【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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しのぶリミット~その1~

~018~

 

「え? 忍?」

「これはこれは」

 

 僕は呆気にとられ、背後から忍野も意外そうに声をあげる。

 

「……喋った。忍が……喋った」

 

 僕の驚きの度合いを表現するならば、クララが立ったぐらいの衝撃的な出来事。計らずも似たような言い回しになってしまった。

 

 

「小僧」

 

 忍が視線をずらして、僕の後方――机に腰掛けた忍野を呼び捨てる。

 こんな幼気な女の子の姿であっても、実質(よわい)500もの年月を積み重ねた吸血鬼。彼女にしてみれば、忍野だって小僧の範疇なのだ。

 

「ん?」

「儂はあるじ様と、二人きりで語らう事がある。席を外せ」

 

「あ、そう? 別に僕のことなんて路傍の石ころのように無視して、二人で会話を楽しんでくれて構わないんだよ。なあに、茶々は入れないさ。観覧に徹することを約束するよ」

 

「二度言わすな。()ね」

 

 忍野の軽口を問答無用で一蹴する。やはり、何だかんだ言っても、この有無を言わせぬ物言いは、貫録があるよな。だけど、それを物ともしないのが、この軽佻浮薄な男なんだけれども。

 

「はっはー、元気いいね。何かいいことでもあったのかい? まぁあったんだろうね。そうだね。忍ちゃんを怒らせるのは怖いし、しばらくの間、退散するとしようか。それじゃあ、隣の部屋で寝てるから――ごゆっくり」

 

 それでも、一応は忍の言い分に応じるようで、忍野は部屋を出ていくのだった。奴にしては、やけに物わかりのいい対応だ。

 

 

 

 

 

 忍野が去った部屋で、僕と忍は向かい合う。当然二人きりだ。

 なんだろう……気まずいとも違うが、やはりこうして面と向かっていると、妙に緊張してしまう。

 

「しかし、お前が喋ってくれるなんてな」

 

 僕の所為で、こんな姿に貶められたっていうのに…………。

 こうして口を開いてくれるなんて、予想だにしなかった。

 

「ふん、飽きたわい。儂は生粋のお喋りなのじゃ。お前様も知っておろう? それに、いつまでも拗ねていても仕方ないしの。儂は大人じゃからな」

 

 僕は忍にどれだけ恨まれたって仕方がないことをした。だから、どんな罵詈雑言で罵られようとも、僕はそれを甘んじて受け入れる覚悟があったのだけど――ただ当の忍は、あっけらかんとしたもので、どうも、僕に恨み言を吐こうって雰囲気でもない。

 

 未だ、忍の胸中が読めず、半信半疑といった心地だ。

 

「そこまで驚くことかの」

「そりゃ驚くよ…………」

 

 あの春休みの一件以来、終始不機嫌そうに僕を睨み付けることしかしなかった忍が、こうして声を訊かせてくれることだけでも、僕にとってみてば、青天の霹靂と言える。

 

「おかしいの、我があるじ様よ。確か、『猫』と遊んでやった折に、二言、三言、語りかけたはずじゃが。儂のあり難い金言を、訊いてなかったとぬかすのか?」

 

「ん? それって…………いや、だってあれは、僕の幻聴だったんじゃ?」

 

「容態が容態だけに意識が朦朧としておったかの、まぁよい、難儀なあるじ様じゃ」

 

 補足として、忍の言う“『猫』と遊んだ”というのは、この廃墟内に子猫を連れ込んで戯れたって話ではなく、『障り猫』――ブラック羽川との間に起こったごたごたのことを指す。

 その時分には、いろいろ迷惑をかけたものだ。

 

 

 

「えっと……忍。僕の事、怒ってないのか?」

 

 話を切り替え、単刀直入に訊いてみた。

 やはり、今後の事を鑑みれば、後腐れなく、腹を割って話しておきたい。

 

「なんじゃ、儂に怒っていて欲しいのか?」

 

「……そういう訳じゃないけど」

 

