魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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すずか、血を飲む→トランス!

そんな彼女は無敵である。

すずかの蔑むような顔を見たい。養殖場の豚をって感じの。



33・魔導師大戦争!

 

『なのは』

 

 

 眼下には海の広がる空を私達は翔けている。竜の口から吐き出される火球を縦横無尽に翔け、回避してやり過ごす。

 

「ヤアァァァッ!!」

 

 数では利のある私達。

 隙有らばフェイトちゃんがサイズフォームのバルディッシュで斬りかかるも、竜の体は大きい。竜にしてみれば鱗に刻まれるのは微々たる傷でしかないみたい。

 

「アクセルシューター、行って!!」

 

 フェイトちゃんに気をとられている隙に計12発の誘導弾を撃つ。レイジングハートが強化され、同時に強化された私の魔法。誘導弾は四肢に4発ずつ狙いを定めたけどそこで思わぬ邪魔が入る。

 

「えっ? きゃぁぁぁっ!?」

 

 突然、竜に割り込むように入ってきた亀。その亀の甲羅に全弾直撃した誘導弾がなんと跳ね返ってきた。散弾のように跳ね返された誘導弾をどうにか避ける。

 そのまま一旦距離をとってすずかちゃんとプレシアさん同様に後方に下がる。同時に果敢に接近戦を試みていたフェイトちゃんも、攻めあぐねてたようでこちらに戻ってきた。

 

「古代種と言われるだけあってかなりのものね。火力を備えた竜の古代種。亀は防御と反射を兼ね備えた盾の役目。幸い竜の方は魔法も通じるようだけど、亀のほうが……ね」

 

 竜と亀は動かない。

 遥か後方の身動きの取れないはやてちゃん……じゃなかった。ジーンさんの前に立ち塞がる壁として君臨するその姿はとても強大な者。

 

「母さん…」

「魔力の残っている内に亀の方を片付けましょう。消耗した状態であの甲羅を突破できるかわからないからね。難しいとは思うけど、その後で竜を――」

「竜のほうは私1人がやります。皆はあの亀頭をヤッちゃってください」

 

 プレシアさんを遮っての言葉はすずかちゃんのだった。私達一同、すずかちゃんの声にちょっぴり引き攣った顔をしてたと思う。

 

 それは今のすずかちゃんの状態にある。

 普段から紅い眼はいつもよりも爛々とした光を宿し、その体やバリアジャケットからは濃密な魔力を肌で感じるほど。

 そして普段の物静かな雰囲気はナリを潜め、どこかこう…なんて言うかその…じょ、女王様っぽい雰囲気が漂ってるの。

 その証拠にさっきからすずかちゃんはずっと笑って――じゃなくて、嗤ってる。

 ちなみに原因は皆わかってる。

 すずかちゃんは飲んだの。鈴君の血を。

 すずかちゃんは夜の一族っていう吸血鬼のような一族の出だから血を取り込むと強くなるっていうのは承知してたけど、まさかこんなに態度が豹変するなんて思ってもみなかった。あのプレシアさんまでもがちょっぴり引いてしまうぐらいなの。

 

 いきなりなすずかちゃんの案に、プレシアさんは待ったをかける。さすがにこの重大な場面において、慎重にならないといけないしね。

 

「あ、あのね月村すずか。いくらなん――っ!?」

「大丈夫ですよプレシアさん。あんなトカゲもどきに負ける気はしません。じゃあ、私は行きますね♪」

 

 プレシアさんの制止もそこそこに、すずかちゃんは一人で竜に立ち向かって行った。普段のすずかちゃんだったら協調性を大事にするのに。夜の一族って凄い。

 それにしても鈴君の血かぁ。

 一度、口に含んだけど確かにおいしかったなぁ。あ、今のすずかちゃんはあの時の私みたいなんだ。ならあの様子も納得。

 と、急に動きを停めたプレシアさんが動き出した。ちょっと過呼吸気味なトコから察するに、さっき言葉を急に切ったのはすずかちゃんの魔眼を受けたせいだったみたい。

 

