BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.39

 

 

 

 

闘技場、それは何よりも純粋な闘争の場。

その場に立てば何よりも意味があるのは、磨き上げた己の“力”のみ。

他が介する余地の無い、純粋な力と力のぶつかり合いだけが全ての優劣を決し、勝者と敗者の二極を生み出す。

 

そして今、その勝者と敗者は決していた。

 

静まり返る闘技場、本来ならば怒号と罵声と喧騒の坩堝たるその場所は今、水をうった様な静けさだけが支配していた。

その静けさの中、衆目の中心に立っているのは一人、片方は地に伏し、流れる血は白い砂を赤に染め上げる。

見下ろす者と見下ろされる者、砂を踏みしめる者と砂を食む者、明瞭なる結末、それは明らかな勝者と敗者の図式であり決着の光景。

誰がどう見たところでその図式に、その光景に、その結末に変化などありえない。

 

そう、決したのだ。

 

グリムジョー・ジャガージャックと、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。

両者の意地を賭けた戦いが。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

腕が宙を飛ぶ。

 

直後闘技場の中に響く悲鳴、しかしその悲鳴はそれを見まもる者達から発せられる大音量の声によって掻き消された。

胴から離れ宙を舞った腕は回転しながら砂漠へと落ち血を滴らせる。

その悲惨ともいえる光景に闘技場の熱は増し、戦う者もその熱に浮かされるように更なる惨劇を繰り広げる。

 

強奪決闘(デュエロ・デスポハール)』、前回よりに2年の時を置いて再び開かれた血塗られた殺戮舞台は、熟成期間を、いや押さえ込まれ続けた衝動を一杯に湛え、湛えきれずにそれを溢れさせながら狂乱の詩を奏でていた。

 

 

「勝負あり。 勝者No.71(セテンタ・イ・ウーノ)マーズ・マーズ。 これによりNo.70(セテンタ)セガール・ヴェガリーの号をNo.71が強奪。 以降、彼の者をNo.70とする」

 

 

勝ち名乗りが響くと歓声は更に大きいものとなった。

立会人『東仙(とうせん) (かなめ)』によってなされたそれ、黒い着物ではなく破面が纏う白い死覇装に身を包み、編み上げて一つにまとめていた髪を下ろした彼は、しかし外見は変ろうとも前回となんら変る様子もなく、淡々と破面同士の殺し合いに立ち会い続けていた。

東仙の言葉にまた一つ温度を上げたような闘技場、しかしその熱は今だ最高潮には程遠い。

いや、おそらく彼等の熱はそのときまで最高潮になることはないだろう。

彼等とて皆知っているのだ、今目の前で行われている下位数字持ち同士の戦い、そんなものが霞んで見えるほどの戦いがこの後待っているということを。

 

『十刃越え』という最高の殺し合いが待っているという事を。

 

 

 

 

 

 

 

「フッ! ハッ! フッ! シッ! セイ!!」

 

 

部屋に響くのは息遣いと空気を裂く音だけ。

その部屋は強奪決闘に出場する者の控え室のような場所、事前に出場が決まっている者にはこうして部屋が割り当てられ、いざその時までを自由に過ごす事ができる。

決して大きくはないその部屋、その中心で男が一人裂帛の気合と共にその脚を振りぬき空気を裂いていた。

額には薄っすらとだが汗を滲ませ、その瞳は苛烈、ただ一心不乱に空を蹴る様はどこか鬼気迫るものすら感じさせる。

 

 

「セリャ!! ハァ、ハァ、ハァ……フゥーッ。 ……そろそろ時間だろう…… 」

 

 

息を切らすほどの動き、一頻りそれを続けると男は止まり切れた息を整える。

入念な準備運動、身体はおそらくこれ以上ない最高の状態を保っていると、そしてその時に最高の状態で戦闘が出来るようにと男は入念に準備をしていた。

それも全てはこれから始まるであろうたった一度の戦いのため、そう、この男にとってその戦いはそれ程の準備をさせるほど重要なものだった。

相対するのは自らが育てたようなものである一人の若者、その若者と最高の戦いをするためだけに、男は今日、この日、この時に自らを最高の状態に仕上げてきたのだ。

 

