fate/accelerator   作:川ノ上

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喧騒と悲鳴

『ねぇ、あなた。起きて、朝だよ』

いつも通りの朝。

陽の光が薄っすらと目蓋を上げる一方通行を目覚めさせ、頭上から打ち止めのような幼い声が届いてくる。

不思議と一方通行に安心感を与えてる声色に、一方通行は寝返りを打って再び目を閉じる。

 

(・・・・・・打ち止めの声が聞こえる。ったく、朝だっつーのに、耳元でぎゃーぎゃーうるせェなァ)

 

いままで、悪意以外には畏れや恐怖といった声しか聞いてこなかった一方通行には、まだ聞き慣れない柔らかな声。

その声がどうも子守唄のように聞こえ、一方通行の意識を再び奪おうと襲い掛かってくる。

しかし、声の主はその選択を許してはくれないらしい。

呼び掛けとともに、身体を小さく揺らされているため、頭はまだ完全に覚醒しきっていないが、その控えめな声は徐々に一方通行を覚醒させていった。

 

「・・・・・・うっぜェから揺らすンじゃねェよ」

 

重い身体を起こして、一方通行は起床する。

目をこすり、自分の肩辺りを揺らしていた人物に目を向ける。

いつもなら、そこには無邪気に得意気に笑みを浮かべるアホ毛の少女がいるはずだ。

しかし、目の前にいた少女は、打ち止めではなかった。

 

「おはようバーサーカー! ずいぶんとお寝坊さんなんだね。もう、お昼ご飯の時間だよ」

 

一方通行が目を開けると、そこには、白銀の髪を小さく揺らすイリヤの姿があった。

一方通行は覚醒し切っていない頭をボリボリと掻きながら小さくため息を吐いた。

 

「ハァ。・・・・・夢じゃねェのかよ」

 

できれば愉快な夢であってほしかった。

小さく呟く一方通行に対して、イリヤはキョトンとした表情で一方通行を見た。

 

「? 何のこと? そんなことよりバーサーカー。寝言で『打ち止め』って呟いてたけど――」

 

「・・・・・・お前には関係ねェことだ」

 

キッパリと関係ないと言い切った一方通行は、ソファーから立ち上がると小さく首を鳴らした。

よほど良いソファーなのだろう、一晩寝ても疲れが全く感じられない。

腕を軽くほぐして、身体に不調がないか確認していく。

幸いにも、『まだ』どこにも不調はないようだ。

小さく息を吐きだして、立ち上がろうとすると、

 

「ねぇバーサーカー。昼食の準備が出来てるんだけどどうする? セラが腕によりをかけて作ってくれたんだけど・・・・・・」

 

その行動を遮るように、イリヤの控えめな声が一方通行の耳に届いた。

その瞬間、一方通行は立ち上がろうとした腰をソファーにおろし、目を細めて目の前の少女を睨みつけた。

 

 

「あン? ・・・・・・おい、クソガキ。俺が昨日テメェになんっつたか覚えてねェのか?」

 

「それは、どういう意味?」

 

本当に理解していないのか、それとも理解していてやっているのかはわからない。

だが、一方通行の正面にいる少女は、あどけない顔で首を斜めに傾けている。

 

「俺はお前に散々脅しをかけて、馴れ合いはしねェっていったはずだが」

 

「・・・・・・。やっぱり、迷惑だった?」

 

殺気を込めた一方通行に対して、目の前の少女は、上目使いで一方通行を見る。

身長差があるため、イリヤはどうしても見上げるような形で一方通行を見ることになるのだ。

 

「あァ迷惑だね。お前とは利害関係の一致で繋がってるにすぎねェンだ。余計なことしようとしてンじゃねェ」

 

「でも、いくらサーヴァントと言っても何か食べないと力がでないよ!」

 

