BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.33

 

 

 

 

 

白を基調とする虚夜宮(ラス・ノーチェス)においてその部屋だけはそれに反し、黒が全てを染め上げていた。

床、壁、天井、取り囲む六面全てが黒であり、装飾は何一つ無い言うなれば黒塗りの匪のような部屋。

その部屋には三人の男、やや癖毛の茶色い髪の男、糸のように細い目をした白銀髪の男、黒髪を編みこんだ浅黒い肌の男の三人。

それは虚夜宮における最高権力者達、『創造主』藍染惣右介とその部下である市丸ギン、東仙要の三人だった。

 

彼等三人がこの虚夜宮に揃うのは非情に稀な事だった。

その理由の一つとして彼等が本来所属する組織とその中での彼等の立場、というものがある。

彼等が本来属するのは“死神”と呼ばれる魂の調停者。

死神とは現世で死した魂を『尸魂界(ソウルソサエティ)』へと導き、現世の霊なるものをそれを害する存在、『(ホロウ)』から守る存在。

そして死神とは“瀞霊廷(せいれいてい)”と呼ばれる尸魂界の中枢を守護する組織、護廷十三隊に所属している。

 

護廷十三隊、一番隊から十三番隊に分けられた死神の組織。

そして護廷十三隊に数多いる死神の中でも極めて強く、信厚い者がその背中に“一”から“十三”の数字を背負い各隊を束ねる長として任じられる。

それが『隊長』である。

今、この黒塗りの部屋に居並ぶ三人、藍染、市丸、東仙、彼等はその最も強く信厚い者である護廷十三隊各隊の隊長なのだ。

 

その彼等が今、本来死神が行き来することが出来ない虚圏(ウェコムンド)にいるという事実。

即ちこの事実は尸魂界における護廷十三隊隊長三人の不在、という事を意味しそれは通常の組織からすれば由々しき自体の筈だった。

しかし、現実に彼等三人は虚圏に居り、そしてそれは尸魂界に知られることも、また不在による影響を与えることも無い。

 

 

それは何故か。

まず理解しなければいけないのは隊長と呼ばれる者達の持つ“力”だ。

死神の中でたったの十三人しかいない隊長、その中のどの一人をとっても一般的な死神と比べること自体無意味と思わせるほど隔絶した霊圧、知識、戦闘技術を有している。

一般的な大虚(メノスグランデ)を相手にしても、最下級大虚(ギリアン)ならばそれこそ多数を相手にしたとて一人で何の問題もなく対処できるだろう。

隊士と呼ばれる一般の死神が束になっても一切の勝ち目が無い最下級大虚すら物の数ではない、それが隊長と呼ばれる者達の実力であり、それは隔絶した“力”の持ち主であるということの証明だった。

 

その隔絶した力を持つ隊長達、その中の三人が瀞霊廷、更には尸魂界を離れているという事実。

護廷十三隊という“守護”を目的とする組織からすれば考えられない事実、しかしそれは今許容されているどころか望まれたことだった。

 

 

 

“尸魂界外縁部三箇所(・・・)にて大規模な黒腔(ガルガンダ)発生の兆候あり”

 

 

 

藍染をはじめとする三人がこの虚夜宮に揃った理由の全てはこの一報によるものだった。

突如として現われたその兆候。

黒腔とは虚等の虚圏に住むモノ達が尸魂界、または現世へと移動するために用いる通路のようなもの。

虚だけに用いる事が出来るその通路、それの発生の兆候があるということは即ち彼等が現れるという事と同義。

そしてその大きさはただの虚とは比べられぬほど大きく、大虚の大量出現を死神に予感させた。

 

この報に護廷十三隊は速やかに隊長三人の“単独派遣”を決定した。

何故単独なのか、大規模な戦闘が予想される場所に何故隊長一人だけが派遣されるのか。

その理由は単純。

 

邪魔なのだ。

 

隊長と呼ばれる者達が“全力で”その力を振るうには他の者は邪魔でしかない。

仲間を、部下を巻き込まぬように戦うという事はそちらに気を裂くという事であり、戦闘に集中することを妨げる。

おそらく出現するのは最下級大虚、物の数ではないにしろ或いは中級大虚(アジューカス)の出現も充分予想出来る戦闘において、それは致命的な場面を作る可能性を秘めていた。

故に単独での派遣、そしてそれに抜擢されたのが藍染、市丸、東仙の三隊長だった。

彼等を補佐する副隊長達はせめて自分達だけでもと同行を志願したが、その願いは聞き届けられず。

そして彼等三人はそれぞれ別の発生の兆候のあった外縁部へと向かう。

 

