魔法少女リリカルなのは~ご近所の魔法使い~   作:イッツウ

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腹芸とか皮肉の応酬とか言葉のかけひきとかを考えて上手に書ける書き手の人を自分は尊敬します。
ほんと、戦闘シーンと合わせて苦手です。


26・絆が苦しい時もある?

 

『鈴』

 

 

「はぁ…今日も収穫は無しか」

 

 ヴィータとやりあったゲーセンを中心に周囲を足で捜索。もしかしたらこの辺りにあいつらの住処があるのではないかと思って歩いたりするんだがそうそう会える筈もなし。この収穫の無さにそろそろ帰ろうと帰路につこうと思う。

 

「あ、ついでに買い物も済ませないと」

 

 確かリンディさん達のリクエストはグラタンだったな。

 というより、最近あのセーフハウスで俺が料理当番に当たる日が無性に多い気がするのは気のせいか?

 

 

 

 

 

「「――ッ!!」」

 

 ギリギリッと俺達は互いに譲らず商品を掴んで離さない。

 俺達の愛を一心にその身で受けるのはタイムセールの数量限定商品。全く…俺達の心を惑わし掴んで放さない罪な商品(ヤツ)だ。

 

「……放せよ、リン。これはアタシが先にとったんだからな」

「HAHAHA! 何を仰いますやらウサギさん。明らかに俺の方が早かったじゃないか。目ん玉、悪いんじゃないのかい? ブルーベリー喰いな。ブルゥベリィ」

 

 一触即発という言葉が相応しい雰囲気が漂う。眼で牽制、相手の一挙一動を見逃すまいと神経を尖らせる。

 

 互いに動いた。

 一旦商品から手を放し、距離をとる(注:ここは店内です)

 共に相手を見据え、構える(注:ここは店内です)

 呼吸を整え、必殺の一撃を繰り出すための1歩を踏み出す(注:ここは店内です)

 

 そして気配を見逃してた見知らぬオバちゃんに商品を掻っ攫われる。

 

「「あっ…」」

 

 ……流石だぜ、オバちゃん。己の目的のためならKYになることも厭わないその潔くも大胆な姿。それは正に夕方の主婦(もののふ)

 

「「……」」

 

 さっきまでの険悪な雰囲気はどこへやら、代わりに漂うのはかなり気まずい雰囲気。

 俺も冷静になってさっきまでのテンション&寸劇を思い返すと頭抱えて自室に3日間引き篭もってしまいそうだ。

 目の前の奴もさっきまでの遣り取りが恥ずかしかったようで羞恥のせいで顔が赤い。なんて一緒になって居心地悪そうにしていたら奴の方に声がかかった。

 

「ヴィータ、目的のモンは買えた?」

 

 …そろそろ突っ込もうか。

 何でこのタイミングで出会うんだよ、ヴィータ! 物欲センサーでも搭載してんのか!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 え~、長々と回想に耽っておりましたが、以上が目の前の車椅子の少女、八神はやてとの初邂逅です。ついでにはやての車椅子を押していたシャマルさんとの出会いでもあります。

 その後、俺がヴィータの知り合いと知るや否や、ヴィータがお世話になってますって名目ではやての自宅に招かれました。

 ヴィータはとことん難色を示していたが、はやては『お茶の一杯くらい罰は当たらんで』と耳を貸さない。

 

「え~と…じゃあ改めて自己紹介させてもらうね。秋月鈴って言います。好きに呼んでいいよ。他の皆さん方も初めまして(・・・・・)

「おおきに。私は八神はやてっていいます。気軽にはやてって呼んでや。そんでこっちから順にシグナムにシャマル。ほんでこの犬()がザフィーラや。みんな私の家族やで」

初めまして(・・・・・)だ、秋月鈴」

 

 4人を代表してシグナムが挨拶してくる。言葉こそ礼節を弁えてはいるが、突き刺さる敵意は未だに消えていない。

 

「ところで鈴君はこの辺に住んでんの? 私もよくあのスーパーに買い物に行くんやけど見かけた事ないわ」

「いや、俺はここからだとちょっと離れた場所に住んでる。あそこにいたのだってたまたま用事があったついでだったんだ」

「あ、そうやったんや。どおりで」

 

 納得したようだ。

 俺は差し出された紅茶に口をつける。苦手な飲み物ではあるが、差し出されたモノには文句は言わない。当たり前だけど。

 

