BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

5 / 106
BLEACH El fuego no se apaga.5

 

 

 

 

「ウォラァァァァアァァァ!!!」

 

 

裂帛の気合と共にフェルナンドが炎を放つ。

自然に燃え上がるそれではなく、意思を持って獲物の命を刈り取らんとする炎。

辺り一面を覆い尽くす炎海から飛び出し、うねりを伴いながら上昇したそれは炎の竜巻を思わせ、放物線を描くと標的目掛けて急降下する。

尋常ならざる速度で標的であるハリベルへと迫る炎、それを見たハリベルは刀を握った腕を前へと突き出し切先を下にして構えるのみ。

 

直後炎の竜巻はハリベルへと迫り、しかし彼女を呑み込む事は無かった。

 

渦を巻く炎はハリベルが構えた刀に遮られ、彼女の身体には一切とどく事は無かったのだ。

炎と刀、その拮抗は一瞬、そうそれは本当に一瞬の拮抗。

そして競り負けたのは炎の方だった。

炎を受け止めながらハリベルは刀を何の苦も無く振り上げ、炎の竜巻はハリベルのたったそれだけの動作でいとも容易く押し戻され、それどころかその刀の威力によって四散し、大小の炎の塊へとその姿を変えてしまう。

 

 

先程までならこうも簡単に炎が散る事は無かった。

如何にハリベルがその霊圧を解放したからといっても、依然唯の斬撃ではフェルナンドの炎を切裂きこそすれ、このようにバラバラの状態にもで追い込む事はなかっただろう。

 

そう、それが唯の斬撃(・・・・) だったならば。

 

彼女の刀、その刀身には真ん中の部分に大きな空洞がある。

今その部分には彼女の霊圧が集中しており、彼女の刀は刀身の空洞部分に霊圧を集める事で彼女自身の斬撃を更に強化する事が可能なのだ。

物理的な斬撃に霊的な補助を加え、威力と霊圧攻撃の特性を持たせることでハリベルはフェルナンドの炎の竜巻を粉砕するに至っている。

 

ハリベルの振るう刀の軌道をなぞるかのように、刀身の空洞に収束された黄金の霊圧が帯となりその後を追う。

霊圧の帯を纏い伴って戦うハリベルは本当に舞っているかの様。

それはなにも霊圧の輝きだけではなく、彼女の流麗な剣技によってのみ成せる代物、見れば美しいその舞も、その刀を向けられた者からすれば、その美しい舞は自らを死へと怪しく誘うような舞いと同義だった。

 

分散した炎に向けてハリベルがその光の帯を伴う刀を向ける。

ハリベルは刀の刃を上にして切先を炎に向けたまま顔の横辺りまで刀をひくと、刀身の背に左手を添えた。

その姿はまるで弓を引くかのようで、刀を持った右手を引き絞り狙いを定め、極限まで引き絞ったその右腕に捻りを加えながら刀を素早く突き出すハリベル。

 

 

波蒼砲(オーラ·アズール)

 

 

放たれた瞬速の突き、その速度と威力に乗って空洞に集められた凝縮された霊圧が発射される。

黄金色の霊圧は弓に番えられた矢が放たれるかのように一直線に炎の塊へと向かい、それが突き刺さると同時に炎の塊は爆散し、跡形も無く消え去っていた。

 

 

 

全霊を持って戦うと宣言したハリベルの戦い方は、冷静で冷徹で理性的に構築された戦いだった。

確かに霊圧を込めた虚閃を撃ち続ければいつかはフェルナンドを倒す事だろう。

しかし、それには膨大な霊圧が必要とされる事もまた事実、そういった戦い方でも勝利する自信がハリベルにはあったが、フェルナンドがどれだけの炎を持っているかわからない現状、目先の利と安易な手段に頼った戦いをハリベルは良しとしなかった。

 

