魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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ティーダの死亡フラグへし折り回。

原作と違って時系列をちょっとだけずらしてます。

あと新キャラ(?)登場。



番外・鈴の音の鳴る頃に

 

 右も左もわからない。上も無ければ下も無い。音も無い。

 

 果ての境界さえも曖昧にさせる奇妙な空間。

 

 何も感じさせないその歪んだ空間を少年は漂う。

 

 少年は死んでいるかのように思えるほどに動きが無い状態で眠っている。

 

 生を感じさせるのは呼吸による腹部の筋運動のみである。

 

 漂う少年の傍に小さな光が一つ寄り添う。

 

 その発光体は掌に納まるような小さな紙片であった。 

 

『―――――――――』 

 

 何かを訴えるように強く光る紙片。だが少年は何の動きも示さない。

 

 やがて光を静めた紙片は少年の胸へと沈みゆく。

 

 そして光は少年を覆いつくし飲み込む。

 

 眩しい程の輝きが治まった後には――

 

 何も残らなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ミッドチルダには廃棄都市と呼ばれる区画が存在する。

 文字通り廃棄され、人気の無いと思われたその場所にて二人の男が疾走している。だがそれは並んで疾走とかいう青春溢れるものではなく、逃走者と追跡者という犯罪臭あふれる光景である。まぁ、実際はその通りなのだが…

 

 追う側は管理局の制服に身を包み、右手に拳銃型のデバイスを持った若手の男。名をティーダ・ランスターという。

 追われる側の男はどこにでも居そうな一般人のような風体である。

 だがこの男…その風体を活かし、一般人を装い、すでに幾人の罪無き人間を手にかけた狡猾な次元犯罪者である。さらには魔法を扱う者としても中々の手練れであるため、管理局の人間でも迂闊な接触は危険と判断されてきた。

 

 管理局は男を発見という報を受け、すぐさま行動に乗り出した。

 手練れの凶悪犯という事でチームが編成され、その一人であったティーダ・ランスター。接触後、やむを得ず交戦となり幾らかのダメージを負わせたが、不利と判断した男はその巧みな手腕で逃走。すぐに追跡を開始し、再び接触できたのはティーダのみ。ちょっとした運という要素も絡んだ結果である。

 

「待てっ!!」

 

 ティーダの何度目かの制止の声も当然ながら及ばない。すでに仲間にも連絡を入れているが、男が逃走を続けている以上は合流もままならなかった。

 空からの追跡劇から地上の追跡劇へと移り、廃棄都市の荒れた地面に足をとられそうになりながらもティーダは男を追った。男は魔法をティーダへと放ちながら逃走を続ける。

 仲間の援護や男の体力と魔力の消費、負ったダメージからして逃走もそう長くは続かないと判断したティーダは迂闊な行動も取らず、慎重に追い続けた。

 

 だがここでティーダにとって、運は悪い方へと傾いた。

 男の逃げる通りの先、細い路地から一人の人間がフラリと現れたのである。

 

(何で、こんな所に!?)

 

 男の行動は早かった。その人間の首に腕を回して締め上げるように抱きかかえ、空いた手には魔法が発動寸前の小型デバイス。

 

「へ…へへ、形勢逆転だな!!」

「くっ!」

 

 己のデバイスを向けながら、ティーダは悔しそうに歯噛みし、男が人質にしている人物に改めて目を向ける。  

 背丈からして子供だと思われる。男か女か…それは全身を、目元をも覆いつくしたボロボロの外套のせいで判別できない。このような場所、そしてその見た目からしてストリートチルドレンだとティーダは判断する。

 

「おっと、迂闊に動くなよ。オマエが撃つより早く俺は魔法を発動できるぜ」

「卑怯な…」

「卑怯? 最高の褒め言葉だな!! さてと…それじゃ、その手のモンをさっさと捨ててもらおうか? ああ、バリアジャケットの解除も忘れんなよ?」

「……」

「……このガキの命がいらないと見えるな、立派な管理局さんよぉ!!」

「わ、わかった!」

 

 ティーダはデバイスを放ろうとする。犯人を目の前にしながらこの体たらくに、ティーダは悔しさを滲ませる。

 

「…ねぇ、おじさん」

「あぁっ?」

「?」

 

 突如として割って入った声。

 この高い声は人質となってる子供から発せられた。やはり子供だったと思うティーダを他所に、子供は続ける。

 

