駆逐艦「楔」、出撃……って誰さ   作:たんしぼ

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書いてたら超展開になってた。


お前誰だ? 七人目 《挿絵有り》

「みなさーん、準備急いでくださーい!」

慌しい朝早くの工廠で、特徴的なよく通る高い声が響く。今回の作戦で旗艦を務める阿武隈だ。長良型六番艦の軽巡洋艦で、姉の長良や五十鈴とは異なり金髪碧眼である。普段は北上に前髪をいじられたり提督に前髪をいじられたりと苦労しているようだが、かつては栄光の一水戦旗艦だった。実力は確かなのだ。

 

「よし、これで大丈夫よ!」

「ありがとうなのです」

雷、電も着々と準備を進めている。さて、俺も準備終わらせようかね。と思ったが緊張で手が震える。なにせ初めての大規模作戦なのだ。あー…しっかりせんかい俺、と自分を奮い立たせた。さてユニットちゃんは…

 

「ヴォー!!」

『ぎゅううううううう!!』

【挿絵表示】

 

…なにやってんだあいつら。ユニットちゃんとドアホ毛(北上談)の少女が威嚇し合っている。何というかシュールで思わず脱力してしまうような光景だ。このままよくわからない世界を見物するのもいいが、今は作戦前なのでそういう訳にもいかない。

 

「あのー、球磨さん? 何してるんですか?」

「う゛ぅ゛?」

威嚇モードのままこっちを見ないで頂きたい。この野生全開の少女は球磨。この鎮守府で最古参の軽巡で、かなり特徴的な艦娘である。長い栗色の髪を持ち、ものすごいアホ毛がでているので遠くに居てもすぐに見つけられる。自称"意外に優秀な球磨ちゃん"。

しかしこんなに本格的に威嚇をするなんて、ユニットちゃんが何かやらかしたのだろうか。この前にも赤城さんをタメ口で起こそうとしてたし。気づけば雷電姉妹も心配そうにこちらを見ている。ちょっとヤバイ空気になってきたかもしれん。

 

「あの、私の艤装が何か…」

 

「お前の艤装クマ?」

およそ女の子がしちゃいけない様な眼をしている。これは色んな意味でやばい。

 

「は、はい」

 

「そうかそうか…」

クマァ…と腕を組む球磨ちゃん。これはもう説教ルート入ったな。雷電姉妹もあっ…(察し)という顔だ。よりによって作戦前にこんなことになるとは、とげんなりしつつ俺も覚悟を決める。

 

 

「――気に入ったクマ」

「は?」

どういうこっちゃ。この流れは一切予想してなかったぞ。

 

「さすがは期待の新星、まるで深海棲艦の如き威嚇だったクマ! 意外に優秀な艤装ちゃんと言ってさしあげるクマ。 どこで使い方を習ったクマ?」

 

「説明書を読んだだけですけど!?」

余りの超展開に付いていけない。どうやら俺たちは試されていたらしい。完全に怒ってると思ったら違ったようだ。

 

「さて、出撃準備しないとだし、戦果も期待してるクマ~」

満足したのか、そういって手をひらひらさせながら歩いていった。本当に動物のような人だ。

 

『少し可愛かったなぁ~ww』

「…」

もう何も言うまい。そう思っていつも通り無駄にハイテンションな艤装の準備を再開した。『ふざけん…今のは答える空気やろ~』うるさい。ちょっとは心配させたことを申し訳なく思ってくれ。まあ艤装のお前に言っても仕方ないが。

 

「…大変ね」

五十鈴が声を掛けてくれた。彼女もまたかなり古参軽巡の一人だ。

 

「球磨はたぶん緊張を解してくれただけよ。悪気は無いわ」

 

「い、いえ…」

 

「五十鈴じゃなくても丸見えよ? あなたガチガチだったもの」

マジか。確かにどういう訳かうまく工具がナットに引っかからずにガチンガチンしていたがその事だろうか。少々恥ずかしいところを見られていたようだ。

 

「じゃ、私も準備あるから…。がんばってね?」

と言って五十鈴も奥に歩いていった。やさしい先輩だなぁ。十二鈴とか言ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

「準備できた? じゃあいきますね! ――阿武隈。偵察部隊旗艦、先頭、出撃します! 皆さん、あたしの指示に従ってくださぁいぃ!」

そう宣言して海へと飛び出していく。俺たちも続いて出撃した。

 

今日、この頼もしい仲間と作戦を共にする。そう思うと不思議と安心できた。大規模作戦だろうと関係ない、俺は俺にできることをするだけだ。

 

【威力偵察部隊出撃】

 

――――――――――――――――――――――――

 

「そこっ!」

『ドアホン!!』

迫ってきた駆逐を主砲で撃ち抜く。本当にしつこいやつらだ。

ただでさえ相手の駆逐は後期型で厄介なのに、それがうようよ居るのだ。さっきも後ろを取られかけたし、本当に気が滅入ってくる。

 

