魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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ここまでが移転前の最終更新回です。


41・ただいま!

『スズ』

 

 

 地面は舗装されたアスファルトの道路、周囲に眼をやれば塀に囲まれた数多の住宅。少し先には長い塀に囲まれた道場のある広い敷地の家も見える。

 時間帯によるものなのか、住宅街であるにも関わらず俺の周辺には人の姿はない。つまり、住宅街の道路の真ん中にポツンと一人立ち尽くした俺。

 

 どうも、メッキリと影の薄くなったような気がするランスターさん家のスズです。

 さて、ここは俺もよく知っているミッドチルダ……ではなく、管理外世界『地球』の海鳴市とかいう全く未知の町に来ております。

 随分と突然じゃないかって?

 俺もそう思うんだけど、前回ティアナの所属する機動六課の世話になった次の日に――

 

『ここに行きや。許可はとってあるから』

 

 ――と八神はやてさんから地図、交通費、許可証諸々を渡された。

 

 勿論、詳しい説明も聞いたさ。

 んで、掻い摘んで説明すると、俺の記憶喪失を治せる可能性を持つ人物がここに住んでるから行ってこいと。機動六課に呼べないのかと聞くと、その人はあまり公に出してはいけない人なので招集は避けたいんだって。

 そしてなにより、この地図の街はなのはさん達の……そして俺の故郷でもあるようだ。

 ここまでお膳立てされては行かない手は無いので了承の意向を示す。数日を予定しているらしく、はやてさんが管理局の権限を使って俺のアルバイト先に連絡を入れて休みをとってもらった後、一度家に戻って身支度を整えて即行動。

 見送りの際になのはさん達俺の幼馴染み(仮)のあの期待するような……それでいて不安そうな顔は今でも頭に残ってる。

 

 とまあ、俺がこうやって地球にいる理由はそれなわけだ。

 記憶喪失について普段はティアナにはあまり気にしていないと言ってる俺だけど、こうしていざとなるとやっぱり本心では渇望してたんだなと改めて確認してしまう。

 

 それにしてもここまで歩いておいて、周囲の景色に全く覚えが無いとか……俺ってどれだけ重度の記憶障害者なんだよ。

 

「っと、ここでいいようだな」

 

 地図に記された場所である目の前の住宅を見る。

 

 一世帯の家族でも問題なく住めるような大きさの……門には『秋月』と彫られた表札の家。

 

「アキ…ツキ…」

 

 あの日、なのはさんやアリサさんが散々と呼んだ俺の本当の名。

 聞いた当初は困惑だけだったが、こうしてかつての自分の家を前にすると急に心臓が早鐘を打ち始めた。一度、胸を叩き心臓を落ち着かせる。そして深呼吸をして俺は門を抜け、扉のインターフォンを鳴らす。

 

 しばらくすると、無造作に開かれた扉から出てきたのは一人の女性。

 見た目は三十代の初め。僅かに波打つ長い黒髪が映え、片目を覆ったその髪が母性と険を感じさせる。長身で理想的なボディライン。シャツにジーンズという簡素な出で立ち。なのはさん達には無い、年をとった人特有の魅力を感じさせる女性だ。

 

 その女性は俺を見ると一瞬だけ驚愕の表情を見せるが、すぐに元に戻る。その反応を見るに、どうやらこの女性も俺を知っているようだ。

 

「あの…」

「事情ははやてから聞いてるわ。入りなさい」

 

 女性は早々と奥へと入っていく。いきなりの応対で困惑したけど、事情を聞いてるのならと俺も後に続くようにして家の中にお邪魔する。

 通された先はリビング。ソファー、傍に置かれた観葉植物、淡い色合いのカーテン、大型モニターの液晶テレビ、食器棚等々、実に調和の取れたリビングへと仕上がっている。

 

「そこに座って。コーヒーでいい?」

「あ、はい」

 

 女性はオープンキッチンスペースへと引っ込む女性。カチャカチャと鳴り響く陶器の音を聞きながら部屋の中を見渡す。

 部屋のつくり、雰囲気に関してはやっぱり記憶に無い。

 けど、さっき落ち着かせたはずの心臓が再び激しく鼓動している。まるで役目を放棄した脳の代わりに心臓が思い出せとせついてるようだ。

 

「待たせたわね」

「いえ…」

 

 砂糖とミルクの添えられたコーヒー。緊張して無意識のうちに喉が渇いていたのだろう、ブラックのまますぐにいただく事にした。女性の方もゆったりと対面のソファーに座り、優雅にコーヒーに口を付ける。

 数秒の間をおいて、共にソーサーにカップを置いたのが合図となり、俺と女性は再び視線を合わせて話し始めた。

 

