BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.49

 

 

 

 

 

(フン! 上も騒がしくなって来よったわい…… )

 

 

豪奢な椅子に深く腰掛け、肘掛に肘を立てて頬杖を付くように座った老人は内心そう呟いた。

遠くから木霊するように響く爆発音と霊圧の余波、その音源は彼が今いる場所よりももっと高い高い場所から響いている。

そんな音を聞きながらも動じる様子なく座すその老人。

 

第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーン。

自ら“大帝”を称し、冠した称号に恥じぬ王気を溢れさせる筋骨隆々の老人は、その響く音に意識を向ける。

 

 

(ネロの阿呆(アホウ)が暴れだしたか…… まったく、考え無しに暴れよって…… 欠片も成長しとらん。 ……が、だからこそアレは“強い”ともいえるが……のぅ)

 

 

音源へと向けた意思、そして探査回路(ペスキス)第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンの霊圧をしっかりと捉えていた。

響く音、そして探査回路にかかるネロの霊圧、其処から鑑みるにネロの行動に論理的思考は見られず、おそらくは衝動的に暴れまわっているだけだろうと推察するバラガン。

藍染惣右介に幽閉され、そして解放されて後数年。

長命である破面が何かしらの成長を遂げるには短いかもしれないが、変化を起こすという点では決してそうとも言えない月日。

しかしバラガンの感じたネロは幽閉される以前、それどころか彼が初めてネロに出会ったときから欠片も変ってはいなかった。

 

斬り捨てるには充分な理由がそれこそ多くあった。

成長しない者、成長しようとしないも者、成長出来ないと限界を定めた者、バラガンにとってそれらは不要な存在。

伸びる事無く、伸びる努力を怠り、ここまででいいと満足する。

花の咲かない木はいらない、花をつけず、枝葉すら伸ばす事がないのなら切り倒してしまえ、と。

 

だがバラガンはネロという樹を切り倒す事はしなかった。

それはネロが先に上げた例から漏れる為、成長しないのではない、成長しようとしないのでもない、限界など決して定めていない。

ただ暴威を振るう、それが当然であるかのように、奪う事が呼吸であるかのように。

“暴”を“理”でもって制する事は必要な事だ、それが戦士としてのあり方なのだから。

しかし、それは戦士としての枠にネロという事象を当て嵌めた場合の話しであり、何よりネロは戦士ではない。

ネロのアレは戦いではない、命あるものに等しく襲い掛かり奪う災害、戦っているのではなく一方的に蹂躙する事こそネロという破面の存在定義なのだ。

 

それが正しいとバラガンは思うわけではなかった。

戦士としての在り様を身に付ける事は、ネロという破面が一つ上の段階へ進む為必要な事。

だがそれで弱くなるのでは話にならない、ネロという破面がとるべき二つの道、そのどちらもがわかる故にバラガンがネロを切ることは今だないのだ。

 

 

(それにしてもあの若造…… ネロの阿呆を有無を言わさず連れ去る実力がありながら、何故戦わん?臆病、という訳でもあるまいに…… それにあの若造には“ボス”も一枚噛んでおる様子…… なんともキナ臭いことじゃい )

 

 

ネロの事も然ることながら、バラガンが気にかかるのはネロを一瞬にして闘技場から連れ出した一人の破面。

その眼で捉えるまで存在すら気が付かなかったその男。

取るに足らぬと無意識で他の破面と一絡げにしていたのか、いきなり現れたようなその男はまさしく刹那の間にネロの喉を掴み、そのまま闘技場から消え去った。

 

 

去り際、バラガンに一瞬膨大な霊圧の気配を感じさせたまま。

 

 

バラガンが感じたのはあくまで気配、それがどれほどの霊圧かはわからないがそれでもネロという規格外の存在に然したる抵抗も許さず、連れ去るというのは生半可な実力でなせる事ではない。

ネロに迫る、或いは同等、それ程でなければ説明はつかないのだ。

 

