【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウィッチ(witch):【魔女】


ひたぎウィッチ~その2~

~003~

 

「魔法……少女?」

 

 僕はキュゥべえの言葉を反芻する。その言葉の意味を理解するのに数秒。

 

 …………魔法少女って、あのアニメとかで活躍するあの魔法少女のことだよな?

 いやはや、選りにも選って戦場ヶ原が魔法少女って。

 

 ついつい魔法少女に扮した戦場ヶ原の姿――可愛らしくメルヘンチックに装飾されたコスチュームに身を包んで、魔法のステッキ片手に駆け回る姿を想像してしまう。

 

 世の魔法少女のイメージ(参考までに僕が想像した魔法少女のイメージはプリキュア風のものだ)を戦場ヶ原に当て嵌めると――似合わない……というか、無理にも程がある。

 

「っう……くっ……くく」

 

 ダメだ。ここは我慢するべきところだと重々承知しているが、堪えきれず忍び笑いが漏れてしまう――その瞬間だった。

 

 耳元を通り過ぎる風切音と、カンカンカンッと断続的に響く甲高い音。そしてフェンス越しに僕を睨み付け、“何か”を投擲し終えた戦場ヶ原の姿が目に入る。

 僕の顔の側面を横切ったモノの正体を確かめるべく、恐る恐る振り返ってみると、コンクリートの壁面に彫刻刀が三本突き刺さっていた。

 戦慄せずにはいられない。

 

「馬鹿かお前っ!! 当たったらどうすんだよっ!?」

 

 彫刻刀をクナイのように扱うとは恐ろしい女だ。洒落になってねえ。

 

「あなたが私を嘲弄するからでしょうが。身の程を弁えなさい」

「それにしたって限度ってもんがあるだろ!」

「手元がくるったのよ。手が滑ったの」

 

 ぞんざいな口調で戦場ヶ原は言う。

 

「何をいけしゃあしゃあと、そんな言い訳が通用するか!」

「いえ、本当に。阿良々木くんがのた打ち回る姿を期待していたのに、残念だわ」

「当てる気だったのかよっ!!」

 

 ゾッとすることに威嚇射撃ではなかったらしい。

 

「阿良々木くんって不死身なんでしょ。だから大丈夫。当たったところで大した問題になりはしない――その上でのことよ。それぐらい考えてるわ。私が分別のつく人間でよかったわね。感謝なさい」

「大問題だよ! というかお前、僕の治癒能力を知るより先に、ホッチキスで綴じやがっただろうが!」

「終ったことをねちねちと、女々しい男ね」

 

 悪びれた様子もなく、心底不快げに眉根を寄せる。こいつに罪悪感はないのだろうか。

 

 

「そんなことより――」

 

 僕への『傷害未遂』を『そんなこと』の一言で切り捨て、僕からキュゥべえへ視線を移す。表情は露骨に顰め面のままだった。

 

「――なんでも願いを叶えてくれると言ったかしら?」

「うん。僕と契約して魔法少女になってくれるのなら、どんな願いでも一つだけ叶えてあげるよ」

 

「そんな仰々しいことを臆面もなくよく言えたものね――まあ、いいわ。で、その魔法少女って何なのよ? まさか、世に蔓延る悪の化身なんかを魔法少女に変身して倒すのが目的とか――そんな正義の味方まがいのものになってくれ、なんてことじゃないでしょうね」

 

 険のある声で、戦場ヶ原が問い質す。

 

「んん~いや、あながちひたぎの見解に間違いはないよ。補足するなら、この世界には普通の人間には知覚できていないだけで、惨禍を撒き散らす悪しき者が存在しているんだ。僕らはそれを『魔女』と呼んでいるんだけど――魔女は人間の心に巣食い、ありとあらゆる負の感情を増大させる。そうなった人間の末路は悲惨だよ………………ひたぎには、魔女をやっつける手助けをしてもらいたい。魔女と戦いこの世界を平和に導くのが、僕と契約した魔法少女に課される使命というわけさ」

 

 にわかには信じがたい内容ではあったが、だからと言って一笑に付すことも、おいそれと否定することも僕には出来なかった。

 恥ずかしながら、この現代に『吸血鬼』に襲われ、あまつさえ『吸血鬼』に成った事があるこの僕に、『魔女』の存在をとやかく言う資格はないだろう。

 

 まぁ、これは僕が勝手に抱いた感想なので、魔法少女に勧誘されている戦場ヶ原自身の真意は不明だ。

 その氷のように冷え切った表情からは、確かな情報を得ることは難しい。ただ、キュゥべえの話を肯定的に受け止めているとは思い難かった。

 

「なぜ私を魔法少女に?」

「ひたぎには、その素質があるからさ。誰でもいいってわけじゃない。これだけの潜在能力を秘めた子は、そうは居ない。だから僕としては、是が非でも君と契約を結びたいな」

「あ、そう」

 

 戦場ヶ原はキュゥべえの言葉を軽く受け流し、更に質問を続ける。いや、戦場ヶ原にとっては、これこそが本題なのかもしれない。

 

「魔法少女になる見返りとして、何でも望みを叶えてくれる、どんな奇跡だって起こしてみせる、その言葉に嘘偽りはないかしら?」

 

 念を押すように、戦場ヶ原。

 

「もちろんさ。約束するよ」

 

 二つ返事で首肯するキュゥべえ。この時、戦場ヶ原が口端を吊り上げ、不気味に微笑したのを僕は見逃さなかった。こいつ、絶対よからぬことを考えてやがる!