「あの子はぁぁっ!」

「か、母さん、今は落ち着いて。ねっ?」

「くっ! 後で叱っておかないと……とにかく、こうなった以上もう片方をやるわよ」

「う、うん。わかった」

「はい」

 

 憤慨するプレシアさんに宥めるフェイトちゃん。

 割と珍しい光景を見せられ、ちょっと得したような気分になった。どうでもいいけどね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『フェイト』

 

 

 

 目前に迫る亀に斬りかかる。この亀、一応は竜にカテゴライズされる種族だって母さんが言ってたけど、やっぱりどうみても亀だ。

 亀の周囲からは幾つかの魔法陣が展開され、そこから魔力弾が発射される。古代種というだけあって魔法も幾らかは使えるみたいだ。

 迫る魔力弾を紙一重で回避、そのままサイズフォームのバルディッシュで斬る。

 

「ッ! 硬い!?」

 

 狙いは甲羅部分。

 予想はしてたけど、固くて並大抵では通じるような手応えじゃなかった。弾かれたけど、数合打ち込んでわかったこともある。

 この甲羅に射撃魔法や砲撃魔法の系統は反射されるけど魔力刃のような物理的破壊力を秘めた攻撃に対しては反射は適用されないみたい。

 念話で母さんにこの事を伝えると亀の撃退法が示された。

 私がどうにかしてこの亀の甲羅に罅なり亀裂なりを入れ、その隙間からなのは、もしくは母さんの魔法を撃ち込むという手段だ。私がこの甲羅を完全に粉砕するっていうのが理想的なんだろうけど、ここまで硬いと全部破壊するのに魔力を全部消耗してしまうかもしれない。

 不甲斐無さを嘆くのは後にしよう。とにかく、この作戦だと私は自ずと接近戦を強いられる事になる。という事は当然――

 

「くっ!?」

 

 相手の手の届く範囲にいるという事。

 粗い刃の生えた尾が振り回され、動きまわる私の眼前を通り過ぎる。”叩きつける”でなく”叩き潰す”が当て嵌まる巨大な尾。そして巨体に似合わぬ意外な俊敏性に冷や汗が流れる。

 なのはと母さんの援護があるとはいえ、これだけの猛攻が続く危険地帯での近接戦。知らず知らずの内に神経を擦り減らされる。

 

(こうなったら温存なんか考えない。一気に!)

「バルディッシュッ!!」

《Zanber form》

 

 カートリッジの撃鉄音と共にバルディッシュが姿を変え、私の身の丈を超える大剣を形成する。

 

「ハアアァァァァァッ!!」

 

 形成された大剣を真っ直ぐにさっきから集中的に狙っていた一部分へ思い切り突きたてる。するとさっきまでの弾かれるモノと違う手応えを感じた。見ると刃の先端が僅かにだけど甲羅に刺さってる。

 

「これならっ!」

 

 もう一度、カートリッジを使用して魔力を上げる。

 一旦距離をとり、私の持ち味でもあるスピードを生かした助走も合わせる。トップスピードのまま加速力も乗せて力の限り突き刺した。

 

「■■■■■ァァァァァァァァーーーーーッ!!!!」

 

 成功した。

 ザンバーフォームのバルディッシュが鍔の近くまで埋まった。

 亀の不愉快な雄叫びが耳を叩く。作戦通りにここから離れて後は母さんの魔法で――

 

「えっ…しまった!?」

 

 情けない事だけどバルディッシュが抜けなくなった。

 ダメージのせいで暴れる亀の背から振り落とされないようにバルディッシュを抜こうと試みる。けどいくら力を込めても抜ける感じがしない。

 

「フェイトちゃん! 危ない!!」

「えっ?」

 

 なのはの声に気付いて顔を上げた時に見えたのは迫る巨大な亀の尾。次の瞬間には体が甲羅と尾に挟まれていた。

 

「アァッ!?」

「フェイトちゃん!?」

「フェイト!?」

 

 大質量に押し潰された体に痛みがはしる。

 さらに亀は抗う。二度、三度と尾を私に叩きつける。その行為は動物が尾で虫を払うモノのソレだけどやられると堪ったモノじゃない。

 四度潰された頃にはもう意識も朦朧としていた。

 途中でバルディッシュが何か呼びかけてたみたいだけど耳鳴りが酷くて聞き取れない。なのはと母さんも遠目で何か言ってるようだけどそれも聞こえない。

 

