魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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タイトルの通りです。

あっても無くても変わらない小話をちょこっとだけのお話。



42・物語は進まない!

 さて、その後の秋月鈴の処遇について説明しよう。

 

 彼は当然の流れというべきか、機動六課へ身柄を置く事と相成った。

 とはいっても正式なものではなく、外部協力者扱いの雑用係である。正式な入隊ではないので管理局の制服などは無い。

 はっきり言ってコレは無茶も過ぎる処遇である。

 しかし彼女らはこの無茶を通した。そこには彼女らの女心としての打算もあるのだろうが実態はそのような甘い物ではない。

 

 彼女らの本音、それは彼を眼の届くところに置いておく事である(とはいうものの、ある程度の自由は当然ながらある)

 彼女らは彼との再会を確かに喜んでいる。

 反面、彼との別れを恐れている――これ以上の絶望は無いとでもいうばかりに。

 ならばこその処置といったところだろう。ちなみに管理局に所属している以上、眼の届かない場所――海鳴市という選択肢は除外されている。

 

 勿論、彼女らは鈴には伝えない。鈴ももしかすればそれとなく察しているのかもしれない。

 しかしながら形はどうあれ、彼女らからの心遣い。だから鈴も甘んじて受け入れた。

 

 

 そんな鈴ではあるが、未だに片付いていない問題も多々ある。

 

 今回はその一部を覗こう。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

――妹との距離感――

 

 

『ティアナ』

 

 

 スズ兄…いや、鈴さんが機動六課に入った。だけど鈴さんが記憶を取り戻してから、私は彼と顔を合わせていない。

 気恥ずかしいとかそんなのじゃなくて、どういう顔で接すればわからない。

 スズ兄として接してた頃は兄妹のような距離感でいられたけど記憶を取り戻した以上、彼との兄妹のような関係も終わった。それを自覚すれば私は自然と彼を避けるようになっていた。

 距離感が掴めない。

 兄さんにも相談してみたけど、やっぱりうまく割り切れないでいる。

 記憶が戻ったんなら喜ばなきゃいけないはずなんだけど、それがうまくできないでいる私は本当に未熟者ね。

 

「ティア!」

「えっ?」

「えっ? じゃないよ。食べないの?」

「…あぁ、食べるわよ」

「食べないと午後からもちませんよ? まぁ、アレだけ食べろとは言いませんけど…」

 

 そう言ってスバルとエリオは食堂の一角で食事をしている二人に視線を向ける。

 

 

 

「ムグムグ…キャロ、もう一皿取ってきてくれ」

「モグモグ…三皿いきましょう」

「むっ、やっぱり四皿」

「はい。それにしても三食たべられるって素晴らしいですね」

 

 

 

 そこで食事をしているのはヴィータさんとキャロ。

 二人の食事量は半端じゃない。現に今もテーブルに皿をこぞって積み上げているのにまだ追加を頼むときた。見ているこっちのお腹が膨れそうだ。

 本人たちは食える時にしっかりと食うっていう妙に力の篭ったポリシーを抱えているらしい。

 

「それにしてもティア、どうしたの?」

「訓練中もらしくないミスをして怒られてましたよね」

 

 スズ…鈴さんの悩みは尾を引いて訓練に影響も及ぼしていた。

 これではいけないと思いながらも、やっぱりどこかで引っ掛かる。彼と過ごした年月は決して短いものじゃない。それをたかだか数日で吹っ切れろというのは私には難しい。

 

 そんな悶々とした悩みを抱えたままの私のところへ声がした。

 

「お、ここにいたか」

 

 突然すぎて心臓が跳ね上がった。

 そこにはツナギを身に纏った鈴さんの姿が。初めて会ったスバルとエリオはポカンとした表情だった。

 

「ここ、いいかな?」

「えっ…あ、はい。どうぞ」

 

 鈴さんと合席の形になる。

 

