魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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無駄に長くなってます。

あと、最近更新ペースが遅くなっている事を謝っておきます。

もうしばらくこんな不定期なペースが続くと思いますので、どうかご了承のほどを。



35・年末の終末?

 

『鈴』

 

 

「どうした? 童が」

「クッ! ソッ! がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 向けられる魔法陣からの徹底的な防戦。空間360度、全方位からの魔法に悪戦苦闘。それらの一つ一つの威力が半端ないのでもらってやるワケにはいかない。

 時間魔法を覚え、こちらの攻撃を全て無力化される以上、今の奴に攻勢は意味を成さない。だからどうしても防戦一方になる。どんな攻撃でもそれを停められたらどうしようもないのだ。

 

「ッ! 【射撃】!」

「無駄じゃ」

 

 足掻きのつもりで放った魔法はやはりジーンの手前で停まる。

 僥倖なのは奴がまだ攻撃にしか停止を扱えない事だろう。

 時間魔法と一括りにしてるが実際の処は色々とある。時間の停止や逆行、加速といった感じでだ。これらをフルで使われると俺達は既に終わっている。それを行使しないという事はいくら闇の書といえども取り込んですぐに時間魔法を操れるほどの簡単な術式ではなかったらしい。

 

「だからって現状を打破する術が無いのに変わりないけどな」

「言うなヴィータ」

 

 一時の猛攻を凌ぎ、再びヴィータと並び立つ。共に吐く息は荒く、幾つかの傷も負っている。それでいて向こうはまだ余裕綽々に見える。

 

「ヴィータ、奴の魔力切れの可能性は?」

「願うだけ無駄だっての」

「…現実は非情であるな」

 

 本当に逃げる回るしかないのが口惜しい。一旦撤退しようと試みたがそれも無駄だった。

 

「ふむ。この余興にも些か飽きたな。終わらせるか」

 

 ジーンがこちらに向ける手。そこに急速に集まっていく魔力。それは桃色の光を宿し、荒れ狂う力となってゆく。

 

「アレって、高町の…」

「スターライトブレイカーかよ!」

 

 なのはの最強砲撃魔法。

 なのはのリンカーコアも取り込んだんだから使えるようになってもおかしくはない。けど明らかになのはのよりも凶悪な魔法に仕上がってやがる。

 

「ヴィータ! 可能な限り距離を――うわっ!?」

「バインド!?」

 

 逃げようとした俺達。

 しかし逃さないと鎖を巻きつかせる。解除しようと躍起になる俺だがバインド自体に込められた魔力が膨大なため思うようにはいかない。

 

(解けろ解けろっ! 解けろよッ!)

「鈴!」

 

 逸る気持ちとは裏腹で時間は無情に過ぎ、溜まって行く魔力が死刑執行の秒読み時計にも思える。

 そして――

 

「さらばじゃ」

 

 放たれる圧倒的な破壊。

 桜色の光が一瞬で広がり、俺達を飲み込む――

 

 

 

 直前だった。

 

「鈴!」

「ッ! クロノか!?」

 

 俺達の前方に割り込んできた人影。今の声からクロノと判断したがそれだけじゃないみたいだ。

 クロノにプレシアさん、なのはとすずかの姿もある。

 みんなが必死に防御魔法を行使し、俺達を魔力の嵐から防いでいる。

 しかしながらこれだけの腕利きが揃っても防ぐので精一杯。いかに奴の魔法が恐ろしいものか改めて実感できた。

 

「――よしっ、解けた! 【盾】!!」

 

 俺とヴィータのバインドを解除し、みんなの加勢に向かう。

 さすがの奴の魔法もこれだけの複合防御魔法を貫くことはできなかった。減衰の早いスターライトブレイカーはやがてその勢いを失わせ消えていった。

 クロノに念話を繋ぎ、コンタクトをとる。

 

『ありがとう、クロノ』

『礼はいいさ。それより戦いながらでいい。状況を報告してくれ』

『わかった』

 

 ひとまずの危機を乗り切ったにも関わらず気は抜けない。

 戦いがまだ終わってないのもあるが、ジーンの奴はさっきの顔から一転してこちらを射殺さんばかりの眼で睨みつけている。その殺気に呑まれない様に睨み返す。

 