「おじさんって悪い人?」

 

 ティーダには何を言っているのかわからなかった。男も訝しげな表情を浮かべる。てっきりこんな状況に追い込まれたのだから怖がっているのかと思いきや、子供の発する声にはそのような色は含まれていない。淡々と質問を繰り出しているだけである。

 

「どうなの?」

「へっ…ガキ、こんな事してる俺が善人に見えるってかぁ?」

「それもそうだね。じゃあ…」

 

「ゴチになりやす♪」

 

 何が…と思う暇も無かった。

 子供は右手で自分に向けられたデバイスを逸らし、左の肘を男の鳩尾に叩き込んだのである。

 苦悶の声がティーダの耳にも届く。次いで少年は下がった男の頭へ後頭部の頭突きをかます。ふらつく男の拘束から自由になった少年の体から繰り出されるは容赦の無い連撃。

 肘、膝、踵、子供の体でも十分凶器となりうる硬い骨の部位を使い、男の急所へと突き刺してゆく。もはや男の意識は朦朧。子供は最後に軽く跳躍。その際、頭を覆っていた外套がようやく捲れる。

 

「くたばれっ!!」

 

 空中で体を捻って回転させ、踵を男の首筋へと叩き込んだ。

 遠心力、踵の硬度、軽いとはいえ子供の全体重の乗った一撃に、男はとうとうその身を地面へと沈めた。

 もし男がバリアジャケットを纏っていたらこんな事にはならなかったであろう。男の運も悪い方へと傾いていたようだ。

 

 あまりの想定外の光景により呆気に取られるティーダ。残る思考力を動員し、改めて少年に目を向ける。

 年の頃は九~十といった辺り。着ている服は白のカッターと黒のズボンだったのだろうが、今は薄汚れていてお世辞にも清潔とは言い難く、髪も肌も同様だ。

 だがその少年の容姿で最も目を惹くのは、その髪。

 目元を隠すほどに伸びた髪は白。それもただの白ではない。汚れで煤けてるにも関わらず、透明感さえも感じさせるような綺麗な白。洗い落とせばさらに輝くのではないかと錯覚させるような美しさである。それに対極するかのように瞳は黒。コントラスト映える組み合わせ。

 

(何なんだ、この少年は?) 

 

 ティーダがそう思うのも無理はないだろう。 

 と、ここでティーダは埋没した意識を表に戻す。少年は何やら男の体を弄っていた。何がしたいのかわからないティーダは素直に聞いてみる。

 

「な、何をしてるのかな?」

「追い剥ぎ」

 

 管理局員を前に、中々図太い少年であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 日を跨いで翌日。

 廃棄都市とはうって変わって、人の生活を感じさせる中央区画。いくつも立ち並ぶ建物の一つ、俗に言うファミリーレストランと呼ばれる所に場面を移そう。

 親子連れ、カップル、友達、様々な人で賑わう店内に二人はいた。

 

「コレとコレ、あとコイツも」

「か、かしこまりました。以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

「は…はははっ…」

 

 顔を引き攣らせる店員さんとティーダ。その引き攣る理由は一つ、注文過多だ。

 

 昨日、犯人を無事に逮捕した管理局であったが、ティーダは一つだけ納得の出来ない事があった。 それは犯人逮捕の貢献者である少年への応対がおざなりであった事だ。

 ティーダの上司は面子を気にしすぎる人物であり、ストリートチルドレンである少年が犯人を捕まえたとあっては管理局の沽券に関わるといって事実を捻じ曲げ、報告書に本来なら記入すべきである少年の存在を抹消し、手柄は全て管理局側の物と報告したのであった。

 ティーダが気付いた時には既に手遅れ。若き正義感を募らせるティーダはその事を少年に伝えたが、当の本人は気にした様子もなし。せめての償いをと、こうして自腹を切って食事に誘ったのであった。

 

「さてと…改めて自己紹介をしよう。俺はティーダ・ランスター、時空管理局員だ。キミはええっと…ナナシー君でよかったかな?」

「あ、それ偽名」

「…はぁ?」

「それは咄嗟だったから適当にでっち上げた偽名」

「な、何でそんな事を?」

「う~ん…アンタはいい人そうだから明かしてもいいか」

「んっ?」

「俺って名前がわからないんだわ」

「……えっ?」

「名前だけじゃない。経歴全てを覚えてないんだ。気が付いたらあの場所に居て、そこで一ヶ月ほど過ごして今に至る」

 

