私達艦娘にとって鎮守府はしばしば家に例えられる。確かに、待っていてくれる者がいて、帰ってくる場所でもある此処を家と形容するのもおかしくは無い。但し決定的に違うのは、住んでいるものにさえ全てが開示されている訳ではないという事だ。そんな得体の知れない隠された物の一つに、私は今から踏み込むのだろう。
おいで、と言って歩き始めたロリコンに付いていく。ごちゃごちゃと色んなものが置かれた工廠をロリコンは
「こんなところに階段があったなんて…」
かなり初期の頃から鎮守府に居た私でさえ、まるで見覚えが無い。恐らくはずっと何かで隠され続けていたのだろう。
「まあ普段はこんな奥まで来ないだろうし、何より閉めているからね。…さて、戻るなら此処が最後のチャンスだ。いいんだね?」
「構わんさ」
「じゃ、行こっか。明石、悪いが外見といてくれ」
そう明石に告げて階段を降りていったロリコンに続いて私もゆっくりと降りた。
――――――――――――――――――――――――
狭い階段を下ると、ひどく暗い部屋に出た。ごぽぽ、という液体の音や何かの機械が動く様な低い音が聞こえる。何かを保存するための施設なのだろうか。言いようの無い寒気のようなものが身体からこみ上げてくる。いや、ここは地下だから実際に寒いのかもしれない。でもそれ以外の何かも感じた気がしたのだ。
「さて、ここに君の知りたかったことが一通りあるはずだ。ここで見たもので君がどう感じても、それは一切が君の責任だ。覚悟はいいね? …じゃ、明かりをつけるよ」
かちり、という音で部屋が明るくなる。金属のように硬そうな青黒い壁で囲まれた比較的大きな部屋だ。最初来たとき妙に暗く感じたのはこの壁の色のせいだったようだ。奥には液体で満たされた見慣れない円筒状の透明な物体がいくつか並んでいて、それぞれが機械に繋がれている。目の前には大きな机とその上に工具と書類が並べられている。
「本来ならここは完全非公開の場所で、もちろんそこの書類も極秘なんだけど…まあ許可は貰ってるし好きに見たらいいよ」
なるほど確かに、目の前の資料にはすべて極秘の文字が刻まれている。許可もなく見ようものなら人間なら軍法会議、艦娘なら解体処分されてしまうだろう。
しかし今日の私には許可が下りている。野郎読みつくしてやる、そんな思いで資料を手に取る。
「『深海棲艦の兵装について』…、『艤装との結合率上昇における艦娘への影響』…、『深海棲艦への接触記録』…」
ぱらぱらと山積みにされている資料を手にとっては目を通していく。その多くは自分たちが教わっていることのさらに奥深い部分にまで書かれている資料だった。まだ公開するには未確定な物もあるのだろう。
「ん、何だこれ、は…?」
良くわからない資料が目に留まった。『コード93』と書かれた資料は設計図のような図面とその概要が事細かく書かれていて、『コード93:A』と『コード93:B』の二つに分かれている様だ。
「おっ? おっ? 見る、見ちゃう? それ、見ちゃうやーつ? いきなり目玉いっちゃう? もしかして食事のとき好きな物から食べちゃう系?」
「いや、たまたま手に取っただけだけど…そんなに重要なものなのかい?」
「いやぁ、まあそうだね。メインディッシュのひとつかな」
ふぅん、と資料を読み始める。どうやらこの資料は深海棲艦の技術を艦娘に適用させようという計画に関した物で、いくつか試作品も作られたようだ。しかし、艦娘では扱えなかったらしい。そして、その問題を解決するべく計画を練り直したものが『コード93:B』。こちらは完成目前まで漕ぎ着け艤装そのものは完成したものの、扱う艦娘がどうにもならず破綻し結局計画は白紙に戻ったようだ。
「なんというか、すごいことを考えるんだね…」
「だろ? 俺も最初はびっくりしたさ。実際相手にするやつなんて最初は全く居なかったし、今だって俺くらいのもんだ」
「これを考え付いた人と交流があるのかい? どんな人なのか教えてくれないか?」
