「ふ~んふふ~ん♪」
機動六課の隊舎内。その廊下を傍から見ても上機嫌で歩くのはご存知、スターズ分隊隊長の高町なのは。
本日の訓練にてティアナ達、フォワード陣はまた一つのステップをクリアした。
その褒美というわけではないが、ティアナ達には午後からの自由時間――つまり休みを与えられたのだ。
それに喜んだティアナ達は嬉々として街へと繰り出した。
では何故なのははここまで上機嫌なのか?
「鈴くん、何してるかな~♪」
それはなのは自身も午後からは待機――という名目の自由時間――が振り当てられているからだ。
前倒しで必要な仕事を可能な限り終わらせ、残った時間で鈴と一緒にというわけだ。おまけに鈴も本日は休み、アリサ達は仕事というまるで狙ったかのようなシフトである。
事前に鈴から予定も無いからのんびりすると聞いてたなのはの行く先は鈴の部屋である。
(さすがに公でベッタリはできないけど部屋でコッソリとなら。そしていい雰囲気でちょっとキスしちゃってりして、けど止まらずにそのまま私は…キャアァァッ♪)
いきなり顔を赤くして脳内をピンクに染めながら壁をガスガスと叩き出すなのは。そっとしておこう一択の危ない姿だ。
そんなこんなで辿り着いた鈴の部屋。
「鈴く~ん」
しかしベルを鳴らしても部屋の中から反応は返ってこない。
「あれ?」
「あ、なのはさん」
「アイナさん?」
と、ここで仕事中の六課隊舎の寮母、アイナが姿を現した。
「秋月くんに用事ですか?」
「はい。けど反応が無くて…」
「秋月くんなら出かけましたよ」
「……えっ?」
「何でも急に用事が入ったとかでヴィータちゃんを連れてそのまま街の方まで」
「…………えっ?」
呆然と立ち尽くすなのは。伝えたアイナはさっさと仕事の方へと戻っていった。
(……うん。そういえばヴィータちゃんも今日は空いてたね。のんびりするって聞いて安心して約束を取り付けなかった私が悪いもんね。急な用事じゃあしょうがないね。けどよりにもよってヴィータちゃんと二人で街に? 勘繰るわけじゃないんだけど……デートじゃないよね? そう、今回は私が悪い。悪いんだけど…それでも…)
「鈴くんの~……バカァァァァッ!」
◆ ◆ ◆
『鈴』
「解せぬ」
「どうした?」
「何か…理不尽な罵倒を受けた気がする」
「はぁ?」
どうも、この度、機動六課の雑用係となった今ではご近所すぎるくらいの秋月鈴です。
俺はヴィータと一緒に発泡スチロールの箱を抱えて廃棄都市に来ている。理由としては俺の記憶喪失時の時にお世話になった人たちに久しぶりに会うためだ。
廃棄都市と言われている上にたしかに人の気配も感じないが、全く居ないというわけではない。
何かしらの事情でまともでない生き方を余儀なく――所謂、脛に傷を持つ人間がヒッソリと息を潜めるように生きる場所の一つでもある。
俺も一ヶ月だけとはいえここで過ごし、たしかに世話になった人たちもいる。でなければ早々にこの場所でのたれ死んでいたかもしれない。だからそのお礼として土産を持参して訪ねてきたのだ。
ちなみにこの土産は自分の分も確保している。帰ったらこれを堪能しようと画策している。
「にしても助かったぞヴィータ。廃棄都市だから車で郵送ってわけにはいかないし、ましてや魔法を使うわけにもいかなかったからな」
「気にすんな。これも
歩くたびにキュッキュッと発泡スチロール特有の音が鳴る。屋外だけど周囲に人気が無いから音がよく聞こえるんだよな。
「そういえば、いつもベッタリのキャロちゃんはどうしたんだ?」
「あぁ、エリオと一緒に街へ出かけた」
「お? デートとはやるねぇ」
「アタシとしてはもっと遊んでほしいとも思ってるけどな」
「うん?」
若干、トーンの沈んだ声にヴィータに視線を向ける。ヴィータの顔は苦々しい物になっていた。