「水を差すとは……無粋な――ッ!?」

 

 そのジーンの言葉は続かない。

 

「ハアァァッ!!」

「喰らいなさいっ!!」

 

 超高速で一気にジーンへ肉薄する2人の姿――アリサとフェイトだ。

 その体は幾つかの傷が見受けられ、特にアリサの手甲に到っては大破寸前である。そんな状態でありながらも2人はジーンへと噛み付いてみせた。

 不意をつく形をとったにも関わらずジーンはそれに反応して見せる。そしてやはりと言うべきなのか、2人の攻撃はジーンに届く事無く動きを停める。そのかつてない手応えに2人の顔はヴィータと同様の驚愕に塗れている。

 

「さらに無粋な阿呆がいたとはな――邪魔だっ!」

 

 腕を一閃。

 発した魔力に弾き飛ばされた2人はさしたるダメージもなく、体勢を整え俺達の方へと合流する。

 今一度デバイスを構え、ジーンを見据える俺達。数では圧倒的にこちらが勝る。だからといって油断はしない。それを覆すほどの力を有すのだから。闇の書の使い手ジーン・マクスウェルは。

 海上の上空、戦場にジーンの殺気が満ちる。 

 

「主らの相手は飽きたと言ったであろう。終わらせるぞ」

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が流れたのかわからない。

 時間が経ってみればのこちらの被害が広がるばかりの無残な戦いであった。攻撃は通らず、向こうは膨大な魔力を持ちながら凶悪な魔法を繰り出してくる。撤退も叶わず、長期戦ともなれば必然とこうなってしまう。

 誰もが疲労に身を蝕まれ、誰もが傷を負い、誰もが魔力を消耗し、誰もが肩で息をする。

 だがそれでも俺は足掻く。

 俺だけじゃない。なのは達や冷静に状況を見据えられるプレシアさんやクロノまでもがだ。これだけの数がたった1人に翻弄されているという事実に屈さない。

 それにクロノから聞いた説明により、心の何処かで思ってたのかもしれない。先生がタダでやられるような人じゃないと。

 

 その足掻きが功を奏したのは、その時だった。

 

「うりゃあぁぁ!!」

 

 他の奴に向けられた魔法を阻止するため【衝撃】を放つ。何時もなら空気が爆ぜる轟音を響かす俺の魔法もやはり届かない。

 

「本当にしぶとい。お主らに勝ちの目は無い戦いであろう?」

「だからって諦めるにはいかないのよ!」

「私達はまだ誰も助けていない!」 

「結果は見えてるだけ。結果が出たワケじゃないんです!」

 

 ジーンの魔法を受けようとした俺を護るように3人娘が割り込んでくる。やはり攻撃は届かないが奴の魔法を阻害するには十分だ。

 

「忌々しい童共がっ!」

 

 苛立たしく行使されるジーンの広域攻撃魔法。

 周囲の空間に展開される多数の魔法陣だが、そこから魔法が放たれる事は無かった。魔法陣の数だけの雷が魔法陣を破壊する。

 

「私達を舐めないで!」

「私もまだ師匠に恩を返さないといけないからね」

 

 フェイトとプレシアさん――今となっては仲睦まじき親子。2人の魔法がジーンの魔法を相殺したのだ。

 

「チッ!」

「スティンガーレイ!」

 

 クロノの放った光の弾丸が高速で迫る。

 

「アイゼン!!」

 

 ヴィータの重き一撃が振るわれる。

 

「賢しいっ!」 

 

 どれもこれもが届かない。様々な想いを乗せたみんなの腕が届かない。

 でも――

 

「さっさと死ぬがよい!!」

 

 意地でも――

 

「足掻いてやる!!」

 

 ――届いてやる!!

 

 

 

 伸ばした拳が響いた。

 

「…………えっ?」

「がっ…!」

 

 半ばヤケクソ気味に放ったボディブロー。届かないと思われた一撃だが、拳は停まる事無くジーンの腹部に吸い込まれる。

 

「はっ? えぇ…?」

「な…ぜ…?」

 

 停まると思ったのだが停まらなかった。攻撃した方の俺が戸惑うってどうよ?