 ティーダは悪い事を聞いたか?とバツの悪い顔を作る。

 

「身元を証明するようなもんも無し。だからまともに金も稼げない。昨日の追い剥ぎだって外道相手だったから良心も痛まなかったし…あ、だからといって犯罪には手を染めてねぇぞ?」

「……そうかい」

「まぁ、あんまり悲観はしてないさ。俺以外にも難民はいたし、記憶だって時間が経てば戻るだろうしさ」

「前向き…なんだな」

「嘆いて落ち込むよりは建設的だろ?」

「そうかもね」

 

 ティーダにも漸く笑顔が戻る。

 そこから話が続く前に、注文した料理の数々が運ばれてきたので、二人は会話を一旦打ち切り、食事に専念する事にした。

 

「そんじゃ、いただきます♪」

「うん、遠慮せずにどうぞ」

 

 

 

 食事を終わらせ、店外へと出た二人。ティーダは予想を遥かに上回る出費に内心涙目であったがそこは大人、悟られないように表情を繕う。

 

「今日は本当にありがとうございました。この恩は忘れません。それでは、縁があればまたどこかで」

「あ、あぁ。それじゃあ…」 

 

 少年は踵を返す。

 二人はココまで。明日から互いの道がほぼ交わることの無い関係へと戻るであろう。元来ならそれでいいはずであった。ティーダと少年の立場を考えれば、それが本来の在り方なのだから。

 だがこの時湧いたティーダの独善的ともいえる正義感はその在り方を良しとしなかった。

 

「なぁっ!」

「はい?」

「もし良かったら……俺の義弟にならないか?」

「…………はいぃぃぃっ!?」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 一週間後、再び二人は並び歩く。今度の目的地はティーダの自宅である。

 

「じゃあ、今日から頼むよ?」

「かしこまりました、旦那様」

「……敬語無しで」

「あいよ」

 

 さて、ここまでの経緯を簡単に説明しよう。  

 当初はティーダの申し出を断った少年であった。一時の気の迷いであろうと思ってた少年であったが、この誘いが一週間も続くとさすがにティーダの本気を感じた。

 ティーダの好意を無償で受けるのに気が引けた少年は妥協案として、義弟では無く住み込みの家政夫としてならと互いに了承。こうして記憶の無い少年は住居と仕事を得たのである。

 

「つ~か、俺を養えるほどの余裕はあるのか?」

「恥ずかしい話だけど、俺も妹も生活費以外に使う事も少なくてな。君一人くらいなら余裕はあるさ」

「そっか。で、その妹さんに俺の事を伝えてるの?」

「大丈夫、伝えてるよ」

「了承は?」

「・・・・(汗)」

「ダメじゃねぇか!!」

「い、いや、大丈夫だ! ティアナだって話せばわかってくれるって!」

「妹さんは年頃の子なんだろ! オマエ、その時期の女の子は繊細なんだぞ! ヘタにトラブルを招くだけじゃい!!」

「うっせぇな!! 俺の妹だぞ? わかってくれるっつーの!!」

「逆ギレすんな!! それとオマエ、そんなキャラじゃねぇだろが!!」

「この作品においてキャラ崩壊は今更なんだよ!!」

 

 公道の真ん中で騒がしい二人である。

 

 

 

 

 

 コロコロと場面の転換が多い今回だが気にしないでほしい。

 

 今はマンションの一室、ティーダ・ランスターの住居である。そこで少年は非情に居心地の悪い空気に胃を痛めていた。

 原因はテーブルを挟んで向かいのソファーに座る、少年と同い年くらいの少女のせいである。

 ちょこんと両サイド短めのツインテールが愛らしいティーダの面影を匂わせる可愛らしい少女。彼女こそがティーダの妹、ティアナ・ランスターである。

 だがその可愛らしさも、あからさまに発している『私、機嫌悪いんです』オーラのせいで逆に恐怖を感じる少年とティーダ。 

 さすがにこの沈黙に耐えられなくなったティーダ。咳払いを一つ、話を切り出す。

 

「え~と、ティアナ。こっちが前に俺が言ってた子だ。ワケあって今日からウチのお手伝いとして住み込みで働く事になったからよろしくな」

「ふ~ん、へ~」

 