 

「さて、 それでは行くとしようか……」

 

 

姿見の前に立ち、そこに映る自分の姿を確認して男はそう呟く。

鏡に映る男の姿はいつもと変らない、しかしその内側はいつもより若干の緊張を抱えていた。

そんな若干の緊張の中でも身嗜みを整える事を忘れない男は、姿見からの離れ際に一度軽く髭を整える。

そして第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオは、約束の場所へ向かうためその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

ドルドーニが控え室から出て行った頃と時を同じくし、闘技場の舞台を挟んだ反対側の控え室にまだその男は居た。

唯一人だけでいたドルドーニとは違い、その控え室にはその男意外にも数人の破面がいたが、その部屋もまた静まり返っていた。

重苦しい訳ではない、だがその部屋の空気は何故か言葉を発する事を躊躇わせるような雰囲気が漂う。

それはその部屋の一番奥で長椅子に前屈みで腰掛け、片手の拳をもう片方の手で包むようにしている男の纏う気によるものか。

眼を閉じ、ただ静かに座る男、何をするでもないその男の雰囲気に周りに控える者達は、知らず気圧されているようだった。

 

 

「グリムジョー、そろそろ時間だ……」

 

「…………」

 

 

長椅子に座す男、グリムジョーにそう声をかけたのは彼に付き従う破面の中の一人、シャウロンだった。

シャウロンの言葉にグリムジョーは返事を返すでもなく、ゆっくりと眼を開くと立ち上がり、無言のまま控え室を出て行く。

残された者達にそれを追う者は居ない、それは追ったところで無意味だからだ。

闘技場、その舞台に上がることが出来るのは彼ひとり、付いて行ったとて彼等に何が出来るという訳でもなく、彼等に出来ることといえば他の破面同様、彼等の”王”が戦う様を眺める事だけだった。

 

 

「なぁ兄弟…… グリムジョーのヤツは大丈夫なのか?」

 

 

グリムジョーの去った控え室に残った破面のうちの一人、金髪の優男風の破面、イールフォルトがシャウロンに話しかける。

その問はひどく抽象的で、しかしそれでもシャウロンには彼の言いたい事が、いや、彼が代表して言ったシャウロン以外の破面の共通の疑問に対する問いとしては充分だった。

 

 

「問題はないだろう…… 恐らくはだがな……」

 

 

だがしかし、シャウロンの答えもまた確信に欠けるものだった。

それは問が抽象的だから、というわけではなく問に込められた疑問の全てに彼は明確な答えを持ち合わせていない、ということなのだろう。

彼とて、彼等とて自らの“王”を疑いたくはない、しかしそう思わせるほど彼等の知る王と今の王の姿は懸離れているのだ。

 

 

「シャウロン…… 俺とてグリムジョーの力を疑うわけじゃねェ…… しかし今のアイツからは昔の気配が感じられん。血を求めるような餓えた野獣の気配が…… 」

 

 

シャウロンの言葉に異を唱えたのは、筋肉質の巨体、鼻の頭に仮面の名残を残した一体の破面、破面No.13(アランカル・トレッセ)エドラド・リオネスだった。

エドラドの言葉、それが何よりこの場に居る全員の感じる疑問であり、違和感の核心。

グリムジョーはつよくなっている、それはこの場に居る全員が間違いなく感じている事実であり、疑う余地はない。

しかし、そうなっていくにつれグリムジョーから消えていったモノがあると彼等は感じていた。

 

エドラド曰く“野獣の気配”。

 

彼等が知るグリムジョーという男は近付く者全てに牙を突き立てるような、その爪も牙も常に血に濡れている様なそんな男だった。

それは狂気であり、しかしその狂気が、全てを殺しつくし己の強さを証明しようとする一種のカリスマが彼等を惹きつけていた。

しかし、今のグリムジョーに彼等はその狂気を感じられないのだ。

確かに身体から発する気配、一種の凄味という点では昔と今では比べようもない。

しかし表に見えぬ狂気、姿を見せぬ野生、それは等しく彼等にとっての不安であり、彼等はグリムジョーが強さと引き換えに“牙”を折られてしまったのではないかとすら感じていた。

