BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.44

 

 

 

 

 

下卑な声と、それが飛来するのは同時だった。

 

飛来するのは緋色の弾丸。

(またた)きの間に疾走するそれは、まるで吸い込まれるように美しき黒翼を撃ち抜いていた。

 

 

「な……に……?」

 

 

そう呟いたのはアベル。

中空に留まり、眼下で吹き乱れる砂と黒い羽の嵐の全てを制御していた彼女の口から零れたそれ。

驚愕というよりむしろ不可解といった声色のそれは、自らの翼の片割れに起った事態への困惑の色。

黒い翼に空いた穴、翼の中心が打ち抜かれているという現象に彼女はその困惑を隠せない。

 

それもその筈、彼女にとって、いや彼女だからこそその困惑は大きさを増すのだ。

アベルという破面の最たる能力、十刃最高の霊圧知覚を持つ彼女。

身の回り、それも全方向をくまなく視るその探査神経(ペスキス)は、本気になればそれこそ千里の彼方すら見通せるのではないかと言われるほど。

無論そんな事は不可能なのだが、そう思わせるだけの能力を彼女は有している。

その彼女が傷を負った、それもノイトラが与えたような小さなものではなく、彼女を脅かすほどの大きなものを。

翼へと送った視線、それを彼女はゆっくりと別の方向へ向ける。

 

 

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)…… ネロ・マリグノ・クリーメン…… 貴様ッ 」

 

 

その視線の先には巨大な男が一人。

筋肉と、それ以上の贅肉でその身体を覆い固めた大男。

手入れなど皆無であろうボサボサの緋色の髪、(たてがみ)を思わせるそれを靡かせながらゲラゲラと下品な笑い声を上げるその男。

首から龍の(あぎと)にも似た仮面を下げ、その顔に紫の仮面紋(エスティグマ)を刻みつけ笑う大男の名はネロ。

ネロ・マリグノ・クリーメン、この虚夜宮において最低、最悪、暴威と暴慢の限りを尽くす暴君がそこには立っていた。

 

視線を送り、ネロの姿を確認するもアベルはそのままゆっくりと落ちるようにして砂漠へと着地する。

翼に負った傷はある種、彼女にとって最も避けねばならないものだった。

超高精度での霊圧操作、霊子の流れを読み取りそれすらも御するその全ては今、彼女の翼が行っているのだ。

 

彼女にとっての不幸は只一つ。

その抜きん出た探査神経のほぼ全てを使ってノイトラに対していた事。

ほんの一瞬でも彼女を脅かし、そして無意味な思考を行わせた敵を確実に、そして迅速に屠るためのその行為。

常の彼女が使う探査神経を“円”とするならば、今の彼女が使っていたのは“点”。

自分を中心にしたのではなく、標的であるノイトラを中心としその全てを、それこそ揺れる髪の一本すら捕らえようという尋常ならざる精度での探査神経を彼女は使用していた。

 

しかしそれが彼女に災厄を招き入れる。

 

闘技場という一対一の空間、そして彼以外の敵の存在を考慮する必要が無かったからこそ使用した。

だがそれは裏を返せば自身の守りを薄くするも同義。

集中する余り疎かになる、しかし敵は自身の檻の中であり完全に自身の監視下にあると、それならば何の問題もないはずという考えは、たった一体の災害に近い破面の登場で崩れ去ったのだ。

 

彼女に手痛すぎる傷を残した上で。

 

 

「ゲハハハハ! そうだ! それでいいんだよ!塵ほどの価値も無ぇテメェらは、オレ様に見下され初めて生きてる価値があるんだからなぁ!!」

 

 

砂漠へと下りたアベル、片方の翼を大きく傷つけられたため、砂漠に吹き荒れていた霊圧の嵐は止み、黒い羽もはらはらと再び砂漠へと舞い落ちる。

観覧席よりその姿を見下ろすネロは、それを満足そうに大声を張り上げて笑っていた。

響く笑い声にも、そして叫ぶ言葉にも、その全てに一切の嘘偽りは無く。

ネロという破面は、本当に本心からその存在する全てを見下している。

自分こそが至高の存在であるということ、それを欠片も疑う事無く信じて、いや確信しているのだ。

 

 

「何の、心算だ…… 第2十刃(ゼグンダ)…… 」

 

「あぁん? テメェ耳が無ェのか? “神”たるオレ様の許可なく飛ぶんじゃねぇと、今オレ様が言っただろうが。神の言葉だ、従わねぇんなら制裁は当然だろうが!塵屑(ごみくず)!」