 

 

何故か(・・・)三箇所に分散し、何故か(・・・)何の前触れも無く大量発生の兆候をみせ、そして何故か(・・・)彼等三人が選抜されたが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宜しいのですか、藍染様…… 」

 

 

そう口にしたのは浅黒の肌の男、東仙要。

彼はその光のない眼を言葉と共に藍染へと向ける。

その眼に光は無い、だがその代わりに疑問と不可解そうな意思が宿っていた。

 

 

「何がだい? 要 」

 

 

藍染はその東仙の問に、いつも通りの柔和そうな笑みを浮かべたまま。

何事かを確認するような東仙の言葉に、彼という男の気質を理解しその言葉の意味するところを判っているだろうにあえて、何の事だと問い返した。

 

「あの者は十刃(エスパーダ)に…… いえ、藍染様の部下に相応しいとは思えません。あの者は“正義”ではなく“快楽”の為だけに力を使う…… 私はこのままあの者を幽閉し、破棄する事こそ藍染様の御為と思えてなりません…… 」

 

「 要。 君の忠節には感謝している…… だが彼は必要なんだ、おそらくそれは他のどの十刃にも真似出来ない程……ね」

 

 

二人の会話に挙がる人物、それは虚夜宮にいる誰よりも傲慢でいてしかし強者である者、第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンの事だった。

今はその眼に余る暴威と暴慢な行いによって藍染に『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』と呼ばれる十刃専用の懲罰空間へと幽閉されているネロ。

東仙はネロの持つ力以上にその人格は藍染の部下として不適格であり、このまま破棄することを進言するが藍染はその注進を聞きながらもあえてネロは必要だと応える。

 

ネロの持つ必要性がなんなのか、東仙にそれは理解出来なかった。

しかし、彼の盟主である藍染がそう決定した時点で東仙はそれ以上藍染に進言することを止める。

彼にとってそれ以上の言葉は主への不敬に当たり、彼の重んじる“正義”に反する行いだったからだろう。

そして口を噤んだ東仙に代わりにもう一人の男が口を開いた。

 

 

「まぁ2番サンも随分長い間閉じ込められとったし、ええ加減頭も冷えとるやろ。問題ないんとちゃいますか?」

 

 

場にそぐわぬ飄々とした物言いの白銀髪の男、市丸ギンがそう口にする。

彼の言う通りネロが連反膜の匪の空間に幽閉されてから随分と時間が流れていた、如何に怒りに燃えていたネロといえどもこれだけの時間その怒りを持続させる事は不可能であろう。

 

「あぁ、もう頃合だろう。……それに彼には“舞台”に上がってもらわないといけない」

 

 

市丸の言葉を肯定する藍染。

そして藍染はやはりいつもの笑みを浮かべたまま腕を前へと伸ばし指を鳴らす。

 

たったそれだけの仕草、そして小さく響いた音によって、三人の前の空間が歪む。

歪みは少しずつ大きくなりそして中心の一点へ向け収束し、そこからまるで中空に線を引いたように左右に黒い切れ込みが伸びる。

切れ込みはある程度の大きさにまで伸びきると上下へ、まるでゆっくりと口を開くかのごとく空間を押しのけて広がり、その口の中にはこの部屋よりも暗い空間が広がっていた。

 

 

そして開いた空間から溢れる霊圧。

風船へと閉じ込められた空気が一息に噴出すように、暗い空間から霊圧が噴出される。

その噴出す霊圧に藍染と市丸は先程のままの笑顔を、しかし東仙だけがその霊圧に眉間に皺を寄せていた。

 

だが次の瞬間、その噴出す霊圧以上の霊圧、いや霊圧の塊が暗い空間から突如飛び出してくる。

そしてそれは開いた空間の真正面に立つ藍染目掛け、寸分違わぬ狙いを定め襲い掛かった。

しかし、藍染はその迫る霊圧の塊を前にしてもその笑みを崩さない。

直後、藍染へと直撃するかと思われた霊圧の塊は二振りの刀によって消滅する。

 

藍染の前には東仙と、そして市丸の二人が立ちはだかっていたのだ。

そう、そもそも飛来する霊圧に対して藍染がその笑みを崩す必要など無い。

彼の両脇に控えていた二人、東仙要と市丸ギン、彼等がいる時点で藍染が傷を負うことなどありえない。

当然のように藍染を庇うように開いた空間の前に立つ二人、そしてその空間の中からゆっくりと囚人が姿を表した。

 

 

