BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.72

 

 

 

 

 

何時言われたのか、何処で言われたのか。

誰に言われたのか、何故言われたのか。

遠い遠い昔故それは彼にも判らない。

その言葉を彼がはじめて聞いたのは中級大虚(アジューカス)になった時か、最下級大虚(ギリアン)となった時か、それとも(ホロウ)となった時か。

もしかするとそれは更に前、彼が未だ“ 人 ”として生きていた時に聞いたのかもしれない。

 

何時、何処で、誰に、何故。

判らない事だらけであるがしかし、その言葉は何時の頃からか彼の中に確かに在り、虚としての彼という人格を形成する上で一つの大きな因子として作用した事に、違いはないのだろう。

“ 死生観 ”

それぞれ千差万別に存在する命への価値観であり、生き死にの分かれ目。

単一、画一、そして統一されたものは存在せず、また完全に共有する事など出来る筈もないそれ。

所詮は唯一人自分だけが価値を見出していくものであり、到底他人に当て嵌まりまた、当て嵌めるべきでも無いものではあるがしかし。

自分のそれに照らし合わせた時、彼にとってその男の行動は目に余ったのかもしれない。

 

 

死にたがりよりも生きたがりの方が幾分かマシ。

 

 

そう考える彼にとって、その男がどうしようもなく死にたがり(・・・・・)に見えてしまったが為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7宮(セプティマ・パラシオ)十刃(エスパーダ)となった者がそれぞれに与えられる巨大な宮殿の一つ。

全部で当然十ある十刃の宮殿、その中でもおそらく第4宮(クアトロ・パラシオ)に次いで素っ気無く飾り気の欠片も無い宮殿が、この第7宮だろう。

十刃の宮殿というのはある程度住まう十刃の色が出るもの。

豪奢に飾り立てる者、何一つ物が無い者、研究施設として改造する者、風流を好む者。

そうした色が宮殿に反映されるとするならば、この宮殿の素っ気無さは何を表すか。

 

答えは興味の無さだ。

飾り立てる事、住み易く仕立てる事、その他諸々のそういったものに一切の興味を示していないのだ、この宮殿の主は。

何故なら宮殿の主が求めるものは日々の安寧(・・・・・)ではなく、日々の闘争(・・・・・)故に。

身体を鍛え、業を磨き、それを重ねて戦いへと身を投じる。

それが宮殿の主の興味の対象であり、宮殿を着飾ることなど興味の有り無しですらなく、考えもしていないのだろう。

所詮は寝床、その枠が大きいか小さいかの違いしかおそらくは感じていない。

そういう男なのだ、この宮殿の主は。

 

 

その宮殿の主フェルナンド・アルディエンデは巨躯の男、サラマ・R・アルゴスに担がれるようにして第7宮殿へと帰還した。

巨大な門をくぐり、そしてそこに広がるのは巨大な空間。

玄関ホールというにはあまりにも広いであろうその場所、だがこういった巨大建造物に慣れている彼らにとってそこは意思の向く先ではない。

担いでいたフェルナンドをややぞんざいに床へと下ろしたサラマ。

子分という立場からすればある意味問題行動であるのだが、彼の心情を考えれば仕方が無いとも言えるだろう。

 

意識を失い打ち捨てられるように床へと転がるフェルナンド。

当然そのまま床に激突する訳だが、元が頑丈であるためにその程度で眼が醒める筈もない。

フェルナンドを床へと転がしたサラマは、そのまま自身も床に胡坐をかいて座ると大きく溜息を零した。

 

 

「はぁ~~ぁ。 やっちまったなぁ…… ニイサンも大概ガキだけど、俺も人の事は言えない……ってか?ガラにも無く熱くなっちまうなんてよ…… 」

 

 

胡坐をかいた両膝に手を置き、溜息をつきながら深くうな垂れるサラマ。

藍染には“らしさの押し付け”だと言ってはみたものの、やはり彼自身も自分の行動が自分らしくないという自覚はあった様子。

普段なら口八丁で何とか事を納める方を選択するはずの自分、あの場には藍染も居たのだからそれは容易く成っただろうと。

だが、実際は口よりも先に身体が動いていた。

目の前でああもアッサリと自分の身体の一部を斬り落とそうとする男を、フェルナンドを見て彼の身体は動いたのだ。

何故ああも簡単に投げ出せるのか、何故何の躊躇いも無く自分を傷つけられるのか、それがサラマには理解できなかった。

躊躇ったって誰も笑わない、寧ろそれが普通で引き下がったって何も悪くない、なのに何故と。

 

 

自分より強い筈の貴方が、何故そうも簡単に投げ出すのかと。

 

 

きっと自分より多くのものを手に入れられる筈の貴方が、何故そうも死にたがるのかと。

 

 

どうしようもなく彼の目にそう映ってしまうフェルナンドという人物。

求めるものを得るためならば、自分が傷つくことを厭わない。

進む先を見据えたならば他に目をくれる事がない。

一途で一直線であり、不器用なまでに愚直。

こうと決めたなら、自分がこうするのだと決めたなら、それを迷い無く実行してしまう鉄の意思。

鉄でありながら鉄独特のしなやかさ、粘りを持たぬかのようなその意思が、決断が走った今回の凶行。

 

目を潰す、腕を、足を斬り落とすなどという凶行が命令違反の罰として釣り合うとは到底思え無い。

不自由という鎖に囚われた事、その代償として差し出せるものが自身の身体以外ないというそれだけの理由で、フェルナンドはその凶行を選択してしまうのだ。

それはおそらく釣り合いが取れているかいないか、等という事は二の次なのだろう。

罪に対する罰として自分が払えるものがそれだけ、ならそれを支払うと。

不足などありえず過分など度外視して、直情的に思い至ったそれを、払うと決めたそれをその意思で持って完遂する。

サラマが思うフェルナンドという男の先の行動はまさしくそれであり、その選択を即断してしまえる危うさこそが、サラマに今回の行動をとらせた一つの大きな要因でもあった。

 

 

「大体なんでこの御人はこうも頑ななんだかねぇ…… 良くも悪くも…… 」

 

 