 

 

アベルの問にネロは憮然として答える。

自分の許可なく飛ぶことは罪であると、それを神たる自分が罰して何が悪いと。

彼が考え、誰に言うわけでもなく、しかし自分が布いた法に従えと彼は言い切るのだ。

それが当然であると言わんばかりに。

 

ネロは拳を振り被り、そして突き出す。

そしてそこから生まれるのは、アベルの翼を貫いた緋色の弾丸。

虚弾(バラ)と呼ばれる破面共通の技であるそれを、何の躊躇いも無くアベルにむけて撃ち放つネロ。

しかしアベルも只でそれを喰らう心算などなく、冷静に回避する。

常時のアベルであれば、これくらいのことは当然出来るのだ、故にその翼に負った傷は異常と言える。

 

 

「判っていないのか? これは強奪決闘。 貴様が気紛れで介入すべきものではない、という事が」

 

「知るかよ! 人間の魂魄(オモチャ)も皆、殺しつくしてオレ様が暇だから態々出向いてやったんだ。派手な殺し合いをみせろ! オレ様を満足させる為に死ね!」

 

 

暇だから、たったそれだけの気紛れでこの場に現われたネロ。

玩具というのは藍染が彼に用意した一万人分の魂魄のことだろうか、それを殺し尽してしまったというネロ。

そしてその暇だからというたったそれだけの理由で、決闘に横から割り込んだのだ。

あまりに無粋、無粋の極地たる行動。

だがネロ本人にそんな自覚は露ほども無い。

あるのは只一つ、神たる自分の暇をそれ以下の塵芥の類が愉しませるのは、当然の義務だという捻れ、屈折した思考のみ。

 

 

その余りに愚かしく、独善的で自己中心的な行動でこの決闘の場は(けが)されたのだ。

 

 

ネロはアベルの言葉などお構い無し、両腕から交互に虚弾をアベル目掛けて撃ち続ける。

アベルとてそれを避け続けているのだが、そんなことすらネロにはお構いなし。

闘技場は見る間に惨状を増し、砂は抉れ、壁は結界が在るにも拘らず罅割れ、崩れていく。

アベルと同じようにこの闘技場自体も傷ついていた。

度重なる破面同士の戦闘、そして極めつけは十刃クラスの連戦。

本来それを考慮されていないこの場所に、もうこれ以上の衝撃を防ぐことも、崩壊を止める事も出来る訳が無かった。

 

 

(クッ! 第8十刃以上に論理的思考の無い…… 只の単細胞が…… 宮殿に篭り、虚飾と陶酔で塗り固めた偽の座に収まっていればいいものを…… )

 

 

そうしてネロの攻撃を避けつつもアベルは一人、内心毒づいていた。

アベルにとって理論的思考の無い者は、取るに足らない存在である。

先程のノイトラとのやり取りをみれば判るとおり、彼女に感情面での機微を期待するのは難しく。

それから派生する理論を無視した行動もまた、理解から遠い存在なのだ。

 

だがネロはそのノイトラ以上に理論というものが当て嵌まらなかった。

まずもって論理的思考というものをネロが持ち合わせているかが怪しい。

自分の正当性、それこそが万物に共通する真理だと盲信し、一分の疑いも抱かないネロ。

何故、どうして、という思考がその考えには挟まれていないのだ、自分がこう考えている、故にそれは正しく従わぬ方が悪い、それを罰して何が悪いと。

 

今もゲラゲラと醜悪な笑い声を上げ続けるネロ。

その姿をアベルはそのヴェール越しに眼にし、嫌悪感を顕にする。

そしてあんなモノに傷を付けられた事を何よりも恥じていた。

 

 

「逃げ回ってんじゃねぇよ! 派手に弾けて死ね! 雀女ぁぁああ!!」

 

 

叫びと共にネロは大きく振り被り、今までで一番強力であろう虚弾を放つ。

しかしアベルは確実にそれを捉えている。

そのアベルが、ただ真っ直ぐに飛んでくるだけの霊圧の塊を避けられない筈がないのだ。

いや、筈がない筈だった(・・・・・・・・)

 

 

(何時までも無意味な攻撃を…… そんなものに当たるはずがなッ!何…… だと!?)