「二人は初めましてだね。ティアナの所でお手伝いをやってた秋月鈴だ。今はこうやって用務員みたいな事をやってるんでよろしく」

「あ、はい。スバル・ナカジマです」

「エリオ・モンディアルです」

「あ、エリオ君は知ってるよ。プレシアさんから保護者になったって聞いてたよ」

「はい。僕もプレシアさんやフェイトさんから聞いたことがあります」

「そっか。ちなみに何て聞いてた?」

「えっと、幼馴染みで家事万能で一家に一人いると便利で…間違いなくお尻に敷かれる人ってフェイトさんが…」

「ハッハッハッ。フェイトー! 後日ゆっくりと話そうぜコノヤロウ!」

 

 長年、一緒にいた私の知らない鈴さん…ここでも見える私の知らない鈴さん。

 

「と、それよりもティアナに話があるんだった」

「私に?」

「そう。ちょいとね」

「何でしょう、スズ…鈴さん」

 

 そういった途端、鈴さんは私を歪んだ顔を…しいて言うなら奇怪な物をみるような胡散臭そうな顔をした。

 

「あの…何か?」

「…ティアナ…すごくキモイ」

 

 体って勝手に動くものよね。

 体の各所を捻り、生み出された遠心力という力を拳に集中させて目標に向かって突き出す。結果、私の拳が見事にスズ兄の頬に突き刺さる。

 惚れ惚れするような一撃を受けたスズ兄は豪快に吹っ飛び、床を転げる。

 

「わーーっ! 鈴さん、大丈夫ですか!?」

「ティア! 何やってんの!?」

「ゲフゥ…だ、大丈夫だから。心配いらないよ」

「で、でも足が生まれたての小鹿のように震えてますよ!?」

「大丈夫だって。ちょっと脳が揺れて口の中に鉄の味が充満する程度の致命傷だって」

「致命傷じゃダメじゃないですかぁ!」

 

 スズ兄は立ち上がろうとしてるけど、ダメージが深刻すぎて立ち上がろうとするたびに失敗して腰を落としている。

 でも結局は立ち上がれず、諦めて床に座ったままになった。

 

「まったく…らしくないぞ」

「えっ?」

「だから、敬語とかいらない。普通にスズ兄でいいって。んなくだらない事で悩んでる場合じゃないだろ?」

「あ…スズ兄知ってたの?」

「あんな露骨に避けられたら何かあるってわかるわい。それにティーダから連絡を受けたんだよ」

「兄さんから?」

「ああ、ティアナが俺との距離で悩んでるって」

 

 …兄さん、内緒にしておいてって言ったのに。

 

「たしかに記憶も戻って、鈴って名乗ってるけどティアナと過ごした日々が消えたワケじゃないんだ。性格だって変わってないだろ? オマエの前に居るのはなのは達の幼馴染みの鈴でもあり、お手伝いさんのスズ兄だから」

「でも…」

「でもも何もないわい。それに俺は記憶が戻ったからといってティアナとの接し方を変えないからな。一応、公私つけるべき場面は考えるけどさ」

「……」

「俺にとってティアナは雇い主さんでちょいとだけ手のかかった妹分で、毎日豊胸体操を続けられるような頑張り屋さんだからさ」

「一言余計なのよ!!」

「グボォッ!」

 

 今度は腹部におみまいしてやったわ。

 

「ハァ…結局は悩んでた私がバカだったって事ね」

「そ、そういう事…だ…ガクッ」

「「鈴さぁぁぁん!」」

 

 2人とも騒ぎすぎよ。

 とにかく、そういう事だったら私も遠慮はしないわ。今までどおり家族みたいにして、ちょっとだけ私の我が侭につきあってもらってもらおうじゃない。

 だから…なのはさん達にも遠慮はしませんからね。悪いのは迂闊な事を言ったスズ兄だから。

 

「これからもよろしく、スズ兄」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

――新人イジメは?――

 

 

『鈴』

 

 

 一日を通してやってみて、大体の仕事の流れを掴んだ。この分だったら、明後日ぐらいからはアイナさんと分担してできるようにはなるだろう。

 そうして夜の隊舎内を歩いていると、曲がり角で人とぶつかりそうになる。

 

「おっと。すみません」

「お、わりぃ。んっ?」

 

 おそらく俺よりも年上なのだろう、その男性は俺の顔を見るなり、顎に手を当ててじっと俺を凝視する。

 

「あの…何か?」

「ん? あぁ、ごめん。君ってさぁ、もしかして噂の新人君?」

 

 噂?

