駆逐艦「楔」、出撃……って誰さ   作:たんしぼ

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お久しぶりです。お正月休みはこれで終わり。


二章
【閑話】 私から見た彼女


その駆逐艦に出会ったのは、私たち姉妹が遠征に出ているときだった。

天気は澄み渡るような快晴、海も穏やかで絶好の航海日和。そんな心地よい気候の中、私たちは鎮守府に帰ろうとしていた。いつも一緒の仲間と、いつものように遠征をこなし鎮守府に回収した資材を届ける。そんな代わり映えの無い日常がつまらなかった訳では無い。自分の働きによって海を護っているという実感は有ったし、その事を誇りに思っているほどだ。しかし、何か面白い変化があってもいいんじゃないかという気持ちも少なからず有ったのも確かだ。そんな中に現れたのが彼女()だった。

しかし、彼女は面白い変化なんてレベルでは無く特殊だった。装備が通常と違うだとか、初めて見る容姿だとかそういうことではない。彼女は根本的に私たちと違うのだ。

 

 

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そもそも艦娘というものは"建造ドック"と呼称される施設で形作られ、在りし日の艦の魂を宿すとされている。その軍の最高機密の中で"妖精さん"が何をしているのか、それは私たちには到底理解できないだろうが、あらゆる艦は其処から生み出され例外など無いはずだった。しかし彼女には"存在しなかった名"が授けられている。つまり在りし日の魂を宿すという、艦娘の根幹を成す前提が崩れているのだ。

一体彼女は何所で造られ、何の魂を宿しているのだろうか。

 

 

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彼女は神通や赤城の訓練を受けて瞬く間に成長していった。これは完全に異例なことだ。そもそも彼女のような新参者を最高戦力の一角が、しかもほぼマンツーマンで指導するなど本来は有り得ない。聞けばこの特別訓練は提督の指示だそうだ。またその二人に指導されたことをどんどん吸収して急成長する彼女もすごい。神通もあのような艦は始めてだ、とかなり驚いていた。

しかし、この余りにも早い成長は非常に危険でもあると神通は話していた。

艦娘の錬度というのは艤装とのリンクがより強まることと強く直結している。より強く一体化すればそれだけ艦娘としての力が大きく発揮されるということだ。その方向に改造して成功した例が駆逐艦「夕立」だ。彼女はより強く艤装とつながることで、通常では考えられないような火力を実現している。しかし、ただ繋がればよいというわけではない。艤装に"呑"まれてしまうからだ。実際、「夕立」も身長や眼、髪型や性格などに影響がでているが、「夕立」は艤装の制御に成功しているから"呑"まれることは無いだろう。ならば、艤装に完全に"呑"まれてしまった艦娘はどうなるか。

完全に自我が崩壊し、兵器としての本能をむき出しにする。そして不良品として破壊、処分されるだろう。

 

 

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彼女も第十一号作戦に出撃することが決まった。威力偵察艦隊として雷、電と共にカレー洋に出撃する。私はその次の作戦に参加だ。多少時間は経ったとはいえ、やはり新参の彼女を大規模作戦に投入するとはかなり異例の采配である。そのことは本人も認識していたのだろう、提督に質問をしていた。しかし提督の答えはひどく事務的な答えだった。提督の通達が終わった後もしばらくざわついたほどの采配。提督にはどのような考えがあってあんな決断をしたのだろう。提督は彼女の一体何に期待しているのだろう。彼女をそこまで使おうとする理由は何だろう。それはきっと、提督自身にしか分からない。いかなる理由であろうとも、たとえそれがどんなに残酷な結末を生もうとも、私たちは提督の指示に従うだけだ。

 

 

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帰ってきた威力偵察部隊を見たとき、私は愕然とした。居るはずの彼女が居ないのだ。轟沈したのかと五人に聞けば、彼女は突如現れた巨大な手に捕らわれそのまま海に消えたと言う。そしてしばらく捜索したが完全に見失ったと。そんな馬鹿な話があるか、と思わず掴みかかりそうになるが手を止める。事情を話す彼女たちが嘘をついているとは思えないからだ。だとしても巨大な手に引きずり込まれたなどという出来事は見たことはもちろん、聞いたことも記録として読んだことも無い。こんな形で彼女を喪うなんて誰が予想できただろうか。ただの行方不明なら捜索して見つかる可能性もあるが、行方不明でも轟沈でもない。彼女は完全に海に引き込まれてしまった。

生きたままに海に飲み込まれて、そのまま深い闇に消化されたのだ。

 

 

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彼女が居なくなってから、私の日課がひとつ増えた。明らかに異常なことが起きていると思ったからだ。もしかするとこの事件は何かのきっかけになるかもしれない。もしそれが人類を蝕むことなら、私たちは全力で止める義務がある。そう考えたのだ。

そして今日も、新たに加わった日課をこなす。すべては我が同志のために。




ぴったり2000字。
次回より第二章開幕。

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