魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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ここから捏造設定・オリキャラが発生です。

闇の書の機能に関して思ってた事を反映させています。


29・長き大晦日!

 

 少女は暗き闇の中で独りである。

 なぜこの場にいるのか分からない。しかし、ただ独りであるという事実に変わりない。その事実から逃れるべく、彼女は恐れる闇の中を行く。

 

「みんな…どこいったん?」

 

 少女――八神はやては独りを恐れ、懸命に車椅子を漕ぎながら闇の中を行く。

 

 やがて彼女の前方に4人の姿が見えた。その後ろ姿は彼女もよく知る、己が家族として愛する人たちのもの。

 後ろにいるはやてに気付いた様子もないまま歩く4人に向け、はやては声を張り上げる。

 

「みんな!」

 

 しかし4人は振り返らない。まるではやての声が届いていないかのようにその歩みを止めない。

 

「シグナム! ヴィータ! シャマル! ザフィーラ!」

 

 咽を枯らすかのような声でも4人は足を止めない。そのまま遠ざかる後ろ姿に置いていかれる恐怖を覚えたはやては、追うべく動く。

 

「まっ――!?」

 

 しかし彼女の足である車椅子の車輪はビクともしない。懸命に力を入れるが、それでも車輪は動く気配さえ無い。

 それどころか彼女を支える車椅子は、まるで底なし沼の如く闇の中へとまるで沈んでゆくではないか。

 

「な、なんやコレ!? みんな、助け――」

 

 助けを求めようとするはやてだったが、その光景を見た途端に声を飲み込んだ。

 さっきまではたしかに4人だったはずだが、はやてが今見ている後ろ姿は5人。しかも後ろ姿は――

 

「…私?」

 

 不可解な状況に混乱している内に、はやての体は半分以上が闇の沼へと沈んでいた。

 我に返った時にはもう遅い。

 足掻こうとも、体は思うように動かない。声を張り上げようとも、咽から声が発せない。体が沈みゆくたび、意識が遠のいていく。

 体のほとんどが呑まれ、狭まる視界の中ではやては見た。こちらを振り返り、己の姿でありながら己では浮かべられないような邪悪な笑みを浮かべた『ヤガミハヤテ』を。

 

 訳の分からないまま、はやては最後の意識をも闇に塗りつぶされる。その寸前、彼女は自分の耳で自分の声を聞いたような気がした。

 

 

『礼を言うぞ。ワシのために生まれてきてくれて』

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『鈴』

 

 

 年越しまでもう間もなくと迫ったある日、俺ははやてにお呼ばれされた。年の瀬は何かと忙しいので無理…とは言わない。友人の誘いを無碍にする気もないからな。

 何やら用件を聞いてみると、相談したいことがあるそうな。内容ははやての家で直接話すとさ。

 というわけでレッツゴー。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、来てくれてありがとなぁ」

 

 玄関で迎えてくれたのはいつも通り車椅子に座ったはやてだ。毎度の事だが、この家は掃除が行き届いていて素晴らしい。見習うものがあるな。

 居間に通されて、座るように勧められる。その際、同じようにテーブルを囲む守護騎士の連中がみんな静かだったのが妙に気になった。

 差し出されたお茶に対する礼を告げ、漸くみんなが席に着く。俺はお茶を一口啜ってはやてに切り出す。

 

「それで相談ってのは何なんだ?」

「うん、大した事やないんやけど、鈴君は魔法についてどう思ってるんかな?」

「魔法について?」

 

 えっ? 相談事ってソレ?

 何やら哲学的(?)な問いを出され、戸惑ってしまう。はやてが何を思ってこんな質問をしてきたのかはわからないけど、とりあえずは答えてみる。

 

「そうだなぁ……しいて言うなら便利なモノ、かなぁ?」

「便利なモノ?」

「そう。魔法は人を傷つけるようなモノも多いけど、生活に役立つモノもある。そういうのは魔法の浸透していないこの地球にだってたくさんある。だから俺は魔法ってのは便利なモノのひとつって認識かなぁ」

 

 昔の俺はその便利な力に魅せられ消えかけた。

 その命がけの教訓もあり、魔法は素晴らしいけど危険と隣り合わせという、言ってみれば家電製品みたいな認識ができてしまった。

 まぁ、あれだ。火遊びして火傷した子供ってわけだ。あ、今の俺の小さい体を考えるとうまいこと言ったかもしれん。

 

「…うん、そうやね。この地球で危険と隣りあわせで発展した科学と何か通じるもんがありそうやわ」

 

 何やらテーブルに肘をつき、碇ゲンドウポーズをとるはやて。

 

「うん、そっかそっか。今も科学が発展してるように魔法技術も発展してる。鈴君の扱う魔法が良い例やな」

「はやて?」

 

 はやてってこんな奴だったっけ?