 

「新人かと言われればそうです。今日から用務員として入った秋月鈴です」

「お~、やっぱりな。俺はヴァイス・グランセニック陸曹だ。ヴァイスでいいぜ。ところでよ…」

「はい?」

 

 彼は俺を首に腕を回し、内緒話をするかのように喋りだした。

 

「あの隊長たちとはどういう関係なんだ?」

「へっ?」

「いやな、君ってなのはさん達とすっごく親しげじゃないか。それで俺はある風の噂を思い出したわけよ。彼女らには好きな人がいるっていう」

「ヘーソーナンデスカ」

「で、それが君なんじゃないかと思ってな」

「んな事、聞いてどうするんです?」

「やっぱ気になるじゃんよ。なのはさん達は引く手数多の美人管理局員。当然、その手のお誘いも多数あったのにどれもお断り。その裏にチラつく謎の男ってな感じで」

 

 …さて、どうしたものか。

 ここで隠しても後で絶対にばれる。かといってばか正直に話しても、新たに噂が生まれて隊全体の士気に影響を及ぼしかねない――とは言っても、もう食堂でティアナ達とあんな寸劇やっちゃったんだから遅いか。

 

「関係と言われれば幼馴染みですよ」

「…本当にそれだけか?」

「その辺りはご想像におまかせしますよ」

「なるほど…ね。いや~、モテる男はツライねぇ~」

 

 バシバシと背中を叩いてくるヴァイスさん。そのフレンドリーな態度に自然と俺も親しみを抱いてしまう。

 だから――

 

「ヴァイスさん」

「呼び捨てでいいっての」

「じゃあヴァイス」

「うん、何だ?」

「その関係ってのでトトカルチョやってませんよね?」

「………………ハッハッハッ!!」

「で、俺から本命を聞き出して一発当てようみたいな?」

「ハアーッハッハッハーーッ!!」

 

 バシバシと肩を叩いてくるヴァイスはそのままエセ外人みたいな笑いを振りまきながら――逃げた。

 

「待てやゴラアァァァ!!」

 

 こんな人もいる機動六課。楽しい職場になりそうだよ。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

――少年? 青年? 中年?――

 

 

 その夜、隊舎のなのはの部屋に人が集められた。面子はなのは、アリサ、すずか、フェイト、はやてといういわば機動六課発足メンバーだ。

 

「まずは集まってくれてありがとう。」

「それで、重大な話って何かな? 鈴君」

 

 なのはの口振りからするに、この部屋に集めたのは鈴である事が窺える。

 

「うむ、その重大な話ってのは……」

 

 彼はテーブルと囲む面子をグルリと一瞥し、重々しくもったいぶる。

 その異様な重さに本気を感じ取った彼女らも固唾を呑んで見守る。そして散々もったいぶった鈴はとうとうその本題を口にしたのだった。

 

「俺っていったい何歳になるんだ!?」

 

 

 

「は~い、お疲れ。じゃ、解散~」

「待ってアリサ! もったいぶったのは謝るから本気で待って!」

 

 さっさと退室しようとするアリサの足に縋りついてまで彼女を引き止めようとする鈴。やってる事はギャグの域ではあるが、彼は彼なりに本気だったようだ。

 そんな彼を無情にもアリサはゲシゲシと足蹴にして鈴を引き剥がそうとする。

 

「そもそも質問の意味がわからないのよ!」

「鈴君、さすがに私もわからないよ」

「そうですね」

「うん」

 

 たしかにさっきの鈴の言葉だけで察しろというのは無理があった。なのは達には伝わらなかったようである。だからこそ、アリサも付き合いきれるかとなったのだが。

 

「あ、もしかして…」

 

 そんな中ではやてだけは何かに気付いたようである。さすが、隊長を務めるだけある頭脳の持ち主である。

 

「ティアナ達と一緒か私達と一緒かって事?」

「そうそう、さっすがはやて! 脳みそが違いますよ!」

 

