遅れた。だいぶ遅れてしまった。
リズとセラの二人と別れほどなく、口元についたタイ焼きの残りかすを軽くふき取り、それを口元に運ぶわたしは小さく短い息を規則的に吐きながら廊下を走っていた。
永遠と続くのではないかと思われるほど、この城の廊下は長く複雑だ。侵入者など入れるはずもないのだが、わざわざこうして入り組んだ道を作るあたり、おじいさまの趣味が覗える。
それにしても、なんであのたい焼きはあんなにおいしいのだ。
夢中になってセラたちとおしゃべりしていたら、いつのまにかこんなに時間がたってしまった。
あの白いサーヴァントはどうしているだろうか。
そんな入り組んだ道を走りつつ、脳裏に思い浮かぶ彼の姿を考えながらわたしは見慣れた廊下を小走りに左へ曲がり、その突き当りに現れたであろう扉の前で立ち止まる。
建物の構造はすべて理解しているので、さすがに迷子になるなんて失態はしたことはないが、夜の廊下となると森の静けさがどこか不気味な色を醸し出してくる。
リズの心配そうな顔に見送られて、ひとり勇み足でここまで来たのはいいが。さて、どうしよう。
まず大前提として、この先にわたしを待っているサーヴァントがいるのは確かだ。それは彼自身が待っていると言っていたので間違いない。
だが、問題は彼がわたしに『待っている』と告げてから一時間も時間が経過してしまっているという真実だ。
(ほんとはもっと早く来るつもりだったんだけど―――なんて言い訳通じない、よね)
彼に対する弁明を考えてはみるが、ありきたりすぎてこの不安を解決する気休めにもならない。
そんなことを考え、自分の身長の何倍もあろう扉を眺めると、わたしは小さく息を呑み込んだ。
別に怖いわけではない。ただ、あのサーヴァントが苛立っていないか心配なだけだ。
いや、あのサーヴァントならきっと――。
そこまで考えて、次に彼がとるであろう行動に、おもわず自身の頭のてっぺんをさすってわたしは小さくうなった。
(うう、怒ってないといいんだけど)
一瞬ためらうようにして、扉の前に構えた右手を右往左往させるが、こんなことをしていてもらちが明かない。
ままよ、と胸中で呟き、わたしは彼が待っているであろう倉庫の扉を小さく叩いた。
「バーサーカー?」
我ながら情けない声ではあるが返事は無い。
聞こえてない? いや、あのサーヴァントのことだから待ちくたびれて寝ていたりしないだろうか。
そうすると、また寝起きの悪い彼と直面するわけであって、またチョップされる?
しばらく考え込んでもいい案など浮かぶはずもなく、どうしたものかと思案に暮れるが、覚悟は決めた。
ここはわたしの城だ。何も気後れする必要ないんてない、はず。
「バーサーカー、入るからね」
そう言って返事が返ってこないのを確認すると重たい扉をゆっくり開ける。
普段は付き人のセラかリズが一緒にいてくれるから、こんな重い扉を一人で開けることなんて滅多にない。
想像以上に扉は重く、足に力を入れてようやく扉が動く。
そうして、全開まで扉を引き開けると冷たい風がわたしの頬を撫で、思わず瞳を閉じ小さく悲鳴を上げる。なにも襲ってくる気配がないのを確認すると、もう一度ゆっくりと瞼を開ける。そこには暗い一室がそこだけのっぺりと訪れる者を飲み込むようにして口を開けているように見えた。
「……ちょっと、暗くない?」
明かりが全くないというわけではないが想像以上の衝撃に、一瞬躊躇いはしたが、負けてなんかいられない。
迷いを振り払うように首を横に振り、前方を見据える。
彼は間違いなくここにいるので進む以外の選択肢などないのだ。わたしは小さく生唾を飲み込み、一歩踏み出そうと左足を出そうとするが思うように足が動いてくれなく、左足を踏み出すのに時間がかかった。
(ランタンでも持ってくればよかったなぁ)
予想外の暗さに若干後悔するが、決して口には出さない。
怖い気持ちを一気に胸の内に抑え込み、わたしは次の右足を一歩前に踏み出した。
「ひゃっ!?」
コツンと床を蹴る音が反響して、驚いてあたりを見渡す。しかし、それが自分の靴の音だと分かると、安堵する気持ちと同時に悪いものなど何もいないはずの空間がやけに気になってしまう。
自分から伸びる影に小さく飛び上がったりもしたが、まずは少し気持ちを落ち着けて一歩一歩、転ばぬように前へ進んでいく。
時折、消えては灯る窓から洩れているであろう月明かりを頼りに、自分の進むべき方向を確認すると、器用に小さな体を生かして物と物の間をすり抜けていく。