 俺の胸の内に湧き出てきた疑問。そして違和感。

 それと同時に、俺の頭の奥で何かが鳴りはじめた。

 

「鈴君は自分の魔法の特異性に気付いとるんやな。その特性と…そして危うさに。だから誰にも教えようとせんし出所も教えない。良い師に恵まれてるようやな」

 

 そう、先生の魔法は確かに便利すぎる。

 クロノやユーノさえも知らない魔法。ミッド式やベルカ式よりも燃費も良く、利便性があり中には世界に――因果律にさえ喧嘩を売ってるようなモノさえある。

 

「人は次のステップに進むためには何かを犠牲にする必要がある。それは科学に然り、魔法についても然りだ。だってその先には犠牲にするだけの価値がある”可能性”があるんだから」

 

 目の前のはやては饒舌に語る。はやては魔法を知ってはいるけど、その立ち位置は一般人だ。そんな彼女がこんな話題を口にするなんて。

 そんな何処か楽しそうに笑いながら語る彼女の姿に対して何をするでもなくただ静かに座っている守護騎士の連中。

 

お主(・・)の魔法はさぞかし可能性の宝庫なんだろうなぁ」

 

 頭の奥で何かが鳴り響いていた音が大きくなってゆく。

 俺はかつてこの音を聴いた事がある。

 最初は以前の体での魔法失敗の際に。もう1つはあの巨大な傀儡兵との決着がついた時。

 

「ねぇ、鈴君…」

 

 はやての口から艶やかな声が発せられる。

 

 その声は俺の頭の奥での音――警鐘を最大音量で鳴り響かせた。

 

 

「その可能性、ワシ(・・)に寄こせ」

 

 

 全力でテーブルをはやてに向けて蹴りとばした。

 食器等の割れる音を響かせるリビングから弾けるようにその場から飛びのく。同時にさっきまで俺の座っていた場所にはバインドがかけられる。事前に【強化】をかけておいたのが幸いし、そのスピード故にバインドが俺を捕らえることはなかった。

 窓を突き破り、外に飛び出す。そして眼に飛び込んできたのは、俺にとってはもはや見慣れた歪んだ空。

 

(結界かよっ!?)

「ふむ、勘の良い奴じゃな」

 

 上空から聞こえてきたはやての声に空を見上げる。

 見えたのは完全武装を施した守護騎士達の姿。その騎士達に守られるようにして立って(・・・)いたのはたしかにはやてだった。

 

 けどその格好はさっきまでの私服姿じゃない。

 灰色を基調とした有り余る袖と裾の民族衣装のような服。その上には黒にほど近い灰色のローブを羽織っている。そしてその腕に抱えられているのは闇の書。まるで御伽噺の魔法使いそのままのような姿だ。

 

 上空から俺を見下ろすその瞳は以前の彼女のモノではない。

 冷たく濁った様なその眼は、俺をまるでモルモットを見ているかのような錯覚さえ覚える。

 

 違う。

 俺の知る彼女はこんな冷たい眼をしないはずだ。そう思っていると自然と口から漏れていた。

 

「あんたは誰だ?」

「これは異な事を。お主も良く知る『八神はやて』ではないか」

「はいはい、ワロスワロス。冗談は良いんだよ」

「ふむ、心に余裕を持った方がよいぞ。そうすれば脳は冷静に思考を続け、いずれは活路を見出せるだろうに」

(もっともだが言われると腹が立つな!)