 

 

響転による回避を試みるアベル。

しかし初動へと移ろうとした瞬間、彼女の膝がガクリと落ちる。

彼女も気がつかなかったある種の盲点、それはほんの一瞬顔を覗かせた疲労によるものだった。

千里眼と呼ばれる類稀な探査神経を持って他者の全てを見透かすアベル。

更に解放する事でその能力は増し、相手の内部構造すら視ようと思えば視えてしまう程、しかしそうして能力を使うには並々ならぬ集中力が必要である。

集中する事、それだけならばいいだろう、だが集中する事と集中し続ける事(・・・・・)は違うのだ。

特にアベルの場合、今この状況に至るまでノイトラと戦っており、その戦いの中精密な霊圧操作とそれに付随する探査神経の常時全力使用。

更には切り札である『短剣の軍勢』を使用した結果、アベルは彼女が気付かぬほど疲労をその身に抱えていた。

他者を見透かすアベル、しかしそれ故に自分を、自分という存在を見るということを彼女は蔑ろにしてしまったのだ。

それが今、この瞬間顔を覗かせた、この最悪の瞬間に。

 

 

(クッ…… 避けられな…… か。 我ながら呆気なく、そして不様な最後だな…… )

 

 

避けられないと、そう悟った瞬間アベルは諦めた。

彼女の司る死は『諦観』、何もかもを諦めてしまう悲しい価値観。

そして彼女は今、自分が生き残ることすら諦めてしまったのだ、どう足掻こうときっと自分が助かることは無いと。

そうして瞳を閉じ、己の生を諦め、死を受け入れようとするアベル。

 

 

 

 

 

「何諦めてやがんだよ…… クソ5番 」

 

 

 

 

 

そんな声がアベルの耳に届いた。

ネロの襲撃によってその探査神経を向ける事を止めた存在。

その存在の声が今、彼女に向かって投げかけられたのだ。

 

 

「貴様…… 一体何をしているのだ……」

 

 

顔を上げたアベル、その視界に映ったのは自分を殺す為に飛来した緋色の弾丸を、その手に持つ大鎌で受け止めている男の姿。

ボロボロの白い死覇装、そして身体中、顔も、腕も、脚も、胴も、その手に握った大鎌すらも傷で覆いつくし、大量の血を流しながらもその男は立っていた。

 

まるで死に瀕したアベルを、その身を挺して護かのように。

 

 

「ハァァァ、ウラァァアア!!」

 

 

咆哮と共に緋色の弾丸をその大鎌で打ち返す。

傷だらけで痛んだ大鎌は、その衝撃に耐え切れずに弾丸を打ち返すと同時に砕け散った。

そして男の腕もまた、その一本が耐え切れずに折れたのかダラリと垂れ下がる。

だがしかし、それでも確実にアベルはその危機を脱したのだ、先程まで自分が殺そうとしていた相手、ノイトラ・ジルガの手によって。

 

アベルにはその光景は理解出来なかった。

何故この男が自分を助けるのか、何故自分を殺そうとした相手を、何故、何故、何故と思考だけが巡る。

論理的に考えてまず理由が無い、あったとしてもその身を危険に曝してまでそうする価値がない。

 

あり得ないのだ、アベルにとってその光景は。

 

 

だがそうして、まるでアベルらしくもない気の抜けた様子でいる彼女に、ノイトラは無遠慮に近付く。

そして彼女の髪を鷲掴みにすると、そのまま自分の方へと引き寄せた。

 

 

「何諦めてんだって訊いてんだよ! 俺を此処まで襤褸カスにしやがったテメェが何諦めてやがる!ふざけんじゃねぇぞ! テメェの諦めは! テメェ自身が泥の中を這い回って足掻くのを、足掻いてでも生き残ろうとするのが不様だと!そう思ってるからじゃねぇか! えぇ!」

 

 

引き寄せられたアベルに映るのは、怒りに燃えるノイトラの瞳だった。

それも自分が此処まで傷つけられた事よりも、アベルが足掻く事を諦めた事に対する怒りにに燃えていたのだ。

 

 

「何でも諦めた振りしやがって…… 本当はテメェが不様に足掻くのが許せねぇだけだろうが!その不様を曝すぐらいなら! 泥を這いずり、呑む位なら諦めちまった方が楽だとでも思ってんだろうが!それが気に喰わねぇんだよ! そんなヤツが俺の上にいるのが!スかして見下して、不様を曝す俺を嘲いやがる!俺は諦めねぇ! 泥に(まみ)れても必ず勝つ!テメェに気概は無ぇのかよ! 5番(クイント)!」

