BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
崩れた闘技場の大扉、崩壊する残骸とそれが巻き起こす粉塵の影から現われたのは、黄色の瞳、浅黒い肌の大男。
筋骨隆々、角張った顎に三本の黒い
薄手の死覇装を着込み後ろ手に組んだ手に自らの斬魄刀を握り、まるで何事も無かったかのようにその場に立つ男は第7位の十刃。
その顔にも、態度にも感情の色を表すものを伺わせないその男、だがその男こそフェルナンドをこの強奪決闘の舞台に上げた張本人であり、その上で彼を誅殺すると本人の前で宣言した人物だった。
「さぁ、お互い随分待たされた…… はじめようぜ、第7十刃サンよォ」
無表情のゾマリに対するフェルナンド、その顔は戦いを欲する顔となっていた。
スタークにネロという相手を奪われた形にはなったが、それは彼の中で決着がついていた。
奪われたのは自分が曝した未熟さ故、怒り、それに身を任せ飛び出し、周り全てに牙を剥き、結果視野を狭めスタークに背後をとられる。
戦士としてあるまじき行為、怒りは力を与えると同時に力以外を奪い去っていくのだ。
そして戦いとは往々にして力のみで勝てるものでなく、それに身を任せたのはフェルナンドの未熟。
曝したそれは取り消せるものでなく、それを曝した罰は受けねばならない。
結果、フェルナンドはネロをスタークに譲った。
曝した未熟、そしてスタークの瞳に浮かんだ悲しみに、彼が耐えられなかった故に。
「獣…… やはりアナタにはこの言葉がよく似合う。剣を捧げるべき主君に背き、ただ己の為だけに牙を振るう…… まったくもって許し難い……」
フェルナンドの戦いの気配をその身に受けながら、ゾマリは臆する事無く歩き出した。
その最中、首を何度か横に振りながら言葉を零す彼。
その言葉はフェルナンドの姿、フェルナンドの気配、その全てを指して獣と断じ、零れ落ちるその全てに哀れみの感情を深く乗せていた。
「ハッ! 別に誰に許してもらう必要も無ェよ。俺は、俺の求めるもののために“力”を得たんだ。あんな
ゾマリの呟きをフェルナンドは鼻で笑い飛ばす。
まるで哀れみを含んだその言葉の何を恥じるべきなのかが判らない、といった風で。
当然だろう、フェルナンドにとって力は他が為に費やすものではない。
今まで結果としてそうなった状況はあれど、その全ては彼の行動原理からくるものの副産物。
彼が今も昔も、そしてこれからも求めるのは一つ、“生きている実感”だけであり、その手段は戦う事、そして戦うための力を振るうことの何処に哀れまれねばならない理由が在ろうかと。
そして捧げるべき主君など彼には必要ない、全ては己の為に、ましてや自分の目的の為に戦士同士の戦いに平気で水を差す様な、厚顔で無粋な輩に仕える道理が無いと彼は言い切った。
「……その物言い ……その全てが侮辱と冒涜以外のなにものでもないと、その事に気がつかない時点でアナタはやはり獣…… いや、それ以下の愚物ですね 」
歩を進めながらもフェルナンドの言葉に応ずるゾマリだが、言葉が出るまでには些かの間があった。
その間が何を示すのか、おそらく何かしらの感情を押さえつけたであろうその間。
その感情こそ彼の本心、あくまで彼の口から零れる言葉は丁寧だが、しかし丁寧ゆえに滲む。
滲むのだ。
彼の怒りが。
「アナタが言うその力、アナタが得たというその力、ではその力はいったい誰から頂いたものか、それすら理解せずそれが全て己がものだとそれを振るう…… なんと嘆かわしく、愚かしいことか…… “王”とは慈悲深く、アナタのような愚物にすらその恩恵を分け与えて下さる。だがそれを“王”の為に使わないというのならば…… それは誅されて当然 」
一人語るゾマリ。
淀みなく前へ、フェルナンドへと向かって歩くその姿は彼の精神を表す。
揺れず、止まらず、疑わず、彼の考えは一本道、信じるものが疑いを抱く余地すらない“王”であるが故の一本道。
