魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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「急に筆の手が止まったり…他の事に目移りしたりで思うようにいかないんです」

「それは…ナマケグセという蟲の仕業だな。こいつは人のやる気とか意欲を喰っちまう厄介な蟲さ。この薬で蟲は取り除けられるはずだ」

「先生、薬を飲んでも治らないんですけど…」

「アンタ…生来の怠けモンだな」

 遅くなったのは蟲の仕業でファイナルアンサー(嘘)



47・縁は業深き!

 最低限の光しか入らない薄暗い部屋の中。

 

 澱む空気と共に満ちるは剣呑なる空気――――にはなっておらず。

 

「その体で【ピー】歳とかないわー! やっぱりクソガキじゃないですかー! ヤダー! 幼児体型乙(笑)」

「うるさい! 私にだってまだ可能性が……可能性が!!」

「ねぇ、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

「殺す!」

「来いよベネット。魅惑のナイスボディの夢なんか捨ててかかって来い!」

「野郎、ぶっ殺し――」

 

「やめんかオマエら!!」

 

 拳骨二つ、頂きましたー。

 

 

 

 

 

『鈴』

 

 

 さて、俺に敗れたチンクがこの聖王教会に身柄を拘束されているのには理由がある。

 本来なら即刻、時空管理局に身柄を引き渡すべきなんだが、その管理局はスカリエッティからの襲撃によって上も下も外も中もてんてこ舞い。

 そんな大炎上な現状、一時的に聖王教会に身柄を預けているというわけ。実際、チンク逮捕の報告も管理局上層部にはうまく伝わってない程の有様である。

 

「…たく、オマエがどうしてもって言うから執務官の権限を使って無理に同行させてるんだ。いらん事はしない」

「うっす」

「…」

 

 頭に立派なタンコブができているであろう俺と同じくコブをつくった納得いかないような顔のチンク。

 

 その様子を溜め息一つで流したティーダは余ったパイプ椅子に腰掛け、気を引き締める。

 

 執務官、ティーダ・ランスターの仕事の始まりである。

 

 

 

 尋問が続く。

 

 スカリエッティ側の戦力とか戦闘機人の事とか本当の目的など。

 それに対しチンクもポツリ、ポツリとこちらが拍子抜けするほどに素直に喋っている。しかし、それも改心したとか観念したとかではなく、諦念し、何もかもを投げ出したかのような感じの自供だ。

 

 そんな尋問をある程度終えた頃である。

 

「…妙だな」

「……」

「キミが嘘を言っていると思いたくはない。そりゃあ素直に供述してはいるのだろうが、そのワリには情報量が少なすぎやしないか? もし何かを隠し立てしているのだというのなら――」

「隠してる事など無い」

「しかしキミはスカリエッティ側の重要戦力の一人だったのだろう? ならもっと重要な情報を要しているはず」

「重要戦力…ね」

 

 その言葉にチンクは自嘲する。

 

「生憎と私はそんな上等なものじゃない。むしろドクターからすれば早々に処分したい存在だっただろうさ」

「そんなバカな。スカリエッティが戦闘機人であるキミを…」

 

「私は戦闘機人じゃない。生まれが少々特殊なだけの――ただの人間だ」

 

 あれだけの戦闘能力を有していたのだ。チンクも戦闘機人だと思い込んでいた俺もティーダもその事実に面を食らった顔になる。

 そんな驚愕を余所に、チンクは自嘲気味な笑みのまま俺へと視線を移し、クツクツと喉の奥にこみ上げるであろう笑いを堪えながら言い放った。

 

 

 

「ついでに言うと貴様のよく知っているカレンという女だがな、アレを基にして生まれた存在が私だ」

 

 

 

「鈴? 鈴、大丈夫か?」

 

 動悸が激しい。

 

 喉が渇く。

 

 脳内は思考が定まらない。

 

 今、コイツはなんと言った?

 

 先生を基として生まれた?