「本当に代わり映えしないわねぇ…」

 

「ほんとに。さっきから面倒な駆逐や巡洋艦ばっかりよ」

なんて愚痴を零しながらずんずん進んでいく。空は鉛の様に鈍い灰色で、澄んでいるはずの海も心なしか濁って見える。そんな景色が俺たちの心を沈ませていく(・・・・・・・)

金属の様に無機質な世界から、怨みを纏った鋼鉄の獣が次々に浮上しては沈んでいく。そのいつ終わるとも分からない連鎖を断ち切ることができる日は来るのだろうか。その日が来るまで、私達は戦い続けるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。

 

「みなさん、あれが敵棲地みたいです! いきますよッ!」

遂にきたか。速度を上げる阿武隈に続いて突入していく。暗雲を抜けた先ではきっと――

 

≪ニドトフジョウデキナイ…シンカイヘ……シズメッ!≫

 

――軽巡棲鬼との殴り合いが始まる。

 

「敵艦見ゆ! 重巡リ級改flagship、軽巡棲鬼、駆逐ロ級後期型、駆逐イ級後期型の四隻! 皆さん、単縦陣ですッ!」

その掛け声で陣形を整える。そう強い相手では無い。

だが、何か違和感を感じる。

 

「主砲、砲戦用意…。撃ち方、始めッ!!」

『行っといで!!』

その迷いを掻き消すように放たれた砲は弧を描いて鬼へ飛んでいき…弾かれる。普通に撃った駆逐砲で貫けるほど甘くない。

 

≪ソノテイドカ…?≫

その(こえ)に呼応するように青いオーラが鬼の体から迸り、艤装を形作っていく。超自然的な力を扱うその姿は神秘的でさえあった。

見とれている暇は無い。駆逐が主砲も撃たずに此方に猛然と向かってくる。体当たりのつもりか。

 

「舐めるなぁっ!」

『バーロー!!』

身構えて駆逐へ主砲を連射する。その体にまともに砲撃を受けた駆逐は大破、炎上し海に消えてゆく。何のつもりか知らないが、そんな攻撃で倒せるほど弱くは無い。幾ら新人だからって舐められちゃ困るのだ。

 

「舐めるなクマァッ!」

似たようなことを言いながらリ級と撃ちあう球磨。たしか相手は改flagshipだったはずだが、それを一人で相手するとはやはり流石と言うべきだろう。こっちも負けてられない。そう思って軽巡棲鬼に向き直った。

 

「ガラ空きなんですけどぉっ!」

「馬鹿ね、撃ってくれってこと!?」

すごい。完璧なコンビネーションで攻め立てられて鬼が翻弄されている。流石に相手も徐々に弱ってきているみたいだ。

 

「楔ちゃん、魚雷! 今ならッ!!」

 

「はい、魚雷、いきますっ!!」

魚雷を発射するため相手との距離を一気に詰めていく。そのときに気づいていればよかったのだ。

此方を見た鬼の目が大きく見開かれ、そして口元をにやりと歪めたことに。その眼は、探していた物を見つけた子供のように爛々と輝いていた。

「魚雷、発射!」

一直線に放たれた魚雷は鬼に突き刺さり大爆発を起こす。

 

≪ススムガ…イイサ……その、先には…!≫

そう囁いて海の底へゆっくりと消えていった。

 

「…よし。敵艦撃滅、と。作戦終了、帰投しましょうか」

阿武隈がそう言ってにっこり笑う。終わったのだ。

 

「大勝利ー!」

「勝ったのです!」

 

「ふふふ~ん。よい感じだクマー」

 

艦隊に安堵の空気が流れる。何はともあれ、作戦は無事終了だ。ぶっちゃけ緊張したけどいい経験になったな。鬼、リ級、駆逐二隻と少なめで妙に弱い気もしたが。そう、"鬼、リ級、駆逐二隻"。…ん? 待てよ。ここはいわゆるE-1のボスマスの筈だ。その編成は鬼、リ級、駆逐三隻だったはず。つまり…

 

「一隻足りない…?」

そうか、違和感の正体はこれだったのか。そう気づいたその時だった。

軽巡の先輩の後ろからもう一隻の駆逐が飛び出してきたのだ。

 

「えっ? まだ居たの!?」

 

「ヴォー!?」

 

「ッ、聞いてないわよっ!」

軽巡の3人が撃沈させるべく動き出すが、駆逐はまるで此方から離れていくように(・・・・・・・・・・・・・・・)突き進んでいく。私達も遅れないようについていった。つまり、全員の意識が駆逐に向いたのだ。

だから、気づかなかったのだ。深海から迫り来る、巨大な金属の獣に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪コンニチハ、シシャサン。アナタヲ"ワタシ"ニショウタイシマス≫

 

突如背後に現れた巨大な白い手に包み込まれたところで、俺の意識は途絶えた。




編成は甲準拠です。
今回も読んでくださりありがとうございました!

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