そう、サラマが感じるフェルナンドの危うさとは同時に頑なさなのだ。

頑として譲らない、そういう部分がこのフェルナンドという男には多々ある。

負ける事が目に見えているからといって退かない、戦いに決着を着けるために自分から殴られる、己の為に嬉々として戦場に身を投じたかと思えば、助ける為だと到底敵わぬ者にも平然と拳を向ける。

全ては己の意思、彼という存在のあり方、法則に則っての行動は時に自らの安全を度外視しても遂行される。

そう、自分の命は問題ではないのだ、問題なのは何時もその過程、過程で何を成していくかという事。

 

刹那の時をいかに全力で駆けたか、という点だけなのだ。

 

それは誰にでも出来る事ではない。

往々にして意思を貫き通すという事は難しいことであり、それ故にそれを成せる人物は強者といえる。

だが、貫き通したその先で自らが死ぬかも知れない道を進むのは本当に正しい事か、重要なのは一体どちらなのだろうか。

貫く事(・・・)と、貫いた先を歩む(・・・・・・・)事のどちらなのだろうか。

同じようで違う二つ、僅かではあるがそこに生まれる差はく巨大なもの。

サラマはその二つの差を殊更に感じ、フェルナンドが貫く事に固執しているように思えてならなかったのだ。

 

 

「なぁニイサン…… アンタは一体、何が欲しくてそんなに生き急いで…… 死にたがるんですかい……? 」

 

 

横たわるフェルナンド、その背中に向けてサラマは零す。

何故、何故なんだと。

何故そうまでして頑なに生き急ぎ、そして死にたがるのかと。

 

『意地を張って通すのが道。 枉げて退く道など端から持っていない』

 

かつてサラマが聞いたフェルナンドの言葉。

進む道とは自らを貫き通す事、それを曲げてまで退く為の道など持っていないと。

それはフェルナンドという破面が何処までも自分の意思を貫く事を、雄弁に語る一言だった。

だが何故そこまで、何がそこまでフェルナンドを掻き立てるのか、サラマにはそれが判らない。

自分の命を賭けてまで求めるものとは一体なんなのか、自分の命を賭けてまで貫き通す意地は何処から来るのか。

答えなど返らぬであろう自分よりも幾分か小さな背中、しかし問わずにはいられないサラマ。

知りたい、この男が一体何をそこまで求めているのかを。

何がそこまでこの男を駆り立てるのかと。

 

 

 

「…………知ってどうする 」

 

 

 

背中に向けられ虚空へと消える筈だった問いかけ。

だが消える筈の問いかけに答えは返ってきた。

幾分緩慢な動きではあったが横たわった姿勢から起き上がり、サラマに背を向けるようにして胡坐をかいたのはフェルナンド。

首の後ろあたりを二、三度さすりながら、馬鹿力で殴りやがってと零しつつコキコキと首を鳴らす彼。

もう少し目を覚ますまでには時間が掛かるだろうと思っていたサラマには驚きが浮かんでいた。

自分に比べれば細く小さいその身体に宿る頑強さと強靭さ。

本当に同じ破面かと疑いたくなる彼を他所に、フェルナンドは彼に背を向けたまま言葉を発した。

 

 

「俺が何を求めてるか、それを知ってどうする?テメェには何の意味も無ぇよ、トカゲ…… 」

 

「……まぁ確かに意味は無いでしょうね…… でも、興味はあるんですよ。 何故ニイサンがああも簡単に命を投げ出すのか、投げ出せるのか、俺はただその理由が知りたいんですよ…… 」

 

「ハッ! 物好きな野郎だ 」

 

 

知ってどうする、知ってどうなる、フェルナンドがサラマへとそう問いかける。

それを知る事に何の意味があるのか、お前にとっておそらく意味など無いそれを知ってどうなるというのだと。

別段隠しているという訳でもなく、しかし問われたその言葉にサラマは正直に答える事にした。

嘘で、口先で語るよりも今は腹の底からの言葉の方がこの男には届くと、彼にはそう思えてならなかったのだ。

彼が抱える疑問、何故、どうしてという問いの答えはそこにあるとサラマには思えてならなかったが故に。

そのサラマの言葉に返したフェルナンドの言葉、それは肯定の意をもって発せられていた。

 

 

「俺は…… 俺はただ欲しいだけだ。 俺は今、生きているんだ(・・・・・・・)という実感(・・)を……な」

 

 

とつとつと語られる始める言葉。

目を覚ました瞬間に目なりを抉るのではないか、と内心考えていたサラマからすれば、そのフェルナンドの後姿は幾分穏やかに見えた。

そのフェルナンドから語られた彼の求めるものとは、生きている実感(・・・・・・・)

なんとも掴みきれない、形容しがたく目に視えるものでも触れて感じられるものでもない感覚的な事であった。

 

 

「テメェも判るだろう? 俺らはそれこそ馬鹿みたいに長い時を生きる化物だ。どいつもこいつもそれが当然だと、当たり前だと思ってやがる。 ……だがな、そんなもんは惰性でしか無ぇ(・・・・・・・)。そういうもんだと受け入れただけ、与えられたそれをただ考え無しに享受しているだけに過ぎねぇんだよ」

 

 

語られるそれは彼にとって何よりの真実なのだろう。

破面、いやそうなる前の大虚、最上、中級、最下級、更に遡り一匹の虚として二度目の生を受けて後、彼らは途方も無い時を生きる。

もちろんその中で死んでいくものもあるが、こうして破面となった者達はおそらくそうならなかった一握りなのだろう。

長い長い時、明けぬ黒い空と何処までも続く白い砂漠の世界、人としての記憶を残し虚となっても、何時しか時の流れにそれは擦り切れ磨耗し、忘却の彼方へと追いやられるだろう。

 

だがそうなっても彼等の生は続く。

記憶とは積み重ねた記録、新たなる記録は記憶となりいつしか虚としての記憶が全てを占め、そうなってもまだ彼らは生きるのだ。

人の魂を喰らい、呼吸と共に霊子を喰らい、そして(ともがら)たる虚を喰らいながらも永遠に。

彼等に寿命という概念が存在するのかを知る者は居らず、それ故永遠に近い命の中彼らは次第忘れていく。

 

 

生きているという実感を。

 

 