服の裾を目一杯まで強く握るイリヤ。

表情は恐怖の色で若干硬いが、吐き出した声はどこまで一方通行を心配する優しいものだった。

それでも、一方通行にとっては余計なお世話だ。

ここは自分の知らない世界だとしても、仕組みや一般常識くらいはほとんど『元』の世界と同じはずだ。

ならば、買い物など私生活に問題が出てくるなどといった心配はない。

 

(……まァ、向こうの通貨がコッチと同じなのかは置いておいてだがな)

 

最悪、そこら辺の通行人にちょっと『お願い』してしまえばどうとでもなる。

 

「はン。それくらい自分で出来るっつーの」

 

「そっか。・・・・・・いらないんだ」

 

そう冷たく言い放つと、イリヤは目にわかるように至極残念そうに俯き、先ほどとは打って変わって沈んだ表情を見せた。

よほど、なにか重要な話があるのだろうか、と考えていると、一方通行の耳にこんな小さな言葉が届いた。

 

「今日はせっかく、セラが牛肉のステーキを作ってくれたのに」

 

「・・・・・・」

 

一方通行の動きが不自然に止まる。

そう呼吸すら止まるほどに。

 

「わかった。セラにそう伝えて――」

 

一方通行の僅かな変化に気づかないイリヤは、残念と言った雰囲気で立ち去ろうとするが、一方通行はそれを許さなかった。

 

「おいクソガキ。お前いまなンつった」

 

「――えっ! だから、お肉が――」

 

突然の呼び掛けにイリヤは顔を上げてとっさに答えると、

 

「よし、行くか」

 

即断即決で勢い良く立ち上がって、確かな足取りで杖をついていく一方通行。

それに対して、置いていかれたイリヤはというと、

 

「えっ! でも、いらないんじゃあ――」

 

あまりにも突然な出来事に素っ頓狂な声を上げて、後ろを振り返るイリヤ。

しかし、その抗議の声は一方通行に届くことはなかった。

 

「さっさとしろ! テメェが案内しねェと食堂がどっちかわかンねェだろうが」

 

(えぇー。なんか理不尽かも)

 

イリヤは若干不満があるものの、イキイキと歩いていく一方通行の後を追って、食堂まで案内した。

 

 

ーーー―

 

二人で食事するのにはあまりにも大きな食堂。

白いテーブルクロスにはあまりにも多い料理の品々が並んでおり、一方通行とイリヤは豪華なテーブルを挟んで昼食を取り始めていた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

どちらも無言で料理を口に運ぶイリヤと一方通行。

そして、その一足挙動を見逃さないように見つめる従者二人。

明らかに給仕には関係ないハルバードまで持ち込んでいる所を見ると、どうやら昨夜の一件で相当警戒されているらしい、と一方通行は料理を口にしながら判断する。

 

(まァ、当然の判断だろォな)

 

心のなかでそう呟いても、未だに敵意のある視線が刺さり、気になって仕方がない。

しかも、どうも片方から並々ならない怨嗟のような視線を感じる。たしか、セラと言った侍女の方からだ。

もう片方のリズと呼ばれた従者の方からは、悪意の代わりに、全身くまなく観察されているような視線を感じる。

 

 

「・・・・・・」ギロ

「・・・・・・」ジー

 

しかし、今更そんな視線を向けられて動揺する一方通行ではない。

まるでどこかの上流貴族のような振る舞いでナイフとフォークを動かすと、上品にステーキを頬張っていく。

 

(・・・・・・メイド共の殺気がウゼェが、料理は悪くねェな)

 

そんな悠長なことを考えながら、出された皿を粛々と片付けていくと、

 

「ねぇバーサーカー!」

 

イリヤはナイフとフォークを動かしながら一方通行へと問い掛けてきた。

 

「あン?」

 

一方通行はナイフを動かす手を止めて、皿ではなく真正面の方を見やる。

するとイリヤが愉快な声を上げて尋ねてきた。

 

「料理の方はどう? リズとセラの料理、おいしいでしょ!」

 

