Fate/editor's duty   作:焼き鳥帝国

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遂に開戦。八都がちょこっと戦います。


開戦

「やあ、衛宮、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

 二月二日、運命の日の朝に話しかけてきたのは慎二だった。昨日の今日で嫌に機嫌よさげだ。見る人によっては気分を害するだろうにやつき顔を浮かべた彼は、軽い調子で頼み事をしてくる。

「実はさぁ、ちょっと明日の放課後女子と遊びに行くんだけど、弓道場の掃除と弓の整備があるんだよね。悪いけどちょっと頼まれてくれない?」

 結界の事もあるというのに随分と状況を軽く見ていることを指摘してもいいが、現在は人の多い教室だ。迂闊な話題を出すわけにはいかない。そして、そこら辺を分かっていない慎二でもない。

「弓道場か」

 良くトラブルの解決やちょっとした渡り者なら請け負うが、自己鍛錬に時間を割きたい以上普段ならこんなことを引き受けたりはしない。しかし、今回は少し趣が違う。史実通りであれば衛宮はこれを受け、そして、運命の始まりを告げる戦を目撃するのだ。だが、慎二は明らかにこちらに何かを仕掛けてこようとしている。或いは、ライダー辺りが乱入して来るだろう。

 八都は少々思案した末、返事を返した。

「ああ、久しぶりに弓も触ってみたいし、余り遅くまで出歩かないことを条件にするのなら引き受けよう」

「へっ……あ、ああ、ありがとう?」

 慎二としてはちょっとした嫌味で、断られることが前提だったのかもしれない。先日の事とこれを出汁にサーヴァントを使って俺にちょっかいを掛けるくらいのことは考えていても不思議ではない。当てが外れたというよりもうまく行き過ぎたといった所だろう。若干の疑念が見て取れる。それでもすぐに調子を取り戻し、不遜な表情へと戻った。

「ふんっ、じゃあしっかり頼んだよ」

「任せて置け」

 傲慢に言い吐く慎二をよそに、八都は今日も授業の予習に精を出した。

 

Fate/editor's duty

第四話 開戦

 

 放課後、八都は多大な緊張とともに片付けた弓道場を後にした。戦いの予感が鳴り響いて止まない。それも強敵との戦いだ。外はもう夜と言っていい、校舎を回り込んでいくと、次第に戦闘音が聞こえてきた。この聖杯戦争の始まりを象徴する一戦。アーチャー対ランサー。音を聞くに史実通りに起こったようだ。

「――っ」

 緊張で喉が鳴る。刺すような外気に質量を感じさせるような殺気。自分に放たれているものでないにも拘らず、知らず背筋に震えが伝わる。

 見えてない今でも魔術を使えば気づかれるだろう。様子を伺いつつ介入のタイミングを計る必要がある。ランサーの宝具が発動しそうになるタイミングだ。そのタイミングで魔術を行使すれば、否が応でも反応せざるを得ないだろう。第五階梯――現代基準でAランク程度の魔術行使があれば確実か。英霊スキル基準でAランクの高速詠唱と短縮詠唱、そしてAランク宝具相当の補助礼装を駆使すれば、最速でこちらに駆けて来ても身体強化は間に合う。こちらに到達する時間はコンマ以下だろうが、大魔術を行使する時間は十分だ。

 校舎の橋からそっと戦闘音のする場所を覗き見る。そこには神話の光景が再現されていた。グラウンドの中央でぶつかり合う赤と青、それぞれが手に持つ獲物は赤い槍と白黒の双剣。けたたましいほどの金属の爆音を響かせ、瞬く間に百と散る火花が彩る人外の戦闘。槍の一薙ぎが掠めるだけで大地を割き、空を抉り穿つ。その連突は音を超え八都であっても容易には見切れない。双剣はその槍を線、円、螺旋と変幻自在に受け切り、時としてその身を砕かれながらもいつの間にか再び姿を現している。青い槍兵は圧倒的に八都を上回っており、赤い双剣の男はそれを防ぎきる堅い守りを見せていた。八都では、礼装抜きなら一合持つまい。片や天賦の才と奥深い槍術を、片や凡庸なりしも丁寧且つ連綿とした鍛錬の伺える双剣術を。対照的な二人の戦いはしかし、見るものに猛々しい演武のような勇壮さを感じさせるものだった。

