魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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やっぱり無理矢理感が否めない、力量不足な文章。



40・全てが望みどおりな訳ない?

『エリオ』

 

 

 ガジェットの襲撃が始まってからどのくらいの時間が経ったんだろう?

 

 10分?

 

 30分?

 

 あるいは1時間?

 

 だけど実際にはまだそこまでは経ってないと思う。だけど辺りに散乱したガジェットの残骸だけを見ると、かなり長時間戦い続けたような錯覚に陥ってしまう。

 

「終わったの……かな?」

 

 絶え間なく襲撃してきたガジェットの集団を凌ぎ、波状攻撃も途切れた今の内に少しでも疲労を回復するべく、ストラーダを支えに寄りかかり呼吸を整える。

 キャロも両手の指に挟んでいたスローイングナイフを太腿のナイフホルダーに収めていく。スリットの入ったスカートだから収納も楽なんだろうけど、その際に彼女の健康的な太腿も見えてしまうので男の僕はちょっぴり恥ずかしい。

 長い間、旅をしていたキャロはどうもその辺の羞恥心は薄いようで、男である僕の前でもあまり気にしないみたい。僕の心臓には悪いんだけどね!

 

「う~ん」

『キュル~』

 

 そんなキャロは何処から出したのか(ホントに何処に収納してるんだろう?)子どものにしては大きめのダガーを右手に握っている。しして徐にガジェットの残骸の一つに歩み寄って――

 

「えい」

 

 突き立てた。

 

「ちょ、なにしてるの!?」

 

 僕の声にも構わず、キャロはガリガリと不快な音をたてながらダガーをガジェットに突き立て、時には抉る。

 最初は単なる奇行かと(失礼ながら)思ったけど、彼女の手元を見る限り、どうやらキャロはガジェットの解体をしているみたいだった。

 

「やっぱり…」

 

 やがて手を止めたキャロが呟いた言葉を聴くに、彼女は何かの確認をしていたみたいだ。でも僕には何のことだかサッパリ……

 

「やっぱりって?」

「コレ」

 

 キャロの手のひらには小さな何かの欠片。

 パッと見るにはガジェットの透明な部品の欠片のようにも見える。だけど注意深く見るとソレは部品の無機質な物体じゃなくて有機的な……昆虫の翅の欠片のようだ。

 

「これって……」

「あの時、ガジェットの動きが急に変わったよね?」

「うん」

 

 確かにガジェットは途中で操作が変わったかのようにその動きを変えた。

 無人機特有のプログラムのような動きじゃなくて、人が操ったかのような動きに。倒せないって程じゃなかったけど、それでも苦戦を強いられたのには変わりない。

 

「その時に少しだけ……本当に少しだけど、違う魔力を感じたの」

「魔力?」

「うん。微小すぎて確信が持てなかったけどこれでハッキリした。このガジェットの動きの変化は召喚魔法によるものだって」

「召喚魔法!? それじゃあ、魔法を使った人が!?」

「居る筈だよ」

 

 僕は急いで念話を繋ぎ、シャマルさんに報告するのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ティアナ』

 

 

 襲撃してきた敵の数は本当に尋常じゃなかった。

 その証拠に辺りにはガジェットの残骸が大量に転がっている。多分だけど、あたし達の方に一番多くの数が来たんじゃないかしら?

 

「これで…ラストオォォォッ!!」

 

 スバルの拳が最後の一体を貫いた。バラバラに散乱するガジェットⅠ型の最後を見届け、あたしとスバルは揃って息を吐く。

 

「ハァハァ…これで……本当に最後…ハァ…だよね?」

「知らないわよ……」

 

 体力も魔力もとことん消費して本当の意味で疲労困憊。体力バカのスバルでさえこうなんだから、あたしに関しては言わずもがな。

 

「もうダメ。次がきてもあたし達じゃ、どうにも――」

『スターズ小隊方向へガジェットⅡ型を確認!!』

「……嘘だ~」

「……現実逃避すんな」

 

 見上げると確かに空にポツポツと黒い影。距離が離れてるから正確には把握できないけど、これまた結構な数が来てるみたいね。

 

「スバル、いけそう?」

「実はもういっぱいいっぱい……かな?」

 

 スバルにしては珍しい弱気な発言。それだけ体力、魔力ともに限界に近いのね。あたしも同様。

 