しかし、今バラガンが探査神経に感じるのは荒れ狂うネロの霊圧。

もう一人の男の霊圧も大したものではあるが、その霊圧から戦っている気配をバラガンは感じ取ることは出来なかった。

不可解な事、自ら戦いを望み、それこそ許可までとって連れ出した相手と戦わないという不思議。

そしてその不可解な出来事と同等にバラガンが危惧するのは藍染惣右介。

 

藍染があの男にネロと戦う許可を出した(・・・・・・)、という事実。

本来ならば枝葉である破面の言葉が藍染に届くなどということはありえない、だが藍染はそれを聞届けそして許可を降した。

ありえない、本来ならば。

座興だったのかとも考えるバラガンだが、その考えは彼自身に否定される。

彼の知る藍染は座興と称しながらも、その実その全てにおいて“利”を求める男。

下す決定に無駄は無く、無意味と思える事柄もいつかは彼にとって大きな“利”を齎す布石なのだ。

故にありえない。

藍染があの男に許可を出した、という事実には必ず裏があるとバラガンはほぼ確信していたのだ。

 

そしてその確信は動き出した。

 

 

 

《やぁ、バラガン。 少し良いかい? 》

 

 

 

突如バラガンの頭に響くのは藍染の声。

驚きながらもそれは表に出さず視線だけを動かし、周りを確認すると彼の従属官達に藍染の声は聞こえていないのか、彼等の視線は闘技場の砂漠へと向けられていた。

 

 

《心配要らないよ。 私の声は今、君にしか聞こえていないからね》

 

 

まるでバラガンの心理を読んだかのように、藍染の声が再び響く。

それに若干の不快感を滲ませながら、バラガンは視線をやや上へ、藍染がいる一番高い観覧席の方へと向ける。

そして視線におさまる藍染の姿、相変わらず気に喰わない笑顔を貼り付けていると、バラガンはまた顔をしかめた。

 

 

《なんじゃい。 なんぞ儂に用事でもあるのか?》

 

《用事、と言うほどのものではないよ。 ただ、ギンを“上”に行かせてしまってね、話し相手がいないんだ。相手をしてくれるかい?》

 

《フン! どうせ断れもせんのじゃろうが…… 前置きは要らん。 何を狙っておる 》

 

 

バラガンの視線に藍染はやはり笑顔を貼り付けたまま応えた。

天廷空羅(てんていくうら)』、死神の術である鬼道、その中で霊圧を捕捉した対象との交信を可能とする術。

本来ならば多くの仲間に情報を伝播する事を目的とするこの術で、藍染はバラガンと二人だけでの交信を試みた。

 

傍に控えさせていた市丸ギンに上へ、ネロとスタークの戦いを見させに行かせた為話し相手がいないと、なんとも彼らしからぬふざけた理由でのこの会談。

しかし、言外に断る事は許されないという圧力を言葉に込めたそれに、バラガンは一つ鼻で笑うと了承するがバラガンも然るもの。

藍染の話し相手がいないなどというふざけた前置きなど必要ないと、本題を言えと言って切り返した。

 

口先、腹の底を隠した化かし合いなど他所でやれと。

バラガンとて弁は立つがそういったものを彼は好まず、藍染が何かしら狙っているという確信があったゆえの発言。

そんなバラガンに藍染は小さく笑うと、一つの提案を持ちかけた。

 

 

《狙っている、とは心外だな。 私は何も狙ってなどいない(・・・・・・・・・・)よ。こうして二つの戦いを見るのもいいが、それでは些か面白みに欠ける、そう思ってね…・・・そこでどうだい? 私と君で一つ、賭けをしないか?》

 

 

その提案とは“賭け”。

二つの戦場、繰り広げられる二つの戦い。

それも悪くはない、しかしそれだけではなくもう一つ楽しみがあってもいいのではないか、と藍染は言うのだ。

 