疑いは即ち冒涜であり、それ以上に心酔し崇拝する王の代行者を自負するゾマリ。
故にぶれない、故に唆されない、故に猛進する。
代行者としての使命を果たそうと。
彼の王とは言うまでもなく藍染惣右介その人。
絶対的な支配者、逃れられぬ支配の具現はそれだけで彼には盲信に値する。
そしてその神がもたらした数多の恩恵の上に自分達は居ると、その恩恵に報いる事は当然の義務でありそれを蔑ろに、更には礼すらとらないフェルナンドの存在は、ゾマリにとって容認出来るものでないのだ。
故に彼は宣言する。
フェルナンドからある程度の距離をとった位置で止まったゾマリは、再び宣言したのだ。
「よって私がアナタを断罪して差し上げましょう。罪状は不敬と冒涜、刑は…… “斬首”です 」
身長差からか、はたまたその態度ゆえか、フェルナンドを見下ろすようにして放たれたそれは死刑宣告。
丁寧に、まるでそれが世界共通の望であるかのように語るゾマリには、微塵の迷いも躊躇いも見えなかった。
あるのは使命感。
王の代行者、御使いである自分に課せられたであろう最上の使命、それを果たさんとする強烈なまでの使命感だけ。
「不敬も冒涜も、俺に覚えは無ェんだが……な。まぁいいさ、大層なお題目は済んだらしい…… ならはじめようぜ、喧嘩を……よぉ! 」
対するフェルナンドも変化したゾマリの気配を察したのか、戦いの気配を色濃くする。
自然体の体勢からゾマリへと向き直ると、身体を半身気味にしながら両足を肩幅程度に、両腕は目線より下あたりに構え、拳は硬く握りこむのではなくやや開いた状態にして構えを取る。
それは彼が本気の証。
取るに足らぬ相手ならば、彼はその構えをとることはない。
それは切り替える事。
精神的なものはもとより、自分の中で決めた動作、フェルナンドの場合ならばその構えをとることで切り替えるのだ、日常と戦場、それを明確に。
高まる戦いの気配に、立会人である東仙はその腕を高く上げる。
彼の先程までのフェルナンドに対する戦いの意思は消えていた。
あるのは只粛々と、主である藍染から命ぜられた使命、立会人としての使命を全うするという考えだけ。
「それでは…… はじめ!」
振り下ろされた腕は火蓋を切って落とす。
先に仕掛けたのはフェルナンドだった。
東仙の開始の合図と共にゾマリに向かって飛び出したフェルナンドは、怖ろしい速度でゾマリとの間合いを潰し、一瞬で自分の間合いに彼を納める。
そしてその突撃の勢いを残したまま片足を跳ね上げ、ゾマリの顔面目掛け上段蹴りを叩き込まんとしていた。
まさに電光石火、残像すら残さずその蹴りは一瞬にしてゾマリの顔にまで到達しようとする。
(ほぅ…… これは想像以上に速い。 大帝殿が一目置くのも頷けます……が…… )
フェルナンドの蹴りがゾマリの顔を捉える。
何の防御もなく、無防備にそれを受ければ昏倒するは必至、いや、昏倒で済めばいいだろう、二度と目覚める事などない可能性の方が強いそれ。
そう、即ち死だ。
それを前にゾマリはなんら動く気配を見せなかった。
只無防備に、只立ち尽くすそのサマは一見フェルナンドの蹴りに対応できていないかのようで、その実違っていたのだ。
当たる、とそれを見る誰もがそう思った瞬間それは起こった。
只無防備に立ち尽くしていたゾマリ、そのゾマリの身体が一瞬ぶれるとそのまま消え去ってしまう。
ありえない光景、ほんの数瞬、いや、刹那の後にはフェルナンドの蹴りが当たるかと思われた、だがそれは結果何もない中空を通過するに終わる。
一体何が起こったのか、そんな当惑を見るものに与えるその光景、しかしそんな困惑の隙すらありはしなかった。
「
その声はフェルナンドの傍らから。
今までフェルナンドの正面に居た筈のその声の持ち主、しかしそれは一瞬にしてフェルナンドの側面へと回っていた。
そして言葉と共に煌き奔るのは鈍色の光。
横向きに一振り、他の何を狙うわけでもなくフェルナンドの首だけを通り過ぎようとするその一閃は、寸前の所で首を捕らえるには至らなかった。