 少女は少年を睨む。隠そうともしない敵意に少年はたじろぐ。

 

(まぁ、わからんでもないけど…)

 

 実はというと、少年はこの少女の敵意の理由について、ある程度の憶測がたっていた。

 子供というのはえてして自分の領域というのをもつ。それは交友関係であったり、文字通り自分の居場所だったりと定義は様々。

 ティアナにとっての領域とは両親を失い、兄と二人で過ごしてきた時間と居場所。そこに少年という異物を入り込ませれられれば、ティアナにとっていい気分はしないだろう。

 

 これが少年の見解である。とはいえ、いつまでも怯んでいられないと少年はできる限り、笑顔で自己紹介を始める。

 

「初めまして。キミがティアナちゃんだよね。俺は…」

「……」

「俺は……」

「……?」

 

 尻すぼみになっていく少年に、さすがのティアナも訝しげな顔をする。だがそんなティアナを他所に、少年の視線はある一点へと集中している。

 それはティアナの髪留めとして使われている鈴へとだ。

 

(鈴…すず……スズ……っ!!)

 

「俺の名前は『スズ』だ。よろしくね」

 

 胸を張り、謎の自信を込めた名乗りである。

 心の何処かで『何か取り返しのつかない事をしたかも』と思わなくもなかったが、少年は些細なことと切り捨てた。

 

(おい、何だよその名前。適当すぎるだろ?)

(いや、俺の名前って確かそんな感じだった気がするんだ)

(!! 記憶が戻ったのか!?)

(いや、全然。名前、こんな感じだった?みたいな…曖昧さだ)

(……そうか)

「さっきから何を内緒話してるの?」

「「何でもありません!!」」

「とにかく、今日からウチの一員となるんだ。ティアナ、よろしく頼むな」 

「……フンッ!!」

 

 少年にとって先行きに不安を感じざるをえないファーストコンタクトであった。

 

 

 

 その夜、食卓にて。

 

「なぁ…スズ」

「ん、どした~?」

「オマエって…記憶喪失なんだよな?」

「そだよ~」

「じゃぁ…なんだよ、この凄く凝った料理の数々。しかもうまいし…どこで覚えたんだ?」

「いや、俺にもわからん。台所に立ったら、体が勝手に…」

「記憶を失う前ってどこかの主夫だったんじゃ…」

「……かもね」

 

 そしてティアナは――

 

(……私のよりおいしい)

 

 ちょっぴりジェラシー。

 

 

 

 

 

 スズの働きはティーダの予想を遥かに上回るものであった。

 料理だけに留まらず、他の家事全般においてもスズは業者顔負けの手際を発揮。おまけに出費関係においてもスズは遣り繰り上手であったため、彼の家はスズが増えたにも関わらず、今までのように蓄えも備えられる余裕がある。ティーダが本当にスズが記憶喪失なのか偶に疑ってしまうのも無理はないように思える。

 

 そんな順風満帆に思えるスズを交えたランスター家であるが、一つだけシコリを残している。

 それはスズとティアナの関係。

 スズがいくら友好的に接しようとティアナは中々心を開かない。ティーダも言い聞かせ様とするが、普段は素直に言う事を聞くティアナもこの事に関しては断固として首を縦に振らなかった。

 どうしたものかと頭を悩ませるスズとティーダ。何度も意見を酌み交わすが、結局は時間が解決するだろうという答えに落ち着く。

 そんなある日、管理局員であるティーダの耳に一つのニュースが届いた。 

 

  以前、スズにやられた男が護送中に逃走した……と。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ここはスズが以前まで過ごしていた廃棄都市の一画。時も遅く、既に夜は訪れている。

 その闇の中をひたすら全力でスズは走っていた。

 流れる汗が頬を伝い、吐く息も荒い。結構な距離を走り、体力も相当に消耗しているにも関わらずスズは一向に速度を落としたりはしない。

 彼がこうまでして向かう場所、そこにはティアナが居るはずだから。

 

 

 

 犯人が逃走した日からティーダは管理局で寝泊りをする日々を過ごしている。つまりは彼の自宅にはスズとティアナしか居ないという事実。両名は外出をなるべく控えるよう、する時には誰かと一緒にときつく言い聞かせられていた。

