魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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山場的な何かなのに、力量不足な文章。



39・集う!

 

 

 ホテル・アグスタ。

 

 森林の中に建てられたいい意味で景観の良いセレブ御用達の高級ホテル。

 観光や羽休めのための宿泊客の他に、広い多目的ホールを利用した大々的な催しのために集まる人も多い。

 

 本日、その催し会場で行われるのは骨董品ロストロギアのオークション。

 ロストロギアといってもこのような場に流出する以上、安全性の保証はされている。ロストロギアとは滅んだ文明の発達した技術や魔法の総称であり、全てが全て危険というわけではない。

 

 とにもかくにも、本日の舞台はこのホテル・アグスタ。

 

 様々な人が――そして思惑の集う場所。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ティアナ』

 

 

「それじゃ、各自持ち場をよろしくね?」

「「「「はいっ!」」」」

 

 私達フォワード陣の任務は周囲の警備。その指揮官を担当するのは、八神隊長の守護騎士・シャマルさんだ。

 柔らかい大人の女性といった風貌の彼女は直接的な戦闘能力を持たず、サポートに特化しているためこの場にうってつけの人だ。

 

 今日、このアグスタで周囲の警備を担当するのは私たちフォワードの四人、シグナム副隊長、シャマル先生、リイン曹長、ツヴァイ曹長。そしてこの場にはいないけど、要人警護の方はなのはさん、フェイトさん、八神隊長が当たっている。

 ちなみにさすがに全勢力を削ぐわけにはいかないという事でアリサさんとヴィータさん、ザフィーラさんはお留守番である。

 六課の人数をかなり割いているけど、オークションというかなりの人が集まる場において用心に越した事はない。

 

 そしてもう一つの理由としては、このような催しはいわゆる密輸品の輸送や取引の隠れ蓑になりやすいためだ。さらにそれを狙ってガジェットの……ジェイル・スカリエッティからの襲撃も想定の内に入れての配置である。

 

 ガジェットだけならともかく『戦闘機人』が出てくるとなると厄介だ。

 人間の体に機械を融合させ、人間を遥かに超える能力を持たせた存在――それが戦闘機人。

 能力としては超一流と証明されているけど、当たり前ながら倫理の面で問題があり、現在では違法技術として記されている。

 けど相手は次元犯罪者。そんな事は気にも留めないだろう。

 戦闘機人は飽くまで人間の体に機械の融合であって、一介の人間としての思考能力も持ち合わせる。それはあたしも知っている。

 話のわかる相手ならいいけど今回のケースだと次元犯罪者によって生み出され、育成されている……純粋に話のわかるっていうパターンは無いでしょうね。

 

 そう考えていたせいかこうやって屋内や屋外を見回ってると、あちらこちらにいる人間が怪しく思えてしまう。

 

 今、あたしとすれ違った清掃業者の人間。

 

 今、向こうの角を曲がったホテルの制服姿の人間。

 

 今、入り口から入ってきた私服姿の人間。

 

 まるで人間不信に陥ったような錯覚を受けてしまう。

 

(はぁ~、疑いだしたらキリがないってのはわかってるんだけどね……)

 

 戦闘機人の話を聞いてちょっと神経質になりすぎてたみたい。スバルの事もあるしね。

 

(とにかく、気持ちを切り替えて……)

「動くな」

 

 その声と背中に何かを突きつけられるのは同時。

 

(しまった!? このタイミングで!?)

 

 ちょうどここは人の気配も少なく、建物の構造で周りからは死角になる場所。このタイミングで狙ってきたのだというのなら相当な手練れだ。

 おまけに散開して警備してたからあたしは一人。

 

「言っておくが念話の類も禁止だ。なに、質問に答えてもらうだけだ」

「クッ…」

 

 背中の何かがより強く押し付けられる。

 その動作は一種の警告だと暗に示しているのだろう。歯噛みし、懸命に打開策を開こうとするあたしをよそに背後の人間は言葉を告げる。

 

「ちゃんと朝飯は食べたか?」

「…………はい?」

 

 命の危険に晒されてるあたしだけど、出された質問があまりにも場違いすぎて呆けた声を返してしまう。

 

「ちゃんとバランスよく食ってるか? 過剰な鍛錬は控えてるな? 美容の天敵、睡眠不足は避けてるのか?」 

 

 え、何? 何なの?