「だが確かに。名も知らぬまま消えゆかせるのは忍びないな。ならば改めて自己紹介しよう」

 

 芝居かかったように腕を前にするはやて――否、女性。

 

「ワシの名はジーン。嘗て、この闇の書の主だった者じゃ」

 

「ジジイ…はやてはどうした?」

「ジジイとな? これでも生前は女じゃったんだがな」

「ババア、はやてはどうした?」

「…やれやれ、口の減らぬガキじゃの。まぁよい。あの小娘はもう居ないぞ」

「何?」

「いやはや、長年待った甲斐があったわ。歴代、最高の適合率じゃ」

 

 さっきから奴の話す内容を整理していくと突拍子のない憶測が生まれた。

 

「適合?」

「そうじゃ。まるでワシのためにあるかのような体じゃ」

「テメェのために? …まさかっ!?」

 

「察しがいいな。そうじゃ、貰ったのだ」

 

 一瞬で血液が沸騰した。

 胸の奥から湧き上がる激情を押さえる事が出来なかった俺は【強化】をそのまま維持、そして一気に踏み出した。

 

 後方に向けて。

 

 

 

「「「「なっ!?」」」」

「ほう、莫迦ではないようじゃな。追え。痛めつけても構わんが殺しはするな。必ず取り押さえるんだ」

 

 地を抉りながら走り去る鈴を追う守護騎士達。それを見届けながらはやて――否、ジーンは闇の書を起動させ、魔法を発動させる。

 それを確認したジーンは眼下に広がる世界を見下ろす。

 その瞳の奥に見えるモノ、それは歓喜。事実、隠し切れないその歓喜の感情は、彼女の口の端を獰猛に吊り上げている。

 

「お主の可能性、必ず奪ってみせる」

 

 この街の魔法使いにとっての分岐点。その長き夜が始まった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『クロノ』 

 

 

「魔力反応を確認! これは――!?」

 

 エイミィの報告で映像が映し出される。

 そこに映っていたのは結界で覆われたこの街の地から滲み出るように現れた、黒く塗り潰したような――まるで闇をそのまま象ったような異形の姿だった。

 

「エイミィ、アースラとの通信は!?」

「ダメ! 結界によるものなのかわからないけど繋がらない!」

 

 思わず舌打ちしてしまう。

 突如として突き出されたこの状況。何が原因で何が目的なのか…とにかく事態がいきなりすぎて情報が少なすぎる。

 

「一体何が…」

「何者かによる介入か、もしくは――」

「闇の書が目覚めたのか、ね」

 

 僕たちに応えるようなタイミングで艦長が入室してくる。

 

「クロノ、なのはさん達とコンタクトをとって合流して。その後、詳しい原因の究明を」

「了解です、艦長!」

「待って下さい! この怪物……セーフハウス、アリサちゃん、すずかちゃんの家を中心に出現しています!」

「何だって!?」

「現存する武装局員はこのセーフハウス周辺で防衛を。クロノ、まずは近くのなのはさん、フェイトさん、鈴くんの所へ。その後、アリサさんとすずかさんとも合流して、後は現場の判断に任せます」

「わかりました。では行きます!」

 

 街に見える異形どもを見下ろしながらベランダから飛び立つ。

 

 その後、すぐさま襲い掛かってきた大型の鳥のような異形と交戦することなった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『鈴』

 

 

「クソがっ! 召喚魔法か!?」

 

 目の前の異形を【衝撃】でフッ飛ばしながらひたすらに逃げる。

 奴らの虚をつく形で転進しての逃走、そのままみんなとの合流を目指したのだがこの召喚は少し予想外。

 この異形に阻まれ、全然進まない。さらには後ろからの追跡に守護騎士の連中。状況的には詰んだっぽい。

 

「だからって諦めれるかぁぁっ!!」

 

 脚の回転を上げ、さらに爆走する。

 ちなみに空を飛ばないのは、俺は【強化】で走った方が速いし、建物とかの障害物を利用するためだったりする――と

 

「やっば!?」 

 

 走っている途中で湧き出る異形とモロに遭遇してしまい、しかもいきなりの一撃を振るってきた。何とか【衝撃】を喰らわせて消滅させるも、そこで脚を止めたのがまずかった。

 

「ィィィィヤアアアアアッ!!!」

 

 上空から聞こえてくる雄叫び。

 見上げるとこちらにご自慢の鉄槌を振り下ろさんとするヴィータの姿が見えた。しかし、追いつかれたようだが他の面子の姿は見当たらない。こいつだけ先行してきたのだろうか?