 

 

その叫びはおそらく彼の本心なのだろう。

男と女、オスとメスという己の拘り、時を費やしそのちっぽけな価値観から抜け出した彼には、色眼鏡越しでなく彼女を見た彼にはそれが良く見えていた。

無意味だ、諦めろと口にする彼女、しかし彼にはそれが気に喰わなかった。

その無意味は、その諦めは、挑戦することを放棄し、自分を守ろうとする口実にしか彼には見えなかったからだ。

自分という存在を一点の汚れなく守りたい、その為に泥に塗れるような事はしない、ならば諦めてしまえばいいと、そんな思考の様に彼には見えた。

無論それは間違いかもしれない、だがそれでも彼はそう感じたのだ。

それ故に彼は負けられないと、泥の中を這い回り続けた彼だからこそ負けるわけにはいかないと、必ず勝つと誓っているのだ。

 

 

「貴様が、何を、言っているのか…… 私には…… 理解出来ない…… 」

 

「だったら引込んでろ! 戦場に女は! それ以上に勝利を諦めた奴は必要無ぇんだよ!!」

 

 

途切れ途切れ答えるアベル、しかし彼女にノイトラの言葉は理解できなかった。

いくら考えたとて答えが出ない、自分の諦めは論理的、そして総合的に出た結論によるもので、気概などといったありもしない不確定要素は参考に値しない筈なのにと。

そんなまるで急に弱ったかのようなアベルを、ノイトラは髪を掴んだまま持ち上げると蹴り飛ばし、壁の際まで吹き飛ばす。

その言葉通り必要ないと、諦め、勝利の意思無く戦場に立つ者など必要ないとして。

 

 

「ゲハハハ!! とんだ茶番だなぁ~、えぇ? 8番の羽蟲よぉ。にしてもアレは5番だったのか? 見た目じゃ判らなかったぜ。だが…… それにしてもどういう心算だ? このオレ様の邪魔をするとはよぉ~。」

 

「チッ! 臭ぇなぁ…… 臭くて堪らねぇ ……テメェの臭ぇ息がここまで臭うぜ、汚ぇブタ(・・・・)が」

 

「何だと?  あぁそうか…… 死に損なったから今すぐ死にてェのか。この……羽蟲がぁ!」

 

 

それまで気分良く醜悪な笑いを上げていたネロ、しかしノイトラの一言はそれを一瞬にして憤怒に変えた。

観覧席から勢い良く飛び降りるネロ。

急転直下、爆発が起きたかのような豪音を轟かせて砂漠へと着地する。

 

 

「そんな襤褸クソの身体で、オレ様に楯突いた事は褒めてやるよ!だから…… じっくり甚振ってから少しずつ殺してやる!」

 

 

砂漠に降り立った巨漢、指をボキボキと鳴らすようにしてノイトラに近付いていく様には、怒りと、そして命を刈り取る事への快楽が滲む。

対するノイトラは満身創痍、ネロの虚弾を打ち返しはしたものの、立っているのが奇跡ともいえる状態。

もともとアベルの諦めた様子があまりに気に喰わない、というそれだけで動かした身体だった、それ故今、彼にネロに対する勝機は欠片も無い。

だがそれでもノイトラはその手に持った大鎌を構える。

その数は既に二本にまで減っていたが、それでも彼は戦う事を諦めはしなかったのだ。

 

だが、気概は何にも増して戦場を左右するが、それでも決定的に変えるほどの力は今は無く。

満身創痍と完全無欠の戦いは、どう転ぼうと完全無欠の暴君に歩があった。

 

 

「おらおらどうした! デカイ口を叩いたんだ!その大層な鎌でオレ様に抗って見せろや! 羽蟲ィィイ!!」

 

 

ネロはその巨体に似合わぬ速度でノイトラを追い立て、攻撃を加え続ける。

それも一撃必殺ではなく、ただ甚振り、詰る為に加減を加えて。

張り手、鉄拳、前蹴り、踏み付け、その全てにおいてノイトラの身体は面白いように宙を飛ぶ。

それは既に戦いとは呼べず、一方的虐殺以外に他ならなかった。

誰もそれを止める者はいない、何故なら誰だって死にたくは無いからだ、態々死地に飛び込むような真似をしたがるものなどそう居る筈も無いのだから。

 

 

