fate/accelerator   作:川ノ上

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狂者と狂者

「ンで、こンな古クセェ建物まで来たわけだがァ・・・・・・俺も行かなきゃダメか?」

 

だだっ広い敷地とその奥に悠然と建てられた教会を一瞥し、一方通行から気のない声が漏れた。

ここは新都にあるとある教会。

名を言峰協会というらしい。

そして、こんな面倒な手順を踏まずともよかったのでは、と思えるほどここまでの道中は何事もなかった。

一応、念のために能力を使ってあたりを詮索してみたが違和感などは見られない。

強いてあげるとすれば、予想以上に坂道がきつかったくらいだ。

 

(バッテリー数秒無駄にしたな)

 

首元に手を当てる一方通行は小さくため息をついて、面倒くさそうにイリヤを見る。

正直に言うともう帰りたい気持ちで一杯な一方通行。

この後の長ったらしい話に付き合わされることを考えると頭痛の種でしかない。

もし、これで本当にただの報告で終わったのならば、一方通行はこの小さな苛立ちはイリヤに向かうことになるだろう。

内心、無駄な時間の空費になるのだろうと予想している一方通行。

だが、なんと言おうと目の前の少女は了承しないだろう。

短い付き合いだが、この少女の性格は大まかだが理解している。

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

案の定、キッパリと凛とした抗議の声が一方通行の下からあがった。そして、依然とたい焼きを咀嚼し続けるイリヤは、妙に真剣みのある顔つきで件の教会を見つめていた。

しかし、たい焼きを頬張って、シリアスを語ろうというのだから、呆れるを通り越して、むしろその精神力に感心する。

 

「んぐ。ぷっは。……行こっかバーサーカー」

 

「あァ、はいはい」

 

「じゃあ、今だけでいいから、はい。これ」

 

そう言って、たい焼きの詰まった紙袋を差し出してくるあたり、持てとのサインだろう。

魔術師の誇りからくるものなのか、他人の前ではせめマスターとサーヴァントの関係であると見栄を張りたいらしい。

実際、そんなもの一方通行にしてみれば関係のないことなのだが、ここで問題を起こして、のちのち嫌みったらしく説教されるのも面倒なので、一方通行は素直にたい焼きの袋を受け取った。

しかし、持ってきた時と重さを比べると紙袋の中身はずいぶん軽い。

おそらく半分近く食い尽くしたに違いない。

 

(この身長でよくもまァこンだけ入るもンだな)

 

どこぞの暴食シスターを思い出し、イリヤを観察していると、当の彼女は何かの気合を注入するように両手で頬を叩き、入り口である鉄格子に手をかけた。

そして、鉄格子をゆっくりと押し開けると、イリヤは静か瞳を閉じ、そして自然に表情を作った。

一瞬、感心するように一方通行も目を細めて目の前の少女の変化を観察するが、そこには立つのは先ほどまでのただのクソガキではない。

ただ壮麗に。

端麗に。

すべてを拒絶するような、近づけさせないような冷たい雰囲気を体全体から放っている。

鉄格子をくぐった先にあるのは、白いアスファルトの一本道と、両端に存在する緑色をした植え込みの数々。

丁寧に管理されてあるのだろう。左右対称に完璧なシンメトリーを体現した植え込みは、どこか完璧に見えて不完全に歪んだように感じる。

そんな花壇の植え木にも目もくれず、イリヤはただ教会の扉を目指して歩みを進めていった。

一方通行も、黙って彼女の後ろを歩いていく。

一歩一歩、アスファルトを踏みしめるたびに教会に近づいていく。

その間、二人の間にただ一度の会話もない。

まるで、道中までの喧騒が嘘と思える感じさえする。

だが、一方通行はそれでいいと、心のうちでつぶやいた。

 

(まぁ腐ってもマスター、ねェ。現状はわかってるみてェだな)

 