 さっきから矢継ぎ早に繰り出される質問の意味がわかんないんだけど。

 あぁ、いや…質問の意味はわかるんだけど、意図がわからないっていうか……それでいて聞いた事あるような声っていうか……

 

「……涙ぐましい豊胸体操の成果が実って良かったな」

「大きなお世話よぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 さっきまでの葛藤が一瞬で吹き飛び、ただコイツに瞬速の拳を見舞わせることだけが思考いっぱいに埋め尽くされた。

 一瞬の軸足捻りで一瞬で体位を入れ替え、一瞬で拳をどてっ腹に打ち込む。その結果、我ながら二度と再現できないであろう、芸術的な一撃が相手に見舞われた。

 

「っっっ!?」

 

 パクパクと魚のような口の動かし方からして呼吸も満足にできないみたい。その滑稽な姿を見てると、徐々に思考も覚めていく。

 改めて悶絶する相手をみると、さっきあたしとすれ違った清掃業者の人間だというのがわかる。

 深くかぶった帽子のせいで人相はわかりずらいけど、その隙間から覗かせる見覚えのある髪質、そして覚えのある声……まったく。

 

「……冗談が過ぎるわよ、スズ兄」

「う、くっ……ご、ごめん…」

 

 

 

 

 

「いや~、見事な一撃だったぞ」

「うるさい。それより何でこんな所にいるのよ?」

「見てのとおり、ちょっと遠出だけど清掃業のバイトだ」

 

 ……この兄はまたバイトを増やしたのかしら? 

 兄さんも家の管理だけで十分だって言ってくれてるんだからそこまで気にしなくてもいいんじゃない?

 

「それにしてもまさか仕事先でこうして出会うとは思わなかったぞ。ティアナも今は家に帰ることも無くなったしさ」

「…ごめん。本当にいろいろとこっちも忙しくってさ」

「気にしてないよ。ティアナはティアナの道を行けばいいさ。俺も応援するから。それにしても……」

 

 顎に手を置きながらしげしげと無遠慮にあたしを見遣るスズ兄。

 

「な、何よ?」

「いや、こうして実際に見てみるとティアナも立派になったなぁ~ってさ」

「そ、そうかしら」

「ああ。昔はまだ幼さを感じたけど、今はもう立派に管理局員って感じで。しかもますます可愛くなっちゃってな」

 

 ……この兄は思いもよらぬ所で人を褒めてくるから侮れない。独りでに顔が赤くなるのを抑えられない。

 

「……当たり前か。みんな前を歩いてるだから」

 

 笑ってる中で垣間見えたスズ兄の寂しげな顔。常人なら気づかないだろうけど、ずっと一緒に過ごしてきたあたしは見逃さない。

 

 スズ兄には記憶が無い。

 人は過去という足跡があって今の自分が出来上がる。

 だけどスズ兄はその足跡が消えて無くなっているから、今の自分がどういう人なのかも完全には把握できていない。そのせいかスズ兄は前に進む事に戸惑っている。

 

 足跡が無いから進むべき道が見えない。

 

 たとえ見えても足跡の無いスズ兄はその道がどういう道なのかという判断さえ下せない。

 

 それは……そう、まるで幼子の迷子みたいで……

 

「スズ兄……」

「ん……ああ、すまんな。仕事中に変な悪戯して。俺も自分の仕事に戻るわ。ティアナも仕事に戻れよ?」

「……うん」

「じゃあなティアナ。機会があったらまた帰ってこい。その時はご馳走作ってやるからな」

 

 ヒラヒラと手を振りながら去っていくスズ兄。その後姿にはさっきまでの寂しそうな雰囲気は感じられず、あたしのよく知るいつも通りのスズ兄に見える。

 けどあたしはスズ兄はまだ寂しさを隠していると感じている。『乙女の勘』だからあながち間違いじゃないのかもね。

 

 そんなスズ兄に後ろ髪を引かれるけど、あたしもあたしでやらなければいけない事もあるので、気持ちを切り替えて任務に戻ることにした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ここはホテル・アグスタのオークション会場出入り口付近。

 オークション開始時間も迫り、多くの人が来場する傍らに彼女らはいた。

 各々が纏った衣装はいつもの管理局の制服などではなく、セレブ達の集うこの場において相応しい衣装――ドレスを纏い、薄っすらと嫌味にならない程度に、それでいて彼女らの魅力をさらに引き立てる化粧。立ち振る舞いも相応の教養を感じさせる仕草を交える。