 はやての答えに我が意を得たりと、鈴ははやての手ギュッと握る。それを見たなのはは鈴を引き剥がし、自分の隣に彼を置き、彼と手を繋ぐ。

 

「どういう事よ?」

「つまり、俺ってあの虚数空間から時間も跳躍してあの廃棄都市に跳んだ。その時点でティアナと同い年の扱いだったから今は十六歳。けどなのは達と同学年っていう事実もあるから十九歳という可能性もあるって事だ」

 

 そう、虚数空間から逃れた彼がランスター家で居候となったのは九歳もしくは十歳。その時はティアナも九歳。しかし時間も越えている一方で、その時のなのは達は十二歳となっていたのだ。ならば十年越しの再会を果たした今では鈴は十六歳、なのは達は十九歳となる。

 さらに言えば彼の年齢、十六歳or十九歳。しかし実年齢は四十歳ライン付近という作者もどうしてこうなったとでも言うべきふざけた年齢設定となるのである。

 無論、その事実を知るのは本人とプレシアとヴィータのみ。

 

「あ~、そういう事ね」

「それは…」

「厄介…かなぁ?」

 

 さすがにそこまで言えばわかってくれたなのは達。

 たしかに重要な事なんだろうけど、どうにも重要な事と納得できない一面も持つ彼女らの表情は微妙なモノであった。

 

「地球では行方不明扱いだったんだから十九歳にしとけば?」

「けどミッドでは十六歳の扱いだから虚偽申告。年齢詐称にならない?」

「鈴の見た目はどっちかというと十九歳の方…かな?」

 

 ワイワイといつの間にやら談義をはじめる彼女ら。鈴も腕を組み、ウンウンと唸っていると隣のなのはが彼のつつく。

 

「鈴くん」

「ん?」

 

 呼ばれた鈴はなのはの方を向くと、彼女は真剣な顔をして鈴を見つめる。さっきの鈴と同じように、なのはも重々しくその口を開いた。

 

「お姉ちゃんって呼んでみて」

「てやっ!」

 

 デコピン一閃。

 額を押さえて涙目のなのはに鈴はさっきまでの真面目さを捨てて溜息を吐く。

 

「なんのつもりだ?」

「だ、だってもしかしたら年下になるかもしれないから…それに私って兄妹で一番下だったからちょっとお姉さん的な立場に憧れてて…」

 

 なのはの家の事情を出されると、鈴も流石に閉口する。

 幼き日を一人で過ごしていたなのはを知っている鈴としては、なのはがそういう呼び名に憧れていたと受け取ってしまったのである。

 それに、こうして彼のために集まってくれた彼女らに恩も感じているわけで。

 

「なのは」

「ふぁ?」

 

 涙目のなのはの手を取る鈴。

 少しのサービス精神を込め、柔らかく微笑んでなのはに言う。

 

「泣かないで、なのは姉さん♪」

 

 ちょっとぐらいならいいかという彼の恩義の表れだったのだが、その一言がもたらした効果は絶大なものであった。

 さっきまでの談義で満ちていた部屋内は静寂で満たされ、なのは以外の女性陣は時間魔法をかけられたかのように、その動きを止めていた。

 なのはは言われたその言葉をどう受け止めたのか、ポカンとしたままだ。

 そして当の鈴はその微笑を維持したまま、内心では冷や汗を流していた。

 

(やっべぇ、流石にないわ~。鳥肌どころか舌噛んで死んでもいいレベルだわ)

 

 どのくらいの時間が流れたのかわからないが、真っ先に動いたのはなのはだった。

 

「りんくぅぅぅぅん!」

「うわぁぁっ!」

 

 なのはは鈴を裏投げでベッドへと放り投げる。

 スプリングの効いたベッドで弾む鈴に、なのはは素早く跨り彼の衣服を剥ぐ。カッターシャツの前ボタンが全て開けられた頃にやっと鈴も抵抗を示しはじめた。

 

「な、なのは姉さん! ちょい待って!」

「だ、だ、大丈夫! お、おお、お姉ちゃんに全部任せて! 痛くないから! むしろ気持ちよく――」

「正気に戻れ!」

 