「藍染…… テメェどういうつもりだ!!こんな辛気臭ぇ場所にこのオレ様を閉じ込めやがって!オレ様は“神”だぞ!テメェ如きが御しきれるとでも思ってやがるのか低能が!今此処で殺してやろうか!!」

 

 

現われたのはネロ・マリグノ・クリーメン。

相変わらずの巨体、肥大した筋肉とそれを更に覆う脂肪、後ろに撫で付けただけの緋色の髪と怒りを湛えた緋色の瞳。

ネロは藍染達の予想とは違いその怒りを今まで燃やし続けていた。

だがそれは彼が元々抱いていた怒りとは違うもの、彼の怒りが本来向いていたのは第3十刃ハリベルであり藍染へではなかった。

しかし藍染の手によって閉鎖空間へと閉じ込められた彼の怒りはハリベルに向けたものもすべて藍染一人へと向いたのだ。

ネロにとってその怒りの矛先はさほど重要ではなく、寧ろ重要なのは抱いた怒りを解消するという行為であり、その為にそれを向ける先など誰でもいい、ということなのだろう。

 

 

「貴様ッ。 藍染様になんという暴言を…… 今すぐ平伏し許しを請え、ネロ・マリグノ・クリーメン!」

 

「あぁん? 邪魔すんじゃねぇよ東仙!! 使えねぇその目玉潰してやろうか!!」

 

 

ネロの藍染に対する見過ごせぬほどの暴言に、東仙は怒気を隠しもせずにネロに謝罪を命ずるが、ネロはその言葉を聞かず矛先を今度は東仙へと向ける。

ネロにとってこの如何ともしがたい怒りをぶちまけられるのならば、相手は誰でもいいのだ。

閉鎖空間への幽閉は彼に多大なストレスを齎していた。

何せその空間には彼しかいないのだ、一人だけの孤独、ネロにとってそれは問題ではなかったが自分一人しか居ないということは、自分以外の者がいないということ。

それは彼にとって奪う命が無いという事だった。

 

ネロにとって他者の命を搾取するのは“神”として当然の行為だった。

神である自分が存在を許しているが故に他者は生きている事が出来る、そしてその許した命を奪う権利を自分が持っていると信じて疑わないネロにとって、奪う命の無い空間は苦痛でしかない。

そして苦痛は更なる怒りを燃え上がらせ、そして解放された今、彼はそれをぶちまけたくて仕方が無いのだ。

対象が藍染から東仙に変ったとて彼に然程の変わりは無い、今はただ一刻も早くこの怒りをぶちまけたい、ただただ肉を潰し骨を砕き、命を奪う事で満たされたい、ネロの中にあるのはそれだけだった。

 

ネロの叫びに東仙は腰に挿した斬魄刀に手をかける。

東仙にとって藍染への不敬は万死に値する行為。

その不敬を当然の行為として憚らないネロの存在は彼には許容できない歪みでしかなく、例え藍染の言葉に背く事になろうともこの男だけはこの場で斬り捨てるべきだと判断したのだ。

ネロはその東仙の気配に下卑な笑みを浮かべる、二人の間に緊張が高まるが藍染にそれを制するような気配は無かった。

だが、もう一人の人物がそれを止める。

 

「まぁまぁ、2番サンも要もそう気ぃ立てたらアカンて。今日は2番サンを外に出すゆう事で、ちょっとした(・・・・・・)お土産があるんや。ね? 藍染隊長 」

 

 

緊張の高まる二人の間に割って入ったのは、やはり飄々とした市丸だった。

手を広げてまぁまぁと両者を制そうとする市丸、東仙はこれに毒気を抜かれたのか冷静さを取り戻した様子だったが、ネロの方はせっかく怒りをぶつけられる所を止められ不機嫌さを増した様にも見えたが、土産という言葉にはその食指が動いたようだった。

 

 

「土産だと? このオレ様を閉じ込めたことへの詫びってか。えぇ? 藍染 」

 

 

市丸の発した土産という言葉に、ネロは怒りを抱えながらもまんざらではない様子だった。

彼からすればこの場で一番偉いのは自分であり、他の三人はずっと下の身分と変わりない。

その彼等が自分にたてつくという事がネロの怒りを加速させていたが、その彼等が土産という所謂献上品を携え自らの立場を弁えたものを持参した、という事はネロの虚栄心を擽るに充分なものだったのだろう。

 

 

「 十刃に欠落を生まない為とはいえ、君には随分と不自由を強いてしまったからね」

 

 

柔和な笑みを崩し、いかにも心苦しいといった表情を浮かべる藍染。

それが真実彼の感情によるものかそれとも上辺だけかは言うまでもないが、それでもネロに対し謝罪したという事実はネロにとって当然の行為でありながらも、決して悪い気のしないものでもあった。