「ケッ! つまらねぇなぁ~。 そう思わねぇか?羽蟲。これじゃァ人間共を殺し合わせてた時の方がよっぽど面白かったぜ……」

 

 

大きな手でノイトラの頭を鷲掴みにし、持ち上げながらネロはそう零した。

その顔は憤怒から心底つまらないといった落胆へと変わり、しかしその手に込められた力は緩むことは無くノイトラの頭を締め上げる。

ノイトラは然したる反撃も出来ず、ただされるがままにネロの攻撃にその身を曝し続けていた。

これがアベルとの戦いの様に布石だったならばいい、だが今のノイトラにはそれを行うほどの力すら残っていなかった。

その証拠に頭を掴まれたままのノイトラからは急速に霊圧が抜け、そしてその姿は六腕の魔戦士から常の姿へ、そして六振りの月の欠片達は再び背中合わせの双月へとその姿を戻してしまったからだ。

 

 

「ゲハハ! ゲハハハハハ!! おいおい勘弁してくれよ!この程度で解放が解除されるようじゃァとても十刃は名乗れねぇなぁ~。そんな塵はこのオレ様が綺麗サッパリ消し飛ばした方が、オレ様の世界のため、ってもんだろ!」

 

 

極度の霊圧消費と、重度の身体的外傷の数々、それはノイトラに帰刃(レスレクシオン)の維持すら困難にさせた。

だがそれは当然、帰刃とは破面にとっての切り札、爆発的霊圧の上昇と殺傷能力の上昇はそれと同等に霊圧も消費する。

更にノイトラは自分の限界すら超えた霊圧をアベルとの戦いで見せ、更にアベルの必殺の計をその身に隙間無く受け止めていた。

その上でのネロの攻撃、ノイトラの身体が耐え切れるはず等ありはしないのだ。

 

それをネロは大声で笑う。

それに至る経緯も、そこまでに至る思いの全てを知らず、知っていたとしてもこの男は大声で笑うだろう。

不様だと、見るに耐えないと、そしてお前は弱者であると。

 

手に掴んだノイトラをそのまま振り被ると、ネロは勢い良くその身体を投げ飛ばした。

面白いように砂漠と平行に飛ぶノイトラの身体、そして壁に達すると彼の体は壁へと大の字になって深くめり込んだ。

衝撃で壁には大きく亀裂が奔り、めり込んだノイトラは気を失ったのか、うな垂れるようにして頭を下げるのみ。

 

 

「塵は綺麗サッパリ消し飛ばすのがいい!それには…… コイツが一番だろうが! 」

 

 

ニヤニヤと投げつけたノイトラの姿を眺めながらネロはそう呟いた。

目の前、そしてその瞬間の衝動というものをこの破面は何よりも優先する。

その先の展望、それをすればどうなるか、などということをこの破面は一切考慮しない。

何故ならそれは正しい行為だから、何にも増して正しい行為、まさしく神の行いなのだからと。

 

叫びの後、ネロは口を大きく開け、息を吸い込むようにして緋色の砲弾その口内に作り出す。

見る間に膨れ上がるその砲弾、禍々しく光る緋色はネロという破面の愉悦の弾丸。

命を刈り取る弾丸なのだ。

 

 

「ガァァァアアアア!!!!」

 

 

まさしく吼えるようにして放たれた虚閃。

だがそれは通常の虚閃ではなく、一つの弾丸から幾本もの虚閃が同時に放たれる異様なものだった。

それはノイトラだけでなく、ノイトラが貼り付けにされた壁、更には観覧席に至るまでの全てをその射程に納め進軍する。

直後の着弾、壁に張り巡らされた結界にも着弾したその光の軍勢は、いとも簡単にその壁を貫き、壊してしまう。

綻びをみせていた結界は、その虚閃の群れに対しあまりに無力だった。

 

その後訪れるのは悲鳴の嵐と崩壊の音。

安全であったはずの観覧席は脆くも崩壊し、物見気分で戦いを眺めていた多くの破面達に襲い掛かるのは、死を告げる緋色の光り。

光に飲まれ消える者、命は繋いだが避けきれず体の一部を失った者、運よく避けたが瓦礫の下敷きになった者、たった一撃の虚閃が闘技場の一部を崩し、阿鼻叫喚の舞台を作り出してしまったのだ。

 

 

「ゲハ!ゲハハハハハ!! どうだよオレ様の『吼虚閃(セロ・グリタール)』はよぉ!呆れるほどの威力だと思わねぇか? えぇ!」

 