どうやら会話に困って、ついぞ出た言葉ではないらしい。

ただ単純に一方通行に料理の評価を聞いている雰囲気だ。

まるで同意を求めているように。

一方通行は、ここで適当にあしらうより、正直に答えたほうが無難だと瞬時に判断し、適当に答える。

 

「ああ、まぁ。悪くはねェ」

 

「そうでしょ! なんたってわたしの召使いだからね」

 

一方通行の言葉に座りながらも嬉しそうに胸を張るイリヤ。

その表情はどこか誇らしげで、照れくさそうな顔だ。

一方通行は反応を返すのが面倒くさいといった様子で小さくため息を吐くと、黙ってステーキを口へ運ぶ。

 

「だいたい、なンでお前が嬉しそうなンでよ」

 

「だって、身内の料理がおいしいなんていわれたら嬉しくないわけ無いよ!」

 

「・・・・・・うまいなンて一言も言ってねェ。悪くないってだけだ」

 

「それでも、おいしいってことでしょ?」

 

若干訂正を入れるが、余計な気遣いで強引に訂正される。

ここで違うと反論しても、おそらく目の前の少女は頑なにして反論してくるだろう。

ならば、ここは適当に同意したほうが無駄な労力を使わずに済む。

そもそも、こういった喧しいガキの対処法は、すでに熟知している。

 

「あァそうですね」

 

そんな風に適当に棒読みで答えて、再びステーキを口に運ぶ一方通行。

そろそろ受け答えが受け答えが面倒になってきたところで、イリヤがまるで嬉しそうに頬をゆるめ出した。

 

「・・・・・・ふふっ」

 

小さく笑うイリヤに反応して、一方通行は眉をひそめる。

 

「あン? なにがおかしい」

 

「だって、昨日まであんなに怖かったバーサーカーが、なんかこわくないなって」

 

あっけからんに言い切ったイリヤは照れくさそうに頬を掻くと、顔を合わせるのが気まずいのか、再び料理との格闘に取り掛かっていった。

そして、そんな姿を呆然と見ていた一方通行は眉間に寄せるシワをより一層深くして、大きくため息を吐き出した。

 

「はン! 昨日あンなに震えていたチビが良く言えるなァ」

 

「ふ、震えてなんかないもん!!」

 

小馬鹿にするような笑みを浮かべる一方通行に、慌てたように椅子から立ち上がり、抗議の声を上げるイリヤ。

その声は若干、たよりなく震えていた。

 

「ああそうですねェ。怖くなんてなかったですよねェ」

 

「なんでそんな棒読みなの!」

 

「・・・・・・うるせェよ。黙って食いやがれ」

 

皿の上にあるステーキを全て平らげると、一方通行は小さく息をついて、紅茶を一息に煽った。

ほのかな甘味が鼻を抜けて、口直しにはちょうどいい。

 

(このガキ。ほンと打ち止めみてェに騒ぎやがる)

 

脳裏に浮かぶあのアホ毛の少女と目の前の少女を見比べそんなことを考えつつ、一方通行は席を立つと、

 

「あれ? どこ行くの」

 

案の定、目の前の少女が小首をかしげてこちらを見ていた。

 

「お前には関係ねェ」

 

頬を掻いて、面倒くさそうに会話を言い切り、一方通行は一歩踏み出そうと足を動かすと、

 

「ダ、ダメ!! いかないで!!」

 

鋭い制止の声が、広い静寂な空間にこだました。

一瞬の静寂ののち、イリヤは自分があまりにも大きな声をあげていたことに気づいたのか、一方通行の表情を見てから、ハッとなったような顔をしてその表情に影をつくりだした。

一方通行も、イリヤのあまりにも大きな声に一瞬だけ面を食らったが、すぐに目を細めた。

それはまるで、目の前の少女を射殺さんばかりの目つきで。

 

「ハァ? ・・・・・・また、昨晩みたいに令呪で脅すきか」

 

「ううん。そんなことしないよ。・・・・・・あれは、わたしが悪かったかもしれない」

 