「まぁ腹に据えかねる事と言えば、そうじゃ。またはた迷惑で鬱陶しい土下座をするつもりじゃったろう!? 三日三晩、いや、確かあの時はもう少し長かったかの……やめいやめい、寝転ぶこともできんで、相当なストレスじゃった。お前様に罪悪感を植え付ける為のささやかな抗議として、根競べに付きあってやったが、あんなの、二度と御免じゃ」

 

 衝撃事実発覚! 残念極まりないとでもいうか。そう言えばずっと体育座りの姿勢のまま、身動きせずにいたなぁと思っていたけれど…………本人的には寝転んで惰眠を貪りたかったとでも言わんばかりだ。

 いやしかし、忍に言わせれば、そうだよな。僕の勝手な都合に付きあわせてしまったのだから……

 

 というか、僕が訊いたのは、そんな意味ではなく、もっと根源的な、僕たちの『有り方』について怒っていないのかと、問いかけたつもりだったのだけど、いいようにはぐらかされてしまった。

 ううむ……忍がそういう気持ちならば、僕もこれ以上無粋な事は訊くまい。

 

「儂の寛大な御心に感謝するがよい」

 

 栄耀栄華(えいようえいが)を極めていた頃の、あの至宝というべき双丘は何処へ、真っ平らな更地となった胸を張って、忍が尊大な態度で言う。

 でも、ほんと、忍の度量の深さには感謝しなくては。

 

 

「何より、常々魔女というものに興味があってな」

「知ってるのか?」

 

「いいや、大したことは知りはせん。じゃが、数百年にも及ぶ吸血鬼としての日々、風の噂で何度か、小耳に挟んだことぐらいはある。しかし、魔女(やつ)らは結界とやらにこそこそ隠れおって、未だその姿を見たことはない――――故に一度ぐらい、食してみたいと思っての。余興としては、楽しめそうじゃ」

 

 にやりと口端を吊り上げ、牙を見せつけながら、悪辣な笑みを浮かべる忍。

 

 

「力を……貸してくれるのか?」

 

 僕は思わず、無思慮にそんなことを訊いていた。

 野暮と言えば、これほど野暮な発言もない。

 

「ふん、勘違いするでない。私利私欲を満たすため、じゃ。儂にとってみれば、ただのグルメ旅行とかわらんよ。力を貸すとは言っても、儂自ら率先して魔女を退治することはないということは、弁えておくがよい。あくまでも、それはあるじ様の問題じゃからな。頃合いを見計らっていいとこ取りさせて貰う」

 

 頑なに自分の欲を満たす為だと言い張る忍だけど、それが建前だってことは解る。彼女なりに譲歩してくれたんだ。

 

「それに、あの小僧の戯言を連日訊かされるのにも、いい加減あきあきじゃ。というかもう辛抱ならん」

 

 両手をわなわなさせて、忌々しそうに忍は悪態を吐く。

 

「あの軽薄極まりない小僧が、知りたくもない怪異話を、一方的にペラペラと喋ってくるのじゃぞ。それを黙って訊いているしかなかった地獄の日々、読経を読み聞かされるようなあの苦痛――お前様に儂の気持ちが解るかっ!?」

「………………」

 

 二人がどのように過ごしているのかは、まったく関知していないことだったが、そんな風に過ごしていたのか…………それには同情する。

 つうか忍野。忍にそんな嫌がらせをしてたのかよ……本人は毛頭そんなつもりはなく、ただの暇つぶしみたいなもんなんだろうけど。

 

 けれど、ひとつ見解の相違がある…………。

 忍の心情を知った今、少し気が引ける発言になるけれど――

 

「…………ええっと忍。お前自ら付いてきてくれるつもりなのか?」

「何を戯けた事を、当たり前じゃろうが」

 

「だよな…………でも、そんなの忍野が許さないだろ」

 

 僕の腹積りとしては、僕自身の吸血鬼化が出来れば、それだけで御の字だったのだ。

 まさか忍自ら付いてくるなんて申し出があるとは思いもしなかった。これは僕に対して口を開いてくれたこと以上に、予想外の展開と言える。

 

 ただ、僕が提言した通り、あの忍野が、忍の勝手な行動を許可しないだろう。

 なんとなく勝手な予想として、この廃墟と化した塾の外には――忍野が張った結界の外には出れないのではないかと思っているんだけど…………。

 いや、そんなこと忍野は一度たりとも口にしていないが……。

 

「それに関しては心配あるまい」

「そうなのか?」

 

 妙に確信あり気に忍は言うけど、忍野と何らかの取り決めがあるのだろうか?