「さて、本当なら久しぶりなんだけど今は初めましてと言うわ。私はプレシア・テスタロッサ、向こうにいたフェイトの母親よ」

「スズです。本当なら秋月鈴というんでしょうけど、どうにも実感がもてなくて……俺ってその秋月鈴で合ってるんですよね?」

「えぇ。あなたは確かに秋月鈴で合ってるわ。さっきも言ったとおり、事情はフェイトやはやてから聞いてるわ」

「そうですか…俺の記憶って戻るんですかね?」

「それはわからないわね。けれど私も最善を尽くすわ。早速だけどこれからあなたの体を検査させてもらうわよ」

「わかりました」

「一日かけて検査を行ってそれから治療の方針を決めるからそれまではここで過ごしなさい」

「ええ、ではお言葉に甘えさせてもらいます」

「ふふ、ここはあなたの家なんだから固くなる必要はないのよ」

 

 おっしゃるとおりなんですけど、やっぱり実感がもてないんですよ。

 

 

 

 

 

 それからプレシアさんの言うとおりに検査を行った。大まかな検査結果はシャマルさんの方から受け取っていたらしく、俺の行った検査はそれをさらに細分化したような検査だ。心身・身体・魔力諸々、人間ドックもかくやと言わんばかりのモノだ。

 それよりも庭の倉庫――その地下に小さいながらも、ミッドチルダの物に負けないような研究施設があるのには驚いた。

 魔法文明の発達していないこの管理外世界の地球でよくこれだけの設備が整えられたものだ。絶対に全うな手段じゃないだろうな。聞けばこの施設、元々はこの家の物であったとか。

 

 ともかく検査を終えた頃には外はすっかりと暗くなっており、それと同時に自分のお腹も空腹感を感じていたので、検査結果を聞くよりも先にプレシアさんお手製の夕飯を頂こうと相成っている。

 

「おいしいです」

「そう、口に合ってよかったわ。誰かとの食事なんて久しぶりだから手をかけたかいがあったわ」

「この家には一人で?」

「そうよ。少し前まではフェイトやエリオも居たんだけどね。あの子たちは向こうへ行っちゃったから……」

「プレシアさんも向こうへ一緒に行こうとは思わなかったんですか?」

「そうね……少しは思ったけれど、私は向こうへ行けば誰がこの家を守るというの?」

「それなんですけどこの家の本当の主ってどうしたんですか? その人がこの家の管理をするべきじゃ…」

 

 最初は気にも留めなかったけど、少し考えればわかることだった。

 この家が『秋月』家なら当時子どもだった俺に管理できるわけがない。いるはずなのだキチンと『秋月』の名義を持った人が。

 

「………」

「プレシアさん?」

「それはアナタの記憶が戻して確かめなさい」

 

 これ以上は言わない。

 プレシアさんの纏う空気がさっきまでとは一変、急に剣呑と化したのを感じとった俺は胸の内にしこりを残しながら夕飯を片付けることにした。

 

 

 

 

 

 夕飯も終え、やるべき事も済ませた俺はプレシアさんと再び向き合い、改めて検査結果を聞く。静かな部屋の空間の中で自然と汗を握る手を拭い、居住いを正して問う。

 

「で、俺の記憶喪失について何かわかりました?」

「ええ……断定ができるものじゃないけれどおおよその見当がついたわ」

「!?」

 

 その言葉は俺が望んでやまないモノの全てだ。

 あの専門家でありそうなシャマルさんでさえハッキリとした事がわからないと診断を下したのに、プレシアさんはアッサリと……はやてさんが推奨するだけの人なわけだ。知らず、内心でさらにプレシアさんの評価が上方へと上がる。

 

「そ、それで…俺の記憶喪失の原因ってのは?」

「落ち着きなさい」

「は、はい」

「ふぅ…結論から言うわ」

 

「あなたの記憶喪失、それは融合型デバイスによる融合事故の一種よ」

 

 ……何でや?

 

 理解が追いつかなかった。

 いや、融合型デバイスは知ってるよ?

 ティアナとティーダとでアンカーガンを造った時にデバイスの事は色々と勉強しましたから。

 けどそういった融合事故ってのは別の事例じゃなかったっけ?

