ただ、時間の都合もあり、一日置いての場合が多いと思いますのでご了承ください。
『忘れられし都アルハザードは…そこに存在する技術はただの伝説です』
「違うわ。アルハザードは確かに存在する。次元の狭間にある!」
『貴方はそこに行って一体何をするというのです。失った時間と犯した過ちを取り戻すの?』
「そうよ。私は取り戻す。アリシアを、こんなはずじゃなかった世界の全てを」
『それはあなたのもう1人の娘…フェイトさんを捨ててまで成し得なければならない事なのですか!』
「アレは私の娘じゃないわ! アリシアの出来損ないの人形よ!」
『なぜそうまで、フェイトさんを否定するのです! あなたの本心は…』
「黙れ! あの
「世界は何時だって『こんなはずじゃない』事ばかりだ! 昔から何時だって、誰だってそうなんだ!」
今、共に不器用である親子は再び向き合う。
◆ ◆ ◆
『フェイト』
また母さんの前に戻ってきた。その傍らには生体ポッド。その中には私の姉――私の素体のアリシア・テスタロッサ。
「プレシ……いえ、母さん」
「まだ私を母と呼ぶというの? あなたは…」
「はい。あなたが私をどのように思っていても私にとって母さんである事に変わりありません。それはこれからもそうです」
「くだらないわね。私にとって娘はアリシア唯1人。おまえのような人形は娘でも何でもないわ」
母さんのその言葉に胸が掻き毟られるような痛みが走る。この子達を信じて再び母さんの前にやって来たけど、やはり私は母さんにとって……
「何故そうまでフェイトちゃんを拒むんです! たとえ直接的な血の繋がりはなくても、一途に母と慕うフェイトちゃんを! あなただって本当はフェイトちゃんの事をっ!」
「黙りなさい! 私は人形を愛でる様な嗜好は持ち合わせていないのよ。その子はアリシアの記憶を持たない失敗作。そのような子に何の価値があるの?」
「”1人のフェイト”という人間を愛せないんですか!」
「言ったはずよ、人形に用は無いと」
母さんの言葉にたまらずに膝をつく。自然と涙が滲み出てくる。
「…ぅ…やっぱり…私は…母さんには…うぅ…」
「フェイト!」
アルフの心配する声は聞こえるけど、この寂寥感はとめどなく溢れてくる。母さんはそんな私を一瞥しただけで再びジュエルシードに向き合う。
「くだらない問答をありがとう。時間をかけてくれたおかげでジュエルシードの開放の目処がたったわ」
「何!? まさかこの場でっ!」
「ええ。この10個のジュエルシードの力、全てを開放するわ。そちらの艦長が抑えているようだけどジュエルシードの全魔力を抑えることができるかしら?」
もう、母さんはどこまでもアリシアを追う気でいる。
◆ ◆ ◆
「くっ! させるか!」
「させません!」
すずかとクロノは同時に魔法を放つもプレシアに届く直前で障壁に阻まれる。
プレシアが手をかざすと薄っすらと輝いていたジュエルシードがひと際強く輝く。そこから感じる魔力はもはやその場にいる人間の肌を刺すように荒々しい。
『いけない! このままでは次元震が発生してしまう。みんな、私が限界まで抑えているから早くアースラまで帰艦しなさい!』
「くっ!? プレシアを前にしてここまで来たのに!」
「待って下さい! 私たちはまだプレシアさんの心を聞いていません!」
『そんな事を言っている場合じゃないわ! このままではみんな虚数空間の海に呑まれるわよ!』
「…リンディさんの言うとおり。みんな、ここは撤退すべきだ」
リンディの言葉に最早、猶予は残り少ない事を感じとる面々。ユーノは冷静に状況を把握していたからこそ、撤退を促した。
そしてユーノのその言葉に各々が悔しさに唇を噛み締める。