全霊を持って相手をするということは何も相手の土俵で戦う事ではなく、ティア・ハリベルという戦士の戦い方(・・・・・・)をもって戦うということ。

そして、それを破って見せろというハリベルからフェルナンドへの隠された挑戦状でもあった。

更にハリベルの目的はフェルナンドを殺す事ではないのだ、あくまで彼を虚夜宮へと連れて行き藍染に引き合わせること、殺してしまえばそれは出来ない、故に無力化することを念頭に置いた戦いが要求されその為の戦術を構築する必要があったのだ。。

それ故にこの戦法、炎を分散させ波蒼砲で消し飛ばし殲滅する事で此方の霊圧の消費を抑えながら、フェルナンドの炎と霊圧を削り戦闘不能状態まで追い込む。

冷静で冷たい戦い、戦いの熱に浮かされるのではなくあくまで“理”によって制する、ハリベルはそれに徹していた。

 

 

 

対してフェルナンドは圧倒的な攻撃力で蹂躙する戦いを好んでいた。

力と力がぶつかり合う、その鬩ぎ合いの中にこそ、表裏一体の勝負の中にこそ生の実感(・・・・)はあるのだと考えているからだ。

ハリベルの虚閃をからくも避けたとき、一瞬でも死を感じたフェルナンド。

死を感じるという事は今この瞬間を間違いなく生きているという証明であり、その瞬間を越えた先にこそ自分が求めた生の実感はあると確信しているフェルナンド。

だがその実感を更に強く感じさせてくれるであろう相手は、霊圧を削る事のみを目的とした行動を繰り返す。

そして今仕掛けた攻撃も響転によって避けられ、忌々しい刀によって四散し、消し飛ばされるばかり。

彼にとっては戦いの高揚よりも苛立ちが募り、しかしそれに溺れる事が愚かだという事が判る程度には彼もまだ冷静さを残していた。

 

 

(クソッ、チマチマと面白くねぇ…… だがブチキレるだけじゃあの女には勝てねぇ。かといってこのまま無闇に攻めたところでこっちはジリ貧だ。 ……だがあの女、まだこっちの大事なところ(・・・・・・)には気付いちゃいねぇ。それは僥倖だが、実際俺の攻撃が通ったところでダメージがあるかも怪しい……かよ。だがこんな戦い方認める訳にはいかねぇ! 必ずあの女に一泡吹かせてやる!)

 

 

フェルナンドは自らの状況を整理しながらも攻めに出る事を決意すると、それを実行するべく行動を開始する。

燃え盛る炎海からフェルナンドの意思によってまたも竜巻が立ち昇り、しかし今度はそれが一本また一本と増えていくと遂には4本の太く長い炎の竜巻がハリベルを囲むように立ち昇った。

その威容、炎が逆巻き荒々しく熱風吹き荒む光景を見てもしかしハリベルが動じる様子なく、それどころか彼女からは小さな溜息が零れた。

 

 

「一本でダメなら四本……か。 少し単純すぎるな、この竜巻をいくら増やしたところで私には届かないと理解出来ない訳ではあるまい?仮にとどいたとしても私の霊圧を超えられなければ私の命まではとどかんぞ?」

 

 

ハリベルが口にするそれは余りにも真実。

数が増えようと、そしてそれが触れようと呑み込まれようと、今のハリベルにとっては問題ではないのだ。

この絶対優位の中でもハリベルは決してフェルナンドを侮らない、同じ愚を行うことは無い、それどころかこの状況をフェルナンドがどうやって覆すのかを楽しみにすらしていた。

彼女にとってもそれは異常な感覚ではあったが、この大虚はそれが出来ると、それだけの力を持っているとハリベルは確信していた。

 

 

 