 

「どういう…ことだ?」

「そのままの意味だ。チンクという存在はカレンという狂人の遺伝子を基にして生まれた出来損ないだ」

 

 その言葉で頭に浮かんだのはかつて幼き日の事件。

 

「プロジェクトF…」

「違うな。その俗称はプレシア・テスタロッサの手によって確立されたもの。私はその基礎となる技術によって生まれたクローン培養の劣化品だ」

 

 それは以前、プレシアさんに聞いた。彼女のプロジェクトFはスカリエッティが基礎を築き、プレシアさんが完成させたと。

 聞いた当初は意外な所で繋がっていたと思い、捜査の役に立つ情報は無いか聞いてみたが、二人は技術の譲渡だけの関係で終わり、それ以降の事は互いに知らないという。

 

 とまぁ、ここら辺りで取り乱した思考もようやく正常に戻り始めた。

 

 初めてコイツと対面した時、先生の面影を見たのはそれが理由だったのか。

 

「たしかに俺はオマエに先生の面影を見た。けどそれだけだ。先生とオマエの姿形は似ても似つかないのはどういう事だ? クローン培養だというのならもっと姿形は基に似るものじゃないのか?」

「だから劣化品だと言っただろう」

「……なら詳しく聞かせてくれ。オマエという存在を。ティーダもいいか?」

「あぁ、かまわないぞ」

 

 チンクは一拍置いて頷く。

 

「いいだろう」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『チンク』

 

 

 私が自我というものに目覚め、初めて見たもの――

 

 

 

 それは酷く冷めきった瞳で私を見るドクターだった。

 

 

 

 戦闘機人は本来、素体を培養の時点で特有の様々な調整を施して生まれる。

 しかし、私はそういった類の調整が施されていなかった。

 勿論、ドクターに問い詰めた。何故、調整を施さないのか? 私は戦闘機人として生まれてきたのではないのか?

 しかしいくら私が食い下がろうと、ドクターはまともに取り合おうとすらしない。

 

 ならばと事情を知っているであろう、私よりも先に生まれたナンバーズを冠する四人にも問い詰めた。しかし、やはり答えは得られず。

 

 しかし私はこの時、知った。

 

 四人から私に向けられた視線――

 

 

 

 そこに含まれる侮蔑の感情を。

 

 

 

 それから私は理由もわからず、肩身の狭い思いをしながら日々を過ごす事となる。

 ドクターはとある望みを叶えるべく、私の後続となる戦闘機人の製作、戦力増強のガジェット、レリックと呼ばれるロストロギアの捜索と準備に余念が無い。

 幸いというべきなのか、私にはレアスキルが備わっており、一応戦力の一つと数えられた。その結果としてナンバー『チンク』の名を得られはしたが、これだって情けのようなもの。

 

 来る日も来る日もドクターの忠実な駒として動いた。さらに納得のいく成果を出せば、周りのみんなのようにいつか私にもその愛を向けてくれるのではないかという淡い期待を抱いたまま。

 

 そして私はある日、偶然知った。

 

 自分が”劣化品”であると。

 

 それを知った私はらしくもなく、激昂した。

 

 何故、完成体として生み出さなかった? 何故、製造に失敗した? 何故、劣化品であるなら処分しない?

 

 自分でも気付かなかった鬱憤が爆発した。ドクターの胸倉を掴み、あらん限りの鬱憤をぶつけ終えた頃、ドクターは顔色を変える事無く、いつもの冷めた眼差しで私にこう言った。

 

『やはりキミは劣化品だ』

 

 急激に力が抜け、掴んでいた手を放した私に対して、私のオリジナルがいかに優秀だったのかを語り始めた。

 至高の魔導師で永遠の探求者。無限の欲望。この戦闘機人の技術とてその女が生み出した技術の模倣でしかないという。

 そのオリジナルを基にしたが、結果とオリジナルには遠く及ばないなり損ない、失敗作、劣化品として私が生まれた。

 

 この事実に、私はドクターに抱いていた淡い期待を放棄した。

 

 そして幾度となく呼ばれる”劣化品”という敬称は私の中で暗く澱み、憎悪を生み出す。

 

 私は劣化品?

 

 ならこの憎悪の根源は何だ?

 

 ドクター?

 

 私? 

 

 それともオリジナル『カレン』?