《賭け…… じゃと?》

 

《そう。 簡単な事さ、“上の戦い、勝者はどちらか”という単純な賭けだよ。勝敗はギンが見届ける。 あぁ、心配しなくても彼に手出しはさせないよ。無論私も手出ししない、それではつまらないから……ね》

 

 

藍染の言葉を訝しむバラガン。

賭け、という予想外の提案はそれだけではバラガンになんら脅威とはならない。

だが持ちかけてくる相手は藍染惣右介、”利”を重んじる男が何の勝機もない賭けを仕掛けてくるだろうか、ありえる訳がない、必ず裏があると怪しむバラガンを他所に藍染は賭けの内容を公開した。

 

天蓋の上、そこで戦う二人の内、勝者はどちらか。

 

単純極まりない賭け、そしてバラガンには見え透いている賭けだ。

 

 

《フン! なんともふざけた賭けじゃな。 だが何を賭ける?ボスが欲しがる“モノ”を儂が持っておるとは思えんのじゃがなぁ…… 》

 

《あぁ、それは簡単な事さ。 君には“座”を明け渡してもらえればそれでいい。もしネロが負ければ君には第2十刃(ゼグンダ)になってもらう》

 

《なんじゃと……?》

 

 

王と王、先王と現王、そして支配する者とされる者。

彼等の関係はそんなものだった、バラガンにとっては忌々しい事この上なく、それでも圧倒的な“力”でもって彼等を支配する藍染。

その藍染が欲するもの、ただ欲しいというだけならば有無を言わさず奪えばいい、しかし”賭け“等というふざけた事を言ってまで藍染が欲するものに、バラガンは思い当たる節がなかった。

 

だが藍染はその欲するものをいとも簡単に明かす。

それは“座”だった。

バラガンの冠する称号、第1十刃(プリメーラ)

この虚夜宮で最も強く、殺戮に長けた者にのみ冠する事を許される称号、そして座す位階の名。

藍染は賭けの対象としてそれを差し出せ、とそう口にしたのだ。

 

 

《随分と……ふざけた事を言ったもんじゃな、ボス。それを口にするからには、儂が勝った時の見返りもさぞ、大きいはずじゃのう……?》

 

 

明らかに温度が下がり、数段低くなった声のバラガン。

それは気配にも及び、突然機嫌の悪くなった主に対し、従属官達は何事かと訝しむがそれを口に出せば自分の首が跳ぶかも知れないほどの主の気配はそれすら許さない。

戦々恐々と言った雰囲気の従属官を他所に、バラガンは藍染を挑発する。

 

 

既にバラガンは一度“座”から追い落とされていた。

それは“王の座”、虚圏の王として君臨していたバラガン、圧倒的な力の前に敵などなくその圧倒的過ぎる自身の力にどこか飽いてしまうほどの、それ程の力によって手中としていた王の座。

だがその座は彼の前に突如として現れた藍染によって、脆くも崩れさり、そして奪われた。

 

その後に残ったのは屈辱。

殺すでもなく部下として仕えろ、と言う藍染にバラガンは燃え滾る怒りを飲み込み、従った。

だがその飲み込んだ怒りは消えることなく永劫燃え続ける地獄の猛火、いつか、いつか必ず追い落とすと、再び“王の座”を奪い返すと誓ったが故の隷属。

 

その隷属の中、彼から王を奪った男はさらに彼を追い落とそうと言うのだ。

許容など到底出来よう筈もない、燃え盛る屈辱、それを隠そうともしないバラガンにしかし藍染はただ笑顔を貼り付けたまま、その怒りに脅威など露ほども感じていないと言わんばかりの態度。

そしてバラガンの自分の座を明け渡すに釣り合う代価を見せてみろ、という問に藍染は再びいとも簡単にそれを口にした。

 

 

 

