BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

66 / 106
BLEACH El fuego no se apaga.58

 

 

 

 

 

血に染まり悲鳴を上げ、血に染まり勝利を叫ぶ。

血に濡れた手を洗うのは新たに滴る血の雫であり、故に彼等の手から血が拭われることはない。

歓喜を叫び、怨嗟を叫び、雄叫びと罵声、賞賛とそれ以上の嫉みを溜め込んだ闘技場は今や見る影も無い。

号を得た者、失った者、勝利を得た者とその影で命を落とした者。

彼らを突き動かすのは突き詰めれば欲であり、我欲を満たさんが為の闘争は終着をみた。

 

終着の光景は鮮烈。

砂漠に形作られた黒い棺は黒い魔竜を一瞬にして飲み込み、悲鳴の欠片すら残さずに閉じられた。

棺は竜の悲鳴の代わりに低く重く、そして暗い叫びのような残響を残し消える。

その叫びが終わり閉じられた黒い棺が開かれた後には、もう何も残っていなかった。

 

ネロ・マリグノ・クリーメンが存在していたという証明は何も。

 

 

いや、正確には一つだけ残ったものがある。

それは何よりも重い“畏怖”と“恐怖”。

全てを殺しつくすかのような黒き竜を前に尚その顔には笑みを湛え。

何をするでもなくただそこに居るだけで竜を怯ませ、脅えさせる存在感。

腰に挿した斬魄刀を抜くことすらせず、ただ己が圧倒的な霊圧とそれを用いた術によって触れる事すらなく竜を屠った規格外の力。

それはまさに“死”を連想させる光景。

誰もが自らを無意識に黒き竜に、ネロ・マリグノ・クリーメンという名の竜に置き換えそして戦慄した。

勝てる訳が無いと、前に立てば自分に待っているのは”死”だけだと、怖ろしい、ただ怖ろしいと、そして認識するのだ、その怖ろしい存在こそ自分達の王であると。

 

 

藍染(あいぜん) 惣右介(そうすけ)という名の我等の“王”であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かばかりの時が流れ、その場所には再び多くの破面達が集結していた。

その場所の名は『奉王宮(レイアドラス・パラシオ)』、虚夜宮における藍染惣右介の居城でありその中の一角、この虚夜宮で唯一人藍染のみが座ることを許される王の証明、玉座の据えられた広間、『玉座の間(デュランテ・エンペラドル)』である。

 

度重なる闘技場の破壊と崩落、それに巻き込まれ、或いはネロによる無差別な虐殺によって恐慌状態となった破面達。

その場を逃げ出した者も多く、そのまま強奪決闘(デュエロ・デスポハール)は終了となり本来その場で言い渡されるはずの最終的な“号”の通知等は行われなかった。

残った者だけに通達するという手段もあったが、今回の強奪決闘は図らずも(・・・・)四つの十刃越えを抱え込むものとなり、その結末を皆が納得行く形でという建前の下、今日改めての通達という運びとなったのだ。

 

 

下官、破面もどき、号を持たぬ破面から数字持ち(ヌメロス)十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、そして付き従う従属官(フラシオン)を連れた十刃(エスパーダ)達。

彼等の居る場所よりも高い位置に据えられた玉座に近付くほど強くなるその並びは、彼らにとって誇らしいものであり、それ以上に羨望と嫉妬を呼び起こすもの。

見える背中は大きく、しかしいつかお前を血の海に沈めてやるという殺意が満ち、それを背に浴びながらも平然とする者達の連なり。

下位では微々たる変動はあるものの、長らく不動であった最前列に構える虚夜宮の十傑。

背に刺さる視線を平然と、いやそれ以上に感じる事すら不要だといえる実力を個々に持つ十体の破面、十刃。

 

その列が今回大きく動いた。

 

二つの十刃越えは誰の眼にも明らかな結末。

片方が片方をその力をもって降し、或いは殺したという勝者と敗者の構図を。

もう一つの十刃越えは誰もが勝利者を決めかねる結末。

片方が戦いを優位に進め、とどめの一歩手前まで迫るも横槍によって沈み、最後は両者共に闘技場を去るという水入り、言うなれば引き分けの構図を。

最後の一つ、これは十刃越えと言っていいのかも怪しい代物で誰もが困惑を抱える結末。

虚夜宮の“暴力”の結晶をいとも簡単に連れ去り、それをも超える霊圧を発してみせ、再び現われたその結晶に瀕死の重症と呼んでいい傷を負わせていたが、“王”の登場により決着が着いたという結末。