かえってフェルナンドはハリベルの言葉に答えない、というより今はそんな余裕が無いと言った方が正確なのだろう。

フェルナンドにとってこれは気付かれる訳にはいかない真実なのだ、バレればそれだけで致命的な弱点を曝しているのと同じ事となる真実。

彼という大虚の本質、そこに直結する光景を今ハリベルに気付かれる訳にはいかないと。

故に沈黙、言葉を語れば気付かれる、些細な出来事からでも真実を導き出す可能性、そういう直感を持った相手とフェルナンドは対しているのだ。

この沈黙すら本来ならば避けたい行為ではあるのだ、しかし今の彼にハリベルを謀る余裕など無く、ただただ大きく動いたが故の弱点の露呈をフェルナンドは沈黙で覆い隠そうとしていた。

 

だがそんなフェルナンドのあからさまとも言える変化をハリベルが見逃すはずも無い。

今まであれほど饒舌だった相手の突然の沈黙、何もないと思う方がおかしな話である。

 

 

(急な沈黙…… 更なる攻撃か、それとも何かを待っているのか…… それとも諦めたか? いや、それだけは無い……か。いくら考えたところで推論の域は出ず無意味。何が来るにせよ冷静に対処すれば問題はない。さぁ、何を魅せる心算だ、フェルナンド・アルディエンデ)

 

 

ハリベルの思考は『見』 様子見である。

戦いにおいての思慮深さと、慎重な行動を旨とするハリベルらしい結論。

あれこれと考えを巡らせはすれど決定的な判断は現段階では早計、思考を絞ればそれだけに集中するあまり別の道を見落とす。

全てに対して冷静さを失わず、合理的に対処すれば危機は乗り切れる。

 

あくまで“理”によって戦う彼女、その彼女をフェルナンドが倒す手段があるとすればその冷静な思考以上の意表をついた一撃か、いくら冷静で合理的に対処しようとも防ぎきれないような圧倒的な力。

そして今の彼にそれが出来るのかどうかという、彼自身の潜在能力、底の深さ。

 

 

互いが語らず睨みあう中、先に動いたのはフェルナンドだった。

ハリベルを囲むようにして聳えていた竜巻の一本がハリベルに向かって襲い掛かる。

ハリベルはそれを今までと同じように刀で防ぎ弾き飛ばさんとして迎え撃ち、炎と刀は今までと同じ様にぶつかり合い拮抗した。

そして炎と刀の拮抗は一瞬の後に崩れ、炎は競り負けまたも粉々に霧散する筈だった(・・・・)

 

 

「何!?」

 

 

驚きの声を漏らしたのはハリベル。

今まで容易く押し返す事ができた炎の竜巻、ほんの一瞬拮抗するだけだったそれを押し返す事ができないのだ。

何故かは解らないが竜巻の威力が格段に上がっている。

驚きの中拮抗する炎に目を凝らした瞬間ハリベルが見たもの、その炎の竜巻は先程までのようにただ炎が渦巻いているだけではなく、フェルナンドの放った炎の槍のように高密度に収束された炎と霊圧、それらが先程以上の速度で回転している様子だった。

 

 

(密度を上げて威力を増したか、だがこの程度ならば…… 押し返ぬ事はない!)

 

 

竜巻の正体を見切るやそれを押し返そうと霊圧を上昇させるハリベル。

霊圧が上昇し威力が増したハリベルの剣戟によって竜巻はついに押し返されるが、今までのように四散する事はなかった。

だが、眼前の竜巻を押し返したのも束の間ハリベルに別の竜巻が迫り、それを押し返すとまた間髪置かず別の竜巻が迫る。

そしてハリベルは徐々にその炎の竜巻達に囲まれ、竜巻の包囲網がハリベルを逃がすまいと四方から彼女を囲んでいた。

 

 

(私をここから出さない心算か? だが目的は何だ、私を閉じ込め奴に何の利がある…… クッ! こうも四方から攻め立てられては虚閃で吹き飛ばすことも出来ん…… そうか!奴の狙いは捕らえる事ではなく捉える(・・・)事か!)