 ひとまずはやてごめんと胸中で謝罪しておく。だがこの戸惑いは俺だけのものではなかったようだ。見渡せばみんなも同じように呆然とした顔をしていた。

 

「…す、凄い鈴君! 一体、何をしたの!?」

「い、いや。俺にも何があったのか……」

 

 囃し立てるなのはを宥めながらジーンを見遣る。腹部を押さえ、ヨロヨロと後ずさりながらもその顔は驚愕に彩られていた。

 

「な…なん…だ…コレ…は? 魔法…が……」

 

 ジーンの様子がおかしい。焦点の合ってない眼で虚空を見つめる。聞き取れる言葉も言語を成していなかった。

 そして次に変化が起きたのはジーンの手にしていた闇の書。

 ボンヤリと光を発したかと思うと凄い勢いでページが捲れて行く。

 

「何故…ワシの……命…令を…受けつけな…い…」

 

 その様はジーンにとっても予想外のモノだったらしく、おぼつかない手つきで制御しようとしていたが何の反応も示さない。

 その様はまるで闇の書が別の意思を持ち、自律しているかのようも思える。

 

『蒼天の筆による書き換えを確認。主を八神はやてへと再設定します』

「何だと!?」

 

 闇の書から確かに聞こえた声。それは俺も初めて聞く女性の声だ。

 そしてその言葉の中に聞き逃せない言葉も混じっており、そっちの方が重要だと気付いた。

 

「今の声は管制人格か!! おのれ、ここまできてっ!」

 

 どうやらジーンの方は今の声に心当たりがあるようだ。

 よくわからないがその顔に浮かべる今まで以上に忌々しげな表情から、決して友好的な関係ではないというのだけは窺える。

 

『再設定を完了。プログラム、実行します』

「やめよ…やめろ……ヤメロオオォォォォォォォォォッ!!!」

 

 ジーンの甲高い叫びと同時、闇の書は眼も開けられない程の強い光を放ち、夜の闇を真っ白に染め上げた。

 

 

 

 閉じた目蓋越しに感じる光が治まったのは、多分時間にして十数秒ぐらい経った頃だと思う。強すぎた光に若干の眼の痛みを感じながら目蓋を開く。

 

「みんな、大丈夫か? 今ので体に変調をきたしたりしてないか?」

「う、うん。特に変わった様子は…」

「クソッ! 一体、何だってんだよ」

 

 どうやら今の光は体に何かしらの影響を与えるようなモノではなかったようだ。それに安堵しながら、さっきの異変の元凶へと眼を向ける。

 そこには相変わらずに立ち尽くすジーンの姿があった。先程の現象で破れたのであろうか、幾らかのページがハラハラと舞い、海上へと流されていった。

 何か様子がおかしい。

 今まで奴から感じていた圧倒的なまでの魔力が激減している。纏っているモノも持っている闇の書にも見た感じでは変わりないけど、何ていうのか……雰囲気が変わっている。

 怪訝に思いながらも、意を決して声をかけてみることにした。それに合わせ、周りのみんなも再び警戒態勢へと移行する。

 

「おい。今、何をし――」

鈴君(・・)…」

 

 ……待て。

 今、俺を何て呼んだ?

 確かに『鈴君』って。周りのみんなもその事に違和感を感じたようだ。

 

「何か……お腹が痛いんやけど、何したん?」 

 

 腹部を擦りながらコチラを恨めしそうに睨むジーン(?)その口調や雰囲気から、ある可能性を察した俺はその問いに答えてやることにした。

 

「ボディーブロー」

「何、考えとんやあぁぁぁぁ!!」

 

 ジーン(?)は一瞬にして俺との距離をゼロにして盛大なビンタを見舞った。鏡を見なくても俺の頬に立派な紅葉が出来上がってるだろうと確信できる程の。

 

「女の子の体やで!? 大事にせんとアカンやろ! しかもお腹って……大事な所のとこやん! もし将来、私が赤ちゃんを――て、何言わすんや!!」

 