 霞む視界には映るのは、五度目の尾の叩きつけ。

 そして間に割り込むなのはの姿。

 

「キャアァァ!」

「な…のは…?」

 

 防御魔法ごと潰されたなのは。よろけながらもなのはは私の体を抱えてこの場から離脱した。

 

「大丈夫、フェイトちゃん?」

「あ…だい、じょうぶ……でも…バルディッシュ…が…」

 

 私はともかく、バルディッシュは甲羅に刺さったままだ。私と苦楽を共にしてきた大切なパートナー、置いていくわけにはいかない。

 そんな私の声を聞いたなのはは、痛ましい顔をして語ってくれた。

 

「さっきバルディッシュさんからレイジングハートに通信が来たの。自分を置いて主を助けてほしいって。それで……」

「バルディッシュが…?」

「うん、それと……後を頼みますって」

「どういう…事…?」

 

 ここに来てなのはの痛ましい顔の理由が漸くわかった。

 バルディッシュはレイジングハートを通して、母さんにある事を伝えたのだ。それは……

 

「サンダーレイジ」

 

 母さんの魔法が放たれる。目標は亀――正確にはその背に刺さるバルディッシュ。 

 

 

 

 避雷針というものがある。

 わざと落雷を落とすための中継地点みたいな物だ。バルディッシュは自身をその避雷針にすることで亀の体内にまで魔力という強引も強引な手段。

 プレシアの魔法を受けるのだからさすがのバルディッシュも損傷は免れないだろう。

 それでもバルディッシュはその旨を伝えた。そしてプレシアはそれを受け入れた。

 この時の二人には、ある共通した想い――それは許せないという怒り。

 

 バルディッシュは大切な主を。

 

 プレシアは大事な娘を。

 

 大切な者を傷つけられた怒りを抱えていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『すずか』

 

 

「はぁ…はぁ……」

「■■■■■ゥゥゥゥッッッ!!!」

 

 相対する竜の姿は満身創痍といった様相。体は切り刻まれた跡が多数、一対二枚あった翼も片方が半ばから切り落とされていて痛ましい姿。やったのは私。

 かく言う私も全くの無傷というわけじゃない。

 竜の行使する魔法やその牙や爪をバリアジャケットを抜けて幾らか体に傷を走らせている。乙女の柔肌を何だと思ってのかな。

 見た目は両者共にダメージを負っている姿ではあるけど実際はそうじゃない。竜の方はもう一息といったトコまで追い詰めた。対して私はまだいくらかの余裕を残してる。

 

 今の高揚した私が自分らしくないというのは自覚してる――けど押さえられない。

 能力上昇を目的に飲んだ鈴君の血が想像以上に私にとって麻薬だった。いつかの教室で飲んだ時とはまた違う感覚……あの時以上に体が奮い立った。

 本来ならその衝動に抗い、制御するように努めるんだけど蓮さんの消失という事実がその努めを消し去った。

 一秒でも早く蓮さんを助けたいという想いを優先し、あえて吸血鬼の本能に身を委ねた。そして私は身勝手ながらもこの竜と1人で戦うという選択肢を選んだ。

 当然プレシアさんは反対。フェイトちゃんやなのはちゃんも何か言いたそうだったけど、それを振り切って動いた。多分、後でお説教されるんだろうけど、その時は甘んじて受けるつもり。

 

 ただこれだけは言えます。

 私はこの竜に”勝てる”と確信してるから1人で相手をしてる。

 

「そういうワケだからそろそろ終わらせますね」

 

 杭の形状をしたバインドを打ち込み、竜の動きを止める。

 振り払おうともがく竜を余所に私は詠唱を開始、1本の剣を創りだす。私の身長よりも大きな…竜の巨体に見合うような巨大な魔力の剣。

 私が手元で手繰る十字架の形状のデバイス・クロスの改良型『クロス・クルセイド』も相まって、神聖さを帯びているようにも感じる。

 