 

 

フェルナンドの意図を見切ったハリベルが4本の炎の竜巻に囲まれた中、唯一箇所開いている上空へ脱出しようと駆ける。

竜巻での連撃は攻撃ではなく彼女を押し留めるため、そして閉じ込めて捕らえる為ではなく閉じ込める事で捉える為、狭い範囲の中では移動速度に長ける響転もそう意味を成さない。

彼女の足を潰し射程を外し、自らの攻撃が確実に当たる環境をフェルナンドは密かに整えたのだ。

竜巻の突端へと駆けるハリベルだったが、しかしその唯一の脱出口も4本の竜巻の先端がぶつかり合うことで完全に閉ざされる、竜巻と竜巻の隙間も炎が格子のように張り巡らされ最早逃げ場なし。

 

 

「遅ぇよ、ティア・ハリベル!」

 

 

声がしたのはハリベルの真下、炎の海に浮かぶのはフェルナンドの仮面、そしてその炎が燃え上がり、二つに裂けるとそれはまるで龍の顎の様に大きく開き、その開かれた顎の中には膨大な霊圧が込められた砲弾が既に完成していた。

 

 

「なにも虚閃はアンタの専売特許じゃぁ無ぇ! 喰らいやがれぇぇぇ!!」

 

 

放たれるのはフェルナンドの炎と同じ紅い霊圧、それが今や炎の檻と化した空間を埋め尽くしていく。

ほぼ密閉された空間に放たれた砲撃は威力の分散を最小限に抑えながら、ハリベルを呑み込まんと炎の檻を駆け上がる。

しかし、ハリベルとて唯それを待っているほど愚かではない、再び上に上昇し檻を破るべく霊圧を収束するがその収束が終わる前に檻の天蓋が崩れた。

いや、崩れたと言うよりは4本の竜巻が融合し、ハリベル目掛けて滝の如く流れ落ちてきたのだ。

下からは特大の虚閃、上からは高密度の炎の滝、逃げ場は完全に失われた。

 

 

「ならば迎え撃つのみ!」

 

 

決意と共にハリベルは切っ先を下に向けて虚閃を放ち、霊圧を解放して襲い来る炎の滝に備える。

そして訪れる極大の爆発、炎の檻は内包したそれに耐え切れず拉げて四散した。

爆発の轟音、衝撃で砂漠は一度大きく揺れ一瞬遅れて砂嵐が放射状に撒き散らされる。。

フェルナンドの炎と虚閃、ハリベルの霊圧と虚閃、その全て密閉空間でぶつかり合う事で生じた激しい爆発と爆風が辺り一面を覆い尽くす。

 

 

 

 

 

ハリベルはフェルナンドの虚閃の勢いと爆風でかなり上空まで吹き飛ばされていた。

霊圧の防御と虚閃で虚閃を迎え撃つ事で威力を殺したとはいえ、自身の霊圧も混ざり合って炸裂した爆発を受けてはハリベルとて無傷ではいられなかった。

 

 

上空から虚圏の砂漠を見下ろすと見渡す限りの白の中で一箇所だけが未だに紅い、それはフェルナンドが未だ生きているという証明だった。

 

 

「しぶといな……」

 

 

そう零すハリベルの声には楽しさが僅かに滲む。

予想外のダメージを負った事への驚きか、フェルナンドが自分の予想通りの力を持っていたことに対する喜びなのか

だがそんなハリベルがあることに気付く、上空からはじめて見たフェルナンドの炎海、その規模が明らかに狭くなっているのだ。

そして彼女は見た(・・)

半霊里ほどあった炎の海は今や半分を少し上回る範囲、ハリベルを囲い炎の檻を形成していた竜巻は見る影も無いほど細くなり、あらぬ方向へと拉げている。

そして炎の竜巻が根元からゆっくりと海へと還る様にその姿を縮めていく、すると炎の海が僅かだがしかし確実にその範囲を広げたのだ。

 