 

誰に言う訳でもなく、自身の強力なる攻撃に酔うネロ。

それは愉悦であり陶酔、他の誰にも出来ない事、それは即ち自分が特別であり誰よりも上に立っている事に他ならないと。

そうである事を証明しているといわんばかりの笑い声が響く。

狙った標的であるノイトラ、それ以外の多くの破面を巻き込み、闘技場を破壊しながらもそれになんら負い目を感じない。

おそらくそれを責められればこの男ならばこう言うだろう。

自分が攻撃する方向に居た方が悪いと、そしてそれで壊れるような構造のこの闘技場が脆すぎるのだと、故に自分に非はなく悪いのはお前達だと。

そうして笑うネロ、眼前には崩れた闘技場の瓦礫と失われた壁、粉塵とそこかしこから上がる煙が広がる。

闘技場はその一角を失い、その様子を見ていた多くの破面達は強力無比なネロが放った虚閃に恐怖していた。

一部の破面はその後先を考えない傍若無人な振る舞いに溜息をついていたが、それはまた別の話。

粉塵が収まり始め、視界は徐々に開けていく。

だがその視界が開けようが開けまいが、ネロにとってそれは重要なことではなかった。

何故なら全ては消し飛んでいるからだ。

壁に貼り付けたノイトラも、その彼がいた壁も、彼がそこに居たという痕跡の全てを自分が消し去ったと、ネロは確信している。

当然の結末、強力無比たる己の虚閃、それを正面から受けて生きているはずが無いという絶対の自負、それだけがネロには溢れていた。

 

 

「ゲハハ! ゲハハハハハ…… あぁん?」

 

 

だからそれは予想外。

吹き飛んだはずの壁、その一角がものの見事に残っている。

そう、ノイトラがめり込んだ壁だけがぽっかりと、崩壊から免れ、そして逆に抜け落ちたかのように。

不可解な現象、だがそれは誰によるものか直にわかった。

 

 

「5番…… テメェ、薄汚ェメスの分際で何オレ様の楽しみ奪ってんだよ」

 

「奪った……と言うなら、貴様の方だ…… この男は、私、の獲物だ…… 食い意地の張った、醜い、獣に…… くれてやる道理が、無い……」

 

「そいつを殺すのがテメェの目的だろうが!だったら代わりにオレ様が殺してやろうって言ってんだよ!」

 

「必要、ない…… この男は、私が、殺す…… その無意味な大声を、上げるな、口を……閉じていろ…… 」

 

 

そう、ノイトラがネロの虚閃によって死んでいない理由。

それはノイトラがそうした様に、今度はアベルがノイトラを護った為だった。

残った片方の羽を盾にし、その上を霊子を滑らせるようにしてネロの虚閃を逸らしたアベル。

だがそれでも衝撃は凄まじく、受け流すだけの作業ですら疲労を色濃くした声が彼女の限界を知らせている。

それでも彼女は護りきった、壁で気を失い、無防備を曝すノイトラを。

ノイトラが気を失っていたのはある意味幸いだったかもしれない。

何故ならこうして彼女に護られた、という現実を目の当たりにすれば彼は二度と立ち上がることは出来なかっただろうから。

 

 

「私には…… この、男の言葉が、 理解できない。 私の、諦めは、合理性に基づいた…… 完全な結論だ…… だが、その結論を、合理性を、この男は超えて魅せた。……私には不可能な、事を、一瞬でもやって、のけた…… ならば…… ならば私の、完全性を証明する……には、この男を殺すより、他、無い。故に…… 貴様に殺させる訳には、いかない」

 

 

途切れ途切れに語るその言葉は、彼女の奥底の言葉。

自分という確固たる存在、その考え方を否定された彼女。

自分には不可能、そして他者であるノイトラには不可能だと全てを断じた彼女。

しかし、ノイトラは彼女の攻撃から生き残り、更には彼女を救って見せた。

彼女の把握しているノイトラの能力ではおそらく不可能だと、出来る訳が無いはずのその行動を彼はやってのけたのだ。

 

それは彼女にとって価値観の崩壊に他ならない。

そして価値観の喪失は、自己の喪失と同義だ。

故に彼女はそれを認めるわけにはいかない、彼女が築き上げて来たものがたった一瞬の変数によって覆されるなどあってはならないと。

ではどうするか、それは勝利するしかない、勝利し、証明するしかない。

自分が間違っていないという事を。

 

