であれ変わりはしない。

その藍染がこんな簡単な理屈を、痛みと傷が同義では無いという事に思い至らないはずが無いと、フェルナンドは言うのだ。

如何に藍染が彼にとって対峙して気分のいい存在ではなくとも、彼が持つ実力までその感情で見誤るほどフェルナンドは愚かでは無い。

故にフェルナンドには判っていた、藍染がこの理屈を理解している事も、理解した上でフェルナンドにそれをぶつけている事も、そしてこの程度の事で藍染が自分に“確実な敗北”を与える等と言う事は無い、と。

 

 

「……確かに。 ワンダーワイスに痛覚は存在しない。だが、その程度の事(・・・・・・)はなんら特筆すべき事ではない。戦いに措いて痛みが無い事など、絶対の優劣(・・・・・)と呼ぶにはあまりに脆弱で滑稽なものだ。彼の価値…… その唯一の特性(・・・・・)はそんな次元にあるものでは無いのだよ」

 

 

フェルナンドの言葉に肯定を示す藍染。

自らの腕を弄る事に飽きたワンダーワイスが再び、フェルナンドに襲いかかろうとするのを僅かな手振りと視線で制し、紡がれる言葉はやはりフェルナンドの思ったとおりであり、そして藍染にとっても痛みの有無など取るに足らない瑣末な存在だった、という事実。

先程までの言動もまた全てはフェルナンドを量る為の手管、言葉により全てを操ることすら出来る藍染だからこその戯れに過ぎないのだ。

 

 

「価値、ねぇ…… それはどこまでもテメェにとっての、だろう?俺には関係が無ぇ事だ 」

 

「いいや、価値とは総てのものに存在し、それはキミとて同じことだよフェルナンド。見る者によってその姿が変わったとしても、そこにある絶対の価値(・・・・・)は何ら変わることは無い」

 

「ハッ! 理屈を捏ねやがる…… 」

 

「そうではない。 真理だよ、これは…… 」

 

 

価値の在処、ワンダーワイスという存在が持つ価値と尊さを語る藍染を、フェルナンドは切って捨てる。

お前の価値など知った事では無いと、お前が語るその価値は自分には何一つ関係が無いことだと。

 

しかし藍染はそれを否定した。

物事には絶対的な価値というものが存在し、それは観測者が変わりそれによって姿形を変え様とも、その本質的な価値は変わる事は無い、と。

互いを語って聞かせたところで理解しあう事は無い二人は平行線、片方はそれを理屈だと断じもう片方はそれこそが真理だと論ずる、何時また始まるとも知れない戦いの最中、それでも譲らない言葉の応酬を続ける二人だったが、藍染の一言で流れは変わっていく。

 

 

「そう、価値とは真理であり同時に何にでも存在している…… 時にフェルナンド、再びワンダーワイスと戦わせる前にキミに訊いてみたい事があるんだ。……フェルナンド、キミはキミ自身の価値(・・・・・・・)を正しく理解しているかい?キミという存在の価値を…… いや、キミという破面が持つ力の本当の(・・・)価値を……理解しているかい?」

 

「ハッ! 何を今更…… 」

 

「今更ではないさ。 では訊こう、キミはキミの能力をどこまで正しく(・・・・・・・)理解している?キミという破面の本能の部分をどこまで理解してる?いや、この際回りくどい言い方は止そうか…… フェルナンド、キミは キミの能力の本質(・・・・・・・・)をどこまで正しく理解している? 」

 

「なんだと……? 」

 

 

突如として語られた藍染の言葉、それが語るのは価値と本質、フェルナンド・アルディエンデの価値とその本質について。

自分の力を何処まで正確に理解している、という問いを鼻で笑うフェルナンド。

だが藍染は、そんな反応自体が間違っているとでも言いたげに小さく笑うと、朗々と語り出す。

 

フェルナンドという存在の価値、その更に踏み込んだ部分、突き詰めたところ破面の価値、個々が持つ重要な特性とは刀剣解放時などの特殊な能力に因る部分が大きいと言えるだろう。

ある者は無限とも思える虚閃を無尽蔵に発射し、またある者はその身に獣の性と姿を宿して戦う。

まさしく千差万別といえるその能力こそ、破面にとって最も重要な素養であり、また彼ら自身にとっても己の最も本能に近い部分であるといえる。

フェルナンド自身、藍染が自分に問うたのはまさしくそれについてなのだろうと考えたのだろう。

藍染の問い、その真意とはフェルナンド・アルディエンデという破面は己の最も本能的な部分を、フェルナンド・アルディエンデの“核たる部分”をどれだけ正確に理解しているのか、という事であると。