 

 

「……案ずるな、我等はグリムジョーに従うと決めたのだ。ならば案ずるな…… 我等の王を…… 」

 

 

控え室の沸きあがった脚を絡めとるような不安感、シャウロンはその不安を自身の足元にも感じながらあえて言う。

案ずるなと、それは他の仲間にも、そして何より自分自身に言い聞かせるための言葉。

そう、彼等には結局何もすることが出来ない、その不安を内に抱えながらもただ見ている事しか出来はしないのだ、その戦いの行く末を。

 

 

 

 

 

 

「続いて挑戦者。破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャック。 強奪に指名したのは…… 第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ」

 

 

東仙の淡々とした言葉に続いたそれは正しく轟音、この日一番の歓声が闘技場を取り巻き、支配する。

数年の間押し込められていた殺戮衝動は徐々に加速し、今この時をもって最高潮に達しようとしていた。

円形の闘技場、その両端に聳える縦長の巨大な門が同時に開き始める。

そして現れる二人の男、片方は自分に浴びせられる歓声、罵声、謗り、罵りをその身に受けながらもそれら全てを飲み込み、両手を広げ余裕の態度で歩き、もう片方は同じように浴びせられる言葉の波濤を悉く無視し、ただ前だけを睨み付ける様にして歩く。

 

一見正反対に見える二人の男、しかしこの場に立っている彼等は同じなのだ。

首に鋼鉄の環をかけられ、それに繋がる鎖を引き千切らんばかりにあらぶる獣、それは獅子であり虎であり、しかしそれ以上の獣に他ならず。

ただその鎖が解かれるのを、首の輪が外されるのを今か今かと待ち侘びる魔獣なのだ。

 

闘技場の中央まで歩み、距離を保ったまま互いに睨みあう両者。

ポケットに両手を突っ込んだまま、やや猫背で下から睨み上げるようにして相手を見るのは、水浅葱色の髪の男グリムジョー。

対して腰に手をあて、胸を反らせ顎を上げ、見下ろすようにしているのは壮年の男ドルドーニ。

空気は二人を中心にして渦巻くように、その場の全てを惹きつけるようにして旋回する。

 

 

「これは『十刃越え』である。 よってこの場に居る者、この場でこれから始まる戦いを見ている全ての者の安全は保障されない。それでもいい者のみこの場に残れ」

 

 

東仙が放った言葉は最終勧告だった。

それはこの場に居る全ての者に放たれた言葉、破面の頂点たる十刃とそれに順ずる者の戦い。

闘技場には結界が施され、内部の戦闘による余波などは観覧席まで届かぬ造りとなっている、しかし、それはあくまで十刃以下(・・・・)の戦闘での話であり、この結界は十刃クラスの戦闘を考慮されていない。

故の最後勧告、これから先は彼等を守る結界は存在しないと考えたほうが妥当であり、その十刃クラスの戦闘にその身を曝す覚悟のある者だけがこの場に残れ、という勧告なのだ。

 

しかしその勧告は、この熱気と狂気に浮かされた闘技場では些か温かった。

だれもその場を去る者など居ない、むしろその言葉に、これから始まる戦闘の凄まじさを予見させるその言葉に闘技場の温度は増すばかりだ。

東仙は一応その様子を確認すると、片手を挙げる。

それだけの所作が全てを物語っていた、切って落とされるという事実を、戦いの火蓋が切って落とされるという事実を。

 

 

「それでは……」

 

 

東仙がその腕を振り下ろす。

その先にあるのは両者の間に張り詰めた緊張の糸、それを東仙はその手刀をもって斬りおとした。

プツン、という音が聞こえたかのような一振り、そして放たれる言葉が後戻りのない開幕を告げる。

 

 

「始め! 」

 

 

 

 

 

瞬間空気は爆ぜた。

 