一方通行は小さく笑みを浮かべて、凛として歩くイリヤの後姿を凝視した。

ここは外界だ。

あの守られた城の中ではない。

そしていまは戦場でもある。

そんな、いつ敵に接触するかもしれない状況で遠足気分でいられては足手まといだ。

イリヤがどんな目に遭おうと、一方通行は『本気』で助けようとはしない。

これはたったいま下した一方通行の決定事項だ。

いくら喚こうが泣き叫ぼうがこの考えを変えるつもりは『今のところ』ない。

このクソガキが一人前の魔術師と豪語するのであれば、それに足りるだけの覚悟があるはず。

ならば、一方通行はただ自分の保身について冷静に対処するだけだ。

後はどうとでもなる。

そして、教会の敷地内に入ってからのイリヤは、明らかに余分な感情を捨てて、状況に対処しようとしている姿だ。

どうやら目の前の状況を把握して、自分の置かれている立ち場とリスクを計算できるくらいの頭はあるらしい。

 

イリヤは無言で教会の扉までたどり着くと、やがて一度静止して一拍呼吸をおいたのち、意を決したように顔を上げて木製の取っ手に手を触れた。

そして、静かにそしてゆっくりと教会の扉を引いた。

 

       ガチャッ

 

錆付いた扉を開ける甲高い音と、独特な香の香りがイリヤと一方通行を出迎えた。

イリヤに先導される形で、一方通行もサーヴァントらしく後ろからついていくと、一方通行は正面を見上げて思わず小さく目を見開いた。

そして、スッと目じりを細めてある一点を凝視する。

資料でいくらか目を通したことはあるが、実際に教会に入ったのはこれが初めてだ。

前方にいくつも並ぶ横長の椅子も、奥のほうに鎮座する祭壇のような教卓も、そして脇に備え付けられたろうそくの数々も。

どこぞの絵本にでも描かれてあるような風景が広がっている。

まさに絵に描いたような理想的な教会の姿。

芸術を知るものなら、確かに美しいと思える造りではあろう。

だが、一方通行の視線を集めさせているのはのはそこではない。

一方通行が凝視するもの。

それはいまだに後姿を見せたまま、一向に振り向こうとしない神父の姿だった。

 

???「ようこそ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとそのサーヴァント」

 

構造のせいだろう。低く、くぐもった不快な声が室内全体に響き渡る。

そうして振り返る男の立ち振る舞いは、自分のよく知る人物とどこか似ていた。

白衣の変わりに夜のように深い青の礼服。胸元に下げられた十字架に、べったりと張り付いた薄気味悪い笑み。

その存在すべてが神父にあるまじき背徳を表しているように見える。

 

(まァ人殺しの俺が言えることじゃねェがな)

 

木原数多。

遠目からだが、奥の講堂に立つ男はあの忌々しい糞野郎と同じ存在感を醸し出している。

一瞬、電極のスイッチを入れるべきか迷った一方通行。しかし、一度イリヤの方を見やってから、瞳を閉じてすぐに必要ないと判断した。

目の前のクソガキがもし、油断しているようであれば、『保身』のために電極のほうに手を伸ばしていたかもしれない。

だが、目の前に立つ小さな魔術師の緊張感は後ろに立つ一方通行にわかるほど体を強張らせていた。

おそらく、恐怖からくる強張りではない。

この感情は明らかな敵意からくる反応だ。

ならば、自分が要らぬ気を回してバッテリーを無駄にする必要などない。この小さな背中が手を出すな、と語っているのであればこちらは何もせずただ静観していればいい。

そして、イリヤは若干警戒する姿勢で神父を睨みつけると、やがて男の名を忌々しそうに小さくつぶやいた。

 

「言峰、綺礼」

 

両手を掲げて歓迎すように両手を掲げる男は、やがて不振な笑みを浮かべながらゆったりこちらに歩み寄ってくる。

依然として、警戒心を解こうとしないイリヤは、神父が近づくにつれて敵愾心をあらわにしていく。

神父もそれを感じ取っているのだろう。まるで面白がるように含みのある声を漏らして、両手を挙げのち、ゆっくりと後ろ手に両手を組んだ。

 

「ふっふっふ。たいした嫌われ者だな、わたしは」

 

「あたりまえでしょ、代行者たる貴方を警戒しないほうがおかしいわ。……たとえ監督役のあなたでもね」

 

「ふっそれは昔の話でね。いまのわたしはしがない教会の神父でしかない。君が思うような存在ではないさ」

 

そうして暫し、両者の視線がぶつかった。

大方腹の探りあいの最中なのだろう。しかし埒が明かないのか適度に睨み合ったところで、話を切り替えるように神父は小さく息をついた。

そして、

 