 改めて空を見る。

 航空型のガジェットⅡ型は確かに数が多いけど、よく見ると固まって編成されている。ここに辿り着けばフォーメーションを展開、散開するようにして襲ってくるだろうから――

 

 ――固まっている内に墜ちてもらおうかしら。

 

「ティア、どうしたの?」

「今の内に墜とすわ」

「ええぇっ!? どうやってさ? 距離だってまだ離れてるし、あたしらの魔力も――」

「黙って見てなさい」

 

 喚くスバルは置いといてクロスミラージュを待機状態に戻す。訝しがるスバルを余所に、あたしは懐からソレを取り出す。

 

「アンカーガン? 今更、それでどうする気?」

 

 アンカーガン。

 デリンジャーのような形状のコレはあたしが機動六課に属するまで使っていたあたしと兄さんとスズ兄による合作デバイス。

 自作だけに結構な改造を施し、長い間使っていた事もあって愛着も湧いてるからクロスミラージュとは別にいつも持ち歩くようにしている。メンテナンスは欠かしてないからいつでも使える状態。

 

 次はカートリッジ――弾丸ね。いつも首に下げている『コレ』をチェーンから外す。あの日、あたしが訓練校に入る前にスズ兄から渡された弾丸を模した首飾り。

 実はこれってただの首飾りじゃない。

 スズ兄が密かに作ったアンカーガン専用のカートリッジ。そしてあたしの『切り札』

 

 それをアンカーガンに装填。これでOK。

 スバルは相変わらず、何をしようとしているのか皆目見当もつかないような顔。それはそうよ。この一発はスバルにだって見せたことは無いんだから。

 

 ゆっくりと両腕を伸ばして構える。銃口の先は空に群がるガジェット群。狙いは大雑把でいい。この一発に関しては正確無比な狙いなんて必要ない。

 

 まずはファーストトリガー。

 引き金を引くと、銃口の先に大きく白い魔方陣が展開される。スバルがそれを見て驚いているのは、その魔方陣を見たことが無いからでしょうね。展開された魔方陣はミッド式のものでも、ベルカ式のものでもなく――六角形の魔方陣。

 

 よし。バレルセット完了。後はもう一回、トリガーを引くだけ。

 ふとここでちょっとした事を思いついてそれを真似しようという悪戯心が芽生えた。少しだけ、口元に不敵とも言える様な微笑をつくり、この魔法の使い手の兄の真似をして呟く。

 

「ヲヤスミ、ケダモノ――【波動砲】」

 

 セカンドトリガー。

 巨大な光の奔流が空を突き抜け、ガジェットの群れをまとめてのみこんだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そのような地上とは別に、ここ地下駐車場でも戦いは繰り広げられていた。

 

 方や清掃業者制服に身を包んだ少年。

 

 方や鎧姿のような人型の生物。

 

 少年の放つ魔法を生物はうまくかわし、生物の突き出す拳を少年はいなす。共に駐車場という決して広いとはいえない空間内部で大立ち回りを繰り広げる。

 

 その戦いを離れた場所で見届け――否、呆然と見入る一人の女性、高町なのは。

 少年の同僚である男性からの要請を聴き入れた彼女は当初、この戦闘を止めるべくやってきたのだが少年の姿を見るや否や、全ての事が頭から吹き飛びただ少年に釘付けになるだけである。

 

 なのはの記憶に浮かぶは、かつて彼女が心より慕った最愛の少年。

 

 なのはの網膜に映るは、かつてみんなの前から消えたはずの少年。

 

 十年という長き月日は人を成長させ、記憶との相違を与えるがなのはは確信している。目の前の少年を秋月鈴だと。

 離れ離れになった十年――いや、それ以前よりも……そして今も想っている人物をなのはは間違えないと断定する。それほどまでになのはの彼に対する想いの深さが窺える。

 

 呆然とするなのはは構えていたレイジングハートを無意識のうちに下ろしていた。そして彼の名を叫ぶのであった。

 

「鈴くんっ!!」

 

 果たしてその声は両者へと届く。

 戦いに没頭するあまり、なのはの存在に気が付かなかった両者はその声で初めてなのはの存在に気付く。

 

 スズはその声に、思わずなのはの方へと振り返ってしまう。

 そして生物はその隙をつき、腕に生えた刃をスズの心臓へと突き立てる――寸前、なのはに気を取られていたスズもその明確な殺意に気付き、咄嗟に身を捩じらせる。

 

「あぐっ!?」

 