東仙の言葉より一瞬の間もなく爆ぜる空気、そして闘技場の中央では先程まで距離をもって睨み合っていたグリムジョーとドルドーニが鍔迫り合いの状態となっていた。

見ている者の大半がそれだけで置いていかれた展開、そもそもただ熱に浮かされてこの場に残った者達にこの戦いを見る資格などありはしなかった。

現にそういった者がこうして置いていかれている現実、あまりに実力が違いすぎるのだ、所詮物見遊山気分で残った者と闘技場でぶつかり合う彼等では。

 

闘技場の中央で拮抗するグリムジョーとドルドーニ。

ドルドーニは余裕からなのかそれとも愉悦なのかその顔に笑みを浮かべ、グリムジョーはただ静かに相手を睨みつけながら鍔迫り合う。

だが地力、というよりも膂力で勝るのは明らかに身体の大きいドルドーニ。

鍔迫り合いはそのままドルドーニが自然有利となり、耐えるグリムジョーも遂には後方へと弾き飛ばされる。

だがグリムジョーとてただ弾き飛ばされるはずもなく、空中で体勢を整えるとそのまま霊子によって足場を作り反転すると、今度は上から打ち下ろすようにその刀を叩き付けた。

片腕で力任せに、しかし煌きを帯びたその太刀筋をドルドーニはその刀と、刀の背に腕を押し当てて受け止める。

 

受け止めた瞬間轟音と共にドルドーニの両足が砂漠へと沈む。

グリムジョーの刀を受け止めた衝撃はドルドーニが踏みしめていた脚をそのまま砂漠へと埋没させるほどのものだった。

まるで大地を揺らすような衝撃、しかしドルドーニはその一撃を受け止めても笑みを崩さない。

 

そして砂漠は轟音と共に再び爆ぜる。

砂漠が爆ぜると同時に、今まで上からドルドーニを押し潰さんばかりの勢いで攻め立てていたグリムジョーの身体が真横へ弾き飛ばされ、そのまま砂漠に叩きつけられた。

満足な受身も取れず不規則に砂漠を転がるグリムジョー、そして壁際まで吹き飛ばされながら彼が目にしたのは、その片足を天高く掲げたようにしているドルドーニの姿。

 

 

(クソが…… 蹴り…… か? )

 

 

恐らくは蹴り、砂漠に脚が埋まっていた事など何の障害にもならない強力な蹴り、それを真横から見舞われたと直感するグリムジョー。

身体が勝手に動き紛い形にも防御は出来ていた、しかしあの状態から蹴りを受けるとは思っていなかった故に遅れた反応、内心それに舌打ちするグリムジョーだがまだ戦い始まったばかりなのだ、それにいちいち固執するほど彼は幼くない。

瞬時に頭を切り替えて立ち上がる。

 

すると視線の先に立つドルドーニは、巻き上げた砂と共に掲げた脚を戻しながら片足立ちになり、空いている手を前へ突き出し、刀を頭上に掲げるような独特の構えをとる。

そしてドルドーニの顔からは笑みが消えていた。

先程までの笑いは消え、引き締まった表情でグリムジョーを見据える彼。

その顔、そしてその構えは彼が良く知っているもの、こうして相対した数など数え切れず数年のあの時よりも更に隙を感じさせないそれは、いっそ打ち崩すのが不可能なのではないかと錯覚するほど圧倒的な圧力を感じさせる。

 

 

「ハッ!」

 

 

だがそんな考えを、自らのそんな考えをグリムジョーは笑い飛ばす。

そんなものは戦う前から判っていたことだと、それを打ち崩し、あの顔に一撃を見舞う事がまず始まりだと。

そして乗り越え、座を奪う事が自分の“道”の始まりなのだと、その為に自分は強くなったのだと奮い立つ。

 

しかし、奮い立つグリムジョーよりもドルドーニの方が早かった。

 

壁際に立つグリムジョーに追撃とばかりに迫るドルドーニ。

一息に距離を潰し、再びグリムジョーにその刃を振り下ろす。

グリムジョーはその勢いに圧されるばかり。

尚も苛烈に攻め立てるドルドーニだが、しかしそうしてグリムジョーを攻め立てるのは彼のその刃だけではない。

 

 

(チッ! 距離が詰められねぇ!)