 

この都合四つの十刃越え。

それらの結末がどういったものを迎えるのか、下官やもどき、数字持ち、それ以上に十刃達も興味はあった。

順当に行ったとて大きな変動が訪れることは必定。

そして何事も順当に、順調に行く筈が無いのがこの虚夜宮(ラス・ノーチェス)という場所であり、その認識になんら間違いなど無い。

 

故に興味がある。

先の戦い、その結末、行く末に。

 

 

 

「皆、よく集まってくれた。 先の強奪決闘、その顛末を知るキミ達なら判ると思うが、あのような形でしか彼を止める事が出来なかったのは悲しい事(・・・・)だ…… だが皆には覚えておいて欲しい。 私はあの選択が間違いだとは思わない。そして、同じ事が起これば私は、同じように“力”をもって制するという事を」

 

 

玉座の後ろにある通路から現われた藍染は、一度ぐるりと眼下の破面達を見回した後そう口にした。

その顔には僅かながらの悲痛さを滲ませ、しかし強い意思を持って続いた言葉に多くの破面は息を呑む。

彼らに浮かぶのは一様に恐怖の感情。

僅かではある、表情を変化させるにも至らない僅かな恐怖。

しかし浮かんだそれを藍染は見透かす。

それは藍染の確認作業であり、彼等の内に恐怖の華が咲いたかどうかを知る為の言葉。

僅かばかり浮かんだそれを藍染は満足そうに見下ろし、普段通りの“笑み”を貼り付け玉座へと腰掛けた。

 

 

「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。先に行われた強奪決闘、その結果を皆に伝えるためだ。本来ならばその場で言い渡された“号”を得て終わりとなるのだが、今回はそれ以上に皆が知りたいことが多いと思ってね。そう…… 新たなる十刃が誰なのかという事を 」

 

 

玉座に深く腰掛けた藍染、その光景は余りにも似合いで、やはりこの玉座に座すべきはこの男であるという事を再認識させるものだった。

そして藍染が語ったのは強奪決闘その結果について、彼の言う通り下位の者達の決闘ならばこのように再び全員を集めてまで言い渡す必要など無いだろう。

 

だが今回は違う。

虚夜宮の中でも実力の突出した十刃がその席の多くを入れ替える、いや、奪われ剥奪されともすれば簒奪される。

その出来事はただそういう事があった、という情報の伝播だけで納得するには些か無理があった。

故の招集、そもそも異論など上がる筈も無いがしかしそれでも皆に直接伝え、そして皆が納得したという形(・・・・・・・・)こそを必要とし今回の招集はかけられたのだ。

 

 

 

 

 

事の中心にいる十刃達、その反応はそれぞれであった。

多くの従属官を引き連れたバラガン僅かばかりの怒気、というよりも苛立ちを滲ませながら豪奢な椅子に腰掛け、藍染を睨みつける。

それは玉座に座す藍染への苛立ちであり、なにより自らが招いた失態に対する自分自身への苛立ち。

己が願望により目を曇らせた自身への苛立ちに他ならず、しかし王である自らが犯した失態がこの上なく愚かだった事を自覚する故の苛立ちだった。

 

 

 

ハリベルはどこか複雑な心境を抱えその場に立っていた。

恐らく彼女がこの虚夜宮へと連れてきた者、フェルナンド・アルディエンデは今日自分と同じ十刃という位階まで登り詰める事だろう。

それは喜ばしい事であるし、何よりいつかと思っていた約束の時が近付いたという事でもあった。

しかしそれは同時にもう二度と、“手合わせ”という形で彼と戦うことは無いという事でもある。

“十刃同士の私闘は厳禁”

秩序を重んじる彼女にとってそれは当然の事であり、それ故に手合わせという形をとろうとも彼女がそれを選択することは無いだろう。

故の寂しさ、しかしそれ以上に再び相見える瞬間への期待が彼女には高まっていた。

 

が、今はそれすらも瑣末。

彼女が今もっとも危惧しているのは一つ。

 

 

フェルナンド・アルディエンデが、素直に十刃の席に着くか否かの一点のみであった。

 

 

 

第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファーはただ目を閉じ佇んでいた。

彼にとって他の十刃がどうなったのか、そもそも新たな十刃が誰なのか等ということは瑣末の極み。

関係ない、彼がその思考を揺らす必要すらない出来事、それが彼にとっての強奪決闘とその顛末。

故に彼は目を閉じていた。

その目で見ることすら、必要は無いといわんばかりに。

 