「アイツはまだ十歳だ。周りの環境が許さなかった上に本人も望んだ事なんだけどよ、もっと子供らしくあるべきだとも思ってる。だからエリオの存在は正直ありがたかった。アイツ、同年代の友達っていなかったからな」
「…ふむ」
「力についてだけじゃなく、もっと人と触れて遊んで、人と言葉を交わして笑って、そして自分を学べたらいいんだけどな」
そういって言って一転、苦笑を浮かべるヴィータ。お姉さまと慕われているヴィータだがなるほど、キャロちゃんが慕う理由もわかる気がする。
それに、俺自身もこいつの今の姿で不覚にもドキッとしたのは内緒。
「だったら…」
「あん?」
「ヴィータ、今度デートに行くぞ」
「…はぁっ!?」
「その理屈ならおまえももっと遊びを知るべきだからな」
「ア、アタシはいいんだよ! これでも結構、生きてるんだからよ!」
「けどその長い生の中に娯楽は少ないんだろ? だったらもっと知っとかないとな」
「そ。そりゃぁ…そうだけどよ。けど…」
「それとも…」
「…?」
「俺とは嫌か?」
あの夜、こいつの気持ちを知った身としてはかなり意地悪な質問だと自覚してる。あまりに渋るもんだからちょいと意地悪して巧みに誘導してみる。
案の定、こいつは顔を真っ赤に染め、目を伏せながらボソッと呟いた。
「い、嫌じゃ…ねぇ」
長年生きて、見た目も成長して、姉御肌見せるヴィータだけど…こういうところは何となく年相応でかわいいんだよな。
◆ ◆ ◆
『スバル』
街で休暇を存分に堪能したあたしとティアはカフェのオープンテラスで一休み。
「はい、スバル」
「ありがと、ティア」
ドリンクを受け取ってさっそく一口。渇いた咽の潤う瞬間はたまらない。
「にしてもティア」
「何よ?」
「せっかくだからあたしじゃなくて鈴さんとデートでもすればよかったのに」
「…あのねぇ、それが相棒に言う事? ぼっちにでもなりたかったの?」
「いやぁ、そうじゃないけど…」
「それに、スズ兄とならその気になればいつでもできるわよ」
そう言うティアの顔は普段よりも綻んでいて、あたしが見てもわかるくらい『女の子』してるっていう感じの表情だ。好きな人がいるとここまで変わるものなんだ。
実際、訓練でもその成果は現れている。
鈴さんとの事で吹っ切れたティアは中々に好調な結果を叩き出していて、最近ではあたしよりもいい結果を出している。本人は出来ることをしっかりと把握して全力で取り組んだだけの結果だと言ってるけど、それだって昔に鈴さんに怒られて知った教訓だっていう事は知っている。
対するあたしは正直、スランプ気味かもしれない。
たしかにステップはクリアしてるけど、ティアみたいに目に見えての成長記録は出ていない気がする。それが歯がゆくてちょっとだけ無茶をしようとすればティアに怒られた。無理して怪我したらどうするのよって。
ティアはあたしの方が才能があるって言うけど、その才能だってこの体のせいだし…
もしかしたらティアが今日こうやって付き合ってくれたのも、あたしのスランプを気遣っての気分転換の意味を込めた物かもしれない。
そう勝手に解釈すると嬉しいと思う反面、どうしようもなく暗い感情も浮かんできてしまう。この暗い感情は私のキャラじゃないのに。
(あたし、多分ティアに…)
「スバル!」
「っ!? な、何?」
「何、じゃないわよ。通信、鳴ってるわよ」
「えっ? あ…」
慌てて通信を開くと、相手はもう片方のペア、エリオとキャロだった。
何事かと聞いてみると、耳を疑う内容が飛び込んできた、
小さな女の子を保護したって。
◆ ◆ ◆
道路のトンネル内部で車の横転事故が発生。それだけであれば事故の一つとして処理されるだけ。
しかしその横転が作為的、しかもガジェットによるものならば話は変わる。
「クソッ。またか…」
そう悪態をついたのは青年、ティーダ・ランスター執務官――機動六課所属、ティアナ・ランスターの兄である。
彼は街で時折、起こっているレリック事件――正確にはガジェットの襲撃事件を追っている。ならば今回の件に関わるのも道理といえるだろう。