 竜は本能でこの魔法の危険性を理解したみたい…ううん、己の命に危険性をかな。

 さっきよりも荒々しくもがいているけど夜の一族の血が騒いでいる今の私には何の感慨も湧かない。ただ静かにクロスの先端を竜に向け、魔法を解き放つ。

 

 断末魔も無く、竜の姿は粒子と化した。

 

 

 

 そしてほぼ同時刻、なのは達の戦いにも決着がつく事になった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『アリサ』

 

 

 加速する周囲の景色。次いで訪れた背中を強く襲う衝撃。それが地面に打ち付けられた事によるものだとすぐに理解できた。

 

「ぃたた……」

 

 甲冑のおかげでダメージはさほど感じてない。それでも痛く感じてしまうのは人間の性ってやつなのかしら?

 さっきまで海上で戦ってたのに今度は臨海公園まで吹っ飛ばされるとはね。

 鈴からの言葉通り、守護騎士の面々は例外なく強化されてるみたいね。そんなあたしの相手といえば勿論――

 

「やってくれるわね、シグナム」

 

 あたしの眼前に降り立つシグナム。

 初戦時の時とは違う、漆黒の甲冑を身に纏った烈火の騎士。その瞳には以前は見られた光を感じない。鈴からの説明が無かったらあたしも戸惑ってたでしょうね。

 

「………」

「このっ!!」

 

 あたしの思考を余所に、無言で肉迫して来るシグナム。その手に構えたデバイスを振るい、2撃、3撃と連撃。4合目辺りで漸く鍔迫り合いまでもち込む。

 

「……ッ!!」

「ングググッ!!」

 

 大人のシグナムの腕力と子供であるあたしの腕力では比べるまでもない筈なのだけど、あたしとシグナムの力は拮抗している。日々の訓練のせいで年頃の女の子のあたしの悩みである筋肉質に為ってきたこの体に今は感謝しよう。

 

「ぉ…りゃあああぁぁぁぁっ!!!!」

「ッ!?」

 

 鍔迫り合いを制したのはあたし。

 シグナムを大きく弾いてたたらを踏ませる。小柄な子供のあたしの方が体勢の立て直しは早い。

 

「これで……吹っ飛びなさい!!」

 

 隙有りのシグナムに大きく振りかぶった一閃を喰らわせる。

 

「レヴァンティンッ…甲冑を!」

 

 咄嗟にシグナムはパンツァーガイストを広げたようだけど関係ない。甲冑ごと攻撃してやった。

 結果はご覧の通り。さっきのお返しとばかりに吹っ飛ばしてやった。

 それにしても臨海公園に植えられている木々をなぎ倒しながら吹っ飛んでいくその様は中々に爽快ね。

 

「!?」

 

 なんて思ってたのも束の間。

 崩れた木々。その木々と夜の闇の奥、シグナムの飛ばされた方向からナニカがあたしに向かってきた。咄嗟に反応できたのは僥倖だったわ。

 けど甘かった。

 金属同士が打ち合う時特有の甲高い音を響かせながら弾かれたソレはあらぬ方向へと向かっていた筈なのにまたあたしへと向かってきた。

 肉が裂ける感覚と痛みが腕に伝わる。

 痛みに顔を顰めながらもその場から大きく後退する。その際に漸く視界内で特定できたソレの正体を悟る。

 細かく分かれた金属片を1本のワイヤーで繋げた物。

 そしてソレを操るのはあたしの一撃でダメージを負っているシグナムだった。レヴァンティンを振り、刀身を繋げ、また剣の形状へと戻す。

 

「あんな形態があったなんてね…」

 

 斬られた腕を押さえながらぼやく。シグナムの方を見れば確かにダメージはあるみたいだけど、大きくないみたい。さっき使った魔法のおかげかしらね?