《そうだね…… では私も“座”を賭けようか。 “王の座”、私が君から貰った玉座を賭けよう。君が勝てば再び君は“王”だ…… 互いに“座”を賭ける、これ以上に釣り合うものは無い、キミもそう思うだろう?》

 

 

 

笑みの藍染から投げかけられた言葉に、バラガンは眼を見開く。

王の座、玉座という栄光の頂。

藍染はバラガンの第1十刃の座とその玉座を賭けようと言うのだ。

”座”という性質からすればそれは釣り合っていた、しかしその重みは決して釣り合っているとはいえない。

それでも藍染は賭けの供物としてそれを差し出すと、いとも簡単に言い放つ。

それすらもバラガンにとっては屈辱的であったが、それ以上にバラガンが気にかかったのはそれを、その重みを藍染が知らぬはずが無いという事。

この男がそう簡単に手中としたものを手放す筈が無い、という事。

 

その賭け、藍染が提案したその賭けに、彼は確実に勝てる気でいるという事だった。

 

 

《フン! 見え透いた賭けに煌びやかな供物…… それ程あの若造は強い……か。 最早賭けの体裁だけしか保っておらんのう。もし儂がこの賭けを受けなんだらどうする心算だったんじゃ、ボス?》

 

《まるで私がスタークに賭ける、とでも言いたげだね。別に君が退いたとて私は責めないよ。……だがどんな戦場にも不測の事態(・・・・・)は付き物、勝敗など毛先程の差で容易く変る。それに…… 受けなかったら(・・・・・・・)、と訊くという事はこの賭け、受けてくれるという事だろう?》

 

《まぁそういう事じゃい。 その賭け、受けるぞボス》

 

 

 

その会話はある種の通過儀礼。

バラガンは思った事、感じた事をそのまま口にし、藍染はそれを理解しながらも知らぬ存ぜぬ、腹の底で何を考えているかを見せびらかしながらそれでも隠すフリをして応じる

ワザとスタークの名を出したのがそのいい例だろう。

若造としか口にしないバラガン、誰もが知らなかったネロを強襲した破面の名を自分は知っている、そしてその実力もと言外に伝える藍染。

だが藍染にはそうしてもバラガンがこの賭けに乗ってくる、という確信があった。

 

何故ならそれは彼が今も王であるから。

王とは退く事が許されない存在、王が退く事は、王が逃げる事は根幹を揺るがす。

揺らぐ王に使える臣はなく、揺らぐ王に国を治めることは出来ない。

王とは前へ進む者、王とは座して尚掴み取る者、例え罠であるとわかっていても進みその先で栄光を掴み取る者こそ王者足り得るのだ。

 

故にバラガンは退かない。

それが、その賭けが藍染が張り巡らせた罠だと知りつつも退かない。

玉座などという煌びやかな罠にかかったわけではない、王として立つそのあり方が退く事を許さない。

そして何より、藍染が送り込んだ刺客よりもネロの方が強いという確信が、バラガンにはあったからだ。

 

 

《では、私はスタークに……》

 

《儂は当然ネロの馬鹿タレに……》

 

 

互いの選択に二人は異を唱えたりはしない。

それもまた通過儀礼。

判り切った選択、しかしそれ以外ない選択。

 

 

《賭けるのは互いの“座”、という訳だ…… おや? どうやら下の戦場も賑わいだしたようだね。ではバラガン、後はただ愉しみに待つとしようか、彼等と彼等の行方、というものを……》

 

 

賭けが成り藍染はその笑みを増す。

そして賭けが成ったその直後、彼が見下ろす闘技場に向けて歓声が沸いた。

その歓声、そして歓声が向けられた光景に藍染の笑みは更に増していく。

上の戦い、それも然ることながら下の戦いもまた、彼にとっては愉しみなものであった。

 

 

 