 

 

自らに向けられた奇異の視線を無意味と内心断じながら、アベル・ライネスはその場に立っていた。

相変わらずの白い外套のような死覇装、手も足も見えず存在を隠すようなその外套を身に纏い、しかし今彼女は奇異の視線に晒される。

それは彼女の顔に、あの嘴を模し、目の文様が刻まれた仮面が無い(・・・・・)からだ。

あるのは黒い厚手のヴェール、普通ならば視界を遮るそれも彼女にとってはなんら障害にならず、仮面の代わりなのか彼女の顔の上半分を覆い隠していた。

元々隠していた訳でもない性別、しかし既に周知の事実となったそれを再び仮面で覆い隠すのは無意味と断じた彼女は、代替としてそれそれ選択した。」

顔を隠す、というよりも自らの視界を覆う事を目的としたヴェールはおそらくただの布ではなく、それ相応の代物。

女性だというのに華美な装飾がまったく見えないそれは裸眼では見えすぎる(・・・・・)その目を覆うことだけを目的にし、無意味を嫌う彼女らしい選択ともいえた。

向けられた奇異の視線、しかしその中で他とは違う一つの視線も感じながら、彼女はただ佇む。

 

その内に、一つの決断を抱えて。

 

 

 

第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ノイトラ・ジルガは藍染の言葉など意にも介さず、ただ一人だけを見据えていた。

アベル・ライネス、彼に屈辱を与え、彼が越えることを望みなによりその在り方、考え方が気に喰わない相手。

達観、ともすれば諦観をその在り方とする彼女は、彼にとって何処までも気に喰わない相手だった。

彼は諦めない、たとえ腕を全て落とされようと、両の足をもがれ様と、その意思さえ残っていれば決して諦めない。

戦いの内側に居る間は決して勝利を諦めない、その末に自らが死んでも構いはしないのだ、戦いの内側で死ぬ、最後まで戦って死ぬ事こそ彼が追い求めるものだから。

故に彼はアベル・ライネスを睨む。

彼の中でまだあの戦いは終結を迎えてはいない。

両者共に生きているなどという都合のいい結末を彼は許せないから、それが彼の戦いの哲学なのだろうから。

 

 

 

残る二名、第9(ヌベーノ)第10(ディエス)であるアーロニーロ・アルルエリとヤミー・リヤルゴにとってはこの結末がどう転ぼうが関係は無かった。

アーロニーロに関して言えば彼が負う役目ゆえに十刃からの排斥は考えづらく、何より自分がまったく絡んでいない強奪決闘などやっていようがいまいが関係無いといったところだろう。

ヤミーに関してもそれは同様で、強いて言えば今日この場でなにか面白いことが起こればそれはそれで儲けもの程度にしか考えていない。

そもそもヤミーにとって強奪決闘は茶番にしか映らない。

誰が最強か、それを論ずることすら彼には無意味。

自らの“号”を知る彼からしてみれば。

 

 

 

そして残る十刃、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオと第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーはこの場にはいない。

 

いや、正確には片方はこの場に来ることを良しとせず、もう片方は来る事すら出来ないと言った方がいいだろう。

ゾマリ・ルルーという存在は既にフェルナンドによって葬られ、灰燼へと帰した。

戦いの結末としてこれ以上ないほどの勝利と敗北の図式、片方が生き片方が死ぬ。

それに則りフェルナンドは生き、ゾマリは死んだのだ。

 

引き替え第6十刃であるドルドーニは傷を負いながらも存命、しかし彼はこの場に来る事はなかった。

 

”既にこの身は十刃ではない”

 

それだけが彼が語った言葉。

十刃ですらない自身が藍染に拝謁する事は出来ないと語り、何より今更告げられずとも彼自身誰が今最も第6十刃に相応しい者であるかを理解している故に、彼はこの場に来る事はない。

門出を祝うなどという事を望むような男ではない、とドルドーニは理解しているから。

そしてあの男にとって第6の座は“到達点”ではなく“通過点”に過ぎないと知っているから。

 

そして自らがいない事で語りかけているのだ、お前が第6十刃なのだ、と。

 

 

 

 

「それでは皆に紹介しようか、新たな十刃達を。そしてその頂点、第1十刃は彼だ…… 前に来てくれるかい?スターク(・・・・)