 

 そうだ。ソイツがいなければ――

 

 こんな技術を生み出さなければ――

 

 

 私はソイツを憎み続ける。

 

 

 ――生まれた憎悪は果てしなく、己を歪ませる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『鈴』

 

 

「だから私はあの女を――そしてそれに連なるモノを恨む」

「…んだよ、それ。逆恨みもいいトコじゃねぇか」

「逆恨み…か。たしかにそうだ。だがな、もうそういう問題ではないんだ。この憎悪を向けないと私は私でいられない」

 

 負の感情とは厄介な物だ。

 憎しみを対象に抱くとしよう。するとその憎しみは積もりに積もって対象だけに限らず、周りを憎むようになり、そして歪みに歪んで全てを憎むようになってしまう。場合によってはその憎しみの根源さえもわからなくなりながら。

 今のチンクはそこまで至ってはいないが、随分と歪んでいるのが見て取れる。

 語り終わったチンクは大きく息を吐き、安っぽい椅子を軋ませながら力を抜いて沈み込む。

 

「私と言う存在は何なのだろうな?」

「……」

「大元であるカレンの技術、その模倣であるドクターの技術で生まれた劣化品。どちらも造るだけ造って後は知らないときた。似た者同士だな」

「そこは違うぞ」

「何?」

「たしかに先生が生み出した技術は幸も不幸も生み出した。己が意図せずにだ。けど、まったく知らないふりをしてた事は無い。そこはスカリエッティと違う。現に俺はその技術で救われたんだ」

「何を言っている?」

「そりゃ当時の先生は己の欲を満たすためだけに知識を求めた。結果、後世で意図せず幸も不幸も生まれたさ。だから先生は届く範囲で手を差し伸べた。その生まれた不幸を拭うために」

「……」

「要するにアフターケアの有無の違いだ。先生とスカリエッティの違いは」

「それを信じろと? 私は知っているんだぞ。貴様の師であるカレンという女を。あの『魔女』を」

「でも全てじゃない。そうだろ? どうもオマエは『カレン』を知ってても『秋月蓮』を知らないみたいだからな」

「……」

「ティーダ、時間は大丈夫か?」

「…今更だ。存分に話せばいいさ」

「無理を言って悪いな。じゃ、今度は先生について話そうか。多分、オマエの思ってる先生と違うから」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 昔、一組の夫婦の下に天才的な女児がいた。

 

 両親はその聡明な娘を誇りに思い、愛を注ぎましたが肝心の女児は何も思うところはありませんでした。

 

 女児はただ、己の知識欲を満たす事だけを考えていましたから。

 

 女児の知識は魔導師としても技術者としても研究者としても遺憾なく発揮され、彼女に対する評価は大層なものになりましたが、当の本人は周りの世界を切り離し、知識だけを貪欲に取り込んでいきます。

 

 その過程で様々な魔法や技術も生み出した彼女ですが、本人は執着心ゼロ。研究の終わった技術などはさっさと余所へ売り飛ばすのです。

 

 やがて彼女の評価は天才、鬼才を通り越し、化け物、悪魔、と恐れ慄きます。さらには彼女の両親でさえ誇りに思っていた娘を悪魔の子と忌避するようになったのです。

 

 しかし当の本人は何処吹く風。だって彼女は知識欲さえ満たせれば後はどうだってよかったのですから。

 

 女児も成長し、成人となってからある日、いつもの様に彼女は知識欲を満たそうと魔法の開発を試みます。

 

 しかし結果は失敗。しかもかつて無いほどの爪痕を残しました。

 

 かつての髪は透き通るような白に。疾患を起こしてしまいかねない膨大な魔力がその身に宿る。

 

 そして巻き込まれた両親の消失。死亡でなく消失。光となって消えてしまったのです。

 

 するとどうでしょう。その事実は両親に対して何も感じなかった彼女の胸に空虚感を与えます。その空虚感はジクジクと彼女を蝕み、気が付けば彼女は生まれて初めての涙を流したのです。

 

 両親の犠牲によって彼女は初めて”人間”となったのです。

 

 人間となった彼女は罪滅ぼしとしてなのか、己の過程が生み出した不幸を救うために行動するようになる。

 

 色々と救えた物もあれば逆も然り。それでも彼女は歩みを止めませんでした。

 

 ある日、彼女の利用を目論む連中に嵌められ、時空管理局と敵対する事になる。

 

 そこから逃亡生活の日々が続くが、人間となった彼女にとって限界が近づく。

 

 そして彼女は持てる力を全て尽くし、足跡も痕跡も全て消し、管理外世界の地球へと逃げたのでした。

 

 管理外世界という事で、かつてほど罪滅ぼしは出来なくなったが、それでも彼女は自分の出来る事をやり続けるのでした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「大雑把にはこんな感じだ。な? スカリエッティとは違うだろ?」