クロノは執務官として元凶を目前にしての撤退に。
すずかはフェイトと約束しておいてプレシアの本心を曝け出せなかった事に。
フェイトは最後まで母の愛を向けられなかった事に。
アルフはそのプレシアの身勝手さに。
そんな口惜しさを抱いていようとも、現状ではどうする事もできないでいた。
「さあ、ジュエルシードよ。その力を解き放ち、私をアルハザードへと導きなさい!!」
ジュエルシードの輝きは眩しさで眼を覆うくらいだ。周囲の床の所々が剥げ、そこから虚数空間が覗く。一同の立っている地面の揺れも激しい。
リンディの忠告を聞き即座に行動に移せなかった一同は全速力で戻っても間に合うかどうかといった所まで追い詰められている。それがわかっている筈なのに誰も動かない、動けないでいる。
そしてリミットがやって来た。
「いい加減にしろ、このバカ弟子が」
突如、聞こえてきた声と同時に足元に強大な魔法陣が展開される。白く輝くソレはどのようなモノかすぐに判明する事になる。時間にして十数秒、もしかしたら数分程だったかもしれない。
さっきまで眩しいくらいに輝いていたジュエルシードは段々とその色彩を落としていき、次元震の揺れも治まっていく。
プレシアを含むその場にいるみんな、そしてアースラのクルーは最初この状況を把握できないでいた。それはそうだろう、あれだけ荒れ狂っていた魔力量が突如として抑え込まれたのだから。
『エ、エイミィ? 状況の報告を…』
『え? は、はい。ジュエルシードの魔力は完全に沈静化しています。次元震も同様です。信じられません。あれだけの魔力量が…』
リンディ、エイミィの念話により脳が再び再起動した少数の人間はその声のした方を振り向く。
そこに彼女は居た。普段と変わりない、それこそ悠然とした姿で。
「出てくるつもりはなかったが……そうも言っていられないか」
秋月蓮、その人が。
◆ ◆ ◆
『プレシア』
後一歩だったのだ。私の悲願達成まで本当に後一歩だったのだ。だからこそその悲願が目前で阻まれるなど、夢にも思わなかった。
どうして?
何故?
よりにもよって…
私の中で最も恐れていた――起きてほしくなかった事態が起こってしまった。
「な…何故、師匠が此処に? あなたは静観を決め込むと…」
「そのつもりだったんだが…今のおまえがあまりにも救いようのないアホだったのでな。見ていられなくなった」
救いようのない。
そんな事はわかりきっている。今の私は狂気に身を委ねているのだから。今更ながら指摘される事ではない。
そんな師匠は未だに蹲っているあの子…フェイトにゆっくりと歩み寄り、その目線の高さに合わせるようにしゃがみ、そっとフェイトに語りかける。
「……あなたは?」
「初めまして。あのバカ……プレシアの元師匠の秋月蓮だ」
「母さんの?」
「ああ。突然だがフェイト嬢、おまえは母親の事が好きか?」
「えっ?」
「散々あれだけ言われて尚もプレシアに親子の情を抱いているか? クローン、人形の烙印を押されてまでも」
「わ、私は…」
「正直に本心の声を聞かせてほしい」
僅かな迷いを抱いたフェイトだったが、彼女に導かれるようにして自身の心を吐露する。
「……母さんにとって私は人形、価値のないモノ。でも私にとって……フェイトという人間にとってはたった一人の母親なんです。嫌いになるなんてできない」
フェイトは俯いていた顔を上げ、そう宣言した。その顔はさっきまでの迷いを含んだものと違い、堂々とした力強いモノ。
やはりこの娘は……私なんかよりもずっと強い。
「よく言った。君は思っていた以上に強い子のようだな」