その問いに今日初めて戦いへの歓喜以外に、僅かに訝し気な感情を浮かべたフェルナンドを前に、藍染は尚も語る。

 

 

「キミの能力『 輝煌帝(ヘリオガバルス) 』は、解放と同時に己の身体を構成する霊子の総てを、膨大な熱量を持つ凝縮された炎へと“変換”する能力。そしてその莫大なエネルギーをもって身体能力を極限に高め、また炎自体も高い殺傷能力を有し、己が身を変じた炎はキミの意のままに操ることが出来きる。そしておそらくこの状態のキミに直接攻撃は意味を成さない(・・・・・・・・・・・・)。多量の霊圧を纏った攻撃か或いは虚閃などの霊圧そのものである攻撃以外はね。 ……もっとも、キミはこの特性を使う心算は無いのだろうが…… と、キミの能力の概要はこんなところだろう 」

 

 

藍染が語るのはフェルナンドの真なる部分、帰刃(レスレクシオン)と呼ばれる破面の純粋な闘争形態について。

フェルナンドの帰刃、名を輝煌帝、藍染の口から語られたその能力や特性はまさしくそれについてであり、無論それはフェルナンドが彼に語って聞かせた訳ではない。

 

戦いの力、それは基本的には秘匿すべきものである。

態々自らの力を敵ないしそれに順ずるような者に語って聞かせる、などという事は愚の骨頂、問わず語らずが常、それが戦い。

だが流石というべきは藍染 惣右介か、フェルナンドが語ったわけではなく、彼が解放した際の僅かな情報のみでその能力を完全に看破してみせるその慧眼、怖ろしいほどの的確さで語られる言葉は、まるでフェルナンドの能力を丸裸にするようにすら感じられた。

 

輝煌帝の真骨頂とは炎、燃え盛るそれは近付くもの総てを燃やし尽くすに留まらず、その膨大な熱量はそれ自体が力でありフェルナンド・アルディエンデの身体能力を更に上へと押上げ。

触れるだけで相手の防御に関係なく諸共を焼く炎を纏った、否、その炎そのものである拳と脚は元々彼が誇る格闘能力と相まって、高い次元での威力を有し、元々が彼自身であるといえる炎は彼が命じる必要もなく、彼が思うままにその姿形を変え敵を屠る。

藍染が語ったそれに間違いはなく、間違いでは無い故にフェルナンドは口を噤む、そして同時に藍染が語った能力こそフェルナンドが知る“己の能力そのもの”であり、自身にそれ以外の能力は(・・・・・・・・)存在しない(・・・・・)と考えるフェルナンド。

能力の本質も何もない、藍染の語ったそれこそが自身の能力の本質、自分が正しく理解している自分自身の力でありこれ以外の正答などありはしない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だが、それは間違いだ(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼に見えるもの、己が信じるもの感じたこと、それを信じて疑わない事は知っている(・・・・・)のではなく、知ろうとしていない(・・・・・・・・・)という事。

一度そうだと思ったこと、それ以外の真実などありはしないと思うのは真実(・・)ではなく己が望む理想(・・・・・・)でしかない。

 

誰しもが思うのは“自分以上に自分を理解している者などいない”という事。

自分と最も長く向き合いともに歩んだのは自分自身、故に誰よりも自分は自分を理解しその自分が理解している自分こそもっとも間違いの無い“己”であると。

存在理由、存在証明、己というもっとも根幹の部分、故に誰よりも理解していなければならない部分。

 

だがそんなものはまやかし(・・・・)でしかない。

 

自分を誰よりも正しく理解している、それ自体が既におごりであり慢心なのだ。

自分という存在を観測するのが自分である以上、そこに在るのはどこまでも“主観”であり、物事を正しく観測するためにはそこに感情を挟む余地を残してはいけない。

客観視、第三者的視点、主観を通さず感情を介さず、すべてをあるがままに過不足なく観測できてこそ、それは初めて正しき理解(・・・・・)に至る。

 

 

藍染は言った、先ほど自分が語ったそれはフェルナンドの能力と呼ぶには間違っている、と。

フェルナンドが己の能力だと理解していた部分は、間違いでしかないのだと。

何を言っているのか、それを聞くフェルナンドの表情は戦いのそれから段々と変わっていく、戦いに身を置く歓喜よりもそれは、己の根幹を揺さぶるような藍染の言葉は彼の意識を惹きつけていった。

そんなフェルナンドの様子を見ながら藍染はいつも通り、薄い笑みを浮かべて語り出す。

 

