38.5度の熱の中お送りいたします。
楔が威力偵察任務に出撃して少し経った頃。
その日秘書艦を務めていた響と提督は、訪れんとする災厄にその身を硬くしていた。響は初めて遭う脅威に、提督はかつて起きた悲劇を恐れるように、ただ静かに其れを待つ。
だん、だん、だん。其れは地を踏みしめるようにして提督の執務室に近づいている。もう時間は残されていない。下の階からは悲鳴の様な微かな叫びが伝わってくる。下で一体何が起きているのか私には判らないが、提督の顔がますます暗くなったのを見るに彼は分かっているのだろう。
そして其れは執務室の前まで近づき、大きなドアを開け放った…。
「響ちゃあああああああああああん!!! 初めましてどうぞよろしくお願いします可愛いですねやはり駆逐艦は最高だぜ!!!」
「黙らんかク○ロリコン、響が完全に引いてるぞ」
「ああああああその侮蔑の目もたまらんッ!!! ぉッと申し遅れました私○ソロリコンという者でございます、ロリコンなりどうぞお好きなようにお呼びください!」
「司令官…、この人が例の今日来るって言ってた人なのかい?」
「あぁそうだ。信じられないだろうが、これでも相当なやり手だぞ。純粋な艦隊の練度で言えば俺より高いだろう」
「人は見かけによらないとはよく言ったものだね…」
本当に驚きである。もしそこらの町中でこんな人に出くわせば、あらゆるプライドを投げ捨てて持てる力全てを使ってでも逃げる自信がある。
「分かってると思うが、俺がお前を呼んだのは我が艦隊の駆逐艦を襲わせるためではない。いいな?」
「もっちろんでございますよ! ここに来るときも、そして帰るまで誰も襲わないと誓いましょう!」
嘘つけ絶対襲ってたよ。下から聞こえてきた悲鳴はおそらくこのロリコンのせいだろう。
「お前が俺を呼んだってことは…まさか"例のアレ"の件か?」
例のアレ? なんの事だろうか。まあ提督同士にも色々とあるのだろう。
「…あぁ。今回はその件で付き合って欲しい事があるんだ」
「何だよお前ー、"アレ"はイイ感じに進んでるんじゃなかったのか?」
「いや進んでいるさ。…それこそ順調過ぎるくらいに」
「…なるほどねぇ、そういう事か」
話によると、どうやら提督二人が行っている計画のようなものにトラブルが生じたらしい。
「ここで話していても仕方が無い、工廠に行ってから続きを話そう。響、俺がいない間執務室を頼んだぞ」
「…了解。何かあったら連絡するよ」
「うむ、よろしくな。じゃあ行くぞロリコン」
「あいよ~」
そう言うなり二人は執務室から出ていった。司令官たちがなんの事を話していたのか気にならないわけではないが、執務室に残れと言われた以上どうしようもあるまい。私達艦娘は司令官に従うのみだ。
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とは言え気になる。たしか司令官は工廠に行くと言っていたはず。ならば、そこで司令官とほぼ確実に接触したはずの艦娘がいる。
「明石さん…、ちょっと話がしたいんだ。いいかな?」
「はい、大丈夫ですが…どうしたんですか急に?」
彼女に話を聞くほかないだろう。
「しかし響さんが話をしに来るなんて…珍しいですねぇ」
「私は夕張さんみたいに艤装に特別詳しい訳では無いからね。…でも、今日は理由があってここに来たんだ」
「となると、艤装以外のこと…?」
「まあ、そうだね。でも艤装もある意味では関係があるかもしれない」
私は明石に本題を切り出した。
「司令官たちが今日ここで何を話していたか、教えて欲しいんだ。それが目的で此処に来た」
「…やはりそうでしたか。提督にはやっぱり敵いませんね」
「え…?」
「提督がね、此処から出ていく時に言っていたんですよ。『もし此処に響が来たら、今日あったことを話してやってくれ。アイツには知る権利と受け入れる力がある』ってね」
全てお見通しだったという事か。心配した私が馬鹿だったようだ。しかし、司令官がそこまで言うほどの事が此処で行われているということは間違い無いらしい。
「おやおやおやぁ、マジで来たのかぁ。やりますねあいつ〜」
「ッ!? ロリコンが何で此処に居るんです?」
明石がギョッとして此方を向く。司令官をロリコン呼ばわりしたことに相当驚いているのだろう。しかしロリコンはその呼び名を気にする様子も無い。色々と凄い男だ。
「さて響ちゃん、君がここに来た目的は、恐らく俺達が話していた事を知るためだろう。君が興味を持つのも判る。君が望むのなら、全て話してやるつもりだ。…しかし、注意して欲しいことがある」
「…?」
「一つは、此処での話を決して口外しないこと。そしてもう一つは…、これからの話は君にとって辛いものになるだろう。しかも、とんでもなく残酷だ。…響ちゃんはそれでもこの話を聞き、受け入れる覚悟があるかい?」
「私は…」
これから話されることがどれ程のものなのか私には判らないが、例えそれがどんなものであっても、どんな結果を生もうとも。
「…話してくれ」
その話を聞くべきだと思った。
「…いいねぇ、流石アイツが見込んだ艦娘だけある。じゃあ、行こうか。工廠の奥に! 未知なる世界が! 知識が! 君を待ち構えているぞ!!」
そう話すロリコンの口元が三日月のように歪んだ。
またぼちぼち更新します。
これからも楔さんの物語をよろしくお願いします!