エターナルロリータ脱却計画。
ヴィータは永遠のロリータだろうが!!
という方はご注意を。
――ある日の夜神家にて――
管理局への任務従属活動も終わり、保護観察も解かれた。
それを機に、彼女は以前から計画していたことを実行へと移す。
そのための覚悟の証として――
洗面台の鏡に自身の姿を映し、銀に輝く刃を髪に押し当てるのだった。
「あ、ヴィータ。どない…した……ん?」
「ヴィータちゃん?」
「ふえぇぇっ!? ヴ、ヴィータちゃんがグレちゃった~!? 反抗期です、十と五の夜です!?」
「「「……」」」
その家の主、夜神はやてとそれに連なる面子は居間に入ってきた元守護騎士である彼女、ヴィータの姿を見て驚愕を顕にする。入ってきたヴィータの格好は普段着るような動きやすそうな格好でそこまではいい。
問題は彼女の足元に置かれた少し大きめの肩下げ鞄。そして彼女の髪の毛にあった。かつては三つ編みにされていた彼女の長い髪、よくはやてから手を加えられていた髪。
その髪の毛はバッサリと切られており、はやてと同程度の長さになっている。
特に切り整えたりしなかったため、不規則に切り揃えられた状態だ。
周りの戸惑いを他所に、ヴィータははやての前へと歩き、そして傅く。元守護騎士である、その彼女の仕草は堂に入っている。
「はやて、アタシは…アイツを探してくる」
「…ヴィータ」
「前にはやてが言っってくれたよな? 守護騎士じゃなくなったからって負い目を感じる事なく、アタシの自由に生きればいいって」
「うん、確かに言うたよ」
「アタシはアイツに助けられたからこうして生きている。なのは達がそれぞれのやり方があるように、アタシはアタシのやり方でアイツを探そうと思う」
元々気の長い方じゃないしなと彼女は締め括る。
はやてはそこでヴィータの真意を悟る。
ヴィータの切った髪と荷物。荷物は純粋に旅支度。切った髪の毛は彼女の覚悟の証なのだと。
そこまでお膳立てしているのであれば、はやてとしても反対の理由は無い。寂しくはなるだろうけど、妹分の応援をしてやりたいというのが彼女の弁。
守護騎士の連中も止めない。主であるはやてを想うように、ヴィータも今の主を想っての行動だと理解したからだ。
「行ってきます」
「がんばりや、ヴィータ」
◆ ◆ ◆
――そして月日は流れ――
とある管理世界のとある場所。
周囲は切り立った岩肌が露出しており、渇いた風の吹く荒野。その荒野に横たわるのは巨大な魔法生物。
一見すると、岩のような鱗に覆われていた百足と表現できる。だが今その生物は無残な亡骸と化していた。頑丈そうな鱗は至る所が砕かれ青い血を撒き散らしており、複眼に宿っていた光は既に消え失せている。
その巨大な魔法生物の亡骸の上にポツンと座り込んでいるのは一人の女性――いや、少女。
少女は豪快に喉を鳴らしながら水筒を逆さにして水を飲んでいる。口の端から零れても気にせずに呑み続けるその姿、そして先ほどの生物の体液を体にこびれ付かせた姿は背景の荒野とマッチしてワイルドな印象を持たせる。
「あ…」
少女が口から水筒を離すとポタリと滴が垂れ、少女の口の中へと納まる。
「チッ、終わったか…」
水筒の口を閉め、肩下げ鞄の中へと収納。ついでとばかりに手帳を取り出し、ページを捲り始める。
パッと見はまだ子供と称してもよい程度の小さな体格。服装は素肌に密着し、体のラインを浮き立たせる黒いインナー。その上に羽織るは紅いジャケット。合わせるように下も紅いズボン。裾ごと覆う紅と黒のラインの奔るブーツと同じような色彩のグローブ。そんな全身を覆い隠すように纏うのは、くすんだ色の外套。
そして肩に担いでいるのは少女の長年の相棒であるデバイス、グラーフアイゼン。
「水と…食料もだな」
パタンと手帳を閉じ鞄に仕舞いこむのは、あの頃よりも僅かながらに成長した少女ヴィータ。勢いよく立ち上がり、そこから北の方へと飛び立つのであった。