ハリベルはそれを見逃さなかった。

 

 

(急激に上がった炎の威力と密度…… なるほど、そういうカラクリ……か。ならばどうするか…… このまま行けば終わりは近いだろう。だが本当にこのまま終わっていいのだろうか…… )

 

 

 

 

 

フェルナンドは消耗していた。

未だその炎は砂漠を広く覆っているが、その範囲は確実に狭くなっている。

今の一撃でどれほどダメージを与えられたかもわからない、仕留めきる事などできてはいないだろうと思いながらも、それでも確実に一泡吹かせてやることは出来たと、それがまず第一歩だとフェルナンドは奮い立つ。

これからの戦いのためにも、まずは霊圧と炎の消費をどうにかしなければならないとフェルナンドは考えた、しかしこればかりは急激に回復する事などありえない。

まして炎の方は尚更だとフェルナンドは内心愚痴る、取り敢えずの応急処置としてもはや原形を留めていない炎の竜巻を自身の身体に戻す(・・・・・)

これで霊圧の回復と、炎が戻った事により若干炎海が広がった感覚をフェルナンドは感じていた。

 

 

「後はあの女がどれだけダメージを負ってるか、だな…… 」

 

 

「私がどうかしたか? フェルナンド」

 

 

零した呟きに答えが返ってきたことに、もはやフェルナンドは驚かなかった。

それは当然の結果、あの程度で死ぬなどとは微塵も考えられない存在。

服は多少焦げ、身体にも僅かだろうがダメージは負っているようだが、そんなものはこの相手にとってさして気になる程のものでない事もフェルナンドは理解していた。

 

 

「お互い随分ボロボロになったものだな…… 正直なところを言えば、唯の大虚にこんなに梃子摺るとは思ってもみなかった」

 

「……ハッ! まるでもうこれで終わったみてぇな言い草だな。勝手に俺までボロボロにするんじゃねぇよ。アンタはどうだか知らねぇが俺はまだ余裕だ、アンタを殺すまで俺が死ぬ事は無ぇよ!」

 

 

ハリベルの言葉、それは純粋な驚きと唯の大虚にとっては賛辞とも取れるものだろう。

だがその言葉を認めないといわんばかりに殺気を放つフェルナンド。

しかしその言葉はハリベルに対してというより、むしろ自分に対しての言葉、そうして声に出して宣言する事で自身を奮い立てようとする。

そんなフェルナンドにハリベルはあくまで冷静に、自らの見た事実を語り出す。

 

 

「そういきり立つな…… 上空からは随分はっきり見えた。貴様の炎が狭まっているのも、貴様が炎を吸収、いや、元からあった場所に戻したと言うべきか…… 収束していた炎を戻して炎が広がる様を見たといえば伝わるのか?貴様が炎を産み出していたのではなく、総量の決まった炎を操る様子が見えたよ」

 

 

遂にバレたか、とフェルナンドは内心の苦々しい思いを呑み込む。

炎を産み出す者と、炎を操る者、同じ炎を扱う者でもそのあり方は違ってくる。

産み出す者は、無限ではないにしろ霊力が続く限り際限なく炎を生み出し、操り、戦う事ができる。

対して操る者は今持っている内包した炎こそが全てであり、いくら霊力が優れていようともそれが無くなってしまえば戦う事ができない。

後者であるフェルナンドはこの発覚を避けたかった。

彼自身膨大な炎を内包する存在ではあったがしかし、今ある炎が無くなればそれだけで自分が無力と成り下がる事を理解していたのだ。

フェルナンドがどれだけの炎を産み出せるのかが判らなかったからこそ、ハリベルが霊圧を温存した戦いをしていたという事も彼は理解していた。

だがそれが判ってしまった今、ハリベルは目の前で燃えている炎の全てを駆逐するだけでいいのだ、先の見える戦い、霊圧を温存する必要は無くなったと言える。

 

 