やたら豪華な壺に、あまり趣味ではない束に巻かれた絨毯の数々、もう少し奥には使い古された槍や斧なんかまである。
そうした倒れたら危険なものや進路を封鎖するように傾いた何かの羊皮紙なんかを慎重によけて歩き、前に進んでいく。
なかには懐かしいものもあったりするのだが、今は一刻も早く彼のもとに行かねばという使命感の元わき目を振らずに進むつもりだった。
しかし、やはり気になってしまったものは仕方がない。だんだん闇に目が慣れてくると、細かい文字なんかも見えるようになり、すぐ視線の先に見知ったものを見つけてわたしは思わず足を止めた。
「あれって――」
駆け寄らずにはいられなかった。わたしは思わず整理された棚から一冊の書物を取り出し、しげしげとそれを見つめ、そしてポツリと小さく声を漏らした。
「これって――。やっぱり、懐かしいな」
うっすらと埃のかぶったタイトルをぬぐい確信する。
魔術の入門書。セラと初めて勉強した時に使った本だ。
はじめて机に向かって勉強した時、セラがやさしく魔術の基礎を教えてくれたのをよく覚えている。魔導書を開くと懐かしい走り書きとセラの筆跡が色濃く残っていて、思わず顔をほころばせた。
そうして、顔を上げてよく見ていくと、見知ったものがあっちこっちに見えて、マヒしていた恐怖心がゆっくりと和らいでいくのが自分でもわかる。
第一、仮にもわたしはこの城の主なのだ。そんなわたしが危険にさらされるようなものをリズやセラが説明もなく置くだろうか。
答えは否だ。
なら、もう恐れる必要などない。そもそも、こんな情けない姿バーサーカーに見られたくない。
せっかく大人っぽい雰囲気でわたしのイメージを印象付けていたのに、こんなことでまたガキだのなんだのと言われたくない。
彼の苦笑一割、適当九割といった表情をする姿を思い描き、手に取った本の埃を払い、元にあった場所に戻してからもう一度当たりを見渡す。
普段は物置として使っている倉庫。ここには城の骨董品がたくさん収納されていて、たまに掘り出し物なんかが見つかる事もある。
たまにリズとちょっとした遊び時間ができたとき。かくれんぼをするには絶好の隠れ場所だから知っていることだが、こうしてまじまじと見たのは初めてかもしれない。
普段はこんなにも物に対して興味関心を抱いたことなんてない。
必要がなくなったら、もう用済み。
だってそれはもういらないものだから。
基本的にここはセラが管理しているからわたしのあずかり知らぬものも多いけど、ここに収納されたら最後、もう日の目を見ることはないだろう。
ほかの魔術師からしたら喉から手が出るほど欲しい素材が見つかるかもしれないが。
それでも、わたしにとってはどれもガラクタ。全部いらないもの。
(いらないものは全部すてる。今までもそうしてきたし、おじいさまもそう言っていた。でも――)
わたしは前に進むために一歩足を踏み出し、目的地に向かって歩き始める。
そんないらないもの達に囲まれている、わたしのたった一つの希望。
バーサーカー。
初めて見たときは天使かと思った。
真っ赤な瞳に、わたしよりも白く綺麗な髪。これで翼さえ生えていれば、それは童話なんかに出てくる天使となんら変わりない、そんな姿だった。
わたしのサーヴァント。彼を見たとき、わたしは嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。
強いとかそんなんじゃなく、ただ単純にわたしが生まれた意味を果たす事が出来る。ただそれだけの思いが胸の奥から込み上げてうれしかった。
でも、そんな思いはすぐにもろく崩れた。
信じられない事に、彼は聖杯戦争を拒否したのだ。わたしの存在意義でもあるこの戦いに、彼は首を縦に振ってはくれなかった。
奇妙な真名を持つサーヴァント。そんな彼を従わせる手段をわたしは持っている。
そうして苦笑してイリヤは歩きながらにも拘らず視線を右手の方に移し、自分の腕から手のひらに掛けて伸びる大きな魔術刻印を浮かび上がらせた。
その腕に走る真っ赤な紋様。
令呪。
これを発動すれば、わたしは彼を屈服させる事が出来る。無理矢理にでも聖杯戦争に参加させることが出来る。
そもそも、制御不可能なバーサーカーを呼ぶことに決まった時点で、わたしは令呪を使うことをためらうつもりはなかった。
でも。でも出来なかった。わたしは令呪を使う事が出来なかった。
『コレ』を使ったら、確かに彼は聖杯戦争に参加してくれる。
でも、その後は?