沈み込むようにしてその一振りを避けるフェルナンド。
目の前から消え去った相手の横合いからの攻撃、余裕があった訳ではない、だが対応出来ない程の攻撃でもなかったそれを避けた彼は、そのまま距離を置くことはせずに再び攻撃に転じる。
素早く戻した蹴り足はそのまま次は砂漠を蹴り推力へ、沈みこんだ身体もそのままに剣を振りぬいた体勢のゾマリの、そのガラ空きの胴を目掛け渾身の拳を打ち込まんとする。
拳は奔り、そのままゾマリの鳩尾へ。
振りぬいた刀が戻るには些か足りないであろう速さのフェルナンドの拳、防御という手段を失ったゾマリは本来ならばその攻撃に身を曝す以外ない。
そうしてなにも起せぬまま突き刺さるフェルナンドの拳。
めり込む、というよりは本当に突き刺さったかのようなその光景は、戦いの早期決着をうかがわせる光景だった。
だが違う。
それを誰よりも強く感じているのはフェルナンドだろう。
眼に映る光景は、自分の拳が相手の身体に突き刺さる姿、だがその突き刺さった拳からは
正確には何かを貫いた感覚はある、しかしそれは眼に映る光景から想像できるものとは違うのだ。
肉を裂き抉る感覚も、骨が
そう、相手を貫いたというのにまるで本当は、そこに何も無いかのように。
「
違和感を感じるフェルナンドに、その違和感を作り出したであろう男の声が降る。
それはまたしてもフェルナンドの横から。
だがフェルナンドの前には確かに自分の拳に貫かれたその男が、ゾマリが立っているのだ。
が、そんな事で思考を止めるのは戦いの最中においてあまりに愚か、再び自分の首を襲うゾマリの凶刃を、フェルナンドは咄嗟に状態を反らす事で避わす。
が、もとより今の彼の体勢は崩れており、回避に適するものではない。
結果、確かに刃による斬撃は避わせはしたが、体勢を大いに崩したフェルナンドはそのまま砂漠に両手を着き、後方回転しながらゾマリとの距離をとった。
そしてある程度ゾマリから離れて顔を上げた彼の眼に映ったのは、砂漠に立つ
「
フェルナンドが身体を貫いた方のゾマリが残像のように消えていく中、再び彼の首を刈りに来ていた方のゾマリはそう口にした。
双児響転、ゾマリの言からすればそれは彼独自の響転という事なのだろう。
只残像で分身を作り出すのではない、それ自体が彼の霊圧で少なからず物理的法則を受けるほどの存在になる分身。
いや、分裂したといったほうが近いのか、ともかくフェルナンドが攻撃したのはその分裂体であり、本体ではなかった、という事のようだった。
「……随分と速いじゃねぇか、そのデカイ図体の割りには。大体俺と同じぐらいか、とは踏んでたんだが……な」
そうしてフェルナンドの攻撃を受けたのが分裂体の方だと説明するゾマリに、別段悔しがる様子もなく答えるフェルナンド。
そのゾマリの速さ、それはある意味フェルナンドの想像を超えたものだったようで、最低でも自分と同程度と考えていた様子からそれは窺い知れる。
だがその自分とゾマリを“同列”として扱う、という事がまた一つゾマリの不興を買う事となった。
「愚かな思考。 大方自分の想像以上だった私の速度に、内心焦っているのでしょう?それを敢えてそう思っていたと口にすることで、精神の安定を図ろうと?まったくもって愚かしい…… そもそも前提が間違っているのですよ、私とアナタが同列だ、という前提が」
言い終わるか終わらないか、その瞬間にゾマリの身体が消える。
まるで自らの影すら追いつかせぬと言わんばかりの響転、それをもってゾマリが再び現われたのはフェルナンドの正面。
刀を振り上げた姿勢で現われたゾマリ、しかしその姿は一人ではなく今度は
「そう、それこそが驕りであり、不遜であり、冒涜。私は藍染様より“7”の数字を下賜されし御使いたる第7十刃。そして私の響転は
不遜、冒涜、同列ととること自体がそれに値する罪であると、そうフェルナンドの言を断じるかのようにして振り下ろされる三振の刃。
頭上高くから振り下ろされるそれは、断頭台の刃に似て無慈悲に刈り取る死招きの輝きを放つ。
