BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.24

 

 

 

 

 

祈りを捧げる。

 

 

下賜された宮殿、その頂よりも更に上に見えるのは空と見紛うばかりの天蓋、その巨大な天蓋を突き抜けるように聳える通称『第五の塔』、その中でも一番高い塔の突端で座禅を組み、指を複雑に曲げた両手をそれぞれ膝の上に置きながら瞑目し、星無き黒天にただ祈る。

 

第7十刃(セプティマ・エスパーダ) 『ゾマリ・ルルー』はそうしてただ黙々と祈りを捧げる事を日課としていた。

 

捧げる祈りは一人のために、暗く冷たい闇空に輝く月よりも更に上に座す彼らの創造主、藍染惣右介へ。

 

 

それはゾマリにとって当然の行為。

“王”に対しそれを奉るのは彼にとって当然の行為なのだ。

絶対的な支配、それを彼の前でいとも簡単に見せ付ける藍染惣右介。

その霊圧で、或いはその智謀によって他者を意のままとす、取り方はそれぞれあるだろうがしかしゾマリにとってその支配者たる藍染の姿は、どこか神々しくさえ思えた。

 

“王”

 

支配者として君臨する者への称号。

それを冠するのに藍染以上に相応しい存在など無い、とゾマリに確信させるほどの圧倒的なその支配。

初めから反抗すると言う気概すら浮かばぬほどの存在感と、膝を着き、(かしず)く事が当たり前の行為にすら感じるその威容。

それを他の何一つを用いずに己が身から発する“気”のみで容易く実現してしまう藍染。

 

支配という能力に通じたゾマリだからこそ解るその格の違い。

支配者、王という名を冠するためだけに生まれてきたのだとすら感じさせる藍染、それを奉る事にゾマリはなんら疑問を感じなかった。

簒奪、理想、利用、自由、服従、美学、我欲、破面が藍染惣右介の下に集いそして集団として形をとるという奇跡、その中に渦巻くそれぞれの感情、十いれば十の思惑があり百いれば百の思惑がある。

その全てを内包した集団を支配する藍染、そしてゾマリが藍染の元に傅く理由は“崇拝”に近い感情、そしてそれに酔うゾマリが其処にはいた。

 

ただ暗い夜空を仰ぎ瞑目するゾマリ。

それは神聖なまでの祈りの時間、無心に、ただ無心に祈るゾマリにしかしその内をよぎる異物の影があった。

よぎるそれは紅い影、燃えるような紅がゾマリの祈りを乱す。

 

『フェルナンド・アルディエンデ』 その小さな破面は恐れ多くもゾマリが崇拝する藍染の目の前で傅くどころか彼を無視し、第2十刃を叩き伏せたのだ。

ゾマリにとって重要だったのは第2十刃たるネロを叩き伏せたという事実よりも、未だ数字すら与えられぬ存在でありながら偶然にも藍染の前に立つ栄誉を授かりながら、それを意に介さず無視するようなフェルナンドの行いだった。

精神の高揚、肉体的疲労、身体的肉体的限界に伴う視野狭窄、おそらく理由など上げ始めれば切りは無いのだろう。

しかし、そんな理由など関係なく、藍染という王を前にしたのならば傅く事こそ臣下の礼、それを蔑ろにした存在であるフェルナンドはゾマリの中で不興を買っていた。

 

 

「フェルナンド・アルディエンデ…… あの炎の大虚…… ですか。 今回といいあの時といい、無礼という言葉を知らないようですね…… 」

 

 

閉じていた瞳を静かに開きながら言葉を零すゾマリ。

思い返されるのはフェルナンドをはじめて見たときのこと、フェルナンドが未だ大虚であった時分、虚夜宮へと連れられ藍染に始めて謁見したときのことだった。

その場にいたゾマリはある意味驚愕していた、それは当時第4十刃だったハリベルが負傷して帰ってきた事でもそれに連れられてやって来た炎の大虚が最下級の破面を一瞬で焼き尽くした事でもなく、その炎の大虚が藍染に対しまるで対等かのように振舞う姿に、だ。