(さぁ、キミは私に一体何を魅せてくれるんだい?フェルナンド・アルディエンデ…… )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハッハハ! お嬢さん方、そう固くならず吾輩と一緒に少年(ニーニョ)の戦いをこの素晴らしい眺望から観戦しようではありませんか!あぁ、因みに吾輩の横、空いてますぞ? それも両方ねッ!!遠慮なく座ってくれ給え 」

 

「「オッサン! そこどけよ!!」」

 

「…………」

 

「まぁまぁ、可愛い小鹿(シエルボ)ちゃんも可愛い小獅子(レオン)ちゃんも落ち着きたまえ。それと吾輩の事は紳士(セニョ~ル)もしくは叔父様と呼んでくれて一向に構わないよ?あぁ、お薦めは断然叔父様だがね!」

 

「「誰が呼ぶか!!」」

 

 

なんとも姦しいやり取りがそこには響いていた。

髭を生やした上半身裸で包帯だらけの男、その男に食って掛るのは左右の瞳の色が違う女性と、褐色で長身の女性。

そんな女性達の声が届いているのかいないのか、男は一人黙っている長い黒髪の女性にも声をかける。

 

 

「さぁ、可愛い白蛇(セルピエンテ)ちゃんも恥ずかしがらずに、吾輩を叔父様と呼んでごらん!さぁ!!」

 

「…………」

 

「?? おやおや? どうしたね可愛い白蛇ちゃん?」

 

「…………」

 

「……あれ? お~い、可愛い白蛇ちゃ~ん…… 」

 

「…………」

 

 

 

 

 

「無視!? 無視なの!? 紳士とか叔父様とかそういう段階ですらなく、初対面でいきなり無視なのォォォ!?」

 

 

 

 

 

ハリベルが傷ついたアベルを伴って自らに与えられた観覧席へと戻ると、そこには混沌が広がっていた。

アベルは道中、解放を維持できなくなり常の白い外套姿へ戻った後気を失っており、そんなアベルを気遣いながら戻ったハリベル。

彼女の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンが姦しいのはいつもの事なのだが、そこに一人の異物が、眼下の砂漠で何よりも熱い戦いを繰り広げた男の一人が混ざった事で、その姦しさは輪をかけて大きくなっていた。

 

 

「ドルドーニ…… 貴様、一体何をしているのだ……?」

 

 

普段冷静なハリベルでさえ若干呆れさせるようなその光景、壮年の男性が若い女性に無視されたことに絶叫し、そして項垂れるというあまりに痛々しい姿。

そしてなにより本来居る筈も無い、いや、居れる筈もない(・・・・・・・)人物、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオが観覧席のテラスその一等いい場所に陣取って、彼女の従属官と噛み合わない会話を繰り広げている光景が彼女の前には広がっていたのだ。

 

 

「む、無視はヒドイ……? ん? おぉ!!これは美しい淑女(セニョリ~~タ)。やはりいつ見てもお美しい、まさしく一服の清涼剤の如き涼しげな眼差し!吾輩恋に落ちても宜しいですか?」

 

 

ハリベルを見つけると、ドルドーニは大げさな仕草で彼女に世辞の嵐を見舞った。

本来ならば絶対安静であろうこの男、それは当然グリムジョーから受けた傷がこの短時間で塞がる筈も無く、身体中に包帯を巻いている姿は痛々しくあるはずなのだが、この男の雰囲気ゆえかそれはあまり感じない。

 

「私は何をしている、と訊いたのだがな…… 」

 

「何を、と言われましても…… この程度の傷で病床に寝転がり、少年の戦いを見れないとはあまりに理不尽。よって戦いを見るため治療から抜け出し、どうせ見るなら美しい女性に囲まれようと思い此処に来た次第。いやはや美しい淑女もお美しいが、お嬢さん方も今後が楽しみなことですな…… やや、その淑女は一体!?」

 

 