だから彼女はノイトラを護ったのだ。

自分を証明するためには、自分を脅かした者を倒し、そして証明するより他無いと。

 

 

「チッ! 興醒めだ…… 仲良しゴッコなんか見せやがって、反吐が出るぜ…… そんなにその羽蟲を護りたいなら、そうして護りながら死に曝せ!塵屑がぁぁぁあああ!!」

 

 

吐き捨てるような言葉、心底気持ちの悪いものを見たような、そんな表情を臆面も無く浮かべるネロ。

庇いあう事、助け合う事、それはネロにとって馬鹿らしい行為。

それを見て笑い、罵ることもあれば、今のように怒りを見せることもある。

要するに気分次第なのだ、彼にとって全ての事は、全てを握っていると盲信する彼だからこそそれは顕著に現われる。

 

 

「テメェ等塵屑に、生きてる価値も理由もありはしねぇんだよ!せめてオレ様に殺される事で価値を見出せ!塵共が!」

 

 

ネロは再び息を吸い込み緋色の砲弾を形成しようとする。

それも先程以上に霊圧を込めたものを、その様子を見ながらアベルはその探査神経を上へ、彼等の主の下へ向けた。

 

 

(……動く様子はない……か。 結局私達は、貴方にとって駒でしかないのですね、藍染様。そしてそれ程までに私が、邪魔ですか…… )

 

 

内心呟くアベル。

そう、彼女は知っていた、藍染が彼女を疎んでいる(・・・・・)という事実を。

彼女の能力は藍染にとって不確定要素、如何に藍染の鏡花水月が全てを欺く完全催眠能力を持っていようとも、アベルの能力はその優位性を崩す恐れがある。

霊子を見るアベルならば、その催眠下であってもその違和感に気がつく可能性を充分に持っているのだ。

故に藍染にとってアベルという破面は強力であっても、必要ではない破面。

それどころか喉元に抱えた逆襲の短剣にすらなりえる存在、そんなものは必要ない、それ故に藍染はノイトラをけしかけ、そして今の状況すら静観しているのだ。

 

 

(そうだよ、アベル。 君は聡く優秀だが、私の部下に聡明過ぎる(・・・・・)者は必要ない。君の能力は私に唯一、毒を飲ませる可能性がある。故に君には退席してもらわねばならない。 十刃の座から……ね)

 

 

この惨状を見下ろす藍染の眼は、まるでそう語っているかのように、そして口元には黒い微笑が浮かぶ。

全て、全ては藍染の意のまま、この虚圏で藍染の思い通りにならない事などありはしないのだ。

 

砲弾は時期に完成を見、そして一息に放たれる。

先程は何とかそらせたが、今度もうまくいくとは限らない。

いや、おそらくはうまくいかないだろう御、アベルは内心結論に達する。

だがそれでも何故か、彼女はその場を引く気にはならなかった。

例え死ぬこととなろうとも、彼女らしくない結末を迎えようとも、そこを退く気にだけはならなかったのだ。

 

砲弾は完成した。

そして今か今かと解き放たれるのを待っている。

身構えるアベルに力は無い、しかしそんなことなど関係なしにネロはその口の中に出来た砲弾を解放しようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚ぇ口は閉じてろよ。 クソデブ 」

 

 

 

 

 

その瞬間、声と共にネロの下顎が強烈に蹴り上げられる。

無理矢理に閉じられた口、しかし砲弾は既に発射体勢、行き場を失ったそれはネロの口を暴れ周り幾本かの歯を吹き飛ばして外へと押し出された。

 

それは金色の髪を振り乱し、ネロの間合いの内側に瞬時に現われると、弧を描き、開脚するようにして上へと強烈な蹴りを見舞っていた。

蹴ったというより下から顎を突き刺したと言った方が似合っているような、そんな一撃。

うめき声すら上げずに口から漏れ出す破滅の光を撒き散らすネロ。

しかし金色の乱入者はそれだけでは止まらず、足を戻すとそのままネロの腹部の前へ拳を構える。

そして次の瞬間、口から光を漏らし続けるネロの身体はくの字に折れ曲がり、反対の壁まで吹き飛ばされた。

ただ拳を構えただけに見えるその動作、しかし確実にそれによってネロは吹き飛ばされたのだ。

 