もし、一日でもてるすべての令呪を使い切ってしまったら?
そんな疑問が昨夜から頭をもたげさせ、その結論は案外簡単な結果ではじき出された。
彼はきっとわたしの言う事を聞いてはくれない。絶対に断言できる。わたしは殺されるって。
きっとその気になれば彼はわたしを呼吸するみたいに簡単に殺すだろう。
それがとても恐ろしかった。
何も出来ずに、わたしの生まれた存在意義も果たせずにただ殺される。それがたまらなく怖かった。
彼はわたしに心を開いてくれない。
数々の反抗がそれを示している。
でも、わたしには彼がどうしても悪い人には見えないのだ。
そこまで考えて、改めてこれから進むであろう道と、窓辺から洩れる月明かりの方向を確認してイリヤは前に歩き出す。
それでも思考をするのはやめることはできず、それがどこか一種の通過儀礼のように思えて、我ながら自分の臆病深さに苦笑せざるおえなかった。
そう。リズも気づいていたけど、彼の行動は全て未遂だった。
結局はわたしを殺さない。
矛盾なのだ。
言葉では殺すみたいな事を言っても、行動では別のことをしている。
自分で対処しろと言っておきながら、いざわたしが危なくなるとためらう素振りなく助けてくれたあの時も。
タイ焼きを買ってくれた時だって、無視すればいいのにわざわざわたしの気持ちを汲んで買ってきてくれたりもした。
そうした一つ一つの行動が、どこか彼の印象を少しずつ削いでいく。
彼を見たときから感じていた違和感が、どんどんと溶けて、消えて、露わになる感覚。
だから、わたしはあの夜、彼にひどいことをされても、もっと彼のことを知りたいと思った。
怖くたってなんだって、彼と関わらなくちゃいけないと、もっと知らなくちゃいけないと。
そうして彼のことをほんの少しずつでも知れば知るほど、彼の手から伝わる言葉にできない何かが温かいと感じるようになっていったんだ。。
英霊なのか反英霊なのかも定かではないけど、彼はわたしのサーヴァント。
わたしの大切な希望。
なら、わたしは彼と一緒に戦いたいと思った。
危険でも何でも彼と行動を共にしたいと思った。
彼に殺されるとわかっていても、わたしは彼を『人』として扱いたいと思った。
こんなことを言ったら、彼はきっとわたしを嘲笑うだろう。
『ガキがなに一人前なことをほざいてンだ』
面として彼に伝えるのはなんだか気恥ずかしいが、彼はきっとそんなことを口にして、わたしにチョップしてくるのだ。
そう思うとちょっと笑えてくる。
でも、これがわたしが彼に接することの出来る唯一の方法。
わたしが決めたひとつのけじめ。
倉庫の入り組んだ道を抜け、彼が歩んだであろう通り道を見つけ、ガラクタを避けていく。
昼間も同じように彼を迎えに来たが、やはり夜になると勝手が違うのか暗くて進みにくい。
それでも、がらくたの山を手で押しのけ、何かにぶつかりながらも前に進んでいく。
そしてその奥、月明かりを背にして『彼』はソファに座っていた。
「よォクソガキ。ずいぶんと遅ェじゃねェか」
使い古されたであろうシンプルなソファーに浅く腰掛け、特徴的な白い髪とルビーのような真っ赤な瞳がわたしを射抜く。
怒っているように吐き出された言葉にまっすぐ彼を見ることはできないがそれでも彼の表情は至って冷静だ。
しかし、彼の怒ったような口調も無理はない。なにせ彼と別れてから一時間も待たせてしまったのだ。
普段というには過ごした時間は短いが、それでも彼の気がそこまで長くないことをわたしはしっかりと理解している。
「ごめんなさいバーサーカー。セラ達とタイヤキを食べていたらあまりにもおいしくって――」
「そいつは俺との話し合いよりもか?」
「うぅ。ごめんなさい」
「……ハァ。そンなこったろうと思ったが――まァいい、そこら辺のイスでも持ってきてさっさと座れ」