 超反応が功を奏し、心臓を避けられたものの、刃は肩に突き刺さる。

 

「鈴くん!!」

 

 その光景を見てしまったなのははスズへと駆け寄ろうと走り出す。

 生物もなのはがスズを気にしているのに気付いたのか、突き刺した刃を引き抜き、翅を広げて高速でこの場から離脱する。

 生物の目論見通り、なのはが生物を構う事無くスズの方へと向かったので生物は難なくこの場からの離脱に成功する。勿論、目的のブツも掻っ攫ってだ。

 いつものなのはであったならこの場で何らかの対抗策もすぐに取れたであろう。

 だがこの場においては別。

 なのはにとって捜し求めた彼の存在は全てにおいて優先された。管理局員にとってこの辺りは致命的なミスではあるが、今のなのはにとってはそれを気にかける余裕も無い。

 

 

 

「痛ぅ…」

「血、血が…」

「あぁ、大丈夫です…【治癒】」

 

 広がる六角形の魔方陣。優しい光が止め処なく流れる血を止め、傷口を塞いでゆく。

 なのはにとっては過去に見慣れた光景で、やはり彼は鈴で間違いないとなのはは改めて確信する。

 やがて完全に塞がったのを確認したスズはここで漸くなのはと向き合う。

 

「いや、ほんと心配をおかけしました」

「う、うん…」

 

 ふとここでなのはは彼に違和感を感じるが、すぐに察することができた。

 

 余所余所しい。

 といってもお互い、十年振りの再会。子どもが大人になるには十分な年月。彼は成長した自分を認識していないのだろうとあたりをつけたなのはは彼に尋ねてみることにした。

 

「あ、あの!」

「え、はい?」

「私の事……わかる?」

「えっ?」

「だから…私がわかる?」

 

 何かを期待するような眼差しをスズへと向けるなのは。

 スズの方も何故このような視線を向けられるのか皆目見当もつかないといった心境ではあるが、なのはの真剣な眼差しに応えるよう努める。

 

 そして――

 

「えっと…初対面です…よね?」

「っ!? わからないの!? なのはだよ、高町なのは!!」

「高町…なのは」

「そう!」

 

 なのはにしては珍しい取り乱しようであるが無理もない。

 十年ぶりの再会とはいえ、今も昔も想っていた彼に自分とは初対面と言われたのだ。さすがに温厚ななのはでも怒りたくもなる。

 そんななのはであるが、それでも彼は変わらず非情な答えを突き付ける。

 

「雑誌とかで拝見はしましたけど……会ったことは無いですよね?」

 

「……り、鈴くん。さ、さすがに冗談が過ぎるんじゃない…かな?」

「鈴? それって俺の事ですか?」

「そうだよ! 秋月鈴、蓮さんの弟子で私の幼馴染、まさか忘れたの!?」

 

 もういっぱいいっぱいなのか、零れ落ちそうな涙を堪えるのに必死で涙声だ。 

 

 

「ごめんなさい。あなたは俺を知っているようですが、やっぱり覚えてないです」

 

 

 その一言はなのはの心を抉るには十分過ぎるほど。

 

「あ…あはは……いい加減にしてよ。いくら私でも怒るよ」

「というより……」

 

 スズはどこか申し訳なさそうな顔をしながら、頭を掻く。

 

「俺はアナタの知っている昔の俺を全く覚えてません」

「何、言って…るの?」

「記憶喪失っていうやつですかね。ですから幼い時の事を覚えてないんです」

「私の事も? アリサちゃんやすずかちゃん、フェイトちゃんに……蓮さんも?」

「残念ながら全く…」

 

 もうなのはの頭の中は真っ白で何も考えられず、何も言えなかった。

 ただ色々な感情の込められた涙が自然と流れ出るだけ。スズもその涙に心を痛めるが、今は心を鬼にして彼女に尋ねる事にした。

 

「だから教えてください」

 

「スズという偽りの人でなく――」

 

「あなたの知る『秋月鈴』という俺を」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『はやて』

 

 

「ふざけないで!!」

 

 隊長室に彼女――アリサちゃんの声が響き渡る。

 

「生きてたと思ったら何も覚えてないですって? 冗談もほどほどにしなさいよ!!」

 

 あのホテルアグスタでの事件も後処理も終わり、時刻は既に夜を廻っている。

 六課の隊員達はとっくに休んでいるだろう時刻に、私達一部の隊員――昔のメンバーはこうしてはやてちゃんの隊長室に集まっている。

 