 さて、そろそろ踏み込んでみるか。

 

「不躾な質問で申し訳ないんだけどはやてとシグナムさん達ってどういう関係なの?」

「ん…まぁ、遠い親戚や」

「へぇ~。ん? て事ははやてのご両親は?」

「…私が小っさい頃に、ね」

「…ごめん」

「あ、別に気にしとらんで。何だかんだでシグナム達は私の大切な家族やし寂しくもあらへんよ。他にも私を助けてくれるおじさんもいるし」

 

 そう言って笑うはやての顔からは嘘偽りを感じない。本当に大切に思っているんだろう。

 そしてシグナム達も同様に、はやてを大切に思っているんだろう。はやての言葉を聞いた時、僅かだが俺に向けていた敵意が消え、表情も綻んでいた。

 

「ん、ありがとう。変な質問して悪かったね」

 

 これ以上の詮索は止めておこう。シグナム達の俺に向ける敵意がさっきよりも膨らんでいる。

 

「ええよ別に。じゃあ今度は鈴君の事を教えてや」

「いいけどあんまりおもしろいプロフィールとかは無いぞ?」

「それでもや。私って同い年の男の子の友達っておらへんかったから興味あるんや」

「成程ね。わかった、なら何から話そうかなぁ」

 

 それからは互いに、そして時々ヴィータ達のツッコミを受けながらも身の上話を繰り広げていった。

 はやてはなのは達と同様、早熟タイプの子だったらしく、無理なく話すことができた。

 まぁ、両親を亡くしたからそうならざるをえなかったのかねぇ。

 

 

 

 

 

「紅茶ご馳走様。また会おうな」

「うん。今日は楽しかったわ。また今度、時間があったらゆっくりと話そうな」

「了解。ヴィータもまた今度な」

「…おぅ」

「こら、ヴィータ。ちゃんと挨拶せなあかんよ」

 

 時刻は夕方過ぎ。冬であるため陽が落ちるのが早い。

 門ではやて達の見送りを受けて俺ははやて家を出る。はやては最後まで手を振りながら見送ってくれた。それに俺も手を振り返して別れる。

 そして姿が見えなくなった途端、思考を切り替える。

 

 はやてが闇の書の主と見て、まず間違いないだろう。

 なのは達と同様に魔法の資質はあるようで、明らかに一般人よりも感じる魔力は多い。そしてヴォルケンリッターを親戚と偽った。これらから考察して導き出した結果だ。

 

 次に闇の書に関して。

 ヴォルケンリッターが魔力の蒐集を行っているのは闇の書の完成のため。それは闇の書の主、はやての命令によるものかと思ったけどそうでない事がわかった。むしろそれについてはやては関与していない。

 俺はシグナムに向かって『初めまして』と言った。

 シグナムのそれに対して『初めまして』と返してきた。お互い何度か戦った間柄で、敵同士でなくても何らかの面識があるように偽る事もできたのにだ。

 つまりはやての前で俺はともかく、向こうは初対面を演じなければならなかった。そこで立てた仮説は『はやてを巻き込みたくなかった』だ。

 あのシグナム達が僅かに見せたはやてに対する親愛の情。それがさらにこの仮説を裏付けるのに滑車をかけた。という事はあいつらははやてに内緒で魔力の蒐集を行っている。

 そしてアリサがシグナムから聞いた言葉『我が主のため』という一言。

 ヴォルケンリッターははやてのために闇の書を完成させなければならない。しかし主であるはやてに知られるわけにはいかない。

 はやてが魔法の存在を知っているかどうかはわからないが、彼女の性格からすると魔法という存在を知っていながら蒐集行為を許すような子とは思えない。

 

 けどこれらは飽くまで俺の仮説だ。

 細かい所を指摘していけば穴だらけのような仮説。むしろ俺のはやてに対する情も混じった暴論とも言えるかもしれない。

 けど得られた情報には変わりない。一応、今後の捜査のための参考程度にはしておこう。

 そうと決まったら膳は急げだ。さっさとリンディさん達のセーフハウスに戻って夕食の時にでも話そう。

 

 だがその前に問題がある。それは――

 

「やっぱり素直に帰れるわけないよなぁ」

 

