「鈴、ちょっと出てくる」
「さっきの念話ですか?」
「ああ。留守番頼むぞ」
「わかりました。気をつけて」
「ん、行ってくる」
『なのは』
「はぁ、はぁっ……」
決して止まってはダメと自分に言い聞かせながら脅威から逃げている。後ろを振り返るとそこに広がる光景はグラデーションがかかったような闇色の空。今まで居た町と隔離されたかのような物静かな町。
そしてこちらに迫ってくる脅威の姿。
体の表面を不定形に蠢かしながら迫ってくるソレは私はまるで見たことの無い生き物。少なくともこの地球上に存在するとは思えないもの。
「跳んでくる、逃げて!」
「!?」
胸元に抱いているフェレットのユーノ君からの警告に従って、急ぎ曲がり角を曲がる。
背後で物凄い音が響き渡るけど振り向いちゃダメ。まずは逃げ回るためにある程度自由に動ける広い場所である公園を目指す。
最初に病院に辿り着いた時は驚いたの。大きな音が響いて、驚いて中庭に走ってみれば預けていたフェレット――ユーノ君が黒い怪物に襲われてた。何とかユーノ君を助けることに成功してそのまま逃走。逃げながらの道中でユーノ君から色んな説明をしてもらった。
自分の正体は魔法使いである事とか、あの怪物はジュエルシードっていう危ないものである事とか、そして現状の打開策etc…。
正直、非常識すぎて頭がパニックになりそうだったけど、現状がそれを許してくれそうになかったから無理矢理納得するようにした。
ちなみに喋るフェレットにビックリして、思わず放り投げそうになったのは内緒。
あの怪物を一時的にだけど何とか振り切って公園に到着。けど安心してはいられない、すぐに追いついてくると思う。
「それでどうするの?」
「あなたにこれを渡します!」
そう言って渡された物はユーノ君の首にぶら下げてた赤いビー玉。手にとって見ると小さく煌いたような気がした。
「これは?」
「レイジングハートと言います。これで…」
「なのはちゃん!」
「なのは!」
「っ!! すずかちゃんにアリサちゃん! なんでここに!?」
急に呼ばれたから向いてみると、自転車を押しながらこちらに走ってくる2人。
何でここにって思ったけど今はそんな状況じゃない。こんな危ない状況の中でこの2人を巻き込んじゃダメなの。
「二人とも逃げて!?」
「はぁ? 何言ってんのよ? それよりなのは、これって何かおかしくない?」
「昼間のあの声が聞こえたから来てみれば急に空が変わって……それでそのフェレットは…」
「ごめん! 説明してる暇がないの! お願いだから――」
「来たよ、なのはさん!」
もう来た!?
ユーノ君の指差した方には夜の暗闇からさっきの怪物がゆっくりと近づいて来てる。感情があるかなんてわからないけど、さっきよりも怒ってる様な気がする。。
「ねぇ、なのは。あれってなんなの? それに今、そのフェレット……喋らなかった?」
「それに今の声ってあの時に聞こえたあの声?」
「逃げるよ!」
そう叫び、私はユーノ君を肩に乗せ、二人の手をとって公園の奥にさらに逃げる。
「ちょ、ちょっとなのは! どうしたのよ!?」
「なのはちゃん?」
「説明は走りながらします! 今はなのはと一緒に逃げてください!」
ユーノ君の声を聞きながらまた逃げる私たち。それと同時に後ろで怪物動く気配が感じられたけど構わずに逃げた。とにかくまた一旦引き離してユーノ君から話を聞かないと。
後ろから響く轟音にも振り向かず、私たちは逃げた。
「あぁぁっ!! あたしの自転車がぁぁ!!」
振り向かない、振り向かない。
「……俄かに信じがたい話だけど、現状がそうじゃないって物語ってるものね」
「つまりなのはちゃんがこのレイジングハートっていうのと契約をすればあの怪物を封印できるって事ですね?」
「はい。さっきのなのはさんを見れば適性は問題ないように感じました。ただ契約もすぐにできる訳ではなく、しかも契約中は完全に無防備な状態になります」
「それってもしかして……」
「はい。契約中に襲われるとひとたまりもありません。だからなのはさん、今から契約の仕方を教えるからレイジングハートと契約を。僕はその間、アレをひきつけて時間を稼ぐから」
「そんな!? 危ないよユーノ君!」
ユーノ君の案はわかるけど、とっても危ない。たしかにそうするしかないかも知れないけどいきなり1人で契約って不安もあるし、ユーノ君は病み上がりで本調子じゃないから余計に危ない。
「わかってよなのはさん。今はこうするしか方法が無いんだ」
「でも……」
「そして残りのお二人はその間にどこかに――」
「あたしがやる」
「えっ?」
「その囮役はあたしがやるって言ってんの」
「「ええぇぇ!?」」
「作戦の変えるわよ。あたしが囮役でユーノはなのはのフォロー。すずかはいざという時のために待機。これで行くわよ」
「ううん。アリサちゃん、私はアリサちゃんのサポートをするね。いざ危険になったときにフォローできる人がいたほうが心強いでしょ?」
「……そうね、頼むわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今度はユーノ君が待ったをかける。
「これは僕が負うべき責任でもありますし本当に危険なんです! それにこれ以上、他の人を巻き込む訳には――」
「じゃあ、なのはなら巻き込んでもいいって言うの?」
「っ!? それは……」
「巻き込みたくないって言うんだったら助けなんて呼ばなければよかったのよ。だけどアンタはどうしようもなかったから助けを呼んだんでしょ? そしてあたしたちは自分の意思でそれに応えた。だったら素直に手は借りなさい」
「でも……」
「それに私たちはなのはちゃんも助けたいんですよ?」
「え?」
「そうよ。あたしたちが来なかったらなのはは危険な状況で契約をしなくちゃいけなかった。だからあたしたちが囮となってなのはを助ける。なのはは絶対に契約を成功させなさい! そして――」
「そして?」
「その力であたしたちを助けなさい」
あのアリサちゃんが私を頼ってる。普段いがみ合ってる私たちだけど、お互いに本心から嫌ってるわけじゃない。だからこそ、アリサちゃんはこうして私を頼れる。
そして私もそれに応えるように、アリサちゃんたちを頼らなければいけない。
「ユーノ君」
「……わかりました。素直に力を借ります。ありがとうございます。アリサさん、すずかさん。そしてなのはさん」
「あ、呼び捨てでいいわよ」
「私もいいですよ」
「私もなの!」
「本当にありがとう」
それじゃあ、がんばるの!