 内容は勿論、鈴くんの事や。彼が生きてた。

 あの事件の際、彼にも多大な迷惑をかけてもうた私としてはこれほどまでにうれしい報告も無かったわ。でもうれしかったのは最初だけ。

 

「シャマル、ほんまに彼は鈴くんなんやな?」

「ええ。DNA検査の結果、彼は間違いなく鈴くんですね。けれどやっぱり記憶が……」

 

 いっそ彼が他人の空似やったらよかったかもな。そうやったらみんなもここまで気落ちもせえへんかったやろうし……

 

「シャマルさん、鈴くんの記憶は戻りそうなんですか?」

「検査では脳波等に異常は無かったわ。戻る可能性はあるだろうけど、みんなの顔を見ても何もわからないとなるといつになるのか……」

 

 鈴くんはこの隊舎に連れてこられ、様々な検査・治療を試みたんやけどどれも成果無し。記憶が戻らない事に本人も気落ちしてたし、今日は一室を貸してるから休んでもらってる。

 

 悲壮な空気で満ちた隊長室。誰もが何も発さず、ただ沈痛な面持ちでいるだけ。あかん、私も胃が痛くなってきたわ。

 

「ごめん……今日はもう休むわ」

 

 アリサちゃんが部屋を出る。色々と耐えられんかったんやろな

 

「あ、アリサちゃん」

 

 それを追うようにしてすずかちゃんも部屋を出る。

 

「みんな、ごめんね。私も……」

「……アタシも休む」

 

 なのはちゃんとヴィータまでもが耐え切れずに出て行く。

 

「今日はここまでや。みんなももう休んでええで」

 

 これ以上はさすがに私もツライだけやったから解散を言い渡す。

 隊員達の士気に関わるやろうし、ちょっとでも休んで気持ちを切り替えてもらわんとな。多分、一晩程度じゃ無理やろうけど……

 

「ハァ……ままならん世の中や」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『すずか』

 

 

「アリサちゃん、入るね?」

 

 出ていったアリサちゃんを放っておけなくて部屋に来た。

 隊長クラスの人は個室が与えられていて、一人になるにはうってつけ。アリサちゃんはつらい時とか自分の弱った姿を中々人前には表さない。それも強さの一つなんだけど、やっぱり誰かの支えが必要だよ。だから今回は私の出番。

 勝手知ったるなんとやらでアリサちゃんの返事を待たずして部屋へとお邪魔する。

 

「すずか…」

 

 部屋の明かりもつけずにアリサちゃんはベッドに座ってた。

 思ったとおり、その顔は普段は絶対に見せないような弱々しい表情。どうやら私と同じように鈴くんの記憶喪失の件はかなり堪えてたみたい。

 

「……さっきはごめんね。怒鳴っちゃったりして」

「ううん、大丈夫だよ。気持ちはわかるし……」

「なんかさ…こっちは十年も探してたのに、いざ会ってみると何も覚えてないとか知るとね……何様のつもりよ! ってなっちゃってさ。アイツは何も悪くないんだろうけど気持ちが先走っちゃってさ……」

「……何となくわかるね。私もそうだったから」

 

 確かに鈴くんが生きてたって聞いたときは耳を疑ったけど、こみ上げてくるうれしさは際限なかった。

 しかしいざ出会ってみると。彼は何も覚えていない記憶喪失の状態。うれしさは一瞬で霧散し、次いでやってくる絶望感。もういっその事、夢であってほしいとも思いました。

 

 

 

 

 

「それじゃおやすみ、アリサちゃん」

 

 ひとしきりアリサちゃんの弱音を受け止め、落ち着いた頃合いを見て部屋を出る。あの様子だと、明日には立ち直ってるかな?

