魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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未成年の飲酒ダメ、ゼッタイ。


28・交差点!

 

『鈴』

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉ!! 唸れ、俺の右腕!」

 

 必死にボールの中身をかき回してますは秋月の鈴です。

 

「廻せ廻せ廻せまわせぇぇぇぇっ!! あがっ…腕、つった! いたたたたたっ!! くっ、静まれ、俺の右腕っ!!」

「鈴、何してるの?」

「痛みを紛らわすための邪気眼ごっこ」

 

 日付も変わって今日は12月の25日、世間ではクリスマス。

 今年も俺たちは毎年恒例であるクリスマスパーティーをするのだ。ただ今年は参加人数の関係で会場はすずかの家で開催。大人数だから必然的に広い場所が必要となるからだ。

 俺はというとユーノを伴って一足先に月村家にお邪魔し、台所で今夜の料理の準備をしています。料理は大人にまかせなさいという声もあったのだが、何気に俺の料理を望む人も多いのでこうして腕を振舞っているのだ。

 

「鈴、煮立ってきたよ」

「なら次は丁寧にアクを取り除いてくれ」

「わかった」

 

 ユーノに指示を出しつつ自分の仕事も忘れない。同じように厨房ではこの屋敷の使用人であるノエルさんとその妹であるファリンさんも今夜の準備にと大忙しだ。それに加えて料理やケーキは翠屋からも何品か持ってきての立食パーティー形式にする手筈になっているので豪勢な物になるだろう。

 多すぎないかと思うかもしれないが、今年は初参加のフェイト達にリンディさんやクロノにエイミィさんと管理局の人間も来る予定になっているのだ。

 リンディさん達はまだ事件も解決していないからと遠慮していたのだが、アースラの部下達による勧めもあって参加することになった。良い部下に恵まれてるなぁ。

 まぁ、当日に魔導師襲撃の事件が起こることは絶対に無いでしょう。

 

 あっ…あいつらの迎えに行かなくちゃな。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『フェイト』

 

 

 毎年の恒例だというクリスマスパーティーに招待された私は初めての経験にちょっと浮かれていた。

 外はすっかり闇の帳が落ちているのとは裏腹に、招待されたすずかの家では既に集まっていた人が開始時間までを思い思いに過ごしている。

 なのはにアリサにすずかといったいつものみんな、そしてその家族や管理局の人と本当に大勢だ。私も大好きな母さんとイベントに参加するのは初めてなので実は内心は嬉しさで一杯。

 

「あ、フェイトちゃん!」

「来たわね、フェイト」

「いらっしゃい、フェイトちゃん」

「うん。こんばんわ、みんな」

 

 私達が来た事に気付いたすずか達がこっちにやって来た。

 隣に居た母さんは私達に気を使ってくれたのか、みんなに軽く挨拶をした後に早々と桃子さんや蓮さんといった大人グループの方へ行った。

 

「フェイトちゃん、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ファリンさんからジュースの入ったグラスを受け取て一口飲む。実は少しだけ緊張してたから喉を潤したかったんだ。

 

「それにしても凄いね。毎年こんな感じなの?」

「ううん。もう少し控えめなんだけど、今年はフェイトちゃん含めて初めての人も多いから賑やかにしようってみんなで決めたの。思い出に残るようにって」

「だからフェイト。今夜は存分に楽しみなさいよ」

「うん、ありがとう」

 

 この温かさが心地いい。私はみんなに出会えた事を本当に嬉しく思ってる。この温かさが尊いものだとも気付けた。

 あの頃とは違う、アルフとそして母さんと友達と交わり幸せな日々を過ごす。

 リニス、私は幸せだよ。

 

 

 

「…あれ?」

 

 部屋を見渡して気付いた。

 私やなのは、アリサ、すずかの家族。管理局の人達、蓮さんにユーノ。

 

「ねぇ、なのは」

「ん、どうしたの?」

「鈴はまだ来てないの?」

「…うん、まだ来てない」

 

 そう、鈴の姿が見当たらない。

 たしか私と同じく、今回のパーティーに初めて参加するっていう人を迎えに行ったんだっけ?

