さやかスイッチ~その2~
~059~
僕達、阿良々木兄妹に課せられた役割は、上条君をほむら達の居る見滝原病院の屋上まで連れて行くこと。
いや、僕達とは言ってみたものの、基本的に妹任せで僕は殆ど役にたっていなかったりする。
というのも、僕が上条君と接触するのを避けたかったというのが一つの要因としてあって、僕の存在が上条君経由で美樹に伝わりでもしたら裏工作が露見し、面倒な事になりかねない。また高校生である僕が中学生である上条君に声をかけると、余計な警戒心を抱かせてしまうかもしれない。
罷り間違って通報でもされたら、事案が発生してしまう!
そういった事情を加味して、彼と接触する主要な役目は、月火に任せることになっていた。
口が達者で初対面の人間に対しても、物怖じしない月火なら説得役としても適任だろう。
勿論、ファイヤーシスターズであることや、阿良々木姓であることも隠して。
美樹は僕の妹達がファイヤーシスターズであることを知っているから、それもバレちゃまずいのだ。
また、念には念をということで、ほむらから借りた制服なんかで変装して、見滝原中学の在校生と偽っての行動である。
とまれかくあれ、その任務はどうにか完遂することができた。
色々想定外の事態が発生したが(それについては追々語るとして)――妹の手引きで、もう既に上条君を病院敷地内まで連れてくることに成功している。
そして僕は一足早く、
美樹に気付かれる訳にはいかないので、エレベーターを使用する正規のルートではなく、非常階段から屋上へと向かい――
少し距離はあるが、吸血鬼アイ&吸血鬼イヤーでウォッチングは容易。かなり趣味の悪い行為ではあるが、ほむらからの命令でちゃんと見届けるよう言い含められているので致し方ない。曰く、最悪の事態を想定してとのことだ。
で、先ほどからほむらと美樹のやり取りを観察している訳だけど――
「……無理だって…………無理無理。絶対に無理っ!! 告白なんてできるわけないじゃん!!」
なんか美樹が盛大にテンパっている。
心理的な逃げ道が塞がれたことで、相当にパニくっているようだ。
そりゃ、いきなり告白しろと強要されたあげく、心の準備さえできぬままに想い人がやってくるというのだから、当然と言えば当然の反応なのかもしれない。
『告白』という行動の先にあるのは、“誰よりも傍にいることが許される権利”もしくは“友達としても傍にいることが危うくなる現実”が待っている。
でも多くの人は、後者のリスクを無視できない。美樹だって、わざわざ今の良好な関係を壊したくはないだろう。
「だってあたし魔法少女だし、付きあったとしても遊んでる暇なんてないわけじゃない?」
「だから何よ。それって同じ魔法少女である私に言うこと? そもそも暇さえ見つければ、巴マミとお茶会してるくせに。その時間を宛がえば問題ないでしょ」
「あれは、その……お茶会じゃなくて……そう! 作戦会議! マミさんから魔女との戦い方を指導して貰ってるだけだってば!」
「あら、そうだったの。ここのところ毎日のようにお茶会のお誘いメールが来ていたものだから、私はてっきり」
「そ……そんなわけないじゃない……」
声を裏返らせ否定するが、まぁ僕の方からぶっちゃけさせて頂くと、九割方世間話で構成されている(僕もお呼ばれすることが多いのだ)。
「というかさ、アンタはあたしと恭介が付きあっても平気なの? ほら、困るよね!?」
と、劣勢に立たされていた美樹が、そんな風に切り出した。
設定上、ほむらも上条君に恋している女の子となっているので、少しばかし厄介な問い掛けである。
これにはほむらも、返答に窮してしまうのでは――なんて思ったのだが……。
「鬱陶しいわね。私を言い訳の口実にしないで頂戴」
返す刀で切り捨てた!