 

「砕けろおぉぉぉ!!」

「ざっけんなぁぁ!!」

 

 ヴィータのアイゼンを最小限の動きで半身になって回避。

 衝撃によって大きく陥没する地面。回避に成功した俺は、目と鼻の先にまで迫った無防備の状態であるヴィータの顔を正面から鷲掴みにし、あの魔法を試してみる。

 

「【覚醒】!」

 

 掴んだ手から光が溢れる。

 弾けた光が治まった頃、意識を失ったであろうヴィータがその眼を閉じ、地面に横たわっていた。

 

「効いた…のか?」

 

 わからない。

 俺のこの魔法が通常の人間にならともかく、プログラム生命体である守護騎士に対して通じるか試した事もないからな。無論、効いたと祈るしかない。

 そこで俺は思い出した。今の俺は脚を止めていい状態では無いと。

 

「うわっ!」

 

 気付くのが遅かった俺の手足に、突如としてバインドが嵌められる。そのまま拘束されはしたが、思考を魔法術式の方へ切り替え、バインドの解析に努める。

 

「逃げ足の速い奴だ。案外、遠くへ逃げたな」

 

 上空からジーンと他の守護騎士が降り立つ。

 シグナム、ザフィーラが俺を見下ろす眼つきは冷たい。何があったのかは知らないが、以前の彼女等ではないようだ。

 シャマルは眠っているヴィータの様子を診ていた。様子が変わろうと、一応はこれぐらいの仲間意識は持ち合わせていたようだ。

 

「放っておけ、シャマル。いずれ勝手に眼を覚ますだろう」

 

 その身を包む灰色のローブを冬の風に靡かせながら俺の元へと歩く姿は、はやての小さな体でありながら巨人のように大きく感じられた。

 ジーンの登場に傅く守護騎士。ジーンは倒れているヴィータを一瞥しただけで、すぐにその関心を捨てる。

 やがて俺の前で立ち止まり、その冷酷な眼で俺を見下ろす。思考分割でバインド解析をしながら俺はジーンを睨み返す。

 

「足掻きは止めたのかや?」

「さぁね」

 

 コメカミを蹴られた。

 視界の中に火花が散る。揺れる視界が定まると、再び睨みをきかす。頬の辺りに熱い液体が伝わる感触を感じるに、蹴られた辺りをざっくりやられたようだ。

 

「余裕を持った方がいいんじゃない?」

「手の掛かるガキに対する躾じゃ」

「ハッ、礼をいうよ。くたばれクソババア」

 

 今度は頭部を踏みつけられた。

 鼻から流れる血を自覚しながら、そのまま頭部を踏みにじられる。一部ご褒美と称されるこの仕置きも、今の俺にはむかつかせる行為以外、何物でもない。

 さらにこんな事も、はやての姿でやられるんだから溜まったものではない。

 

「さて、そろそろお主にはワシの糧となってもらうぞ」

「か…て?」

「すぐにわかる」

 

 ジーンは闇の書を開き、魔法を起動させる。ベルカ特有の魔法陣が展開され、その光が俺を包み込もうとする。

 

(クソッ! もう少しで解除できそうなのに!)

 

 必死にバインドを解除しようとしていたがこのままでは間に合いそうにない。

 一応、こんな体勢でも魔法を放てるが、奴の中身はアレでも体ははやて。下手に傷つけるわけにはいかない。

 

 そうこう足掻いている内に魔法陣に包まれた俺にジーンが手を伸ばしてくる。ただそれだけの筈なのに無駄に恐怖心を煽ってくる。

 既に2回も死を経験している俺だが、やはり死ぬのは怖い。このまま殺されるかどうかわからないが、無事で済む問題ではないだろう。

 

「さらばじゃ、鈴」

 

 

「アイゼン! 叩き割れえぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

 響く叫び。

 その直後、世界は文字通り揺れた。

 揺れた大地に亀裂が奔り、割れる。その威力は絶大で、割れたアスファルトだけでなく内部の配水管にもダメージを及ぼし、大地の割れ目から水が吹き出る。

 ジーンも守護騎士達も突如として訪れた大地の衝撃に備えられずたたらを踏む。その脚は割れたアスファルトに挟まれ、抜け出そうともがいている。

 だが俺に限って言えば被害は無かった。なぜなら今の俺は空へと逃げているのだから。

 

 見慣れた赤毛を揺らす少女に抱きかかえられて。

 

「……ヴィータ?」

「話は後だ! 逃げるぞ!」

「ま、待て!」

「【凍結】!」

 