 私達に紹介するから仲良くしてくれって事だったけど、どんな人なのかは私たちは把握していない。鈴も鈴で当日まで内緒って言ってたし。

 

「まぁ、鈴君が紹介するってほどだから悪い人ではないと思うんだけど…」

「あいつってホント勝手に物事を進めるのよね」

「あ、あははは…」

 

 どんな人が来るんだろう?

 

「すみませぇぇん! 遅れましたぁ!」

 

 噂をすれば何とやら、鈴がやって来た。入り口でひたすら腰を曲げて、みんなに遅れたことを謝っている。時間には間に合ってるから大丈夫だよ。

 そして鈴の紹介と共に彼が迎えに行った人達の姿が姿を見せたのだった。

 

「なぁっ!?」×多数

 

 

「どうも初めまして。八神はやてといいます。そしてこっちが私の家族の…」

「シグナムです。よろしく」

「ヴィ、ヴィータ…です」

「みなさん初めまして。シャマルです。今宵はお招きいただき、ありがとうございます」

「ワォン!」

 

 事情を知らない人はそれぞれが始めて出会う人に挨拶をする。

 そして事情を知っている私達は――

 

『……さて、鈴君?』

『わかってます。ちゃんと事情も説明しますし謝罪もしますし処罰も受けます。だからそんなに睨まないで。マジふるえてきやがった怖いです;;』

 

 私も含めた大多数の――まるで人を射殺すような眼光を受けて小動物みたいに震えてる鈴がちょっぴり可愛かった。

 

 

 

 

 

「…で、以上が全ての経緯?」

「はい。その通りであります、リンディ提督」

「他に隠し事は?」

「無いでありますクロノ執務官。だから降ろしてもらえるとありがたいです。頭に血が…」

「クロノさん、私が聞きだしましょうか? 大丈夫、”眼”を合わせてお話すればちゃんと――」

「やめてすずか! それは最悪、廃人になっちゃう!」

 

 忍さんから許可を貰い、普段は使っていない一室を借りて私達はごうも――じゃない、尋問を始めた。

 元凶である鈴はすずかのチェーンバインドで簀巻きに、そして天井から逆さに吊るされて蓑虫みたいな有様だ。

 

「あ、あの、鈴君も反省してるみたいやしそろそろ許してあげたらどうやろ…」

 

 一家の代表として、当事者としてついてきたはやてのお情けの言葉に鈴はうんうんと首が捥げる勢いで肯定してるけど今の私達はそれを聞き入れるほど甘くない。

 

「ダメよ。良い機会だからこいつのすぐに隠し事をする悪癖を直さないとね」

「悪癖って俺は別に――ちょ、アリサ、ごめん! 悪かったから! 反省してますから!」

「…ねぇ鈴君。また? またなの? また他の子をひっかけて…」

「論点がちょい違うからなのは! だから銃口(デバイス)向けないで!」

 

 ジタバタと――蓑虫の状態だからユラユラと振り子のように揺れながら許しを請う鈴。

 

「えっと、フェイトちゃんだっけ? そろそろ鈴君を許してあげるように言ってくれへんかな?」

「うん? 大丈夫だよ。みんな口で言うほど怒ってないから」

 

 私達は別に本気で怒ってはいない(なのははわからないけど) 

 鈴はなんだかんだでこの事件解決の糸口を掴み、こうやって話し合いの場を設ける機会を作ったのだから。

 それに彼女達の言い分を聞いた今では、私も鈴と同じようにしたかもしれないという思いまである。

 この尋問だって管理局員としてのケジメみたいなもの。でなければ鈴は早々にバインドを解除して逃げ出してる。それをしないという事は自分にも非があると自覚してるからだろうね。

 

「はぁ…いいわ。この件は一旦保留にしてそろそろ戻りましょう」

「…そうですね。鈴、後日しっかりと処罰を言い渡すからな。逃げるなよ」

「うぅ…了解しました」

 

 やっと許しが出て鈴は開放される。

 リンディさんとクロノは早々に会場へと戻っていく。なのはとアリサとすずかは鈴へお小言を言ってから同じように戻って行った。この場に残っているのは私とはやてと鈴だけ。

 

「ごめんな、鈴君。私のせいでこないな事になって…」

「はやては悪くないって。俺だって別に後悔はしてないから謝る必要もないぞ」

「そうだよ、はやて。ちょっとしたすれ違いだっただけだって」

 