自分は今己として立ち、己として歩み、己としてここに確固として在りつづけているという実感を。

積み重ねた年月、過去から今、そして未来へと続く人生の延長線上にただ居るのではなく、今も確かに自分の足で自分という世界を先頭で切り開いているという実感を。

今も己の命を懸命に燃やし続けているのだという、その実感を。

 

それを怠る事をフェルナンドは惰性と呼んだ。

ただ日々に流され、それに身を任せることを彼はそう呼ぶのだ。

そして彼はその惰性を嫌った。

流されて生きるのではなく、切り開き生きる事を望んだ故に。

 

 

「生の実感、ただその為に俺は戦うんだよ。 俺はそうする事でしか求め方を知らねぇ、それが上手いやり方じゃなくても……な。命を燃やし、削り、磨り減らしてでも先に進む。命を賭けたその先に、命を削ったその先にあると信じているからだ。他の誰でもなく俺自身がそう信じているからだ。生の実感は命を燃やした先にある……とな…… 」

 

 

きっと彼自身も判っているのだ。

それが一番上手いやり方で無いという事は。

戦い、傷つき、死に瀕し己が命を危ぶませ、削り磨り減らし進む道が一番上手いやり方でない事ぐらい、彼にも本当は判っているのだ。

だが、それでも彼はその道を進む。

他のやり方を彼は知らず、そして知ったとしてもきっとその道を彼は変えないのだろう。

それが一度歩み出した道ゆえに、意地を張り通す事だけが彼に往く道のあり方故に。

 

意地を張り通したその先に、求めるものがあると彼が信じ続けているが故に。

 

 

「俺が欲しいのはそれだけだ。 その為に俺は戦いを求めるし強さを求める。命を賭けなきゃ得られないなら命を賭ける。どうだ? 簡単な話だろうが 」

 

 

サラマに背を向けたままのフェルナンド。

気恥ずかしい、という概念がこの男にあるかは甚だ疑問ではあるが、なにも面と向かって話す事ではない、という事かもしれない。

彼の根源、行動理由、彼を彼足らしめるもの。

求める為に命を賭けねばならないというなら賭ける。

きっと彼にとってそれは容易い事なのだろう、求めるものを得られるというのなら自らの命など安いものだと、本気でそう考えているのかもしれない。

単純で簡単で簡素で、しかしそれ故に強力な思考回路。

確かに簡単な話し、フェルナンドにとっては簡単な話だ。

彼はずっとそうして来たのだから、きっとこれからもそうして進んでいくのだから。

だが、それは彼にとって簡単な話で、他者にとっては簡単でも簡単に済ませていいものでもないのだ。

 

 

 

 

 

「くだらねぇよ、そんなもんは…… 」

 

 

 

 

 

フェルナンドの背中に投げ付けられた言葉は、思いのほか低い声だった。

常のどこか人をくったような声ではなく、腹の底に響くような、それでいて苦虫を噛んだようなその声はサラマの声。

フェルナンドには見えぬ彼の顔はきっと険しいものだろう。

事実サラマの顔は険しく、吐き捨てるような声と共に視線はフェルナンドの背中から外れ、僅か下を見ていた。

 

 

「生きる実感が欲しくて死にたがるのかよ…… そんなのおかしいじゃねぇですかい。 死んじまったらそこでお終いだ…… 死んだら…… 死んだら何にも残ら無ぇ(・・・・・・・)んですよ。死ぬ事に意味なんて…… 死んで得られるもんなんて、何も無い(・・・・)んですよ…… 」

 

 

サラマにはフェルナンドの言葉が矛盾しているように思えてならなかった。

生きている実感が欲しい、そう言う彼はしかし自ら死地に飛び込み死に近付くようで。

生を求めしかし死に近付く、相反する二つを求めるフェルナンドの性が、サラマにはひどく歪に見えてしまった。

死ぬ事に意味など無く、死して得られるものなど無い。

死に何を見出せるというのか、死に近付く事で何を得られるというのか、そうまでして得なければならないものなのか。

 

先のフェルナンドの行動もそうだ。

生の実感を求めるという彼はしかし、いとも簡単に自らの肉体を傷つける。

その行為は死へと近付く行為に他ならず、生を求めながら死に近付く矛盾の最たるものと言えるだろう。

生きている実感が欲しい、それには死に近づくより他無い、自らの命を脅かし死を感じる事こそが生の実感を求める術だ、とでも言わんばかりのフェルナンドの理念。

確かにそれは正しくはあるのだろう。

生と死は表裏一体、死に近付く事はまた強く生を意識する事と同義であり、それ故死に近付く事は生に近づく事だと。

 

だがそれは歪。

 

少なくともサラマにとってそれは歪。

彼はフェルナンドほど“生きる”という事に餓えてはいないのだ。

実感を求めるほど、どうしようもなく焦がれるほどそれを求める事をしていないのだ。

彼からしてみればフェルナンドの言う“惰性としての生”とて充分価値があるものと。

重要なのはその命があり続け、そこに自らの意志が存在する事。

起伏無く只流れる日々もそれはそれでいいだろうと、惰性だろうと命は、生はそこにある(・・・・・・・)と。

フェルナンドが自らの命を危機に晒し続けてまで追い求める価値が、彼には判らなかったのだ。

 

 

「ハッ! くだらねぇ……かよ。 ……まぁ確かにそうだ。テメェにとってはくだらないだろうし、俺が言ったとおり意味も無いだろうよ…… だが、それで構わねぇ(・・・・・・・)。テメェに理解してもらう必要はねぇし、俺の考えをテメェに押し付ける心算も無ぇ、他人にとって意味があるか無ぇかは関係ねぇんだよ。俺は俺の思うままに進むだけだ…… 」

 

 

くだらない、と。

自らの求めるものをそう言われたのにも拘らず、フェルナンドはそれを笑った。

そうだろうと、そしてそれでいいと、お前がそれをくだらないと言うのならばそれも良いと。

元々サラマに理解してもらう心算も自らが正しいと言う心算もなかったフェルナンド、今更くだらないと言われたからといって道を変えられる訳でも無い彼にとってサラマの言葉は響くものではないのだ。

 