 

 

 

それぞれの思惑を抱えた十刃達、それを前に藍染は新たなる十刃を告げ始める。

そして最初に呼ばれた名前、その名に広間がざわりという音と共に揺れた。

“ スターク ”

藍染は確かにそう言ったのだ、第1十刃と、第1十刃を“バラガン”ではなく“スターク”と。

広間全体を、一体どういう事だというざわつきが支配する。

最初に多くの視線が向かったのはバラガンに、藍染の発言に対し彼がどういった反応をするのか、それが藍染の一存なのかそれともバラガンも承知の事なのか、困惑と疑問の視線がバラガンへと向かう。

視線の先のバラガンは、脇に控えた従属官が驚きで声を上げようとするもそれを軽く手を上げて制していた。

おそらくどういう事かを問おうとした従属官を制するバラガン、そしてその行為は同時にこの出来事がバラガンも承知の事である事を、見る者達に感じさせるのに充分な行為だった。

 

次いで視線の群れが向かったのは藍染。

呼んだはいいがその人影は十刃達のいる最前列にはおらず、一体何処にいるのかと探す破面達は自然藍染の視線を追うために彼へと目を向ける。

そして彼らが見た藍染の視線は遠くを、彼ら多くの破面達がいる場所よりも更に後ろを見ていた。

視線が一斉に後ろを向く。

そして彼等の視線が捉えたのは、広間へと入るための大扉の淵に寄りかかるようにして面倒くさそうに頭を掻いている一人の男と、その隣に立つ小柄な少女だった。

 

扉の前の男、スタークは一つ盛大な溜息をついた後藍染の座す玉座の方へと歩き出し、少女の方も同じように後に続いた。

彼らが視界に捉えたその男、彼らはその男の事を知っていた。

いや、知っているというよりも見たことがあると言った方が正しいだろう。

強奪決闘の最中、第5十刃と第8十刃の決闘に乱入した第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンの凶行から彼らを救い、そして闘技場から瞬く間に彼を連れ去った男。

そして天蓋の上でネロに相当、いやネロを凌駕する霊圧を発してみせた男、それが彼、スタークだったのだ。

 

最前列へと向かうスターク。

その前を遮るようにしていた破面達は自然、道を開けるようにその場を退いていった。

その視線に困惑と疑問を、それ以上に殺気と怨念じみた感情を滲ませながら。

しかしスタークはそれを意に介した様子もなく開かれた道を進む、対して少女、リリネットの方はそれに過敏に反応したのか何の反応も示さないスタークの代わりだと言わんばかりに、あかんべぇをしてみせるも頭上から降ってきた拳骨によってそれは止められた様だった。

そんなやり取りをしながらスタークとリリネットは遂に最前列の更に前、玉座の最も近くへとその歩を進める。

 

 

「態々後ろで霊圧を抑えていることなど無いだろう?キミは第1十刃(プリメーラ)なんだ、もっと誇ってくれないか?スターク 」

 

「……ガラじゃないんですよ、そういうの 」

 

「フフッ、まぁいいさ。 キミがどう思おうともキミが示した実力は第1に相応しい。 ……そう思うだろう? バラガン 」

 

 

藍染がどこか親しみを込めるように語りかけた言葉に、スタークは先程と同じように頭を掻きながら答えた。

第1十刃、この虚夜宮でもっとも殺戮能力に長けた者に与えら得る称号、それはお前にこそ相応しいと語る藍染だが、スタークはただ自分のガラではないと言う。

本来ならば誇るべきそれも彼にとってはそれほど価値のある物では無いという事なのだろうか、しかしその様子を見ても藍染は咎める事はせずただ笑みを浮かべていた。

そして、藍染は事もあろうにスタークの実力が第1に相応しいものだという証明をバラガンに、現第1十刃のバラガンに求めたのだ。

空気が凍りついたように静まり返る広間。

現第1十刃のバラガンに対して、その座を簒奪する者をそれに相応しいかどうかを評価して見せろ、と言う藍染の言葉は酷以外のなにものでもないだろう。

ともすればこの場が死地に変る可能性すら秘めたその言葉、しかしバラガンも然る者、そのうちに巣食う感情など露ほども見せない。

 

 

「……その若造がネロの阿呆(アホウ)を追い詰め、殺す一歩手前だったのは事実。正面から戦えば儂とて無事では済まん…… 何よりボスが決めたことじゃ、逆らう余地など端からありはせん…… 」