ただの大虚が虚夜宮、いや虚圏全ての王者と対等に構える、それはゾマリにとって、その王を崇拝し崇め奉るゾマリにとってもはや“罪”ですらあった。

 

そして今回の出来事、おそらく傷つき瀕死の重傷を負ったであろう“罪人”フェルナンド・アルディエンデ、しかし“死んだであろう(・・・)”等という不確かな予想をゾマリはしない。

 

ゾマリ・ルルーという破面の本性はあくまで冷徹なのだ。

希望的観測、根拠なき想像であるそれをゾマリは好まない、本当に始末すべき者はその手に握った斬魄刀で、そして自らの手でその首を刎ねるまで彼の中で決して死にはしないのだ。

 

「罪は、償われなければなら無い……そして罪人とは、須らく死をもって断ずるべきもの。そして…… その役目は王の御使いたるこの私にこそ相応しい…… 」

 

 

両の膝に置いていた手を広げるように闇空へと大きく伸ばすゾマリ。

その身に天から振る暗光を浴びるかのように、そして発する言葉はまるで神からの啓示を受けたかのように紡がれていた。

罪人を断罪するは御使いの役目とし自らが御使いと称するゾマリ、崇拝から盲信、そして遂に狂信へと至ったそれは時に一人歩きした自己解釈によって歪な結末を生む。

他者が見れば些細な出来事も、決して許せぬ大罪へと姿を変えるのだ。

 

ゾマリの瞳に映るのは御使いとして、王の尖兵として王の行く手を阻む者を、そして王に仇なす罪人を断じる自身の姿。

そのなんと崇高な事かとゾマリは一人愉悦に浸る。

 

「私は御使い、王に仇なす罪人を断ずる斬首の剣…… おぉ、その崇高なる使命、啓示は下った、後は……誅すのみ…… 」

 

 

自らが発する言葉の一つ一つが、啓示そのものかのようにそれを噛締めるゾマリ。

その瞳はそれに酔うかのように細められる。

 

第7十刃、ゾマリ・ルルーその司る死の形は

 

『陶酔』

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「や、やめ、助けてくグボァ!!」

 

 

巨大な三日月がまた一つの命を奪う。

 

三日月を振るうは長身痩躯、異常に細い身体つきをした黒髪の破面。

左目には眼帯を、そして鋭い右目には苛立ちを浮かべそれを隠そうともしないその男。

腰布から大きめの輪が連なったような鎖を垂れ下げ、その先にあるのは今し方、名も知らぬ破面を屠り肉塊へと変えた黒い三日月。

長身であるその男をしても巨大と言わざるを得ないソレ、三日月の内側に刃がありその三日月の背から長く伸びた棒状の柄、戦斧や鎚の方がよほど近いような形状をしたそれこそ、この男の異形の斬魄刀であった。

 

 

「……チッ!」

 

 

一つ舌打ちを零す男、砂漠に下ろしていた三日月の斬魄刀を柄の先端を持ち、軽々とその肩に担ぎ上げ腰を下ろす。

その男の異形たる斬魄刀、刀としての常軌を逸した大きさの斬魄刀を、いとも簡単に持ち上げる男の膂力の凄まじさ、しかしそれすら彼にとってなんら誇るべきものでもなかった。

 

先の舌打ち、それは今や肉の塊へと姿を変えた破面への落胆。

何の歯応えもない相手、最後には命乞いという戦士として最も醜く恥ずべき行為を曝し死んだ破面への侮蔑の溜息。

降りかかった火の粉、自分と相手の実力も計れず威勢ばかりいい相手だった、それを払いのけただけの男にとってそれは彼の抱える苛つきを加速させるだけの出来事だった。

故に溜息の後、男がその肉塊に対して思考する事はなかった、いや今から一瞬の後には既にその肉塊を作った事すら彼は忘れているだろう。

それほどこの肉塊は男にとってどうでもいい存在だったが故に。

 