 そんな中でスズとティアナは喧嘩をした。

 正確には一方的にティアナがスズに当り散らしたのだ。すれ違いの生じたまま二人だけで過ごす時間に、ティアナが耐え切れなり自宅を飛び出した。

 勿論、スズは追いかけ必死に探した。だが一向にティアナは見つからず、一旦戻ろうかという時に見知らぬ人から一枚の紙を受け取った。

 

 それにはティアナ誘拐の旨と誰にも知らせずに一人で目的地に来いという文だった。

 渡してきた人に、この文を渡した人物の特徴を聞いたスズの脳内には一人の人物が符合した。それは現在逃走中の男。

 動揺する心を何とか落ち着かせ、スズは思案する。犯人の性質等を考えた結果、スズはティーダ一人の増援を頼み、一人で向かう事にした。その際、ティーダは必死に止めようとしたが黙殺。スズはその場から駆け出したのだった。

 

 

 

 スズの目の前には廃墟となったビル。

 男の寄越した文によると、ティアナはここに居るはずである。意を決して中に足を踏み入れるスズ。建物の中は当然ながら暗く、視界もままならない状態。幸い、この光の乏しい廃棄都市で過ごしたスズは夜目が利くのでさしたる不便さを感じる事無く歩く。

 幾つかの階段を上がったスズ。靴音だけが鳴り響く静寂の空間に他の音が混じる。

 

「やっと来やがったか…」

「!?」

 

 だだっ広い室内、声の方へと振り向くスズの先に男は居た。

 瓦礫に腰かけ、服装は管理局の正規のバリアジャケット。ギラついた獰猛な眼がスズを射抜く。右手には脱走の際に強奪された管理局支給のデバイス。この手の物にはロックがかかっている筈なのだが、管理局のバリアジャケットを纏っている姿からして解かれたと見て間違いないのだろう。

 

「ティアナはどうした?」

「そこに転がってんだろ。俺は優しいからなぁ、ちゃ~んと生かしてやっておいたぜぇ。ちょこっと調べてみたらコイツはいい餌になるって思ったんでよぉ、使わせてもらったわ」

 

 よく見るとバインドで固定され、猿轡を噛まされたティアナが横たわっていた。乱暴にされたような形跡も無い。その事実に俺は胸を撫で下ろす。ティアナはティアナで、何故だか眼を見開いてスズを凝視していた。

 そんなティアナを置いて、スズは男と向き合う。

 

「さて、何が目的だ? どうすればティアナを開放してくれる?」

「目的ぃ? んなもん、一つだけだ」

 

 瞬間、スズは太腿に違和感を感じた。痛みとも痺れとも感じさせる感覚と共に、スズの左足から力が抜ける。

 

 視線を向けるスズの眼には穴の空いた自分の左腿が見えた。

 

「――ッ!?」

 

 スズの脳が認識した途端、一気に痛みを自覚させる。歯を砕けそうなほどに噛み締め、声を抑える。男は立ち上がってスズへと歩み寄り――顔を蹴り飛ばした。

 

「俺ってさぁ、結構自覚ある悪党だったワケよ。それがなんだぁ、オマエみたいなガキにやられたとあっちゃ~、プライドが許さねぇんだわ」

「ッ!!」

「だからよ~、俺のプライドのための犠牲になってもらわんとなぁ~。味わえよ、絶望を…」

 

 地面で悶えるスズへと男は容赦なく痛めつける。

 手加減せず、かといって死なない程度に、ジワジワと真綿で締め上げるようにじっくりと……体を丸めて、ダメージを最小限にしようとすれば今度は魔法を浴びせてくる。

 

「イテェか? いてぇよな!!」

 

 さらに踏みつけようとした男だったが、突如として倒れた。それはスズが男の足を掴み上げ、こかしたのだ。スズは力を振り絞り、体勢を整えて――

 

「ウラァッ!!」

 

 男の腹部に渾身の拳を振り下ろした。だが――

 

「………ガキが」

 

 ダメージは通らない。

 スズがこの時とった行動は下策。バリアジャケットを纏っている男に物理攻撃が通用する訳もなく、ただ逆上させるだけであった。普段のスズであればわかりそうなものだったが、度重なる暴力によって負ったダメージに意識がまともに働いていなかったのだ。

 

「さてと、覚悟しとけよガキが……」  

 