「…いやぁ、いつも一緒にいる君らのほうがよっぽど知ってると思うな」
「え…?」
「ネタバラシしちゃうとね、その計画を考え付いたのは君らの提督だよ」
「司令官が…?」
「うん。あいつが提督になる前にその計画を進めようとしてたんだけど、その資料にある通り計画は失敗した。そんで結局提督になったわけよ」
司令官にはそんな過去があったのか。確かにそういったことを聞く機会はあまり無かったかもしれない。
「でも艤装は完成したってことは後一歩だったわけだね」
「うん、うん。実際艦娘のほうもほぼ完成してたんだけど、どうしても最後の最後がうまくいかなかった」
「最後? …といったら確か魂を身体に入れるところだったかな」
「元の身体は完成したものの、肝心の魂が宿らなかった。どんな艦の魂を入れても定着してくれなかったんだ。つまり素体としては不良品だったわけだね。それに、ほかにもひとつ大きな問題を抱えていた」
「それは?」
「この計画で完成するはずだった艦娘に求められていたのは『深海棲艦と対等に渡り合える力をもつこと』だった。その為には艤装とのリンクを高めなければならないが、その分艤装に呑まれやすくなる。そして装備している艤装は深海の技術だ」
「つまり…一度呑まれれば、艤装に侵蝕されて完全に深海棲艦に成り果てる…?」
「まあ厳密に言えば違うんだけど、そういう認識でいいと思うよ」
とんでもない話だ。圧倒的な力を授ける代わりに、装備者を蝕み闇に堕とす。そんなふざけた兵器が装備する私たちの知らない場所で造られ、しかも完成目前だったとはにわかに信じがたいが、目の前にその資料がある以上、確かな事実ということになる。
人は悪魔まで造りだすのか。
「でも、この兵器は完成しなくてよかったのかもしれないね。だってこんなの身に着けた者やその周りの者にとっても…哀しすぎるよ」
「どう考えるかは人それぞれだ。さて、そろそろ戻ろうか? そろそろ部屋に帰らないと暁たちが心配するんじゃないかな」
ふと時計を見ると結構時間が経ってしまっていた。彼女たちにはちょっと行ってくるとしか言っていなかったし、そろそろ戻るべきだろう。
「そうだね、戻ろう」
「おし、じゃあ最後の質問をして終わりにするか。…君はあいつが怖くなったかい?」
「…いや、司令官は司令官だ。その気持ちは今も変わらない」
確かに恐ろしい実験をしていたかもしれない。でも今まで私たちを指揮して勝利を導いてきたのもまた、司令官なのだ。
「ならよし。あいつは諦めが悪いからね、どうか君が支えてやってほしい。頼んだよ」
「…ロリコンは違う意味で怖いけどね」
「あーあー聞こえない聞こえない。…まあ軽口叩く余裕があるなら上出来だ。じゃあ俺も帰るからよろしく言っといてくれ。じゃあ響ちゃんまたね、おやすみなさい!」
「
そう私に言付けて突如訪れた災厄は去っていった。
今日は色々なことがありすぎて正直精神的に疲れた。空を見上げればもう暗くなって、星がちりばめたように輝いている。こんなに綺麗な星空は久々に見たような気がする。明日は良い事がありそうだ、そんな気がした。
威力偵察部隊が鎮守府に帰投したのは、その次の日のことである。
実を言うと、ここで明かした設定に響が行き着くまでのプロセスは物凄く悩みました。それも投稿が遅れた原因のひとつだったりします。
没案では、
・響ルートに行かずに楔のまま進行して提督が説明する
・響が資料室に行って偶然これに関する資料を見つける(閑話から直接繋げる)
・響が明石とか長門とか色々知ってそうな奴に聞き込みする(閑話から直接繋げる)
・閑話を長門の話にして提督を問い詰めルート
・長門が問い詰めるんじゃなくてこっそり(or偶然)提督が喋るのを聞く
という感じでした。結局は
・響が資料を読む
で落ち着きました。実際自分も響嫁なので響が重用されてることにしました。
ちなみにロリコンのモチーフは現実の友人だったりします。私立朝潮型小学校建てるって言ってました。
今回も読んでくださりありがとうございました!