 こう、術者をのっとるぞ的な。あ、だから一種なのね。

 

 未だ混乱の真っ只中の俺を置いて、プレシアさんは淡々と説明を続ける。

 

「あなたのその髪の色はおそらくユニゾンによるものよ」

「……」

「ただあなたは『鈴』だった頃、デバイスなんて使用していなかった。ましてやデバイスとしては特殊な部類に入る融合型なんてね」

「えっ? でも俺、記憶無くしてから今日まで融合型なんて接する機会なんてありませんでしたよ? だったらいつ俺がユニゾンしたって?」

「私の知る限りでもあなたがいなくなる直前までユニゾンなんてしていなかったわ。思い当たるのは一つだけ」

「それは?」

「あなたが虚数空間内部に落ちた時」

「……つまり俺はその虚数空間に落ちて、偶然なんらかの融合型デバイスと融合してしまったと? それはいくら何でも暴論過ぎません? そもそも虚数空間内で融合型デバイスと接触を果たすというだけでもどれだけ天文学的な確率だと……」

 

 そこでハタと気付く。

 俺は機動六課の人に『鈴』だった頃の話を聞いた。『鈴』は最終的にはみんなの前で虚数空間に呑まれ、行方がわからなくなったと。

 問題はその虚数空間。これは偶然発生したものではなく、作為的に発生した物。そしてそれを発生させた・そして共に虚数空間に呑まれたと聞いたのは……

 

「闇の書……」

「そう、あなたは闇の書と融合を果たした可能性が高いわ。といっても本当に闇の書なのかも疑わしいけれど」

「どういう事です?」

「私の手元にあった闇の書の魔力のデータと検査で得たあなたの魔力のデータの波長、それぞれが似て非なるものなのよ」

「でもそれだったらシャマルさんが気付くんじゃないんですか?」

「……彼女は魔力検査とかを念入りにしたかしら?」

 

 ……そういえばしてない。

 記憶喪失だからといって脳波とか身体関係の検査ばかりで魔力へのアプローチはあまり無かった。

 

「まぁ、彼女は時々天然で抜けてるから……」

 

 シャマルェ……

 

「ともかく、その様子じゃデバイスの意思なんて感じ取れていないのでしょう? 明日にはあなたからその融合型デバイスを引き剥がすわ。そのつもりでいなさい」

「できるんですか?」

「一応、これでも大魔導師と呼ばれてたのよ。侮らないでほしいわね」

「……了解しました」

 

 明日に備えようという事で、今日はもう休むことにした。

 寝室として割り当てられたのはかつて俺が使っていたという二階の一室。やはりというかその部屋を見ても何も思い出せはしなかったが、体が覚えていたのか気張る事なくリラックスでき、ベッドでグッスリと眠ることができた。

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 正午の内に全ての準備を整えたプレシアさんの指示の元、俺は庭の地下研究所で生体ポッドのようなモノに入れられている。

 

「マジ震えてきやがった…怖いです;」

 

「仕方ないわ。切開手術みたいな手段で融合したデバイスが除去できるはずないでしょう。ましてや十年以上のユニゾンなのだから方法も慎重なくらいが丁度いいのよ」

 

 プレシアさんは空間モニターのパネルを操作中。片や俺はビクビクしながらポッドの中。絵面的には生体実験を行う直前のマッドサイエンティストって感じ?

 

「これで……OKね。さてと、今から始めるわよ?」

「ぅぅ、怖ぇけど…仕方ない。始めちゃってくだせぇ」

「情けないこと言わないの」

 

 呆れるプレシアさんの手元で操作された空間パネルが赤くなると同時、ポッド内部の足元から怪しい色した水(?)が注入される。

 

「その液体がポッド内で満たされるけれど体に取り込むことで酸素も供給されるから溺れる事はないわ。また麻酔薬の役目も果たしているからすぐに意識も失うはずよ」

 

 それなんてLCL?

 劇場版が出たからってそれはないわ~。

 ハッ! まさか俺はこのまま心の壁を取っ払われて生命のスープとなり、補完されてしまうのか!?

 どうでもいいけど旧作のラストを見て理解が追いつかず、ポカ~ンとなって数日間、胸に妙なシコリを残したのは俺だけではないはずだ。

 

「……何かくだらない事考えてるようね」

「……滅相もございません」

 

 とかなんとか言っている内にポッド内が液体で満たされる。

 プレシアさんの言うとおり、肺も動かしてないのに息苦しくないっていう謎の感覚に囚われる内に、睡魔のような感覚が襲ってきた。麻酔とか言ってたし、意識を失っても問題は無いだろう。

 

(でもこれって麻酔というより……溺死…だよ……な…ぁ……)

 

 思考は最後まで続かず、俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ふと意識が浮上する。気が付けば俺はあの我が家、秋月家のソファーにもたれかかっている。

 

『…………あ、夢か』

『そのとおりだ』

 

 その声はかつて毎日聞いていたあの人の声。

 

 目の前にはいつの間にやら俺と同じようにソファーに座る一人の女性。

 白カッターに黒スラックスという相変わらずで……それでいて久しぶりに見た簡素な格好に身を包んでいて、やっぱり相変わらずでお手製の煙草を口に銜えている透き通るような白髪の女性。

 

『いたんですか』

『随分な物言いだな』

 

 煙草を灰皿に揉み消すその姿は俺の記憶の中の姿と相違ない。

 

『久しぶりですね、先生』

『初めましてだな、鈴』

 

 …初めまして?