 自分で言って、自分でツッコんで、返す掌で再びビンタ。俺の両頬は見事にバランスの取れた紅葉が出来上がってるね、絶対。

 

「………なぁ?」

「何や!」

「……はやて?」

「そう! 正真正銘、八神はやて!!」

「は゛ぁぁや゛ぁぁて゛え゛ぇぇぇ!!」

「うわぁっ!?」

 

 はやてが横から突進してきたヴィータの突進をモロに受ける。

 涙と鼻水に塗れたヴィータをよしよしと宥めながら、どこに持ってたのかハンカチで拭う姉属性発揮のはやて。

 今までの殺伐とした空気ではない、親しみ感じるその光景に彼女は間違いなくはやてなのだと漸く実感できた。

 

「「はやて!!」」

「「はやてちゃん!!」」

 

 みんなもソレを感じてか、子供組ははやての周りに一気に集まり始める。

 姦しくなった集団を遠巻きに眺める俺とクロノとプレシアさん。こんな時に空気の読めるお2人に乾杯。けど何時までも読んでるワケにもいかないので――

 

「クロノ…」

「坊や…」

「「GO」」

「僕かっ!?」

 

 不満そうにしながらも仕事をこなすクロノに再び乾杯。

 

「喜んでる所をすまない。一体何が起こったのか、もしわかるようなら説明してもらえないか?」

「あ、はい。え~と…」

『それについては私から説明します』

 

 再び闇の書から聞こえたあの声。はやては闇の書を開くと、そのページから光が溢れ、一つの姿が現れた。

 長い銀の髪にすずかのように紅い瞳。隆起を際立たせる黒のバリアジャケット。背に生えた翼。それらを合わせても美しいと評する事のできる女性であった。

 ただ――

 

「「「「「「「……妖精?」」」」」」」

 

 ――小さい。

 

「あ、あれ? リイン? 何で()っこうなってんの?」

「それも含めて私から説明します。あの亡霊に主はやてが侵された時より魔導書の中で起きた事を…」

 

 その真剣さに、俺達は再び気を引き締めた。

 

 

 

 

 

「そう…そんな事が…」

 

 一通りの事情説明が終わった時には、みんなの表情は曇っていた。なのは達は言うに及ばず、クロノや大人のプレシアさんまでもがだ。

 

「ごめんな、みんな。私のせいでみんなに迷惑を…」

「はやては悪くない! 悪いのは全部アイツだ!」

「ふふ。ありがとな、ヴィータ」

 

 優しくヴィータの頭を撫でるはやて。

 微笑ましく感じる空気のところを悪いけど、俺はまだ全てを聞いてない。

 

「はやて」

「……」

「先生は……何か言ってたか?」

「……『楽しかった。オマエとは』って」 

「――ッ!?」

 

 胸の中を一気に掻き毟られた。

 際限なく込み上げてくる負の感情。今すぐにでも無様に泣き叫んで、目の前のはやてと闇の書に当たり散らしたい衝動に駆られた。

 けど判っている。それはお門違いなのだと。先生の立場を考えればこういう別れも覚悟していた。

 けど…それでも…

 

(キツイなぁ)

 

 本当の母さんが死んだ時と同じ喪失感。いかに先生が大切だったかが理解できる。

 …泣かない。

 母さんの時とは違う。先生はそんな事は望んじゃいない。

 それにみんなとも約束したじゃないか、強くなろうって。

 

「…伝えてくれてありがとな、はやて」

「「鈴君…」」

「「鈴…」」

「リン…」

「みんな、大丈夫だから。俺は…大丈夫。それにまだ終わってない」

 

 油断すると溢れそうになる涙を必死に堪え、闇の書の管制人格――リインフォースへと向き直る。

 

「奴は切り離しただけで消滅したワケじゃないんだろ? だったら切り離した奴は何処に?」

「あの亡霊は――っ!!」

 

 突如として眼下に見える海上から膨大な魔力を感じた。

 その海上に眼を向けると、そこにはさっき舞っていた闇の書のページが海上で黒い光を放っていた。その光は急激に膨れ上がり、やがて巨大な黒いドーム――さながら繭のようなモノを作り上げ、静かに脈動を始めた。

 

「予想外です。そのまま切り離せると思ったのですがあの亡霊はそれに抗い、夜天の魔導書から大半の力を持って行きました。そしてソレを利用し、新たな肉体を構築するつもりなのです」

 

 ちなみにリインが小さいのはその力を奪われた影響なのだとか。

 

 正に亡霊。

 ただひたすらに知識を――生を渇望し、そのためにあらゆるモノを喰らう。人間は此処まで醜くも、清々しく美しく在れる者なのだろうか?