進むと決めた、求めると決めた、自らが思い至った唯一の道で、その道を只往く事で。

言い放ったフェルナンドは、もう語るべき事はないとその場で立ち上がる。

そして宮殿の外へと向かおうとするフェルナンド。

その行き先がどこかなど誰の目にも判り切っていた。

 

 

「待てよニイサン。 また奉王宮に戻って、藍染様の前で目玉でも突く心算ですかい……?」

 

 

立ち上がったフェルナンドの背中にサラマが投げかけた言葉は、おそらく真実だろう。

事実フェルナンドの足はその言葉に止まったのだ。

そう、一度気絶したぐらいでこの男が罰を諦めるはずが無い。

今、この場で実行しないのはただ藍染の前ではないから、藍染の前で行ってこそ罰なのだ。

自ら握った不自由の不始末、その罰を自らにも刻むために。

 

だがそんなものをサラマが許容できるはずも無く、勢いよく立ち上がると再び向けられた背中にサラマは叫んだ。

 

 

「そんなもんは馬鹿げてる! たかだか命令違反一つにアンタが考えた罰は過剰なんだよ!あんなもんは一言『 忠誠心だ 』と言えば済む話でしょうが!それで手打ちだ! 四方丸く収まる! 少しは利口になれよ!予定調和なんだよあんなもんは! 簡単だろう!所詮は言葉(・・・・・)だ!! 」

 

 

それはサラマ・R・アルゴスの本音の言葉なのだろう。

藍染の“首輪”としてではなく、“子分”という立場に立ったものではなく、ただ“彼”という個人が叫ぶ言葉。

罰など始めからあって無い様なもの、重要なのは藍染惣右介が例え十刃であっても命令違反をしたものを許さず罰したという事実(・・・・・・・・)

それさえあれば藍染は満足なのだ、罰が思いつかないなどという言葉は所詮、藍染の戯れだとサラマは気付いていた。

故にあの場での正解はグリムジョーの取った行動。

ありもしない忠誠心、しかしただそれを口にするだけで全ては収まる。

 

忠誠心、その言葉が持つ意味を欠片も解さず、理解せずその内に持たずとも構わない。

ただそれを口にすれば済む話、意味を持っていようともそれは所詮は言葉(・・・・・)に過ぎず、意味を乗せねば耳に届く雨音と同じ。

意思を乗せ届く音ではなくていい、あの場はそれでよかったのだ、雨音を発すればそれで。

 

だがそれを無視したかのようにフェルナンドは否を唱えた。

そして自らが自らに下した罰は過度、過剰、過分な行い、総じて過ぎたる暴挙。

ただ発すれば済むだけの雨音に意味を乗せ、否を唱える事の無意味さ。

サラマにとっては無意味で、そしてなにより無駄に自らを傷つけ傷つこうとするフェルナンドの危うさが彼には悲しく映ったのかもしれない。

 

 

「アンタが求めてるものは、そうまでしなきゃ手に入らないものなのかよ…… 戦って傷を負って死に自分から近づいてまで得なきゃならないものなのかよ!生の実感を求めて死に急いで…… それでホントに死んだらどうするんですかい!」

 

 

サラマには理解出来なかった。

フェルナンドの言う生の実感は、そこまでして手に入れなければいけないのかと、死に近づいてまで手に入れなければならないのかと。

今ここで息をし、心臓は脈打ち、血が霊子が身体を巡り、今この場に立っている。

それでいいではないかと、今こうして自分という命が脈打っている事がどうしようもなく、生の実感ではないのかと。

サラマが思う生の実感はそれで満たされる。

“生命が脈打つ事こそ生の実感”、自分達が虚として、そして破面として歩む今こそ生を実感しているのではないかと。

 

そう考えるサラマにとって死に自ら踏み込み、まるで好んでいるように見えてしまうフェルナンド。

生き急ぎ死に急ぐ。

そんな言葉が当て嵌まってしまうからこそこの男は危ういのだ。

彼が求めるもの、求めた先にサラマには死が見えて仕方が無い、故にその言葉を投げ付けたのだろう。

 

求めて求めて、求めた先で死んだらお前はどうするのかという問いを。

 

 

「……構わねぇ。 求めた先でそれを……生の実感を得られたなら。得られて死ぬなら(・・・・・・・・) それでいい(・・・・・)……」

 

 

応える声に揺れはなく、故にその言葉が彼の真実であると告げていた。

構わない、それで構わないというフェルナンドの言葉がどうしようもない真実であると、彼にとっての真実であると。

求め歩み、傷つき走った先でそれが得られたのならば、その瞬間に生き絶えたとて何の悔いも無い。

生の実感の中で死ねるのならばそれで構わない、フェルナンドはそう言い切ったのだ。

 

その答えは悲しい答えだ。

生の実感を得た瞬間に死ぬ、相反する究極の光景。

得がたくも得た実感の中彼は死んでいく、漸く得た実感を噛締め死ぬ。

それで構わないと、まるで得る事が目的(・・・・・・)であり、その先(・・・)など要らないと言うかのように。

 

 

「それがおかしいって言ってんですよ!せっかく得た実感を何でそうも簡単に手放せるって言えるんですかい!アンタは間違ってる…… 生の実感、それを求めるのはもうこの際どうだっていい。 ……だけど、得ても死んだら(・・・・・・・)意味なんて無い(・・・・・・・)!死んで得る事よりも、アンタはアンタ自身が生きて得られる事に意味を見出すべきだっ……!」

 

 

死にたがりよりも生きたがりの方が幾分かマシ。

サラマの内側に何時からかあったその言葉、あった筈なのに忘れていたその言葉、しかし彼を形作ったその言葉。

言葉に、その意思を自らのものとして“生きたがり”の人生を送ってきた彼にとって、フェルナンドの死んでもいいという言葉は悲しすぎた。

まるで自分というものが勘定に入っていない死生観。

目的の為に命を投げ出す事を厭わず、目的を達したならばその命すら無くて構わないという価値観。

 

そう、サラマから見るフェルナンドという男は先が無い(・・・・)のだ。

求める先、求めたものを得た先、目的を達したその先が彼には無いのだと。

 

