おかしい。
クリスマスムードに沸き立つ鎮守府の一室で、
異変に気づいたのは朝起きたときだ。思えばその時からだ、この悪夢のような一日が始まったのは…。
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朝、いつもの様に起きる。ふと見ると同室の暁が妙にニマニマそわそわしていて、いつも落ち着いている響も何故か頬を染めてテンションが高い。普段なら暁は寝ている時間帯だ。
「…ん、起きたわね楔ちゃん! こんな特別な日に寝坊するなんてれでぃーらしくないと思っていたところよ!」
「時間はいつも通りだけど…?」
「あぅ、そうかしら…」
明らかに様子がおかしい。一体何が特別だと言うのか。
「ぅ~、こうしちゃ居られないわ! 響、そろそろ行きましょ!」
「…まだ早いと思うよ」
「何言ってるの、レディは何時も早め早めに行動するものなのよ!」
そう言いながら暁はさっさと部屋を後にしてしまった。
「じゃあ私も先に行ってるから…」
「あ、うん」
どうしよう、部屋に一人取り残された。どう考えてもおかしい。いや、俺がおかしいのか…? そう思いながらのそのそと身支度を始める。顔を洗い、制服に着替える。いつもの朝そのものだ。そして、俺は外を見て、ひどく見慣れないものを見つけた。
「…は?」
鎮守府のグラウンドのど真ん中に巨大な大木のようなものが聳え立っている。その木は七色の電飾で輝き、大小様々なアクセサリーを纏い、木の頂点には大きな金色の星が付いている。つまり、クリスマスツリーが立っていた。なるほど、クリスマスだからあんなに興奮していたのか。…ってちょっと待て。
今日は12月8日だ。なのに、皆クリスマスだと勘違いしている…?
いやいやいやいや。流石にそんな馬鹿なことは無いだろう。どの部屋にでもカレンダーぐらいあるはずだ。となるとたぶんあの二人だけだろう。我ながら意味のわからないことを考えたものだ…。そう気を取りなおいて廊下に出た。
「おはよう、いい朝だね」
時雨だ。彼女もまたこの鎮守府の仲間で、かなり穏やかな性格だが、実践経験も豊富で第二次改装まで済ませた強者だ。通称大天使時雨。俺も挨拶を返そうと視線を上げる。
「あ、おはよお゛っ…」
時雨がサンタコスしてる。何故だ。彼女は別にそこまでド天然という訳でもないし、むしろきちんとスケジュールとかを確認するタイプだと思うのだが…。
「どうしたんだい、そんな顔して…? ああ、この格好かい? クリスマスはこうするものだって。…もしかして嫌だった? ごめん…」
「いや、そうじゃなくてね…? 今日、何日だっけ?」
「何言ってるの、今日はクリスマスだよ」
違うんですけど。今日12月8日なんですけど。これは明らかに異変が起きている。なにかとんでもないことになってそうだ。そう思って俺は一気に駆け出した。向かうは食堂、艦娘たちが集まる場所だ。
「ッ!!」
「ちょっ、走ったら危ないよ!?」
すまん時雨、許してくれ。これは鎮守府の危機かもしれないんだ。
「クリスマスメニュー……いいですね! あ、加↑賀↓さんも食べてます?」
「クリスマス…いいねぇ、しびれるねぇ」
「クリスマス、それは今時のレディの嗜みの一つでもありますわ」
「クリスマスはいいよね~、クリスマスはさ!」
「クリスマス、クリスマスです!」
「クリしゅマひゅ、料い美味しいいわえぇ!」
「クリスマス、ステキなパーティっぽ~い♪」」
なんだこれは、たまげたなぁ…もう鎮守府中クリスマスまみれや。昨日の間に何があったんだよとしか言い様がない光景だ。食堂は様々なクリスマスアイテムに埋め尽くされ、クリスマスソングが何処からとも無く流れ、テーブルはクリスマス料理とクリスマス艦娘に溢れていた。そのクリスマス祭りの熱気に押し返されるように食堂を後にした。頭がどうにかなってしまいそうだったからだ。本格的にまずいことになっているようだ。まったく冗談じゃない。
「楔ちゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
「いい!? 今から一つだけ質問するからッ、正直に答えて!! 今日は何月何日!?」
そうものすごい形相で走ってくる雷。後ろから電も来ているようだ。
「えぅ!? えっと…12月8日」
「よかったあぁぁぁぁぁ!! 無事だったのね!?」
「なのですぅぅぅぅぅぅ!!」
そう叫んで抱きついてきた。よかった、俺以外にもクリスマスモードじゃない人が居たようだ。
「雷ちゃん、もしかして…?」
「ええ、私もクリスマスモードにはなってないわ」
「おぉ、まだ汚染されて無い人が居たとは…!」
「ずっと探してたのよ?」
そう涙目で此方を見る雷。その顔はやばい。言葉に出来ない愛しさのようなものが体中から溢れてくる。
「あ、そういえば説明しないといけないわね。えっと…」
話してくれた事を簡単に纏めると、昨日の昼から今日の朝にかけての間に何かがあって、みんなクリスマスモードになってしまったらしい。
「うん…で?」
「それしかわかんない」
「あっ、ふーん…」
情報は乏しいようだ。それくらいは見れば判るのだが…。
「なにか悪いものでも食べたのかもしれないのです」
そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。
「え、なんでよ電?」
「昨日電達三人は夕食を鎮守府で食べて無いのです」
「あ、そっかぁ…。昨日は警備任務だったものね」
この鎮守府の近海は既に制圧されている。とはいえ、敵も神出鬼没。何処に現れるか判らない以上、警戒を怠るわけにはいかない。相手との戦力差を考えると、いつ制圧され返されてもおかしくはないのだ。なのでこの鎮守府では持ち回りで駆逐艦が近海の警備をするのだが、昨日の晩はここのまともな三人がその担当だったのだ。だから夕食は鎮守府外で食べていた。
「でも流石に間宮さんがそんな危ないものを気づかずに出すかなぁ…?」
「確かに…」
流石に飯でこうなるとは考えがたい。あれだけお料理上手の間宮食堂なのだから、食材の見分けも当然できるだろう。それゆえにやはりこの考えは無いと思われる。
一気に大量の人間を汚染するモノ…。飯ではない、なら何だ。洗脳? ただのドッキリ? どちらも無いだろう。並みの人間に洗脳されるようではあっという間に深海棲艦にやられているだろう。ドッキリにしても明らかに規模が大きすぎる。あと何があるかというと…。
「…ねえ、雷、電」
「何?」
「ちょっとわかったかも」
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今回も読んでくださりありがとうございました!