駆逐艦「楔」、出撃……って誰さ   作:たんしぼ

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グロ中尉が現れました。
今回から夕雲編です。


あの娘誰だ? 十三人目

「おーぅ夕雲嬢ちゃん達、そろそろ休憩するかーい? 暖かいもの用意しとくぞぉ!」

上からおじさんたちの声が聞こえる。時計を見ると海に出てから3時間ほど経っていた。私達もそろそろ休憩しよう。か。

 

「はーい! 今行きまーす!」

 

「冷めないうちになー! おら、縄梯子持ってこんかい! 」

艦娘の仕事はただ深海棲艦を倒していくだけでは無い。大量の物資を輸送するにはもちろん飛行機だけでなく輸送船も必要になるのだが、船だけでは深海棲艦に対抗できずにただ沈められてしまう。そういう事情から輸送船団に複数の艦娘が遠征として彼らの船を護衛するのだ。

船の甲板から縄梯子がするすると降りてくる。幸い海は時化ていないので楽に登ることができた。ちなみに波が高かったり風が強かった場合はお察しである。

 

「いつもお疲れだ、夜遅くまで助かるぜ」

 

「いえいえ、これが私達の仕事ですから」

 

「しっかしこんなちびっこい女の子に護衛されるってのは…全く情けないもんだなァ」

 

「とんでもないです、私達がこうして海で働けるのは皆さんの輸送のおかげですから」

そんな雑談を交わしながら船室に下りる。中では暖かいココアを用意してくれていた。船団護衛中はずっと海の上にいるので身体が冷えてしまう。だからこういうもてなしはとても有り難かった。

 

「はぁ、沁みますねー姉さん…」

 

「巻雲の袖はこういう時役に立つよなあ、あったかそうで」

 

「…おいしい」

妹達もココアでご満悦のようだ。冷めないうちに私も口をつけることにした。

 

「そうだ、黙ってココア啜るだけじゃつまんねぇだろうから、噂話でもしてやるよ」

 

「噂話? なんだそれ」

 

「気になるかい長波ちゃん? そんじゃいくぞ。まず嬢ちゃん達は"戦艦レ級"ってのはたぶん知ってるよな」

 

「おう、知ってるよ。とびきりヤバい奴だろ?」

戦艦レ級と言えば、黒いコートの下に怪物の頭が付いた太い尻尾と不気味な笑顔を隠した、深海棲艦の中でもトップクラスに強力な存在である。その強さはまさに悪魔のようで、一人連合艦隊と揶揄されるほどである。現在はサーモン海域北方のみで確認されているようだ。

 

「そうそう。んでそいつはサーモン海域の北のほうでしか確認されてなかったんだが、こっからが噂話な」

 

「ふんふん」

「ふんふん」

気づけば長波だけでなく巻雲も話に夢中になっている。

 

「なんでもレ級がサーモン海域だけじゃなくて、ほかの場所でも姿を見たって奴がいるんだよ…!」

 

「な、なにぃー!?」

 

「おう随分わざとらしい反応じゃねえか長波ちゃん」

 

「…でも、もしそれが本当だったら…危険、ですよね」

 

「確かに…」

早霜の言うとおりだ。あんな怪物がもし複数の場所に現れて船団を襲い始めたら、護衛の駆逐艦程度じゃ絶対に敵わない。鎮守府の中でも最高クラスの錬度を持つ戦艦や空母を引っ張り出してやっと撃退できるほどの強さなのだ。船団の人たちだけじゃなく私達にとっても洒落にならない噂話である。

 

「…悪い、ビビらせちまったな」

 

「そんな、むしろありがたいですよ? 提督にも一応報告しておきます。…なにかあってからじゃ遅いですから」

 

「…いやぁ頼もしいね、艦娘さんには敵わねーや」

そんな会話をココアを味わいながら楽しむ。艦娘が現れてすぐの頃には、反発も大きかったらしい。こんな小さい女どもに何ができる、海軍の奴らは何を考えているのかと。それでも今はこうやって頼り頼られる関係にまでなったのだ。その事が私には純粋に嬉しかった。

 

ビィィィイィィィイィィィィ!!