得た先でどうするのか、何を成すのか、その展望がこの男には欠落してる。

何処までも彼にとっては得がたいもの故に先を考えている余裕が無いのかもしれない、しかしサラマにはフェルナンドがその先を考える心算が無い様に見えてしまった。

下手をすればこの男は、求めたものを得た瞬間本当に死んでしまう。

そんな幻視を見るかのようなサラマは、フェルナンドの背へと吐き捨てるように言葉を零す。

 

 

 

何かを得る事よりも、得た先に意味を見出すべきだと。

 

 

 

「馬鹿野郎が…… “先”の事まで考えられるなら、もっと利口な生き方も出来るだろうがよ。利口な生き方(ソレ)が出来無ぇって事は、俺は“今”を……今の俺で必死にもがくしかねぇんだよ…… 」

 

 

サラマからの言葉を背に受け、しかし彼は止まらない。

そう止まる筈もないのだ、利口な生き方というものを彼は知らないのだから。

深慮遠謀の彼方、神算鬼謀の行く末、そんなものに彼は幾許の価値も見出さない。

ただ今という刹那を、今の自分のあるがままで生き貫く事しか彼に価値は無いのだ。

 

それは決して利口な生き方とは呼べないだろう。

寧ろ考え足らずの馬鹿者、いや大馬鹿野郎なのかもしれない。

しかしそれが彼なのだ、彼という男なのだ、フェルナンド・アルディエンデという男なのだ。

馬鹿で構わない、利口になる心算もない、ただ馬鹿が選んだ大馬鹿の道を馬鹿正直に進むだけしか、彼には無いのだから。

 

 

サラマにもそれは伝わっていた。

何処までも自分とは噛み合わず、価値観は平行線を辿るのみ。

相容れず、歩み寄れる訳でもなくズレた価値観と死生観の中、彼にも判った事がある。

幾ら言葉を尽くしたとてこの男は止まらない、という事。

己の抱える根源的矛盾を何処かで理解しながら、しかしこの男は進み続けるという事。

 

 

どうしようもない“餓え”にも似た衝動、“飢餓”を冠したこの男を象徴するかのような、愚かしくも愚直なその生き方を。

 

 

言ってしまえばやはり馬鹿なのだ、この男は。

大馬鹿なのだという考えがサラマには浮かび、それが妙に的を射ているとさえ思える。

何処までも変えられない道と、鉄の芯が貫き通す意志。

曲らず折れず、脆さすらその強靭さで弾き返してしまうような意思が、この男が馬鹿である由縁なのだと。

 

判ってしまったこの男の更なる本質。

餓え求め続ける馬鹿野郎、利口な生き方を知らぬ大馬鹿野郎。

何を言ったとて、どう説いたとてこの男が変る事は無いのかもしれない。

幾ら利口で上手い道を示しても、この男にはきっと意味が無いのかもしれない。

 

だがそれでも、例えそれが判っていたとしても、このままフェルナンドが及ぶであろう凶行はサラマに許せるものではないのだ。

 

 

「もういい…… アンタが筋金入りの大馬鹿だって事だけは嫌というほど良く判った。どうせ口で言ったって止まりゃしないんだ、だったら何度だってぶん殴って止めてやりますよ。藍染様の所にゃ行かせない……! 」

 

「……笑えるなトカゲ。 殴って止める……だと?ハッ! テメェにそれが出来る、と思ってやがるのか?」

 

「出来ますよ。 こっちは万全、対してアンタは傷は粗方しか治ってないし、体力も霊圧も万全じゃない。それに殴って気絶させるのは、もう一度経験済み(・・・・・・)なんでね…… 」

 

 

言葉での解決は実らず、もう残された手段は他にはなかった。

サラマとてこの選択が自分らしくない、という事は良くわかっているのだろう。

だが自分らしさを優先し、目の前の男が五体を損なう事を容認など出来ない。

使命でもなく立場でもなく、興味を引かれていた男が自ら先を鎖すような事をするのは我慢ならず。

そんな死にたがりを止める為ならば自分らしさなど捨てるという、サラマの強い感情故の最終手段なのだろう。

先を見据えられないという男が、もしかすれば後々こんなつまらない事で行き詰まるのは、サラマには許せないのだから。

 

そんなサラマの言葉に彼へと向き直るフェルナンド。

その顔には僅かだが皮肉気な笑みが浮かび、値踏みするようにサラマを睨む。

距離はそれほど離れてはおらず、互いもう少し近づけば射程内となるだろう。

やはり何処までいったとて彼等破面に平和的解決など望むべくも無い、という事なのかもしれない。

どうしたとて優劣、正邪を決めるのは戦いという事。

 

だがフェルナンドとサラマ、互いに僅か爪先に力が篭った瞬間、第三者の声が響いた。

 

 

 

 

「お前達。 幾ら自分の宮殿だからといって、こんな所で何をはじめる心算だ……?」

 

 

 

 

響いたのは凛として涼やかな女性の声。

今し方フェルナンドが背を向けたばかりの門の前に、その女性は立っていた。

金色の髪に翠の瞳、褐色の肌をしたその女性は第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル。

闘気放つ二人を見てやや呆れた風の彼女が、そこに立っていた。

 

 

「……取り込み中だ、用事なら後にしろハリベル」

 

「そういう事ですアネサン。 用事は後にお願いします」

 

 

どちらもハリベルに一瞥もくれる事無く、目の前の相手から目を逸らさない二人。

用件を聞くことも無く今は只打ち倒す事が頭を占めつつあるのだろう。

だがハリベルとてただ遊びに来るという人物ではない。

こうして彼女がここに来たのには理由があるのだ。

 

 

「悪いが断る。 私とて遊びに来たという訳ではないのでな。藍染様よりフェルナンドへの処罰を伝えに来たのだ。まったく……藍染様は私が“適任”だと仰られたが、私はお前の子守ではないのだぞ?それをお前は…… もう少し大人しくは出来んのか…… 」

 

 

一つ、溜息をついたハリベルが言うには、彼女は藍染からフェルナンドへの罰を伝えに来たという事。

彼女からしてもいい迷惑といったところなのだろう。

サラマは下官に伝えさせてくれと言ったが、まかり間違って今のような状況に陥っていたとすれば、下官では彼等に近づく事すら出来ない。

故にそれなりの実力者を予め向かわせた、という事なのだろうがフェルナンドが絡んだ面倒事となれば挙がる名前は一つ。

フェルナンドが最も言う事を聞く可能性を(・・・・)持っている人物、つまりはハリベルだ。

それ故の藍染の“適任”という言葉、言いえて妙であるが当の本人からすればいい迷惑といったことでしかない。

 