 

 

それは事実上バラガンが位を下げる事を認める言葉だった。

決して自分が劣っていると言っている訳ではないだろう、しかし両者が戦えば無事では済まない事もまた事実。

何より藍染の決定こそ全てであるこの虚夜宮において、一人我を張ったと意味など無いとバラガンは語った。

そしてその口から藍染との“賭け”については一切零れる事はない。

それもまた王の矜持、賭けに負けたから仕方なく座を譲るという言い訳は余りに無粋で惨めな代物。

確かにこれは賭けによって成された降格ではあるが、しかしそれ以上にそれを招いた自身の愚かさがバラガンには際立っていた。

故に認める、王として、自らの失態を戒めるために。

 

 

「そんな事はないさ。 ただキミに認めてもらう(・・・・・・)事が皆に対して最も説得力がある。なにせキミは今でも“王”なのだから」

 

「フン、どこまでも言いよるわ…… なら儂はあの阿呆の後釜、という事か。なんとも座り心地の悪そうな事じゃい」

 

「そう言わないでくれ。 ネロの処断は避けられない事だった、そしてキミにはこれからも私を支えてもらわねば困る」

 

 

互い本心は見せない会話。

上辺を取り繕い、しかし他者には解らぬ様に刃を交わすかのようなそれ。

なにも本物の刀を交わす事だけが戦いではないという事なのだろう、こうした戦いも確かに存在する。

水面下、互い主導権を握り合うための舌戦、武勇ではなく知略の戦い。

派手さは無く、しかし場合によっては容易く武に勝るそれ、そうして二人は刃を交わしているのだ。

 

 

「皆も聞いたとおり第1十刃にはスタークを、そして空位となった第2十刃にはバラガンに座ってもらう。更に第3にはハリベル、第4はウルキオラがそれぞれ在位のままで皆、異論は無いだろう。そして次だが…… アベル、ノイトラ、前に出てくれるかい?」

 

 

言葉の刃の交わし合いが終わり、藍染が決定事項として第1から第4十刃の名を告げた。

そう、ここまでは決定事項であり多くの破面達からしてもバラガンの事を差し引けばおおむね予想通り。

 

しかしここからは違う。

 

藍染の言葉によってそれぞれ前へと進み出た二つの人影。

アベルとノイトラは互い距離を置きながらも藍染へと正対する。

進み出た二人は決着が着かなかった決闘の当事者、互いボロボロとなりしかし決しなかった戦いの当事者だった。

勝利者もなく、敗者もなく、互い生き延びしかし決さねばならない。

 

どちらが勝者なのか、そして敗者なのかを。

 

ネロの介入前までを見れば勝者は明らかにアベルだろう。

短剣の軍勢(エヘルシト・ダーガ)、そう呼ばれたアベル・ライネス必殺の計によりノイトラは死を迎える筈だった。

だがそれはそうなったであろう(・・・・・・・)未来であり、どこまでいこうも想像でしかない。

もしかすればあの状況からノイトラは抜け出し、反撃し、そして勝利を収めていたかもしれない。

誰にもそれは否定できないのだ、アベルの勝利を想像するのと同じように、ノイトラの勝利もまた如何様にも想像出来る可能性を持っているから。

故に誰もが知りたいのだろう、どちらが勝利者でありどちらがその“号”を奪われる敗者であるのかを。

藍染がどういった決定を下すのかを。

 

 

「二人にはすまない事をしたね。 私がネロを遇するあまり、キミ達の戦いに水を指す結果となってしまった。 ……これは私の不徳ゆえの結末だ…… しかし決着はつけなくてはいけない。十刃に欠けは許されない、特にこれからを考えれば尚更…… ね。 決定を下す前に二人とも、何か言いたい事はあるかい?」

 

 

まず藍染は謝罪の言葉を述べた。

決闘の未完は自らが招いた不徳、ネロを優遇する余りの不慮の出来事であったと。

しかしその言葉は上辺だけなのだろう。

藍染惣右介の言動、それに多く用いられるその手法。

まず相手を気遣い、時に褒め称え、謝辞を述べる。

それは相手の精神を僅かばかり緩めるための手管、強大な力を持つ自身が下手に出るという行為は相手にとっては往々にして恐れ多く、時には優越感すらあるもの。

だがそれは最初だけ、謝り、時に感謝しながらその後に続く言葉は否定を許されない決定事項であり、誰もがそれに逆らえない。

相手が、藍染が一度下手に出たことによって生じる僅かばかりの罪悪感、向こうは一度謝罪し、或いは感謝を述べた、ならば自分もある程度の譲歩はしてもいいだろうという思考の芽生え。