鬱陶しそうな一方通行の声に、イリヤは小さく首を振って、俯きがちに顔を伏せる。

まるで、悪事がバレた子供のような顔だ。

しかし、目の前の少女はそれでも、不安そうな声色で自分の思いを吐露し続けた。

 

「バーサーカーが、聖杯戦争に参加してくれないって言うからつい頭に血が上って・・・・・・」

 

「でも、わたし――」

 

自分の胸に手を当てて、顔を勢い良く上げるイリヤ。

その表情は、どこかなにを訴えているような、そんな雰囲気が伺える。だが――

 

「・・・・・・なァ、聖杯戦争だかなンだかしらねェが、お前に一つ聞いておくことがある」

 

今の一方通行には届かない。

彼の声は先程の温かい会話からかけ離れた冷たいものとなる。

 

「お前はこの戦争で人間を、人を殺す覚悟はできてンのか?」

 

単純な疑問。

あまりにもシンプルすぎる質問に、イリヤは思わず一方通行から目をそらしてたじろいだ。

 

「――そ、それは」

 

そう。根本的な至って単純な問題だ。

聖杯戦争。

どう転んでも戦闘は避けられないこの戦いで、人を殺めるのはまず間違いない。

この質問に、目の前の少女は、迷ったのだ。

それの意味するところはすなわち――。

 

「まさか自分で他人を殺す覚悟もなしで、こんなゲームに参加しようなンて甘い考えじゃねェよな」

 

一方通行は鋭い視線に殺気を織り交ぜて、目の前で震える少女を一瞥する。

両手を胸の前で組んで、必死にその場に耐えようとする少女。

それでも、一方通行は容赦しない。

正論といえる言葉のナイフを次々と投擲していく。

 

「テメェは昨夜言ってたよな。マスターを殺した方が手っ取り早いって」

 

「テメェにソイツを実行する覚悟があンのか? ・・・・・・もしくはこの戦いで殺される覚悟が」

 

そうして、彼は自分の首元にあるチョーカーに手を触れた。

しかし、イリヤは気づいていない。

もうすでに、一方通行が自身の名を関する能力を発動させていたということに。

 

「わ、わたしだって。人を殺す覚悟くらい――」

 

覚悟を持って答えようとしたイリヤの声が途中で別の音によって遮られる。  

          

             バキンッ!!

 

一方通行が触れただけで、食卓が昨夜のように真っ二つに裂ける。食卓に乗っていた物が全て、音を立てて床に落ちていった。

真っ二つに裂かれた食卓は、まるでイリヤを目的地とした道を示すように敷かれる。

 

「・・・・・・」

 

無言で食材が無残に散りばめられた道を歩く一方通行。

距離はそう遠くない。

怯えた2つの目が一方通行を捉えて離さない。

しかし、一方通行には関係のないことだ。

イリヤの一歩手前で静止すると一方通行は小さくため息を吐いた。そして、手刀を高々と上に挙げ、

一度静止させると、

 

「ふざけンな」

 

「いったぁぁぁっ!!」

 

短く、そして至ってどうでもいい口調でイリヤの頭頂部に手刀を繰り出した。

 

「ンな甘い覚悟で、戦おうなンざ百年早いんだよ。覚悟決めてから言いやがれ。それと――」

 

そこで言葉を区切って、一方通行は首元に添えるように構えられた銀色に鈍く光る刃物を一瞥する。

 

「さっさとその物騒なモンを締まってもらえませンかねェ。・・・・・・テメェ等の腕がすっ飛ぶことになンぞ」

 

一方通行の忠告を聞いて、これ以上何も無いと判断したセラとリズは、静かにハルバードを一方通行の首筋から離した。

無言であっさりと引き下がる従者たちだが、その目は明らかに憎悪の色で染まっている。

おそらく、下手なことをすれば間違いなく全力でハルバートを振り切ってくるはずだ。

そんな考えに思考を巡らせていると、

頭をおさえていたイリヤが、涙を目尻に浮かべながら、

 