 再び、暴力の幕が開ける。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ティアナは目の前で繰り広げられる暴力に耐え切れず、眼を閉じた。本当は耳も塞ぎたかったが、手足の利かない以上はそれは叶わない。

 

 ティアナはひたすらに後悔した。自分の我が侭でスズに当り散らし、自分の勝手な行動のせいでスズはこんな酷い目にあって、自分が無力だから助ける事もできない。そして耐え切れず、こうして眼を逸らしてしまった事実に。

 

(ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)

 

 本当はティアナもスズを迎えたかった。

 だが自分だけだと思っていた兄がスズに構う姿を見ている内に嫉妬心が募り、それが良心を上回る。

 ティアナはまだ大人ではない。頭の理解と感情は別物になるのは、この年頃の子にはよくある事である。勿論、今更な事ではあるが…

 

 結果、この惨事へと辿った。

 現実から眼を背けていたティアナ。突如として訪れた静寂を機に、漸く眼を開く。

 

 そして再び、それを後悔した。

 見下ろす男の冷徹な視線の先には、まるで死んだようにスズが横たわっていた。体中傷だらけ……無事な場所を探すのが難しいほどに痛めつけられていて、空気が抜けるようなか細い呼吸を繰り返すだけであった。

 

「だいぶ堪能したな。んじゃ、仕上げといくか」

 

 男はティアナへ近づく。その足音に怯えるティアナ。逃げたくても逃げられないティアナへ、男は薄ら寒い笑みを浮かべながらデバイスを向ける。

 

「嬢ちゃんよ、ガキに絶望を味あわせるための生贄になってもらうわぁ」

(い、いや…いや……)

 

 デバイスの先に魔力が集う。完成されてゆく魔力弾は死刑執行へのカウントダウン。その恐怖に耐えられないティアナはまた眼を瞑る。

 

「…ま、ち…やが…れ」

 

「あぁん?」

(っ!?)

 

 スズの声に眼を開けるティアナ。ふらつきながらも立ち上がるスズがそこにいた。  

 

「しぶてぇじゃねぇか、ガキ」

「…ァナに…」

「あぁ?」

「ティアナに手を出すんじゃねぇぇぇっ!!」

 

 それは傍から見ても異常な程の速さだった。

 傷だらけの体……そして子供とは思えない速度で、スズは男との間合いを詰めた。驚愕に気をとられた男は行動に移せない。その隙に、スズは再び拳を繰り出す。

 

 拳は男の腹部へと突き刺さった。

 突き刺さったままの拳ではあるが、男の体は微塵も揺るがない。

 

「ハ、ヒハハ、やるじゃねぇかガキよ。けど学習能力が足りねえな。バリアジャケットに効くワケねぇだろ!!」

 

 そう、このままではさっきの二の舞であるのは明確。

 

「アンタに…」

「あん?」

「アンタに散々やられたせいで思い出した事が一つだけあるわ…」

「何言ってやがる?」

 

 飽くまで『このままでは』だが……

 

「くたばれ…【衝撃】」

 

 とてつもない轟音が響いた。

 ティアナの見た光景、それは男がまるでゴムボールのように勢いよく吹っ飛んでいく光景だった。

 男は地面を跳ねることも無く、そのまま壁に叩きつけられる。その際に壁には男を中心にクレーターが出来上がった事から、威力の程が窺える。そのまま地面に墜ちた男は微塵も動かない。

 

 ティアナはさっきまでの恐怖もどこへやらといった感じで放心状態。我にかえったのは、何時の間にか傍に居たスズに声をかけられてからだった。

 

「大丈夫か?」

「う、うん…でも、それ…」

「んっ? あぁ、この怪我か…【治癒】」

 

 スズはまるで何でもない事のように魔法を使い、傷の治療を始めた。一方のティアナは混乱の境地。スズが魔法を使えるという事実も然る事ながら、兄の魔法とは違う系統、おまけに効力も尋常ではない魔法にだ。

 治療が終えた頃には、いつも通りのスズがそこにいた。

 

「魔法…使えたの?」

「……思い出したのはついさっき。アイツにボコボコにされてた途中だ」

「記憶……戻ったの?」

「いや、全然。魔法の一部分だけ」

「…………ご都合主義」

「違いないな、はっはっはっ!」

 