 

『えっ?』

『まぁ待て』

 

 先生は俺が汲み取った異常を保留としておく。

 

『まず私だが…おまえの知っている”秋月蓮”という人物ではない』

『はぁ?』

 

 そんな筈がない。

 姿格好もそうだけど、ふとした折に見せる仕草や雰囲気、まんま俺の知る先生だ。

 

『そうだな、どこから説明したものか……おまえ達があの闇の書を葬る前、秋月蓮は闇の書に取り込まれたのは覚えているな?』

『え、えぇ…』

『その際に秋月蓮はヤツ――ジーン・マクスウェルと同様、闇の書へと自身の人格等をコピーしたんだ』

『んな!?』

 

 この人はサラリと何をとんでもない事を抜かしてるんだ。

 

『別に不可能じゃないぞ? あの中にいてヤツの魔法を阻害したように向こうにも干渉できたんだ。その際にヤツの転生機能の情報をちょこっと拝借してな。ただ時間が無かったからジーンのように完全な移植は不可能だったが……』

 

 何でもないように言ってるけど、そんな方法を行えるのはおそらくミッドやベルカ中を探してもいないと思う。つくづく規格外という単語の似合うお人だ。

 

『そんな事をした理由としては……どこかで生きたいという願望があったのだろうな。滑稽な話だ。何百年と生き、死にたくても死ねなかった私がそんな願望を抱いていたなんてな』

『……』

『そして闇の書は葬られる。ヤツは完全消滅、私という存在は消滅しきれなかった闇の書の切れ端に残ったままだ。その後、私はそのまま消えるだけの存在と成り果てるつもりだったのだが、少しばかり予定外の事が起きた』

『予定外?』

『おまえが虚数空間に呑まれた』

『!?』

『さすがにあれには秋月蓮も焦ったぞ。まさかあの場面で強制スリープに入るとはな』

『すみません……』

『責めているわけではない。話を戻すぞ? 虚数空間に呑まれたおまえをどうにか救助すべく模索した結果、一つの方法を思いついた』

 

『それがおまえとのユニゾンだ』

 

『元々がユニゾンデバイスだからな。極端な話、闇の書の体・私という管制人格だから不可能ではなかった。問題があったとすれば……』

『ユニゾンの際の適合率……ですね?』

『正解だ。そしてやはりと言うべきか……適合率は最悪だった。だがこのまま死なせるよりは――そう思った秋月蓮は有無を言わさずにユニゾン。何とかユニゾンはでき、送還魔法でおまえを虚数空間から出すことに成功したが、適合率の低いまま無理矢理にユニゾンしたせいでおまえの脳は私の記憶や知識といった情報を処理しきれず記憶を失うはめとなった』

『そんな経緯があったんですか』

『運が良い方だと思うぞ。情報を処理し切れなかったおまえの脳が本能的に脳を守ろうとした結果、記憶だけを思い出せなくなるほどの奥底に退避させ、記憶喪失という手段を選んだというんだからな。もし情報を全て受け入れようとすれば処理能力を超え、文字通り脳が破壊された可能性だってあったんだ』

 

 しゃ、洒落になっていない。

 

『だからさっきも言ったように私は”秋月蓮”ではなく、その人格を管制人格とした融合型デバイス”レン”だ』

『じゃあ先生はもう…』

『………あぁ、既に存在しない』

 

 その事実を告げられても俺は受け止めることができた。それはそうだろう、闇の書を消し去る時にとうに覚悟をしてたんだから。

 でも……だからと言って――この胸の奥の痛みが無くなることはない。

 

『……すまない、言葉を選ぶべきだったな』

『いえ、大丈夫です。それよりも質問いいですか?』

『あぁ、いいぞ』

『十年間、なぜ一度も俺に呼びかけなかったんですか? 機会ぐらいあったでしょうに』

『私は融合型デバイスといっても人格を表に出せるほど完成された物じゃない。”秋月蓮”の情報をもったストレージデバイスに近いかもしれんな。だからこちらからユニゾンの解除もできなかったんだ』

『じゃあ、またユニゾンすれば……』

『言っただろう、適合率が低いと。次に私とユニゾンすれば本当に命を落としかねんぞ。だからこうして対話できるのはプレシアがユニゾンを解除しようと一時的に魔力の波長を合わせているからだ。まぁ言ってしまえばここはちょっとした心象風景みたいなものだ』