「セラ。リズ。大丈夫だから下がって」

 

従者たちに静かにそう命じた。

しかし、どうやら納得はしていないらしい従者が一人、思わずといった口調で口を挟む。

 

「ですがお嬢様」

 

「お願いセラ。あなた達を傷つけたくないから」

 

「・・・・・・わかりました」

 

そこまで言われて、セラと呼ばれた従者はしぶしぶといった雰囲気で引き下がった。

本音はきっと違うところにあるはずだが、あんなことを言われては引き下がるしか無い。

しかも、主人の手前、彼女の面子を守るため順者としてしぶしぶ折れるしかなかったといったところか。それを解かっていてこの少女はああいったのだろう。

 

「セラ、リズ。ありがとう」

 

殺されるかもしれない、という状況でこの少女はいつも笑う。

よく笑えるものだ。

一方通行に殺されていく馬鹿どもは終始、恐怖で顔を強張らせているというのに。

この少女には一体、目の前にいる自分がどう見えているのか疑問に思えてくる。

 

「・・・・・・おい、クソガキ」

「ふえ?」

 

小さくため息が漏れる一方通行。

それに対して、いきなりの呼びかけに驚いたイリヤは、変な声を上げて一方通行を見た。

その表情はキョトンという擬音が適切だろう。

しかし、一方通行はそんなことに構わずにまくし立てるようにしゃべり続けた。

 

「とりあえず銃器を集めろ。なるべく小型で弾数の多い奴を中心に。あぁ、あと何らかの魔術でも付加されてんのがあればそれでもいい」

 

「それは、どういう――」

 

急なオーダーに戸惑うイリヤだが、一方通行は続けて言うようにしてイリヤを黙らせる。

 

「聞こえなかったか? 俺はお前をいっしょに連れてってやるって言ってンだが。まぁ着いて来なくても構わねェけどな」 

 

「つ、連れて行ってくれるの!!」

 

一方通行の物言いに、イリヤは興奮したような声を上げる。

予想はしていたが、あまりの声量に一方通行は耳を噤んで、口調を荒げる。

 

「だからそう言ってンだろうが。俺の気がかわらねェうちにさっさと持って来い! 捜索はそれからだ」

 

「わ、わかった。わかったからちょっと待っててね」

 

明らかに顔色と表情が変わるイリヤ。

言うなれば、あれは打ち止めが見せる表情にどこか似ている。

そう、自分が向けられるには不釣り合いな表情だ。

踵を返すように扉近くまで走りだすイリヤは、扉を手に掛けたところで振り返り、突然の出来事で固まっている従者二人の名前を呼ぶ。

 

「セラ。リズ。ちょっと探すの手伝って」

 

「お、お嬢様! お待ちください」

 

「待ってイリヤ」

 

慌ててイリヤのあとを追うように去っていくメイド二人。

よほど早く行きたいのか、メイドを待たずしてイリヤは扉の外へ出て行ってしまった。

そうして彼女等の姿を見送った一方通行は、白い髪を何度か掻き揚げると。

 

「・・・・・・ガキなンぞに人殺しをさせてたまるかってンだよ。クソッタレ」

 

忌々しそうに自分を呪うと、一方通行は小さく呟いた。

 

 

――

 

 

片方のやかましくない従者に案内されたのは城にふさわしいほどの豪華な玄関だ。

天井には豪華なシャンデリアが飾られており、いたるところに凝った装飾がなされている。

床には真っ赤な絨毯が敷かれてあり、もちろんホコリひとつ落ちていない。

家庭用の玄関のゆうに十倍はある広さで、車が十台くらいなら簡単に入ってしまうだろう。

後ろには大理石の階段があり、真正面には大きすぎる扉がある。

そして、一方通行は集められた銃器の中から、ベレッタM92を手に取っていた。グッリプの具合や使いやすさなどを厳選した結果選び出したのがこの拳銃だ。

正式名称はピエトロ・ベレッタ92。複列弾倉(ダブルカラムマガジン)に15発の9x19mmパラベラム弾を装填する事ができる。

一方通行の手には少々大きいような気もするが、それでも、一方通行は試し打ちで使い慣れたような技術を見せた。

 