◆ ◆ ◆
『ヴィータ』
はやての家を出て数年、アタシは今もアイツを助けるための手段を探している。
様々な世界・遺跡を巡り、以前のアタシだったら興味も持たないようなロストロギアも調べてみた。虚数空間へ干渉できるような方法を探して。
後はいろんな世界での訊きこみとかもしてるな。もしかしたら…それこそ万に一つもないような確率だけど、アイツが次元漂流者になってるかもしれないと思ってだ。成果は上がらないけどよ。
「…と、見えてきた」
聳え立つ山々の麓辺り、まるで山に抱かれてるようにも見える集落。いくつかのテント(ゲルって言うんだったか?)の集まり。アタシの目的地だ。
目的といっても水と食料の補給だ。一人旅である以上、やっぱりその辺りは死活問題だからな。キッチリしとかないと、すぐに野垂れ死んじまう。ちゃんと食って寝て魔力の回復を図る。それが今のアタシの体の生きるための基本。
集落から距離を置いた所で着陸、そのまま徒歩で集落を目指す。この集落はアタシが他の管理世界で見てきたような少数民族の集落。
名前は『ル・ルシエ』。召喚獣と共に在る数少ない部族だ。
「止まれ!」
集落に到着した頃、いかにもって感じの服装で固めた大人二人に制止を掛けられる。
いきなりやってきたアタシの姿を見て、さっきまで外にいた連中は挙ってゲルの中に避難していく。そのくせチラチラと天幕の隙間から覗き見はやめない。
別に不快感を感じたりはしない。こういう民族は大抵、余所者への警戒心が強い。旅の途中、何度か経験しているアタシとしてはもう慣れっこだ。
ただ何だろうか…この集落の空気が妙にピリピリしている?
「何用で此処に来た?」
その見立ては正しかったようで、この門番の役割している二人には友好さの欠片もない。さっさと出てけとばかりの態度。これはさっさと用事を済ませて発つに限ると判断した。
「急で不躾な訪問をお許しください。アタシはワケあって人を探す旅をしています。ここに立ち寄らせて貰ったのは他でもなく、食料と水が心許なくなりまして。差し出がましいのを承知でお願いします。僅かでかまわないので分けてもらえませんか? 勿論、対価は払います。用事が済み次第、すぐにでもここを発ちます」
…うん、アタシは頑張った。
自分らしくない敬語を駆使し頭まで下げた。旅をする以上はこういう対人スキルも必須だったからな、必死に会得しようと頑張った結果だ。未だに慣れないけどよ。
「旅人よ、悪いが今この集落はそのような余裕は持ち合わせておらぬのだ。お引取り――」
「大変だ! 奴が来たぞぉーーー!!」
アタシらの会話をぶった切るような大声が届いた。
見れば集落の奥の方から走ってきた一人の男が集落全体に伝えるように叫んでいる。それはこの小さな集落に届かせるには十分だ。さっきまでゲルに引っ込んでいた集落の女は子供の手を引いて何処かへと走って行き、男連中はその反対の山の方へと向かっていった。その際に何人か武装していたのが見受けられる。
「クソ! 旅人よ、早々に立ち去られよ!」
この門番二人もアタシを置いて、山の方へと向かっていった。
ポツンと一人残されたアタシ。やり場の無いアタシはついつい独り言を漏らしてしまう。
「立ち入って早々イベントとか…どこのRPGだよ」
◆ ◆ ◆
『???』
さっきまでの里の様子とは一転、騒がしくなってます。他の子や女の人は山の反対の方へと避難をし、大人の男の人は杖や召喚した生き物を従え、今の私達を表すような暗雲の空を見据えてる。
本来なら避難しないといけないんだけど私だけは別。もって生まれた力は私に平穏を許してはくれなかった。
それに…あの子は……
『キュクルゥ~』
腕の中で私の友達が鳴き声を上げる。それは私を気遣ってのもの。だから私はこの子を心配させないように必死に自分を騙す。
「うん、大丈夫だよフリード」