 

突如として耳が裂けんばかりのブザーがが鳴り響く。

 

「深海だ! 深海が来たぞ!」

休憩中に現れるとは全く迷惑な奴である。上は大騒ぎになっているようだが、この船団はただやられるだけではない。幸運なことに、私達という主力オブ主力の護衛が乗船しているのだ。

 

「みんな、本気でいくわよッ!!」

弾かれる様にして席を立ち、甲板へと駆け上がる。流石に外は暗いが、海は穏やかだ。艤装を装備し、敵の居場所を確認する。

 

「くっ、敵はどこ!?」

 

「姉さん、あそこに一隻!!」

巻雲が指差す場所を目を凝らして見ると、確かに深海棲艦が一隻まっすぐこちらに向かってきている。

 

「変だな、たった一隻で来るなんて。…それよりあの黒いの人型だぞ、接近させたらまずい」

 

「いや、獣型じゃないですか? 怪獣っぽいのが見えましたよ」

 

「黒い人型で怪獣っぽいもの…?」

黒いコートと怪物の頭。

 

「船団の皆さん、よく聞いてください」

 

「あん、なんだよ?」

 

「今から全速でこの海域から離脱してください。時間は私達が命ある限り稼ぎます」

 

「おい、どういうことだ? 何があったんだ!?」

 

 

 

 

「…この船に戦艦レ級が近づいています」

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

「早霜、長波はできるだけあいつを遠ざけて! 私も支援要請をして後から追いつくわッ!」

 

「あいよッ!」

長波たち二人は勢いよく海に飛び出し全速でレ級に向かっていく。それを見計らって私達も動き出した。

 

「おじさん、この船から鎮守府に支援要請出せるわよね!?」

 

「勿論だ、はやくしねえと長波ちゃん達がもたねえぞ!」

おじさんは大急ぎで艦橋に駆けていく。向こうでは巻雲が船員達に船室内へ退避するように案内していた。私もこうしちゃいられない。

 

『おい姉さん! こいつ変だぞ!?』

 

「長波? どうしたの!?」

 

『このレ級…手負いだわ、かなり艤装が損傷してるし、片腕が無い。しかも此方を攻撃してこない』

 

「手負い…!? 逃げてきたはぐれってこと?」

 

『かもしんない! てかこっちの攻撃をものともせずに突き進んでる!!』

 

『こいつの目的は…おそらく船に乗り込むことだわ』

 

「船に…!?」

 

『うぁ、こいつ急に速力が…姉さんッ!』

 

『いけない…備えて!!』

 

「ちょッ…」

何だ、何が起きているのか全く分からない。しかしレ級は、考える暇も与えずに此方に乗り込んできた。

レ級は猛烈な水飛沫を撒き散らしながら大きく跳躍する。こちらの砲撃を一切苦にせず、悪魔は私の目の前にドスンと降り立った。

深海棲艦の中でもトップクラスの存在の侵入を許してしまったのだ。

しかし降り立ったレ級はかなり凄惨な見た目をしていた。

 

「ガ、カ…」

ガフッ、と手負いのレ級が血のような液体を吐く。黒いコートは所々焼け落ち、体中に切り傷ができている。太い尻尾は力なく垂れ下がり、腕は抉れ片目が無くなっている。よろよろとどうにか立ち上がろうとするが、足元すらおぼつかずに船の手すりに倒れ掛かった。

 

「どういう…こと?」

これほどの損傷を受けるとは、一体何があったのか。気になるが、今はこいつを始末しなくてはならない。そう思い主砲をレ級に向ける。

 

「ヤ、メロ…、オマエラヲコロスツモリハナイ」

 

「ふざけないで、この船に何をしにきたの!?」

 

「二ゲテ…キタ。アイツハツヨスギル」

 

「逃げて…? その損傷は"アイツ"とやらにやられたのか?」

 

「…ソウダ」

息も絶え絶えという様子で語るレ級。こいつが言う"アイツ"とは一体何のことだろうか。ともかく、船を襲う意思は無いらしい。見れば長波たちも此方に戻ってきている。乗り込んできたレ級の様子を見に来たのだろう。

 

「ボロボロの所悪いけれど、捕虜として拘束させてもらうわ」

そう言ってレ級を捕まえようとした瞬間。

 

「ア、ア…! クル…ッ、アイツガクル!!」

突然レ級がうわ言の様に呟きながら立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと!?」

レ級は半狂乱になって悶え始める。レ級をここまで痛めつけた存在が近づいてきたらしいが、このまま悶えさせているわけにはいかなので妹達に指示をだして止血用の布と拘束するための縄を用意させる。

「ダメダ、アイツガ…! アイツガァアアアァアァアァ…!!」

その時だ。

 

どずん、という鈍い音が響いた瞬間、レ級の上半身に突然大穴が開いた。

 

「ア、ゲ、ァ…」

レ級の胸から大量の液体が噴出する。そのまま膝から崩れ落ち、甲板に倒れ伏した。

 

「な、に…?」

殺された。レ級が何者かの手によって。そのことを理解するのに暫しの時間がかかった。幾ら手負いとはいえレ級は非常に強固な装甲を兼ね備えた深海棲艦だったはずだ。それをいとも容易く撃ち抜くとは…。

 

《…あア、死ンダか》

そして、レ級すらも玩具の様に始末する存在がすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




普段よりちょっと長くなった。
あともう一つ新しい連載が始まるかもしれないです。

今回も読んでくださりありがとうございました!

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