『この光景が……』

『そしてこうして話せるのも……実質これが最後かもしれんな』

『そんな…』

『そんな顔をするな。一度とはいえ、こうして話すことができた事を私はうれしく思うぞ』

『うれしい?』

『そうだ。”秋月蓮”の人格だからか、たまらなく愛おしくてしょうがないおまえと話せたんだからな』

『……ひえi…じゃなかった。先生はそんな事言わない!!』

『だが残念。目の前の人物は”秋月蓮”じゃない。それに愛おしいからこそ”秋月蓮”じゃなく”レン”である私がおまえを助けたんだ』

『!?』

『実際、彼女がおまえを大切に思ってたのは本当だ。そしておまえと共に生きた年月は何物にも代えがたいんだ』

 

 先生が生きていれば絶対に言わないような事も目の前の”レン”は臆面もなく言い放つ。

 なまじ先生と全く同じ容姿・声をしているだけあってその告白はかなり恥ずかしいもので……おかげで顔の体温は上がるは心臓はドキドキしっぱなしはで落ち着かない。

 

 そうして悶々としている内に、周りの風景に変化が起きた。

 天井が、テーブルが、調度品が、周りの風景が徐々に崩れて粒子となって消えていっていた。そして――

 

『お、どうやらプレシアは成功したみたいだな』

 

 ――周りの風景と同様に、”レン”の姿も崩れていく。

 

『”レン”!?』

『騒ぐな、別に死ぬわけじゃない。ていうか呼び捨てか』

 

 崩れていってるのに……もう話ができないかもしれないのに、”レン”は全然変わらぬ様子で俺を窘める。

 

『さて、私とのユニゾンが解除されればおまえの記憶も戻り、晴れて秋月鈴へと戻るわけだ。良かったな、せいぜいなのは達への言い訳はしっかりと考えておけよ?』

 

 ”レン”はこのまま何事もなく去ろうとしている。その姿に俺は消えた先生を重ねてしまって――だから既に消え去る寸前にある目の前の”レン”と”秋月蓮”に万感の想いを乗せ、たった一つの言葉に乗せる。

 

 

『本当に――ありがとうございました!!』

 

 

 初めて驚いた顔をした”レン”にしてやったりという気分になると同時、俺の世界も黒へと染まった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 視界いっぱいに広がったのは闇……といってもそれは瞼を開けば部屋が暗かったというだけのオチだ。

 

「………頭イテェ」

 

 いつの間にか運ばれていたベッドから身を起こす。寝起きから覚醒しきれていない脳を起動させながら部屋を見渡す。

 

「ぅん。俺の部屋だな」

 

 カーテンを開くと夜空のまん丸いお月さま。

 ユニゾン解除の作業は遅くまでかかったようで、俺はここまで運ばれたと考えるべきなのだろう。お月さまが照らす光を頼りにベッドから起き上がり、部屋を出ようとする。

 

「ん?」

 

 ――前に、自分に……正確には姿見に映った自分の姿に違和感を見た俺はあわてて部屋の明かりをつけ、改めて姿見の自分の姿を見る。 

 

「髪が……戻ってる…」

 

 今までの白髪から幼少の俺と同じ黒髪に。

 

「あの夢で言ってたようにプレシアさん、成功したんだ」

 

 

 

 階下に降りてみればプレシアさんはニュースを見ていた。大魔導師としての威厳を知っている俺からすれば、その家事を終えたばかりの主婦のようなプレシアさんの姿にどうしても違和感を感じる。プレシアさんだって人間なんだからこういう面を持っていてもいいとは思っていてもだ。

 

「あら? 起きたようね」

 

 俺に気付いたプレシアさん。座るようにすすめられ、ソファーに座ると淹れたばかりであろうコーヒーを差し出される。

 

「眠気覚ましよ」

「いただきます」

 

 半分ほど飲み終えた頃には俺の脳も完全に覚醒を果たした。

 そしてついでに気付いた。このコーヒー、先生が好きだった翠屋の豆だという事に。

 気を利かせ、一息ついた頃を見計らったプレシアさんは俺へと投げかける。

 

「さてと……気分はどう?」

「最高と最低が両方備わり最凶に思える」

 

 記憶が戻った事によるうれしさと、それによる今までの十年間という時間の不甲斐無さの実感にだ。

 

「その物言いだとどうやら記憶は戻ったようね?」

「ええ。本当にありがとうございます」

 

 その後、問診の意味合いも含めたいくつかの質問に答えた俺はとりあえず問題なしとの診断を下される。

 その際に俺は夢で見た内容をプレシアさんに話すことにした。先生の弟子であった彼女にも知る権利があると思ったからだ。

 プレシアさんはそれをたかが夢……とは思わず、真摯に話を聞いてくれた。

 