三日月を担ぐ男、名はノイトラ、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)『ノイトラ・ジルガ』、ただ“最強“の二文字と“死”を追い求める男である。

 

 

「随分と荒れているな、ノイトラ……」

 

 

そうして不機嫌を撒き散らすノイトラの前に一人の破面が現れる。

黄土色の髪をした端正な顔立ちの男、額に金冠の様に仮面が残り、右の頬には水色の仮面紋が刻まれていた。

服装はほぼ一般的な死覇装、腰に下げる斬魄刀はノイトラのもの程ではないが奇形であり、西洋風の造りで刀身の途中に環の形をした刃があるというなんとも変った斬魄刀だった。

 

「……テスラか。何の用だ……」

 

 

ノイトラに『テスラ』と呼ばれたその破面は、破面No.50『テスラ・リンドクルツ』

自身の苛つきをぶつけるノイトラの前にたった彼は、ノイトラを気遣うように話しかける。

 

 

「何かあったのか? いつものお前らしくないぞ……」

 

「あァ? 俺らしく(・・・)ないだと?テメェに俺の何がわかる。 殺されたくなかったら消えろ、目障りだ」

 

 

らしくない、という言葉にノイトラが噛み付く。

その人物の一定の行動原理から外れること、それを“らしくない”と定義するならばそれはいい迷惑だ。

そもそも自分の考える自分らしさと、他者の考えるその人らしさ等というものは始めからずれている。

そのずれている他者が定めた“らしさ”という枠からはみ出したからといって、一々気にされるのは可笑しな話なのだ。

 

ノイトラは枠に嵌められる事を嫌う、それも他者が勝手に定めたノイトラという破面の枠に嵌められる事を嫌う。

それは定められた枠から自分が出られない、と他者に言われている様で、自分の限界を他者が勝手に見定め、決め付けている様で、そうして枠に嵌められている事で自分がその中だけに納まってしまうかのようで我慢ならないのだ。

自分の限界を決めるのは自分のみ、そもそも自分に限界などなく、一度限界を定めればいくら足掻こうともそれ以上の存在には届かないのだ。

故にノイトラは怒る、テスラの定規によって測られ自分というものを語られたが故に。

 

殺気と共にぶつけられた言葉、しかしテスラはそれに怯む事無くノイトラの前に立ち続けた。

彼とてただ何と無くこの場に来たわけではない、ある一つの覚悟と決意を持って、今ノイトラの前に立っているのだ。

そしてその覚悟の下、決意した言葉を彼は口にした。

 

 

「……いや、退く訳にはいかない。今日はお前に頼みたい事があるんだ…… 僕を…… お前の従属官(フラシオン)にしてくれ」

 

「なに……? ケッ! ついに狂ったか、テスラよォ。俺は従属官なんか要らねぇ、そんなもんは戦場で邪魔になるだけだ」

 

 

テスラの願い、それは自身をノイトラの従属官にしてくれ、というものだった。

しかしノイトラはその願いをあっさりと断る。

彼にとって従属官、言うなれば『仲間』といった存在は邪魔でしかなかった。

それはノイトラが求める最高の戦いという場所に容易に水をさす異物、そもそも彼が求める“最強”という名の称号を手に入れるのに、仲間といった『補助』など必要としていないのだ。

 

唯一人、一個体としての“最強”、それこそがノイトラの求めるものなのだから。

 

 

「だいたいなんで俺を選ぶ、他にいるだろうが、例えばぞろぞろと従属官を侍らせて大将気取りの“堕ちた王様”とかがよォ」

 

 

