【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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コネクト(connect):【(二つのものを)つなぐ 】【関係をもつ】


ほむらコネクト~その2~

~050~

 

 私は今、駅に隣接された大型ショッピングモールでまどかの買い物に付き添っていた。

 ただ兼ねてからの約束ということではなく、たまたま鉢合わせしたという(てい)で“意図的”に同行を申し出た訳だけど。

 無論、本来の目的は、キュゥべえの魔手からまどかを守ることに他ならない。

 

 行動範囲が増えると、自ずと警戒網に綻びができてしまう。隙を見せれば接触の機会を与えることになる。

 まどかに気付かれないよう距離を保って護衛するには、不安要素が強いのは否めず、ならいっそのこと一緒に行動してしまえばと思い至ったのが事の成り行きだった。

 

 そんな思惑があるとはいえ、こんなにも穏やかな時間を共有できるのは本当に久しぶりだ。一緒にいられることで舞い上がってしまっている自分がいる。ああ、いい匂い。

 彼女の傍にいるだけで、どうしてこんなにも心が安らぐのだろう。

 

 まどかを余計な争いから遠ざける為に、必要以上の接触は避けるように準じてきたけれど――その自戒はあの『お菓子の魔女』との一戦の後に開かれた、奇妙なお茶会を契機に有耶無耶になってしまった。

 その場に居た全員と携帯番号並び携帯アドレスを交換しておいて、頑なに親交を拒むのもまぬけな話だ。

 

 寧ろ、期せずして得たこの良好な人間関係を“利用”する方が利巧というもの。利己的な打算であろうとも。全てはまどかの為に。

 

 

 佐倉杏子の動向は気がかりではあるけれど、それ以外の相手とは一応友好な関係を築けている。

 どう考えたって敵対する相手は少ない方がいいし、後に控える最悪の超弩級魔女――『ワルプルギスの夜』のことを思えば、対抗する戦力は是が非でも確保しておきたい。

 

 その点で言えば、巴マミの生存は極めて好都合と言えた。

 キュゥべえに対する依存が払拭されている状態かつ、天敵だった『お菓子の魔女』はもういない。よほどのことがない限り、他の魔女に遅れをとることはない。

 敵対することが多かったからこそ、彼女の力量には確固たる信頼が持てる。味方になってこれほど心強い人もいない。

 

 加えて魔女や使い魔退治も一任でき、まどかの警護や情報収集に専念できるのもかなりのメリットとなっている。

 

 

 しかしながら現在の状況に気がかりが一つもない訳ではなく、寧ろ問題は山積みだ。巴マミの精神の脆さは言うに及ばず、佐倉杏子も出かた次第によっては懸念材料の一つとなり得る。

 だけどそれよりも何も今尤も警戒すべきなのは、美樹さやかの存在である。

 

 巴マミの指導もあって、戦術面の底上げや魔力の乱用は避けれてはいるものの…………それとは別に、憂慮すべき事態が差し迫っているのだ。

 

 情報収集の折に察知したことなのだが、週明けにも上条恭介が登校してくるらしい。

 

 彼には悪いが……それは破滅への序曲であり、負の連鎖の引き金(トリガー)に他ならなかった。

 

 上条恭介が学校に通い出せば、彼に密かに恋心を寄せていた志筑仁美が告白を決意し、恋の三角関係が形成される。

 そして親友としての情けか譲歩なのか……或いは、罪悪感からくる自身への免罪符としてか、告白する旨を美樹さやかに事前に知らせ、一日の有余を与えるというのがお決まりの流れで――結果、美樹さやかは友情と愛情の板挟みに陥り、精神的に追いやられソウルジェムに穢れを溜めて魔女と化す。

 

 魔女化(それ)を巴マミが知れば、彼女だって自我を保つことができなくなる可能性が高い。

 

 幾度となく繰り返した悪夢の再来だ。

 

 誰が悪いと論ずることはできないが、何というか……ただ間が悪い。

 美樹さやかが魔法少女でなければ、甘くてほろ苦い青春の一ページに過ぎなかったはずなのに…………同情しないでもないけれど、それに振り回される身としては正直もううんざりだ。

 

 生憎、私は異性関係については疎く、美樹さやかの心情を推し量ることは難しい。

 

 それでもどうにかして対策を練らなくてはならない。

 