ハリベルの問に何の迷いも無く答えるドルドーニ。

彼としてはグリムジョーに勝ち、そのままフェルナンドの戦いを見る算段だったがそれは叶わず、気が付けば自分は病床の上。

だがしかし、傷を負ったからといって彼の少年の戦いを見逃すのは惜しいと抜け出して来た、というのだ。

その後に若干不純な動機も垣間見えたが、ドルドーニはその視線をハリベルが肩を貸す女性へと向け、そして瞬時にその前まで移動していた。

 

 

「あぁ、美しきお嬢さん。 まるで眠り姫が如きたおやかなお姿よ…… 今まで吾輩、貴方の様な美しい方に出会った事はありません。もし許されるのならば、きっとこの世の何よりも美しいであろうその声を、不肖このドルドーニにお聞かせ頂くことは叶いませんか…… 」

 

 

もはやそれはこの男の(さが)なのだろう。

歯の浮く台詞を並ばせながら、恭しく跪くドルドーニ。

何故か戻らなかった仮面によって、その素顔を晒していたアベルにまるで臣下の礼をとるように振舞う彼。

そんな彼にハリベルは普段どおりの声で真実を突きつけた。

 

 

「彼女は第5十刃(クイント)…… アベル・ライネスだ。今は気を失っている、あまり騒いでやるな 」

 

「な、なん……ですと……!?」

 

 

雷に撃たれたかのようにその顔を驚愕に染めるドルドーニ。

アベルの素顔、というよりも女性だったということがそれ程衝撃なのか。

いや、それよりもアベルが女性だったという事に気がつかなかった事の方が、彼にとっては衝撃だったようだ。

 

 

「そ、そんな…… この吾輩が、女性(フェメニーノ)全ての従属官(フラシオン)を自負する吾輩が今まで気が付かなかった……だと?クッ! このドルドーニ、一生の不覚っ!!」

 

 

血涙を流しそうな顔で拳を握り締めるドルドーニ。

気が付かなかった事がそれ程の事なのか、自身の不覚を悔いている様子だった。

 

そんなドルドーニを他所に、ハリベルはアベルを近くにあった大きめの長椅子に横たえる。

眠るようにしているアベル、その顔を時折苦悶に染める彼女の肌は一層青白く、体力霊力その他諸々消耗し切っている事を伺わせた。

 

 

「スンスン。 すまないが彼女の介抱を頼む 」

 

「はい。畏まりました、ハリベル様 」

 

 

ハリベルは他の従属官、アパッチとミラ・ローズから少し離れた位置に立っていたスンスンにアベルの介抱を頼む。

他の二人に比べそういった部分にスンスンは長けており、スンスンも手馴れた様子で取り掛かった。

彼女等はアベルとノイトラの戦いをその眼で見ている分、驚きもい小さい様子で他の二人は手持ち無沙汰なのか居心地が悪そうだった。

 

 

「……で、貴様の傷は本当にいいのか、ドルドーニ」

 

「美しい淑女に心配していただけるのは嬉しい限りですが、これしきの傷で倒れる吾輩ではありませんよ。それにこれは“誇り”でもありますからな」

 

 

アベルをスンスンに預け、ハリベルはドルドーニに向き直るとそう口にした。

平気な顔をしているが、実際その動きはどこか精彩を欠いていることをハリベルは見抜いていたのだ。

それは当然、肩からわき腹に抜ける大きな傷、それ以外にも戦いの爪痕はドルドーニの身体に刻み付けられ、おそらく今も尚彼の命を脅かしている事だろう。

だがドルドーニはそれを口にはしない。

男などというものは皆そうなのだ、痛くとも痛くない、辛くとも辛くない、本当のことは口に出さずに耐える。

それが善意の心配の前ならば尚の事、言える訳が無い。

ちっぽけでも何でも一度張った意地は最後まで張り通す、馬鹿だが美しい男の意地。

 

それ以上にドルドーニにとってその傷は、彼の言葉どおり“誇り”だった。

全力、何の遠慮も無く叩き込まれた一撃、故に誇り。

そしてその傷を与えた者が自分を超えていったという事の証明、それ故に誇りなのだ。

 