 

「なぁ、リイン?」

「はい、何でしょう?」

「小難しい理屈は抜きにしてだな……」

 

「アレを仕留めれば、全てが終わるんだな」

 

「……はい。終わります。ですが、あなたにとってソレは…」

 

 その先をリインは言わなかった。言われなくてもわかってる。つまりそれは……

 

 先生を俺達の手で仕留めるという事実。そして先生との永遠の別れを意味するのだから。

 

 

「だ…駄目だよ鈴君! ソレは…」

「鈴、アンタまさか…」

「鈴君、考えましょう! きっと、何か方法が――」

「鈴っ!」

「先生はっ!!」

 

 考えを察したなのは達の制止を遮るため、あえて声を張り上げた。そしてそれは俺の迷いを振り払うためでもあった。

 

「先生は俺に託したんだ、後の事を。だから奴を抑える役になった。だったら俺はそれに応えるだけだ。それが…最後にあの人のためにすべき事だ!!」

 

 言った。

 言い切った。

 これで俺はもう後戻りは出来なくなった。わかってたけど…覚悟してたけど…本当につらい。

 俺の宣言に誰もが何も言わなかった。泣きそうな顔、沈痛な顔、ただ静かに俺を見据える顔、ここに居るみんなが俺と先生を知っている。だから…この俺の我が侭を聞いてほしい。

 

「……本当にいいのね?」

 

 最初はプレシアさん。

 彼女と俺は同じような軌跡を辿ってるだけに感じてる気持ちは同じなのか、否定的な言葉は無かった。

 

「はい」

「なら、好きにしなさい」

「ありがとうございます」

 

 そのプレシアさんの理解と共に、みんなも一応の納得を得てくれた。

 

 

 

「リン…」

「ヴィータ?」

「無理はすんなよ…」

「……へっ?」

「アタシにはわかる。リン…本当はやりたくなかったんだろ?」

「そ、そんなわけ――」

「みんなもう気付いてるぞ。それにアタシに至っては使い魔だからな。リンの感情が強すぎて流れてきてんだ」

「あぅ…」

「強がるなとは言わない。けどな、弱さを受け入れるのも1つの強さだと思うんだ」

「ヴィータ…」

「だから、その…後でア、アタシが慰めてやるから」

「……」

「今は思いっきりやって、後で思いっきり泣いて、そしていつものリンでいてくれよ」

「…口下手だな」

「う、うるせぇ!」

「ありがとう、ヴィータ」

「ぁ…」

 

 

 

 さて…そんな二人を眺める三人娘は?

 

「これは強敵の出現ね…」

「うぅぅ…鈴君はなのはだけのモノなのぉ…」

「…………鈴君のばか」

 

 恋する乙女は複雑である。

 

 

 

 

 

 やがて海上の黒い繭に変化が起きる。

 小さかった脈動は段々と大きくなり、殻が割れるよう全体に罅が走っていた。俺達はその繭と結構な距離をとり、対峙するように正面から見据える。

 

「―――――出ます!」

 

 リインの声に重なるように、繭が割れる。

 

 そこから現れた存在は異形。

 一応、女性の人型としての体裁を保っている造りをしているが、それでも異形と称するに相応しい。

 

 その巨体さは目測で数十メートルといったところか、腕1本にしたって振るっただけで脅威になり得る大きさだ。見上げる巨体を見るに、姿形は目深にローブを被った女性といった感じだ。

 だが人間でいう皮膚に相当する表面は鉛色。金属を連想させる鉛色とは裏腹に、軟体生物のような質感。現に表面に走る血管のような器官が小さな脈動を繰り返している。目元もそのフードのような皮膚に覆われ、窺う事はできない。