「・・・・・・悪くねェな」

 

満足したような表情でベレッタM92を眺めていると、真横から不思議そうに自分を見つめる少女の姿があった。

 

「ねェバーサーカー」

 

「ンだよ、クソガキ」

 

「クソガキじゃない。イリヤ! ・・・・・・ねぇ、英霊相手に銃を使うの?」

 

イリヤは、一方通行の物言いにムッとしながらも、当然のような疑問を口にした。

当然といえば当然の疑問だ。

なにせ、相手は英霊だ。

魔術サイドからしてみれば、現代の武器などただのガラクタに見えても仕方がない。

しかし、一方通行は科学サイドの人間だ。

武器の有用性については十分理解している。

 

「別に殺すためだけじゃねェ、護衛のためっつー意味もあるが、一番の理由はそこじゃねェな」

 

適当に言葉を返して、拳銃の点検を始める一方通行。

何度か、感触を確かめつつ、イリヤの方を見ずに淡々とわかりやすく口を紡いでいく。

 

「例えどのような英霊だろうと元は人間だ。鉛球一発さえぶち込めば死ぬし当然避けなきゃなンねェ」

 

「コイツはどんな相手にも通用する武器だ。モノによっちゃー俺みたいな化け物に傷をつけたもンもあるしな」

 

そう言って一方通行は、ベレッタM92の点検を終えると専用に作られたホルスターに収める。

はっきり言ってしまえば、これは経験談だ。

人間は追いつめられた瞬間、土壇場で必ずと言っていいほど武器を手に取る。

それはその武器の恐ろしさを十分に理解してあるからで、相手を傷つけるのに有効なものだと本能が理解しているからだ。その代表格と挙げられる凶器のなかにこの拳銃も例外なく入っている。

だからこそ、明確な凶器である拳銃を持っておく必要があるのだ。

自分が危険であることをしらしめるために。あえて。

そして、相手が英霊で、マスターが人間であるならなおさら――。

 

「おい、クソメイド」

 

「・・・・・・それはわたしに言っているのですか?」

 

反応する従者は除隊に青筋を立て、顔をひきつらせた。

確かセラと呼ばれていたメイドだ。

今にも射殺さんばかりの視線を送られても、今更気にするほどやわな一方通行ではない。

鼻で笑ってやると、これまた良い反応で殺気が帰ってくる。

じつに乗せやすい。

 

「はっ。わかってンじゃねぇかクソメイド」

 

「すみませんお嬢様。このモヤシを駆除してもよろしいですか?」

 

「おいおい、ふざンじゃねェぞクソメイド。よほど愉快なオブジェになりたいらしいなァ」

 

目線がぶつかる先で、殺気という火花が舞い散る。

一触即発。

セラはハルバード。一方通行はチョーカーに手を添える。

お互い、自身の武器を構えて牽制しあうなか、

 

「わわ、ストップスト―ップ! セラ落ち着いて。バーサーカーもそんなこと言わないで!」

 

主人たるイリヤが慌てて仲裁に入った。

正直、挑発しておいてなんだが、目の前の従者の言動がどこぞの性悪に似ていて苛々する一方通行。

 

「チッ!」

 

小さく舌打ちすると、依然として鋭い視線で自分を睨むセラと視線がぶつかる。

完全に敵意むき出しの状態だ。

 

「・・・・・・。それでなんでしょうかモヤシ」

 

「それは固定なのかよ。このクソメイド」

 

「ご用件をどうぞ」

 

反論は聞き入れないらしい。

と言うより、これ以上話したくないという顔だ。

それでもって、この敵意。

主人を危険に晒したのだから当然といえば当然だが、いまは甘んじて受け入れよう。

一方通行は大きくため息を吐き出すと、チョーカーから手を放す。

 