そう言ってクククッと笑うノイトラ、彼の言う”堕ちた王”とは第1十刃バラガンの事、そう彼は元々王だった、この虚圏全ての王だったのだ。

しかし、藍染惣右介という名の絶対的支配者の降臨により彼は王の座から堕ち、支配する側からされる側へとその立場を落としていた。

そんなバラガンの転落ぶりを嘲うかのようなノイトラの言葉。

 

 

「違うんだノイトラ、僕は唯の従属官になりたいんじゃない。お前の(・・・)従属官になりたいんだ」

 

 

ふざけたように笑うノイトラの前で、テスラは真剣な眼差しで告げる。

ニヤついた笑みを浮かべていたノイトラからも笑みが消える、テスラの真剣な雰囲気、それが彼が本気であるということをノイトラに伝えていた。

そのノイトラの雰囲気を感じ取ったテスラ、そして彼は理由を話しはじめた。

 

 

「僕は…… 負けたんだ。小さな破面だった、子供の姿をした破面…… しかし一目で強者だとわかる雰囲気を発するその破面に僕は負けた。善戦した心算だったんだがな、懐に入られてからは一瞬だったよ…… 自分が殴られたのか、それとも蹴られたのかすら判らないほどに……ね」

 

 

一人語るテスラ、それを黙って聞くノイトラ。

辺りは静かだった、先程まで命終わる断末魔が響いた場所とは思えないほどに。

無音が支配する中テスラの独白は続く。

 

「確かに彼は強かった、しかしそれ以上に僕が愚か(・・・・)だった…… 相手が強者だと感じていて、そして相手が僕と戦う気だと判っていたのに受ける側に回ってしまった。それでは勝てるはずもない…… そして解放すらせず挑んでくる相手に合わせるように自分も解放しなかった、いや僕の自尊心が解放(それ)を許さなかったのだろう。始めから全力で攻めなければ結果など見えていた、というのに…… ね 」

 

 

己の負けた記憶、その状況を淡々と離すテスラ。

相手の強さも然ることながらそれ以上に自分の愚かしさを呪う彼、しかしそれもその筈ではあった。

戦いとはある意味主導権の取り合い(・・・・・・・・)、そしてそれは往々にして攻め合いでもある。

熟達した者、或いは圧倒的強者ならば相手の攻撃を受ける事で逆に流れを掴む事もできるだろう、しかし未だその領域に至っていない彼等にとって戦いとはやはり攻め合いなのである。

一気呵成に攻め立てその勢いで相手を呑み込んでしまう、多くの破面に共通するが単純にして効果的な方法。

しかしテスラはそれをせず結果戦いの主導権を握られる。

そしてテスラは主導権をとる事ができず、結果敗北したのだった。

 

 

「……チッ! 何が結果が見えていた、だ!テメェの負けを分析して何が楽しい!戦場で気を抜いたテメェが負けた、それだけの事だろうが!敵はなぁ……殺す(・・)んだよ!!姿形(ナリ)も上も下も関係ねぇ!自分が敵だと定めた奴は、なにをしてでも殺すんだよ!それが出来ねぇテメェの“甘さ”が不様な負けに繋がったんだ!」

 

 

ノイトラが叫ぶ、負けたことを受け入れたように話すテスラに、業を煮やしたのかの様に叫ぶ彼。

評論家を気取って何が楽しいと、敵と定めた者は殺さねばならない、その覚悟がない“甘さ”がお前に負けを呼び込んだのだ、と。

激昂するノイトラ、その怒りはテスラだけでなく自分にも向けられていた、彼の目の前で最強の一角へと挑む小さな破面、そしてその破面は一瞬だがそれを凌駕した。

それはノイトラが求める自身の姿、それを他者に体現されるという屈辱、テスラへの叫びは己への鼓舞、殺せ殺せと、邪魔する者は殺して進めと己を鼓舞する叫びでもあった。

 

 