 蹴り上げられ盾にされた鋼鉄製の演台が、碌に役目も果たせず紙屑のように四散するさまを見ながら彼は思う。

 見くびっているつもりはなかった。ただの強力な近接武装では相手にすら成れない現実は、自身が築き上げてきたものを粉々にしそうなほど厳しい。仮に専用礼装込みであっても明確な有利は得られまい。最上級宝具クラスの近接補助礼装(切り札)をもってしてもだ。

 八都は英霊と言うものに対する認識を上方修正した。やはり一筋縄ではいかないものだ。だが、ちょっとくらい甘い現実であってほしかった。ランサーに至ってはあれで弱体化しているのだ。

 そして、やがて戦は佳境に入る。一旦距離を取った双方、なにやら会話の後クーフーリンの気配が剣呑なものとなり、彼は低く、獲物に跳びかかるように槍を構えた。その瞬間、その周囲の大気から急速にマナが失われ始める。赤き魔槍は禍々しい朱色の光を纏い、見るものに確実な死を感じさせた。

 あれが、宝具か!

 明らかに存在が魔術の上を行っている。単に物理的に防ぐにも第八階梯――現代規格A+ランク以上の魔術を必要とするだろうほど内包する神秘も凄まじいが、魔術の上位ルールであるというのは何よりも厄介だ。

 弱体化し、更に、あれで本来の使い方で無いというのだからやってられない。

 八都は静かに、仮にクーフーリンが呼ばれたのがアイルランドであったならば、有ったのは一方的な虐殺だったと悟った。

 とはいえ、このまま何もせずに見ているわけにはいかない。八都は詠唱を開始した。

 

Fate/editor's duty

 

「誰だっ!」

 存在を叱責するような鋭い声が響く。声を発した青き槍兵は、目の前の弓兵に背を向けると、かき消えるように神秘の発露先に向かった。その表情には勝負に水を差された怒りが浮かんでいる。一秒かからず校舎の角に到達し、その剛槍を振るうと校舎毎狼藉者を爆散せんと槍を振るった。音速の壁をぶち破って振るわれた槍は、校舎の壁をものともせず粉砕し、対象に命中したかの様に思えた、が。

「何っ!?」

 響いたのは金属同士がぶつかり合うような高音であった。同時に衝突の爆風が微塵に砕けた校舎の粉末を吹き散らす。先に見えたのは、両手で光輝く剣を持つ一人の青年であった。

 こいつっ?!

 壁越しの乱雑な一撃とは言え明確に防がれた。無機質な戦意と視線が彼の姿を捉えている。ランサーはその力量を即座に認め、掻き消えるように後退した。そのまま見極めようと注視し、その瞬間、彼の背に悪寒が走る。自身の六感に従って地を蹴れば、つい先ほどまで自分がいた場所に矢の雨が降り注いだ。あろうことか自身を追尾するように追加の矢の雨がやって来る。しかし、彼もさる者、寧ろ矢の雨に突っ込むと、自慢の剛槍で降り注ぐそれらを叩き落し切って突き抜けた。だが、そこに襲い掛かる影もある。

「はあっ!」

 八都だ。校舎の影から飛び出した彼は、星の息吹(エーテル流)を身に纏い、光輝くエーテルの剣を手にランサーに襲い掛かる。まずは初手、超音速の攻撃が炸裂音を伴いながらぶつかり合う。空間が悲鳴を上げるような硬質音を響かせて、先の弓兵との流麗な戦いよりも荒々しく攻防が繰り広げられた。打ち込み、捌き、突き、打ち落し、切り上げ、避け、捻じ込み、払う。一秒に満たぬコンマ以下の攻防で繰り出された剣撃と槍撃は数十を数えた。火花とエーテルの光が等身大の花火のように周囲を照らし出す。こちらの攻防もまた神話に比するものがあった。

 人間? にしては強い。現代の英雄か? 鋳造された人形か?