「金だ。とりあえずまとまった金を寄こせ」

 

「それは何故でしょうか。詳しい説明を求めます」

 

「このクソガキの子守りに使うンだよ。それに、外に出ンならいくらか持ち合わせがあった方がいいだろォが」

 

考えやがれ、と小さく悪態をつく一方通行を見て、セラは短い間であらゆる状況をシミュレートすると。やがて小さく頷いた。

 

「・・・・・・わかりました。金庫から取って参ります。お嬢様少々お待ちください」

 

そう言ってセラはイリヤにお辞儀をすると、階段をメイドらしく絶妙な速さで登っていった。

 

本当にそっくりだ。

遠ざかるメイドの姿を見て、一方通行は胸の中でそんな感想を漏らした。

あえて一方通行の琴線に触れるような身体的特徴を的確についたようなあだ名を付けるところが特に似ている。

 

「あンのクソメイド。番外個体みたいなセンスのあだ名付けやがって」

 

去っていく背中を見送り、一方通行は小さく呟くと、自分の服の裾を引っ張られている事に気づいた。

 

「あン?」

 

「ねぇ、わたしは?」

 

振り返ると、無表情の従者が、一方通行を見上げて、そう呟く。

一瞬、何のことかわからずに黙って、静観の構えをとっていると、

 

「わたしは?」

 

次は首を傾げて、物欲しげにじっとコッチを見てくる。

なにに対して主張しているのかを数秒模索した後、セラのような呼び名を欲しがっていると気付いた一方通行は、

 

「・・・・・・、・・・・・・アホメイド」

 

長考の末、彼らしからぬその場の雰囲気に流されて、そう答えた。

対して、不名誉な名を呼ばれたもう一人の従者はというと、

 

「・・・・・・アホ、メイド。うん、なんかいいかも」

 

独特な雰囲気で、そんなことを呟いた。

どうやら気に入ったらしい。雰囲気からして嬉しそうだ。

しかし、隣で一部始終を見ていたイリヤが当然のようにやかましく反論の意を声高に唱えた。

 

「ちょっとバーサーカー! リズに変なあだなつけないでよ! リズもそれでいいの!」

 

「うん、いい」

 

当然といえば当然の反論だが、目の前でポワポワと浮かれているリズと呼ばれたメイドは満足そうに大きく頷いた。

 

(・・・・・・このメイドは、どこか馬面の女に似てンな)

 

そんな感想を胸の中でつぶやいていると、

後ろから階段を降りてくる音が聞こえた。どうやら帰ってきたらしい。

 

「お待たせしましたお嬢様。・・・・・・リズ、どうしてあなたはそんなにご機嫌なのですか?」

 

「バーサーカーにあだ名を付けられて、ね」

 

リズに変わって、状況を説明するイリヤはさも残念そうに肩を落とした。

これは、おそらく女として怒るべきなのでは、と呆れているのだろう。

確かに、一方通行もつけておいてなんだが、あのアダ名で喜ぶとは、随分とおかしな感性をしていると、同意せざる負えない。

 

「・・・・・・まぁ本人が気に入っているのであれば構いません」

 

セラも何か思うところがあるのだろうが、リズの様子を適当に流すと、メイド服から高級なブランド物である長財布を取り出し、

 

「それよりお嬢様、こちらが財布になります。・・・・・・本来ならば私共も御付しなければならないのですが仕事が、ってあ――」

 

イリヤに差し出された財布をセラの手から強引に奪う一方通行。

奪いとった後に、睨まれもしたが、一方通行は気にせず中身の確認をする。

入ってある金額は十万程度。

これならば、何があっても問題はないだろう。

 

「・・・・・・まァ、そこそこ入ってンな」

 

「よし、クソガキ。さっさと行くぞ」

 

中身を確認した後、一方通行は財布を後ろポケットに強引にねじり込み、杖をついて扉に向かって歩き始めた。

 