三方を囲まれ、フェルナンドにそれを避ける術があるとは思えない。
あるのはその拳と脚そして腰に挿した己が斬魄刀のみ、しかしフェルナンドに刀の才は無い。
壊滅的でなくともその才は“二流”なのだ、とてもその刀一本で乗り切れるような才能の煌きを放つものではない。
が、フェルナンドがこの局面でみせたのは、いつもと変らぬ笑み。
どこか他人を食ったような皮肉気な、そんな笑みを彼はいまだ浮かべているのだ。
自分が囲まれた状況、それであってもフェルナンドの行動はいつもと変わらなかった。
真正面に立つゾマリには突き刺さるような前蹴りを見舞い、両脇に立つゾマリの一方からの攻撃は斬魄刀を握る手を無理やり殴りつける事で止めたフェルナンド。
しかし此処まで。
二人を反撃で圧しとどめたフェルナンドではあるが迫る刃の数は三。
あと一撃を残し彼の体勢は些か反撃には適さないものになり、手詰まりといえる状態に陥っていた。
(獲った! 所詮アナタはこの程度、曝した罪をその首をもって償いなさい。愚かしい獣めが!)
ゾマリを確信が通り抜ける。
彼からしてみればフェルナンドは格下もいいところの相手であり、その相手に三体の双児響転で挑めば獲るのは容易いと。
その根拠はなくとも真理に近い確信をもって下した攻撃。
そしてその確信は見事的中し、今まさに相手は手詰まり、がら空きとなった首を刎ねる事のなんと容易い事か。
振り下ろされる刃は何一つ迷う事無く勝利へ、首を刎ね、曝し、罪を償わせるために奔った。
だが、その刃は首にかかる寸前で止まる。
「なッ…… なんだと!?」
その呟きはゾマリから零れていた。
獲った、という確信。
その確信のもと奔っていた自分の刃は、フェルナンドの首にかかる直前止まった、いや
「驚く程の話じゃねぇだろう? 第7十刃サンよォ…… たかが
状況はフェルナンドの言葉が全てを物語っていた。
ゾマリが振り下ろした最後の刃、首を刎ねようとするその刃をフェルナンドは只単純に掴んで止めたのだ。
掴んだ、といっても掌で握り込むようにして止めたのではなく、軽く握っていた拳、その人差し指と中指の間にゾマリの斬魄刀の刃を挟み込むようにして掴み、止めている。
それはまさしく刹那の業。
早ければ掴めず、また遅ければ手を真っ二つにする斬撃、その刹那の拍子をフェルナンドは掴み、刃をも掴んだのだ。
ゾマリは先程までの無表情を驚愕に染める。
目の前で件の破面がやってみせた事、不可能とは言い切れないそれ、そしてこうして現実として目の前にあるということはこの破面にとってそれは不可能ではないことの証明だった。
だが出来るだろうか、少なくとも自分に同じことが出来るだろうか。
ただ真正面から振り下ろされ、そして来ると判っており、尚且つ十全の体勢ならばゾマリにも容易いであろうその御業。
しかし目の前の破面は体勢を崩し、虚を突かれ、それをして更に指二本でそれをやってみせたのだ。
ありえない、そんな思いがゾマリに膨れ上がる。
それが出来る出来ないの話ではない、その破面がそれをしたという事が彼にとっては重要。
格下、自分とは隔絶された存在であるはずの破面、罪深き愚物にそんなことが出来る筈がないというゾマリの自尊心がそれを否定しようとするのだ。
「……クッ!」
分裂体は消え、残るのはゾマリの本体。
その本体といえばフェルナンドに刀を掴まれたゾマリであり、存外強い力で掴まれたそれを無理矢理外した彼は一度フェルナンドと距離を置いた。
ありえない事をしでかした罪深き者、偶然なのか必然なのか、確かめようがないにしろその出来事はゾマリを揺らす。
戦いとは精神の安定。
安定した精神は戦いを冷静に見つめ、勝利への道筋を照らし出す月光。
しかしそれが揺れればとたん道筋は消えうせ、勝利は遠のくのだ。
故に揺れる、ということは敗北に繋がる一つの要因、それをゾマリは充分に理解し一呼吸の後にその揺れを小さく留める。