「そうだ、そのあり方こそ僕がお前の従属官になろうと思った理由だ。僕は……“甘い”。負けたというのにそれを受け入れられてしまうほどに……ね。だがお前は違う、唯一念に最強を目指すお前は違う、他の何も持たず、邪魔する者を屠り、唯強さだけを追い求める姿…… 僕にないそれをお前は持っている。 だから僕は誰よりも近くでそれを見てみたい、お前が“最強”を手にするその瞬間を」

 

 

己の甘さ、それを自覚しているテスラとその甘さとは無縁のノイトラ。

故にテスラは見てみたいと言う、甘さというものを一切持たないノイトラが手にする最強とはどんなものかを。

それを誰よりも間近見るために、自分を従属官にしてくれと頼むテスラだがノイトラはやはりそれを否定した。

 

 

「うるせぇ野郎だ…… “甘さ”なんてもんを持ち合わせてるうちは、天地がひっくり返っても俺がテメェを従属官にすることは無ぇよ」

 

 

それは事実上、テスラを従属官にすることは無いという事。

自己というものを形成する内在的な要因、そのうちの一つ、良くも悪くもその人物の一部を削り取らない限り願いを叶える事は無い、という宣言。

 

ノイトラはこれでテスラが諦める、と思っていた。

そう簡単に変る事など出来ない、それは人でも破面でも同じ事、そもそも甘さなどという中途半端を持ち合わせている者を傍に置くなどということはノイトラにとって本当に考えられない事でもあった。

 

 

「わかった……」

 

 

顔を伏せ俯くテスラ。

見た目から消沈しているかのように見える彼の姿を見てノイトラは思う、やはり諦めたか、と。

それも当然だろう、やはりそう簡単に甘さを斬り捨てるなどという事は出来ないのだ。

しかし、そのノイトラの考えをテスラの“覚悟”は遥かに上回っていた。

腰に挿していた刀を抜き放つテスラ。

 

 

 

そして刀を握りなおし切先を己へと向けると、あろう事か一息にその切っ先で自分の右目を貫いた(・・・・・・)のだ。

 

 

 

「なっ! テメェなにしてやがる!?」

 

 

そのテスラの行動に思わず驚きの声を上げるノイトラ。

それもその筈だ、消沈したかと思えばいきなり自分の目を貫く。

ノイトラの知るテスラという男はこんな無謀暴挙に出るような人物ではなく、それ故にノイトラの驚きも大きいものとなった。

奇行ともいえるそれを目にした驚き、しかしテスラは自らの目を貫いた刀を退き、冷静に話し始める。

 

 

「ッツ!……これが、僕の“覚悟”だ。僕の“甘さ”は、今貫いた右目と共に死んだ(・・・・・・・・)。それに…… 隻眼になれば、少しはお前と同じ景色を見られるだろう?」

 

 

テスラの覚悟、己の右目を潰してまでもという覚悟。

如何に破面といえど潰れた目に二度と光は戻らない、それをしてでも甘さを捨て従属官になろうとする覚悟、残った左目がまるで炎を宿したかのように熱を持ち、ノイトラを射抜く。

対してノイトラもその左目の炎を確かに感じていた

目を潰したからといってテスラの持つ“甘さ”が本当に消えたとは思わない、しかし、それをやってのける気概、己の“甘さ”を捨てるための一種の儀式かのようなそれ、それを間近で見たノイトラの内に多少の変化が起きていた。

 

 

「チッ! 馬鹿が…… 付いて来たきゃ勝手にしな、だが俺の邪魔をしたら容赦なく殺す……いいな」

 

 

そう言い放ち、立ち上がるとテスラに背をむけ歩き出すノイトラ。

そしてテスラはその後に続く。

 

その瞬間、もうテスラに右目の痛みなど無くなっていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

漆黒の闇だけがある空間。

虚夜宮の天蓋の下では逆に珍しい暗闇、その中に響く醜悪な音。

鈍く、重く、裂けるように、折れるように、引きずり、捏ね、潰すように響くその音、そしてそれに混じる咀嚼音。

他の何も必要ない、それこそ先程見た紅い霊圧の破面など気にも留めずに、一心不乱に喰らいつく。

そう、暗闇の奥にいる者はたった今食事中なのだ。

 