 周囲の空気が一瞬で変わった。

 視界に映る景色の色が濁り、人の気配は消え、街の明かりさえもまともに機能していない。

 とりあえず買い物袋を安全な場所に避難させていると、俺を取り囲むように下りてきた3つの人影。

 さっきまで家に居たシグナムにヴィータ、そしてシャマルだ。ザフィーラはいないようだ。

 各々がデバイスを手に持っており、睨みつける視線は明らかに友好的なソレではない。

 

「さてはて、どうした? 見送りならさっき済ませただろう。何か用?」

「この状況で動揺もしないという事は私達の襲撃がわかっていたのか?」

「まぁね。はやてに出会ってから現在も続いている通信妨害。そっちのシャマルの仕業だろうけど自分達の居場所を知られたくなかったんだろう? それなら俺をみすみすと帰すような事はしないもんな。だからこの状況は予想していた。つまりは…口封じだろ?」

「そこまでわかっているのなら、話は早い」

 

 デバイスである剣を構えるシグナム。シャマルが後方に下がっていくのは前衛のサポートに徹する気なのだろう。

 そんな中、ヴィータだけは何も言わずに顔を伏せたままデバイスを構えようともしない。

 俺も臨戦態勢に移行する。

 ぶっちゃけ分が悪いどころの話ではない。1対3のこの状況でまともに戦って勝てるはずもなく、必死に思考を総動員させ、この場を離脱する手を模索する。

 何とかしてクロノ達に救援を要請できればいいんだが…。

 

「待ってくれ!」

 

 その緊迫した空気の中で今まで1人静かだったヴィータの声が響く。

 

「どうしたヴィータ?」

「ここは…アタシ1人にやらせてくれないか?」

「何を言ってるのヴィータちゃん! あの子は私達を知ってしまった。だから確実に…」

「わかってる。けど…それでも頼む!」

「理由を問うても?」

「それも……すぐに話す。だから頼む!」

「…わかった。そこまで言うからにはやってみろ」

「シグナム!」

「シャマル、確かに確実性を求めるなら3人でかかるべきなのだろうがヴィータはそれを跳ね除けてまでの主張だ。今回は任せてみようと思う」

「……わかったわ」

「ヴィータ、やるからには敗北は許されないぞ?」

「サンキュ、2人とも」

 

 ヴォルケンリッター同士で話がどんどん進んでいってるので傍観していたが漸く終わったみたいだ。

 さっきの会話から察するにヴィータとのタイマンを凌げばいいのか?

 

「待たせたな」

「え~と…つまり、おまえを倒せば俺を見逃してくれるのか?」

「そうだ。これはおまえとアタシとの…決闘だ」

「…そっちのシグナムも知りたいだろうし、ワケを聞かせてもらおうか」

「アタシ自身が未練を断ち切るため」

「未練?」

「正直に言う。アタシはおまえの事は嫌いじゃなかった。なんだかんだでおまえと遊んだ時は本当に楽しめたしな」

 

 突然の暴露に思考停止。停止したのはシグナムとシャマルも同様だったみたいで、驚愕の表情が見て取れる。

 

「あれからおまえと戦うたびに割り切れない気持ちもあった。多分、リンもだろう?」

「……まぁ、ね」

「それじゃダメなんだ。そんな中途半端な心構えじゃ、アタシはこの先をやって行く事ができない。だからアタシはこの手でおまえを討って…この未練を断ち切る!」

 

 その宣言と共にデバイスを構える。

 シグナム達もヴィータの覚悟を見たのか、最後まで見届ける心積もりを決めたようだった。

 一方で俺はと言うと不思議と落ち着いていた。いつもの俺だったらさっきの暴露で知り合いとは戦いたくないとか躊躇し始めると思ったんだが。

 俺でありながら俺の心がわからない。いや、下手に心を乱したまま戦うよりは良いんだけど。

 

 改めてヴィータと対峙する。

 ヴィータの眼は今までのように迷いを見せてはいない。正確には胸の内に押し殺しているんだろう。

 俺も腰を落として構える。

 

「「ぉぉぉおおおおおっ!!」」

 

 始まる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『シャマル』

 

 

 始まった2人の戦い。私とシグナムは2人の戦いをただ見守るだけ。決して手を出す事が許されない2人の決闘。

 

 私は今でもこの決闘には反対。

 はやてちゃんの病を治す目的のための魔力蒐集。ヴィータちゃんと戦っている少年、鈴の仲間から膨大な魔力を蒐集したおかげで闇の書の完成は目前となってる。

 管理局の捜査も本格的に始まって蒐集がやりづらくなっている今、ヴィータちゃんの個人的な感情を優先すべきではない。私達で即座に蒐集、口封じをするべき。参謀役としての見解よ。

 けどシグナムはヴィータちゃんのその感情を優先させた。もちろん抗議した。

 

「騎士としてのケジメをつけさせてやってくれ」

 

 それでも決定を覆さないシグナム。

 

「はやてちゃんとの約束を破った私達に騎士のケジメも何もない」

 

 私達は騎士として汚れてしまっている。今更、誇りを持ち出すのはどうか?