 それにしても――

 

「やっぱり、泣かないんだね」

 

 アリサちゃんは人前では涙を流さない。

 鈴くんがいなくなったあの日から今日まで、私たちを引っ張ってきたアリサちゃん。時折、私やなのはちゃんには弱味を見せたりはするけどそんな機会なんて稀。

 多分……いや、間違いなく、アリサちゃんが涙を見る事を許すのはたった一人だけかな。

 

「その時はお願いね、鈴くん」

 

 

 

 

 

「生きてた…」

 

 アリサは枕に顔を埋もらせながら呟く。

 

「アイツ……生きてたんだ」

 

 記憶喪失という現状を納得し切れていないアリサもただ一つ、喜ぶべきことがあった。

 それは鈴が生きていたという事実。

 

「ぅう…ひっく……」

 

 それを実感すると、アリサの中で抑えきれなくなった感情が溢れる。

 

「良かった……良かったよぉ……ひぐっ…ぅぅ…」

 

 枕に顔を押し付け、アリサは鈴の生存に嬉し涙を流す。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ティアナ』

 

 

 今日は本当に波乱の一日だったわ。

 久しぶりにスズ兄と会ったり、ホテルでの連戦につぐ連戦。おまけに切り札まで使っちゃって。おかげでまたスズ兄に魔力を注入してもらわないといけないし、アンカーガンも直さなくちゃ。一発撃つたびに魔力補充と修理が必要ってホントに面倒だわ。だからこその切り札なんだけど。

 

「それにしても……」

 

 そんな中でも一番驚いたのは、スズ兄がなのはさん達の探していた幼馴染みだったっていう事実ね。

 アキツキリン。次からはスズ兄って呼べなくなるのかしら?

 そうなったら……なんだか寂しいわね。  

 

「はぁ~……ん?」

 

 廊下を歩いた先にある隊舎の休憩スペースのソファー。そこで見慣れた人を見つける。

 

「なのはさん?」

「あぁ、ティアナ」

 

 その人――なのはさんは紙コップを持ってどことなく寂しげな顔で腰掛けてた。

 

「どうしたんですか? こんな時間に」

「うん、ちょっと……ね。ティアナこそ」

「えっと、あたしは寝付けなくて…」

 

 これは本当。今日あった事……特にスズ兄のこれからを考えてたらどうにも寝付けず、こうして歩いてたわけ。

 

「そう…ティアナ」

「はい、何ですか?」

「悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれないかな?」

 

 ……えっ?

 

 

 

 なのはさんからジュースを貰って(最初は遠慮した)隣に座る。 

 

「それで……いったい何を?」

「うん。ティアナと鈴く……スズくんってずっと一緒に過ごしてたんだよね?」

「えぇ、はい」

 

 改めて人から言われるとちょっと照れるわね。

 

「そっか…じゃあさ、スズくんの事、教えてもらえないかな?」

「スズ兄の…ですか? それはかまいませんが大したモノじゃないですよ?」

「それでもいいよ」

「わかりました」

 

 それからあたしはなのはさんにスズ兄と過ごした日々を語った。

 出会った当初はあたしが一方的に敵視してた事。ある事件を境に和解して、問題なく付き合えるようになった事。あたしと兄さんよりも家事が上手でちょっぴりヘコんだ事。

 最初はポツリポツリと話してたけど、気が付いたら結構な時間話してた。その間、なのはさんは笑いながら……それでいて何処となく寂しそうに、そして羨ましそうな顔をして聞いていてくれた。

 

「そっか、ティアナはスズくんとの日々が楽しかったんだね」

「そう…ですね。両親が亡くなって兄さんも管理局の仕事で家を空ける事が多かったんで、一人で過ごすのが当たり前になってたあたしを気にかけてくれたスズ兄ももう家族の一員って感じで、寂しさは感じませんでしたね」

「ふふ、やっぱりスズくんは変わってないね」

「変わってない?」

「私もね、小さい頃一人だったの。そこでスズくんに助けられて……それから私はずっと彼と一緒に過ごしてたんだよ」

 

 なんとまぁ、スズ兄は記憶を失って尚、あの性格だったのね。

 

「彼との繋がりがあったから色々な繋がりをもてた。私は彼に助けられてばかりだった。だから……今度は私が彼を助けてあげたい」

 

 それにしても、なのはさんと話してわかった事がある。

 風の噂で聞いたなのはさんの想い人は間違いなくスズ兄の事だ。スズ兄の事を話す時のなのはさんの顔、ただの幼馴染みという枠じゃ捉えきれないもの。

 ……これは注意が必要ね。

 あ、いや、注意といってもなのはさんに対してじゃないのよ。これは……そう、スズ兄がいやらしい事をしないように注意するのであって。スズ兄の女性関係は……”義妹”として注意しておかないとね!

 別にスズ兄が嫌いだからこういう事をするんじゃなくて、むしろ……って違うわよ!