「レリックがこの車に積まれていたはず。けれど見つからないという事はすでに…」
「それだけではないみたいです」
ティーダに被せる様に報告したのは女性。
流れるような長い髪をリボンで結った姿が特徴的な管理局員。陸士108部隊のギンガ・ナカジマ陸曹――機動六課所属、スバル・ナカジマの姉である。
二人は妹同士の繋がりもあり、知り合いでもある。今回の事件だってギンガがティーダの追っている事件を知っていたがために要請を寄越したのだ。
「それだけではない…とは?」
「こっちです」
そう先導するギンガが指差した先に転がっていたのは一つの大型カプセル。人間程度が丁度スッポリと収まりそうな筒型の物だ。
しかし表面を覆うガラス部分は既に破損しており、周囲には破片が散らばるのみで中身だと思われる物は何一つとして存在しない。
「これは?」
「恐らくですが…生体ポッドです」
そう告げるギンガの声に暗い物が含まれていたがティーダはそれに気付かない。
「生体ポッド?」
「えぇ、この分ですと…幼児サイズが適当になります」
「なぜこんな物が…もしかしてガジェットの狙いはこれだったのか?」
ブツブツと顎に手を当てて思考に埋もれるティーダだったが、今の段階では答えには辿り着けないと判断する。
「ともかく、レリック絡みなら機動六課の方にも報告を頼みます。自分はもう少し、現場周辺を見てきます」
「了解しました」
敬礼で応えるギンガ。そしてティーダは足を進める。
この襲撃が激動たる一日の引き金だったのかもしれない。
休暇中のフォワード陣が少女を保護。それだけならばまだしも、その少女はレリックという危険物のオマケ付き。
さらには二つの内、一つを紛失した形跡も残していているため、フォワード陣四名は休暇を取り下げられ、紛失したレリックの捜索の任務を言い渡される。
一方で都市海上にて大量の航空型のガジェットドローンⅡ型を確認。スターズ、ライトニングの隊長両名がこれの対応に当たる事となった。
そして勿論、休暇中であったこの少女にもその連絡は言い渡された訳で。
『そんなワケでその廃棄都市区画の地下に紛失したレリックがあるかもしれんのや。ヴィータやったら近いし、頼める?』
「わかった。このままレリックを探しながらフォワード陣との合流でいいんだな?」
『せや。せっかくの休みやったのにゴメンな』
「気にするなって。仕事にはこういう事態も付き物だ」
『そう言ってもらえると助かるわ。ほんで鈴くん。聞いたとおり、そこはフォワードとガジェットの戦闘地帯になるかもしれへんから早々に離れて戻ってや』
「俺だけ撤退?」
『鈴くんは、飽くまで非戦闘員。休暇中でも緊急事態である以上、現場の指示には従おうてや』
「…了解です」
それを最後に通信は終わる。
はやてからヴィータに繋がれた通信。そしてヴィータの現在地を聞いたはやてはナイスタイミングとばかりにレリック紛失予想地点である地下の探索を命じた。
「じゃ、アタシは行くからな。早く戻れよ」
「わかってるって。気をつけてな」
「あぁ」
ヴィータはバリアジャケットを纏い、走り去っていった。
それを見届けた鈴は荷物を抱えたまま戻って行く――わけではなく、別の方向へと走り出した。
「とにかく、さっさと伝えないと」
この廃棄都市区画には避難警告は出されない。つまり、人目を忍んでこの都市で生きる人間には緊急事態であろうともそれを知る手段が無い。
鈴はつい先程、土産を渡した人たちに避難の一報を伝えようと走り出したのだった。
◆ ◆ ◆
その廃棄都市、廃墟となったビルの屋上に三人の人影があった。
一人は大きな伊達眼鏡をかけ、白い外套を羽織った女性。
一人は長い茶髪をリボンで結っており、少々薄汚れた外套で体を覆い、その腕に布に包まれた巨大な何かを抱えた女性。