 

 

「大分自分の立場が判って来たじゃねぇかよ!それで?そんなもんより土産はなんだ?しょうもないもんだったらまとめてぶっ殺すぞ!」

 

 

藍染の態度に満足しながらも強気の姿勢を崩さないネロ。

その態度に再び東仙の怒りが増すが、市丸がそれを宥める。

そんなネロの言葉に藍染は、再びいつもの笑みを貼り付けるとネロに語りかける。

 

 

「実は私達が尸魂界から虚圏(コチラ)に来る際に何故か(・・・)突然大規模な大虚の襲撃が有るという一報があった。私とギン、要がその討伐にそれぞれあたったんだが、不幸にも(・・・・)我々が現場に到着した時には既に現地の住民の多くが大虚の被害にあってしまってね…… 本当に不幸な出来事(・・・・・・)だと思わないかい?」

 

「それがどうした。 ゴミムシ共がいくら死んでもオレ様には関係ねぇよ!」

 

 

藍染が語ったのは彼等がこの虚夜宮へと来る際に起こったひとつの出来事だった。

ネロの言葉通りそれは彼にまったく関係なくそして望むものでもない、だが藍染はそんなネロを宥めるように制すると、再びその出来事を語り始める。

 

 

「尸魂界外縁部、別々の三箇所でほぼ同時に発生した巨大な黒腔、私達がそれぞれの担当区域に到着した頃にはそこに住んでいた者達は大虚の霊圧に中てられて瀕死となっていたよ。その数は三箇所合わせておおよそ一万(・・・・・・)、外縁部という瀞霊廷からあまりに離れたその場所故に、到着はどうしても遅くなり結果として未曾有の被害を生んでしまった…… 」

 

 

それはあまりに不幸な結末。

発生を察知したにも拘らずそれに間に合うことが出来ず、結果大量の命が失われたという現実。

藍染は俯き語る、ネロはその姿に何の興味も示さず、早く土産をよこせとイラつき始めていた。

だがそのイラつきも、藍染が発した言葉で消えうせた。

顔を上げ、その顔に悲痛な表情ではなく、笑みを浮かべた彼はネロにこう言った。

 

 

 

「その一万の魂を・・・… ネロ、君の好きにしてくれて構わないよ」

 

 

 

藍染がネロに対して持ってきた土産とは、尸魂界に住まう魂魄一万人分という大量の“命”だった。

食すも良し、犯すも良し、嬲るも良し、殺すも良し、その全てをネロが決めて良いという一万の命、それが彼に対する土産と彼の怒りを御する切り札だった。

 

判りきった事ではあるが、偶然にも(・・・・)ネロを解放するその時に大量の大虚の襲撃がある、などという好都合はありえない。

そもそも破面を支配する藍染が大虚の百や千を支配出来ない筈が無いのだ。

この出来事の全ては仕組まれていた、大虚の侵攻も、黒腔発生の箇所も、そして彼等三人が単独派遣任務につくという事も。

そして彼等三人は不幸にも(・・・・)大虚の犠牲となった魂魄を回収し、虚夜宮に持ち込んだのだ。

 

その全てをネロを御する“餌”とするために。

 

 

「ゲヒャ! ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! 悪くねぇぞ藍染。一万の貢物か…… ゲヒャヒャヒャ!そんだけいれば充分だろ。殺して、喰って、殺してぇ…… ゲヒャヒャ! テメェ等低能にしちゃぁ良くやったほうだろうな、褒めてやるぜ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

ネロはその用意された餌にしっかりと食いついた。

彼にとって命を奪う、搾取するというのは何にも増した快楽であり、それが脆い魂魄だろうと強力な魂魄であろうと関係は無い。

どちらかといえば質より量、大量の命が自らの掌に納まりそれを握りつぶすような感覚、命乞いをするそれに一瞬の希望を与えてから突き落とす愉悦と、それがみせる断末魔。

それを想像するだけでネロの顔はニヤけていく、もう藍染達のことは彼には見えていない、見えているのは絶望に染まった弱者の姿だけだった。

 

 

「魂魄は既に第2宮(ゼグンダ・パラシオ)に届けてある、後は存分に愉しんでくれ」

 

「随分と手回しがいいじゃねぇか! 今回の事はオレ様へ貢物を持ってきたテメェ等の殊勝な態度に免じて無かったことにしてやる。 “神”の寛大な処置に感謝しろよ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