「そう、そういう事だったの…」

「えぇ。本当に、俺たちはあの人に頭が上がりませんね」

「全くだわ……そうだ。これはあなたに渡しておくわ」

 

 そう言ってプレシアさんがテーブルに置いた物。それは焼け焦げた小さな紙片を透明の樹脂のような物でコーティングされた代物だ。

 

「これは……」

「あなたから剥離させた闇の書の欠片よ。この場合は融合型デバイス『レン』かしらね」

「これが……」

 

 手にとってみると樹脂特有のひんやりとした冷たさを感じる。

 だけどその手のひらに収まる小ささでありながら、奥底にはぬくもりを宿しているかのような暖かさも肌を通じてたしかに感じるのは俺の錯覚なのだろうか。

 

「先生…」

「私もあなたも……大恩あるあの人には何も返せないままだったわね」

「……はい」

「でも、こうしてあなたや私が無事に生きている……それが師匠への恩返しなのかもしれないわね」

「魔女とか大層な異名を持つあの人も身内にはなんだかんだで甘い人でしたからね」

「そうね。だから救われた私は――私たちは存分に生きなければいけないわ」

「はいっ」

 

 

 

 

 

 その後、俺とプレシアさんは心を整理するために一旦、一人になる。

 今頃はプレシアさんもさっきのリビングで小さく涙を流しているだろう。大魔導師といえど、こういう時ぐらいは泣くべきだ。じゃなければ昔のプレシアさんのように狂いへと生じてしまう。

 

 そして俺は満月の光が差す屋根へと上っている。

 何年経とうと変わらない月を見上げながら、ポケットから煙草を取り出し銜える。もちろんこれは先生がいつも常用していたあの特製の煙草だ。

 あの後、俺は無意識の内に避けていた先生の部屋へとお邪魔し、残っていたこれを拝借した。

 先生の部屋は十年も経つのに俺が最後に見た部屋と変わりなかった。きっとプレシアさんがキチンと維持していてくれてたんだろう。

 

 ちなみにこの煙草、肉体年齢は未成年ではある俺だが中身はとっくにおじさんなのだから問題は無いだろう。

 さて、それでは――

 

「~~っ!? げほっ! ごほっ、ごほっ!!」

 

 ――駄目だった。

 

「あ~クソッ。煙草なんてこの体になってから初めてだな。十何年ぶりになるんだ…?」

 

 そりゃむせもするか……つい生前の頃のつもりで一息で吸ってしまったからな。だけど二回、三回と吸う内にすぐに慣れていった。一本吸い終わる頃には何も違和感を覚えなくなった。

 

「はぁ~不味い。先生も俺もよくこんなの吸ってたよな~」

 

 屋根に寝転がり、チェーンを通したレンを月に重ねるように掲げる。 

 

 こうしてみると、こんな小さな紙片に先生と同じような存在が眠っているという事をどうにも実感しがたい。このデバイスと俺はユニゾンこそできないが……もしユニゾンできる存在が現れるとなると、それはとても危険な意味合いを持つ。

 先生の何百年という知識・経験を得ることができるのだ。これはもうロストロギア級の代物だ。

 

「先生……あなたに救われた命、本当に感謝しています。だから…俺は生きます」

 

 返事は無いが、手の中のレンがぼんやりと光った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が記憶を取り戻した翌日は慌ただしかった。

 まずは家の中――正確には先生の遺品の整理。俺が持ってても持て余すだろうという事で魔導書などにかかっていたロックを解いた上でプレシアさんへ譲った。

 彼女ならもう道を違える事無く有用に活用してくれるだろう。家の方も引き続き、プレシアさんが住むという事でカタがついた。

 

 次は近所へのあいさつだ。士郎さんや桃子さんといった懇意にしてもらった方々への十年振りの挨拶。

 どうやら俺と先生は行方不明扱いとなっていて、久々の再会にみんなが我が事のように喜んでくれた。さすがに先生の方は誤魔化す訳にはいかなかったので、身内の不幸という処置をとることにした。

 喜ぶ一方で不幸の報告もあったものだから、全てが全て諸手を上げての万歳という訳にはいかなかった。あと恭也さんに忍さんは日本に居なかったから挨拶はできなかった。

 ちなみになのはやアリサ、すずかの両親は魔導師を知っているようだ。そりゃ、娘の進路だから隠し通すというわけにもいかないわな。だからみなさんは俺と先生の行方不明についてはソッチ方面だと、薄々察していたようだ。

 

 このように地球でやるべき事を大雑把に終え、機動六課へと戻る頃にはすっかり夜になっていた。

 