 掛け違えたボタンのようにちょっとしたズレが混乱を呼んだ。

 けど、いざ噛み合ってみるとなんて事のない、みんなが大切な物を守るために動いただけだ。嘗ての私もそうだったから気持ちもわかる。

 

 彼女たちも悪かったと思える気持ちがあるんだからやり直せるよ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『はやて』

 

 

「それでは今夜は思いっきり楽しんでいってください! メリークリスマス、乾杯!」

『乾杯!!』

 

 忍さんの乾杯の音頭から各々が騒ぎ始める。私も受け取ったグラスを音頭に合わせて掲げて飲み干す。

 

「はやてちゃん、何か食べたい物ってあります?」

「あ、やったらシャマルに任せるわ」

「はい、わかりました」

 

 ひょいひょいと皿に幾つかの料理を取り分けるシャマル。シグナムは少し離れた場所でまだ料理に手をつけずにグラスを傾けてる。ヴィータは…まぁ、いつも通りっぽいわ。

 

「うめぇ! はやて、これ本当にうめぇぞ!!」

「はいはい。ヴィータ、もう少し落ち着いて食べや」

 

 備え付けてあったナプキンでヴィータの口元を拭ってあげる。綺麗になったのを確認したらヴィータはまた食事を再開する。

 ホンマ、手のかかる妹みたいやわ~。

 

「はい、はやてちゃん」

「ありがとう、シャマル」

 

 シャマルから料理の盛った皿を受け取る。律儀にバランスを考えてくれたようで、皿の上は色彩豊かなものに仕上がってる。目でそれを存分に堪能してから口に運ぶ。

 

「ホンマや。おいしい」

「ですね。うぅ、私もこれぐらいうまく作りたいです…グスッ」

 

 なんや、シャマルがたった一口食べただけでヘコんでもうた。まぁ、たしかにシャマルの料理は…いや、これ以上はやめとこ。それは、私の語るべき物語やない。

 

「ハァ~イ、楽しんでる?」

 

 そんな私達の方に来たのはさっき鈴君を突いてた金髪の子。その後ろにはツインテの子とカチューシャの子。

 

「楽しんでますよ。えっと、たしか…」

「アリサよ。アリサ・バニングス。あと同い年くらいなんだから敬語とかいらないわよ」

「あ、ホンマ? 助かるわ」

「クスッ、改めて自己紹介するね。私は月村すずか」

「高町なのはです、よろしく」

「うん。こちらこそよろしく」

 

 

 

 それからの事は楽しかったとしか言いようがなかった。

 ここに居る人はみんなが良い人だった。飛び入り参加だった私達にも分け隔てなく接してくれて、その温かさにシグナム達の方も少しずつ応えてくれてとほんまに最高やった。

 

 

 

「ほう、シグナムさんは剣の心得があるのですか?」

「ええ。と言っても齧る程度ですが…」

「はは、ご謙遜を。あなたの佇まい、発する気、どれをとっても素人のソレではないでしょう?」

「……そういうあなたも中々のようで」

「私の家に道場があります。もし機会があれば息子達の相手をしてやってはもらえないでしょうか?」

「…そうですね、その機会があれば」

 

 

 

「えっ!? これって鈴君が作ったん!?」

「そうよ。あいつ料理の腕はそこらの店、顔負けなのよ」

「うわぁぁぁぁん!!」

「あ、シャマルさん! どこに行くんですか!?」

「……シャマルは犠牲になったんや。メシマズキャラの確立、その犠牲に」

「はやてちゃん、何言ってんの?」

 

 

 

『にゃあ、ニャア、にゃ~ん♪』

『頼む、こいつらを何とかしてくれ…』

「猫に懐かれる狼。いや~、中々の見物だねぇ、狼(笑)」

「アルフだって下手したら(笑)が付くよ?」

「お黙り、淫獣げっ歯類」

「ひどっ!?」

『……いいから、早く助けてくれ』

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 シグナムは1人、壁にもたれながらグラスを傾けていた。

 今の彼女の胸中は複雑なものである。たしかにここに居る人達が悪い人でないと理解はしたが、彼女はまだどこかに壁をつくっている。

 気付けばグラスが空になっており、再び飲み物を貰おうため動こうとした所で横から新しいグラスが差し出された。

 