 

『キィサアァァマァァァラアァァァァァァァァァアアァァァ!!!!』

  

「うっ……」

 

 誰かが呻き声を漏らした。

 誰のものかはわからないが、人間なら生理的嫌悪を抱いてしまうようなあの姿を見ればそれも仕方ないと思う。

 

「もっとちゃんとした形をとると思ったのだけど……」

「叶わなかったのでしょう」

「叶わなかった?」

「書にあった奴の情報は『蒼天の筆』の機能により消去されかけました。そのような崩壊寸前の状態から復帰しようとしたのです。出来上がるモノも中途半端なモノになるのは当然です。ですが…」

「あの禍々しく膨大な魔力は健在のようね。少なくともいくらかの魔法の行使も可能な筈よ」

 

 説明するリインさんとプレシアさん。確かに2人の言うとおり、奴からは尋常じゃない魔力を感じる。

 現に今もさっきより集って……

 

 …集って?

 

「全員、上へ逃げなさい!」

 

 プレシアさんの警告が飛ぶ。それに対してのみんなの反応も早かった。その辺りは流石は優秀揃いの魔導師といったところか。

 警告の数秒後、さっきまで俺達の居た場所を光が奔った。 

 放たれたソレがなのは以上の規模を宿した砲撃魔法だと認識できたのは暫くしてだ。俺達を狙って放たれた砲撃は海を貫き、海面に大爆発を起こす。張られている大規模な結界はその余波だけでビリビリと影響を与えている。

 その威力たるや、ここにいる全員の力を合わせても防げやしなかっただろう。プレシアさんの警告に感謝しよう。

 

『コロス! キサマラダケハカナラズコロシテヤル! モウフシモチシキモドウデモイイ、コロシテヤルウゥゥッ!!!』

「…みんな」 

 

 奴の怨みを存分に込めた怨嗟の叫びを受けながらも俺達は怯まない。退かない。

 当たり前だ。ここにいるみんなはもう覚悟を固めたんだから。

 俺だって……覚悟は出来た。

 

「終わらせよう…」

 

 戦場の場に、俺の声は溶けていった。

 

 

 

 

 

『オオォォォォォ……』

 

 互いに固まり過ぎず、離れ過ぎず程度の距離を保つ俺達を殺そうとする奴の体から異常なまでの数の触手が生えて、俺達に向かってくる。鋭く尖った先端がかなりの速度で向かってくる。

 

「グローリー!!」

「バルディッシュ!!」

 

 2人の魔法により、広範囲に広がった斬撃がほとんどの触手を斬り落とす。斬り落とされた触手はその動きを止めるが次の瞬間――

 

「ええぇぇっ!?」

「うわっ!」

 

 ボコボコと触手の表面が泡沫のような動きを見せると、途端に斬り落とされた所から新たに触手が生え、再生し、再び脅威と化して襲い掛かってくる。 

 

「リイン! 今のはどういう事や!」

「無限再生機能です! 恐らく奴は切り離された際にその機能も縮小して取り込んだのでしょう!」

「えぇっ! それってキリがないってワケ!?」

 

 執拗に追ってくる触手を空を縦横無尽に飛び回り逃げながら、リインさんから厄介な分析結果を得る。

 

「他に視られる奴の情報は!?」

「かなり強固なバリアタイプの防御魔法も確認できます。そして奴の体内中央部分に無限再生機能魔力も感じられます!」

「わかった! 聞いたとおりだ! まずはバリアの破壊を最優先だ!」

「ならアタシに任せてくれ!」

 

 名乗りを上げたのはヴィータだった。

 彼女は肩に担ぎ上げたデバイスを構え、有無を言わさずやるつもりのようだ。俺もそれを止めるつもりもない。

 

「しくじんなよ!」

「自分の使い魔を信用しろ!」

「信じてるっての。全員、ヴィータを護れ!!」

 

 未だ襲う触手や織り交ぜてくる魔法からヴィータを護る。ヴィータはそんな俺達を信用しているのか、動じる事も無く自分の成すべき事に集中していた。

 

「アイゼンッ!!」

 