 

 その彼女ら――高町なのは、フェイト、八神はやての三人は会場内の人たちの警護を担当していた。

 この場において無粋な制服姿で警護をするわけにもいかず、とった手段はやむを得ずこういう形となったのだ。もっとも、三名ともがその身に纏う衣装に慣れず、少々窮屈な思いを抱いているのはここだけの話。

 

「あ、来たよ」

 

 最初に気付いたはフェイト。

 それにつられ、なのはとはやての両名もフェイトの視線の先を見る。その先からこちらへと歩いてきてるのは、一組の男女。

 

 男の方は少し低めの体躯に清潔感溢れるスーツを着ており、長い髪と眼鏡が特徴の青年。

 女の方は少々、露出の高めな薄紅色のドレスを纏い、ヒールに慣れないのか歩き方にぎこちなさを表す長身・長髪の女性。

 

 男の方はなのは達に気付くと、足早になりながら手を振る。女は慣れない靴にふらつきながら、フェイトへと一直線に駆け寄り、抱きつく。

 

「みんな、久しぶり」

「フェイト~! 元気にしてたかい?」

「「ユーノ君!」」

「アルフ。うん、元気だよ」

 

 ユーノ・スクライアとアルフ。かつても今もなのは達と苦楽を共にしている仲間である。

 

 

 

 

 

「それにしてもみんな綺麗に着飾ってるからびっくりしたよ。僕なんて何だか『着られてる』って感じでさ」

「あはは、こういう場だからね。アルフさんも良く似合ってるね」

「よしとくれよ。アタシにとっては堅っ苦しい上に窮屈でしょうがないよ。特にこのヒールは」

 

 アルフはうっとおしそうに自身の着ているドレスの胸元を引っ張る。

 この会場の場に合わせて着たのだろうが、それにしてもちょっとばかり露出の高めなドレス。それをさらに引っ張ろうとするものだから彼女の大きな胸が露わになりそうになるが、ユーノが寸でのところで阻止する。

 

「わあぁ!? アルフ、人も多いんだからやめて!!」

「んん? 大丈夫だって。アンタ以外の男には見せやしないよ♪ っていうか昨夜、存分に堪能したじゃないかい♪」

「だ~か~ら~!!」

 

 真っ赤になりながら弄られるユーノ。二人の相変わらずな姿に三人も頬を綻ばせる。長い月日が経ち、変わるものはあれど、変わらないものもあると改めて実感のできる様相であった。

 

 

 

 

 

「……そっか、進展無いんだ」

「ごめん。最近は鑑定の方が多くて、遺跡発掘とかの方は……」

「あぁ、ユーノ君が謝る事じゃないよ」

「願いを叶える――ジュエルシードみたいなのじゃない、本当の意味で願いを叶えるロストロギアがあるといいんだけどね」

 

 ユーノは地球を去った後、スクライア部族と共に未知のロストロギア探索や遺跡調査などの仕事に戻った。

 新しい発見を見つけるたびにユーノが調べるのは、『彼』を助けられるような物なのかどうかである。その度になのは達と連絡を取り、調査結果を伝える。

 このような生活を十年続けてはいるが、未だに『彼』に辿りつく様な成果は出ていない。

 

「な~にをグジグジと言ってるんだい!」

 

 そんなテンション下がり気味なユーノに突如としてヘッドロックをかけるのはフェイトとはやてと雑談を交わしていたアルフ。彼女の力強いヘッドロックによって苦しさに顔を赤らめるように見えるユーノであるが、実際には彼の顔に押しかかるアルフの豊かな胸によって顔を赤らめたりしている。

 まさに『おっぱいこの野郎』状態。爆ぜろ。

 

「大丈夫だって。もうすぐ……それこそ、今日には見つかるかもしれないよ!」

「そ、その……根拠…は? アルフ、苦…しい」

「アタシの狼としての……そして女の勘さね!」

 

 根拠じゃないし、とは言わない。アルフもみんなを気遣ってこの場を空気を戻そうとしているのだ。もちろん、みんなもその好意を無碍にしたりはしない。

 

「うん、そうだね。もうすぐ会えるかもだね」

「せやな。なんか、妙にしっくりくるわ」

「ありがとね、アルフ」

「そうそう、もっと前向きにならなきゃ、女がすたるよ」

「アルフ、そろそろ離して……」

 