 

「処罰……ですかい? 」

 

 

便利使いされる事の哀愁と、またしても問題を起したフェルナンドへの呆れがハリベルの声に混ざる中、いち早くその言葉に反応したのはサラマだった。

そう、命令に反したという事への処罰が下されるという事は即ち、フェルナンド自身が自らを損なって償う必要がなくなるという事。

彼からすれば願ったり叶ったり、という状況ではあるがしかし一抹の不安がサラマには残る。

そんな彼を他所にハリベルはフェルナンドへの処罰を言い渡した。

 

 

「フェルナンド・アルディエンデ。 無断での現世侵攻及びそれに伴う死神側への戦力露呈、市丸統括官からの停戦命令無視、同統括官への恫喝、反逆未遂、自傷による保有戦力損失未遂、度重なる不敬等々…… これら十刃としてあるまじき行為の数々は看過できるものでなく。よって現第7十刃 フェルナンド・アルディエンデの号を剥奪(・・・・)し、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)とする…… はぁ……呆れてものも言えん…… 」

 

 

言い終えて額に手をあて、頭がいたいといった風で首を振るハリベルが告げたのは、フェルナンドの号を剥奪し十刃落ちとする、という罰であった。

不様な話である、何せこれでフェルナンドはある意味最速の十刃の名を冠した事となるのだ。

ゾマリの響転最速ではなく、最も早く十刃落ちとなった十刃として。

 

だがこれはフェルナンドにとっては甘い罰にすぎない。

元々フェルナンドは十刃となる事を望んではいなかったのだから。

それが今更十刃という位に執着するはずも無く、号を剥奪されたとて痛手にはなりえない。

 

要するにそういう事なのだ。

藍染にフェルナンドを罰する心算などない、という事。

書き連ねられた罪もその実意味のあるものはそう多くなく、見る者が見ればこれがただの茶番だという事は良く判る。

重要なのは藍染が十刃だからといって優遇することは無いという事実。

まるでありもしない平等という名の幻想を見せ付けるが如く、藍染が誰にも容赦しないという外面が出来ればそれでいいのだ。

そしてその外面も大きく意味を成すものではなく、最も重要なのは罰したという事実(・・・・・・・・)なのだから。

 

 

「さて、明らかに甘い罰ですが罰は罰、これでニイサンの罰は決まった訳ですが…… どうです? これで手打ち、って事にしませんか?」

 

「……トカゲよ、 答えが判り切ってる質問をするのは楽しいか?」

 

「楽しいですよ、それで事が治まるならね。 ……まぁ、ニイサンが首を縦に振ってくれりゃ、尚良かったんですが……ね」

 

 

フェルナンドに下される罰は決まり、故にこの緊張状態は意味の無いものとなった。

という事にしてフェルナンドへと語りかけるサラマ。

その実緊張など毛先程も解いていないのは、きっとその問の答えに予想がついていたせいなのかもしれない。

終わりにしないか、というサラマの言葉。

フェルナンドが答えは否、サラマの予想通り否であった。

 

 

「いいか? 罰ってのは誰かに決めて貰うもんじゃ無ぇんだよ。最後に自分を罰するのは何時だって自分自身、自分を罰するなら誰かの天秤(・・・・・)じゃなく自分の天秤(・・・・・)を使うもんだ」

 

 

自分に罰を与えられるのは自分自身をいて他にはいない。

他者から与えられる罰は何処までも他人の価値観でしかないのだ。

第三者といえば聞こえはいいだろう、だが本当に償うべきは自分自身であり与えられたから償う(・・・・・・・・・)のと自ら償う(・・・・)事は決定的に違う。

自らの天秤にかけて適当かどうか、それこそが重要なのだとフェルナンドは言う。

 

この言葉にサラマは先ほどの自分の考えが、フェルナンドがその罰を釣り合いを度外視して直情的に決したという自分の考えが間違っていたと知った。

フェルナンドはしっかりと考えているのだ。

自分を罰するに足りるものは何かと、何をもって罰とするのかを。

自らの天秤にそれをかけ考えた上で、彼の中で釣り合いが取れている罰を口にしていたのだ。

それがどれだけ他人の目には常軌を逸し、過剰に映ったところで彼には関係ない。

他人がいくら自ら持つ物差しと天秤でそれを量り、過分だと騒ぎ立てたところでそれは所詮他人の裁量。

真に優先されるべきは償うものが自らに架す罰であり、自分に対する一切の甘さを排した罰をフェルナンドは決していた。

 

彼と他人の価値観のズレが過分さを際立たせただけで、その実彼にとってこれ以上ないほど釣り合いは取れている。

そして価値観のズレを態々磨り合せる事は必要ない。

高きに合わせる事も、また低きに合わせる事も必要な事ではない。

それぞれがそれぞれの価値観を持つからこそ、”個”は保たれているのだから。

 

 

「なら、やっぱり止めるより他ありませんね…… 」

 

「あぁ。 叩き潰して進むより他なさそうだ…… 」

 

 

だがやはり先の言葉のやり取りは決定打となった。

サラマが漸く、僅かながら理解したフェルナンドという男の内面。

それは表層に過ぎないのかもしれないが、確かに彼であった。

けっして利口とよべるものではないが、しかし自らに真摯に向き合い、犯した罪に過不足無く償う。

言葉を尽くす事に長けず、それでも彼自身の価値観に添って、何者の妨げも受けず進む鉄の男。

言ってしまえば大馬鹿者、しかし誰にでも出来る事ではない道を進む男。

 

その男を止めるためにサラマは強く拳を握り、フェルナンドも僅かに身体を沈ませる。

戦いの気運は高まり周囲の大気がチリチリと音を立てる。

霊圧の高まり、闘気の高まり、それらが広間全体に広がりつつある。

紆余曲折はあろうが結局ここに帰結するのが彼等なのだろうか。

拳が、武力が、力が正義であると。

それだけが真理であるとされるこの虚夜宮に、いや虚圏において対立する意見を決める手段など他にないのだ。

 