『アリサ』
「ほらほら! こっちよ!」
「こっちですよ!」
さっきの作戦通りに囮役となって化け物を引き付ける。あたしとすずかは自慢じゃないけど運動能力は高いほうだと自負している。だからこの役には最適だと思う。
あの怪物は知能が低いのか、あたしとすずかのどちらに的を絞ろうかと動きを止めることが多い。それに動きは直進的な突進だけだから事前に察知して回避すれば何とかなりそうね。
それにしても不思議な声に導かれて来てみればこんな不思議なことに遭遇するって何処かのゲームじゃないんだから。
こんな不可思議な事ってあの小さい時、以来ね。
それにしてもさっきから私の胸の奥――体の奥底が妙に熱くなってる気がする。何でかしら?
結構な時間を逃げ回ったけどまだあたしは冷静でいられた。今度はこっちを狙ってきたから横に走ろうとした矢先にだった。
「痛ッ!?」
「アリサちゃん!!」
足を挫いて盛大に転んだ。頭では冷静ではいたけど、体のほうは思った以上に疲労してたみたい。
マズイと思った頃には怪物はあたしに向かって来てた。
避けられない。
わかってるけど這うようにして動いて足掻いてみる。
向こうですずかがあたしに何か言ってるけど聞こえない。
「失敗、ね」
最後の抵抗とばかりに怪物をキッと睨みつける。
「ダメぇぇぇぇっ!!」
《protection》
白いなのはと桃色の光があたしの前に。
なのはの姿はさっきまでと違って、まるで学校の制服を弄ったような服。そして手にはさっきまでは持っていなかった杖、それを怪物に突き出して、突進を押し留めてた。
やがて怪物は桃色の光の壁に大きく弾かれ、バラバラになりながら吹っ飛んだ。
「大丈夫、アリサちゃん?」
助かったのよね?
はぁ~と大きく安堵のため息をつく。
「ありがと。それよりちょっと遅すぎるんじゃない? 危うくやられるところだったんだから」
「むっ! その言い方はひどいの! これでも急いだんだから!」
「まったく。本当になのははどんくさいんだから」
「ひどい!」
「なのはちゃん、アリサちゃん、大丈夫!?」
「なのは! そんなことより早くジュエルシードの封印を!」
いつの間にか傍に来ていたすずかとユーノ。すずかには心配かけちゃったし、後でちゃんと謝らないとね。
「そ、そうだった。えっと、レイジングハートお願い!」
《sealing mode》
なのはの杖(レイジングハートだったかしら?)の先端部が形を変えて、そこから伸びた桃色の幾重の帯が化け物を絡めとる。
「ジュエルシード、封印!」
《sealing》
光の帯が輝きを増し、化け物をより強く縛り上げる。そして眼も眩むほどに眩しく光った後には怪物の姿は無く、青い宝石があった。
「あれがジュエルシード?」
「そうです。さあ、レイジングハートをジュエルシードに。それですべて終わります」
なのはがレイジングハートをジュエルシードに向けるとスゥと先端部に吸い込まれていった。
《receipt number XXI》
その音声を最後にして辺りは急に静かになった。さっきまでの出来事が夢だったかのような静けさだ。
「終わったん……でしょうか?」
「終わったのよね?」
「はい。これで封印は完了しました」
さっきまでの変な空は元の星が瞬く夜空に戻っていた。あたしはすずかの肩を借りながら立ち上がり、みんなに訊ねる。
「ねぇ?」
「はい?」
「どうしたの?」
「この惨状、どうするの?」
「惨状って……あ゛っ」
そう。辺り一面、酷い惨状なのよ。地面は所々に穴が空いてて、木々も数本へし折れていて、公園の遊具やベンチはいくつか砕けている。とてもじゃないけど公園じゃないわ、ただの戦場跡よ。
「ど、ど、どうしよう!?」
「ご、ごめんなさい! 魔力が少なかったんで結界の構成が甘かったみたいです!」
「落ち着いてください、二人とも」
パニックになるなのはとユーノ。宥めるすずか。一難去ってまた一難、どうしようかしら?
頭を悩ませているとあたしたちの背後から聞きなれた声がかかった。
「とりあえずここは私にまかせろ」
その声に一斉に振り向くと見慣れた姿があった。
眼を引く白い髪が綺麗なあたしたち三人が慕う姉のような人であり、鈴の保護者。
「「「蓮さん!?」」」
「誰?」
「はぁ~、やっぱり面倒な事になったか」
夜はまだ終ってないみたいね。
先は長いぜ、相棒。