「……う」
冷淡かつ辛辣な言葉には、有無を言わせない圧倒的な凄みが込められており、おまけに剣呑な目付きで睨むものだから、これには美樹も黙するしかない。
おっかねぇ……ただこれは、美樹を焚き付ける為に止むを得ず、敢えて冷たい態度をとっているということだけは、一つ留意して頂きたい。
裏事情を知っている身ではあるけれど、これが演技とは恐れ入るぜ。まさに迫真の演技だ。
「はぁ……あなたはまたそうやって言い訳をして、どこまでヘタレれば気が済むの!?」
「ヘ、ヘタレって……何もそこまで言わなくてもいいじゃない!」
「言うわよ。何度も何度もそれに振り回されるこっちの身にもなりなさい」
嘆息を交え、恨み骨髄、積年の怨嗟を吐き出すような声でほむらは続ける。
その声音から、言い知れない怒りが感じ取れてしまうのは、僕の気のせいなのだろうか?
演技ですよね、ほむらさん?
「え……振り回されてるのあたしじゃん!? つーか何度もって何よ!? アンタと会話したことなんて数える程しかないはずなんですけど!?」
「そういえばそうね。まぁこっちの話よ、気にしないで」
指摘には取り合わず、すげなくそう言ったところで、美樹の後方に視線を移しながらほむらは告げる。
「残念だけど、美樹さやか。時間切れのようね」
~060~
「きょ……恭介……ほんとに来ちゃったよ」
松葉杖をついて、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる幼馴染の姿を見て、美樹は情けない呟きを漏らした。心のどこかでは、ほむらの虚言である可能性に賭けていたのかもしれない。
「なんだ、僕を呼んだのはさやかだったんだね。用があるなら学校で直接言ってくれればよかったのに」
美樹の姿を発見すると、柔和な笑みを浮かべる上条君。見知った人物がいたことに、ほっと胸を撫で下ろしたといった感じだ。
まぁいきなり面識のない人間に半ば強引に連れてこられているのだから、内心ずっと不安だったことだろう。
「いや…………呼んだのは、あたしじゃないっていうか」
「あれ、そうなのかい? じゃあ僕を呼んだのは、さやかじゃなくて……暁美さん、だったよね? 君が僕を?」
「ええ」
上条君の問い掛けに対し、ほむらは最低限の返事をするだけにとどめ(事情を説明する気はさらさらないようだ)、
「でも用があるのは美樹さんよ。とても大事な話があるそうだから、訊いてあげて」
何食わぬ顔でそう言った。
そして、そのまま二人から離れ傍観者の立ち位置をとる。
好意的にみれば、踏ん切りがつかない美樹の事を思っての
だとしたら、ほむらはセコンドのような立ち回りなのかもしれない。とはいえ、タオルを投入してくれるような展開は望むべくもないが。
あと、一応言及しておくと――ほむらが距離を取るだけに止め、屋上から立ち去らなかったのは、月火の助言あってのことだろう。
美樹がある程度決心を固めている状態ならば、二人きりにした方が効果的だが、今はその限りではない。
二人きりにしたとしても、美樹がその場逃れに言い繕って逃げ出す懸念があるため、監視役としてこの場に留まっているという訳だ。
「ということらしいけど……さやか、大事な話って?」
ほむらの言葉を受けて、上条君は美樹に視線を向ける。
「あの……話って言うのは……あ……何ていうか、その………………そうそう! 今更になっちゃったけど……恭介、退院おめでとう!」
やはりというか、速攻で話題を逸らしにかかる美樹である。
まぁまだ慌てるような時間じゃない。ここはしばらく、二人のやり取りを見届けよう。
「うん、ありがとう。それに今更と言うなら僕の方だよ、さやかには色々お世話になったのに、お礼が遅れてごめんね」
「はは、お世話だなんて、そんな大したことしてないって」
「でも……腕の怪我だって、さやかが治ると信じてくれていたからこそ奇跡が起こったんだ――なのに、あの時の僕ときたら……さやかにあたるような真似をして………」
「あー、それは前にも言ったけど全然気にしてないし、腕が治ったのも、恭介の頑張りを神様がちゃんと見ていてくれたからだって。だーかーら、そんな暗い顔しなーいの。恭介は無事退院できたことを、素直に喜んでおけばいいんだよ! そうしてくれた方が…………ほら、あたしも……嬉しいし」