故に許してしまう、多少無理のある願いであろうとも。

逆らう事は元から許されず、しかし相手はそれを振りかざすのではなく自分に頼んで(・・・)いるのだと錯覚してしまう。

 

 

それが藍染惣右介の狙いであるとも知らずに。

 

 

先のアベルとノイトラに対する言もそうだ。

謝り、どこか謙りながらもその後に続く言葉は決定的なもの。

おそらく藍染の中で答えは出ており、そしてその思うとおりに進める心算が垣間見える言葉たち。

それでも一応彼ら二人に意見を求める方向へと向け、しかしそれを踏まえたという形をとって自らが望む形へ導く。

藍染惣右介にとって重要なのは、“思い通りの結果”であり、そこに辿り着くまでのそれぞれの意思などと言うものは始めから存在していないのだ。

 

 

「……では、私から一つよろしいでしょうか?」

 

「なんだい? アベル。 まさかとは思うが自分こそ勝利者に相応しい、等という事をキミが言うとも思えないのだが…… 」

 

 

二人へと言葉を求めた藍染、それに帰ってきたのはアベルの言葉だった。

一つ、言いたい事があるというアベル。

それを藍染は寛容に受け入れるが、一つ釘を刺す事も忘れない。

勝利を声高に叫ぶ様な者は十刃たりえない、“武”による戦いの勝利とは血に濡れた結果であり、言葉によって齎されるものではないのだから。

だがそんな事はアベルとて先刻承知、彼女が言いたい事はそんなことではなかった。

 

 

 

 

「無論です。 言葉による勝利など無意味極まりない。私が言いたい事…… いえ、聞き届けていただきたい事は一つ。私が十刃を辞す事(・・・・・・)をお許し頂きたいのです」

 

 

 

 

その言葉は多くの者に衝撃を伴って届いた。

 

十刃を辞す。

 

かつてこんな事を願い出た者がいただろうか。

数々の特権と自らの力を示すための階級、その頂点に立つ十刃。

それらをアベルは自ら捨てるという、不可解であり不可思議なその決意、彼女が口にした言葉は余りにも理に叶っていなかった。

 

 

「それは本気かい? アベル。 十刃の…… 第5十刃(クイント・エスパーダ)の位をキミは自ら捨てると?」

 

「そうです。 今の私ではおそらく十刃としては不足でしょう。そのような者がただ特権と位階にしがみ付く事は不様であり無意味だ…… ならば潔く一度身を退く事が最良の答えと判断しました。そして出来れば空位となる第5の座は、現第8十刃(オクターバ)に預けさせて頂きたく存じます」

 

 

流石の藍染もこのアベルの申し出は予想の範疇にはなかったらしく、珍しく驚きの表情をみせる。

対してアベルは顔の半分は隠れていたとしても、その僅かに見える表情、雰囲気に揺らぎはない。

熟考の末の回答、自らが相応しくないが為に十刃を辞すという選択。

合理的な彼女の自身への客観的観測に基づく結論がそこには見えた。

そしてさらに周囲を驚かせたのは、自らが座した第5の座が空位となるため、そこに第8十刃、ノイトラを据えて欲しいと言うのだ。

受け取り様によっては事実上の敗北宣言とも取れるその言葉。

負けを認め、彼こそが第5に相応しいとでも言いたげなその言葉は周囲を驚かせる。

 

しかし、驚きではなくその言葉に怒りを顕にする者が居た。

 

 

「ふざけんんじゃねぇ…… ふざけんじゃねぇぞ!第5(クイント)!! なんだその腑抜けた台詞は!なんだその選択は! 俺を第5の座に…… だと?ふざけんじゃねぇ!! 施しの心算か! 哀れみの心算か!どこまで…… どこまで俺を虚仮にすれば気が済みやがるんだ、テメェは!!」

 

 