 しかし頭をフル回転させてみても何も思い浮かばず、適切な助言を伝える事はできそうになかった。

 私一人の知恵では限界がある。このままでは手詰まり………………第三者の知恵を借りるという選択肢もあるけれど、それは別の時間軸で幾度か実行して、失敗に終わっていた。

 

 まどかも巴マミも…………お世辞にも恋愛経験が豊富なんてことはなく、佐倉杏子に至っては力づくで解決しようとする脳筋だ。残念ながら誰も当てになりそうにない。

 

 だからといって恋愛上級者のまどかというのも嫌な話だけど…………まどかはこのままずっと、純真無垢に穢れを知らぬままに、私とのあ――

 

 

「あの……ほむらちゃん。じっと見つめられちゃ……恥ずかしいよ」

 

 む……思考に没頭するあまり、気付かぬ内にまどかをガン見していたらしい。

 まどかは仄かに頬を赤く染め、困ったようにはにかんでいた。

 

「……いえ、服がとても似合っているから、思わず見惚れてしまったわ。センスいいのね、まどかって」

 

 はぐらかす意味合いもあったけど……これは満更方便でもなく、本当にそう思っていたことだ。

 

 花柄の白いキャミワンピースは爽やかに、その色調を崩さない調和のとれた淡いピンクのカーディガンを羽織っている。

 アクセントとして腰には赤いベルトを巻いており、大きなリボンのついたショルダーバッグも可愛らしい。

 

「そ……そうかな? ありがとう、ほむらちゃん。そう言って貰えて嬉しいな。でも……これ、ママがコーディネートしてくれたから、センスがいいのはわたしじゃないんだけどね」

 

 茶目っ気な笑顔を浮かべ真相を打ち明けるまどか。

 まどかを褒めたつもりが、まどかママへの賛辞になってしまった。けれど、まどかにとっては自分が褒められたことと同義であるようだ。

 

「ほむらちゃんはやっぱり大人っぽい服装だね」

「そう?」

「うん。モデルさんみたいでかーっこいぃ! 羨ましいなぁ!」

「そんな……ことはないと思うけど」

 

 実際問題、地味な色合いをした飾り気のない服装だし……道行く垢抜けた服装の女の子達とは随分と趣が違う。どう見てもダサい格好で…………だとしても、まどかに褒めて貰えて心がじんわりと温かくなっていく。

 

「わたしもほむらちゃんみたいになりたいなー。ほら、ウエストなんてこんなに細いんだもん!」

「ひゃっぅ!」

 

 腰元に触れられて、思わず変な声が出てしまった。

 

「あ、ほむらちゃん、脇腹触られるの苦手な人だった? ごめんね。でもね、実はわたしもそこ触られるの弱いんだぁ、一緒だね! えへへへへ」

 

 満面の笑みを浮かべて同意を求めてくる。

 駄目だ。気を抜くとまどかの愛くるしさに当てられて、素の自分が出てきてしまいそうだ。

 心の距離をちゃんと保っておかないと、いざという時に適切な判断ができなくなってしまう。

 

「ところで、まどかは何を買いに来たの?」

 

 気を落ち着かる為に、話題を逸らす私だった。

 

「うーんと、パパから頼まれたものを買いに来てるんだけど、色々あって――」

 

 そう言いながら、ごそごそと鞄の中を探り一枚のメモ用紙を取り出す。

 私物を買う為ではなく、家族から頼まれた御使いというのが如何にも彼女らしい。

 

「――パンチェッタはブロックで200グラムぐらいを目安にして、ポルチーニは乾燥したものを一瓶、フレッシュのエストラゴンは1パック。あとキリマンジャロは一袋分。焙煎は家でできるからそのままで、だって」

 

「え?」

 

 メモに記された文章を読み上げてくれたのだろうが、何の呪文なのだろう…………。

 ほぼ聞き取れなかったが、パンにドラゴンに……キリマンジャロ……は確か山の名前……?

 登山用品を買いに? 確かにそういった専門店はあるけれど、でもキリマンジャロはアフリカ大陸にあって…………それにドラゴンって? 

 

 何が何だかわからない。

 

「近くのスーパーじゃ売ってない物だから、このショッピングモールまで買いにきたんだ」

「…………そ……それって」

「ん? どうしたの、ほむらちゃん?」

 

 ……見栄を張りたい。当然のように知っていると、訳知り顔でいたい!