 

「キミの炎は何処から来るのか(・・・・・・・・)…… 考えたことがあるかい? フェルナンド 」

 

 

問いかけ、フェルナンドからの答えを望むのでは無いそれは、ただ彼に問いかけるだけの言葉。

藍染が望んでいるのは解ではなく考える事、ただ答えを言う事は簡単だがそれに意味は無いと、問いかけるなかでフェルナンド自身が疑問を持ちその解を見つけることにこそ意味があり、藍染の言葉はあくまでそれを導くだけなのだ。

 

 

「現世や尸魂界においても炎は存在するが、それとキミのような炎熱系能力者が発するそれとは些か異なる。炎熱系能力とは、例えば熱を発する事で炎を生じる者、己の霊子を性質変化させ火として用いる者、中にはあまりにも強大すぎる熱を帯びた霊圧が、見る者に能力者が炎を纏ったように見せる…… 等という者もいるが、キミはそのどれにも当て嵌まらない。そうだね…… キミの炎は言うなれば発露(・・)だよ」

 

 

炎熱系能力者の例について語る藍染、その一つ一つで指を立てて数えるようにして語りながら、フェルナンドを見るその目は何故か楽しげだった。

ひとつ、ふたつと指を立て、三つ目でフッと小さく笑うようにした彼は、しかしそのどれもがフェルナンドとは違うと言う。

フェルナンドの能力を分類するとすれば、今までならば一つ目に近いのだろうが今それに意味は無く、あるのは藍染が零した“発露”という言葉、これこそが藍染の言う、フェルルナンドの能力の本質(・・・・・)に関わる部分なのだろう。

 

 

「火、炎とは生じるために必ず必要なものがある。簡単に言えばだが火は物質を、炎は気体をといったようにね…… しかしキミはどうだ? キミの炎がただの炎では無い事は、キミ自身も薄々感じているのではないか?ただ物質を、気体を介して広がる炎にどれだけの力がある?キミ等破面にどれだけの効果がある? キミの炎はただ物質や気体、そして霊子に依存するものから生じるそれとは一線を画している。そうでなければただの大虚(・・・・・)が十刃たるハリベルに傷を負わせる事など(・・・・・・・・・)出気はしない(・・・・・・)のだから…… 」

 

 

火とは物質が燃えることで生じ、炎とは言い換えれば火の穂、可燃性の気体が燃えることで見える光と熱の穂を指す。

現世における火や炎は、熱による物質の分解などによって生じるとされているが、これを詳しく語ることに今意味は無いだろう。

 

何故なら現世、器子(きし)の世界の理が、霊子の理に生きる破面達に幾許の意味があるというのか。

 

既に理の段階で隔たっているふたつ、器子の炎に破面が焼かれることなどある筈もなく、それはフェルナンドの炎に措いても同じ事。

ただ物質を燃やし酸素を燃やした炎に、破面に対する幾許の力も宿るはずが無く、フェルナンドが扱う炎にはそれとは別の力が宿っている。

物質でも気体でもないモノ、そしてそれは霊子ですらない(・・・・・・・)と藍染は言い放ったのだ。

如何に力強き者といえどそれだけで覆るほど大虚と破面の溝は狭くも浅くも無いと、更に大虚と十刃などは溝の存在を説くことすら無意味といえるほど隔たっている。

 

だがしかし、フェルナンドは十刃であるハリベルにその炎で傷を負わせていた。

 

ただの大虚が十刃に、それは力の理、序列というものが覆ったに等しくそれにはそれ相応の理由が無ければならない。

そしてその理由は、大虚と十刃という次元の違いを埋めるだけの“重さ”がなくてはならないのだ。

 

 

「では何故、キミにはそんな事が出来たのか。キミの発する炎だけが何故、力の理を無視するような結果を残したのか…… それには理由がある。 炎とは様々に姿を変えるものだ。燃やす物質、気体の供給量、くべられたものの僅かな違いで炎はその在り様を変える…… 見た目や温度だけの話ではない、霊子で構成されたこの世界に措いてその僅かな違いは大きな差となり、そしてキミに他とは違う“力”として宿っているのだよ…… 」

 

 

どこか芝居がかった口調は、きっとこの男の癖のようなものなのだろう。

言うなれば劇場型、自らを主役或いは語り部としておきながら、その脚本の総てを手がけ配役から動きに至るまでを筋書き通りにする。

小さく両手を広げフェルナンドを見下すようにして薄笑いを浮かべ、回りくどくしかし着実に真実の姿を見せるように語る藍染。

虚圏を照らす淡い月光はまるで彼を照らすスポットライト、語り続ける事で見える真実、その真実を知ったときのフェルナンドの顔、それに至りまたその後の総てもきっと彼の思い描いたとおりに進み、結末すらもそうなのだろう。