師匠はフェイトとの問答を終えると立ち上がり、今度は私を見据える。その瞳は見たことがある、弟子だった頃に幾度となく見た虚を全て見透かさんとするようなあの眼だ。
「おまえの本心は知っているが改めて訊こう、プレシア・テスタロッサ。おまえはこの娘、フェイト・テスタロッサのこの言葉を聞いてもさっきと同じ事が言えるのか?」
まっすぐに私を見据えるこの状態の師匠は……本当に苦手だ。昔からこの師匠を前にすると自分を隠す事ができなかった。
そしてそれは長い月日の経った今でも、私の中に根付いている。
「……師匠、私の心は以前にあなたへ語った時と何ら変わりはありません」
「それは今もこのフェイト嬢にも親子の情を抱いている、と受け取ってもいいんだな?」
「そうとってもらってもかまいません」
フェイトは大きく眼を見開いて信じられないという表情を浮かべる。それはそうだ。そのような心を悟られるようなそぶりを見せた覚えなど無いのだから。
「ですが…」
「ん?」
私は無言のままデバイスを突き出し、フォトンバーストの魔法を放つ。自らの師に向かって。
魔法による爆発が起こり、黒煙が巻き起こるがこちらの予想通り、そこには防御魔法を発動させた師匠が無傷で立っている。
「以前に言ったように、ここまで来て引き返すわけにはいかないんです。ですから、立ち塞がると言うのならたとえ師匠といえども……排除します」
「……やれやれ」
師匠は呆れたような表情のまま、大きく溜め息を吐く。やがて意を決したのか顔を上げこちらをキッと見据え、こちらに歩みだそうとして――
傍らのフェイトに袖を掴まれ、歩みを止める。
「………そう、だったな。おまえさんがやらなければいけない事だったな」
「えっと、察してくれてありがとうございます」
師匠はそのまま、他の面子の集団の中へと混じっていく。代わりに前へ歩み出てくるのはフェイト。互いに対峙し、無言のまま時が過ぎる。いつもの私の顔色を伺うような顔ではない、もっと堂々とした顔で。
「母さん」
「あなたが私を阻むというのかしら、フェイト?」
「はい。これ以上の罪を重ねる前に……あなたの娘である私があなたを止めてみせます」
「娘ではないといったはずだけど?」
「もうそれは通じませんよ」
「……チッ」
やはり通じないか。全く、師匠もやっかいな事をしてくれたものだ。
と、これから戦いを始めるというのにフェイトは小さく噴き出すようにして笑った。
「何が可笑しいというの?」
「ご、ごめんなさい。考えてみれば……まるで親子喧嘩みたいだなって思うとつい…」
喧嘩?
……そうね。これも親子喧嘩の形の1つなのかも知れないわね。
「本当、おめでたい子ね? あなたは」
「…かもしれない」
そして互いにデバイスを構える。どちらも言葉は発しない。しかし魔法を放ったのはほぼ同時。
私の中にあったはずの狂気は、いつの間にか静まり返っていた。
◆ ◆ ◆
『すずか』
プレシアさんとフェイトちゃんの戦いは長くは続かなかった。いえ、続けられなかったというのが正確。
プレシアさんは強力な魔法を立て続けに連発。フェイトちゃんは必死に捌いていくけど、徐々に追い詰められていく――と唐突に魔法が止んだ。何事かと思ってみんながプレシアさんの方を見ると、彼女は大きく咳き込み、吐血を起こしてた。
「母さん!」
真っ先に駆け寄ったのはフェイトちゃん。それに続いて私たちも彼女の元に駆け寄る。
フェイトちゃんは懸命にプレシアさんの介抱を。ユーノ君も治癒魔法を施すけど吐血は止まらない。
「くっ、急いでアースラの医療室へ運ぼう。そうすれば――」
「無駄だ」
蓮さんの声は不思議と良く通った。
「蓮さん?」
「あ、あの。無駄って、どういう…」
「プレシアの命はもう……限界だ」