「……」

 

 チンクは何も喋らないが、彼女の難しい顔を見るに先生の行動に思うところがあったと憶測する。

 多分、チンクは先生の過去の負の部分しか知らなかったんだろう。その負によって生まれた自分は一方的に恨む事が出来たが、その負に対する贖罪である先生の正の部分も知って心が揺らいでいる。

 

 とはいっても出来る事はここまで。彼女はもう少し考える時間が必要に思える。

 

(あ、アレを預けてみようか)

 

 胸元、シャツの下からそれを取り出す。

 

 融合型デバイス『カレン』だ。

 

「ほれ、これを預けるからしばらく考えてみてくれ」

「何だ? これは」

「消えた先生の残滓さ。もしかしたら何か反応してくれるかもな」

「……」

「オマエにとって先生は憎むべき対象の一人だったんだろうけど、俺にとっては救ってくれた恩人なんだ。物事っていろんな側面を持つからさ、それらを見てからまた考えてくれ。俺も…オマエの気持ちも考えてみるから」

「……」

「そしてスカリエッティだけどな……本当に失敗してオマエを生み出したのかな?」

「えっ?」

「じゃあまた」

 

 チンクの困惑が見えたような気もしたが、無視して部屋を出る。ティーダも潮時と見たのか、一緒に出てきた。

 

 

 

 

 

「途中から完全に私情の話になったな。ごめんな、ティーダ」

「全くだ。ま、少ないとはいえ、有益な情報は取れた。今はそれで十分さ」

「ホントにすまんな。今度、ご馳走作ってお詫びするよ」

「マジ? だったらこの事件が落ち着くまでの楽しみにしとくぜ」

「ご期待には副えましょう」

「……なぁ?」

「んっ?」

「大丈夫か?」

「えっ?」

「なんか…辛そうな顔してるぞ」

「気のせいじゃ――」

「ないぞ。何年、一緒に居たと思ってやがる?」

「あ、あ~、うん、ちょっとな。先生の事でな」

「やっぱりか」

「先生の残した技術。先生にその気は無くともそれは悪用され、そしてその被害者当人をいざ眼にすると結構クるもんがあってな」

「あぁ」

「だからアイツ…チンクを何とかしてやれないかなぁ~とね」

「……」

「意図してないとはいえ、先生のいない今、弟子である俺がアフターケアをしなくちゃな」

「そうか」

「だからティーダ、もうちょい色々と便宜を図ってもらう事になるけど頼めないか?」

「ふぅ、執務官は便利屋じゃないんだけどな」

「勿論、相応の返しはするさ」

「言ってみただけだ。可能な限り、協力する事を約束するさ。その代わり条件がある」

「お?」

「アフターケア、万全にこなせ。それだけだ」

「…あぁ、絶対だ」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『チンク』

 

 

『…んだよ、それ。逆恨みもいいトコじゃねぇか』

 

 言われるまでもない。

 けれど、いざヤツの口から聞くと何故か言葉が響く。

 

『物事っていろんな側面を持つからさ、それらを見てからまた考えてくれ。俺も…オマエの気持ちも考えてみるから』

 

 なら私はどうあるべきなんだ?

 

 今更、ドクターを恨んで生きろと?

 

 無理だ。私たちはそういう風に生まれてきている。 

 

 …私は……私は自分をどう取り繕えばいいんだ?

 

 ドクターからも疎まれ…姉妹たちからも浮いた存在。ただ命令を聞くだけの傀儡。都合の良い駒。

 

 それが…私?

 

《やれやれ、また随分と厄介になったものだな》

 

 …?

 …何だ、今の声は? 幻聴?

 

《まあ悩めばいいさ。悩んで進む姿こそが”人間”である証なんだからな》

 

 やはり聞こえる。どこから?

 

《ここだ、ここ。目線を下げてみろ》

 

 言われたとおりに目線を下げる。

 見えるのは床と私の体。そしてヤツから預けられたネックレス。

 

《そう、それ。鈴が言った私の残滓だ》

 

 残滓。

 

 なら、まさか…

 

「貴様が?」

《初めましてだな。少々、異なるが私こそが貴様のいう魔女、カレンだ》

 

 





チンクの設定捏造具合がヒドイ。

寛大な御心で見逃してください

次回 「ティアナ、(ヒロインの)大地に立つ」

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