 

「そう、か。 やはり私は貴様が羨ましいよ……」

 

「何を仰る。 誇りがあろうと負けは負け、今の吾輩は只の破面ですぞ?」

 

「ならば貴様はそれを悔いている、とでも?」

 

「いいえ、欠片も 」

 

 

ドルドーニの誇りある態度、彼をそうさせる戦い、ハリベルはそれを素直に羨ましいと言った。

対してドルドーニはそうは言っても負けは負けだと、肩をすくめる様にしておどけてみせる。

只の破面、十刃からの落差は如何ほどのものか、数々の特権は剥奪されその身に残ったのは誇りある傷だけ。

ならばそれを悔いているのか、と問われればドルドーニは真剣な面持ちで否と応えた。

悔いるはずが無いと、何一つ、あるのは満ち満ちた想いだけだと。

 

そんなドルドーニを見て、ハリベルはやはり羨ましいと内心思うのだった。

 

 

「ハリベル様!」

 

 

大きな歓声が闘技場に響き、それにつられてテラスから身を乗り出したアパッチが叫ぶ。

その声は目にした光景に対する驚きか、急かすようにして呼ばれたハリベルはドルドーニと共にテラスへと移動した。

 

 

「ほぅ……」

 

「おや、これはこれは……」

 

 

ハリベル、ドルドーニから零れたのはそんな言葉。

アパッチ、ミラ・ローズと共に眼下の砂漠を見下ろす二人。

そこにアベルの介抱が一段落したのかスンスンも合流し、その観覧席にいる全員が一様に砂漠に注視する。

 

眼下にあるのは三つの人影。

一つは立会人東仙要。

もう一つは彼等がよく知る人物、フェルナンド・アルディエンデ。

そして最後の一つ、最早人としての形を放棄したその姿で高笑いを上げるのは、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー。

彼女等の耳に響く笑い声は、まるで勝利を確信したかのようなそれであった。

 

 

 

 

 

「クハハハハハハ!! どうしました愚かなる獣よ!その腕、その腕ではもう戦えないでしょう?ハハハハ! それは貴方が招いたもの、傲慢にも私に解放させてしまったが故の代償!まったくもって愚か! 救済に値しない愚かさの爪痕ですよ!ハハ! ハハハハハハハ! 」

 

 

狂ったように笑うそれは最早、人ではなかった。

眼、眼、眼。

身体を覆うようにしてある眼の大軍。

その大量の眼には等しく狂気を宿し、その狂気はすべて眼前の罪人へと向けられていた。

 

ゾマリはただ狂ったように笑う。

それはあまりの愚かさ故。

一度は得た確実なる勝利を自らの傲慢さで手放し、そしてその傲慢さによって傷を負った目の前の男の愚かさ故。

笑うしかないと、笑う以外にこの状況に正しい選択はないとまで彼は感じているだろう。

 

彼の目の前、少し離れた場所で立つ愚かな男。

名をフェルナンド・アルディエンデ。

 

 

彼の眼は今、確かに見ていた。

左腕を力なく、ダラリとぶら下げるようにしているフェルナンドの姿を。

痛みかそれとも悔いなのか、俯くフェルナンドの姿を。

その左腕にしっかりと刻まれた自らの『愛』の証を。

 

 

故に笑う。

奪ってやったと、その男が最も信じるものを、拳という戦いの手段を支配してやったと。

明らかな優位。

一度は逃げていった絶対的な有利を、彼は再びその掌中に納めたと確信していた。

 

 

 

だから彼は気付かなかった。

 

 

 

 

優位を確信し、それに溺れた故に気付かなかった。

 

 

 

 

 

多くの眼を見開いているのに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

俯くフェルナンドの顔が、修羅の喜色に染まっているという事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛眼

 

暴緋

 

深蒼

 

紅羅

 

真なるは

 

須らく化生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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