蓮さんの口から初めて聞く余命宣告。その言葉にみんなは驚愕の表情を浮かべてる。特にフェイトちゃんの度合いは大きい。そんな中でプレシアさん本人は静かなモノ。
「やはり、気付いていましたか」
「まぁな。ったく…バカ弟子が」
「蓮さん、どうにかできないんですか?」
「流石に無理だ。症状はもう限界を超えている。今までは執念で生きてきたようなものだ」
「そんな…」
淡々と非情なる宣告を告げる蓮さん。その一言、一言がフェイトちゃんの胸の内をさらに絶望に絶望に追いやる。
◆ ◆ ◆
「グッ!? ゴホッ、ゴホッ!」
「母さん!?」
「フ、フフッ。今までの行いに対する罰ね。ねぇ、フェイト?」
「な、何? 母さん」
「……ごめんなさい」
「えっ?」
「私はね、怖かったの。あなたがアリシアの記憶を持っていないとわかった時、私は絶望し、あなたを見限るつもりでいたわ。けどそんな私でもあなたは母さんと慕ってくれた。そんな一途さだからかしらね、いつの間にかあなたを好きになっていたわ」
「……」
「けどそれを認めてしまうと、私はアリシアを求める手を止めてしまう。私はそう考えてあなたへの想いを消そうとし、狂ったままであろうとした」
「そんな…そんな事……」
「でも無理だった。そこからはもう二律相反の想いがせめぎあって、もう私が私をわからなくなっていたわ」
「母さん…」
「狂ったままで進めたこの計画だけど……師匠の言葉で私は本心と向き合わないといけなくなった。私はあの師匠だけには本当に頭が上がらないの、昔から。だから今回も私を見ていられなくて咎めにきたのかもね。フフッ、母さんね? これでも昔はそうやって師匠に怒られてばかりだったのよ」
「あの人、そんなに凄い人だったんだ」
「ええ、母さんの……永遠の憧れの人よ」
そしてプレシアは一際大きく血を吐く。もう治癒魔法も意味を成さない。
「もう…限界ね」
「そんな事ないよ! きっと助かるから!」
「本当、お人好しね…」
プレシアは崩れそうになる体に鞭を打ち、傍のフェイトを押し退け立ち上がる。ゆっくりと、のっそりと歩く先にはアリシアの眠る生体ポッド。そして虚数空間を覗かせる大穴。
「母さん…何…を…?」
「フェイト、私のもう1人の娘。そしてアリシア、あなたにも謝らないと…」
「母さん!!」
「フェイト、母さんはあなたの幸せを祈るわ…」
「待って!!」
「さようなら…私の愛しいもう1人の娘…」
プレシアは最後にフェイトへ微笑みを残し、アリシアと共に虚数空間へと身を投げる。
フェイトは虚数空間の穴の底に腕を伸ばしながらその光景に涙を流す。
ひとしきり嗚咽を漏らしたフェイトだったが、しばらくすると彼女は何かを決めたように顔を上げ、後ろの一同へと振り返る。
「みなさん。今まで、本当にありがとうございました」
すずか達に向かって一礼をする。そして次の瞬間――
彼女自身も虚数空間へと飛び込んだ。
この行動にはパニックに陥る。特に使い魔であるアルフの取り乱しようは尋常ではなかった。彼女もフェイト追うために虚数空間へと向かおうとするのを他の面子が押し留める。
すずかはただこのあんまりな結末にひたすら静かに泣いていた。他のみんなも胸中の内は知れないが沈痛な面持ちだ。
何かを考えている秋月蓮、唯1人を除いて。
「母さあぁぁぁん!!」
「フェイト!? 何故!?」
「これ以上、母さんを1人ぼっちにはできません! それに、私の幸せはあなたと共に在る事です!!」
「何をバカな事を! もう戻れないのよ?」
「それでもです」
「……本当に…お人好し」
2人はどちらからともなく静かに抱き合い、そして深淵に落ちていく。
どこまでも……
バッドエンドっぽい?