 ランサーは疑問を隠したまま剣を捌き、その隙に槍をねじ込む。すると、剣が意思を持ったかの様に即座に反応し、八都が纏っているエーテル流もまた彼の体勢を最適なものへと変えた。結果として槍は容易く弾かれてしまう。

 礼装で身を固めた戦士に英雄殺しのための魔術兵装か。昔を思い出すぜ。

 英雄は化け物に強く、化け物は人間に強く、人間は英雄に強い。無機質な戦い方であるが、ランサーは目の前の人型が人間であると確信した。英雄殺しの人間。性質的には不利だろう。しかし、ランサーの対処に迷いはない。猪口才な道理など一切関係なく、それが成立しえないほどの連撃を以て押しつぶす。

「そらっ!」

「ちっ」

 音速破りの爆音を上げてランサーの槍舞が加速する。まるで枷が外れたように、先のアーチャー戦よりもさらに速い。最早眼も開けられぬほどの火花を散らし、ランサーの槍がエーテルの剣を削ってゆく。八都の顔は無表情だが、劣勢は明らかだ。エーテル流の補助も徐々に間に合わなくなっている。そしてついに、一際鋭い剛槍の前に、透明に流れるエーテル流の鎧は断ち切られた。空中に煌めくルーンが魔術的な攻撃であったことを示唆している。

 ()ったぁっ!

 ワイヤーがぶち切れるような音とともにエーテルが煌めきと共に弾け、溢れだす。八都が驚愕と共に致命的にバランスを崩した。正しく絶体絶命のタイミング。しかし、それはまたしても遮られた。先程の連射とは違う剛弓の一矢、音速破りの爆音が後から聞こえる一撃は、確かにランサーの行動を押しとどめた。槍を旋回させ矢を打ち払う。その衝撃に身を任せて彼は八都とも距離を取った。すると、彼が一瞬前まで居た場所を輝く剣が切り裂く。離れた場所で体勢を立て直し、すぐに追撃があるかとランサーは警戒したが、意外にもそれは来ない。彼は悟る。今自分と対峙している両者は一枚岩ではないと。見れば、八都はアーチャーの方を警戒しているようであった。先の一撃、下手をすれば八都にもあたっていたのだ。しかし、少なくとも人間の青年の方は弓兵を助けようとしたはずである。少々複雑な関係がうかがえた。先程八都をギリギリまで助けなかったのも、単に隙を狙っていただけでなくランサーの実力を更に量る為だろう

 食えない奴だ。

 このわずかな間で修復されたのか、一時的に途切れただけだったのか、八都のエーテルの鎧は再びその流麗なエーテル流を煌めかせている。ランサーは隙を見せぬまましばし熟慮し。

「やめだやめ。今、お前ら二人を同時に相手取るのはご免だ」

 と言って、警戒を解かぬままながら槍を下げた。

「逃げるのかね?」

 アーチャーが挑発する。しかし、ランサーはどこ吹く風だ。

「はんっ、臆病者のマスターに足を引っ張られたままじゃ多少もったいねぇってだけさ」

 ランサーの言葉からは、マスターに対する不満が透けて見えた。同時に、今彼が弱体化していることも示唆している。それは状況を不利にするだけのはずだが。

「こちらとしてはその方がありがたい、あんたと戦えることは光栄だが肝が冷える」

 八都はランサーの言葉に便乗するように声を上げた。今しがた魔槍で串刺しにされかけたことを考えれば無理もない。これで数の上では停戦に賛成多数である。

「何を馬鹿な、この好機を逃がすというのか」

「俺ごと殺そうとした奴の台詞じゃないぞ」

 アーチャーの言に八都が鋭く切り返すと、アーチャーは眉をひそめて押し黙った。その隙に、ランサーは校舎の端へと移動を開始している。その背は一見無防備に見えるが、迂闊に飛び込めば串刺しは確実だろう。

「まっ、追って来るのは良いぜ」

 ランサーは槍を担ぎながら軽い調子だった。

「だが、その場合は決死の覚悟をしてくることだ」

 それを一変して告げられた宣告は、場にいるものに死を感じさせるには十分なものだった。その間にランサーは跳躍し、家々を足場にあっという間に姿が見えなくなってゆく。

「ちょっとっ!」

 ここで、忘れ去られていた一人の少女が声を上げた。アーチャーのマスター遠坂凛だ。その顔には八都への不満が透けて見えていた。

 

「遠坂、無事か? ……大丈夫そうだな」

 駆けよって来た凛を確認して、八都は、安堵に溜息をついた。その額には緊張と疲れからか汗が流れている。先の短い戦闘は、それほどまでに先の戦闘は彼の気力と体力を奪っていたのだ。あの時、八都の身体能力はランサーに比してもそれほど劣ってはいなかった。にも拘らず死にかけ、余裕をごっそり持っていかれたのは八都。技量の差が礼装の補助を上回っていたということだ。また、一番肝が冷えたのは礼装を損壊させられた時だろう。研究に研究を重ね時折研究成果を盗んだりしながら高速生産で試作を繰り返し、同様にバージョンアップを重ねた陣地と魔術補助礼装を駆使。一級品の呪物や刻印という素材“を”更に練成・鍛造し、大儀式を以て完成した品だ。パラケルススやアヴィケブロンに近いアプローチ方法で辿り着いたもの。こと神秘においては神代規格、比較対象には聖剣や神牛を持ってこなければならない逸品。補助主体で打ち合う事や防ぐことに特化していないとはいえ、例え一瞬でも未発動のBランク宝具で無効化されてよいものではない。ないはずだった。