そう、彼にとってこの戦いは勝利して当然の戦い、負けなど許されない、いや、はじめから彼にとって負けなどありないのだから。
「なるほど…… 流石は藍染様がお与えになった力、愚物にもこれ程の能力を与えられるとはまさしく“王”の御業、といった所でしょう。だが……調子に乗らない方が懸命です。 私の双児響転は三体だけではない、最大数は…… 五体です。 五対一、いかに藍染様の御業が優れていようとも、それを使うのがアナタ程度の存在ではこの戦力差を覆せるものではありません」
ゾマリが至った結論、精神を揺らさずにすべてに理由をつける答えはそれしかなかった。
優れているのはこの破面ではなく、この破面に力を与えた彼の王、藍染惣右介の御業によるものだと。
先程の出来事は王の御業による能力、それがほんの一瞬現われたに過ぎず、この破面が持ちうるものを凌駕しているのだと。
そうでなければ先の出来事に説明などつけられるはずもない、と。
そう結論付けたゾマリはいよいよ本気でフェルナンドを仕留めにかかる事を宣言する。
双児響転、その最大の分裂数である五体、それをもってフェルナンドを断罪すべく仕掛けると宣言するのだ。
「知るかよ…… 三体だろうが五体だろうがやることは同じだ。それにコッチは一対多でやるのは慣れてるさ。 ……御託が済んだならさっさと来いよ、無粋な輩の御使いさんよォ……」
「ギッ! 侮辱も大概にしろ! この……駄獣めが!」
ゾマリの見下すような言葉の雨を、フェルナンドはバッサリと斬り捨てる。
三体が五体に増えようが知った事ではないと、やることは結局同じ、戦って倒す以外にないと。
更にフェルナンドは普段から一対多数の戦いには慣れたいた、ハリベルの従属官三人を一手に相手にすることが出来る彼にとって多数との戦いは苦手の部類には入らず、むしろ彼の目指す理想形は一人で大軍を打倒するような、そんな姿だったからだ。
故にフェルナンドは怯まない、二度追い込まれていたとしても怯むことはないのだ。
そして怯まないと同時に彼の言葉はゾマリの神経をこれでもかと逆撫でしていた。
彼が崇拝する王を無粋な輩と言った事も然ることながら、まるで彼自身の使命たる王の代行者、御使いという崇高なものすらも小馬鹿にしたようなフェルナンドの物言いは、揺れを抑えた精神をかき乱すには充分だったのだろう。
鬼のような形相となったゾマリ、丁寧な口調すらかなぐり捨て吐き捨てる言葉、おそらく腹の底に抱え続けた言葉は遂に日の目を見ることとなったようだ。
其処から始まった光景はある種異常だった。
闘技場、四分の一ほどを崩壊させたその場所の中心である砂漠には七人の人影が。
一人は立会人である東仙要、付かず離れずの距離で決闘の行方を見守っていた。
もう一人はその決闘の主役であるフェルナンド・アルディエンデ、襲い来る刃の事如くを避け、或いは捌きつつも纏った服はそこかしこが斬れ、しかし出血が薄っすらとしか見られないところを見れば、彼が自身を襲い来る攻撃を紙一重で避わしているのが伺えるだろう。
残るは五人、その全員が同じ顔、同じ身体つき、そして同じ剣捌きで同じ標的を襲う。
闘技場を所狭しと駆け回るフェルナンドの周りを囲み、張り付くようにしてその首を落とそうとするのはゾマリ・ルルー。
一対一の決闘においてその光景は五対一、しかしその実は一対一というなんとも奇怪なものがそこには広がっていたのだ。
襲い来る幾多もの刃をフェルナンドは避わし、その全てとはいかずともゾマリに対し反撃を試みる。
仰け反って避わすと同時にそのまま倒立し真下から放つ変則蹴りや、攻撃に合わせカウンターを取る肘打ちといった業を用いつつ、しかしその全てがまるで空を切るかのごとく不発に終わる。
当たった感触は何時も同じなんともいえない手応えの無さのみで、しかし迫る刃だけは殺気の乗った現実だった。
(どうしても速度では負ける……かよ。まぁそこで張り合っても仕方がねぇか。 だが大体ヤロウの考えは読めてきた。後はそれが当たるかどうか…… 賭けになるがそういうのは嫌いじゃねぇ……!)
