『なのは』
学校も終わって帰り道、今日は私とアリサちゃんとすずかちゃんの三人は塾があるからいつもと違う道を歩いてます。鈴君は家事とかがあるからクラブや習い事の類はやってない。だからこういう日は別々に帰ることになっちゃうの。昨日に続いて鈴君と一緒に帰れないのがちょっと……いや、凄く残念で仕方ない。
いつも四人でいる時間もいいけど、やっぱり鈴君と2人一緒にいる時間はそれとは別に凄く心地いい時間だと感じる。
昔、ウチのお父さんが倒れて大変だった時……ひとりぼっちだったあの頃に出会って以来、近所ということで2人で遊んだりする機会も多くなって、一緒にいることが多かったから鈴君が傍にいないと物足りなくなっちゃう。
昨日今日とその充実感が足りないから明日の朝、また構ってもらうことにするの。久々にギュッって抱きしめてもらうのもいいかも♪
「こっち、塾の近道なのよね」
そう言ったアリサちゃんが指差し、歩き始めたのは林道。私とすずかちゃんは初めて入る場所だからアリサちゃんについていく。
ここだけが別世界になったような静かな道をしばらく歩いて、さらに樹木が多くなってきた頃――
『…す…けて…』
(…?)
何か聞こえた?
「ねえ……何か聞こえなかった?」
「なのは?」
「何かって?」
二人に尋ねてみてもわからないみたい。私も空耳だと思って気にしないでと言おうとした。
『助けて……』
「ほら!? やっぱり聞こえる!」
「どうしたのよなのは? すずかも聞こえ……すずか?」
「なのはちゃん、たしかに聞こえました。助けてって……」
「こっちから!」
「なのは!」
「なのはちゃん!」
二人を置いて私は声がした方向に走ると一匹の生き物が地面に横たわっているのを見つけた。薄っすらと色づいた毛色。首にはビー玉のような物が紐で掛けられている。
「イタチ?」
「フェレットっていう動物だと思います」
後ろからの二人の会話を後にフェレットの容態を見るためゆっくり抱き上げる。
呼吸はしてるし、見た限りでは怪我はない。ただ完全に意識が無いのかグッタリとして起きる気配が無い。
「この近くに動物病院ってあったかな?」
「えーっと、たしか…槙原動物病院ってところがあったはず!」
「すぐに連れて行きましょう!」
フェレットを抱きかかえたままは私たちは走り出します。
この子を助けたい。ただその一心で……。
あの後、フェレットを獣医さんに診てもらって命に別状は無いと診断されて安心した私たちは病院にあの子を預かってもらい塾に来ています。
あの時は無我夢中で助けたんだけど、一つ問題が浮上しちゃいました。
誰があの子を引き取るかについてです。
もちろんあの子を助けたことに後悔はないけどこうして出てきた問題の解決策が思いつかない。
アリサちゃんの家は犬で一杯。
すずかちゃんの家は猫で一杯。
私の家は飲食店をやっているので衛生面でNG。
うーん。
『塾が終わったら鈴君に相談してみる』
そう書いた紙を二人に見せる。二人とも納得したのか頷いていた……これでダメだったらお母さんに相談してみようかなぁ。
『つまり、そのフェレットの引き取り手に困って電話してきたって事だな?』
「うん、そうなんだけど…どうかな?」
塾が終わって家に帰り、自室から鈴君に電話をしてみる。あの子を助けてからのいきさつを説明し鈴君の家で飼えないかなって。
一応、お父さんお母さんにも言ってみたけどやっぱり難色を示していた。これで鈴君もダメだったら本当にどうしよう…s難点。
『…わかった。協力しよう』
「え?」
『ウチでずっと飼うのはちょっと難しいから数日預かるような形にする。その間にネットで里親募集の呼びかけとかもやってみる。それでいいか?』
「うん! ありがとう鈴君!」
『じゃあ詳しいことは明日にでも話そう。また明日な』
「わかったの、また明日。おやすみ、鈴君」
『ああ、おやすみ。なのは』
最後にお決まりの挨拶で電話が切れる。名残惜しさを感じながらベッドの枕に顔をうずめる。
やっぱり鈴君は優しい。出会った当初から優しくしてくれて、当時寂しかった私はその優しさに甘えてしまってそのまま今も鈴君に甘えてしまっている。このままでいいのかなって思うとこもあるけど鈴君の優しさに浸るうちにずるずると問題を先送りにしてしまっている。
依存といかないまでもやっぱり甘えすぎてるとこもあるけど、鈴君はそれも許してくれる気がする。
ふと思う。もしあの時、鈴君に……そして蓮さんに出会ってなかったら私ってどんな子になってたんだろうかと。
自分で言うのもなんだけど悪い子にはならなかったと思う。自分を押し殺して、周りを伺い、ずっと”イイコ”でいようとして……。
そこまで考えて急に怖くなり、頭を振って浮かんだ嫌な考えを振り払う。そんなの考えたくない。鈴君に出会わないなんて嫌なの。
気持ちを切り替えるようにして携帯をもう一度手に取る。問題が解決したことをメールで二人に伝える。
『鈴君が預かってくれるようになりました。詳しいことはまた明日♪』
「送信っと」
送信したことを確認してからまた枕に顔をうずめる。
……だんだんと眠たくなってきた。
机の上のフォトスタンドに眼をやる。そこに写っているのは私と鈴君、そして2人の肩に手を廻している蓮さんの姿。私の大切な物のひとつ。その写真におやすみを呟こうとして――
『助けてください!』
「っ!?」
ガバッと跳ね起きる。今の声ってあの時の!?
『僕の声が聞こえるのならお願いです! 力を貸してください!』
その必死な呼びかけを聞いて、なのはは無意識のうちに行動を起こした。
これがなのはの常識を一変する始まりの出来事である
◆
「今の声!」
あの時、なのはちゃんにも聞こえていたあの声。頭に直接届くような未知の現象。
普通なら関わる義理も何も無い。だけどあまりにも必死なその呼びかけを見捨てるのも嫌。
「誰かを助けられるくらいは強く…」
強くなるという想いは少女の体を突き動かした。
これがすずかの新たな想いの始まりの出来事である
◆
「もう! なんなのよ、一体!?」
そう毒づきながらもアリサは動きやすい服装に着替える。
今の声って多分、あの2人が聞いたって言う声でしょうね。なんで今回は私にも聞こえたのかはわからないけど……。
元よりこの少女はあの必死な呼びかけを見捨てられるほど冷血ではなかった。昔のアリサならこんな夜更けに出向いてまで行動するほどではなかったろうが……。
「絶対、なのはとすずかと鈴の影響よねこれって!」
これがアリサの新たな世界の始まりの出来事である
この夜が三人の”魔法”の始まりであった
何かを書かずにはいられない後書きスペース。