 

 

刀の間合い、刃で相手を傷つけるのならば、相手を己の刀の間合いに納めなければならない。

如何に相手の間合いを外し己に優位な間合いで戦うか、刀を用いた戦いではこれが重要な因子である。

そして今、グリムジョーは己に優位な間合いを掴むことが出来ず、結果攻め立てられ続けていた。

 

その理由はたった一つ、ドルドーニには自身の持つ刀より間合いの長い二振りの刃(・・・・・)があったからだ。

 

グリムジョーの(へそ)の前辺りの空気が切裂かれる。

もう少し踏み込んでいれば、恐らく鋼皮(イエロ)の守りがあろうとも腹が斬られていただろうその一撃。

そしてその一撃により意識が下を向いたほんの一瞬、その一瞬を狙い澄ました鈍色の一撃がグリムジョーの頭部を襲う。

グリムジョーは紙一重でそれを避わすも今度は切裂くのではなく、打ち抜くような一撃が彼の胸に突き刺さった。

 

 

「グッ…… クッソ!」

 

 

破面といっても身体の構造は人間と酷似している。

強烈な胸への一撃は一瞬呼吸を停止させ、受けた衝撃と痛みは逃げ場なく身体を駆け巡る。

またしても弾き飛ばされ、それでも視線だけは切らなかったグリムジョーの目に映ったのは、片足を前へ突き出したドルドーニの姿。

 

そう、ドルドーニが持つ二振りの刃とはその脚、その脚から生み出される蹴りであった。

 

 

破面というのはその個体ごとに何かしら突出した能力がある。

それは斬魄刀を解放した状態の特殊な能力であったり、解放せずとも使用出来る能力、それは誰よりも硬い鋼皮であったり、誰よりも鋭い探査回路(ペスキス)であったり様々だ。

そういった際立って突出した能力を持つ者が、破面の上位を占めているのは自然な事と言えるだろう。

そしてドルドーニもまた、その例に漏れない存在であった。

 

彼は鋼皮も探査回路も響転(ソニード)も、その全てが平均を大きく上回ってはいるが突出して高いという訳ではなかった。

解放状態の能力もシンプルなもので、際立って特殊という訳でもない。

本来ならばそんな彼が十刃の地位に着ける筈もない、しかし彼は第6の座におり未だ他の追随を許さない。

 

それは何故か、それは彼が肉体を、更に言えばその肉体を用いた“体術”を極めようとしたからだ。

通常、破面の戦闘というものはその肉体の強度に任せた力押し、または力の核たる斬魄刀を用いた剣技である。

だがドルドーニはそれを良しとしなかった、力押しは彼の美学に反し、剣技は一流ではあるが超一流には足らない。

ならばどうするか、考えた末ドルドーニの至った答えは“体術”それも蹴技(・・)に重きを置いたもの。

洗練された足運び、美しい軌道から生み出される圧倒的破壊力、優雅さに潜む殺意、彼が求めたのは正しくそういった洗練された闘技(・・・・・・・)だったのだ。

 

他の破面が極めようとしなかったものを極める、それをするのは容易なことではない。

しかしドルドーニは諦める事を知らなかった。

そしてそれ故に極められたのだろう、破面という強力な肉体から繰り出される体術というものを。

刀でもなく、霊圧による技でもなく、近接戦闘において間合いというものを支配するにたるその“蹴技”というものを。

 

そして今、ドルドーニを十刃へと導いた彼の結晶たるその脚は、グリムジョーに向かってその牙を剥き出しにしているのだ。

 

 

蹴り飛ばされ間合いが開き、しかしそれは直に詰められそして詰められた間合いはドルドーニが支配する。

それが闘技場の限られた円の中で繰り返されていた。

十刃への道は易くはない、それをまざまざと見せ付けるかのような光景、その苛烈さ。

おそらくこれがドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオの戦士としての姿、苛烈に、そして激烈に、まさに阿修羅の如く攻め立てる。

その顔に普段のふざけた印象など欠片も浮かびはしなかった。

あるのは目の前の相手を打ち倒すことだけを考える戦士の顔のみ、その意思が、その気が、すべてを物語っている。

 

