崩れる。剥がれる。届かない。
深い。深い。海の底。
沈め。沈め。沈んでしまえ。
己が何かも分からぬままに。
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うぁ…、体が所々痛い。乱暴に掴むんじゃないよ全くもう。事を理解したときには既に遅かった。五隻目として隠れていた深海棲艦の巨大な手に包み込まれたと思ったら、目の前が紅く染まったところまで覚えている。そこで意識を持っていかれたのだろう。辺りを見渡しても特にめぼしい物は無いが、とにかく異様な個室だ。壁は赤みがかった金属のようで、熱で変形したように波打っている。悪夢を実体化したような、閉鎖的で寒気がするほど静かな空間だ。
しばらく様子を見ていると信じられない光景を見た。
金属が脈動している。その光景はまるで、生きているようだった。そして、生きている金属として心当たりがあるとするならば…
≪コンニチハ、"シシャ"サン≫
「…誰だ」
≪オゥ、ソンナニイヤソウナカオヲシナイデモライタイワネ≫
「嫌に決まっているだろう、こんな訳の分からない所に連れ込まれたら」
≪ドウシテモアナタトハナスヒツヨウガアッタノ。…ダレニモジャマサレナイバショデ≫
「こちらには話すことなど何も無い。大体"シシャ"とは何だ。きちんと名前があるんだが?」
≪カリニアナタニワカラナイトシテモ、アナタハ"シシャ"ナノヨ。ダカラソウヨンデイルダケ。コベツノナマエナドムイミヨ≫
「答えになっている様でまるでなっていないな。意味を聞いているんだ」
≪ソンナニシリタイノ? デモオシエテアゲナイ。ワタシガオシエナクテモイズレシルコトニナルワ≫
意味深なことを言いやがる。
「意地の悪いやつだな、深海棲艦というものは」
≪イジワルデケッコウヨ。アナタハヤサシイアイテトニクミ、コロシアッテイルトデモオモッテイタノカシラ?≫
面倒な奴だ。
「…揚げ足取りも追加だ。まず此処は何処だ。何の目的があってここに連れ込んだ」
真意は何だ。
≪サッキカラシツモンバカリネ。ココハ『ワタシ』。アナタテイドヲトリコムナンテゾウサモナイコトヨ、『ワタシ』ハオオキイモノ≫
つまりどういうことだ。ここは艤装の中…ということか?
≪ホンダイニハイラセテイタダクワネ。アナタヲココにツレコンダノハ、イクツカキキタイコトガアッタカラヨ≫
「聞きたいこと、ね」
まあ痛めつけるつもりなら手足を拘束なりするだろうからな。手荒な真似をするつもりは無いのだろう。
≪オモシロイヤツガイルトクチクカラキイタノヨ。クロガネイロノカミニクロトアカノフク、ソシテケモノノアタマノヨウナギソウ。――マルデワタシタチミタイナヤツガイルト≫
「…!」
つまりお前らが手下に指示を出した訳だ。これであの駆逐の妙な動きも説明がつく。そもそも鬼が軽巡二隻程度に翻弄されるほど弱いはずが無いのだ。
≪デモツカマエテミレバ、マルデチガッタワネ。クチクタチハアタマガワルイカラ、カンチガイスルノモムリハナイケレド≫
「そうだ、お前達とは違う」
≪――デモ、アノコタチトモチガウデショォ?≫
「何を言っているんだ」
≪ナンドデモイッテアゲルワ、アナタハアノコタチトハチガウ。ワタシハカシコイカラワカルノヨ? アナタハオニンギョウサンナノヨ≫
「適当なことを言うんじゃない、馬鹿にするのはやめろ」
さっきからムカつく奴だ。艦娘としてこの世界にいるはずだ。
≪ウフフ、アハハハハハハハ…! ワタシガテキトウナコトヲイッテイルト? ナラハッキリイッテアゲマショウカ? ――アナタハ"アチラ"デモ"コチラ"デモナイ、フタツノアイダニハサマッテイルダケノアワレナソンザイヨ、ソウ…≫
「…『楔』の様に」
やかましいわ。
≪…ホンライ、ワタシタチニハソレゾレノ"モト"ガソンザイスル。ソノ"モト"二アワセタスガタカタチトチカラヲモッテ、ワタシタチハアラワレル。ソノシクミニレイガイナドナイ――ハズダッタ≫
「はずだった?」
どういうことだ。
≪アノコタチニモ、ワタシタチニモ、カンノココロガアルハズナノ。デモアナタカラカンジルココロハ…アマリニモイシツ≫
「…」
つまりイレギュラーだと言いたいのか。そして、それについて探るために捕まえたと。
≪マルデカンジャナイミタイ。イシツダトシカイイヨウガナイイロヲシテル≫
「お前らがどう分析してこようが関係ない。己の道を行く」
そうだ。この世界で生きないといけない理由がある。仲間も帰る場所もあるのだ。
≪イツマデソノイセイヲタモッテイラレルカシラ? フフ、アハハハハ…!≫
本当に、うんざりするほど意地の悪い奴だ。
≪イイワ、ワタシノハナシハココマデ二シテアゲル。シツモンハ?≫
「話すことなど無いと行った筈だが」
≪フフ、ソウダッタワネ。マタアイマショウ?≫
「正直もう結構だ」
≪アナタノイシハカンケイナイワ。アナタハモウ、ウミニウチコマレテシマッタ≫
「もう後戻りは出来ない…か。ならとことんやらせてもらおう」
≪セイゼイキタイシテオクワ。アチラ二モドッタラ、ジブンガナニモノナノカカンガエテミルコトネ≫
そう囁かれたと同時に視界が再び紅く染まる。世界が回転し、気がついたらかつてたどり着いたあの島に居た。すべての始まりだった島はあの時と同じように静かだった。あの時と同じように真っ白に輝く砂浜に波が押し寄せては引いてゆくのが見える。広大な海はすべてを包み込むようにうねり、どこまでも続いていくようだ。空はあの時の様に澄みわたり雲ひとつ無い快晴。そして海に踏み出し、あの時と同じように六駆の皆に出会った。ただ一つ違うのは、彼女達は遠征任務で海に出ていたのでは無く、ある敵艦の撃破が目的だったことだ。
怯える様にこちらを見据えた彼女達は、ゆっくりとその砲門を
翻訳は活動報告のほうに移動させました。
今回も読んでくださりありがとうございました!