「キャロや…」
「……長老」
聞き慣れた声は長老のもの。私を見るその眼には私を心配してのモノも見えるけど……畏れも見える。
「できるのか?」
「……はい。フリード」
『キュルー!!』
私の魔法によってフリードがその姿を変える。抱きかかえられる程度の大きさから見上げるほどの大きさへと。
さっきとはうって変わって力強く吼えるフリード。その姿を里のみんなはあまり友好的な眼では見てくれない。
混じるものは――畏れ。
「来ました! 奴です!!」
里のみんなが避難した方向とは反対の山の空。そこに見える一つの小さな影。それはこちらに近づくにつれ段々と大きく、目視できる頃には大きな姿になってます。
全身を黒で染めた鱗に大きな翼。鋭い爪を備えた二本の脚。獰猛な金色の眼。フリードよりも大きな姿の翼竜です。
その翼を羽ばたかせ、私達と距離をとるように空中でホバリングを続ける竜の瞳は殺気に塗れてる。
『ギャアアァァァァァァァァァァァアアァッッッッ!!!!』
大気を震わす咆哮に身が竦み上がりそうになる。
本当なら逃げたい。戦いたくない。けど……私にはそれが許されない。
「みなの者! 迎え討つんじゃ!!」
長老の声にみんなが叫び、鼓舞し、竜へと立ち向かっていく。
竜の吐き出す火球がまた一つ地面に穴を空ける。その余波で石礫が頬を叩く。里の人も何人かが吹き飛ばされた。
「フリード、ブラストレイ!」
『ギュワァー!!』
フリードの炎の砲撃が放たれる。かなりの速度を持ったその一撃は竜に当たることもなく、容易く避けられた。さらにはお返しとばかりに多数の火球が迫ってくる。
人間なら容易く燃やし尽くしてしまいそうな程の大きさの火球は里のみんなの方にも放たれ、着弾の度に悲鳴が上がる。
「そんな……前よりも強くなって――きゃあぁぁっ!」
『キュクルー!』
迫る火球からフリードが私を庇ってくれたけど、それでも衝撃だけは避けることも叶わず私の小さな体は吹き飛ばされる。
地面の土の感触で痛みを感じると共に、大地の揺れる衝撃も感じた。痛みを堪え、眼を開けると目前まで迫った竜の姿。さっきの揺れは着地の際に生じたものだったみたい。
「あ…あっ……」
痛む体が言う事を聞かない。竜はそんな私を格好の得物と判断したのか、その眼を細める。並ぶ牙の端から垂れる唾液。開かれた大口が私を飲み込もうと迫り――
「ギガント…ハンマアァァァー!!」
――轟音と一緒に吹っ飛ばされた。
竜はその巨体をまるでボールのように弾かれ、向こうへと倒れこむ。助かったはずなんだけど私は頭が追いつかず呆けるばかり。だけどそれはみんなも一緒みたいで、ただ呆然と目の前で起きた事に眼を瞬きだせるだけ。
飛ばされた竜はかなりのダメージを負ったのか、ノロノロと緩慢な動きで身を起こし、そのまま飛び去っていってしまった。
視界の隅でそれを見届けた私は改めて目の前の人を見た。
紅い髪に合わせるように、全身を紅い服装で固め、纏ったのはくすんだ外套。手に持ったハンマーは一目でデバイスだと分かった。身長は私よりもちょっと高め。インナーから見える体のラインからして女の人だと分かった。
「おい、大丈夫か?」
振り向いて私に手を差し伸べるこの人が、さっき集落にやって来た人だと今気付いた。みんながこの人を覗き見してたように、私もこの人を見てたから。
「あ、はい…大丈夫…です」
「ならいい」
ちょっと無愛想気味だけど、確かに感じられる私を気遣う声。手を借りて漸く立ち上がる私。その後、女の人は倒れてる村のみんなの様子を見に去る。
未だ理解の追いつかない私はその姿にただ見入るだけだった。
◆ ◆ ◆
『ヴィータ』
「この度は助けていただき、真に感謝する」
「別にいい……ですって」
貰える物さえ貰えれば…と黒い思考が芽生えたけど言わない。一人旅をして図太くなってきた自覚はあるが、さすがにそこまでは至ってない。