 

「ごめんなさい。どれもこれも初めて耳にする物なのだけど、それって何なのかしら?」

 

 でも、まどかにだけは嘘を吐きたくなかった。

 

「あーそうだね。あまり馴染みのないものばっかりだもんね。えっとパンチェッタは生のベーコンのことで、ポルチーニはキノコ。エストラゴンはハーブで、あとキリマンジャロは珈琲豆のことだよ」

 

 言われてみればキリマンジャロぐらいは知っていた。

 

「まどかは物知りなのね」

「ううん。そんなことないよ。パパのお手伝いしてる時に少しずつ覚えていっただけだし……買い間違えることもしょっちゅうあって…………それに、肝心の料理の方は全く駄目駄目で」

 

 照れくさそうに自身の失敗談を交えてフォローしてくれた。

 

 それから――まどかの話を訊きながらゆったりとした足取りで、目当ての輸入食材を取り扱う専門店に向かっていく。

 どうやらまどかの買い出し中に、まどかパパは夕飯の下準備に奮闘しているようで、何でも自家製トマトソースと手打ちの生パスタを作っているとのことだ。

 家族の話をする時のまどかの楽しそうな表情には、本当に心が洗われる。

 

 と、そんな折――もう少しで目的の店に到着しようかという時になって、無粋にも騒々しい電子音が鳴り響く。

 が――敢えて無視。

 

 

「ほむらちゃん。電話鳴ってるよ?」

 

 しかし、無理があった。

 混み合った人ゴミの喧噪に紛れはしていたものの、それでも肩を寄せ合った状態で一緒に歩いているのだから、まどかが携帯の着信音に気付くのは至極当然のことだった。

 電源を切っておくか、マナーモードしておかなかったのは迂闊としか言えない。

 

「……そうね」

 

 気付かぬふりをしていたのだから、出来ればこのまま無視していたかったけれど…………。

 そうすれば、この夢のような一時を邪魔されずにすんだのに。

 心中で軽く舌打ちをして、ポケットから携帯電話を取り出す。

 言うまでもないことだけど、この苛立ちはまどかに対してではなく、しつこく鳴り響く着信音――延いてはその向こう側にいる相手にだ。

 

 そして液晶に表示された相手を確認し――何食わぬ顔でそのまま携帯をポケットに戻す。

 

「あれ? 出なくていいの?」

「ええ」

「あの、別にわたしに気を遣わなくても……」

「そういう訳でもないのだけど」

「もしかして知らない番号とか非通知、だったり?」

 

 不安気な表情でまどかが訊いてきた。

 

「いえ……阿良々木暦からよ。だから大丈夫、問題ないわ」

「大丈夫の意味がわからないよ! ほむらちゃん、早く出てあげて! 切れちゃうよ!」

 

 まどかが其処まで言うなら仕方ない。億劫ながら再度携帯を取り出して電話に出る。

 

「何?」

『おお、繋がった! えっとさ、ちょっとお前に相談したいことがあるんだけど、これから時間とれないか? 出来れば直接会って話したいことなんだけど』

「無理ね」

 

 手短に通話を済ませ電話を切る。

 こちらの事情も知らないで、何を勝手な事を――この神聖な時間を侵すことは何人(なんぴと)たりとも許さない。

 

「まどか、いきましょう」

「あれ? もうお話終わったの?」

「ええ」

「えっと、暦お兄ちゃんは……何て?」

「さぁ? 相談があるとかどうとか言っていたようだけど」

「ほーむーらーちゃーん! 駄目! 駄目だよ! どうして相談を持ちかけられてるのに、電話切っちゃったの!?」

 

 まどかにしては珍しい――やや怒ったトーンで捲し立てられる。

 どうも阿良々木暦に対する私の対応に、不満を感じているようだ。

 

「いえ……その…………今はまどかとの……買い物中だし」

 

 剣幕に圧され、たじろぐ私がいた。

 そんな私の瞳をじっと覗きこみ、一転して穏やか声音でまどかは言う。

 

「お買い物に付き合ってくれるのはすっごく嬉しいけど……それで他の人への対応が疎かになっちゃ、わたしは悲しいな。だからね、ほむらちゃん――どうすればいいのか、わかるよね?」

 

 

 結局――まどかに諭される形で、折り返し阿良々木暦に連絡をとった私は、不承不承ながら彼の相談に乗ることにした。

 酷く気の進まない申し出だったけど、まどかがいる手前、二度にわたって断りを入れることは出来るはずもなく…………とは言え、阿良々木暦が地元の直江津町から見滝原に来るまでの移動時間の関係で、まどかとの買い物は無事に最後まで付き添うことができたのだった。

 

 

 


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