「はい」

「おまえは…アリサ・バニングス」

「アリサでいいわよ」

 

 アリサはシグナムにグラスを渡すと、そのまま横に並び立ち自分の分のジュースを飲み始める。それに倣うようにシグナムも飲み始める。

 2人の周囲だけ空気を切り取ったかのように静かなものであったが、先に沈黙を崩したのはアリサだ。

 

「今日のパーティー、楽しくないの?」

「……いや、楽しんではいる。だが…」

「今の私は楽しむ資格は無い、とか?」

「その通りだ」

 

 シグナムは自分がやった事――それを思うと本心から楽しむ事ができないでいた。

 彼女からしてみれば一連の騒動は、道化となってイタズラに人を傷つけただけだと感じているからだ。

 他のヴォルケンリッターはその辺をうまく割り切って楽しむ事ができているようだから、シグナムは他のみんなを羨ましく思ってもいた。シグナムは生来の生真面目さ故に悩むことになっているのだ。

 そんな彼女を見かねたアリサはシグナムの額にデコピンをお見舞いする。

 

「痛っ!」

「こんな明るい場で暗い顔をしないで」

「むっ、すまない」

「はぁ~…ねぇ、今回の事、悪いと思ってるんでしょ?」

「あぁ…」

「だったらそんなに悩む必要ないわよ。ちゃんと反省して、罪を償って、もうこんなことにならないようにする。それさえわかっているなら十分だから、そんなに背負い込み過ぎないで」

「だがっ!」

「はやてが言ってたわよ。シグナムが背負い込みすぎて潰れるかもって」

 

 シグナムは自身の主の名を聞いて思い出した。全てを打ち明けたあの日を。

 

 

 

 はやてとの信頼、絆が切れるのを覚悟してた。

 ヴォルケンリッターからの告白を聞いたはやては当然、怒った。みんなを散々怒って、怒って、説教して、泣いて。

 それでも最後は涙を浮かべながらも笑ってこう言った。

 

『今まで傷つけた人等に謝って、罪を償って……それらが終わったら胸を張って私の所に戻ってきてや。ほんでまた一緒に笑って暮らそや』

 

 

 

 彼女らと主の絆が切れる事はなかったのだ。

 

「…そうか、そうだったな」

「どうしたのよ?」

「アリサ・バニングス」

 

 今まで俯いていたシグナムはアリサへと視線を向け、そしてその場に跪いた。

 

「私、烈火の将シグナムはそなたへの行いを悔い、そして謝罪する。すまなかった」

 

 アリサはその突然の行動に戸惑うことも無く応えた。

 

「許してほしかったら1つだけ条件があるわ」

「聞き入れよう」

「あたしともう一度、全力で戦いなさい。あたしって負けず嫌いでね。負けのままでは終わらせないわ」

「承知した。アリサ・バニングス」

 

 シグナムの胸の閊えはこの時、ようやく取り除かれたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「と~き~を~超え刻まれた♪ か~な~し~みの記憶♪」

「おぉ~! うまいで、フェイトちゃん!」

「「きゃー! フェイトちゃ~ん!」」

「「キャーフェイトチャーン! イッショニデュエットドウデスカー!」」

 

 パーティーも中盤に入り、なにやら催し物が始まる。

 設営された壇上ではフェイトが恥ずかしそう身を捩じらせながらも、マイク片手にその美声を披露する。壇上の傍にいる、今にも昇天しそうな至福の笑顔を浮かべる彼女の母親もカメラでの撮影を忘れない。 

 はやてがフェイトに声援を送りながら観賞していると、傍に寄る1人の姿があった。

 

「楽しんでるようですね はやてさん」

「あ、リンディさん。存分に楽しませてもらってます」

「そうですか、それはなによりです」

 

 そのまま2人並んで舞台を楽しむ。フェイトの番が終わり、次の順番が始まるまでの間に、はやては彼女に聞いておく事にした。

 