 スカサハより伝授された技と宝具、原初のルーンを組み合わせた魔技か……。

 伝承を知る者ならば、そこに語られるクーフーリンの技量の凄まじさは分かるだろう。神殺しに伝授された技の数々を甘く見てよいわけがなかった。例え、サーヴァントとして弱体化していても。

「あんたなんでこんな時間に学校にいるのよ」

「ああ、ちょっと頼まれ事をしていてな」

「はあ? 今聖杯戦争中よ? サーヴァントもなしに正気? 大丈夫じゃないのはあんたの頭よっ」

 凛の罵倒が良く通る。八都には言い返す気力も残っていないし、正当性はあちらにあった。

「まあまあ、みんな無事だったんだからよかっただろう」

「むぅ」

 凛も、自分のサーヴァントがあわやといった状態にあった事は分かっていた。傍に控える赤い弓兵も憮然としている。あの宝具が何かは既に彼もわかっていた。必殺の魔槍ゲイボルグである。因果逆転、すでに心臓を穿ったという結果から放たれる一撃は、よほどの幸運か、因果攻撃に対する防護策を講じていなければどうしようもないものだ。そして、アーチャーの幸運は最低ランク。

「実の所、サーヴァント召喚は今日と決めていたんだ。ちょっとした験担ぎでな、それまでの時間つぶしといった所」

「験担ぎで死にかけてちゃ世話ないわ」

 八都の発言に呆れる凛。その一方で、八都の非論理的な行動が、今までの冒険で彼と自身の命を救ってきたことを知っている。今日も、彼が夜遅くまで学校に残っていなければ彼女の命は危うかったかもしれない。

「まあ、助かったことには違いない。あれを攻略するとなると少々面倒だからな」

 アーチャーが話を纏めるように言葉を発した。腕を組んで片目を瞑っている。彼があれを攻略しようとなると盾か、或いは凄まじい勢いで後ろに逃げるくらいしかないのではなかろうか。射程圏外に出てしまえば因果の確定は起こりえないわけであるし。

「むっ、でも、これじゃあ借りになっちゃうわ、あんたに借りを作ると後が怖そうなのよね」

 凛は頭を抱えて蹲った。そこまで怯えられると自分が悪魔か何かに思えてくる。悪魔は遠坂だろうに。

 八都はしばらく頭をひねっていたが、やがて名案を思い付いたというようにポンと手を叩いた。

「もし借りを返してくれるのなら、召喚中の護衛を頼めないか? 表舞台に出てしまったからな、下手をすると襲撃がある」

「あんたの護衛? 必要あるの? あの家でやるんでしょ?」

 八都の家は『大工房』を超える『神殿』をさらに上回る『大神殿』のさらに上を行っている。宝具ランクで言えばAランク。その固有結界もかくやと言わんばかりの陣地に突撃すれば、サーヴァントだろうがただでは済まない。そう、史実における主人公と同じく、八都の本領もまた戦う事ではなく創ることである。

「うちの陣地はとにかく安定性を求めている。B+ランク下限を超える対軍宝具クラスの攻撃の前では本領を発揮しないんだ」

「あら、私にそんなこと教えて良いの?」

 凛が茶化す。チェシャ猫のような笑みは彼女に非常に良く似合う。

「不測の事態の時の共同セーフハウスにも使うから、攻撃すれば自分の首も絞めるぞ、遠坂」

「ちぇっ、分かってるわよ」

 子供っぽく舌打ちを鳴らす凛。なんだかんだ言って、二人は殺し合いを演じる気はない。サーヴァント同士を戦わせ、自分たちはそのサポートの魔術戦をする。事前に取り決めた約束事であった。