ちなみにアタシは恩人に礼をという意向でこの集落の長老のゲルに招かれている。正面に座る長老の名前は『シグゥ』という名前だ。ちなみに隣に座る老婆は妻の『アムル』
「ふむ…水と食料をという事じゃったな。恩人への礼じゃ。少ないが持って行くといい」
「ありがとうございます」
頭を垂れ、素直に感謝しておく。
「いやしかし、その幼き見かけによらず中々の実力とお見受けする」
「それはどうも…」
「さて、旅人よ。突然で申し訳ないが…その実力を見込んで、頼みがあるのじゃ…」
「?」
長老のいう頼みというのは、あの翼竜の討伐だった。
話によると、あの翼竜は元はこの村の一人の男の使役していた召喚獣だった。だが男は急な流行り病で亡くなり、翼竜は契約魔法の崩壊と共にその理性を崩壊させ、ただの獣へと成り下がったと。
とにかく集落とその翼竜とのいざこざは一年にも渡って続いていたけど翼竜の方は段々と力をつけていき、今では討伐も難しい程、追い返すのが精一杯だと。だから退治となるともはや例外を除いて他の手を借りるしかない。
なるほど。来た時に感じたこの集落の尖った空気はこれのせいだったってワケか。
「時空管理局は? この世界だって一応は管理局の管轄内なんだ……でしょう?」
「……あの者たちは『部族内の問題』という事で動いてはくれませぬ」
まぁ、管理局もお役所仕事で手一杯ってこったな。アタシも一時期、奉仕していただけに管理局の様子が眼に浮かぶぜ。
さてと、ここまで聞いておいて何だけどアタシにはこの依頼を受けるほどのメリットが無い。報酬として補給の上乗せと僅かながらの金額を提示されたけど、それだったら一度大きな街に戻って別の稼ぎ口を探した方が割が良い。
だけど――
「鬼に……なりきれないよなぁ~」
アイツと同じであろう考えを持つようになってしまった。
「それと、無理して敬語を使う必要もないぞ?」
「うっ!?」
結局その頼みを引き受けたアタシは翌日には行動を開始していた。
集落を出てあの翼竜のやって来た方角にある山を越えていた。この聳え立つ山々はル・ルシエの一族にとっては信仰すべき神の宿る山、日本で言う霊峰にあたるんだとよ。
「ここか…」
幾つかの山を越えた先にあったのは谷。底の見えない断崖絶壁。周囲に聳え立つのは切り立った岩山。動植物の息吹きを感じない閑散とした風景。
長老の話では翼竜はこの辺りを根城としている。つまりアタシはすでに危険領域に踏み込んでいるというワケだ。
「だからさっさと帰れ」
「そ、そこをお願いします!」
『キュクル~!』
そんな危険区域に似つかわしくない幼女とトカゲ一匹。昨日、アタシが助けたあの子供だ。
集落を出た頃から尾行を始めていたんだけど、まったく帰る気配が無かった。んで、振り切ろうと全速力で飛んで身を隠しながらここまで来たけど、このトカゲの嗅覚力のせいでこの場所がばれてしまったワケだ。
「帰れ」
「はぅ! お、お願いします! 私も…」
『キュクル~』
「帰れ」
「大事な事の二回目! そ、それでも…お願いします!」
『クル~!』
「帰れ」
「うぅぅ…どうか…」
『キュー!』
「帰れ」
「うぅ…ひぐっ…えぅ…」
『キュルルー!!』
流石に耐えられなくなったガキは涙目だ。こうなった時のガキは得てして厄介なモノだと判断したアタシは一応、理由を訊ねてみることにする。
「ここが危険だってわかってんだろ? 何でアタシを尾けてきた?」
「そ、それは…え~と…」
ガキはモジモジして中々口に出さない。その様子は気の長い方ではないアタシのイライラを募らせるだけだ。
「……やっぱり帰れ」
「はわっ!? 言います! 言いますから!!」
『キュルキュル~!』
まったく、最初からはっきりと喋っとけよ。
あとトカゲ、さっきから鳴くたびに放ってる蹴りは訴えのつもりかもしれねぇけどいい加減にしないと……食うぞ?