 

 

「まったく…… いい加減にせんかお前達は 」

 

 

 

だが再びその二人に割って入るのはハリベル。

伝える事は伝えたのだ、本当ならこのまま放っておいても何も問題は無いのだが、そこは彼女の律儀さ故か。

目の前で明らかに殺しあおうとしてる馬鹿者二人を放って置けるほど、彼女は冷徹ではないという事だろう。

実際目の前の二人、特にフェルナンドが解放などしようものなら辺り一面が焦土となる可能性も無きにしも非ず、放って置ける方がどうかしているとも言える状況であった。

 

 

「フェルナンド、この命令が下った時点でお前はもう十刃ではない。そのお前がこの宮殿を壊す事は許されない、少なくとも私の目の前では……な。かといって、私の眼の届かぬところでまた要らぬ騒ぎを起されるのも馬鹿らしい。 ……よって、ここは一つ被害の少ない方法で戦ってはどうだ?」

 

「被害の少ない方法……だと? 」

 

 

ハリベルの語ることは至極全うな意見だった。

十刃で無い者が宮殿を破壊する、などという事はまた要らぬ諍いと罪を重ねることであるし、かといって何も無い砂漠だからといって解放などされれば被害が広がるのは目に見えている。

ならばせめて自分の目の届かぬところで、という選択もあったがそれはどうにも責任逃れのようでハリベルには受け入れがたかった。

ではどうするか、ハリベルが提案したのはある程度被害を抑えて戦うという事。

まぁ戦う事は前提としてあるあたり、やはり彼女も破面だという事なのだろうが。

 

 

「そうだ。 互いに霊圧の放出を用いた攻撃防御の一切禁止、霊圧による肉体強化も無し、当然響転などの移動術も使用不可、刀剣解放は言うに及ばず斬魄刀を使用した攻撃も禁止。要するに五体のみで戦うのだ、これならそう被害は大きくはならないだろう?それにお前達はその術に長けているだろうしな」

 

 

ハリベルの提案は簡単に言ってしまえば只の喧嘩だった。

だがそれは破面や死神といった霊なる者のそれではなく、人間が人間どうしで争うものに近かった。

武器の一切を用いずただ己の五体のみで一対一をもって決着とする。

ただ彼らは破面であり人ではなく、その五体のみの持つ力も大きく何より鋼皮(イエロ)という攻防一体の外皮がある為自然と破壊力は上がる。

しかし霊圧という強大な力の放出さえなければ被害は比べ物にならないほど少ない事だろう。

 

妥協案としては最良ではないがまずまず、といった所のそれ。

周りへの被害を抑え、尚且つどちらの命も失われないようにするには咄嗟とはいえ、ハリベルの提案はまずまずと言えるのだろう。

彼女から見ればフェルナンドとサラマは良い関係に見えていた。

どうしても言葉が足らないフェルナンドには、サラマのような言葉を尽くす者が近くにいるのは良い事であるし、何より幾ら藍染への意趣返しとはいえ気に入らない者を彼が近くに置くとは思えなかったために。

なかなかどうして噛み合わない様に見えて噛み合っている二人だと、少なくともそう考えていたハリベル。

その二人が戦いの気運を高め、下手をすれば命を失いかねない状況は彼女には残念なもの。

故の代替案、命を失わない決着という代替案の提示だったのだ。

 

 

「俺は別に構いませんがね。 まぁ気に入らない、ってんならニイサンは解放でも何でもすれば良い。それでも俺が勝たせてもらいますがね 」

 

「随分とよく吼えるじゃねぇか、トカゲ…… ハッ! 霊圧があろうと無かろうと勝つのは俺だ、それをよく判らせてやるよ…… 」

 

 

サラマの挑発に食いつくフェルナンド。

こう言えばフェルナンドが乗ってくるのは目に見えてはいたし、もし解放されてもサラマは気概だけではあるが勝つ心算でいた。

行かせない、という強い意思がそう思わせたのか、その行動と意思は彼自身の為でありまたもう一つ。

フェルナンドという男の“ 先 ”の為、幾ら彼の中で釣り合いが取れていようともサラマにそんな事は関係ない。

サラマの価値観から言えば馬鹿げた話なのだ、こんな選択は。

 

この男は車輪なのだと、サラマは思う。

何処までも何処までも際限なく回転し加速し、何時しか壊れる車輪なのだと。

放って置けば直ぐにでも、そして自ら壊れようとする車輪なのだと。

 

ならば自分は歯止めとなる、サラマはそう思っていた。

そう簡単に壊させはしないし、易々と暴走させる心算もない。

ただ諭すのではなく時には実力をもって無理矢理にでも止めて見せる。

何故なら自分は彼に言ったからと。

進む先にこそ意味を見出せと、死んで終わるのではなく生き続けてくれと。

ならば、その先があると言った自分はついて行くのだ。

この男が生の実感の先にたどり着くまでついて行くのだと。

 

故に止める。

彼が自らを害そうとする事を。

万難を払うことは出来ないがしかし、陰日向に助ける事は出来るのだからと。

 

 

「俺が勝ったらニイサンは藍染様の所には行かないし、自分で目も腕も脚も斬ら無ぇ。何も失わないで言われた罰を受ける…… いいですね? 」

 

「いいぜ。 ……だが俺が勝ったら俺の好きなようにさせてもらう。文句は無ぇな 」

 

「ありませんよ。 勝つのは俺ですから 」

 

「ハッ! 上等ォ!! 」

 

 

フェルナンドの言葉を最後に二人の距離が急速に縮む。

まるで元からそこに立っていたかのように瞬時に互いの射程内へと相手を納めた二人。

奔る拳は力強く、打ち出され交差しそして互いの顔へと突き刺さっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かないのか? 」

 

 