「まぁいい、では仕事を始めようか」

 

仕切りなおすようにそう言って、両者の距離が数メートルといったところで言峰と呼ばれた男は立ち止まった。

そして、イリヤと一方通行を下から上まで値踏みするように見つめると、一方通行を見て小さく唇をゆがめた。

 

「君がイリヤスフィールのサーヴァントだね」

 

「ええ、彼のクラスはバーサーカーだわ」

 

それを聞いた瞬間、神父は驚いたように目を見開かせた。しかし、その反応はじつに興味深げな表情だ。

 

「――ほう、これは驚いた。バーサーカーのクラスで杖をつく理性があるのか。・・・・・・アインツベルンはずいぶん興味深いサーヴァントを召還したな」

 

「そのくせ、なかなか命令を聞いてくれない困ったサーヴァントだけどね」

 

「そのための令呪だ。特に君のは特別製のようだし十分に活用したまえ」

 

心底うんざりっと言った様子で首を横に振るイリヤに、言峰は嘲笑の笑みを浮かべて、イリヤの方を横目で見やった。

イリヤもイリヤで言峰の視線に気づいているのか、睨み返すように静かに、そしてはっきりと言い切った。

 

「言われなくたって、わかってるわ」

 

「・・・・・・ふむ、まぁわかった。確かに報告を受け取った。それと、一応報告しておくことがあるのだが聞くかね?」

 

「ええ、聞いておくわ」

 

「まぁ、調べればわかることだが、残りサーヴァントは二体。セイバーとアーチャーだ」

 

「セイバーとアーチャー・・・・・・」

 

言峰の言葉を暗誦するように繰り返すイリヤに、言峰は小さく頷く。

 

「そうだ、聖杯戦争開始までせいぜいあと三日といったところだろうな」

 

「……ついにはじまるのね」

 

「ああ、ついにはじまるのだ。我々の聖杯戦争が」

 

改めて聖杯戦争の開幕が近いことに表情を強張らせるイリヤを見て、言峰はうれしそうに笑みを浮かべる。

その表情はまさに愉悦といったところか。

黙って二人の言動を観察していた一方通行は、言峰の不敵な笑みを見て、内心不可解な疑問に眉をひそめた。

 

(……この感覚は、)

 

なにかある。

不意にそんな感覚が一方通行を襲った。

いや、この突き刺さる感覚はどこか身に覚えがある。

しかし、辺りに注意を配っても何かしらの異変は見られない。

そんな一方通行の心情を知ってか知らずか、言峰はあくまで中立の立場をアピールした雰囲気で、イリヤの方を見やると、両手を広げて相変わらず嘘くさい笑みを浮かべ続ける。

 

「まぁ私からの報告はこれくらいだな」

 

「そう、忠告感謝するわ」

 

「なぁに、これも私の仕事のうちでね。初めての訪問者に礼を尽くしただけでこちらが礼を言われることなどなにもしていないさ」

 

「……じゃあもう行くわ。行こうバーサーカー」

 

そう言って、きびすを返すイリヤは、「行こう。バーサーカー」と言って返事を待たずに扉のほうに足を向けた。

一方通行も、ここはおとなしく従ったほうが得策と判断し、神父の姿を一瞥してから、イリヤのあとを追っていく。

気になる違和感はいまだにぬぐえないが、今は余計な詮索をして面倒ごとを増やすのだけは御免だ。

そうして、開け放たれた扉に手をかけたところで、後ろから神父の声が響く。

 

「どのような願いを抱いているかは知らないが、君達の願いはこれで叶う」

 

まるで、何かを見透かしているような、そんな不気味な声だ。

だが、だからどうしたというのだ。

一方通行は扉にかけた手を一瞬、わずかに静止させそして、扉を閉めた。

まるで胸の内に沸いた不愉快な『疑問』に蓋をするように。




というわけでいかがでしたか。

今回はかの名高き言峰さんとの邂逅。
一方さんには黙っていただき、マスターと監督役の会話に専念させていただきました。
警戒心マックスのイリヤ、どうでしたか?

そして、今回も少々投稿が遅れてしまいましたが、今回も誠意一杯に面白い作品となるように書かせていただきました。
面白い、または続きが気になると感じていただけたのであれば幸いです。


では今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いします。
そして、読んでいただきありがとうございました!!

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