「……そう、だね――それでも、さやかの励ましが僕を支えてくれたのは間違いないんだから、このお返しはちゃんとさせて貰うよ。たくさんCDも貰っちゃったしね」
「いやいや、ほんと、気を使わないでいいってば。あたしが勝手にやったことなんだし……」
「それじゃあ、僕の気が収まらないよ。何か欲しい物とかないのかい? プレゼントするよ」
「……うーん……だったら、欲しいものとは違うんだけど……また恭介のヴァイオリンを聴かせて欲しい……かな、なんて」
「え? そんな事でいいのかい?」
「うん、それだけであたしは十分――って、あたし何言ってんだろ!? 恭介はコンクールで入賞する程の腕前で、お金を払ってでも見たいって人はたくさんいるのに……それだけでって厚かましいにも程があるよね! ごめん恭介、今のは忘れて!」
「……さやか、大げさだって。そもそも、僕程度の演奏じゃお金は取れないよ。僕より凄い人なんて、ごまんといるんだからさ」
「ううん。そんなことない! あたしが保証する。恭介は絶対に、世界を股に掛けるヴァイオリニストになるって、これだけは断言できるよ」
「世界規模で活躍するヴァイオリニストって……相当にハードルが高くなってるよ。でも、さやかにそう言って貰えると心強いな。うん、期待に沿える演奏ができるかはわからないけど、それでもいいと言ってくれるのなら、喜んで演奏させて貰うよ」
「ほんとに……いいの?」
「勿論。約束する」
とまぁ、こうして見る限り意外や意外。なかなかいい雰囲気になってきているのではないだろうか。
茜色に染まった、夕日の照らす屋上で語らう二人。
病院の屋上というのが少しアレだけれど、眼下には最高の見晴らしが広がっているし、シチュエーションとしては悪くない。
ほむらもフェンス際まで退避し、二人の空間には極力干渉しないよう配慮している。
此方としても、限られた時間でやれるだけのことはやった。
美樹からすれば有難迷惑なお膳立てだったのは間違いない。けれど美樹の命が危ういというのだから、この強引なやり方もご容赦頂きたい。
さぁここまで状況が整えば、後はもう美樹の勇気を信じるほかない。
そして、とりとめのないやり取りを幾らか交わしたのち――
「あ、あのさ、恭介」
おずおずと美樹は切り出した。辛うじて聞き取れるかという程度の、か細い小さな声。
「ん?」
「あの……その…………何ていうか……う……あ、あたし…………きょ、きょぅ……けに……つたえたぃ…………あるんだ…………けど……」
いや、切り出そうとはしているのだろうが、しどろもどろするばかりで意味のある言葉が紡げていない。釣り上げられた魚みたいに、口をパクパクさせている。
ただこの緊張度合いから察するに、美樹の中で幾許かの決心がついたのかもしれない。
しかし、いざ告白しようとしたところで、オーバーヒートしてしまったって感じか。
夕焼けに照らされているのとは無関係に、みるみる美樹の顔が紅潮していく。
「どうしたんだい、さやか? 大丈夫かい!?」
美樹の変調を気遣って、上条君が声を掛ける。
「う、うん。大丈夫、大丈夫」
そうは言うが、胸を抑え過呼吸の如く息を荒く繰り返す姿は、とても大丈夫そうには見えなかった。
「……看護師の人、呼んでこようか?」
重ねて上条君が心配そうに言うも、美樹は再度心配いらないと告げ、気持ちを落ち着ける為にか、大きな深呼吸を一つ。次いで――
「恭介」
名前を呼んで、上条君に視線を向ける。
真正面から向き合う二人。
羞恥心と恐怖心が綯い交ぜになった頼りない表情なれど――それでも、上条君を見つめる眼差しには力があった。
決意の色が窺えた。
そして、遂に――
「あ……あの、あたし………………恭介のことが好き! ずっと……ずっと恭介のことが好きでしたっ!!」
言った。言い切った。
震えた声で、だけど美樹ははっきりと、自分の気持ちを伝えてみせた。
さやかちゃんの扱いが可哀想な気がしますけど、まぁ可愛い子ほどいじめたくなってしまうものですw