襲い来る刃を避け、独楽の様な回転蹴りで反撃しながらも、フェルナンドは考えをめぐらせる。
勝利への思考、戦いの最中でも止める事許されぬそれが彼の頭の中を光速で駆け巡り続けていく。
響転の速度ではどうしても劣る、流石は十刃最速と言うだけの事はあると認めるフェルナンド、かといって其処で張り合ったところで何があるでもなく、負けている、劣っているなら他から補えばいいと考えを決める。
後は賭け、攻防の間にゾマリの大方の思考は読めたというフェルナンドだが、それは完璧というわけではなく、どうしても賭けの要素が絡んでくる。
だがフェルナンドは決断した。
往くと、その賭けの道を往くと。
その先に勝利があるのならば往くと、そうしなければ駄目だというのなら迷うことはしないと。
そしてそんな賭けは嫌いではない、と。
終始動き回り続けていたフェルナンドが止まる。
砂漠にしっかりと足を着け、どっしりと構えるかのようなその姿。
だがそれは下策といえる。
止まれば囲まれるのは必定、動き回っていたとて半ば同じではあったが完全に囲まれるという事の危険度の差は大きい。
(……ついに諦めましたか? いや、あの不遜なる態度、それほど殊勝ではないでしょう。だがなんにしろ私にとっては好機! 決着をつけさせてもらいましょう、念には念を入れて……ねぇ…… )
フェルナンドの姿を見たゾマリは、それを訝しがりながらも好機と捉えた。
何かある、それは判っている、だがあの破面の考えることなど高が知れているという考え。
それは強者特有の考え方、何が起こっても自分が負けるということを考えられない思考、絶対の自負による驕り。
フェルナンドの驕りを断罪するというゾマリもその実では驕っているのだ、自分でも気がつかぬほどに。
足を止めたフェルナンドを仕留めんと、刃は間を置かずに襲い掛かっていた。
その数は四、四方から襲い来る刃は死を宣告する悪魔の指先。
その指先をフェルナンドは驚異的とも言える反射で避わしていくが、足を止めた弊害か紙一重とまではいかずに身体に浅い刀傷を負っていく。
だが、それでもフェルナンドはその悪魔の指先を、死を招き、死へと誘うその指先の全てを避けてみせた。
体勢を崩しながらも、しかし確実に避けて見せたのだ。
「刑を、執行しますよ。 愚かなる獣…… 」
背後、集中は切らさずとも体勢が崩れたフェルナンドの背後にそれは立っていた。
念には念を、という言葉通りゾマリは分裂体での決着ではなく、体勢を崩す事を優先して攻撃し最後の一撃のための状況を作り出したのだ。
背後を取る、という相手にとって屈辱的な状況を。
背後とは不覚の現れ、それを取られたのは例え策を弄されようとも一重にフェルナンドに責がある。
天高く掲げられたゾマリの斬魄刀。
そして激昂の後再び無表情となった顔で静かにそれを宣言する。
終わりだ、と。
言葉から間を置かずに刃は放たれた。
振り下ろすというあまりにも単純な動作、間違いようの無い動作がフェルナンドへと迫りそして血潮が弾けた。
振り返ったフェルナンドの左の肩口、そこに刃は食い込んだ。
フェルナンドが体勢を変えたため斬首に至らなかった結果の光景。