 

「なればこそ、せめて一片の誇りを尊重したい」

 

 未だに納得しきれない部分もあるけど、渋々と引き下がったわ。

 

 ヴィータちゃんが彼との出会いを話した時の様子は今でも覚えている。

 夕食の時にみんなにひたすらに『腹の立つヤツ』だの『次に会ったら決着をつけてやる』だの憎まれ口を叩いてはいたけどその顔は楽しそうに見えた。

 はやてちゃんがそれを指摘すると顔を真っ赤にして必死になって否定する姿は本当に微笑ましいものだったのも覚えてる。

 だけど神様の采配っていうのは残酷で、その再会は本人の望まぬ形で果たされてしまう。

 お互い敵同士という立場として。

 ヴィータちゃんは彼と戦った日からさらに様子が変わった。物思いに耽ることも多くなり、時折上の空となる事もある。みんなも気遣ってくれるけど本人は大丈夫の一点張り。けどその顔は決して浮かない。

 それから管理局と幾度かの交戦もした。ヴィータちゃんは管理局員との戦いは今までどおりにやれていたけど、その中に彼の姿を認めると途端に沈痛な顔を浮かべる。それは私達ヴォルケンリッターでもあまり見ない顔だったわ。

 そんなヴィータちゃんがその迷いを振り切るために今も彼と戦っている。

 彼も決して悪い人ではないというのがはやてちゃんを通じて分かった。ヴィータちゃんが心を許すのも頷ける。

 けど私達ははやてちゃんを救うために心を鬼にしなければならない。この決闘は謂わばそのための通過儀礼なのかもしれない。

 けど時折、心の隅で思う事もある。

 

 本当にこれでいいのかって。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『鈴』

 

 

 振り下ろされたヴィータのデバイスが地面に穴を空ける。さらに間髪入れずに振るわれるデバイス。

 

「ッラァ!!」

 

 身を捻って回避。その勢いのまま回し蹴りを繰り出すも上空に逃げられる。

 だが追いかけたりはしない。距離をあけたなら遠距離戦のスタイルに変更する。

 

「【射撃】!」

 

 3発の魔力の弾丸はヴィータの障壁に阻まれて届かない。十分予想の範疇なので障壁を破れそうな1発を撃ち込む。

 

「【砲撃】!」

 

 さっきまでの魔力弾よりも一際大きな魔力弾が1発放たれる。再び障壁に阻まれるが、今度は魔力弾が掻き消えたと同時に障壁をも打ち砕いた。結果は相殺ってところだな。

 若干の驚愕の表情を浮かべているヴィータ。その隙に接近戦を仕掛けるべく、一気に肉薄しようとする。

 

「シュワルベ…フリィィゲェン!!」

 

 だが向こうも遠距離の魔法で4つの鉄球を打ちだす。突進に急停止をかけて【盾】で弾く。

 初戦の時と同じような構図でこちらが防いでいる間に今度はヴィータの方から肉薄してきた。無論、迎え撃つべく【衝撃】を放とうと術式を構築し構える。

 だから気付かなかった。ヴィータの奴が密かに嗤っていた事に。

 

「くたばれ、衝げ――ガァッ!?」

 

 突然、背後から物凄い衝撃を受けて一瞬呼吸が止まる。

 前のめりに倒れそうな体を足の踏ん張りで倒れるのだけは防ぐ。その際にさっきヴィータの打ち出した鉄球の1つが霧散していくのが見えた。

 

(クソがっ! 誘導弾だったか――って、マズイ!!)