 ヴィータの呼び声と共にカートリッジの装填音。

 一振り、二振りと振るう内に、グラーフアイゼンはその形を大きく変えた――ジーンの巨体に対抗するべくかのように巨大な鎚へと。

 ヴィータはその細い腕で相棒を振るい、ジーンへと狙いを定め、一気に振り下ろす。

 

「轟天爆砕!! ギガント…シュラアァァァァクッ!!!」

 

 正に巨人の一撃に相応しい一撃がジーンのバリアと衝突する。

 本来なら問答無用で目標を破壊する一撃なのだろうが、バリアはその一撃を押し止める。苦悶の汗を流しながら必死に押し切ろうとするヴィータ。全魔力を乗せ、尚も拮抗するジーンのバリア。このまま客観的に見れば魔力持続の関係で負けるのはヴィータの方だろう。 

 

 けど俺は信じている、自分の使い魔を――大切な友人を。

 

 

「やっちまえ、ヴィータ!!!」

「ぅぁぁああぁぁぁあああああああああっ!!!」

 

 

 砕く。

 

 遂にやった。ヴィータの腕は押し返されること無く見事に振り切った。

 ガラスのように砕けるバリアが視認できた。ひとまずの難関をクリアした俺達は間髪入れずに、次なる行動へと移る。

 

「次ぃっ!」

「私達がやる!」

「任せてや!」

 

 フェイト、はやて。

 彼女等の役割はいい加減鬱陶しいこの触手の殲滅にある。先程と同様、役割を決めた面子を残りのみんなが護る形となる。

 

 フェイトはミッド式の魔法陣を広げ、静かに詠唱状態へと移行する。そしてリインのサポートにより、魔法の行使を可能としているはやて。

 ぶっつけ本番にも関わらず、その詠唱姿は様になっている。

 

『チョウシニノルナアアァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 猛攻を振るっている触手とは別に、ジーンの前面に数多の魔法陣が展開される。その中央から吐き出される黒い魔力の砲撃。

 数多の砲撃が重なり、一つの魔力の砲弾となって詠唱中で動けないフェイトとはやてに襲い掛かる。

 

「させないわ!」

 

 庇う様に出てきたのはプレシアさん。

 彼女は展開した防御魔法でもって魔力の砲弾を受け止める。魔力の鬩ぎ合いでスパークを撒き散らすプレシアさんの盾。かなりの魔力が籠められているにも関わらず、彼女は冷静に対処し――

 

 

「大魔導師ともなれば、こういう事もできるのよ!!」

 

 

 信じられない事に撥ね返した。

 弾かれた魔力の砲弾は触手を巻き込み、ジーンへと着弾する。

 

『ァアギャアァァァァァッ!!!』

 

 その様子を見届けたプレシアさんは右手でその長い髪を悠然とかきあげる。

 防ぐのはともかく、撥ね返すとなると普通では考えられないような技術が求められる。それをこの人は目の前で実践してみせた。

 これがプレシア・テスタロッサ。嘗ては大魔導師と呼ばれたその実力は、肉体が変わっても健在だ。

 そしてプレシアさんの次は待ってた彼女等の出番だ。

 

 

「サンダァァァブレイドッ!!」

「響け終焉の笛、ラグナロク!」

 

 

 ジーンの巨体を覆い尽くす程の規模の魔法の嵐が起こる。

 体の表面から生える触手を目標にしたため、広域攻撃魔法を選択したのだろうがこれほどの規模を起こすとは思わなかった。

 そして魔法の嵐が晴れた後、ジーンの巨体の表面は見るも無残に焼け爛れ、無数の触手は一つ残らず崩れ落ちた。

 

『ア…アアァ………』

 

 その威力たるや、ジーンのさっきまでの威勢を削ぎ落とすほどだ。けど憐憫も同情も向けない。そんな暇があれば俺達は動く。

 

「次は僕が奴の再生を食い止める!!」

 

 クロノはその手に持つ新たなデバイスを振るう。執務官として、そしてクロノ個人の過去の因縁を清算させるかのような姿だ。

 

 

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ!」

 

 