「それに実は、慎二に喧嘩を売ってな」

「何やってんのよ」

「たぶん誰かからサーヴァントの権利委譲をなされているから、軽く殺意がこちらに向く程度に仕上げておいた。と言うより俺以外目に入っていない」

「何やってんのよ?! ってか学校の結界張ったのあいつね!?」

 凛は即座に慎二ならやりかねないと決めつけた。そして、それは当たっている。

「九分九里多分」

「それは多分って言わないっ!」

 ここがグラウンドで無ければ頭を抱えて転がっているだろう凛。冷たい風の吹きすさぶ冬の夜は彼女には厳しかった。

「てか、なんで慎二が犯人だって割れたの? 正規マスターは誰よ」

 数分後、世の無情に打ち勝った凛が聞いて来た。

「多分正規マスターは桜」

「何ですって!?」

 凛の激昂が夜のグラウンドに響く。八都の胸ぐらをつかみ上げて彼女は詰問した。

「どういうことよ」

「見たところ正規かどうかは分からないが、桜は魔術師としての教育を受けているだろう。慎二に魔術師適正はなく、あの妖怪爺が表に出てくるとは思えない。必然的に召喚したのは桜で、戦いに参加したくない桜がマキリの裏技で一部ないし全権を委譲した。そんなところだろう」

 八都の説明を聞き切った凛は、しばらく顎に手を当てて考え込んだ。トレードマークのツインテールが一緒に垂れ下がり、彼女の頬を覆い隠している。

「まあ、一緒に暮らしてるってレベルのあんたの判断なら、桜は何かしらの魔術的教育を施されているわけね。で、マスターに選出されたと」

「セイバー枠が残っているのは聖痕からパスをたどって把握している。これだけの規模の宝具を持っているとなると」

「ライダーってわけね」

 凛が顔を上げた、現状に対して呆れとも諦観とも掴めぬ表情で無い胸張って眼を瞑っている。

「ご明察、で、多分今夜襲撃してくる」

 凛は、片手を腰に当て、片目を瞑って考えるようにしてから八都を見て返答してきた。

「臓硯が、止めるんじゃない? 家にいるあんたを襲撃って自殺行為以外の何物でもないじゃない」

「あれは今回の聖杯戦争を半ば捨てているよ。で、なければ桜への教育はもっと本格的だ」

「ふ~む、なるほど、ね」

 遠坂は現状が大体つかめた様子だ。八都がここまで情報を開示するのは、単純に凛が凄まじい腕前の魔術師だからだ。先程英霊と戦って見せた八都ではあるが、この凛は決してそれに劣ってはいない。寧ろ、魔術戦闘においては勝っている。宝石魔術を駆使したその蹂躙戦闘は、並いるキャスターを圧殺できるレベルだ。まず間違いなく封印指定の執行者相手でも余裕で勝利出来る。対バゼットを除き。

「桜はこちらで何とかする。遠坂には今夜、俺の護衛に専念してもらいたいんだけど」

「良いわよ、返せる借りはすぐに返したいし」

 凛はあっさりと了承する。それに異を唱えるものがいた。

「凛、相手のホームグラウンドに自ら入るのかね」

「大丈夫よ、こいつは手袋投げつけてから決闘するってくらい律儀なんだから」

 八都は肩をすくめて話に乗っかる。

「遠坂に投げる手袋は高つきそうだ」

「装飾に十カラット以上の宝石は当然よねっ」

 そんな二人の会話を聞き、額に手を当てて天を仰ぐアーチャー。かなりの苦労人でありそうだ。

 

「相っ変わらず怖い家ね」

 校庭の戦闘痕を軽く片付けた後、八都の家、衛宮武家屋敷に向かい今到着した一行の第一声。凛は武家屋敷の全景を仰ぎ見ながら呟いた。彼女ほどの魔術師から見ても、ここが魔術師の工房であるということが初見では全く分からない。

「自慢の家だ。壊されたくないから必死に守ってくれ」

「はいはい、お茶くらい出しなさい――いや待って、アーチャーに任せて良い?」

「それはいいけど」

 八都は怪訝な顔をしながら家の様々なロックを解除していく。西洋魔術師の総本山、時計塔でも滅多にお目にかかれないレベルのセキュリティーだ。凛は、そんな物には慣れているとでもいうように別の話題で胸を張る。

「ふふん、目にもの見なさい」

「凛、君の成果ではないだろうに」

「何言ってるのよ、サーヴァントの成果はマスターの成果よ」

 何当たり前のこと言っているのとアーチャーに答える凛。まさしくジャイアン理論の体現者だ。サーヴァントをものでも使い魔でもなく人間として扱ってこれなのだから始末が悪い。