 

「ラケーテンハンマァァー!!」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 体の側面から伝わるのは、今のとは比べ物にならない程の衝撃。

 一瞬にして視界がぶれ、景色が流れていく。それがヴィータのデバイスで吹っ飛ばされたのだと認識したのは、地面を転がって漸く止まった時だ。

 

「つぅっ!? ゴホッ!」

 

 口の中に鉄の味が広がり、むせた拍子に吐き出された血によって地面に赤い華が咲く。

 今の一撃は致命的だった。【強化】に加えて【鎧】で可能な限り生身での防御力を上げてはいるがそれらを上回る威力だ。

 骨どころか内臓にまでダメージが届いているかもしれない。【治癒】でなんとか回復させようとするも、ダメージが大きすぎるので全然追いついていない。

 

「ク、ソがぁ…!」

 

 【治癒】を続けながら立ち上がろうとするけど足に力が入らない。あまりのダメージの大きさと痛みのせいで魔法をうまく行使できてないみたいだ。

 代わりに視界に入るのはこちらにゆっくりと歩いてくるヴィータの姿。そんなヴィータは俺の傍で歩みを止めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『ヴィータ』

 

 

 アタシの一撃をモロに受けて倒れ伏すリン。

 体を血に染めながらもこちらを睨むその眼光を受けたアタシは僅かながらの懺悔の念が浮かび上がった。

 

「悪いとは思ってる」

「謝ん…な…」

 

 それもそうだ。リンに傷を負わせたのはアタシなんだからな。

 謝罪の言葉なんて口にする資格は無い上に罪悪感を感じる資格も無い。未だにこんな事を口走るなんて思わなかった。アタシはまだコイツに未練があるのか?

 だったら早く断ち切らないと、アタシは……

 

「はやてを助けるために…アタシはどんな事でもするって決めたんだ。だからおまえとの絆、ここで終わりにする」

 

 デバイスを頭上に振り上げる。

 これを振り下ろせばリンの命はここで潰える。それはコイツとの繋がりを断ち切るという事。

 

 やらなくちゃいけないのに…未だに踏ん切りがつかない。

 

「……はやてってさぁ。めっちゃ優しくていい子だよなぁ」

「?」

 

 躊躇っているアタシに気付いたのか気付いていないのか。リンはこの絶望的な状況なのに対し、アタシに聞かせるように独白を始めた。

 

「あの子が闇の書の主ってのは間違いないと睨んでるわけよ」

「おまえ、何を言って…」

「そんな優しい子がおまえらに魔力の蒐集なんて命じたのか?」

「!?」

 

 自分でも顔が歪むのがわかった。

 リンはそんなアタシの表情から答えを汲み取ったみたいだ。口の端を僅かに持ち上げて小さな笑みを浮かべた。

 はやてを巻き込みたくないと思ったアタシは知らず知らずの内に声を発していた。

 

「…はやては関係ねぇ」

「だったら尚更優しいあの子の事だ。おまえらがこんな事をしていると知ったら悲しむんじゃねぇの?」

 

 んな事わかってるよ。こんなアタシ達をはやては受け入れてくれたんだ。ヴォルケンリッターという『駒』でも『道具』でもなく『家族』として。

 

「いや、絶対悲しむな。はやてっておまえらを大切な家族って思ってくれてたみたいだしな」

 

 うるせぇ、わかってる。

 

 だからそれ以上口にするな。

 

「おまえらもはやてを信頼してんだろ? なのにおまえらは何をやってる? それほどまで闇の書を完成させなければいけないのか?」

 

 いけないんだよ。じゃないとはやてが…

 

 だから…何も知らないヤツが口出しすんじゃねえ!

 

 

「まぁ、つまり何が言いたいかというと……あの子を悲しませるような事すんじゃねえ!!」

「だまれぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 有らん限りの激情を込め、アイゼンを振り下ろした。

 

 

 

 だけどアイゼンがリンを捉える事は無かった。

 

 我を忘れ、ただ怒りにまかせた一撃をリンは身を捩って避けた。

 しかもそれだけじゃなく、逆立ちをするかのようにしてアタシに蹴りを放ってきやがった。頭に血を上らせた状態のアタシではそれを避けることが出来ずに顎に喰らう。

 たたらを踏むアタシ。反動を利用して立ち上がって距離を離すリン。

 その姿はアタシの一撃を貰ったのが嘘のようにしっかりとしたものだった。よく見れば負っていた幾つかの傷も消えている。

 

(こいつ、まさか回復魔法も使えるのかよ)

 

 リンの多種多様な魔法にアタシは驚いた。

 

「何だよ。はやてに後ろめたさでも感じてんのか? だったら蒐集なんてさっさとやめろよ」

 

 何も知らないリンの言葉はアタシを苛立たせる。

 

「うるせぇ! おまえに何がわかる! 闇の書を完成させねえとはやての体は――!!」

「ヴィータッ!!」

 

 シグナムの一喝にハッと我に返った。しまった、喋りすぎた。

 

「なるほど。つまり、はやての体の異常のためにおまえ達は魔力の蒐集をしていると。やっと喋ってくれたか」

 

 やっと?