 

 

 

 

 そして俺は六課の宿舎への夜道を憂鬱な気持ちで歩いている。

 

「どうすっかな~」

 

 確かに記憶が戻ったのはうれしい。

 だけどこれからなのは達に会うと考えると、どうしても気後れしてしまうっつ~か……どんな顔して報告すればいいのやら。

 いや、本当は俺の口からキチッと話すべきだというのはわかってるんですよ。でもですね、十年間、記憶喪失だったとはいえ向こうが頑張って俺のために色々としてくれてたのに対して俺はのうのうと生きてきたのだ。不可抗力といえど、その事実が俺に後ろめたさを感じさせている。

 

 そんな悶々とした思考の堂々巡りに耽っていると――

 

「「「「あっ!」」」」

「ぅん?」

 

 思考に割って入った声に気が付いて前をみると、六課の宿舎が聳え立っている。そして玄関口の階段に腰掛けていた、なのは、アリサ、すずか、ヴィータの四人が。

 どうやら考え事をしながら歩いている内に、いつの間にやら到着してたみたい。そしてこの四人は俺の帰りを待っていたようだ。俺の姿を確認するや、みんなが一斉に俺に駆け寄ってくる。

 

「あっ…」

「えっと…」

 

 いきなりの事に俺の思考もまだ定まっていなかったが、どうやらみんなの方も同じようだったみたいでどんな声をかければいいのか決めかねているようだ。

 実際、みんなの顔からは期待と……不安を混ぜ合わせたような感情が伺える。

 

「鈴く…ううん。スズさん…そのおかえりなさい」

「ぇ、あ…ただいま戻りました」

 

 しまった!

 スズと呼ばれたせいでつい敬語で返してしまった。ここは鈴として砕けた口調で返して勢いとアドバンテージを得る場面だったのに。

 その返事と敬語のせいで俺の記憶が戻らなかったとでも思ったのだろうか、なのはの顔が昔と同じように泣く一歩手前の表情になる。

 他のみんなも同じように、驚愕、悲痛といった悪い方向に先走ってしまっている。俺が原因だけどな!

 

「……ぁ」

「えぇ~と…」

 

 唯一つ、俺の記憶が戻ったと伝えればそれで済むだけの話なのに、あまりの空気の重さに言い出せないでいる。そしてそんな情けない俺に憤慨している俺も確かにいる。

 

「あぁ、もう! いい加減にしろや、俺!!」

 

 十年だぞ!

 待たせすぎたんだ!!

 さっさと言え、秋月鈴よぉ!!

 

「まず、みんなに言っておくぞ!」

 

「俺のためなんかに頑張ってくれてありがとう!」

 

「おかげでこうして記憶も戻った! 本当に感謝するよ!」

 

「そして10年間も待たせてしまってごめん!」

 

「償いきれるかどうかはわからないけど、できる限りの恩を返す事を約束する!」

 

「それから、え~と…」

 

 突然の乱入に最後まで台詞は続かなかった。

 

 

 まず最初になのはがとびこんで来た。

 咄嗟だったけど無事に受け止められた俺の首に腕を回してあらん限りの力を込めて抱きしめてきて、もう放さないとばかりの想いを感じられる。そして恥も外聞も無くなのはは声を上げて泣き出した。

 

「りん…くん…ぅうっ……うあぁぁぁんっ!!」

 

 

 なのはを宥めていると、傍にアリサを確認できた。

 アリサは両腰に手を当ててやれやれとばかりに首を振っていた。苦笑気味な顔だったけど俺は見逃さない。アリサもまた泣く一歩手前なほどに瞳に涙を滲ませていたのを。 

 

「待たせすぎでしょ………ばか」

 

 

 すずかもなのはと同様に涙を流してた。

 なのはみたいじゃなく静かに泣いてたけど、その顔に浮かぶは笑み。どこか母性を思わせる優しい笑みのすずかと視線を合わせると、俺は悪い事をして気まずくなった子供のような錯覚に陥った。

 

「本当に……本当によかったです…」

 

 

 最後、ヴィータにわき腹を小突かれた。

 結構強めに小突かれたので痛みも強い。文句を言おうとしても、ヴィータの怒ってる顔を前にすると萎縮してしまう。あの使い魔の契約の事もあり、今の俺は彼女にも頭が上がらない。

 

「心配かけすぎだ……」

 

 

 俺は彼女たちの洗礼を甘んじて受け止めなければならなかった。

 

 けど……この胸の奥から湧き上がる喜びを抑えきれず、自然と笑みが漏れるのだった。

 

 

 

 

 