そして肩から切り落とされてもおかしくない斬撃が肩口に食い込む程度で済んでいるのは、フェルナンドが片手でゾマリの腕を止めた結果だった。
振り向き様、肉に刃が食い込んでいきながらもフェルナンドはゾマリの腕を掴み、それ以上の刃の進入を防いだのだ。
「悪足掻きを…… 何れ償うべき罪、永らえたとて結果が同じならばその命に意味などありはしませんよ」
フェルナンドの対応にウンザリしたようにゾマリは答えた。
永らえてなんになると、お前が自分に殺されるのは決定事項、それが今か先かの違いしかないなかで何故足掻くのかと。
尚も振り下ろそうとするゾマリの腕を止めるフェルナンドを侮蔑の瞳で見るゾマリ。
悪足掻き、不様で不様で、まるで見るに耐えないとそうその瞳は語っている。
が、フェルナンドはそんなものの何一つを気にしていなかった。
「よぉ…… テメェは
一つ零し、ゾマリの腕をしっかりと掴んだままフェルナンドは一歩、ゾマリへと踏み込む。
踏み込むことでフェルナンドとゾマリはこの戦いが始まって以来最も密着した状態、となった。
そしてその状態から空いていた右の拳を握りこむとそのままゾマリのわき腹辺り、そこから拳一つ分無い程度の位置まで何とかもっていくフェルナンド。
その動作を見ていたゾマリは別段何の反応も見せなかった。
振り被ったならまだしも、そんな位置から拳を放っていったい何が出来ると、所詮は悪足掻きの延長程度でしかなく、そんなものに構う暇があるならこのまま腕の一本も斬り落とした方がよほど断罪足りえるとしたのだ。
その行為から視線を切り、再び自分の刀の方へと視線を向けたゾマリ。
だがそれは大きな間違い。
フェルナンド・アルディエンデは近接戦闘に特化した破面。
その彼を相手に密着状態が如何に危険か、ゾマリは理解していなかった。
たった拳一つ分に満たない隙間、その隙間が自分にとって如何に危険で、フェルナンドにとって
そして最後にもう一つ、ゾマリは理解していなかった。
自分が背後を
闘技場に鈍くしかし耳に残るような嫌な音が響く。
敢えて表現するならば肉が潰れ、骨が潰れ、そこに鉄の板を叩いて凹ませたかのような音、といえばいいか。
とにかく胸に重く残る嫌悪感を感じさせる音が闘技場に響いた。
その直後闘技場の様子は劇的な変化を見せる。
吹き飛んだのだ、片方が。
闘技場で戦っていた二人の内一方、それも終始攻め立てていたであろう方が、第7十刃ゾマリ・ルルーが吹き飛んでいるのだ。
理屈も何も無い、ただ目に見える光景が全て、その光景を言い表す言葉はやはりゾマリが吹き飛ばされたという一言、それが全てだった。
そのゾマリが吹き飛んだ基点となった場所、そこに立つのは当然の如くフェルナンド・アルディエンデ。
左の肩に斬魄刀を食い込ませ血を流しながら、右の拳を振りぬいた体勢で立つフェルナンドの姿。
吹き飛んだゾマリとそのフェルナンドの姿から想像できる経緯は一つ、フェルナンドの攻撃でゾマリが吹き飛ばされた、という単純なもの。
そしてそれは間違いではなく、拳一つに満たない隙間がフェルナンドに起死回生の一撃を与えたのだった。
「ハッ! この感触は…… どうやら賭けは俺の勝ちらしいな」
乾坤一擲
驕るは九死
天秤の如く
天上の戦
狼の片割れ
ただ護る為に