 

お前を倒す、という一念を。

 

 

攻め立てられるグリムジョーは間合いを開くことも出来ず、かといって自分の間合いを作ることも出来ずただ防戦を強いら続ける。

そんな如何ともしがたい状況を打破するために、グリムジョーが動いた。

ドルドーニの蹴りが彼へと奔る。

グリムジョーはなんとそれを、自身の胴にモロに喰らったのだ。

だがグリムジョーとてただその蹴りを喰らった訳ではない、胴へと入ったドルドーニの蹴り脚に素早く腕を絡めて固定する。

そしてその手に握っていた刀を放り投げると、なんとその掌に蒼い砲弾が形成されていったのだ。

接近戦を仕掛けても駄目ならば退いて遠距離からの攻撃、だがグリムジョーはそんな定石ではなく更なる近距離、超接近戦を仕掛けようというのだ。

グリムジョーに退くという考えは無い。

退くぐらいならば死ぬ、それが彼なのだ。

故の選択、故の決断、そしてその決断と選択は実るかに見えた。

 

 

やっと(・・・)……かね。 随分と待たせるじゃないか青年(ホーベン)、だが…… それは読んでいた(・・・・・)よ 」

 

 

そう、グリムジョーの選択は読まれていた。

年の功、いや長年の経験の差なのか、それともこの状況を何度も何度も想定した結果なのか。

何にしてもドルドーニはグリムジョーの手を読んでいた。

グリムジョーが砲弾を形成する最中、器用に刀を持ったまま両手を握りその人差し指と小指を立て合わせると、そこに出来た四角形の中には瞬時に赤黒い砲弾が形成される。

 

「 ()() 」

 

 

速い、グリムジョーがそう思った瞬間には既に砲撃の言葉が放たれていた。

赤黒い霊圧に呑まれ吹き飛ばされるグリムジョー、対してドルドーニは平然とその光景を眺める。

その顔から、その表情から彼の感情を読むことは出来なかった。

 

砲撃は楽々グリムジョーを壁に、そして結界に叩きつける。

その虚閃の衝撃に揺れる闘技場、砂埃が辺りにたちこめるがドルドーニが視線を切ることはない。

そして砂埃が晴れたその場所には、無傷とは言えずとも今だ健在のグリムジョーが立っていた。

 

 

「咄嗟に自身も虚閃を放って吾輩の虚閃の威力を弱めたのかい?まぁまぁ、と言ったところかな…… だが……」

 

 

冷静にグリムジョーの状況を分析するドルドーニ。

グリムジョーの方といえば咄嗟に威力は弱めたものの、虚閃をモロに喰らってしまったがために多少息が切れていた。

だがそれも一瞬の事、直に平静を取り戻すと近くに突き刺さっていた自分の斬魄刀を引き抜き、再び構える。

しかしドルドーニは、そんなグリムジョーなど意に介していないかのように話し続ける。

 

 

「一体何時までそうやって御行儀良くしている(・・・・・・・・・)心算か知らないが、そんなものは見たくないのだよ。まぁ第1幕はこの程度…… それでは……」

 

 

一端言葉を切ったドルドーニは片足立ちの構えを解き、両足で砂漠に立つと刀を天高く突き上げる。

高まる霊圧、空気は螺旋を描いてドルドーニを中心に収束していく。

そして呼び出されるのは、彼がその内に飼い慣らした暴威を振るう魔鳥。

 

 

(まわ)れ、暴風男爵(ヒラルダ)

 

 

呼ばれたその銘に応える様に、空気は甲高い金切り声を上げて響き渡る。

砂は巻き上げられ、円形の闘技場は暴れ狂う風に支配された。

のた打ち回り、時に壁を削り取らんばかりに暴れる暴風、そしてその暴風の支配者の声が響く。

 

 

 

「さぁ、第2幕の幕開けだ 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

判っていたのだ

 

この結末は

 

知っていたのだ

 

この結末は

 

 

だが男とは

 

それでも退けぬ生き物なのだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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