 そうこうしている内に、会場から開始を告げるブザーが響く。五人は慌てて会場内へと入っていくのであった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『シャマル』

 

 

 ホテルの屋上は心地よい風が吹き、私と肩に座るリイン、隣のシグナムとその肩にいるツヴァイちゃんを優しく撫でてくれる。

 クラールヴィントと共にホテルを中心に探知魔法で警戒。シグナムもいざという時のために警戒を怠ってない。

 

「はい、わかりました。主はやてから、オークションは予定通り始まったそうだ」

「そうか」

「今のところは問題は無さそうだけど……来ると思う?」

「さてな。ここにレリックは無いがそれ以外に向こうの興味を引く物があれば、自ずと来るだろうな」

「それ以外って何ですか? お姉さま」

「前にも主はやてが言ったように、このオークションを隠れ蓑にした密輸品の取引もあるやもしれん。つまり、向こうの狙いはオークションの出品リストに明記されていないその密輸品の可能性もあるという事だ」

「このオークションは襲撃があれば黒。なければ白という認識でOKですか?」

「まぁ、極論になるがな。来ないならそれに越した事は無いさ」

「そうね」

 

 だけど、そんな私たちの願いは届かず。

 

「クラールヴィントが反応をキャッチ!!」

「来たかっ!?」

「やれやれ、結局は黒か……これは後で主催者をとっちめなければな」

「やってやるです!!」

 

 クラールヴィントの広域サーチによって反応した数は……何てこと! 

 私はアグスタに居るみんなに念話で伝える。

 

『アグスタへほぼ全方位からの襲撃。数も生半可な物じゃないわ。スバルとティアナ、エリオくんとキャロちゃん、ツーマンセルで組んで迎撃にあたって。シグナムは単体、リインとツヴァイちゃんとで迎撃、及びサポートを。結界を張るから可能な限り、四方に広がってガジェットの進入を阻止して!!』

『了解!!』

 

 一同の返事を受け、広域拡大した結界を張る。

 向こうはAMFを持っているからどれだけの時間が稼げるのかはわからないけど、早々に破られるものではないのでないのは確かだ。

 

「みんな、頼んだわよ」

「まかせろ」

「行ってくる」

「ツヴァイ、行っきまーす!」

 

 バリアジャケットを纏ったシグナムたちは各々の持ち場へと飛ぶ。私も現場指揮官としての役割を果たすべく、クラールヴィントと共に意識を高めるのだった。

 

 任務の遂行と、みんなの無事を祈りながら。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 前述したように、ホテル・アグスタは周囲を森林に囲まれている。その規模は様々で、場所によっては日の差し込む林、影の覆う森であったりとそのような場所が広大に広がっている。

 それは即ち、身を隠すのにも最適で。

 

 ホテル・アグスタから離れ、森に身を隠す人影。

 双方は共に小柄な女性。片方に至っては大人にさえなりきっていない。その少女の眼前には空間モニターが表示されている。

 

 そのモニターに映るのは白衣の男。

 不健康そうな顔色に、安穏さなど、微塵も感じさせないような瞳。不適に吊り上げた口端がさらに不穏さを感じさせる。

 

 彼の名はジェイル・スカリエッティ。

 かの有名な次元犯罪者である。

 

『ガジェットは送りこんだ。それではルーテシア、手筈通りに』

「ん」

 

 ルーテシアと呼ばれた少女は薄い感情のまま応える。

 

『大丈夫だよ。目的の物が見つかればすぐにでも、キミの母親は目を覚ますよ』

「わかってる」

『結構』

 

 それを区切りとし、彼はもう片方の少女に眼を向ける。

 小柄な体躯、身を包むボディスーツ、流れる長い白のような銀髪。そして彼女の最も眼を引くのは、右目の眼帯。

 先程のルーテシアに向けた顔のまま、しかしその内面から滲み出る悪意の感情を少女に向ける。

 

『チンクもいいかい?』

「…はい、ドクター」

 

 チンクと呼ばれた少女も、ルーテシア同様に薄く応える。

 

『よろしい、ではルーテシアの護衛ぐらいはしっかりとこなしてくれたまえ”劣化品”』

「…………はい」

 

 ”劣化品”

 

 チンクは幾度と無く呼ばれたその呼称に、もはや沸き立つものは何も無い。ただ静かに飲み込み、返事を返すだけ。

 

 ただ一つ、繰り返すのは『何故?』

 

 何故、私は劣化品?