語り部はまるで詠う様に、彼だけが知る真実を暴き出すように詠うのだ。

 

 

「黙って聞いてりゃ随分と楽しそうに…… テメェの言う俺の能力の本質とやらが何なのかは正直判らねぇ…… 身に覚えも無ぇしな。 だが、それがあったとしてどうだってんだ?テメェが俺の今を間違いだと言おうと関係は無ぇ。俺は俺だ、それに変わりなんてある訳が無ぇ 」

 

 

詠うように語る藍染を遮るのはフェルナンド。

長々と語られる言葉をここまで黙って聞いていた彼は、藍染が語る能力の本質など知ったことでは無いと断じた。

能力の本質、それが本当に存在するのかしないのか、記憶にも無いものを思い出す事など出来ずしかしそれでも変わらない事はあると。

例え己が力の核への理解が間違っていようと自分が自分であること、そこに幾許の変わりもありはしないと。

藍染が言う能力の本質がわかったとして彼という存在が今ここに立っている事に何ら変わりは無いのだと。

それこそが自分にとっては重要であり、今ここに立つ自分が求めるものを手に入れることだけがフェルナンド・アルディエンデが進む理由だと。

しかし藍染はその余裕の笑みを崩すことも語る事を止めることもなかった。

 

 

「……知らない、覚えていない、だがそれは当然なのだよフェルナンド。キミがこの能力を解放したのは私が知る限り都合二度、それも極限を越える様な状態の時のみに限られる。一度目は大虚時代にハリベルと対峙した最後の一撃。もう一度は破面となり、あのネロを強引に叩き伏せた時、その瞬間のみキミはキミ自身の能力の本質を解放し、その内側から尋常ならざる力を引き出していたんだ」

 

「……それがなんだってんだ 」

 

「判らないかい? フェルナンド。 私は言ったはずだ、キミが能力を発現したのは大虚と破面化後の通常時…… つまりキミがその能力の本質を発動したのは二度とも帰刃時では無い(・・・・・・・)んだ。キミの能力の本質と帰刃とは関係ない(・・・・)。 ……それに私は一度も、キミの能力の本質とは帰刃の事だと言った(・・・・・・・・・)覚えは無い(・・・・・)よ…… 」

 

「なん……だと? 」

 

 

藍染は言う、お前の能力の本質とはそもそも刀剣解放とは関係がないと。

彼の言う一度目、大虚時代ならばまだ力の核を刀として封じる前なのだから関係がある、と言えない訳では無い。

しかし、フェルナンドが破面となり、あの暴君ネロ・マリグノ・クリーメンを叩き伏せたあのときは違う。

フェルナンドはあの時自らの力の核を刀剣として封じ、解放する事無くネロを人型のままで叩き伏せていたのだ。

 

考えてみればおかしな話だ、ただ自らの身体すら蝕むような霊圧を解放しただけで、あのネロを叩き伏せる事など出来るだろうか。

自らを蝕むといってもそれは彼の全開の霊圧であり、その霊圧とは序列で言えば第2十刃と第7十刃ほどの“隔たり”があったというのに、それを無視したようにネロに一撃を浴びせる事など、出来るものだろうか。

暴君、傲慢の権化であるネロの油断と慢心を差し引いたとしても、その力の差をただ霊圧の解放だけで埋める事など、本当に出来るのだろうか(・・・・・・・・・・・)

 

答えは否、そしてその差を埋めたものこそ、藍染の言うフェルナンド・アルディエンデの“能力の本質”なのだろう。

 

 

「そう、キミの能力の本質と帰刃は直接的には関係ない。キミが解放時に発する炎など、キミの能力の副産物に過ぎない(・・・・・・・・)のだよ。キミが自身の炎の総量が決まっている、と思っていたのは身体を構成する霊子の量以上に炎への変換が出来ないからではなく、能力の本質の発動が無く、副次的に生み出されなかったから。キミは炎を操る破面、生み出す破面のどちらでもない。キミの能力…… それは炎ではなくそれが(・・・・・・・・)生ずる前に存在する(・・・・・・・・・)ものだ」

 

「藍染、テメェ何を言ってる…… 」

 

 