意外にも、嘆息だけで済んでしまった。ここからいくかの暴言でも飛んでくるんじゃないかと、覚悟していたイリヤは気が抜けたようにほっと胸を撫でおろして、促されるままに近くにあったイスを持ってくると、着いた埃を払って座る。
冷たい材木の感触がおしりから体全体に伝って、まるで凍らせんとばかりにわたしの身体を冷やしてくる。
あたりはもう夜更けだ、いつもなら自室に思って『勉強』している時間。暖炉もないところでこのお気に入りの服を着てくるはやっぱり薄着だったかもしれない。
思わず身震いして、小さく身体を縮こませて無理やり暖を取る。
一瞬、彼の方に視線を向けるが、どうやら寒くないらしい。しかし、サーヴァントとわたしとでは体のつくりが違いすぎる。
どうにか毛布かなにか体に掛けるものはないかと倉庫を軽く見渡すが残念なことに見つからず、あきらめて正面を見据え改めて、真剣な表情を作ってバーサーカーを見た。
「それでバーサーカー。大事な話ってなに?」
「焦んな。いいから黙ってろ」
彼もそう言って、わたしの顔を真正面から見据える。
身長の問題で彼がわたしの顔をこんなに見つめてくるのはこれが初めてだったりするが、いまはどうでもいいことなのかもしれない。
なんだかむず痒いような視線を前に、何度か目を逸らしたり、合わせたりを繰り返していると、
数秒の沈黙の後、彼の口が唐突に開いた。
「一方通行」
「へ?」
「俺の名前は一方通行だ。本名でないのは――まァ許せ」
突拍子もない言葉に、思わず変なところから声が出てしまった。
それでも彼は気にせず、何度か髪を掻き揚げ、慣れていないような仕草で視線を逸らしたりしている。
一方通行。
それは初めて出会った時に教えてもらった名前だ。
昨日のことがもう何日も経ったように思えるけど、まだたったの一日。長いようで短い時間の中、わたしはずっと彼のことをなんと呼ぼうとしていたのだろう。
突然沸いた疑問に、ふたをするようにイリヤは慌てて背筋を伸ばして、恐る恐る彼を見つめる。
「えっと。それは、知ってるけど。どうして今それを――」
「黙って聞け」
「あ、――う、うん」
堪らず漏れた戸惑いがちな言葉に、彼は鋭い一瞥をくれてわたしを黙らせると、気を取り直すように一度小さく嘆息を漏らして、再び言葉を紡ぎ始めた。
「……はァ。俺はここの世界ではない学園都市っつゥ場所からやってきた」
「ここじゃ、ない?」
「あァ、まず――」
それから、わたしは色々なことを聞いた。
彼も初めに言っていた学園都市の存在。
学園都市という場所がこの世界でも考えられないような科学が発達したという場所であること。
彼はその学園都市で一番の序列にいたこと。
彼自身が『この世界』とは違う世界から来た存在であること。
『おそらく』や『だろう』なんかの推測を混ぜているあたり彼からしてもまだ確証を得ていない答えを話しているように聞こえる。
もちろんそこまで科学の発展した都市はこの日本。いやそれどころかこの世界には存在しない。
能力者などと呼ばれる超能力集団も。
外を悠々とかっぽして周るドラム缶型の自動掃除機なんかもあるわけがない。
彼が言っている事は何の確証もない。もしかしたらバーサーカー特有の狂化からくる妄言かもしれない。
それでも、彼の吐き出される言葉からは一切の矛盾もなく、そしてどこか彼が語る雰囲気は妄想とは違う現実味を帯びている。
そして、それが作り話でもないということを理解させるだけの真剣味があった。
でもどうして。どうしていまさらそんなことを――
「なんでそんなことをわたしに教えてくれるの?」
****一方通行side****
目の前にいる少女の声は至極当然のものだ。
そう、いまさら。そんな言葉が当てはまる。
一度はこの聖杯戦争を拒否した身だ。
そもそも、こんな腐った戦争に参加する意味など一方通行にはなかった。
魔術師どもが勝手に争い、勝手に目的を達成させる。
誰が理由もなくこんな戦争に手を貸したがる。
その過程でどれだけ野垂れ死に、醜い最期を迎えようと一方通行には何の関係もない。