その叫びは純粋な怒りだった。

十刃を辞す、その言葉だけでもノイトラにとっては激怒するに充分であり、その後に続いた自分を第5の座にという台詞で彼の怒りは一息に頂点を振り切った。

その言葉はノイトラからすればどこまでも自身を馬鹿にし、哀れみ、見下しているかのようだったのだろう。

確かに自分は負けそうになっていた、あのまま行けば十中八九負け、そして死んでいただろう。

だがそれでよかったともノイトラは思うのだ。

戦いの内側で死ねればそれでいい、勝利を積み重ね、“最強”を手にし、そして死ねれば尚いいがそれでも、戦いの内側で死ねるならば本望であると。

だが現実こうして自身は生き残り、そして敵であるアベルもまた生き残った。

ならば、ならばと、ならば再び戦いによって雌雄を決するより他選択肢などありはしないと彼は考えていたのだ。

 

だが現実は違う。

 

アベルは戦う事ではなく十刃を辞すことを選択した。

そしてそれはノイトラにとってこの上ない“逃げ”だった、勝ち逃げだった。

自らを瀕死に追いやった相手は勝ち逃げを決め込み、そして空位となった座をお前にくれてやろうとまで言い放つのだ。

虚飾、どこまでも、煌びやかなその座はしかし勝ち取ったものではなく、譲られた愚者の座。

ノイトラの怒りはもっとも、そしてその怒りが彼の手を伸ばし、アベルに掴みかかろうとしたのもまた仕方がない事でもあった。

 

 

「無意味だな、第8十刃。 そうやって不様な霊圧を撒き散らしても私に勝てない事は、貴様がよく知っているだろうに…… それに貴様は勘違いをしている。 無意味に怒るのは貴様の勝手だが、よくよく私の言葉を思い返してみるが良い。私が何時貴様に座を譲る(・・)と言った?私はこう言ったのだ座を預ける(・・・)と…… 」

 

 

ひらりと、それこそ舞う羽の如くノイトラの掴みかかろうとする腕を避わすアベル。

彼女からすればその腕を避けることは容易、怒りで乱れた霊圧では彼女には届かない。

それを忘れるほどノイトラの怒りは凄まじく、それだけ彼が心底怒っているのだという事を伺わせる。

そのノイトラに対しアベルはいつもの通り、鷹揚の少ない声で言葉を返した。

 

自分は座を“譲る”のではなく“預ける”のだ、と。

 

 

「先の戦い、私はそこで必要以上の傷を負った。特に“翼”に傷を負うという事は私にとっては死活問題に等しい。私の翼はその特性上非常に繊細だ、傷が塞がろうともそう簡単に機能が回復するものではない。故に今の私では十刃には不足なのだ、戦闘力の落ちた者は十刃足り得ないのは当然だろう?」

 

 

語られるのは真実の理由。

アベルが十刃の座を辞す理由だった。

ノイトラとの強奪決闘、その中でアベルは解放後の自身の翼に多大なダメージを負った。

穴が穿たれ、その表面に強力な虚閃を受けたことによる傷を抱え、彼女の翼は傷ついているのだ。

ただ飛ぶことが目的のそれならば、今日までの期間を置けばある程度の回復は見込めただろう。

だが彼女の翼は飛ぶことよりも彼女自身の能力に直結する重要な機関のひとつだった。

その目で霊子の流れすら見る女性アベル。

そして解放後はその黒い翼をもって精密で微細な霊子を感じ、或いは操作する事で戦うのが彼女なのだ。

故にその翼は生命線、そして微細な霊子操作を可能にするその翼は精密機器の集合体ともいえる代物であり、そう簡単に回復が見込めるようなものではない。

 

それこそが理由、彼女が辞す理由なのだ。

翼という生命線を欠いた今の彼女では十刃として求められる殺戮能力を、自身のそれを十全に発揮できない。

それ故に彼女は十刃の座を辞そうと言うのだ、客観的で合理的な結論の下。

 

 

「だがこの傷は決して癒えない傷ではない。 時を置くことで回復は充分に見込めるだろう。だから私は貴様に(・・・)座を預けるのだ、私が回復した暁には再び貴様と戦い、“号”を奪い返し、そして…… 貴様の死をもって私の完全性を再び証明するために。その為に…… 一度くらいは泥にまみれるのも悪くはあるまい(・・・・・・・)

 

 