先程までの怒りが嘘のように下卑な笑い声を上げながら、ネロはその場から去っていった。

怒りを納めた、いや、怒りを洗い流し、そして愉悦と快楽に浸るための玩具を目の前にぶら下げられたネロ。

あまりにも単純ではある、しかし自らの欲望に忠実に生きるこの男は誰よりもその生を謳歌しているといえるかもしれない。

それによって消えていく数多の命の柱に支えられながら。

 

 

 

 

 

「ひゃぁ~。 随分とご機嫌やったなぁ2番サン。にしても僕等が思てたより簡単でしたね、藍染隊長」

 

「あぁ、彼は欲望に忠実だからね。 命さえ奪えるのならば他には何もいらないのさ」

 

 

ネロが去った後の黒い部屋。

市丸は機嫌よく出て行ったネロの姿を思い出し、藍染も同様にその姿に苦笑をもらす。

だが、一人だけその空気に異を唱えるものがいた。

 

「藍染様…… 私は…… 私は納得しかねます!何故藍染様ほどの御方があのような下賤の輩に下手に出るのです!あれほどの無礼、藍染様に対する侮辱の数々!許しがたい!藍染様、どうか私にあの者を断ずる許可を!」

 

 

東仙が叫ぶ。

深き忠節心、それを持つ彼にネロの藍染に対する侮辱の数々は“悪”でしかなかった。

藍染の前に歩み出て傅くと一息に捲くし立てた東仙の言葉、それを藍染は笑みを崩さず、それ以上に深めながら見下ろす。

 

 

「それは出来ないよ、要。 言っただろう? 彼にはやって貰わなければならない事がある」

 

「しかし!」

 

「それにたった一万(・・・・・)程度の魂魄で彼を生かしておける(・・・・・・・)のならば安いものさ。もし彼がまだ刃向かう様だったら、流石に殺すしかなかったからね…… 」

 

 

東仙の叫びに応える藍染の答えは当然、否。

その藍染の言葉に東仙は不敬、己の”正義”に反すると判っていながらもなお食い下がる。

東仙の必死の言葉を手で制した藍染は、その真意の一端を語った。

藍染とてその眼に余るネロの行いと態度を良しとしている訳ではなかったのだ。

彼がネロを生かす理由は単純に必要性があるからというだけであり、その必要性をネロの愚行が上回れば藍染とて容赦なくネロを切り捨てるという。

不和を呼ぶ獣、主の命を聞かずただ全てを壊し喰い散らかすだけの駄獣など、自分の“計画”には必要ないのだから、と。

 

 

「いくら言うたかて藍染隊長が考えかえる筈無いやんか、要。無駄や無駄、僕等は黙って藍染隊長の後をついて行ったらエエんや」

 

 

ふわふわと浮かぶような言葉で市丸が、今だ納得がいかない様子の東仙に話しかける。

それでも東仙はどこか不満そうな表情を浮かべはしたが、それ以上藍染に食い下がる事はしなかった。

 

市丸の言葉、それはある意味的を射ていた。

藍染が“部下”として認めているたった二人の人物である市丸と東仙。

だがそれはあくまで”部下”であり、決して彼の”共犯者”でも、まして理解者でもないのだ。

全ては藍染自身が描き、藍染自身が彼の目的の為だけに動いているだけであり、二人からの助言も、中心も、嘆願も、藍染は必要としていない。

故に言葉を重ねたとてそれは無駄であり、彼等二人に出来るのは藍染惣右介の歩んだ道を後ろから歩くことだけ、それだけなのだ。

 

 

「そんな事はないさ。 君達の事は頼りにしているよ、ギン、要」

 

 

市丸の言葉に藍染は柔和な笑みを、十人が見れば十人が『人が良さそうだ』と応えるほどの笑みを浮かべてそう言った。

その藍染の言葉に市丸もいつもの薄笑いを浮かべて、「ホンマ冗談がお好きですね」と応える。

 

そして藍染が踵を返し、それに続くように二人がその後を追う。

出口へと向かって歩く三人。

藍染はどこか芝居がかった口調で一人語る。

 

「さて、それでは愚かなる死神達の待つ場所へ戻るとしよう。後は時が満ちるのを、彼等の児戯を眺めながら過ごすだけだ。三流役者の踊る三流の喜劇を……ね 」

 

 

黒い部屋に差し込む外光。

まるで光に向かって歩くような藍染達の姿。

だがその歩みを進める者達は、世界に暗黒と鮮血の大地を産み出す反逆者。

 

そして彼等は奪うのだ、安らかな平穏と、眩しかった日常を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

求めたのは

 

望んだのは

 

全てたった一つの事

 

お前を殺し

 

アイツを殺し

 

そして俺は手に入れる

 

“最強”という名の十字架を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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