 まぁ、忍自ら付いてきてくれるなんて、願ってもないことだし、この事に関しては、後で忍野に申請するとしよう。

 

 

「これで直々にミスタードーナツを食べにいくことも可能となったわけじゃ。さぁ我があるじ様よ。ぼさっとしとらんで、さっさと案内せい」

 

「さっさとって……今からミスタードーナツにか?」

 

 なんとも溌溂とした声音で、忍は言うけれど、

 

「…………もう閉店してるぞ」

 

「なにっ!?」

「そこまで驚くことじゃないだろ…………借りではあるし、僕の財政状況を鑑みて、ちゃんとご馳走してやるからさ」

 

「ならば、開店するまで、店の前で待つしかないのか、口惜しいかぎりじゃ」

「まてまて。誰がミスタードーナツの開店を夜通し並んで待つ奴がいるんだよ!」

 

 大手新作ゲームの販売日じゃあるまいし。

 

「つーか、学校があるし、午前中は無理だ」

 

 また午後からは早退するつもりだし、僕を更生させようと躍起になっている羽川から、そろそろ何らかのお達しがありそうで、戦々恐々としているのに、もうこれ以上遅刻なんてしていられない。

 

「空腹は最高の調味料ともいうし、待った方が感動も一入(ひとしお)のはずだ」

「…………しかたないの。別に空腹ではないんじゃがの」

 

 渋々ではあるが、納得してくれたようだ。

 そういえば忍は、人間のように空腹から食事をするのではなく、嗜好品として食事を堪能するのだっけか。

 僕の勝手な都合に付きあわせるのだから、好きなだけ食べさせてやりたいのは山々だけれど、満腹中枢の概念が存在しない奴に、そんなこと言えば、店の商品全部平らげてしまいかねない。

 

 そんな金払えるわけないし、直に食べたいってことはお持ち帰りではなく、その場で食べるのだから、店員さんや周りの客の視線もある。

 金髪金眼の外国人の幼女ってだけでも注目の的になるだろうし、そんなフードファーターよろしくびっくり人間な真似を見せるわけにもいくまい。

 

 

 とまぁ、こんな具合に。利害の一致と言う名目の上、僕と忍は、和解した。

 

 

 

 それから――――

 

 元々お喋り好きだった忍と、久しぶりに彼女と語らうのが楽しくて仕方がなかった僕は――業を煮やしてやってきた忍野(寝起きっぽい)に指摘されるまで、夜が明けかけていることに気付かない程、馬鹿話に没頭していたようだ。

 

 そんな僕等の姿を見て、忍野なりに呆れながらも祝福してくれた。

 それに、懸案事項であった、忍の同行に関して許可を求めてみると、存外あっさりと承諾されたのだった。

 けれど、無条件で忍の同行を許可しようって訳でもないらしく――

 

「少しばかし忍ちゃんに制約を課させてもらう。なぁに、そう大したことじゃないよ。一応は調停者(バランサー)としての仕事もしとかないとね。今はこんな幼い(なり)とは言え、曲がりなりにも、見る影がなくなったとしても、伝説と謳われた吸血鬼の中の吸血鬼。阿良々木くんに同行するってことは、それだけで、いろいろ面倒事を誘発しかねない。制約というより、制限と言い換えた方が適しているのかもしれない。前に説明した筈だけど、今の忍ちゃんは阿良々木くん以外の血液は受け付けない――今回も、それと似通った処置をとらせて貰う。まぁ詳しいあれこれについてはプライバシーもあるし、忍ちゃん本人に話すよ。あと、それに伴って、いろいろ根回しなり、準備することがあるから――――そうだな…………2日程度時間を貰うよ」

 

 ――とのことだ。

 

 

 だから、忍に設けられた『制約』『制限』とやらは、僕は知らないし、2日間――5月10日から11日までは忍への処置とやらの関係で身動きが取れなくなってしまったけれど、晴れて(?)忍は廃墟から、僕の影へと移住する運びとなったのだった。

 

 

 

 


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