 

「ネェ、今ノデ何体メ?」

 

「二万四千五百二十八体目だ。」

 

 

語り合う声が二つ、しかしその闇の奥にいる影は一つだった。

丈の長いコートのような死覇装、そしてその襟や裾、袖口に布をふんだんに使った装飾が施され、手には手袋を嵌めている。

そしておそらく通常の人体構造から言えば頭があるであろう場所にそれはあった。

言うなれば巨大な試験管、その中には薄紅色の液体が満たされ其処に二つの拳大の玉が浮かんでいる。

そう、その球こそこの影の頭だった、破面として完全な人型では無いそれはその者が最上大虚で無いという事を示す証であり、しかしそうでありながら浮かぶ二つの球にはそれぞれ『9』の刻印がしっかりと刻み付けられていた。

 

暗闇で食む者、名を第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)『アーロニーロ・アルルエリ』、十刃の中で唯一の”下級大虚(ギリアン)”階級の破面である。

 

人としての容を凡そしか持ち合わせていないアーロニーロ。

その最たるは、巨大な試験管に浮かぶ球体の頭部だろう。

浮かぶ二つの球体こそが彼の頭部、その球体それぞれに人格が存在し一つの身体に二つの人格を持つ彼。

だが二重人格者などとは違い、どちらかが表に出ているという訳ではなく、常に二つの人格が表層で共存しあっているのだ。

 

それは元々そういう(かたち)として生まれたのか、それともそうならざるを得なかったのかは定かではない。

二つの人格、そして薬液のような液体に浮かぶ二つの球体は、それぞれ違った性質を持っていた。

一つは知的で思慮深い印象を、もう一つは幼く直情的な印象を見る者に与えるだろう。

もし、彼等が一つから二つに分かれたとするならばそれが分断の基準。

二つを分けるのならば”理性”と”本能”、そしてその二つが分かれて存在しているからこそ彼等は彼等として(・・・・・)今も存在しているのだ。

 

 

「今ノ虚、面白イ能力ヲ持ッテイタネ 」

 

「あぁ。 メタスタシア…… とかいったか。いや、志波(しば) 海燕(かいえん)と言った方がいいな」

 

「ソウダネ、ヘタナ大虚ヨリヨッポド強イヨ。コノ死神」

 

 

彼等が今し方咀嚼し終えたのは虚だった。

他の破面はどうかわからないが、彼等にとって食事とは虚を喰らう事でありそれこそが彼等にとって何よりも重要な事。

そうして喰らい終えた虚は、しかし少しだけ変っていた。

その虚は明らかに違うものに見えた、化物、異形である虚とは違う外見、それはアーロニーロ達破面に近い“人型”をしていたのだ。

 

その虚を食らった後、アーロニーロに自身が持つ“能力”が伝えた事実、その虚は死神と戦い自身の持つ能力によって死神の霊体と融合していた、というものだった。

そしてその死神の姿を乗っ取った虚は、しかし死神の仲間によって討たれ虚圏へと戻ったのだった。

 

 

「今回はアタリ(・・・)だったな…… この戦闘力、なによりこの死神の知識」

 

「ソノ全テガ僕ラノ“力”ニナル 」

 

 

喰らった虚が偶々持っていた能力、その能力の贄となった死神、そしてその全てを喰らったアーロニーロ。

彼の頭部のひとつが試験管の硝子に接するように近付き、そして試験管から頭部の一部が外へと出る。

尚も外へと出ようとする頭部、しかしその外へと出た部分は最早醜い球体のそれではなかった。

外と内、試験管の硝子を境界とし、二つの世界でその頭部はまったく違う外見を有し始めていた、それは球体ではなく人間の顔、黒髪は跳ねる様にその人物の快活さを表し、精悍な顔立ちはその人物の在り方を如実に物語っていた。