藍染の言葉は徐々に真相へと近付いていく。

フェルナンドの炎、総てを焦がし焼き尽くし敵を屠るその炎、それを藍染はあくまで副産物に過ぎないと言い切った。

あくまでお前の炎は副産物、能力の本質とその解放とともに生じるものであり、お前の本質とはそれが生じる前にこそ存在する、と。

己のまったく未知の部分を暴かれるような感覚を感じるのはフェルナンド、さしもの彼も今この場に措いては藍染惣右介という巨大な存在に呑まれているように見えた。

自分の理解を超えそして自らを暴かれるかのようなフェルナンドは自然と言葉を零し、藍染はその様子にやはりいつも通りの薄笑いで答える。

 

 

「言っただろう? フェルナンド。 キミの炎は何処から来るのか、それが総てなんだよ。では、あえて語ろうか…… キミの炎とは発露、キミの身の内に、いや命あるモノ全てが内包し、物質としては存在しないがしかし確かに存在するキミをキミたらしめるモノ。物理的に存在しないにも拘らずそれは何より重く何よりも凝縮され存在。それこそがキミの能力の本質を語る上で最も重要であり、キミの能力の本質に唯一必要なモノ…… 」

 

 

舞台はいよいよ大詰めに、核心へ向かって加速する。

炎とは何処から来るのか、藍染がはじめにフェルナンドに問うたその言葉、総てはそこにあると言う藍染。

今まで自分が語った事は総てそこへと集約する、とでも言いたげな口ぶりと彼の言う明確な形は無くしかし何よりも重く凝縮された存在、それこそがフェルナンドの能力を紐解く鍵であり彼の能力に唯一必要なものだと。

彼以外に二人しかいないその砂漠はそれ以上の静寂をみせ、ただ藍染の言葉を待つかのようだった。

 

 

「キミの能力の本質。 炎という形での発露を見せるそれは、炎が生まれる以前の現象…… キミの炎が種族や力の理すら超える力をみせ、物質、気体、霊子のどれにも依存しない性質を持つに至った理由。 ……私は言ったね、炎はくべられたもの(・・・・・・・)の僅かな違いでその在り様を変える…… と。 キミの本質とは発火でも変換でも操作でもない…… キミという存在が唯一持つ力、それは“ 燃焼(・・) ”だよ、フェルナンド 」

 

 

藍染が言うフェルナンドの能力の本質、本当の価値はついに明かされる。

 

“燃焼”

 

藍染はフェルナンドの能力の本質をそう呼んだ。

燃焼、燃やす事、物質、気体が燃焼する事で火や炎は初めて生まれる。

火と炎、それらが起るために必ず必要な肯定、それこそフェルナンドの能力だと。

 

だがここで矛盾が生じる。

 

燃焼とは本来“火や炎を生むための行為”であり、しかし藍染の言葉にはそういった意図は見られない。

彼の言葉はまるで火や炎を発する事ではなく、“燃焼する”という現象それだけが特別である、とでも言いたげだった。

そしてその矛盾、違和感は藍染惣右介自身の言葉で語られ、そして晴らされる。

 

 

「……だがキミの能力の本質は、燃焼であると同時に“炎の発生”とは違う。キミの炎とはどれだけの威力を有していたとしても、あくまで副産物の域を出ない。何故ならキミの能力、燃焼とは炎の発生を目的としたそれではなく、ただ一つ…… たった一つのモノを燃やし、それが持つ“力”を己に取り込む為の能力なんだ。キミの能力に唯一くべられる薪とはこの世で最も重く凝縮された存在、開闢より人という種が綿々と積み上げた重みと、濃さを持った形なき物質…… それは“ 魂 ”。 そう、フェルナンド、キミの真の能力…… それは…… 」

 

 

この男の言葉に矛盾は存在しない。

あるのは事実、どれだけ言葉で惑わす事が手管であってもこの男の言葉に重さが消えることは無い。

その男が、藍染が言うのだ、フェルナンド・アルディエンデの真なる能力、燃焼という現象は何も炎の発生と同義では無いと。

彼の能力、その本質に措いて最も重要なのは“何が生まれたか”ではなく“何を燃やしているか”であると。

フェルナンドの炎が何処から来るのか、フェルナンドの炎とは“何の発露”なのか、藍染の語るそれはありえないほどすんなりとフェルナンドの内に吸い込まれる。

そして藍染は言うのだ、彼が見抜いたフェルナンドの真なる能力の名を、ただ単純に、しかしそれ以上ないほど明確に。

 

 

 

 

 

「それは…… “ 魂の燃焼 ” だ…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血染めの黒衣

 

敗北

 

 

嗚呼

 

日常の崩壊とは

 

こんなにも容易い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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