しかし吹き飛ばされながらもネロはその怖ろしいまでの執念を見せる。

半ば漏れ出した緋色の光り、しかしそれを再び集め一筋の虚閃としてはなったのだ。

金色の乱入者すら予想外、反応の遅れたそれは一直線にアベルへと、そしてその後ろにいるノイトラへと向かっていく。

 

 

「チッ! 」

 

 

乱入者が声を上げるが時、既に遅し。

乱入者の横を高速で横切り、その緋色の光は駆ける。

愚かなる者を屠る神の神罰として、命という代価を払わせるために。

 

そして着弾。

爆発と轟音、そして粉塵を伴うそれは間違いなく虚閃が着弾したことを示す証。

残っていた壁は崩壊し、光が消えた跡には何一つ残っていなかった。

 

「ゲッ!ゲハ、ゲハハ!ゴハッ…… ったぞ…… 殺じてやっだぞ塵共めが!ゴフッ、えぇ、残念だっだなぁ~、あの時の小蠅!」

 

 

壁から這い出してきたネロは、口から大量の血を吐き出しながらも笑っていた。

突然の奇襲により攻撃を喰らいはしたが、それでも奪ってやったと。

せっかく助けに来ただろうにそれが叶わず、残念だったなと見下すように笑う。

それに対するは小蠅と呼ばれた金色の乱入者、紅い瞳でネロを睨みつけるその乱入者は言うまでも無くフェルナンド。

理由は判らないがこうして闘技場に乱入してまで止めたネロの砲弾。

だがそれは止めきれずに最悪の形でその男を喜ばせる結果となってしまう。

しかし、フェルナンドの顔に悔しさは欠片も浮かんでいなかった。

 

 

「クソデブ。 良く見てみろ…… 探査回路ってもんが無ぇのか? テメェには 」

 

「何言ってやがる! 見ろ! あの消し飛んだ跡を!オレ様の虚閃だぞ!生きていられる筈が……無ぇ…… 」

 

 

フェルナンドに浮かんだのは、いつもと同じ皮肉気な笑み。

どこか呆れるようにしてネロに話しかけるその姿は、どこかというより本当に呆れている様子だった。

 

フェルナンドにそう言われても、ネロは目に映る光景に真実を見出そうとする。

眼に映る件の場所は崩れ去り跡形の無く消し飛んでいた、それこそが真実だと、自分が殺し消し飛ばしたと声高に叫ぶネロだが、その鈍い探査神経に引っ掛かる霊圧が二つ。

さすがに気がついてしまえばもう他所を見ることなどで気はしない。

その探査神経こそが真実を語り、自分が浸っていた愉悦はあまりにも滑稽であるという事を。

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 

崩れていない闘技場の壁、観覧席の辺りにその霊圧はあった。

一つは壁に貼り付けたノイトラのもの、もう一つは虫の息だったアベルのもの、そして最後、三つ目の知らない霊圧(・・・・・・)がそこにはあった。

 

視線を向けるネロ。

その先にはやはり二人の姿があり、そしてそのどちらもネロに背を向けた一人の男によって抱えられていた。

ノイトラをゆっくりと床へ下ろし、意識の在るアベルを丁重に下ろす男。

そして男は二人を下ろし終えると振り返り、ネロを見据える。

 

 

男は細身ながらもがっしりとした骨格、野生的というよりはどこか擦れているような気だるい雰囲気を纏って佇んでいた。

身に纏う白い死覇装は比較的標準的であるが、上着の裾は半分だけが長く、結んだ腰紐の端がやや長く垂れ下がっている印象。

胸の中心に孔を穿ち、首にはネロと同じこちらは人骨の下顎骨のような仮面の名残を残す。

肩口辺りまで伸びたバラバラの黒髪を後ろへ流し、顎の先には髭が、そしてその眉は難しそうに寄せられ、その瞳には身体から発する雰囲気とは違う強烈な意思を湛えていた。

 

 

「テメェ…… 何者(なにもん)だ……」

 

 

見下ろされている、という事に不快感を滲ませながらもネロはその男に問う。

充分な威圧感と、そして霊圧を込めたその言葉、しかし男は押し寄せるその霊圧をまるで柳のように受け流し、やり過ごしてしまう。

まるで一陣の風がその頬を撫でただけかの如く。

その男はそうしてネロを見据えたまま、彼の問に簡潔に答えた。

 

 

 

 

 

「……コヨーテ・スターク。 只の……新入りさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤高なる狼

 

暴虐の王

 

百眼僧正

 

紅い修羅

 

 

終わりのはじまり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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