……冗談だ。だからそんなに怯えんな。
「あの竜は……お父さんの召喚獣なんです」
「何だって?」
「お父さんは里でも優れた召喚士でみんなから尊敬されるような…本当に立派で、アタシの自慢のお父さんでした。あの竜は元々、集落を困らせる凶暴な野生の竜だったんですけど、退治する事を良しとしなかったお父さんが契約を結んで使役する事で里を被害から守ったんです」
「なるほど…な」
「お父さんは長い時間をかけて竜と交流を深める事で竜を静めようとしたんですけど病気で亡くなって……そこからはアナタがお祖父ちゃんから聞いた通りです。里のみんなはお父さんを余計なモノを残したとか…使役じゃなくて退治しなかったからと手の平を返すようになって…」
「……」
「だから私は…」
そこから先、ガキは言葉を口にできずただ嗚咽を漏らすだけ。トカゲがガキを宥めるように周囲を飛び回る。
何となくガキの言わんとする事はわかる。このガキは親父の後始末をつけたいという事か。本来ならこんな未来あるガキを連れて行くべきじゃないんだろうけど……
「はぁ~…アタシの指示には従え。危なくなったら絶対に逃げろ。それが条件だ」
「ぇぐっ…ふぇ? そ、それって…」
「ほら、さっさと行くぞ」
「は、はい!」
何でアタシはこんな面倒なモン、背負い込んでんだよ…っと、そうだ。
「そういや、名前を聞いてなかったな」
「す、すみません。紹介が遅れました。私はキャロ。キャロ・ル・ルシエです。そしてこの子はフリード。あ、昨日のお礼も言ってませんでした! 昨日はありがとうございます!」
「別にいいよ。んじゃ、アタシはヴィータ。とりあえず…まぁ、よろしくな」
「はい!」
◆ ◆ ◆
『キャロ』
里ではこの谷はどんな動植物でも生存を許さないと伝えられています。
強い風が入り組んだ谷や傍の底の見えない断崖絶壁を流れ、怨嗟を錯覚させるような音を奏でます。この風が谷に生き物の死を運ぶとお祖父ちゃんに教えてもらった事を思い出して体が震えます。
そんな私を知ってか知らずか、ヴィータさんは油断無く前を歩き周囲の警戒を怠りません。私よりもちょっと高い身長を紅のジャケットとズボン、黒を基調としたブーツ。そんな紅いバリアジャケットを外套で包んだその姿と肩に担いだ大きなトンカチのせいもあって、見た目よりも大人のような雰囲気を醸し出してます。
「なぁ」
「はい、何でしょう?」
「オマエって、里の人間に嫌われてるのか?」
「え゛っ!?」
「いや、空気というか、里の連中のオマエを見る目がどこかおかしくてな…」
あぁ、そういう事ですか。
「いえ、みんなは恐れてるんです。私を――力を…」
「力を?」
「お祖父ちゃんが言ってました。『大きすぎる力は災いを呼ぶ』って。そして私は生まれた時からソレを持ってました。だからなんだと思います」
「ふ~ん。オマエは嫌なのか?」
「……はい。ヴィータさんも…同じなんですか? 力は災いを呼ぶと?」
「否定はしねぇよ」
「そう…ですか…」
何だかショックです。この人なら別の答えを持ってるんじゃないかと期待してたんですが…
分かってます。これは私が勝手に期待しただけであってヴィータさんは何も悪くない。私が非難する資格なんて無い事には。
「その力を持つ本人と使い方次第だな」
「はい?」
「ありきたりな答えだけど、力そのものは何も悪くない。それを持つヤツが何を思って持ち、どうするのかを考えるのが大事だな。ありきたりだからこそ真理をついてるとも言えるな」
「真理…ですか?」
「みんなが力を怖がるのならどうするか? それを考えるのが先なんじゃねぇのか?」
私は…どうしたいんでしょう?