 

「……行けると思う?」

《彼女の操作次第で変幻自在の動きを可能とする。懐に飛び込めば勝機も見出せるかも知れませんがそこまでが困難です》

「そうなのよね~」 

 

 あたしは他の皆と違って遠距離攻撃の手段をほとんど持っていない。あってもそれは牽制にしか使えないような物と超火力の大技しかない。よってシグナムの射程外からの攻撃は除外。

 

 なら強引に懐に行ってみようかしら。

 

「グローリー。カートリッジ使うわよ」

《……了解です。ですがまだ体が慣れていないのですから早期決着を推奨します》

「ふふっ、心配性ね。大丈夫よ」

 

 グローリーを持つ腕を振るう。

 小さく「ロード」と呟くと、まるで銃声のような轟音と共にグローリーの柄の先端――石突き部分が杭打ち機のようにスライドする。これが撃鉄。そしてあたしの体に変化が起きる。

 体の奥底が熱く、その余熱が体中を廻り瞬間的に注ぎ込まれた膨大な魔力が弾けそうな錯覚に陥る。

 そして体から漏れ出た魔力が周囲の大気までも揺れ動かす。

 

「くっ…ぅぅ…ッ」

 

 体を駆け巡る魔力、内から弾けそうな力に歯を食いしばる。

 小さな器に内容量以上の水を注ぐ。今のあたしを表すならソレ。

 蓮さんが猛訓練を課してたのはこの状態を見越しての事だったの。確かに以前の体でこんなカートリッジを使ってたらあたしの体はどうなってたのか、想像もしたくないわ。

 

「いっ…くわよ、シグナム!!」

 

 足を踏み出し駆ける。

 踏みしめた地に罅が入り、めり込ませる。その速度はさっきまでのよりも明らかに速い。

 

「レヴァンティンッ!」

 

 シグナムのレヴァンティンが連結刃の形態をとり、その刃の切っ先を飛ばしてくる。

 慈悲も無い、殺意のみ込められたその刃に対しあたしは避けずに迎え撃つ選択をとる。駆ける脚を止めずグローリーを振るう。

 狙いもタイミングも定めず、魔法も行使しないで振るう。

 ただ振るっただけ。それだけで迎撃は十分だった。

 振るったグローリーの軌跡を辿るのは溢れる魔力の暴風だ。カートリッジによって過剰なまでに注がれた魔力が意識せずとも刃に魔力を籠める。

 結果、振るうだけで辺り一帯に魔力の暴風が巻き起こる。振るうだけでコレなのだ。魔法に注げばどうなるかは想像にお任せするわ。

 巻き起こった魔力の暴風によってシグナムの連結刃は本来とるはずだった軌道を大きく歪め、あらぬ方向へと。

 感情乏しくなったシグナムもさすがにこれには驚愕を露わにしてる。急ぎレヴァンティンを操ってるみたいだけどこの吹き荒れる魔力の中、連結刃はただ暴風に巻かれるだけでそれも叶わない。

  

 今のシグナムは完全に無防備。

 そのままの刃で斬るとシグナムの命を奪いかねないから非殺傷を可能とする魔法で斬る。

 伸びた魔力の刃のみで一閃。シグナムの体に走る刃の軌跡。ただ一刀の元に斬り捨てられたシグナムの体には想像を絶するダメージが駆け巡ってるでしょうね。

 斬られた胸元を押さえ、前のめりになるシグナム。

 

 そして踏みとどまるシグナム。

 

「ッ!?」

 

 気付けば蹴られていた。

 瞬間的に数メートルは地面を転がっていた。受身も取れず転がり、ダメージの残る体をグローリーを支えにして立つ。目を向ければシグナムはさっきよりもあたしから距離を離して立っていた。

 

 その腕にはまた見たことの無い形態、弓矢を構えて。

 

「翔けよ隼」

《Sturmfalken》

 

 

 

 

 

 自身の持ちうる魔法の中でも最大級のモノを放ったシグナムは、前方に巻き起こる粉塵に目も向けずその場に膝をつける。胸元を押さえ、大きく乱れた呼吸から、アリサの一撃がシグナムを追い込んだというのがわかる。

 それほどのダメージを負いながらもシグナムはアリサに報いた。

 そもシグナムは感情を廃された筈でありながら、この少女に対して謎の感情を抱いていた。シグナムの記憶に無い筈、しかし彼女は自分が相手をしなければならないと。

 最後に一撃にしたって込められたモノは彼女を殺せという主の命令ではなく、彼女に負けられないという感情の方が遥かに強かった。

 感情を廃された筈のシグナムがだ。

 