「余りサーヴァントを虐めるもんじゃないぞ、遠坂」

 そんな会話を交わしながら家に入っていく一行。背後ではまた、あの複雑な魔術ロックがかかっていく。八都はアーチャーをキッチンに案内し、茶葉の場所を教え、好きに使ってくれと自らの城を任せた。毒殺の事などまるで考慮に入れていない。

「君たちはまったく以て魔術師失格だな」

「何言ってるのよ、魔術師たるもの人間的にも余裕がなくっちゃ」

「常に余裕を持って優雅たれが遠坂の家訓だったか。効率的な教えだな」

 それら発言から、決してふざけているわけではない、二人には二人の魔術的理論があるのだとアーチャーは悟った。悟ったからと言って納得できるわけではないが。

「アーチャー紅茶まだ~?」

「ええいっ、子供か君は。大人しく待っていたまえ」

 そう間を置かず紅茶は出てきた。鼻腔をくすぐる香りは良く知ったもののはずなのにより爽やかで深みがある。鮮やかな色合いは見た目だけで味覚を刺激するものだ。

「……頂きます」

「頂くわ、アーチャー」

 大仰なものを手にするようにカップを手に取る八都と、笑顔でアーチャーを労ってから口にする凛。双方とも紅茶を飲んだのはほぼ同時、リアクションは異なったが意味合いは同じであった。

「まさか、英霊の方に紅茶の入れ方を教わりたくなるなんてな。今まで飲んだどの紅茶よりも美味いよ、アーチャー」

「ほれみなさい。ありがとね、アーチャー」

 二人の賛辞に、仏頂面ながらアーチャーもまんざらでもない様子だ。自身の紅茶の腕にそれなりの自負があることが伺える。事前知識がなければどこの英霊であるのか混乱すること請け合いだろう。八都は紅茶をもう一口含むと、ゆっくりと時間をかけて堪能する。

 これは自分には出せない味わいだ。真摯に入れ方を学び、相手のためにと心を込めて積み上げてきた技術。真心が伝わってくる。決して俺のような機械的な技じゃない。

 自身も製作者の端くれであるからだろう。八都には紅茶に込められたものが良く分かった。自分もいつか誰かに気持ちを伝えられる作品を生みだせるようになりたいと素直に思えるその味わいは、ただそれだけでも人間としてのアーチャーへの評価を一つ上げさせるほどのものだ。単純な戦力としてだけでなく、とてもとても遠い目標。まだまだかないそうにない。

「ご馳走様」

「美味しかったわ」

「ご堪能いただけたのなら何より」

 一息ついた一行、しかし、八都は緊張の糸が途切れ切らない内に話を再開した。

「俺はこれから地下工房で召喚の儀を執り行いたいと思う。遠坂たちに頼みたいことはさっき言ったとおりだ」

「了解、ランサーだろうがライダーだろうがあっさりやっつけてやるわっ」

 ファイティングポーズを取りぐっと気合を入れる凛。アーチャーは、そんな凛を子供を見るような目で見る一方、どこか頼もし気、或いは誇らしげに見ていた。

「対軍以上の宝具で突っ込まれたくない。対物系のでかい結界は解除するからそのつもりで」

「むっ、まあ、そりゃそうよね」

 想定される相手は大英雄クーフーリンに加え、強力な宝具を持つ傾向のあるライダーだ。対軍以上の宝具を持っていないと考える方が難しい。

「ちょっとまて、二騎同時に来た場合はどうするのだ? 迎撃システムなどだけで持つ物か?」

「何言ってるのよアーチャー、私がいるじゃない!」

 どんっと胸を叩く凛、アーチャーは半ば呆然としながら聞き返す。

「正気か、凛。相手はサーヴァントだぞ?」

 本気で凛の頭の心配をしているアーチャーに、凛は無い胸を張って答えた。

「伊達に八都のライバルやってるわけじゃないのよ。迎撃システムの補助があれば英霊の一騎や二騎どんと来いよっ! ……いや、二騎は無理かな」

 頼もしいのか頼もしくないのか、いや、言っている事実を抜き出せば十二分すぎるほどに頼もしいだろう。英霊を相手どれる魔術師などと言うものは最早人の域にいないに等しい。

「任せたよ、遠坂」

「まっかせなさいっ!」

 信頼関係と言うには少々適当過ぎるようにみえる二人の会話に、アーチャーはまたしても頭を抱えた。

 