 

 もう何百、何千と『何故?』を繰り返し、その答えも得ているがチンクにとっては永遠に蝕まむ呪いである。

 

 チンクはふと左手に体温を感じた。

 彼女が眼を向けると、ルーテシアがチンクの手を繋ぐように握っている。小さく、それでいて確かに感じる人間の温もり。

 

「大丈夫」

 

 ただそれだけの言葉なのだが、チンクにとっては安らぐ一言であった。

 さっきまでチンクの内に燻っていた激情が静まる。

 

「すまない、ルーテシアお嬢」

「ううん、いいよ」

 

 二人はホテル・アグスタへと眼を向ける。

 

「ガリュー、お願い」

 

 ルーテシアが誰に言ったのかはわからない。

 だがその言葉と共に、誰も居ない筈の周囲の景色、その一部がかすかに歪んだように見えた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ホテル・アグスタに張られた結界、そして現場の機動六課による健闘の賜物か、来訪していた一般人は建物の外で行われている激しい戦闘に気が付く事もなく大いに自分の時間を楽しんでいる。

 そんな中、密かに張られた結界に気付く、もしくは無自覚に周囲一帯の様子に不信感・違和感を覚えた者も僅かながら存在した。

 

 

 

 

 

「あ~…次までの間、暇だ~」

「だからそれは謝りますって」

 

 ホテル・アグスタの地下駐車場。様々な車が並ぶ中の一台、清掃業者の社名がプリントされた灰色の軽ワゴントラックの中で二人の男が暇を持て余していた。

 運転席に座るのは中年男性、助手席に座るのは白髪の若い男――ご存知、ランスターさん家のスズである。

 

「だいたい、いつもはゆっくりやるのにどうして今日に限って早く終わらせるんだ?」

 

 どうやらこの男性は次の仕事現場の予定時間までゆっくりと仕事を進めて時間を調整つもりだったらしいが、スズがあまりにも早く終わらせてしまったおかげでできた空白時間を持て余しているようだ。

 

「だからたまたまそんな気分だっただけですって」

 

 そんな先輩男性を宥めるスズであるが、その言い訳は嘘である。

 本当はパパッと終わらせて、余った時間で少しだけでもかわいい妹分であるティアナの仕事風景を拝見しようという私的な理由である。

 だが、その目論見はモノの見事に破綻した。

 スズは勿論、その張られた結界に気付いた人間の一人である。

 外に張られた結界を不審に思い、少しばかり『強化』を用いて目を凝らすと外で繰り広げられる戦闘に気付いた。そして建物内にティアナの姿……そしてティアナと同じ制服を着た同僚と思しき人々が確認できなくなった事からキナ臭さを感じ、ティアナへの野次馬根性を引っ込ませて邪魔にならないように駐車場の車に引っ込んだのだ。そしてこの先輩を危険であろう外に出さないようにするための配慮もある。

 

「そんなに暇だったら寝てたらどうですか? 時間近くになったら起こしますよ」

「……そうだな。最近は仕事件数も増えて疲れ気味だったからお言葉に甘えようかねぇ」

 

 スズの厚意に先輩は車の座席を倒し、被った帽子を顔に乗せる。スズもそれを見届け、それまでの間、何をしようかと思案し始めた頃だった。

 

 唐突に大きな音が……まるで質量のある金属同士をぶつけたような不快な音が駐車場内に響いた。

この音に先輩は飛び起き、スズも何事かと眼を見開く。

 

「なん……だぁ? 今の音は?」

「もしかしたら車同士が衝突したのかもしれません。見てきましょう」

「あぁ」

 

 二人は急ぎ、車を降りて音の発生源と思われる場所へと走る。

 

 

 

 その音の発生源はすぐに見つかった。

 二人が見た物は、荷物を積んだコンテナが無残にへしゃげたトラックだった。

 

「なんだこれ。車の当て逃げか?」

 

 遠目で見るには一見はそのように見える。だがスズは先輩とは違った論点で見ていた。

 

(違う……これは無理矢理開けたんだ)

 

 確かにコンテナの扉部分は大型の重量物をぶつけたようにへこんでいる。

 だがスズはそのへこんでいる跡とは別に、まるで鋭角な物で切り裂かれたような痕も見つけたのだ。

 