 

「……さてと!」

「ぅわっ!!」

 

 突然立ち上がったなのはさんに、一人悶えていたあたしは驚く。

 

「ここまで付き合ってくれたありがとね。本当は上司としては、こんな弱気な姿はあまり見せちゃいけないからみんなには内緒でね。ちなみに口止め料はその飲み物で♪」

「えっ? えぇぇぇぇぇっ!! 奢りじゃないんですか!?」

「明日からはいつもの私でビシビシといくからよろしくね、ティアナ」

「あ、ちょっと!」

 

 未だ事態についていけなかった私に構わず、なのはさんは行ってしまった。

 

「はぁ~、全く…」

 

 残ったジュースを飲み干す。

 ……多分、なのはさんは限界だったんだろう。溜まりに溜まった弱気が記憶喪失のスズ兄と出会った事で噴き出し、もう溜めこむことも出来ない状態。それがさっきまでのなのはさん。

 吐き出すモノを吐き出したようだから、本当に明日からはいつものようにビシビシとキツイ訓練が待ち受けてるでしょうね。

 ならあたしのやるべき事は――

 

「寝よう…」

 

 明日へ備えて体力回復よね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『キャロ』

 

 

「お姉さま~、大丈夫ですか?」

「あぁ…」

 

 部屋に帰ってくるや否や、ベッドで横になるヴィータお姉さま。

 何度呼びかけても返ってくるのは曖昧な返事だけ。これほどまでに元気が無いワケについて思い当たるのは、部隊長さんに呼ばれてたからそこで何かがあったんでしょうね。

 

 さらに正確に言えば、あの男の人――鈴っていう一般人についてで間違いないと思う。

 鈴っていう名前については私も聞き覚えがあります。ヴィータお姉さまが遺跡やロストロギアを巡って旅をしていた最大の理由。お姉さまはこの人のために旅をしていたといっても過言じゃないですしね。

 旅の途中でお姉さまの昔話を幾度か聞く機会があって、その度にお姉さまは楽しそうに話す。そしてこの鈴さんの話をする時、お姉さまは一番うれしそうに話すんです。

 何年も探してた人との再会にお姉さまも喜ぶと思ったのだけど、今の様子を見る限りじゃ感動の再会とはいかなかったのでしょう。

 

「あの鈴っていう人と何かあったんですか?」

「……」

「お姉さま?」

「何も……」

「はい?」

「何も無かった…」

「……………え~と…要約すると、久しぶりの再会にも関わらず相手側には感動も何も無かったから、こうして不機嫌になってるんですか?」

「ちげぇよ」

「あやや」

「アイツは……何も覚えてなかった」

「……それはヴィータお姉さまをって事ですか? 何ですか、その女の敵のような人は」

「記憶を…全部無くしてた」

 

 その言葉に何となく察した私。ここで漸く、お姉さまは私と眼を合わせてくれました。そして息を呑みました。

 

 いつもの強気で凛々しい瞳が……今にも泣きそうなほどになってるんです。

 

 私はお姉さまと一緒に旅をして長いですが、こんな顔をするお姉さまを一度として見た事がありません。

 どんな困難に陥っても、どんな状況でもその強気な態度を崩そうとしなかった元ベルカ守護騎士のお姉さまがただ一人の男の人の事で崩れそうになる。

 お姉さまにとって、鈴という方はそれほどの人なんですね。

 

「記憶は戻るんですか?」

「わからねぇ。シャマルの魔法でもアタシらの言葉でも届かなかったからな」

「そう…ですか」

 

 ここにある医療施設、シャマルさんの治療・カウンセリング、関係者との邂逅、記憶喪失におけるポピュラーな手段は試したというわけですね。それでも…記憶は戻らなかった。ずっと探していたお相手が自分の事を覚えていない記憶喪失状態……アニメや漫画のようなご都合展開ですけど、お姉さまが元気をなくすのも無理らしからぬ出来事ですね。

 

「お姉さま、とある歌のフレーズにこんなのがあります」

「?」

「『信じることさ、必ず最後に愛は勝つ』」

「…はぁ?」

「えっと、つまり何が言いたいかというと……好きな人の事、信じましょうっていうわけで……」

「……プッ」

「えっ?」

「ククッ…ハハハッ!」

「あ! せっかく慰めてるのに、笑うなんてヒドイです!」

 

 額に小さな衝撃が走った。

 

「はぅっ!」

 

 デ、デコピンまでしてくるとか……これって完全に傷害沙汰です。う、訴えます。そして勝ちます!