 詠唱時点で既に兆しはあった。周囲の温度が急速に下がり、吐く息も白くなり、そして結果が起こる。

 ジーンの巨体だけではない。周囲の海どころか、海そのものが凍ったかのように世界は氷に包まれていた。

 さすがの再生機能もジーンもこうなってしまっては動きを止めざるをえない。俺達は未だに止まらない。終わらせると決めたのだから。

 

「一気に行くぞ!!」

「「「了解!!」」」

 

 何時ぞやの暴走するジュエルシードを沈静化させた時を彷彿とさせるワンシーンだ。

 俺となのは。

 アリサにすずか。

 それぞれが構え、二撃目を考えない有らん限りの魔力を――想いを籠め、全てを終わらせる。

 

 

 最初の一撃はアリサ。

 カートリッジ装填済みのグローリーの荒れ狂う魔力を静かに抑え、静かに構え、静かに振るう。この時、アリサの周囲は確かに無音の世界と化していた。

 

 

「グレイス・アンド・ブレイド」

 

 

 一閃。

 キンッと金属を弾いたような音と共に世界はズレた(・・・)

 グローリーの振るわれた軌跡を境にして確かに周囲の景色がズレた。一瞬の間もなく、映る世界と世界の音は元に戻っていたが、そのズレに位置していたジーンの巨体は多大なる影響を残していた。

 巨体の左肩から半分が切断されていたのだ。

 分離した左半身は大量の血を撒き散らしながら、海の底へと崩れ落ちてゆく。

 

 

 次いではすずかだ。

 正面から両手で構えたクロスを天へと掲げる。その際に掛けられた鈴の音が確かに聞こえた。

 

 

「クリムゾン・フルムーン」

 

 

 天体の月とは別に、すずかの魔法が生み出した真紅の満月が現れ、アリサとは対称の――ジーンの右半身を中心にして紅い魔力の球体が奴の半身を呑み込む。 

 すずかの取得している魔法の中でも決して使おうともしなかった魔法。それを生物に使うという事は、すずかも本気で決着へ向けている。

 やがて真紅の満月が消えゆき、そこには存在するのは右半身が消滅し、結果両の腕を無くしたカカシのような巨体。

 

 

『ッッギャアアアアアアァァアアァァァァァァァァアァァァァアァァ!!』

 

 

 ここにきて漸く氷の封印から開放されたジーンの醜い悲鳴が響き渡る。

 もう奴には戦闘続行も不可能な程の痛手を負わせているが、終わらせると決めた以上、手を止める気も無い。かけるべき情けなども欠片も無い。

 

 

「全力全開、スタァァアライト、ブレイカアァァァァァァァッ!!!」

 

 

 改修されたレイハさん、そしてなのはの全魔力とカートリッジ。注ぎ込めれるだけの全てを乗せた砲撃は極太のレーザーとなってジーンを貫く。

 もはや語る必要の無いなのはの砲撃はジーンの巨体の大半を削ぎ落とす。

 もう人型を保っていない奴の体。その胸の辺りで肉に包まれているソレを見つけた。

 はやてが自我を取り戻した際に零れ落ちた数枚の闇の書のページであり、今の奴という存在を構成する全て。

 

『――■■―――■―ッ……』

 

 奴の口から何かが聞こえた。

 けどその巨体には似合わない、か細すぎる声は俺には届かない。

 

 奴に向けて腕を伸ばす。

 

 みんなはもう何も言わない。

 

 ありがたかった。ここで誰かに何かを言われたなら、俺は間違いなく躊躇っただろう。

 

 だから俺は――このまま進む。

 

 

「ヲヤスミ、ケダモノ。【波動砲】」

 

 

 白い魔力の砲撃が一直線に目標を撃ち抜く。

 

 白に包まれ、ページは完全に消滅。

 

 そして奴の巨体は完全にその動きを停め、ボロボロと海へと崩れ落ちていく。

 

 その様をみんながただ静かに見届ける中、俺は自分だけに聞こえるよう自然と呟いていた。  

 

 

「バイバイ……カアサン」

 

 

 

『生きろよ、鈴』

 

 もう聞く事のない声が確かに聞こえた。

 

 

 





作者にネーミングセンスなんてありません。

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