(偶発的なモノじゃない。意図的にやられたモノだ)

 

 地下駐車場入り口近くからここまで誰とも擦れ違わなかった事から周囲に誰かが潜んでいるかもしれないと警戒する。だがスズの予想とは反して、周囲には人の気配・魔力は感じない。

 

(……気のせい? いや、でも……)

「おい、誰か乗っているのか?」

 

 先輩は人が乗っていないかと確認のため、トラックに近づく。

 

(周囲に居ない……なら…)

 

 スズの移した目線の先はトラック

 

 それと共に歪んだコンテナが 

 

 僅かに――

 

 揺れて――

 

 

「待て、先輩!!」

 

 スズは近づこうとする先輩の襟元を掴み、一気に引き寄せる。

 同時にコンテナの扉が吹っ飛び、黒い人影と確認できた何かが高速でスズに跳びかかってきた。

 

「っ!? せいっ!!」

 

 考えるよりも先、スズは掴んでいた先輩を放り投げて反射的に拳を突き出す。 

 次の瞬間にはスズの拳に硬い人影を殴った確かな感触が伝わり、カウンターの要領で殴られた人影はトラックへ戻されるように吹っ飛ぶ。

 甲高い音をたて、吹っ飛んだ人影の正体をスズはようやく正確に確認できた。

 

 スズの感想としては、ヒーローショーの被り物だ。

 見るからに硬質そうな質感の肌。デュアルアイのような四つ眼。鋭角なフォルムの鎧のような黒い体。虫を何となく連想させる人には無い器官、翅。

 

(人間……じゃない)

 

 そいつはのそりと埋もれた体を起こし、立ち上がる。

 その手には小包サイズのケース。スズはこの人外の目的はケースだったのかとあたりをつける。

 

「な、なんなんだよ、あれ……」

 

 呆然としていた先輩は腰が抜けたのか、座り込んでいた。 

 

「先輩、誰かを呼んで来てくれ!!」

「へっ? だ、誰かって……」

「ホテルの警備員……いや、機動六課っていう管理局の人間を呼んできてくれ!!」

「え? えぇ?」

「早くっ!!」

「わ、わかった…」

 

 恐慌状態の先輩はスズの叱咤にノロノロと立ち上がり、おぼつかない足取りながらも応援を呼ぶべく去って行った。それを見もせず、スズは油断無く人外と相対する。

 

「何者かは知らねぇが、盗みは関心できねぇな」

 

 スズの言葉を理解しているのか否か、人外は背の翅を広げて再び、スズへと跳びかかってきた。その速度は尋常ではなく、並みの人間や魔導師では反応も難しかったであろう。

 

「っ!」

 

 人外の拳打をスズは辛うじて身を捻りかわす。【強化】によって身体能力を上げているスズで以ってしても、早いと思わざるをえない一撃だ。

 だが人外は振り抜いた拳を引かず、その体勢のまま膝蹴りを繰り出す。これも何とか反応できたスズは右の肘を打ち付けるように当てて防ぐが、思ったよりも威力があったのか体を支えきれずよろける。それを逃すまいと人外も体を捻り、大振りの蹴りを放つ。

 

「【盾】!」

 

 防げないと判断したスズは魔法で防ぐ。

 名の如く、盾のように展開された六角形の魔法陣が人外の一撃を阻む。さすがに魔法は予想していなかったのか、人外はバックステップで大きく後方へと退く。

 スズも今一度、深呼吸で気持ちを静める。

 

(目的は倒すんじゃない、飽くまで管理局が来るまでの足止めだ)

 

 構えるスズを警戒してか、人外は腕を一振りすると、その腕に骨格から伸びたような刃を生やす。

 

「逃がすかよ、盗っ人が」

 

 

 

 

 

 

『動きが変わった?』

『はい。ガジェットがまるで有人操作になったような……とにかく手強くなって、みんなも外からの対処で手一杯でホテル内までは廻せません』

『こちらライトニング03。僕らの方も同じです!』

『シャマルさん、私が行こうか?』

『みんな、どう?』

『スターズ03・04。今の所、問題ありません!』

『ライトニングも同様です!』

『シグナム達は?』

『問題無い』

『まかせて下さいです!』

『という訳でコチラは任せて』

『了解。ならこちらは要人警護を引き続き、継続します。各員、健闘を』

 