 

「ええと…………そうね――」

 

 口元に手を添え、考え込む仕草を取る戦場ヶ原ではあるが、その瞳に逡巡の色はない。それがただの見せかけのポーズに過ぎないことは明白だ。

 

「――例えばの話、願いの数を増やすなんてことは可能?」

 

 なんとも低俗な、ある意味では誰しもが考える『願い事』の真理とも禁忌(タブー)ともいえる要求を口にする戦場ヶ原だった。

 

「それは無理だよ。単独の願いだからこそ奇跡は遂げられる。それは揺るぎのない絶対条件。願いを叶えてあげられるのは、あくまでも一つ。これだけは遵守しなくちゃならない不文律だ」

 

 やれやれとキュゥべえは顔を振り、付け加えて「はぁ……似たような事を言ったのは君で5人目だよ」とため息まじりのぼやきを漏らす。

 よくあるベターな、お約束的な要求だったらしい。

 

「あら、そう」

 

 戦場ヶ原も駄目もとで訊いてみただけといった感じで、気に留めもせず言葉を続ける。

 

「じゃあ、あなたが抱えている問題の根源――魔女と戦う使命だったかしら? その願いを私の願いで解決してみせる、なんてのはどう? 殊勝にも私があなたの願いを叶えてあげる。その魔女だとかいう存在を根絶やして欲しい。それで万事解決になるんじゃない?」

 

 本末転倒な、矛盾を孕んだ戦場ヶ原の願い。こいつ解って言ってやがるな。性悪な女だ。まぁ当然の事ながら――

 

「…………そうか……そうだね。僕の言い方がマズかったみたいだ――訂正させてもらうよ。僕に出来る限りの事なら、なんだって願いを叶えてみせる」

 

 ――ここはキュゥべえが折れるしかない。

 

「はっ、自分の力が及ばない相手には干渉することも出来ない輩が、どんな奇跡だって起こせるだなんてよくのたまったものね。所詮、神龍(シェンロン)と同等のことしかできないってことじゃない。とんだお笑い種だわ。大言壮語も甚だしい」

 

 ここぞとばかりに戦場ヶ原が責め立てる。相当キュゥべえの事が嫌いらしい。揚げ足を取るというか、僅かな損傷を見つけ出し、無理やり傷口を抉じ開けるような、えげつない論法だ。

 つーか、神龍を引き合いに出して貶めるとは、こいつは何様のつもりなのだろう。神龍すごいじゃん!

 

 しかし、当のキュゥべえは戦場ヶ原の舌鋒(ぜっぽう)に対し、然程――いや、微塵も意に介した様子はなく、悠々とした態度で口を開く。

 

「ん~その『しぇんろん』と言うのが、僕にはよくわからないけど……大抵の願いなら叶えてあげられるのは本当だよ。これまで僕と契約した子たちの『願い』は、例外なく全て『成就』しているからね」

 

 自身の力を誇示するというよりは、客観的事実をありのままに伝えているといった印象を受けるキュゥべえの物言い。

 

「例えば――そうだね。ひたぎの“本来あるべき体重”を元に戻すことなんていうのは、造作もないことだろうね」

 

 だからこそ、キュゥべえの言葉には真実味があった。

 

「私の体重を? もとに?」

 

 戦場ヶ原を苛み続ける窮状を、打破することができると、キュゥべえは言ってのけたのだ。

 

 

「どうだい。ひたぎ? 君が望めば、直ぐにでも契約は可能だよ。無論、他の願いがあるなら、それでも一向に構わな――んぎゅぅ」

 

 不意に、キュゥべえの口上が止まった。いや、“戦場ヶ原の手”によって遮断れる。これは“文字通りの意味”でだ。

 

「…………お、おい、戦場ヶ原……?」

 

 恐る恐る戦場ヶ原に声を掛ける。

 

「何よ」

 

 一瞥をくれ、僕の姿を見咎めた戦場ヶ原は、あからさまに不機嫌な様子で短く応える。その声音は酷く凍えた極寒を思わせ、訊く者の心を底冷えさせる。

 

 

 それは刹那の早業だった。

 

 戦場ヶ原はさっとフェンスに右腕を伸ばし、キュゥべえの頭を引っ掴む。より適切に、状況を誤りなく伝えるならば、キュゥべえの頭部を鷲掴んだのだ――世にいう脳天締め(アイアン・クロー)(正式名称はブレーン・クロー)のように。

 僕の視力だからこそ鮮明に見えるのだろうが、爪がめり込んでいる。というより、意図して爪を立てているように見受けられる。手の甲には青筋が浮かび上がり、力の限り締め付けているのではないだろうか………。

 

 

 女子高生が伸ばした腕の先で、愛らしいマスコット的外見の生物が宙吊りになっている、とても映像化できない凄惨な図がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 


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