互いに霊圧の全てを用いぬ戦い。

只鍛えられた己の五体のみを武器とし、相手を打倒する戦いの末。

響くのは派手な音ではなくただ拳が、蹴りが敵を打つ鈍い音。

撒き散らされた血と汗、予想通り宮殿は無傷というわけではないがそれでも柱の一本も折れていないのだからマシな方だろう。

そしてその戦いの中心地に、戦いの終わった戦場跡に立っていたのは一人だけ。

決着の形としてこれ以上ないほどの勝者と敗者の光景。

その光景の中心に立つ者に、その戦いを一人見届けていたハリベルは話しかけていた。

 

 

「何の話だ…… 」

 

 

ハリベルの声にぶっきらぼうに答えたのはフェルナンド。

戦場の中心にその脚で立ち、視線をハリベルへと向けるフェルナンドは、口に溜まった血を吐き捨てる。

そう、勝ったのはフェルナンドだった。

身体中に拳や蹴りで打ち据えられた痕を残しながらそれでも、勝ったのはフェルナンド。

今やサラマは彼の足元にうつ伏せで倒れるのみ、フェルナンド以上にボロボロである彼、息はしているがそれでも意識は失っている様子。

そしてその傷跡の違いはそれだけサラマが幾度も挑みかかった、という証でもあった。

だがそれは間違いなく勝者と敗者の光景であり、そしてサラマはとどかなかったのだ。

 

 

「何故かは知らんが行く心算だったのだろう?藍染様の所に 」

 

「……その話は無しになった(・・・・・・)んだよ。今さっき……な…… 」

 

 

行かなくていいのか、と問うハリベルの言葉にフェルナンドの答えは否ではなく是。

そう、彼は藍染の元にいく必要はなくなったと、いや正確に言えば行くことは出来なくなったと言うのだ。

状況の全てを理解している訳ではないハリベル、何故彼が藍染の元へ向かおうとするのか、それを何故サラマがこうまでして止め様としていたのか、その理由は判らないがしかし先のやり取りを見た限りでは勝利したフェルナンドは藍染の下へと向かうものだと。

少なくともそう理解していたからこそハリベルはいいのか、と問うたのだった。

しかしフェルナンドは無しになったと、行けなくなったと言う。

 

そう言った彼を見るハリベル、見れば彼の視線はハリベルにではなく下、彼自身の足元へと向けられハリベルもつられてその視線を追えばそこに見えたのは大きな手であった。

その脚で立つフェルナンドの片足、その足首辺りをがっしりとした手が力の限り握っているのだ。

手の主はフェルナンドの足元で気絶し、横たわる男サラマ・R・アルゴス。

そう、その手は例え意識を失っていようとも力を失わず、今もフェルナンドの脚を握り締めている。

握り締められた脚、そして握り締める手にはありありと“意”が浮かんでいた。

 

行かせやしない(・・・・・・・)

 

というサラマの強い意思が。

 

 

「それが理由……か 」

 

「あぁ…… 」

 

 

フェルナンドの脚を握り締めるサラマの手、それを見たハリベルはそう零した。

誰の目にも明らかにその手は強く握り締められていた。

そしてその強さは同時に意思の硬さでもあったのだ。

見事なまでの“意”、例えその意識が失われていようとも並々ならぬ決意がその手を離す事を拒み続けているかのように。

意志の強さ、これもまた鉄の意思。

他者の為に自らを貫き通す鉄の意志の表れなのだろう。

 

 

「残念だが俺にはもうこの手を振りほどく(・・・・・・・・・)力は残って無ぇよ(・・・・・・)。こんなデカブツ、引き摺って歩けるか阿呆らしい…… 戦いに勝ったのは俺だ。 だが、本当に勝ったのはもしかすればコイツかもしれねぇな……」

 

 

自らの脚を渾身の力で握るサラマの手。

そしてその強さから伝わるサラマの決意にも似た感情。

強い強い思い、それを無碍に出来るほどフェルナンドは外道ではないのだろう。

 

きっと本当ならば、その手を力任せに振りほどく事など容易い筈だ。

だがそれをしないのは見せ付けられたサラマの“意”へのフェルナンドなりの敬意ゆえに。

戦いに勝ったのは、武力という戦いに勝ったのは間違いなくフェルナンドだろう。

だが何の為に戦っていたかを思ったとき、その勝利者は一体どちらか。

力で下したフェルナンドか、意を見せつけたサラマか。

 

フェルナンドにとってこの戦いの真の勝者はきっとサラマなのだろう。

少なくとも彼にとってそうである、という時点で既に勝負はついたのだ。

サラマの勝利という形で。

 

 

「良い従属官(フラシオン) ……いや子分を持ったな、フェルナンド。 ……それによく似ているよ、お前達は 」

 

「どこが良い子分だよ。 口を開けばのらりくらりと…… どうせ言う事なんか聞きゃしねぇし、コイツの思った通りにしか動く心算も無ぇだろうさ。ったく面倒な野郎だ…… 」

 

 

変った、ハリベルは内心そう思っていた。

何処が変ったのか、明確に判った訳ではないがしかし、変ったとハリベルは感じていた。

今までほぼ毎日のように顔を合わせていた彼が、久しぶりに合ってみれば何処かしら成長している。

それは武力であるしそして今回のように内面的にも。

男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉もあるがその通り。

日々成長、日進月歩であろうとも彼らもまた成長し、そして変っていくのだ。

 

そんなハリベルの内心は他所に、サラマと似ていると言われたフェルナンドは至極嫌そうな顔をしていた。

ハリベルにそんな心算は無いのだがサラマと似ている、という事は彼からすれば藍染とも似ていると言われているようなもので、それは何とも嫌な事である様子。

ああだこうだとサラマと自分は似ていないと説明しようとするフェルナンド。

だがその様子すらハリベルにはどこか可笑しく見えてならなかった。

 

 

「フフ。 やはり似ているよ。 今のお前の言葉、まさしくお前そのもの(・・・・・・)じゃないか」

 

「チッ。 笑えねぇなぁ…… 」

 

 

まさしく的を射たハリベルの言葉に、ばつの悪そうなフェルナンド。

こういった言葉尻を捉えるのはサラマの仕事だと内心思う彼。

 

そんな二人のやり取りの中、フェルナンドの脚を掴み気絶しているサラマの表情はどこかしら、満足気であった。

 

 

 

 

 

 

 

蔦絡む七座

 

沈む炎の

 

眼に映らず

 

夜明し人等の

 

苦き思い出

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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