 なのはは念話を打ち切る。

 

「ふぅ…出番が無いに越した事はないんだけどね、レイジングハート?」

《心中、お察しします。マスター》

 

 未だオークションの真っ最中であるが、シャマルからの緊急連絡ということで会場内を一旦あとにしたなのはは嘆息する。

 元々は来るかもしれないという憶測で充てられた任務ではあるが、結局はこうも――しかも予想以上の戦力を投入してやって来ているという事実にはなのはも頭を痛めぜるを得ない。

 

「このドレスも仕事じゃなくてもっと華やかな理由で着れたらよかったな~」

《例えば?》

「そうだね~……『彼』との…け、結婚式の時とか…」

《夢が広がりますね》

 

 自分の発言に顔を赤らめるなのはをどこか投げやりに返すレイジングハート。レイジングハートに肉体があるならば、さぞや呆れたような顔をしていたことだろう。

 

「管理局、管理局機動六課ってのはいないか!?」

 

 人の少ない廊下に、その声はよく届いた。

 何事かとなのははロビーの方へと行ってみる。そこにはひたすらに管理局を呼べと叫ぶ男性とそれを宥め、取り押さえようとする数人のホテルスタッフ。その大きな声は周りの人間の野次馬根性を刺激して注目を集めている。

 まだ世間の認知度の低い機動六課をどこで知ったのかは知らないが、男性が呼んでいるのならばなのはも応えないわけにもいかなかった。

 

「どうしました?」

 

 なのはの呼びかけに、そこにいる人間がようやく気付く。

 

「な、何だ、アンタは?」

「私は時空管理局機動六課所属、高町なのは一等空尉です」

「ア、アンタが機動六課か? た、助けてくれ!!」

「どういう事ですか?」

「地下駐車場に変な、変な生き物が襲ってきて……とにかくまだあそこに一人残ってるんだ! アイツを助けてくれ!!」

「わかりました。早速、確認してみます。みなさん、この人をお願いします!」

「は、はい」

「頼む!」

 

 男性をスタッフに任せ、なのはは地下駐車場へと向かう。

 

『こちらスターズ01。地下駐車場にてトラブル発生との通報あり。スカリエッティによる可能性もあるので至急現場に向かいます』

『ロングアーチ00、了解や』

『なのは、気を付けて』

 

 フェイト、はやてへ手短に連絡を済ませ、なのはは急ぎ現場へと向かう。

 

 

 

 ドレスからバリアジャケットへと姿を変えたなのはが地下駐車場へと近づくにつれ、彼女の耳には確かに何者かが争うような喧騒が聞こえる。

 怒声のような声、何かを叩きつけるような轟音に危機感を募らせたなのはは漸く辿りつく。

 

 まず確認できたのは、未だに争っている二つの人影、

 

 片方は鎧のような黒の人型。

 もう片方にやられたのか、体から流す血は人間のモノとは違う色をしている事から人間ではないようだ。

 

 次になのはが見たのは先程の男性と同じ制服に身を包んだ男性。

 帽子を被っていて顔までは確認できないが、体中の至る所に裂傷をつくり、血を流しながらも果敢に戦う男性だった。

 

 二人はなのはの姿に気付いた様子もなく格闘戦を繰り広げているが、なのはとて黙って見過ごす訳にはいかない。制止するように声を張り上げ、停戦を促す。

 

「そこまでです!! これ以上の戦闘行為は――」

 

「【盾】!!」

 

 

 

「……………えっ?」

 

 

 

 声が漏れた。

 

 なのはの見たモノは見覚えのある魔方陣。

 

 幼き頃に幾度と無く見た彼の魔法の象徴。

 

 

 

「くたばれ!! 【衝撃】!!」

 

 

 

『彼』の放った魔法の余波で帽子が外れる。

 

 

 なのはの記憶よりも精悍になった顔つき。

 

 多少の声変わりはあれど、なのはの記憶にある『彼』の声。

 

 なのはの記憶にあった『彼』の師と同じ髪色。

 

 

 

「ぁ…」

 

 

 

 十年も想い続けたのだ。

 

 背丈も伸びて大人となっているが、なのはが見間違える筈もない。

 

『彼』を――

 

 

 

『秋月鈴』を――

 

 

 





文才、ナッシング。

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