そう考えていたはずが。あのアホメイド。余計なことを言いやがって。
理由が出来てしまった。たったいま、はじき出した自分自身の決意だ。
(ほンとに、たいした奴だよ。くそったれのアホメイド)
脳裏で力強く拳を誇らしげに握るメイドの姿を思い浮かび、一方通行は嘲笑に頬を僅かにゆがめて短く息を吐き出した。
そう。それなら、いま行っているこの行為はまさに自分なりのケジメだ。
どんな理由で生まれてきたにせよ。『光を歩む者』を『闇』に引きずり込むケジメ。それを一方通行は実行しようとしていた。
覚悟はすでに決めている。あとはそれをこのクソガキに伝えるだけだ。
「おいクソガキ。一度しか言わねェから良く聞いてろ」
そう言うと、目の前にいる少女は律儀にも背筋を伸ばして一方通行を見る。
その目がなんとも真剣で逆に笑えてくるが、一方通行はこれをぐっと堪えて、自分の覚悟をイリヤに伝える。
「・・・・・・。俺が昨日言った『手がかりを探すためにテメェ等を利用する』っつう言葉は誤りだ。・・・・・・あれは忘れろ」
「――えっ!? 」
思わずといった感じで、イリヤは腰を浮かせて一方通行を凝視する。
顔色を窺うかぎり、どうせ聖杯戦争云々といった感じのことを心配しているのだろう。
「そンな悲惨な声を上げんな。いいから黙って聞いてろ」
一方通行が面倒くさそうに頭を掻くと、イリヤは一方通行に言われた通りに静かに座りなおした。
イリヤが大人しくなったところで、一方通行はゆっくりと酸素を肺に満たし、二酸化炭素と共に現在、自分に最もにあわない言葉を口にする。
****イリヤside****
彼が今なんて言ったのかわからない。
もしかしたら、わたしの聞き間違いかもしれない。
とにかく、目の前にいるサーヴァントは絶対に言いそうにない言葉を口にした気がする。
ここは一度確認しよう。
「ねぇ、バーサーカー」
「あン?」
怪訝そうな声が聞こえる。その顔はどこか不機嫌のようにも見える。
「そ、その。もう一度言ってくれない? 良く聞き取れなかったんだけど」
声は震えていたけど、もう一度聞きたい。もし幻聴でないならもう一度彼の口から。
「…だから。お前の言う聖杯戦争に参加してやるって言ってンだよ」
静かに、けれどはっきりと吐き出される言葉。
今度こそ聞こえた。
はっきり聞こえた。間違いない。彼はいま、わたしが最も欲していた言葉を言ってくれた。
聖杯戦争の参加。
彼が絶対にしたくないと言っていた戦いに自ら参加の意志を示してくれた。
でも、どうして。
そのことが頭を過ぎると、わたしの興奮していた心が一気に冷めていく。
「――どうして」
頭でそのことを反芻していくうちに、どうやら声に出てしまったようだ。
彼の赤い瞳が鋭くわたしを捉える。
「聞きてェか」
まっすぐにわたしの瞳を覗く一方通行と目が合って、わたしは一瞬戸惑いながらも小さく首を縦に動かした。
聞きたい。
どんな理由であれ、目の前にいるサーヴァントは聖杯戦争の参加を決意したのだ。
マスターであるわたしは、そのことを知らなくちゃいけない。
それを目にした彼は、一度静かに考え込むよう目を閉じ、数秒もしないうちにその瞳を再びわたしに向けると、告げるようにゆっくりと口を開いた。
「……お前にはまだ話せねェが、俺の決めたルールに引っ掛るモンがこの世界にあった。理由なンざそれだけだ」
「ルール?」
彼の言葉を反芻するように口の中で唱え、その意味を理解するように必死に努める。
それでも、わたしには彼がなにを言っているのかわからない。
そこにはきっと彼なりの理由があって、わたしなんかには到底理解できない領域の話をしているんだろう
でも、彼はちゃんと答えてくれた。
わたしの言葉に応えてくれた。
今まで、わたしの言葉がちゃんと彼に届いた事などない。ずっと彼から言われて動いてきた。
わたしが出来る事はせいぜい、ちょっとした提案だけ。そこには『対等』なんて言葉は存在しない。