 だが勝負の決した今となってはそれもどうでもいい事だとシグナムは切り捨てる。漸く晴れてきた粉塵に視線を向け――驚愕する。

 

 全身は傷だらけ。纏った騎士甲冑も半分以上が剥がれ、左腕はあらぬ方向に曲がっている。頭部から流れた血によって眼が潰れていながらもアリサ・バニングスは立っていた。

 

 驚愕を露わにするシグナムを余所に、アリサはふらつきながらもシグナムへと歩み寄る。

 

 シグナムは動かない。ただその口元、無意識の内に小さく笑みを浮かべるだけ。

 

 遂にシグナムの眼前にはアリサの姿。

 アリサはまだ動かせる右腕でシグナムの襟元を掴み、無理矢理立ち上がらせる。といっても身長の関係もあるのでシグナムは膝立ちになってしまうが。 

 

 交わる視線、流れる無言の空間。

 

 そしてシグナムは口にする。

 

「名を…教えてくれないか?」

「アリサ――『騎士』アリサ・バニングスよ」

「……感謝する」

 

 アリサ、生涯で最も豪快な頭突きが炸裂した瞬間であった。

 

 

 

 気を失ったシグナムを放り、アリサは未だにふらつく足取りで投げ出されたグローリーの回収に向かう。

 転がったグローリーを拾う際に力が抜け、地に倒れ込んでしまう。重症のアリサはその欲求に抗う事無くそのまま寝転がることにした。

 シャレにならない位に痛む折れた左腕に効果の薄い治癒魔法をかけながらさっきのシグナムの魔法から自身を護ってくれた手甲に視線を注ぐ。

 白銀の巨大な手甲はシグナムの一撃を一身に受け、甲冑同様に装甲の大部分に罅が入り、亀裂から内部に組み込まれたワイヤーが覗いている。

 頑丈さに定評のある手甲でさえこの状態なのだ。シグナムの一撃がどれだけのモノだったのかは想像に難くない。そしてこの手甲の防御力が無ければアリサは耐え切れなかっただろう。

 アリサはこれを託してくれた蓮に深く感謝をした。そして同時に謝る。

 

「ごめんなさい蓮さん。すぐには動けそうにないです」

 

 アリサとしてはすぐにでも蓮の救出に駆けつけたいが悲鳴を上げている体がそれを許さない。せめて可能な限り治癒魔法を駆使し、動けるようにと努めることにした。

 

 





※新デバイスの紹介也

『サウザンド・グローリー』

 アリサのデバイス『グローリー』の真の姿。
 撤去されていたカートリッジシステムを戻し、刃も大型の物に換装。攻撃力は更に凶悪なモノと化した。攻撃特化型の尖った性能だったが、それがさらに強化されて最早ロマン武器の領域。単純な攻撃力ならメンバー中で一番。
 カートリッジの装填数は1発のみ。
 刃と柄の付け根辺りが中折れ式になっており、そこから手動で弾を込める。その弾丸も他の面子の物とは違ってグレネード弾のような大型の物。
 1発だけだがロードの際に供給される魔力は通常のカートリッジの比ではなく、魔法も通常とは比にならないほどの爆発的な威力を叩き出すが、多少優秀な程度の成人魔導師ならばほぼ体を壊す。


『クロス・クルセイド』

 月村すずかが自身の手で改良、調整したクロスの後継型。
 クロスが「万人にもそこそこ使える優秀なインテリジェントデバイス」だったのに対し、クロス・クルセイドは「完全にすずか専用になった超万能型インテリジェントデバイス」である。
 超万能型と記述してあるように、攻撃・防御・補助と満遍なく扱えるようになった。グラフにすると、綺麗な三角形を描いてくれる事だろう。
 夜の一族の魔力も100%活用できるよう改良したのが、すずか専用たる所以。カートリッジシステムは搭載していないが、それがさらに万能さに滑車をかけている。
 見た目的には大きな変更点は無い。精々アクセサリーとして小さな鈴を取り付けたぐらい。勿論、好きな人の名前にあやかって。

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