 みんなの洗礼が終わるまでに結構な時間を要した。

 なのはは泣きながら決して離れてくれなかったし、アリサも途中からヴィータと一緒に罵声プラス小突くという洗礼を混ぜてきたし、なのはは決して離れてくれなかったし、すずかも喜んでいるようで実は密かに毒を混ぜた言葉で俺を追い立てるし、なのはは決して離れてくれなかったし、ヴィータはもう小突くというより肉体言語といってもいいような責め苦を味あわせてくれるし、決して離れないなのはに業を煮やした3人がなのはを思いっきり引っ張り、それでいて離れないもんだから俺の首が千切れそうになるしで散々だった。なのはの涙や諸々でグッショリと濡れた上着が台無しだ。

 

「えぅ…えぐっ……」

「あ~、ほんとにごめん」

 

 未だに泣き止まないなのはを見かねて、今度はこちらから抱きしめながらポンッポンッと背中を叩いてやる。

 昔のなのはにやっていたこのクセは十年たった今でも抜けきっていないようだ。ていうかもういい加減に泣き止んでくれよ。ほら、三人の顔がちょっと無視できないくらいに怖いもんになってるんだから。

 

「鈴、ちょっとなのはだけに甘すぎない?」

「なのはちゃん、ずるいですよ」

「高町、鈴、そろそろ怒るぞ?」

 

 それは誤解であります、お三方。俺は決してそのような……

 

(…………チラッ)

((( ッ!? )))

 

 見逃さなかったぞ俺は。

 なのは、なんでそこで密かに笑みを浮かべてチラ見した? おかげで三人の怒りのボルテージが天元突破だよ。

 

 稼ぎすぎたヘイトを霧散させるべく、強引に引き剥がすことにした。

 

「むぅ~」

「むくれんな。また後で構ってやるから今日のところはもう休もう。俺もさすがに疲れてきた」

「……鈴くんがそう言うなら」

「そうね、いつまでもこうしてるわけにもいかないわよね」

「もう遅いですしね」

「仕方ねぇな」

 

 宿舎に入っていく四人を見届ける。

 

(とりあえずはやてに報告して、明日にティアナとティーダに報告でいいか。あ、休んだことをバイト先に謝らないとな。とりあえず家に帰るまでにやる事が多いな)

 

 この後に控えるスケジュールの過密さに僅かながら辟易しながら俺は宿舎へと足を踏み入れる……前にふと思いたち、なのは達の背中に向かって小さく呟いた。

 

 

「ただいま」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 と、ここで終わればそれなりにキレイな話なんだけど、そうもいかないのが俺たちクオリティーなわけだ。

 

「鈴くん、今夜は私の部屋においでよ。いっぱいお話したい事があるんだ」

「なのは、アンタはそろそろ弁えなさい。コイツはあたしと過ごすんだから」

「私の部屋でもいいんですよ?(チラッ」

「リン、アタシんとこに来い。そろそろ再契約しとかないと色々と不便だ」

 

 ……え~と、話の内容から判るとおり、今晩の俺の処遇についてだ。

 てっきり俺は以前に与えられた客室で過ごすんだと思ったわけだが、それを許さなかったのはこの人たち。

 俺と積もる話をしたいというのはわかるんだけど、お互いの主張が激しすぎる上に譲る気もなく、気が付けば一触即発の状態。

 

 さて、幼馴染みの俺たちだけどもう子供じゃない(俺は最初から子供じゃないけど)それを男女二人が一室で一晩を過ごす。つまりは色々と危険性を孕んでいる訳だがこいつらはそれをわかってるんだろうか?

 ……わかってるんだろうなぁ。

 たしかにこいつらはもう自分に責任の取れる年頃だけど、幼少時代を共に過ごした俺としては色々と複雑だ。主に父性的な意味で。

 ちなみにこの件に関しては風紀も取り締まらなければならない立場であるはずのはやては見て見ぬふりを決め込むようだ。脳裏に浮かんだ、『頑張りや!』といって卑猥な形の握り拳を突き出すはやてに背面蹴りをかましておく。明日にでも本当に実行すべきかもしれんな。

 

 さて、これ以上長引かせるとデバイスを抜きかねん空気になってきたので、この辺で止めることにする。

 

「はいここまで」

「鈴くん…」

「お言葉に甘えてお邪魔する事にする。ただ誰の部屋かはじゃんけんで決めなさい。恨みっこなしの一発勝負。それなら文句無いだろ?」

「……わかったわよ」

「それなら…」

「……いいぞ」

 

 各々が手を握ったり、腕を振ったりとじゃんけん準備状態に入る。そして――

 

「「「「 じゃ~んけ~んっ!! 」」」」

 

1




じゃんけんで勝ったのは誰か?


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