 ワリと本気で抵抗しているはずなのに振りほどけず、鈴はどんどんと衣類を毟られていく。そこでようやく周りも我に返り、アリサとすずかはなのはを剥がそうと躍起になる。

 

「なのはちゃん、落ち着いて!」

「ばかなのは! いい加減に…て、何で二人がかりなのに力負けしてるのよ!?」

「二人とも、どいて!」

 

 引き剥がせない二人を見かねたのはフェイト。彼女は親指と人差し指をなのはのわき腹に当てる。

 

「キャゥッ!」

 

 ビクンと体を震わせたなのはが崩れ落ちる。崩れたなのはの下からノソノソと鈴が荒い息を吐きながら這い出る。

 

「た、助かった。ありがとな、フェイト」

「それよりフェイト。アンタ、何したの?」

「えっ? こう、電気を起こしてスタンガンみたいに…」

 

 フェイトの指に小さな魔法陣が描かれ電気が奔る。

 

「…ま、まぁ緊急だったしね! 仕方ないね!」

 

 

 

 その後、再び話は戻る。

 ちなみに気絶したなのはは紐で拘束されたまま放置。両手足を体の後ろにし、親指同士を繋げた普通なら解く事の叶わないエグイ縛り方だ。

 

「ところで…」

「うん?」

「ティアナはその辺、どう思ってるの?」

 

 フェイトの問いに失念してたとばかりの鈴は念話で早速、訊ねてみた。

 

 

『どっちでもいいわよ。どの道、あたしより年下になる事は無いんだし』

 

 

「というわけでどっちでもいいってよ」

 

 ティアナの意見も参考にと思っていたが、この答えによりアテにならないという事だけがわかってしまった。

 

 あれやこれやと議論を交わす内に結構な時間が経った。

 正直、内容が内容なので真剣に討論するほど虚しくなるだけなのだが……いや、ここまで来るといっそ突っ走ろうという悟りの境地なのかもしれない。

 と、ここではやてがこの議論に決着をつける言葉を発する。

 

「思うんやけどな~」

「?」

 

「地球で考えたら十六歳だと入籍まで二年待たなあかんから十九でええんやない?」

 

「鈴、あんたは今から十九よ」

「ちょい待て!」

「やっぱり年齢詐称はよくないね」

「すずか、俺の意見も…」

「入籍と聞いて」

「いつ起きたなのは!」

 

 泣こうが喚こうが鈴の意見は通らない。

 本人としては確かにどちらでも良かったのだろうが、決定の理由を考えるとちょっとばかり冷や汗を流さざるをえない。

 

 こうして(超どうでもよい)討論はあっけなく幕を閉じたのであった。

 

「どうしてこうなった…」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

――兄魂――

 

 

「グッ!」

 

 静かな道場の空間で鳴る鈍い音――それは殴打によるもの。

 

 一方の青年――高町恭也は振りぬいた拳を戻さずに険しい瞳のまま。

 

 もう一方の黒髪の青年――秋月鈴は床に倒れたまま、血の滲みを拭おうともせずに天井を見上げている。

 

 

 

 

 

 そう日も経っていないある日、鈴はある言伝を受けた。

 

 内容は彼女の兄である、高町恭也からの呼び出しである。

 鈴が記憶を戻すべく地球に海鳴市に戻った際に彼は日本に居なかったため、鈴との再会を果たせなかったが後日、日本に戻って来た。

 鈴と会いたいという理由の帰国である。恐らくは母親である高町桃子からの連絡を受けたのだろう。その言伝をなのは経由で鈴が受け取り、鈴はすぐに地球へ戻った。

 事前に帰郷の連絡を入れていた鈴は早々に高町家にお邪魔し、桃子から道場の方へと案内された。

 道場へと通された鈴が見たのは、すっかり大人へと成長したなのはの兄・高町恭也の姿。

 彼は何も言わず、この静かな道場内に溶け込むように正座姿で居た。黙想でもしているのか、その瞼は閉じられていたが、鈴が入ってくるなり瞼は開かれ、彼は立ち上がる。

 漸く、交わった視線。恭也は何を思っているか計り知れないが、少なくとも鈴の方は地味に眼の敵にされていた過去もあるため、少々及び腰である。

 