「あ、ちょっとまってよバーサーカー! あっそうだ、セラ。リズ。いってきまーす」

 

元気の良い声を上げて従者たちに手を降ってからイリヤは、慌てた様子で一方通行の背中を追いかけた。

なぜなら、一方通行にイリヤの歩幅に合わせて歩くなどという優しさなど無いからだ。

 

 

「お嬢様お気をつけてー」

「いってらっしゃーい」

 

後ろから、セラ達の声が聞こえてくる。

イリヤは嬉しそうな笑顔を浮かべて、片側の扉に手をかけ。

一方通行も、厳かに主人にお辞儀をするセラと豪快に手を振って見送るリズを尻目に見つめて、もう片方の重たい扉を開け放った。

 

ーーー

 

「――ハァ。ずいぶンとさわがしい奴等だったな」

 

城からだいぶ離れたところで、一方通行は白い息を吐き出して素直な感想を漏らした。

まるであの家の住人のようだ。

特に、目の前を先導して歩く少女は打ち止めによく似ている。

やかましくて仕方がない。

一方通行は、そんなことを考えて、もう一度白い息を吐き出す。

いまが何月かは定かではないが、薄く霜を引く冷気と、空から照らさされる太陽の日差しが交わり何かを羽織らなくても出歩けるくらいには温かい。

依然として、森は続いているが、学園都市にはない雰囲気で、どちらかと言えばロシアの雪原にいた頃を思い出す。アッチでも雪が降っていなければきっとこんな感じだったかもしれない。

そうして、前を向くと、ごきげんな様子で銀色の髪を揺らす少女が見える。しかも、鼻歌つきだ。

 

「ルン~♪ルン~♪」

 

「そして、お前はなンでそんなにご機嫌なンですかァ?」

 

「だって、お外に出るのはひさしぶりなんだもん」

 

そう言って、嬉しそうに振り返るイリヤ。

白いスカートを揺らして、羽織っている紫色の上着がふわりと翻る。

その喜びを全身で表現しているイリヤを見て、一方通行はもう一度大きくため息を付いた。

 

「そうですかァ」

 

「それよりバーサーカー。ここからどうするの? まさか歩いていくの?」

 

一方通行の気苦労を知ってか知らずか、イリヤはそんな心配を口にする。

それに対して一方通行は、

 

「ンなめんどクセェことしねェよ。ようするにこうすンだよ、っと」

 

面倒くさそうに言い放つと、一方通行はチョーカーの電極をオンにする。

能力使用モード。

そうして、杖を必要としなくなった一方通行は、杖の柄を収縮させると、イリヤの腰と足に手を回してイリヤの身体を軽々と持ち上げた。

俗に言うお姫様抱っこだ。

 

「きゃっ! ば、バーサーカー!」

 

「しっかり掴まってろよクソガキ!」

 

突然の出来事に、イリヤは驚いて声を上げるが、一方通行は反論さえ聞き入れずに体勢を整えると。

 

有無言わさずに、大地を蹴って空を飛翔した。

空はどこまでも青く。眼下には小さな城と広大な森が広がっている。

そして、

 

「いーーやあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」

 

後に残ったのは、とある少女の悲痛な叫び。

甲高いその叫びは青い空に反響し、まるで誰かを呪っているようにも聞こえる。

そうして腕の中で愉快な叫びを上げる少女を一瞥してから、一方通行は愉悦に笑みを浮かべると、更にスピードを上げるのであった。

 




あけましておめでとうございます!!
今年もよろしくお願いします!!

さて、如何でしたでしょうか。
最近スランプ気味の作者ですが、全力で書かせていただきました。


まだ聖杯戦争が起こる気配はありませんが、それでも物語は進んでいきます。

いよいよ動き出した運命の輪。
セラとリズも加わり、喧騒の日を迎える一方通行。
かの世界に思いを馳せ、運命の歯車が回り出す。

次回の展開にご期待ください!!

では今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いします。
そして、読んでいただきありがとうございました!!

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