お父さんがいなくなった後、私はこの力を嘆いてました。けど、この力のおかげで里のみんなを守れたのも事実。こうしてヴィータさんに付いてこれたのもあの竜と戦うことができたのもこの力のおかげ。
私は――
「…キャロ、お喋りはここまでだ」
『キュクルー!』
思考に耽ってた私を現実に戻すヴィータさんとフリードの鋭い声。ヴィータさんが睨む先は底の見えない深い断崖絶壁。底に広がる闇から聞こえてきたのは、あの怨嗟のような風の…音?
「ヴィータさん…」
「あぁ、風の音に紛れて聞こえるな。あの竜の鳴き声が」
という事は、あの竜はこの谷底に…
「来るぞ!」
闇の底から急激に膨れ上がる魔力と竜の気迫。翼を羽ばたかせる音。私とヴィータさんが下がると同時に、舞い上がって来た一匹の黒い竜。
間違いありません、あの子です。
「キャロ…オマエはどうする?」
「えっ?」
「オマエの事情を知った今、オマエがここで戦おうと下がろうとアタシは責めたりしない。オマエの意思を尊重する。そしてどっちを選んでも……アタシはこの『力』でオマエを絶対に守ってやる!」
「ヴィータ…さん…」
「さぁ…どうする?」
私は…
私はっ!!
◆ ◆ ◆
時間は過ぎ、世界が夜に包まれる。
闇の広がる世界、炎の灯りが照らすのはル・ルシエの集落。その中央に鎮座する大きめのゲル。そこにヴィータとキャロはいた。二人は並び座り、向かい合う長老のシグゥは難しい顔をしている。傍のアムルも同様だった。
「まずはこれが報酬じゃ。受け取ってくれ」
「サンキュ」
ヴィータは手早く麻袋の中を確認し、傍らに置く。
「さてと、早めに発つんじゃったな? 今夜はもう遅い。この集落の近くに温泉がある。そこで疲れを癒し、ゆっくりと休むといい」
「マジか? ラッキー♪」
ヴィータは久々の風呂に上機嫌になり、早々と話を切り上げてゲルを出る。
「あぁ、キャロはもう少し話がある」
「あ、はい」
ヴィータに続こうとしたキャロはシグゥに呼び止められ、その場に残る事となった。
「はぁ~♪ 生き返るぜ~」
岩場の中に湧いた天然の温泉。湯気がたちこめ、温泉特有の匂いが辺りに充満する。
旅をしている以上、ヴィータは風呂に入る機会がそうそうあるワケが無かった。だからこそ、こういうたまの機会をヴィータは存分に堪能する。一応、女の嗜みで体を拭いたりはするが。
「ふぅ~」
疲れを吐き出すように、大きく息を吐く。
と、ふとヴィータは己の腕、次いで脚を水面から出してじっくりと眺める。
かつての幼き外見に見合った細腕はそこになく、かといって大人のソレではない。少女から大人へと至るまでの間だけに見られる特有の肉付き。
腿から脹脛も同様で、まだ守護騎士であった頃の体に比べ、肉付きが良くなっている。
普通の人間にとってこの程度は別段珍しい変化ではない。だが、ヴィータの体となるとこの変化の意味はガラリと変わる。
「やっぱり、成長してるよな~」
ヴィータという存在は本来、肉体的な成長は無い。それはヴォルケンリッターも同様でプログラム生命体である時から決まっていた筈だ。
しかし今ここにいるヴィータの肉体は成長をしている。
成長の速度はかなり遅く、はやて達と共に過ごしていた頃は気付かなかったがこれだけの年月を重ねればさすがに気付くという程度。
確かとは言い切れないが、ヴィータは理由の一端を察していた。
それは彼女の探し人とかつて結んだ契約のせいだと。