そして最後の一人は眼帯の少女と呼べるほどの小柄なロングコートの女性――かつてホテルアグスタに現れたチンク。
それぞれ共通点は体のラインを沿うようなボディスーツのような物に身を包んだ女性であるという事。
そして――次元犯罪者ジェイル・スカリエッティに仕える懐刀『ナンバーズ』という事だろうか。
「天気は晴れてて空気も澄んでる。絶好の狙撃日和よね~」
「そうだな」
「チンクちゃんもそう思うでしょう?」
「…あぁ」
間延びしたような口調の女性――クアットロの声に茶髪の女性――ディエチとチンクが応える。
「それにしても動きがあるまで待機とは言っても暇よね~」
「あたしは別にそうは思わないけどな」
「まっじめ~、チンクちゃんは?」
「ディエチと同じくだ」
「あっそ」
腰掛けたクアットロはプラプラと足を退屈そうに振る。退屈の極みに達したのか、息を吐きながら頬杖をつく。
「ん?」
そんな時、ディエチは戦闘機人特有の視力でもって眼下にとある人影を見つける。
「どうしたのディエチちゃん?」
「あれ」
彼女の指差した方向に視線を向けるクアットロとチンク。
そこには廃墟を疾走する一人の黒髪の青年。
「難民…かな」
「さぁな。少なくとも管理局に人間ではなさそうだが…」
チンクとディエチはそれだけで興味を失ったようで、向けていたその視線を外す。だが――
「クアットロ?」
「?」
ただ一人、クアットロだけがその視線を青年から外さずにいた。
「ど、どうし…」
「フフフ…」
「アッハッハッハッハッ!!」
突然の笑い声をあげるクアットロにチンクとディエチは驚く。二人の知る上ではクアットロが嘲笑などの笑みはあっても、このような笑いを上げるなどかつて無かった事だからだ。
「フフッ、あ~、ごめんなさいね~二人とも。あの人間が知ってる人だったから、つい…」
笑いすぎて滲んだ涙を拭うクアットロ。その顔は楽しそうである。
まるで新しい玩具を手に入れた子供のように。
「知っている? まさか管理局の人間!?」
「ちょっと違うけどね」
「じゃあ…」
「チンクちゃん、こっちに」
ディエチの追求を余所に、クアットロはチンクだけを呼ぶ。怪訝そうにしながら寄るチンク。クアットロはそんなチンクの耳元に口を寄せ、彼女だけに伝える内緒話のようにそっと呟く。
「彼が――――よ」
離れたディエチの聴力では全ては聞き取れなかった。だが彼女はまた珍しい物を見る事となった。
それはチンクの様子である。
ディエチにとってチンクの表情の変化は乏しいものであると認識していた。
しかし今はどうだろう。
クアットロから何を聞かされたのは知らないが、聞いた直後はかつて無いほどに眼を見開いて驚愕を露わにし、さらにその顔を歪ませていった。
彼女の知識から照らし合わせると、チンクの浮かべていた感情は――憎悪。
「あ、おい!」
次の瞬間にはチンクはビルから飛び降りていた。
与えられた任務は冷静に遂行する筈のチンクだが、任務放棄とも捉えられるこの行動はディエチにとってこれまた珍しいもので、彼女も内心密かにパニックになる。
「チンク姉、待って!」
「いいのよ、ディエチちゃん」
ディエチに待ったをかけたのはこんな状況を作ったであろう張本人、クアットロである。
「チンクちゃんが居ようと居まいと私たちにはどっちでもいいでしょ? だったら彼女の好きにさせてあげましょう」
「…さっきチンク姉に何を言ったの?」
「あ~、さっきの青年があなたの運命のお相手だって伝えたのよ。や~だ~、私って優しいわ」
「それはどういう意味?」
「ごめんね~、ディエチちゃん。ドクターとの約束で教えられないのよ~」
さっきまで暇と愚痴っていた態度とは一変、チンクの向かった先を鼻歌混じりで楽しそうに観察していた。
そしてクアットロは誰にも聞こえない小さな呟きを――まるで歌うように漏らす。
「フフッ、可哀想な可哀想な
酷く残虐な笑みが浮かんだ。
次回はもうちょっと長くします。