 

其処にもう試験管の頭部を持った異形はいなかった。

居るのは唯一人、黒髪の死神だけ。

 

 

「これでオレが、“志波海燕” だ 」

 

 

嗤う死神、おそらく本当の彼が一生することが無かったであろう、醜悪な笑みを浮かべる死神が其処にいた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「あ~~つまんねぇ。 あそこで止めるかよ普通、つまんねぇったらねぇ」

 

 

床に横になりながらそう呟くのは巨体。

ネロと同等の巨体、人の下顎骨の形をした仮面の名残、濁赤色の眉とそれと同じ色の仮面紋が目元に挿されていた。

横になりながら手を伸ばし、大皿の上に載った料理を無造作に手で掴むとそのまま口へと放り込む。

巨体ゆえほんの4~5回手を伸ばせば皿の上から料理は無くなり、しかし彼が何を言うでもなく次の料理が運ばれてくる。

 

彼こそ残る最後の十刃、第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴであった。

 

先に彼が呟いたそれは玉座での出来事、ネロとハリベルそしてフェルナンド、三者の戦いの結末が彼には不満だった。

内容や理由が、といったものはヤミーには関係ない。

唯不満、藍染の手によって強制的に終了となってしまった先の戦い、それが彼にとって不満なのだ。

理由は簡単。

 

つまらないから(・・・・・・・) だ。

 

ヤミーにとって先の戦いは暇が潰れる絶好の喜劇であり、それ以外の勝ちを彼はその戦いになんら見出しては居なかった。

他人が死のうが生きようが彼にはまったく興味はない、だがやり合うなら派手にやれ、自分が楽しめるほど派手にやれ、それでどちらかが死ねば最高の喜劇だ。

その程度にしか先の戦いを捉えていないヤミー、しかしそれは藍染によって止められ有耶無耶の後にその場は終わった。

 

気落ちした、というよりはどこか不完全燃焼、不満な気持ちを残したまま自分の宮殿へと戻ったヤミー。

床に無造作に横になると、彼が何も言わずとも彼の前に運ばれる料理。

ヤミーも何も言わず唯それがあるのが当然といった風で、料理に手を伸ばす。

 

一見ただだらだらしているようにしか見えないその姿。

しかしこれも彼なりに理由というものがあった、彼にとって今は雌伏の時(・・・・)なのだ。

今は食べ、そして眠り蓄えなければならない、それが今の彼にとっての戦いである、とも言える状況。

 

一見何もせず、ただ時を浪費しているかのような状態であるそれこそが、ヤミーにとって“力”を得る一番の近道なのだった。

 

また一つ皿があき、下官が無言でヤミーの前に皿を置く。

しかしヤミーはその皿に手を付けず、あろう事かその皿を持ってきた下官を殴り飛ばした。

下官と十刃、最早比べる事すら無意味であるほどその力の差は歴然、結果その下官は頭部どころか上半身全てを消し飛ばされ絶命した。

 

 

「馬鹿が…… 俺はこれから寝るんだよ。それくらい分かれクズ」

 

 

理不尽、あまりにも理不尽、しかしそれこそヤミーという破面を表すかのようなその行動。

彼にとって格下の者など、それこそ同属たる破面であろうが関係なく、そして躊躇うことなく殺す対象でしかない。

理由などあってないようなもの、そも理由など必要ないのだ彼に。

 

体勢を変え、下半身だけになった下官と、その血に浸った料理に背を向け眠るヤミー。

そのヤミーの背で他の下官が、もしかしたら自分だったかもしれない下半身と料理を下げる。

彼らの思いは唯一つ。

 

『どうか今、この”ヤミー(けもの)”が目覚めませんように』という一心だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

躊躇

 

言葉は矢の如く

 

射抜かれる幻覚

 

誇り

 

刻めその胸に

 

紅の修羅

 

再会の価値は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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