 

「オマエがアタシを慰めるなんざ十年早ぇーよ」

「はぅぅ…」

「でも……ありがとな、キャロ」

 

 さっきまでの沈んだ顔から一転、お姉さまにしては珍しい優しい笑みを返してくれました。

 その顔にさっきまでの暗さなんて感じない事から、どうやら私の慰めは成功したとみてもいいんでしょう。後、お姉さまのこの顔のレア度は中々なんですよ。

 

「さて、なんだか小腹が減っちまったな。食堂に行って何か摘まんでくるか」

「私も行きます! あ、でもこの時間だと食堂の人誰もいませんよ?」

「ちょこっと拝借するだけだ」

「ならば良し! です」

 

 気持ちを切り替え、お姉さまと間食に。

 

 明日からはまたいつものお姉さまでいられるでしょう。私はそれがなによりもうれしいです。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「じゃあ、その召喚師には逃げられたの?」

「そうや。連絡を受けたシグナムが即周囲を探ったんやけど何もなし。シャマルの魔法による索敵でも同様や」

 

 場所は戻って八神はやての隊長室。

 解散を言い渡した隊長室に残った八神はやてとフェイトは、ホテルアグスタでの件について再検討を行っていた。とはいってもちょっとした世間話の延長線上のようなノリなので、重要なものではないが。

 

「鈴が交戦してたっていう人型生物も…」

「おんなじ。姿も影も見当たらへん。全く……試合には勝って勝負には負けたって感じやな」

 

 オークションの警護自体は成功しているが、向こうの本命である謎の物資を奪われてしまったのだ。はやてがそう思うのも正解である。

 

「前にヴィータが接触したって言ってたスカリエッティの戦闘機人やないとすると、向こうは新たに戦力を導入したとみるべきや」

「そしてこれからも増える…」

「やろうなぁ~。頭イタイわぁ~」

 

 偏頭痛を錯覚したはやては椅子に全体重をかけ、クッションを沈ませる。

 

「とにかく、これからはさらに事態は重くなってくるはずや。私らも気ぃ引き締めんとな」

 

 

 

 

 

「はやて、鈴についてなんだけど…」

 

 話は今回新たに彼女らの頭を悩ます事となった鈴へと移る。

 

「鈴のあの髪ってやっぱり…」

「うん。蓮さんの…やろな」

 

 二人が言っているのは鈴の髪の毛について。

 彼女らの記憶の中の鈴は日本人らしい黒。だがこうして出会ってみれば彼女らのよく知る……今はもういない恩師と同じような白髪へと変色している。

 検査でもこの事について異常は確認されなかった。しかしそうなった原因はわかっていない。

 

 人間の髪の毛が白髪になるのは当たり前の事ではある。

 しかし通常の白髪への変質とは違って、蓮と同じような白髪へと変わるのはありえない事である。

 

「蓮さんが鈴に何かをした?」

「ハッキリと言えんけど、考えられる原因の一つやな」

 

 考えられる記憶喪失の原因の一つ。

 普通の人間からすれが一蹴されるようなものではあるが、『秋月蓮』という規格外を知っている彼女らからすればありえない事では無いと言いきれた。彼女らのような実力者でも、今尚『秋月蓮』の規格は計り知れないのだ。

 

「……あの人に頼むしかないわな」

「あの人?」

「そうや。こういう事ならどうにかしてくれそうなあの人…」

 

 

「フェイトちゃんのお母さん、プレシア・テスタロッサや」

 

 




 ※ちょっと設定

 キャロは後方支援魔法と召喚魔法、そして多少の攻撃魔法を使う。
 しかし他にも得意とするのがナイフ。
 旅している最中、獲物を捌いたり獲ったりする内に得意となる。本人は便利な十得ナイフ感覚。
 トドメ、解体用の大型ナイフ、投擲用の小型ナイフ、いざって時の隠しナイフ。ちょっとした武器庫。
 投擲の命中率は高め。

 ちなみに初めての訓練の際に、このナイフを使って他から『質量兵器ダメ、ゼッタイ』と駄目だしくらい、今では魔力を纏わせたりして非殺傷を心掛ける。偶に失敗してエリオにトラウマを植え付けるのはご愛嬌。
 そんな彼女の好物は蛇の蒲焼き。

「お姉さま、蛇を捕まえました! 今夜はごちそうです!」

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