 スズの場違いな笑いが響いた。

 あれだけ酷い目に遭ったにも関わらず、スズは既にいつも通りのペースだ。その姿に拍子抜けと共に、密かな安堵感を感じたティアナは知らず、小さな笑みを浮かべていた。

 

「ねぇ?」

「ん?」

「何で助けてくれたの?」

「何で、んな事聞く?」

「あたし…いっぱい悪い事して…」

「気にしてないよ。そうだな…」

「ティアナが大切な人だったから…かな」

 

 その言葉が限界だった。ティアナは涙を流しながらスズへ、今までの感謝と謝罪を…想いをぶつける。

 スズは優しくティアナを抱きしめ、その想いを受け止めるのであった。

 

 

 

 

 

 その後、スズの要望通りにティーダが一人でやって来た。下手に犯人を刺激しないための考慮だったのだが、スズが一人で倒してしまったためにそれも無駄に終わった。

 事件のあらましを素直に説明したスズだったが、一つだけティーダに頼みたいことがあった。

 それはティーダが一人で解決したという報告。

 誘拐は無かった。偶然、出くわしたティーダが犯人と交戦、取り押さえたという筋書きにしてほしいと。

 当たり前だが、ティーダは反対。しかし、スズは全てを丸く収めるためにはこうするしかないと粘り強く交渉を続け、何とか成功させたのだった。

 

 なぜ、そのような事をするのか?

 それはスズが自分の扱う魔法に危険性を感じたからだ。管理局に知られたらどうなるのか、見当もつかないスズはなるたけ秘匿にしておきたかった。スズはこの先、余程の事が無い限り魔法を使う事も無いだろうと予測していた。

 ついでに犯人の記憶を操作する魔法を使い、ティーダにスズの扱う未知の魔法が如何な危険性を秘めているかを説いたのが功を奏した。

 

 その後、犯人は管理局に身柄を拘束され、拘置所に送られた。また聴取の際に、ティアナとスズの名前が出ることは一度もなかったという。

 

 

 

 

 

 こうして、一つの事件は無事に解決へと導かれた。

 

 ティーダはこの事件によって昇進の話も出ていたが、辞退したという。

 やはり本当は自分の解決した事件でないというのが決め手だったのだろう。執務官という夢は遠のいたが、彼は後悔していない。

 

 それがティーダ・ランスターなのだから。

 

 

 ティアナは以前の時の態度とは一変、スズとは本当の兄のように慕うようになった。初めて彼をスズ兄と呼んだ時、スズがうれしさと恥ずかしさで悶えたのはいい思い出。

 

 ちなみに本当の兄であるティーダは密かにジェラシーを感じ、パルパル呟いているという。

 

 

 スズは相変わらずだった。

 記憶も過去もわからないが、悲観もせずに気楽に過ごしている。再びティーダに「ランスターを名乗らないか?」と言われたが、謹んで辞退した。気楽にしていても、彼なりに思うところもあったのだろう。

 

 彼の記憶が戻る時は、果たしてくるのだろうか?

 

 

 何はともあれ、今日もランスターの家は平和である。

 

 

 

 

 

 ※おまけ

 

1・戻らない

 

「【覚醒】」

「スズ兄、何してるの?」

「いや、記憶が戻るかなって思ったんだけど……」

「ダメだったの?」

「うん…」

「だ、大丈夫。いつかちゃんと戻るって」

「そう…だな、うん」

 

 ちなみに彼が記憶を取り戻すのには、実に長い年月を要する事になるが……今の彼には知りよう無い事である。

 

 

 

2・疎外感を感じざるをえない

 

「スズ兄、ご飯の準備手伝う」

「おぉ、ありがとな」

「……」

 

 

「スズ兄、お風呂入ろ!」

「う~ん…まぁ、いいか…」

「……」

 

 

「スズ兄、はやくはやく!」

「わかってるって。じゃあティーダ、行ってきます」

「……」

 

 

「ただいま~」

「戻りました、ティーダ……あれ?」

「お兄ちゃん?」

「ティーダ、何処に…ん、何だこれ?」

 

『旅に出ます探さないで下さい。スズ、ティアナ、お幸せに…』

 

「「…………家出だあぁぁぁぁぁっ!!!!」」

 

 その後、近くの飲み屋にて自棄酒で酔い潰れてたティーダを無事に保護。ティーダにもちゃんと構うようになったという。

 

 





イッタイダレナンダー?

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