彼女の知らぬ魔法による契約で何らかの因子が働いたのではないかと考察する。ちなみに今のところ害は無いようなので、その事実をはやてには報告してなかったりする。
と、何かを思いついたのかヴィータは徐に己の胸部――胸を触り始めた。難しい顔で。
「むぅ…」
かつての平原があった場所には少し…丘が出来上がっていた。彼女は脳内で計算する。
ボインボインさせるニャス!=
「…もしかしてアイツは大きい方が…って、違う! ア、アタシとアイツはそんな関係じゃねぇ! アタシにとってアイツは命の恩人で契約の主(マスター)で、所謂そういう関係じゃねぇっての!! あ、いや…でも…」
「一人で百面相なんかしてどうしたんですか?」
「うおああぁぁぁっ!?」
突然の闖入者の声に、ヴィータが非情に珍しいリアクションをとる。そんな様子もキョトンとした顔で首を傾げるのは闖入者、キャロである。
「?」
「い、いや、何でもないぞ! うん、本当だ!」
「はぁ…そうですか」
何とか取り繕ったヴィータ。ゆっくりと深呼吸を繰り返し、平常心へと戻す。キャロもそれ以上の追求はしなかった。幼き子の穢れ無き心が自然と成せるスルースキルである。
ヴィータは下手な追求を避けるため、少しばかり強引な話題変換を試みる。
「そ、それで、え~と…あのトカゲはどうした?」
「フリードですか? フリードならもう寝てますよ」
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、長老と話って何だったんだ?」
「えっ、あぁ、私…」
「追放命令が出ました」
「…………はっ?」
「どうやら私の持っていた力っていうのは、お祖父ちゃんの想像以上だったみたいで……長老としての立場がある以上、手に負えない力を傍に置くワケにはいかないって」
「まぁ確かに…
ヴィータの脳内に映し出されたのは、最後に翼竜を仕留めたキャロの『力』。それは流石にヴィータでも呆気にとられる程の『力』でもある。
ちなみにその時の光景はヴィータの脳内フォルダに怪獣大決戦という名で保存されている。
「それで、これからどうすんだ? その年で一人で生きていくってのもツライぞ。管理局の保護でも受けるのか?」
キャロは物心ついてるといっても、まだ年齢二桁にも達していない。そんな子供が一人で生きていく事なぞ到底不可能。それがわかっているヴィータは無難な想像を張り巡らせる。
「それなんですけど……」
徐にキャロは深呼吸を始める。二度、三度と繰り返したキャロは顔を引き締め、ヴィータへと切り出した。
「お願いします! 私もヴィータさんの旅に同行させてください!」
「……何でだ?」
「はい。私、今回の事で『力』の意味を知ろうと思いました。そのためにこの里の中だけの『力』の意味だけでじゃなく、いろんな『力』の意味をこの眼で見て、感じて、そして私の『力』の答えを見つけるんです」
「それだったら別にアタシじゃなくてもいいだろうがよ」
「いえ、切欠を教えてくれたヴィータさんだからこそ、一緒に行きたいと思ったんです」
「いや、でもなぁ…」
「ど、どうかお願いします!」
真剣な眼差し。
その姿には初めて出会った時のような弱々しさを感じられない。何かが彼女を変えたのか…それとも初めからこういう子だったのか、今のヴィータには知りようがなかった。
「……ちゃんとしたメシが食えるとは限らないぞ?」
「わかってます」