 彼らがそんな会話をしている一方、他勢においてもとある接触があった。衛宮邸への道を行く一人の青年と一人の美女。青年は美女を見せびらかすかの様に引き連れていた。間桐慎二とそのサーヴァントである。悠々と自宅で夕食に舌鼓を打ってからの出陣だった。

「ライダー、分かってるな? 衛宮の奴は簡単に殺すんじゃないぞ?」

「はい、慎二」

 ライダーと呼ばれた美貌のサーヴァント。否、その風体は異貌とすら呼べた。全身のラインを見せつけるかのような黒を基調にした紫の縁取りのボディコンスーツ。袖も肩もないそれを着る彼女の顔には拘束具のような厳めしいアイマスクが着けられていた。どう見てもまっとうな英霊ではない。どちらかと言えば英雄に退治される側の風貌である。

 慎二は、ライダーの反応に悦に浸りながら歩みを進める。まるで、自分の行く手を阻めるものなどいないというかのようであった。今まさに、彼は人生の絶頂期を迎えていたのだ。

「慎二っ」

 唐突にライダーの注意が飛ぶ。彼女は即座に慎二をかばうようにその前に立ち、長い鎖の付いた釘のような武器を構える。柄頭のリングから垂れ下がる鎖がジャラリと音を立てた。

「な、な、な、何だよ?!」

「敵です、慎二」

 バイザー越しにライダーが見ているだろう場所、電柱の上には全身を青いタイツのような鎧で包んだ赤い槍を持つ男、ランサーが身をかがめて座っていた。

「い~や、敵じゃないぜ、ちょっとした提案を持って来たのさ」

「な、何のようだよ、敵じゃないってんなら」

 慎二が、ライダーを盾にしながらも横柄に振る舞って見せる。しかし、その様子は相手に呆れと侮蔑しか与えなかったようだ。ランサーは表情を消し、マスターの意向を伝えることに専念することにした。

「実はな、つい先ほどアーチャーと戦ってきたのさ」

「そ、それが、何だってんだよ」

「いやな、そこそこ追い詰めたのは良いんだけどよ、そこにいた魔術師に水を差されて撤退しなけりゃならなかったんだ」

 慎二は、その話を聞いて口端を歪める。相手が敗残兵だと甘く見たのだ。ライダーの後ろから姿を現し、その隣に立って不遜に振る舞う。彼は優秀であっても、命を懸けたことはないし、戦ったこともない。

「へぇ、逃げ帰って来たってわけ?」

「ま、そんなわけでもう一度襲撃して来いってマスターのお達しなわけだが、ちぃとばかし戦力が足りねぇ」

「ふん、この僕に泣きつこうってわけぇ? まあ、見る目だけはあるんじゃないの?」

 ランサーはボソッと、「煽てりゃ木にも上りそうだ」と呟いて、表面上は友好的に話しかけた。

「現代人にしちゃいやに雰囲気のある奴でな、身長は180cm程度、短髪で人間味のない優男。心当たりはあるか?」

「――! 衛宮っ」

 慎二の表情が怒りに染まる。ランサーは釣れた釣れたと槍で自分の肩をポンポン叩いた。

「で、どうするね、相手はまだサーヴァントを召喚してないみたいでな」

 ランサーは追い打ちをかけるように追加の情報を出す。こういった手合いは相手の弱みに付け込むものだとランサーは良く知っていた。案の定、慎二はその提案に一も二も無く飛びついた。表面上は協力してやっているのは自分だと態度に出しながら。

「いいよ、その話に乗ってやろうじゃないの、衛宮如きに馬鹿にされっぱなしってのは趣味じゃないしねぇ」

 ゲスな表情に染まる慎二の顔。ランサーは興味なさげで、ライダーに至ってはランサーを警戒する以外では反応を見せていない。

「ククッ、覚悟しろよ衛宮ぁっ」

 ここに、史実では結成しなかった一時共闘が成った。暗天を照らす月は無言、役者たちが舞台で踊る。物語がどのように推移していくのかはまだ誰にもわからない事だった。




戦闘の描写は難しいです。短すぎればあっさりし過ぎ、冗長になり過ぎればくど過ぎる。いかんせん戦闘描写というものに慣れていないもので、しっかりかけているか不安です。評価と感想はまた随時お待ちしておりますので、よろしければどうぞ。

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