台風のように突然現れて、私の中に色んなものを撒き散らして消えていったロリコンに資料を読ませてもらった次の日。今日は綺麗な青空だ。穏やかな海ではカモメが飛び回り、ゆるやかな潮風が心地よく吹いている。ある意味台風一過かも知れないな。
今日は先日から出撃していた威力偵察部隊が帰ってくる日だ。提督からは特に何も聞いていないが、無事に帰ってきてくれる事を期待しよう。とは言うものの雷と電は勿論の事、軽巡の3人もかなりの古参組だし、楔は新人ではあるが、夕雲型や一部の陽炎型たちの遠征隊と戦っても返り討ちにできるくらいの実力はあるはずだ。そう簡単にやられはしないだろう。
「響だよ」
「ん、入れ」
いつものように執務室に入る。ここ最近は私が秘書艦を勤めることが多くなっていた。ほかにふさわしい艦は沢山居ると思うのだが、私を重用してくれることはもちろんうれしい。
「今日の仕事は?」
いつものように秘書艦としての仕事をする。最近はこの仕事にも慣れてきて、長門さんや大淀さんには敵わないものの資料も早く捌けるようになった。
「とりあえずデイリー開発建造と近代化改修二回任務をこなして、遠征はいつもと同じだ。そんで夕方には威力偵察部隊が帰ってきるからその出迎えしないとな」
「そうだね。じゃあ遠征隊に通達を…」
「その前に少し話がある。聞いてくれるか?」
「話?」
「ああ、昨日の件ともうひとつだ」
まぁまぁ座って、と言われたのでとりあえず席に着く。司令官の顔は真剣そのものだ。どうやらおちゃらけた話ではなく真面目な問題らしい。
「まず昨日の話からしようか。昨日響はロリコンに連れられて地下の資料を見に行った。そうだね?」
「うん。まさかあんなところがあるなんて知らなかったよ」
「だろうね。実際あそこを知っている艦娘は明石くらいだと思う。とまあそれは置いといてだな、聞きたいのは響がそこで何を見たたかだ。響は何を見た?」
「えっと…大きなガラスの筒と、それを繋ぐ大きな機械。あとは深海棲艦や艤装についての資料だよ」
今から思えば、あのガラスのようなものも見ておけばよかったかもしれない。最も、見たところでそれが何かわかったかどうかはわからないが。
「…ふむ。で、その資料の中に『コード93』と書かれたものはあったかい?」
「あった。ロリコンがメインディッシュのひとつだと言っていたよ」
その時の口調が非常に不愉快なものだったことは伏せておこう。正直に言うとあの男は苦手だ。
「そうか…見たか。わかった、ありがとう。ちょっと確認をしておきたかったんだ。そして、二つ目の話をしよう」
「――楔が消えた」
何だって? 楔が消えた? そんな馬鹿な。いくら新人だとは言っても、並みの敵に遅れは取らないほどの強さはあった筈だ。そう簡単にやられはしないだろうに。向こうで一体何が起きたんだ。奇襲か。それとも事故か。
「何か…何かあったのかい?」
「報告によると、深海から伸びてきた巨大な手に捕まって海に引き込まれたそうだ。前例の無いことだ」
「そんな…っ」
巨大な手に引きずり込まれたなどという出来事は見たことはもちろん、聞いたことも記録として読んだことも無い。だれがこんな自体を予測し得ただろうか。今自分が聞いたことを信じることができないまま、気づけば呆然としていた。…敵は今までに無い動きを見せている。
「生きている可能性は?」
「分からない。タダでは帰ってこれないだろうな」
「…そうか」
何も分からない自分に腹が立つ。こんなときに不死鳥の様に飛んでいける翼が有ったら。私はどうしようもなく無力だという思いに苛まれる。
「だがまあ生きてはいるさ、たぶんな」
「慰めなど要らない。そんなの無意味だ! 大体何故そんなに落ち着き払っている? 仲間を一人失ったばかりだというのに!?」
椅子を跳ね飛ばすような勢いで立ち上がる。司令官は一体何故そんなに落ち着いていられるんだ。彼女は司令官にとっても重要な存在だったはずなのに。
「慰めなんかじゃないぞ。おそらく生きている」
「何の根拠があってそんなことを!」
「読んだんだろ? コード93を」
「読んだよ。それが一体…!」
あの資料は深海技術を使った艤装に関するものだったはずだ。それが楔が生存していることに何の関係があるというのか。
「ならお前にも分かるはずだ。よく思い出してみな、ロリコンの話を含めて」
「え…」
「じゃあそれを考えるのがお前の宿題な。考えた後はお前次第だ」
じゃあ俺は遠征隊に通達しに行くから、と言って司令官は部屋から出て行った。
「宿題、か…」
相変わらず司令官の考えることはよく分からない。彼は私には分かるはずだと言った。つまり、あの資料は何かの鍵だったということになる。実際ロリコンもメインディッシュだと言っていた。しかし思い当たる言葉などあっただろうか。あのときの記憶はまだ鮮明に残ってはいる。だが、考えたところで何がわかるのか。今は考えることしかできなかった。
「あの時…」
そのとき、ふと記憶と記憶が細い紐で結ばれるような感覚を覚える。
…深海棲艦の技術を艦娘に適用。…艦娘では扱えなかったらしい。…『深海棲艦と対等に渡り合える力をもつこと』。…圧倒的な力を授ける代わりに、装備者を蝕み闇に堕とす。
…『コード93:A』と『コード93:B』の二つに分かれている。
「まさか…ッ!」
私は咄嗟に走り始めた。目指すは鎮守府の外、工廠である。
サブキャラは無理やりねじ込むもの。
今回も読んでくださりありがとうございました!
1/22 夕雲の話を移設しました。