「もはや勝敗は見えた、これ以上続ける事は自殺と同じだ。理性があるのならば退く事を学べ、お前の負けだ…… 」

 

 

ハリベルの残酷な宣言が響く。

そう、完全なる敗北、もはやフェルナンドに逆転の芽はない。

いきなり何かのきっかけで霊圧が増える事も、突如として新たな力に目覚めるなどという出来すぎた展開もありはしない。

残酷なまでの敗北という事実、だがだからといってそれを易々と受け入れられるほど、フェルナンドは大人になりきれていなかった。

 

 

「そうかい…… 一つだけ、アンタの間違いを修正しといてやるよ。俺はなぁ炎を操ってる(・・・・)んじゃねぇんだ…… 言ったろ? この炎は”俺自身”だ、と。 俺には肉体は無い(・・・・・)。この炎が俺自身であり俺の全て。 そしてこの炎が消えるって事は即ち、俺が死ぬって事と同義なんだよ」

 

「ならば尚の事止めておけ、悪戯に死を急ぐのは愚かな行為だ。貴様は大虚でありながら私に一太刀浴びせた、それは評価に値する。その力を“暴”のまま捨て置く事は惜しい。 私と共に来いフェルナンド、私がお前を戦士にしてみせよう」

 

 

フェルナンドの独白を受けて、ハリベルは尚の事だと終わりを告げる。

この眼下の炎が消えればフェルナンドは死ぬ、ならば彼は今まで文字通り命を削って戦っていたという事、この炎海こそが彼の全て。

今この場で失うには余りに惜しい存在、大虚でありながら上位の破面であるハリベルと紛い形にも戦える力。

未だ荒削りとはいえ、戦士たる資質を充分に持っている彼をハリベルは失うわけにはいかなかった。

刀を持っていない左手を差し出すハリベル、差し出された手には意思が強く見えた。

 

私と共に来い、この手をとれ、と。

 

 

「……素直にその手を取れるほど、俺が大人じゃねぇってのはもう判ってんだろ?それに俺は今、漸く感じられそうなんだ…… 俺は今を生きているんだって実感を…… 馬鹿みたいに長い時間を生きる俺達が、当たり前だと忘れちまうようなそんな感覚を俺はずっと求めてきたんだ。……俺は馬鹿だからよぉ、戦う事しかそれを感じる術を知らねぇんだ。だから俺は退けねぇ…… 戦って、このまま死んでも俺が今を生きたという事が感じられんなら、俺はそっちの方がいいんだ。 だから! 俺はァァアァ!!!」

 

 

フェルナンドが吼える。

それに呼応するように、彼の仮面を中心に炎海の炎の全てが浮かび上がり、猛烈な速さで霊圧の暴風を伴い仮面へと集まっていく。

範囲が狭くなっていたとはいえ、膨大は量の炎が一点に集中し嵐が収まると共に小さく小さく圧縮される。

炎と暴風が収まった後に残ったのは、今までの無形の炎海ではなく確固たる形を持った炎。

体高は3~4m程、肌も、蹄も全ては紅い炎で構成され、その鬣は燃え上がる炎そのままにゆらゆらとたなびく勇壮な姿の炎の馬(・・・)がそこには佇んでいた。

一点に集められた炎と霊圧、今まで眼下に広がっていた炎の海が全て内包されたその姿、威風堂々としたその炎馬の顔には、この炎の絶対支配者たるフェルナンドの仮面が。

 

 

「その姿…… この局面で出した、という事はそれがお前の切り札という事か。 ……どうしても続けるというのか? これ以上はいくら私でも殺さぬように戦う事などできないぞ?」

 

 

「切り札、なんてご大層なもんじゃ無ぇよ。これだって半分程度の炎しかないしょぼくれたモンだ…… それにさっき言っただろうが、退くぐらいなら実感できる方をとるってよ。それに殺さない用にだと?始めっから誰もそんな事頼んでねぇんだよ!そういう心算で来いよ!俺はこれに全てを賭ける!俺の最後の攻撃だ…… 受けてもらうぜ! ティア・ハリベル!」