でも今は違う。
このサーヴァントは少なくともわたしを何らかの対象として見てくれている。
その当たり前が、たまらなく嬉しい。
****一方通行side****
クソガキがやたら嬉しそうな顔をして自分を見てくる。
そんな視線は一方通行の知った事じゃない。だが、先程の発言はやはり自分らしくない、と一方通行は自覚していた。
これも今まで他人とコミュニケーションをとってこなかったツケだと言われればそれまでだが、それでも面として自分の決意を他人に伝えたことはあまりない。
せいぜい、黄泉川や打ち止めなどに『知られている』程度だ。
あとは、勝手に広まって『一方通行』という勝手な妄想が広まっていくだけ。そこに本当の『彼』を知っている者はごく少数だ。
兎にも角にも、一方通行が伝えたい事は伝わったようだ。
そう考えるとこの反応も当然といえば当然と思えるが、それでも何故かむず痒いものがある。
「ねぇバーサーカー!!」
目の前の少女は、立ち上がって身を乗り出すと、ズイッと顔を近づけてくる。
瞳を爛々と輝かせ見つめてくる少女に、気圧され僅かばかりに身を引く一方通行。
そんな自分にしては珍しい僅かばかりの動揺に目もくれず、イリヤは気恥ずかしそうに小さく笑みを浮かべると子供らしい提案を一つ投げかけてきた。
「名前を呼ばれるなら一方通行とバーサーカー、どっちがいい?」
「呼び名だァ?」
何を言い出すかと思えばくだらない。
もともと一方通行に名前などない。すでに忘れてしまった名前だ。バカメイドのようなふざけた名前は御免だが、それ以外ならどうと呼ばれたって気にしない。
そのことをクソガキに伝えたら、目の前にいる少女は首を捻って長考したのち。
「じゃあバーサーカーにする!!」
太陽を反射させたように底抜けに明るい声で報告してくるのだ。
一応、なんでそっちの名を呼ぶことにしたのか聞いてみると。
「わたしが初めて召還したサーヴァントのクラスだもん。本当の意味でこの名前を呼んでいいのはわたしだけだし・・・・・・」
若干照れくさそうに頬を掻くと、控えめな笑顔で一方通行を見る。
このクソガキの笑顔はどこか打ち止めに似ている。これは昨夜から感じていた一方通行の素直な感想だ。
危険だとわかっていながら、自ら近づいて俺がどういったものなのかを知ろうとする。こんなバカはあの『お人よし共』だけだと思っていた。
「どこにでもいるもンだな。底抜けのバカってやつは」
一方通行は小さく鼻で笑うと、自分の右手を見る。
あの『無能力者』のようには振るう事の出来ない右手。
血と罪で汚れきっているこの右手を、一方通行は見つめ、目の前で立っている少女にゆっくり差し出す。
強すぎる力を持つ己の能力は壊すことは出来ても、自分以外を守るためには出来ていない。
それでも。もし、目の前にいる銀髪の少女がこの右手を握ったら、俺はこのガキを守る、そう決める。
そして、彼しか知らない契約は、温かく小さな手によって結ばれる。
「よろしくね。バーサーカー!」
少女の優しい声を聞き、一方通行は少女に悟られぬように小さく頷いた。
ども、川ノ上です。
雨のせいかじめじめした日が続いています。
こういう日は外に出るより、本を読んでいた方がいいような気がしますよね!!
色々な作家さんの物語を読んでいくと、キャラクターを動かすってのは難しい。
と改めて実感させられる日々が続いております。
さて、少しずつ互いの距離を縮めていくイリヤと一方通行。
聖杯戦争の参加を伝えた一方通行はこれからイリヤとどう向き合い、どう接していくのか
次回作も面白いものになるよう努力していくので、感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであればよろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございました!!