「えっと…お久しぶりです。そちらもお元気そうで」

「あぁ…」

「し、忍さんとのご結婚、おめでとうございます。今更ですけど…」

「あぁ…」

「そ、それ…と…」

「秋月」

「はい?」

「歯を食いしばれ」

 

 疑問を挟む余地も無い。

 鈴は認識できたは眼前に迫る恭也の拳。そして廻る視界に天井の図式。殴られたとわかったのは口内に鉄の味を感じた頃。

 

「…いきなりですね」

「おまえとまた会えたら必ず殴ると決めていたからな」

 

 鈴は身を起こし、立ち上がる。熱をもった頬が痛むのを我慢する。

 

「…で? 何故にこんな事を?」

「不可抗力とはいえ、なのはを泣かせた。それだけだ」

「…まぁ、それについては申し訳なく思ってますよ」

 

 高町家はなのは達の魔導師としての事情を知っているので、鈴の行方不明扱いの理由も知っている。だがそれでも、家族としてなのはを大事に思っている恭也は許せなかったらしい。

 

「で、溜飲は下げられましたかな?」

「いや、まだだ」

「へっ?」

「秋月、今度は俺を殴れ」

「…はぃ?」

 

 その言葉は鈴にとっては不可解。

 

「俺は…なのはの前から消えてなのはを泣かせたおまえが許せなかった」

「はぁ…」

「だが、それ以上に…」

 

「その時に兄としてなのはに何もしてやれなかった自分が一番許せない!」

 

「…」

「いや、その時だけじゃない。幼いなのはがひとりだった時もだ。いつだって肝心な時に何もしてやれなかった!」

「恭也さん…」

「だから秋月、なのはの隣におまえがいた時、俺はなのはに友達ができたと喜んださ。けど同時に嫉妬もした。まるで俺の居場所を奪われたようで! 逆恨みだというのはわかってる。それでも…俺は…」

 

 子供の頃、妙に絡まれる度にシスコンが過ぎると思ってた鈴はそれだけではなかったという事を理解した。

それと同時、恭也にもこういう面があったのかと理解でき、鈴は内心で小さく微笑む。

 

「だから秋月、俺を殴れ!」

 

 ならば鈴もやらねばなるまい。

 

 鈴は拳を握り、弓の弦を引くように振りかぶる。

 

 そして――

 

 

 

 

 

「なのはを…頼む…」

 

 それが恭也の去り際の台詞。

 彼はダメージの残っている体を引き摺りながら道場を出て行く。

 

「ふぅ、やれやれ…」

 

 鈴はプラプラと殴った手を振る。

 鈴の拳を以ってしても痛むほどの拳打を受けた恭也のダメージは如何ほどのものなのか。

 

 ひとしきり痛みのひいた拳を動かしながら、鈴は道場の出入り口に声をかける。

 

「士郎さんは殴らなくていいんですか?」

「おや? ばれてたのかい?」

「それぐらいなら」

 

 鈴の呼びかけに高町家の大黒柱、高町士郎が現れる。

 

「今だったら俺も素直に殴られますよ。どうですか?」

「いや、俺は遠慮しておくよ。恭也が十分にしてくれたから」

「そうですか。それにしても恭也さん、本当に面倒な性格ですよ」

「はは、そう言ってくれるな。アレはアレで恭也のいい所なんだから」

「まぁ、あえて否定はしませんよ」

 

 士郎の苦笑に鈴も苦笑で返す。

 

「あ、でもひとつだけ」

「はい、何ですか」

「さっきの恭也じゃないけど…」

 

「なのはの事、よろしくね」

 

「…えぇ、わかってますよ」

 

 恭也と違い、なのはの父親である士郎に言われると流石に照れくさい鈴であった。

 

 





メインストーリーはもうしばらく。

前回の砂糖話の反動か、色々と脇道に逸れて遅々として進みません。

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