 

 

炎馬となったフェルナンドから紅い霊圧と炎が彼を覆うように噴出する。

最後の一撃、退いて永らえるくらいならばここで全てを出し切る方を選ぶ、潔さとも無謀とも取れる行為。

しかし今のフェルナンドが持つ不退転の覚悟だけは本物だろう。

吹き上がる霊圧の強さ、揺らぎの無さがその覚悟を証明している。

 

その気合と覚悟を受けハリベルは静かに瞳を閉じる。

このまま戦えば彼を殺してしまうかもしれない、故にこの一撃を避け、消耗した彼の四肢を落としてでも無理矢理に虚夜宮へ連れていく事が、任務を全うする事を考える上でもっとも合理的な選択。

だがそれでいいのかとハリベルは自問する。

 

目の前であれだけの気合と、力と、そして覚悟を見せ付けられ、尚正面から受けずに戦うのか?それが戦士ティア・ハリベルの戦いなのか?

 

否、断じて否。

 

相手の覚悟をこうも見せ付けられ、それに答えられないような者は自らを戦士と呼ぶ資格は無い。

挑まれた最後の勝負、それに背を向けるなどありえない。

それは自分の戦士としての矜持に、そして何より相手の覚悟に泥を塗り、踏み躙るのと同じ非道の行い。

事ここに至っては自らも相応の覚悟と、相応の技をもって答えるのが戦士の礼であると。

 

カッ、と見開かれたハリベルの瞳。

其処には戦士として相手を倒すという決意以外存在しないような、苛烈な覚悟を秘めた瞳があった。

 

「よかろう…… ならばもはや何も語るまい、互いにこの一撃をもって幕としよう。この虚閃は我等の中でも一部の者にしか許されない至高の虚閃。これを受けて消える事を誇りに思うがいい…… フェルナンド・アルディエンデ 」

 

そう言うとハリベルは自らの手を刀の刃に添えると、指先をスッと切る。

一筋の赤い傷、流れた血は刀身を伝い刃にいきわたり、次いでその刀はフェルナンドへと向けられその切先には霊圧が収束し始める。

切っ先へと集まる霊圧に巻き上げられるように、刃に付着した彼女の血が霊圧と混ざり合いそれを切欠に唯の虚閃とは比べ物にならないほど膨大な量の霊圧が収束していく。

1m程にまで巨大化した霊圧の塊、あまりの強さに大気が耐えられず悲鳴のような音を奏でる中、切先にフェルナンドを捉えたままハリベルは問う。

 

 

「準備はいいか、フェルナンド。 私の今撃てる最高の虚閃だ…… その身に受けることを誇るがいい 」

 

「ハッ! 上等! アンタこそその虚閃が貫かれて自分が消炭にならないように精々力を込めるんだな…… 往くぜぇ! ティア・ハリベル!」

 

 

言葉と共にフェルナンドが霊圧と炎を纏い疾走する。

四肢からは爆発的な推進力が発生し、その一駆けでフェルナンドの姿は紅い流星と見紛うばかりの一条の光へと変わった。

一直線にハリベルへと迫るフェルナンド、至高の虚閃をもってそれを迎え撃つハリベル。

かくして両者の衝突の瞬間は訪れる。

 

 

「ウルァァァァアァァアァァァァ!!!!!」

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!! 」

 

 

全霊を賭けた流星と至高の砲撃、衝突の瞬間全ての音が消え去った。

夜の世界、虚圏に朝が訪れたのではないかという程の閃光、そして後に置き去りにされた爆発音が響くのだった。

 

 

 

 

 

後に残るモノ

 

先に進むモノ

 

今を望み

 

未だ得ず

 

喪失の孔は

 

穿たれたまま

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。