「野宿だってしなくちゃならねぇぞ?」
「気にしません」
「危険も付きまとう」
「覚悟の上です」
「止めても…」
「引きません」
ヴィータは盛大な溜め息を吐く。
それはそれは、過去最も大きな溜め息だったのかも知れない。チャプンと湯を揺らしながら夜空を見上げる。
「……好きにしろよ、もう」
「は、はい!!」
夜空を見上げるヴィータには今のキャロの表情は見えない。だけどヴィータはキャロが喜んでいるであろうという事が感じ取れた。
「やれやれ…だな」
愚痴を垂らすヴィータではあるが、自分の口元が密かに笑っていた事には気付いていないのであった。
◆ ◆ ◆
翌日、集落から僅かに外れた平原にヴィータは居た。今頃、里に別れを告げているであろうキャロを待っているのである。
「お、来たか」
動きやすさを重視した格好のキャロがやって来た。
笑顔でやって来たキャロであったが、ヴィータはその目元が赤く腫れ上がっていた事に気付く。長年過ごした集落を離れるのだから泣き腫らしたんだろうと瞬時に察したヴィータもそっとしておく。
「お待たせしました」
「ん、それじゃ行くか」
「はい! ヴィータ
ピタッとヴィータの足が止まる。ギギギと錆び付いたブリキ人形のように振り返るヴィータをキョトンと不思議そうに返すキャロ。
「おい、キャロ…何だ、その呼び方は?」
「えっ? 何かおかしかったですか?」
「おかしいとかそういう問題じゃなく…ありえねぇだろっ!!」
「でもヴィータお姉さまって何だか頼れるお姉さんって感じで…私って一人っ子だからこういうのに憧れてたんです」
「う…があぁぁぁぁぁっ!!」
ゴロゴロと原っぱを転がりながら謎の気恥ずかしさに悶えるヴィータ。
彼女はかつてのロリっ娘体型から姉ポジションで見られる事など皆無であった。よって、この降って沸いた未知の敬称によってかつてない精神的ダメージを被っていた。
傍から見ると喜劇以外、何者でもない光景である。当の本人達は真面目なだけに。
やがてヨロヨロと力無く立ち上がるヴィータは冷や汗を拭いながら、キャロへ釘を刺す。
「そ、その…お、お姉さまっていうのは無しだ…」
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
本気で驚愕するキャロ。ヴィータはともかく、本人はなまじ気に入ってただけにその驚きは計り知れなかった。
そんな幼女は無意識の内に打開策を講じた。
「うっ…うぅ、ひっ…」
(グッ!?)
泣き落としである。
「ダ、ダメだ!」
(うるうる…)
「グウッ! だ…ダメ…」
「(´;ω;`)ブワッ」
激しい戦い(?)であった。
両者共が譲らぬばかりに被害は拡大するばかり。(無意味に)身も心も憔悴しきった頃、漸く終戦を迎える。
「わ、わかった…好きに呼べ…」
「!? はい、ヴィータお姉さま!」
さっきまでの泣き顔も何処へやら、満面の笑みのキャロ。相対的なヴィータは未だに痛む頭を抱えるのであった。
(こいつ…実はイイ性格してるんじゃねぇか?)
ヴィータは気付かない。キャロの有り方に変化を与えたのは自分である事に。
その変化はどのような『力』へと繋がるのか…それは誰にもわからない。
それがわかるのは……まだまだ先である。
こうして新たな仲間を迎え、ヴィータの大切な者との再会を願う旅は続くのであった。
ロリータ脱却といっても本編内で大人になれるほどの成長速度ではないです。