そう、アベルの真意はそこに終結した。

“今の”自分では不足、そして座は“譲る”のではなく“預ける”と。

始めから彼女の言葉に“諦め”は存在していなかった。

傷を負ったままの自分では十刃たりえない故に今は辞す、しかし、傷が癒えたその時は再び十刃へと舞い戻ろうと。

その為に自分の座は貴様に預けてやろうとアベルは言っているのだ。

だがそれは確実に勝てるという目論見の下にある言葉ではない。

ノイトラ・ジルガはアベル・ライネスの先見にも似た予想を、一瞬ではあるが越えて見せた。

それは彼女にとって自らの価値観、それから導かれる完全な理論の崩壊を意味している。

許されるものではない、価値観の崩壊は自己の崩壊にすら等しくそれを容易に認められるような者がこの場にいる筈もない。

それ故彼女は傷が癒えたその時は、再び戦い、そして自らを再び証明することを望む。

 

なにもノイトラだけが戦いを望んでいた訳ではないのだ、アベルもまた自分の譲れぬもののため再び戦うことを望んでいたのだ。

 

 

「この俺を間繋ぎに…… だと? ……ケッ!どこまでもふざけた事言いやがって…… だがその言葉、忘れんじゃねぇぞ。 テメェの傷が癒えたその時は、どっちが強いか必ずハッキリさせてやる。あぁん? 十刃落ち(プリバロン)よぉ…… 」

 

「その挑発は無意味だが…… まぁ受けるだけなら問題あるまい、第5十刃(クイント)よ」

 

 

アベルの言葉に怒気を滲ませていたノイトラから怒気が薄まっていく。

彼にとって戦いを諦めたこと、そして何より情けをかけられたことが怒りの原動力であり、それが情けではなく再戦の誓いであるというならば話は別なのだ。

そして今すぐ戦っても意味がないことも彼は理解した。

敵が今傷を負っている状況、そこを攻めて卑怯だ卑劣だとさわぐのは高潔な精神ではなくただの偽善者だ。

戦いとは常にそういうものであり、互いが十全で戦えることの方が稀とも言える。

だが今、ノイトラは敢えてそれを望んでいた。

このアベルという破面だけは真正面から、完全となった彼女を真正面から叩き潰さねば自分は進めないという直感。

ネリエルと同じ、経験を積んだ自分が彼女と相対したいと思ったのと同じようにアベルにもまた正面から、そして勝つ事が自身の“最強”の証明となると。

 

 

「……話は、終わったかな? 些か私の考えていたものとは違ったが、キミ達が納得しているというのならばいいだろう。では第5十刃には新たにノイトラを、そしてアベルは十刃落ちとなってもらう。二人とも、これからも私を支えてくれ」

 

 

若干置いて行かれていた感がある藍染が、決着を告げる。

第5にはノイトラ、十刃落ちにはアベル、これがこの二人の決着が着かなかった戦いの決着。

そして図らずも藍染の思い描いた決着に近いもの。

元々アベルを排斥するために整えたノイトラとの強奪決闘。

ネロがアベルを殺す事がもっとも効率的ではあったがそれは叶わず、次点として十刃から排し、十刃落ちとして遠ざける心算でいた藍染。

図らずもそれは彼ら二人の合意という最も理想的な形で叶い、藍染はその笑みを深める。

廻っていると、世界は今自分の思い通りに、それ以上に思いもしない部分までが自分に都合のいいようにと。

これが天の座、世界の中心、願えば全て叶ってしまいそうな錯覚を覚えるほどの力だと。

 

 

「では次は第6十刃だが…… その前に今し方空位となってしまった第8十刃を決めようか。私にとっても少々想定外(・・・)の出来事でね、これという者がいないのだが…… 誰か、自分こそが十刃に相応しいというものはいるかい?」

 

 

アベルとノイトラが下がり、再び藍染が口を開く。

ノイトラが第5となり、アベルが十刃落ちとなった今、第8の座は空位となった。

それは藍染とて予想していたことだが、それでも口に出さないのは彼のいやらしさとも言える。

今もって十刃は完成しつつある、そして第8の座に誰が座ろうともその磐石は揺らぐ事ないと。

ならば座りたいというものを座らせるのもまた、一興だろうと。

ざわざわと揺れる広間、こんなにも簡単に十刃の座が手に入ることへの僅かばかりの不安と牽制がその場を支配する。

容易には動けない、そんな空気の中その空気など意に介さず、それ以上に異質な空気を纏ったものが前へと進み出た。

 

 

 

 

「ではその第8の座、僕にくれませんか?藍染様。 最近少々研究室が手狭でして…… 僕としては苦もなく十刃の施設を手に入れられるならもうけものですし」

 

 

 

 

進み出た者、桃色の狂気がそこには立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巡る円卓

 

狂気と獣

 

そして修羅

 

満つる座をして

 

黒き思惑

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。