「あの、こんな時に聞くのもなんですけど、鈴君はどうなるんですか?」

「えっ? どうなるって?」

「いや、だから最初の方に言ってた処罰とか…」

「ああ、別に大した罰にはなりませんよ。たしかに独断専行、作戦無視とありましたが、こうやって血も流さずにあなた達との場を設けた功績で大半はチャラです。最も、一時的とはいえ管理局に身を置いているのでお咎めなしにはできませんけど」

「そ、そうですか…」

「はやて、罪悪感を感じることはないぞ」

 

 突然割り込んできた声。

 2人の元にやって来たのは両手にグラスを持った蓮だった。片方のグラスをはやてに渡し、自分の分のグラスに口をつけてから蓮は続ける。

 

「あいつが勝手に首を突っ込み、どうにかしたいと望んで動いたんだ。だからはやてが私のせいだとか考える必要はない」

「それはそうかも知れないですけど…」

「むしろあいつはおまえらを助ける方が大事だからな。処罰だって甘んじて受けるさ。何よりそんな顔してたらあいつが浮かばれんぞ。だから笑っとけ」

「…わかりました。蓮さんがそう言うなら」

 

 鈴の理解者であり、保護者である蓮の言う事に一理あると自分を納得させる。

 そして今はパーティーの途中だった事を思い出し、暗い雰囲気を出さないようにネガティブな思考を中断させる。

 気持ちを切り替えるように渡されたグラスを思いっきり傾ける。

 

「ブウゥゥゥッ!! げほっ、げほっ…れ、蓮さん! これお酒じゃないですか!?」

「辛気臭い気持ちを振り払うなら酒が1番だろ?」

「あ、あなたはっ! 未成年にアルコールって何考えてるんですか!」

「あ~、御堅い奴だな。だったらおまえも飲め」

「ちょっ!? 何を、むぐっ!?」

 

 天下の提督の口に酒のビンを突っ込む蓮の姿に気圧されてしまうはやて。

 何だかんだで自分を慰めてくれた蓮に胸中で感謝の言葉を述べる。実際、さっきまであったはやての心の中の暗雲は消えたのだから。

 

 

 

 パーティーは最高潮の盛り上がりを見せる。

 途中から管理局だの何だのと無粋な事をいう者のいなくなり、みんなが心の底から楽しむ。敵も味方も無い、繋がりを作った少年に事情を知る者全てが感謝していた。

 

 明日から起こりうるであろう苦難の道。

 

 ただ…それを誰も考えない。

 

 今はただこの一時を楽しもう。

 

 

「ほのおの~におい し~み~つい~て~ むせる♪」

 

 

 ちなみに件の少年は壇上でクリスマスとは程遠い歌を披露し、最低野郎に成り果てていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ヴィータ』

 

 

 料理も粗方食べ終わった頃にメイドが運んできたのはケーキだ。アタシはよくは知らないけど、こっちではクリスマスにケーキは付き物なんだとよ。

 もちろん真っ先に頂いた。そしてそれは文句無しにうまかった。

 一切れ、二切れと食べていると、アタシの隣にはいつの間にやらこちらを見てる鈴の姿が。何を言うわけでもなく、小さく笑いながらアタシを見ている。

 

「……何だよ」

「いや、そんなにうまそうに食べてもらえると作った身としてはうれしくてね」

 

 今日の料理だけじゃなくてこのケーキまで作ってたのかよ。こいつ、何気に多芸だよな。

 鈴はアタシにケーキが乗った皿を差し出してきた。曰く、これは翠屋のケーキで鈴のとはまた違う物らしい。

 断る理由も無いので素直に受け取っておく。鈴も自分のケーキに手をつけていた。

 アタシはケーキを口に運ぼうとしたところで、思い出した事があったからそっちを先に済ませておく。

 

「リン」

「ん~?」

「……あ、ありがとな」

「…なんの」

 

 アタシの礼の言葉に込めたいくつもの『ありがとう』

 多分、リンの奴は気付いたんだろうけど、何も言わずに素直に受け入れてくれた事がうれしかった。アタシもアタシで急に照れくさくなったから誤魔化すようにケーキに集中する事にした。

 

 言葉の無いこの空間は今のアタシには心地よかった。

 

 





ヴィータちゃんマジヒロイン。

そして鈴の飲む翠屋のコーヒーは苦い。

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