 丁度バインドも解けたので、配水管の水を被った連中に向けて魔法を放つ。

 連中を囲むように広がる六角形の魔法陣。連中に滴る水滴、濡れた大地は一気にその温度を下げ、凍り付いてゆく。

 当然ではあるがこの程度ではどうにかなるわけがない。だが足止めとしては効果的だ。

 ヴィータの腕から離れ、俺も自分で飛ぶことにする。ヴィータは守護騎士達の方を一瞬だけ一瞥し、そのまま俺と並んで飛ぶ。

 俺は何とかこの場での危機を脱することが出来たのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「申し訳ありません。取り逃がした失態、必ず挽回を…」

「……まさか洗脳を解くとはな」

 

 守護騎士の言葉にも耳を貸さず、ジーンは思考に没頭しながら闇の書を操る。守護騎士は言葉が届かなかったのかと戸惑うも、自分達の主の邪魔をすることはしない。

 ジーンは黙々と闇の書の魔法を操る。その時間の長さにさすがのシグナムも訝しげになる。

 

「あの、主…」

「喜べ、守護騎士達よ」

「ハッ…?」

「お前達は更なる力を手にするのだから」

「それは…いったい?」

 

 守護騎士たちを囲む魔法陣が展開される。溢れる光が黒に変わり、禍々しさを漂わせた辺りから彼女らに変化が起きた。

 

「グッ!? アアァァァッ!!」

 

 魔法陣に包まれたシグナムが突然苦しみだす。それはシグナムだけではなく、他の守護騎士達も同様だった。

 蹲り、苦しむ守護騎士たちなど何処吹く風、ジーンはただ黙って観察(・・)を続ける。

 

 やがて魔法陣の発する黒の光が治まった後、その場にいた守護騎士たちは変わっていた。

 さっきまでの苦しさなど嘘だったかのように毅然と立ち並ぶ。纏う騎士甲冑ははやてのデザインした物そのままだが、その色彩は様変わりしていた。

 全てを呑み込むような深い黒。もはや闇と称した方がしっくり来るだろうその色に、奔る血のような深紅のラインが禍々しい。

 そして開かれた瞳には――なんの色も感情も浮かんではいない。

 

 ジーンはその守護騎士の姿に満足したのか、ひとつ頷き命令を下す。

 

「命令は同じだ。さっきのような失態は許さんぞ。行け」

「「「ハッ!」」」

 

 飛び去る守護騎士。ジーンは変わらず何も浮かべない顔のまま見送る――と、ふと思い出したように再び書を操作しはじめる。

 

「ワシの意に従わぬ守護騎士など不要じゃ。消え去れ」

 

 ジーンの差す従わぬ守護騎士など、現状ではただ1人。

 

 聞こえる筈も無し。だが脳裏に浮かんだその守護騎士に対して忌々しげに吐き捨てる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「何だこれは?」

 

 街の遥か上空、ドーム状に展開されている結界を見て女性――秋月蓮は口に咥えた煙草を落としそうになる。

 

「これは……結界ね。それもかなり強固な」

「見ればわかるわよ」

 

 蓮の傍には2人の女性。

 片方はロングヘア、もう片方はショートヘアの女性。姿形の似通った2人の頭にはピョコンと突き出た獣耳があった。明らかに人間ではないと主張している。

 

 リーゼアリアとリーゼロッテ。それが2人の名前である。

 

「クソッ。年の瀬くらいゆっくりしようと思って早々に済ませてきたのに。誰だか知らんが空気も読めんのか…」

「そんな意図があってあんな強行スケジュールで行ったんですか!?」

「いや~、でもわかるわ。私だってそんな時くらい炬燵とか暖炉の前でのんびりしたいもの」

 

 猫耳2人の対照的な反応を流しながら蓮は解析をかける。やがて簡単な解析を終えた彼女は顔を歪めて舌打ち。

 

「チッ…闇の書が目覚めている」

「そんなっ!?」

「えっ!? だってまだ書は完成してない筈じゃあ…」

「帰ってきたばかりの私が知るか。ともかく予定はかなり早まった。至急、コイツを届けるぞ」

「わかりました」

「一応、父様に連絡しとくね」

 

 蓮の胸元にぶら下がっている掌サイズの銀細工の羽根が小さく音を鳴らした。

 

 





闇の書の詳しい事に関しては次回に載せる予定です。

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