 つまりこいつはそれを聞き出すためにアタシに挑発じみた事を?

 改めてリンと向き合うとあいつは笑っていた。今までの挑発じみたモノじゃない。喜んでいるかのような自然な笑み。それが理解できないアタシは問いかけてた。

 

「何を笑ってるんだよ?」

「ん? ああ、すまん。うれしくってさ」

 

 うれしい?

 

「おまえらが決して悪い奴じゃないってわかったから」

 

 自分でも息を呑んでしまう。

 

「たしかに俺も割り切れない部分がある。だからはっきりとしておきたかったんだ。おまえが良い奴なのか悪い奴なのか。結果、おまえは良い奴だったみたいだな。さっきの挑発じみた所業、謝る。ごめんな」

「やめてくれ…アタシはそんなんじゃない」

「そんな事はねぇよ。おまえは良い奴だ。そしてそれがわかったからには…俺は負けるわけにはいかなくなった」

 

 リンはさっきまでの笑みを引っ込め再び構える。一方でアタシの方はさっきまでの威勢と一変して、こいつのお人好しさに心乱されていた。

 そして心のどこかに密かな喜びを感じている。

 

「そろそろ決闘つけるぞ。『鉄槌の騎士』ヴィータ」

 

 リンはアタシに真っ向から向かってきた。今までで最も速い加速だ。

 

「アイゼン、カートリッジ!!」

《Jawohl》

「ラケーテン、ハンマァァー!!」

 

 フォルムを変え、加速と遠心力を加えた一撃を上段から振り下ろす。タイミングを合わたさっきのものより破壊力を乗せた一撃。

 突っ込んでくるリンに叩きつけられる一撃。

 リンもタイミングを合わせるように拳を振るった。

 

「【衝撃】!!」

 

 ――アイゼンに向かって。

 

 空気が爆ぜたような衝撃が巻き起こる。

 デバイスを襲った衝撃波によってアタシの持ち手が吹っ飛ばされそうになる。それでも決して放すまいと握力を緩めない。

 だけどそれがいけなかった。

 突如としてアタシは襟元を掴まれ、グルンと視界が回り、気がつけば地面に叩きつけられていた。

 映る視界にはアタシを見下ろすリン。リンは左手をアタシの鳩尾辺りに添えて呟いた。

 

「ヲヤスミ、ヴィータ。【衝撃】」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『鈴』

 

 

 今の一撃で気絶したヴィータからそっと左手を離す。右腕がさっきの魔法による衝突で描写できないほどグロくなってしまったので【治癒】をかけて治す。

 治療を終えた頃、シグナムとシャマルの両名がこちらに来た。

 

「この勝負、おまえの勝ちだ。約束だからな、私たちは素直に引き下がろう」

 

 気絶したヴィータを背負ってそのまま2人ははやての家へ帰ろうとする。

 

「ああ、ちょい待って」

 

 去ろうとする二人を引きとめ、俺は携帯を取り出して電話をかける。

 

「もしもし、クロノか? うん、遅くなって悪かったよ。でさ、今ちょい用事があって友達の所にいるから帰るのはまだになりそうなんだわ。リンディさんにも伝えておいてくれ。うん、頼む。じゃあな」

 

 電話を切る。

 

「それじゃ行こうか」

 

 理解が追いつかないといった2人を促すようにして来た道を引き返す。

 

「待て。どこに行くつもりだ?」

「はやての家」

「…何が目的だ?」

 

 当たり前だが、警戒心たっぷりに訊ねるシグナム。シャマルも警戒心剥き出しだ。そんなの関係ねぇとばかりに俺は目的を素直に喋る。

 

「はやての体の診察」

 

 決していやらしい意味は無いぞ?

 

 





主人公の口調について
知人や友人にはタメ口。敬愛する人や初対面には敬語。敵には慇懃無礼とありきたりなものです。

※ちょっと設定

【鎧】

体の防御力アップ。 スクルトとかプロテスとか、そういう類のもの。
ちなみに【強化】は運動能力アップ。

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